第三十八週 擬似的な標本を作ってしまった!(日曜日)
一週間に一度は「しまった」と言う女子高生・紺島みどりは生き物全般が好きである。
紺島みどり……すなわち、こんしまちゃんはヒトも好きだし蛇も好きだし蜘蛛も好きだ。
実際に対面したときはビビるかもしれないけど、少なくとも生き物の見た目や生態自体に拒否反応を覚えることはない。むしろ尊敬と興味を覚えるのだ……!
虫も嫌いではない。
今回はそんなこんしまちゃんが小さな生き物の標本……みたいなものにふれる話だ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
日曜日の昼。
冬もほとんど終わって少しあたたかくなった空気を感じながら、こんしまちゃんはなんとなく公園のベンチでリラックスしていた。
黒いズボンに灰色のジャケットを着ている。
そんなこんしまちゃんに男の子二人が近づいてきた。
一人はツリ目の男の子だ。こんしまちゃんのクラスメイトで彼氏の鵜狩慶輔くんである……っ! 格好はこんしまちゃんとほぼ同じだ。
「あ、こんしまちゃん。こんにちは」
「こんにちは……鵜狩くん……」
鵜狩くんのツリ目を見上げ、こんしまちゃんもあいさつした。
ついで鵜狩くんの向かって右隣に立つ男の子にも声をかける……ッ!
「束花くんも……こんにちは……」
「こんにちは。偶然だね、こんしまちゃん」
クラスメイトの束花りくくんが、えくぼを左右のほおに作りながらあいさつを返した。
教室ではこんしまちゃんの右隣に鵜狩くんの席があるけれど、実は左隣の席にはこの束花くんが座っているのだ……!
束花くんの格好は赤黒いセーターに白いズボン……ッ!
当然ながら束花くんも、こんしまちゃんと鵜狩くんが付き合っていることを知っている。
少し気まずそうにしている束花くんに問いを投げるこんしまちゃん……っ!
「束花くんは……鵜狩くんと遊んでいるの……?」
「たまたま近くで会ったって感じかな」
またまた、えくぼを作る束花くん……!
「で、話をしているうちにぼくの家に行こうって流れになって……これから鵜狩くんと向かうところだね」
さらに束花くんは提案する。
「よかったらこんしまちゃんも鵜狩くんと一緒にぼくんち来る?」
「行くよ……」
こんしまちゃんはベンチから立ち上がった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
というわけでこんしまちゃんと鵜狩くんは束花くんのおうちにおじゃますることになった。
束花くんは自分の部屋へと二人を案内した。
部屋のなかには大きな棚があり、そこに虫の標本がずらりと並んでいる……ッ!
ぱっと見ただけでも、黒いアリや黄色いハチや緑のバッタや赤っぽいムカデや灰色の蜘蛛や焦げ茶のカブトムシが目に入る。
こんしまちゃんが感嘆する……!
「こ……こんなに虫さんを集めて標本にしているだなんて……束花くん、やるね……」
「そっか。うん、それはありがとう」
束花くんが笑顔で返す。
ただ……実は束花くんは「これを見せたらこんしまちゃんに嫌われるだろうな」と予想していた。
なんか、束花くんにはそういうところがあるのだ。
あえて嫌われることをする。それを迷惑行為にあたらないギリギリのラインで実行する。余計なお世話と自覚しながらそれをおこなう。
嫌われたいからやるんじゃない。嫌がらせしたいのでもない。
自分と相手との距離を測るためにやっている。
そのギリギリの……嫌がらせか嫌がらせでないか分からない微妙な行為により相手が自分から離れれば、相手と自分とのあいだには最初から距離があったということになる。
逆に相手が自分のその行為を受け入れてくれる場合は、思ったよりも互いの距離感は近かったと仮定することができる。
束花くんにとっての余計なお世話とは、人と人との距離を測定する道具でもある。まあ実際の彼はほとんど親切心で動いているわけだけど……自分の行動を振り返ると「自分のあの行動にはこんな意味合いも込められていたんじゃないか」といろいろ解釈してしまう。
それが束花りくくんなのだ……ッ!
前にこんしまちゃんがお弁当を忘れたとき束花くんは購買のパンをまるまる渡そうとしたのだが……そのときも彼はこんしまちゃんとの心の距離を測定していたわけだ……!
そして束花くんは、ある程度人から距離をおくことを好む。
人が嫌いなわけじゃない。委文さんとは異なり、苦手とか怖いとか思っているのとも違う。人が特別に好きなわけでもない。ただ、近づきすぎればしがらみが増える。
とはいえ距離を置きすぎることもない。それはそれで人が見えなくなり、かえって不安になる。
自分と相手のあいだに空気のクッションのようなものがある――これこそが束花くんにとっての健全な距離感なのだ。
こんしまちゃんと鵜狩くんというクラス公認のカップルを家までさそうことができたのも、束花くんがこの「空気のクッション」を自覚しているため……ッ!
