第三十六週 誕生してしまった!(金曜日)
この物語の主人公、紺島みどりの誕生日は二月十三日である。
今年は二月の第二金曜日がその日にあたる。
誕生日を迎えると共にこんしまちゃんは十六歳になってしまう……ッ!
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
金曜日の放課後の教室。天気はくもり。
こんしまちゃんはカバンを右肩にかけ、黙って下校しようとした。
誕生日ではあるけれど、そのことはクラスメイトのだれにも言っていない。
というか、こんしまちゃんは産まれてこの方自分の誕生日をだれかに教えたことは一度もないのだ……っ!
今どき誕生日は重大な個人情報。
たとえ学校の友達に対しても不用意に教えるべきなんだろうか……? とこんしまちゃんは疑っている。
自分の誕生日を教えれば相手も誕生日を教える流れになる。
そうやって人の誕生日情報を収集するのは……どうなんだろ? とこんしまちゃんは思っている。
よって、こんしまちゃんは家族以外の人に誕生日の日付を聞いたこともない。
もし誕生日を知ったらこんしまちゃんは祝いたくなってしまう……!
といっても自分の知る誕生日すべてを差別なく祝うのは不可能……っ!
だったら最初から家族以外の全員の誕生日を知らない状態のほうが公平なんじゃないか……? とこんしまちゃんは考えている。
似たような理由でこんしまちゃんはバレンタインのチョコをだれかにあげたことはない。
恋愛的に好きな鵜狩慶輔くん相手にもだ。
バレンタインのチョコをやった時点でホワイトデーのお返しを相手に強要しているような気がするし、チョコをもらった人はうれしいかもしれないけどもらえなかった人はつらいんじゃないか? とか思ってバレンタインにまともに参加できない。
……「チョコをあげることでだれかに好意を伝えるイベント」も裏返せば、「チョコをあげないことでだれかに無関心や嫌悪を伝えるイベント」と言えちゃうのかも……とこんしまちゃんはいぶかしんでいる……。
こんしまちゃんがクラスメイト全員に片道年賀状を送るのは、誕生日やバレンタインを祝えないぶんの埋め合わせでもあるのだろう。
そんなわけで黙々と校舎から出るこんしまちゃん……っ!
でも後ろから声をかけてくる男の子があった。
「こんしまちゃん、あの……」
あごがシュッとしている、少しツリ目の男の子――鵜狩慶輔くんだ。
鵜狩くんもカバンを右肩にかけていた。
「今から……こんしまちゃんと一緒に帰りたい」
「……うん、帰ろう」
こんしまちゃんは歩調をゆるめた。
鵜狩くんはこんしまちゃんの右隣を歩き始める。
高校をあとにし、歩道を進みながらこんしまちゃんはチラチラ鵜狩くんに流し目を向けていた。
付き合い始めて一か月もたっていない。鵜狩くんの隣にいるだけでやっぱり心臓がドキドキするし、全身が内側からポカポカしてくる……っ!
心なしか、鵜狩くんもほんのり顔を染めている気がする。
ウェーブのかかったくせ毛を左手でさわり、こんしまちゃんは静かに口をひらく。
「鵜狩くん……こうやって校門から一緒に下校するの、小学生のとき以来だね……」
「そうだな」
少し鵜狩くんがはにかむ。
「これからもまた、ちょくちょく一緒に帰ろっか」
「うれしい……」
素直にこんしまちゃんは喜んだ。
対する鵜狩くんは、目を泳がせる。
「それで……こんしまちゃん、あの……」
「どうしたの……?」
「受け取ってほしいものがある」
意を決したように鵜狩くんがハッキリ言った。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
途中で公園に寄り、鵜狩くんとこんしまちゃんはベンチに座った。
鵜狩くんはカバンをあけ、なかからラッピングされた箱を取り出した。
一辺八センチほどの立方体の箱だ。
金色の包装紙に緑色のキラキラしたリボンが結ばれている。
それを両手に持ち、こんしまちゃんに差し出す鵜狩くん……っ!