自分は二人に近づこうとしても絶対に途中で押し返されるという確信が束花くんの心中に存する……っ!
虫の標本にドン引きしなかったこんしまちゃんの態度は予想外だが、そんなことで束花くんはゆらがない……ッ!
「きょう二人を招いたのは、この虫の標本を見せたかったからなんだ」
各標本は、それぞれ箱のなかに収められている。
箱には蓋がなく、代わりにラップのような透明なシートで全体をおおって中身を保護している……!
そのうちの一つを手に取り、ゆかに座るこんしまちゃんと鵜狩くんに見せる束花くん。
「これがハチの標本」
箱のなかには、大きなスズメバチや小さなミツバチが整列していた……ッ!
ハチたちは白い綿のような箱の底に貼りついているようだ。
オレンジと黒の縞模様を持つハチもいれば、銀と黒のしましまを有するハチもいる。アリに羽が生えたかのようなハチも、しっぽがとっても長いハチもいる。
鵜狩くんも「すごいな……」と漏らす。
「これ全部、束花が集めたのか。本当に虫が好きなんだな」
「あ、いや。鵜狩くん、本物を採集したわけじゃないよ」
箱のカドをつついて、束花くんが笑う。
「ハチだけじゃなくて、カブトムシもムカデも蜘蛛も例外なく……ここにある標本は基本的に全部紙粘土で作ってある」
「そうだとすれば、もっとすごい」
棚の標本にも目を向けつつ鵜狩くんがほめる……!
「どれもリアルの虫にしか見えないし」
ついで目の前に置かれたハチの標本に視線を戻す。
「羽の透明感……虎斑の迫力……曲がった足のディテール……どこを見ても完璧すぎる。どうやって作っているんだ」
「そこは自分の手で紙粘土をこねて、虫のかたちにして……絵の具で色をつけてからニスを重ね塗りしている感じかな。小学校の工作みたいにね。まあさすがに針金とかセロファンとかも要所要所で使っているけど」
照れながら束花くんが答えた……っ!
で、こんしまちゃんも鵜狩くんに続いて口をひらく。
「わたしも束花くんの腕……本当にすごいと思う……だけど、どうして本物の虫じゃなくて紙粘土で標本を……?」
「理由としては、本物を使うと保存が難しいからかな」
ここで束花くんが小さく苦笑する。
「それと実際に虫を採集しようとすると時間とお金がかかるし。あと……虫を殺すのが嫌なんだ」
束花くんにとって虫とは、距離感を気にせずに付き合える存在だ。
虫に対してしがらみを感じることはないからだ。
ただし束花くんは虫もほかの生き物も飼わない。
そこまで、いのちに責任を持てないと思っている……っ!
よって束花くんは虫の図鑑を眺めたり、じかに山や森に足を運んで虫を探して観察したりする。
家で「ヤツ」が出たときも、嫌がることなく全身をくまなく見つめてスケッチを始めるほどの猛者なのだ。
束花くんにとって虫は、友達以上の存在だ。その小さな姿がとても愛おしいので、擬似的な標本を作製して保存している次第である……ッ!
ともあれこんしまちゃんがにっこりとして、うなずく。
「優しいね……束花くん……」
「そ、そんなことないから」
内心はうれしく思いながら束花くんが返した。
続いて照れ隠しのためにこんなことを口走る……!
「そっか。こんしまちゃんも鵜狩くんも紙粘土の標本に興味を持ってくれたんだね。だったら二人もなにか標本を作ってみない?」
「作る……」
こんしまちゃんは乗り気のようだ……っ!
鵜狩くんも口角を上げて首を縦に振る。
「楽しそうだな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
束花くんはベッドの下に取り付けてある引き出しをあけ、標本に使用する箱を取り出した。
カラッポだけど、箱の底には白い綿が敷いてある。
「紙粘土で作ったものをこのなかに固定して標本にするわけだね」
さらに紙粘土の入った幅十センチ程度の袋と粘土を載せる青くてツルツルした板も用意する。
鵜狩くんとこんしまちゃんに、袋と板をそれぞれ渡す。
受け取った二人がお礼を言う。
「束花くん、ありがとね……」
「ありがとう、束花。でもさすがにお金とか払ったほうがいいかな……」
少し心配そうに鵜狩くんが聞いた。
対する束花くんは右手を振る。
「いやいや、余ってたぶんだし。かえってお金を渡されたらぼくがなんかスッキリしないよ。その代わり、いい標本を作ってね」
「ああ、そうするよ」
鵜狩くんは気持ちよくうなずいた……っ!
ここでこんしまちゃんが首をかしげる。
「といっても、なにを作ろっか……。やっぱり虫がいいかな……」
「……虫はぼくの趣味だからね」
やわらかく束花くんが声をかけた。
「こんしまちゃんの好きなものを再現すればいいんじゃない?」
「好きなもの……」
右隣に座っている鵜狩くんのツリ目に流し目を向けるこんしまちゃん……っ!
「だったら鵜狩くんとクラスメイトみんなの等身大標本を……っ!」
「スケールがでかすぎるよっ!」
驚いて束花くんがツッコむ。
こんしまちゃんは渡された紙粘土をじっと見てほおをかく。
「しまった……それだと量が足りないね……」
目を閉じて、ちょっと思考する。
「むむむ……っ。なら鵜狩くんだけを小さくして標本にしよっかな……」
「それもいいね」
鵜狩くんが優しく応じる。
「じゃあ俺はこんしまちゃんの標本を作製しよう」
「そっか……ふふ」
二人の会話を聞きながら束花くんが笑い声を漏らす。
「いや、ごめん。言葉だけ聞くと『相手を標本にする』って感じでなかなかサイコだなと思って」
「しまった」
「うっかりしてた」
こんしまちゃんも鵜狩くんも、誤解を招くような表現をしたことを自覚した……っ!
ともかく袋をあけ、紙粘土を青い板に落とす。
こねこねする前にこんしまちゃんが鵜狩くんに挑戦的な目を向ける。
「勝負しよう、鵜狩くん……どっちがうまく作れるか……」
「乗った」
即答し、鵜狩くんが自分の紙粘土をこね始める……ッ!
対するこんしまちゃんは紙粘土に右手を載せ、ぐっと押しつぶした。
束花くんはそんな二人の様子をほほえましく見ていた。
(こんしまちゃんも鵜狩くんも本当に仲がいいんだな~。ぼく自身はだれともそういう関係になる気はないけれど、はたから見るだけだと癒やされるものだね)
さて、こんしまちゃんは両手で粘土を上下に転がし、とりあえず形状を蛇みたいに細長くしていく。
(やるやる。ぼくも幼稚園児のときは、そうしてた。で、細長くしたヤツをトントン切るんだよねー)
案の定、こんしまちゃんは蛇のようになった粘土を右の手刀で細かく切り分けた。
そのうちの粘土一つを取り、にぎにぎして丸くする……!
ほかの粘土をわきによけたあと、手に持っているかたまりのはしっこを何度もつまんでかたちを整える。
どうやら人の頭部のようで、髪や耳の輪郭が次第にできあがる。
続いて全体の形状に微調整が加えられ、あごの先端あたりがシュッとした。
さらに爪で目をえがく。
ツリ目が表面に刻まれる。その際、紙粘土のくずが消しゴムのかすのように目の周辺に浮き出たけれど、こんしまちゃんはそれをていねいに取りのぞいて……まだ使っていない粘土にすり込んだ。
(限りある粘土を無駄にしない姿勢……いいね)
感心しつつ、束花くんは鵜狩くんの進捗も確認する。
すでに鵜狩くんはこんしまちゃんの頭部を作り終わっていた。
ウェーブのかかったくせ毛も、穏やかで落ち着いた雰囲気も完全に再現されている……ッ!
ただし頭部のパーツが単体で転がっているので、生首が放置されているようにも見える。
鵜狩くんはこんしまちゃんのミニチュア上半身を作っているところだ。
格好は冬の制服。パーカーのフードも忘れておらぬ。
右腕と左腕を別々に作製してからそれぞれの肩に取り付ける。
指先の爪も手の各関節も本物そっくりであり、手抜きが見られない……!
さらに下半身の工程に移る。
枝のように二つに分かれた紙粘土を徐々に太くしていく。
制服のフレアスカート部分も作り、くっつける。
見るからにふんわりとしており、まるで風になびいているかのようだ。
続いて足先を整える鵜狩くん……っ!
左右の足をローファーのかたちにする。
(うまい……いつもこんしまちゃんのことを思っているから、そこまで正確に作れるんだろうね)
束花くんはこんしまちゃんの作業風景のほうに視線を戻す。
こんしまちゃんも鵜狩くんの全身をほぼ完成させていた。
ただしその鵜狩くんは、なにも着ていなかった!