「これ……手作りのバレンタインチョコ。その……俺からこんしまちゃんに」
鵜狩くんは顔を赤くし、恥ずかしそうにちょっと顔をかたむけている。
そんな鵜狩くんの両手に、そっとこんしまちゃんは自分の左右の手を重ねた。
「ありがとう……鵜狩くん。とってもうれしい……」
これまでまともにバレンタインに参加していなかったこんしまちゃんだったけれど、好きな人からチョコをもらえたらそりゃうれしいに決まっている。
こんしまちゃんは箱を受け取り、自分のひざに載せた。スカートとタイツ越しに、ちょっと冷たい包装紙の温度が伝わってくる。
口角を上げるこんしまちゃんを見て、鵜狩くんもほほえむ。
「あしたの二月十四日は土曜だから、渡すならきょうかなと思ってね。本当は朝に渡そうと思っていたんだけど、なんか照れてしまってうっかり放課後にずれ込んでしまった」
「照れちゃってたんだ……かわいい」
でも、こんしまちゃんは小さくうつむく。
「ごめんね……鵜狩くん。わたしは……バレンタインのチョコ、用意してないんだ……バレンタインが嫌いとか……そういうことでもない……ただ、バレンタインって人によってはとってもつらいんじゃないかなって思っちゃって」
それから顔を上げて鵜狩くんを見つめる。
「もちろん鵜狩くんのことは大好きだよ……」
「分かってるよ、こんしまちゃん」
鵜狩くんが左手で、こんしまちゃんの右手にふれた。
とくん……という、あったかいものが伝わってくる。
「こんしまちゃんは優しいから。みんなのことを思っているから。俺はそんなこんしまちゃんが大好きだから……」
「鵜狩くん……」
こんしまちゃんが鵜狩くんの左手を握り返す。
「何度も言うけどチョコ……本当にありがとね……きょうは誕生日だから余計にしみるよ……」
「え、こんしまちゃんの誕生日ってきょうだったんだ」
鵜狩くんが驚き、そしてツリ目を細めてにっこりする。
「おめでとう」
「ありがとう……って、しまった。言っちゃった……」
祝われてうれしかったけれど、一方であたふたするこんしまちゃん……っ!
「わたし……家族以外には誕生日を言わないって決めてたのに……」
「八月十三日」
ゆっくりと鵜狩くんがその日付を口にした。
「その日が俺の誕生日」
「へー……鵜狩くん、わたしのちょうど六か月年上のお兄ちゃんだったんだ……」
こんしまちゃんは落ち着きを取り戻し、いつもの穏やかな声を出す。
「今まで言えなかったぶんも込めて……おめでとう……」
「ありがとう」
鵜狩くんの左手が、こんしまちゃんの右手のなかでゴソッと動いた。
ここで、こんしまちゃんは首をかしげる。
「でも誕生日をわたしに教えてよかったの……?」
「確かに俺も家族以外に誕生日は伝えないことにしている。重要機密だからな」
「機密……そうだね、そこから個人を特定されたりもするからね……」
瞬間、ハッと気づくこんしまちゃん……っ!
「家族以外に伝えない誕生日を教えてくれたってことは……それってわたしも家族ってこと……」
一気に全身の体温が上昇する……ッ!
「もしかしてわたしも……それを意識していたからうっかりきょうが誕生日って口にしちゃったのかも……」
「あ……よく考えれば確かに俺も」
鵜狩くんも顔をさらに赤らめる。
で、ちょっとごまかすように話題を進める……っ!
「こんしまちゃんは、誕プレなにがほしい?」
「チョコもらったから……これだけでもすごくうれしいよ……」
ひざに置いた箱をこんしまちゃんが右手でなでる。
「いや……正直に言うと鵜狩くんからの誕生日プレゼント……ものすごくほしいよ……だけど……いきなり誕生日を教えたわけだから……きょうプレゼントしてもらうのは悪いかなって……」
「気にしなくていいって。こんしまちゃんのほしいものは、なんでも言って」
「じゃあ……」
言質を取ったこんしまちゃんがあやしく笑む……!
「今からわたしの家で一緒に過ごしてくれるかな……なんて」
「喜んで」
鵜狩くんのぬくい吐息がこんしまちゃんにかかった。
ストレートに返してきた鵜狩くんの言葉をこんしまちゃんが受けとめる。
「夕方までだからね……っ」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
そんなわけで鵜狩くんとこんしまちゃんは小学校のときの通学路も歩いてこんしまちゃんのおうちに来た。
こんしまちゃんの家は一般的な一軒家である……ッ!
いや一般的な一軒家ってなんやねんって感じだが、一般的な一軒家は一般的な一軒家だ。
大きくも小さくもない……ッ! 色味もデザインも、地味でも派手でもない……!
まあともかくこんしまちゃんが家のインターホンをペンポーン! と鳴らす。
すると、インターホン越しに声が聞こえた。
『ん、ああ。みどり? なんでペンポンしてんの?』
「ペンポンしたのにはわけがあるの……お姉ちゃん……」
こんしまちゃんが目をパチクリさせる。
「覚えてるかな……鵜狩くんのこと……」
『鵜狩くん? そりゃ覚えてるよ~。みどりが小学生のときに毎朝うちに来てくれてた子だよね。小学校から帰ってくるときも一緒だったっけ。あ、今はその鵜狩くんが隣にいるわけか~』
それからインターホンの声がちょっと声色を変える。
なんかニヤついているのが分かる口調だ……っ!