声を抑えて束花くんがやんわりと言う。
「あの……こんしまちゃん。さすがに服があったほうがあったかいんじゃないかな」
「しまった……」
そんなわけで紙粘土を追加して、鵜狩くんのミニチュアにペタペタ制服のかたちを貼りつけていくこんしまちゃん。
(鵜狩くんと比べれば全体的にいびつではあるけれど……シュッとしたあご以外はどこも丸みを帯びていて……なんかあたたかみと優しさを感じる作品だ)
束花くんは黙って冷静に分析する。
(加えて二人の手つきは……なんていうか、そこにあるモデルを大切にしている手つきというか。ぼくの場合はいのちと向き合うことから逃げた結果、紙粘土で標本を作っている感じで……それに対して二人はむしろ目の前の、手のなかの紙粘土をいのちに見立てて本物の似姿をかたちづくっているといったところかな。ある種の呪術的行為にも見まがうよ)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
まあそんな感じで、鵜狩くんはこんしまちゃんの……こんしまちゃんは鵜狩くんのミニチュアを紙粘土によって作り上げたわけだ……!
でも、まだ彩色作業が残っている。
ここで束花くんは二人の絵の具や絵筆、パレットまで用意してくれた。
束花くんとしては、今の自分を押しつけがましいとも思っている。
(今度はどんな反応をするかな。こういう余計なお世話っぽいことこそが、人との距離を測定するメジャーであり試金石でもある。ぼくとの心理的距離は変わった?)
これは自分に対する観察であり、それをする理由は単純に自分という生き物に興味があるからだ。
さらに束花くんの自己分析は「さかのぼるかたち」でおこなわれる……ッ!
たとえば過去の自分の行動について振り返るとしよう。
そのとき束花くんは「あのとき自分はAを目的にしてBという行動をした」という順番で自分の行動を定義づけない。
彼は「あのとき自分はBという行動をしたけれどそれはAという目的があったからじゃないか」という順序で思考する。
つまり「原因・理由」から「結果・行動」を導き出すのではなく「結果・行動」から「原因・理由」を推論するタイプなのだ……っ!
自分のみならず他人を観察する際にも、この思考方法は適用される。
束花くんは頭がいいので一個の結果・行動についても対応する原因・理由を百個以上は思い付く。
だからこそ本人は人付き合いに人並み以上のしがらみを感じるわけだ。
相手に対して結局「そっか」と返しがちな束花くんではあるが、その「そっか」はけっして適当なものではない。
周囲には人当たりよくしているけれど実際の自分は面倒な性格をしているなと束花りくくんは思う。
ただし束花くんは自分を嫌っていない。
自分も虫と同じく一個の観察対象であり、標本に収められるべき存在だからだ。
そして自分というものを凝視するとき、その自分はいつも客観的に捉えられる。
そこには「束花りく」という他人がいる。
そんな他人の似姿を粘土のようにこね上げ彩色し、箱のなかに固定したうえで……その擬似的なリアルを観察する――たぶんそういうイメージだ……っ!
標本のなかの自分を束花くんは見ている。
体感的には虫のように静止している。とはいえその静止した姿を観察するだけで……その姿になった原因・理由を百通り以上考え始めるので飽きが来ない。
(こんしまちゃんと鵜狩くんは、ぼくの家に来た。なぜ? そこにはぼくへの固定された認識があるはずだ。二人はぼくをどう思っている? あるいはクラスメイト? あるいは毒にも薬にもならない人間? あるいは虫を殺さず擬似的な標本を作る物好き? あるいは利用できる存在?)
二人にはえくぼを見せつつ、束花くんの脳がフル回転する……ッ!
(……さあ、分からないね。ぼくは二人の標本を作っていないから。ただ二人がぼくの標本のそばにいて……その動きで標本の箱がカタカタゆれているわけで……そんな自分のゆれ具合をぼくは見たいわけだ。こういう考えを口に出したら「うわあ……」って思われるのは分かっているよ。だけど人のリアルも虫と同じで……実際はとてもグロテスクだからね。といってもぼくはそういう細かいグロテスクなディテールが好きで虫も愛している。ぼくはもっと、そんな「束花りく」という虫の擬似を標本に収めて眺めていたいんだよ)
そんなことを考えている束花くんに――。
絵の具や絵筆を貸してもらったこんしまちゃんと鵜狩くんは頭を下げた。
「ありがとう……いつかちゃんと返したい」
「そっか。でも、二人ともいい標本を作っているからそれだけでぼくは充分だよ」
本心ではある。それ以上に束花くんは二人とのあいだに横たわる空気のクッションのような距離を感じ取って悦に入っていた。
ともあれ鵜狩くんもこんしまちゃんもそれぞれの紙粘土に筆の穂先をすべらせ、色をつけていく。
トップスをダークグレーに、ボトムスを黒に染める。重ね塗りをして質感を出す……っ!
肌や髪も彩色する。ただしこんしまちゃんの両脚は黒いタイツでおおわれている……ッ!
こんしまちゃんが鵜狩くんのツリ目に黒をにじませながら、そっとタイツについてふれる。
「鵜狩くん……これからちょっとあたたかくなるけれどタイツは要るのかな……」
「うん、要る」
左目を向けて鵜狩くんがほほえむ。
「標本のなかでは一年中同じ格好だからね。また冬が来ても困らないように」
「しまった……その視点は欠けてた……」
ということでこんしまちゃんは鵜狩くんの両手を黒く塗った。
手袋のつもりらしい。幸い、こんしまちゃんは紙粘土の鵜狩くんについて手の爪まで再現してはいなかった。よって重ね塗りしても違和感なく、それは手袋となったのだ……ッ!
鵜狩くんはこんしまちゃんのその行動を見て、にこりとした。
「ありがとう、こんしまちゃん。それだと俺もずっとあったかそうだ」
「それならよかった……」
こんしまちゃんはホッとした。
一方、束花くんは「でもそれだと夏は暑くない?」とかツッコまずに二人のほのぼのとした会話を聞いている。
そうして彩色が終わってから束花くんはニスまで貸してくれた。
ニスを上にかぶせることで、表面がきれいに輝き……生き生きしている感じになった……!
あとは針金を使って、鵜狩くんのミニチュアとこんしまちゃんのミニチュアをそれぞれ別の箱の底に固定する。
ついでこんしまちゃんと鵜狩くんは箱に透明なフィルムを張り、標本を完成させた……っ!
「できた……っ」
「やったな、こんしまちゃん。束花もありがとう」
あらためて鵜狩くんはこんしまちゃんと共に感謝の言葉を述べた。
束花くんも、「こちらこそいいものが見られたよ、ありがとう二人とも」とお礼を返した。
二人の擬似標本は箱のなかでやわらかな笑顔を見せていた。
こんしまちゃんが作った鵜狩くん標本は直立しつつも右腕と左腕を胸の前で十字に交差させている。
横に倒した右腕は手を直角に立て、まっすぐ立てた左腕は手を右へと向けている。
ようは腕だけ「卍」っぽいポーズである……っ!
「卍手裏剣をイメージしたんだ……」
「かっこいい……こんしまちゃん……」
鵜狩くんは気に入ったようだ。
で、鵜狩くんが作ったこんしまちゃん標本はというと……右手に傘を差していた。
黒を基調としたシックなデザインの日傘である。
歩いているようで、スカートをなびかせながら左足を前に出している……ッ!
「紙粘土が余ったから傘も作ったんだ」
「素敵だよ……鵜狩くん……」
こんしまちゃんも標本の出来映えに満足したらしい。
ではどちらが相手の標本をうまく作れたのか……?
束花くんは勝負の行方が気になった。個人的には鵜狩くんの作ったこんしまちゃん擬似標本のほうがクオリティは上だけど……二人が勝負のことも忘れて互いに楽しそうにしているので、とくになにも言わないことにした。
ここで、こんしまちゃんと鵜狩くんが束花くんに言う。
「そうだ……お礼としてこの標本を受け取って……」
「それはできないよ。ぼくが作るのは虫の標本だけだから」
束花くんがえくぼを見せてはにかむ。
(それに擬似的なものとはいえ、二人の姿が近くにあると……心が糖分過多になりそうだし)
だからこんしまちゃんも鵜狩くんも、それぞれが作った相手の標本を自分の家に持って帰ることになった。
あとは……まだじっくり見ていない束花くんの虫の標本を一つ一つ見せてもらった。
躍動する灰色の蜘蛛やどっしりと構えた焦げ茶のカブトムシや大きめに作られた眼光の鋭い黒アリなどがこんしまちゃんの目に飛び込み、脳に焼きつく。
さらにこんしまちゃんは鵜狩くんが作った自分の擬似標本にもちらりと目をやって、自分も力強い虫さんたちの姿を見習ってたくましく生きようと心のなかで思ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
☆今週のしまったカウント:四回(累計百六十一回)
次回「第三十九週 お返しすべきか迷ってしまった!(月曜日)」に続く!(三月六日(金)午後七時ごろ更新)
いつもお読みいただきありがとうございます。評価やブクマ等も励みになっています!
それにしても本物そっくりのものを自分の手で作れる人ってすごいですよね~。