『どうぞどうぞ~、遠慮なく上がりなよ鵜狩く~ん』
「はい、おじゃまします」
鵜狩くんはインターホンにお辞儀をしてあいさつした。
こんしまちゃんと共に家に上がる。
ついでこんしまちゃんの勧めに応じて洗面台で手を洗い、リビングに向かう……!
リビングにはクリーム色のL字型ソファがあった。ソファの前には白い長方形のテーブルが設置されている。
そのソファにカバンを下ろしたこんしまちゃんが鵜狩くんに言う。
「鵜狩くんも座って……」
さらにリビングのすぐそばにあるキッチンをのぞき込む。
「なんで隠れてるの、お姉ちゃん……」
「あはは~。わたし、じゃまかな~っと思ってね。といってもお客さんにあいさつしないのは失礼か」
キッチンのかげに潜んでいたこんしまちゃんのお姉さんが立ち上がり、鵜狩くんに顔を見せる。
くせ毛のウェーブの曲がり具合はこんしまちゃん以上であり、髪も長い。
格好は赤いセーターに茶色のロングフレアスカートである。
「久しぶり、鵜狩くん。大きくなったね~」
フレンドリーに話しかける……っ!
「わたしはみどりの六歳年上の姉、紺島まふゆ。覚えてる? 小学生のころ鵜狩くんがうちに来てたときにちょくちょく会ってたんだけど」
「はい。覚えています、まふゆさん」
鵜狩くんは立ったまま、うやうやしく頭を下げた。
「俺もまた会えてうれしいです」
「……それはわたしもだよ。ともあれ二人でごゆっくり~」
そう言ってまふゆさんは去ろうとした。
しかしここで、こんしまちゃんの身がブルッと震える……ッ!
「しまった……わたし、お花つみに行ってくるからそれまでお姉ちゃん……鵜狩くんと話してて……」
こんしまちゃんは慌ててリビングから去っていった。
まふゆさんは、ウェーブがものすんごい長髪をくしけずりながら鵜狩くんを見る。
「じゃあ、みどりが戻ってくるまでちょっとお姉さんと話そうか。かけて」
鵜狩くんとまふゆさんがL字型ソファに腰かける……ッ!
まふゆさんから見て右前に鵜狩くんがいる状態だ。
「鵜狩くん。君がみどりと同じ小学校に転入してきたのは小三のときだったよね」
「そうです」
「あのときわたしは中三だった。そして鵜狩くんは、よく転んでいたみどりのことを登下校中ずっと見守ってくれたわけだ。君が現れて以来みどりのケガが減って、五年生になってからはもうほとんど転ばなくなった。というわけであらためて言わなきゃね」
深々とまふゆさんがこうべを垂れる。
「わたしの妹――みどりのことをずっとささえてくれてありがとうございます。姉のわたしだけでなく、父も母もあなたに感謝しています」
「はい。だけど本当にすごくて素敵なのは、がんばりやさんのこんしまちゃん自身です」
鵜狩くんははっきりと答えた。
まふゆさんはそっと顔を持ち上げ、鵜狩くんのツリ目をじっと見つめた……っ!
「そう堂々と言える君こそ、すごいし素敵だよ。ところでココアは飲めるかな~?」
「好きです」
「分かった」
そして立ち上がってキッチンのほうに行き、白いカップにココアをいれて戻ってきた。
湯気がゆらゆらと立ちのぼるそれをそっと鵜狩くんに手渡す。
「ココアの温度はいい感じ?」
「……ありがとうございます。適温です」
鵜狩くんはカップをかたむけてから、まふゆさんにほほえみを返した。
ちょうどこのタイミングでこんしまちゃんがお花つみを終えてリビングに帰ってきた……ッ!
まふゆさんはこんしまちゃんにもココアを渡して今度こそリビングから退散する。
(あ~、よくやったぞわたし~。鵜狩くんに「うちの妹と付き合ってるよね?」「どこまでいったの?」「みどりのどのあたりが好き?」「きょうみどりとわたしのダブル誕生日ってもう知ってる?」とか聞きたくてしょうがなかったけど耐えてやった~。そういうのって外野はおもしろいかもしんないけど実際に根掘り葉掘り聞かれた側はたまったもんじゃないもんね。それで鵜狩くんが「うわ……この人が姉になるのやだあ……」とか思ったらどうだ? よくないわあッ! てなわけでお姉ちゃんは~、お姉ちゃんとしての節度を守って引き下がるのだ!)
まあ当然ながら、まふゆさんの心持ちをこんしまちゃんも鵜狩くんも知らないわけだけど……。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
さっきまでまふゆさんが座っていたソファにこんしまちゃんが腰を下ろす。
こんしまちゃんはココアを含みながら右前の鵜狩くんに視線をやる……っ!
お互い口数が多いほうじゃない。
それでも相手がそばにいるだけで心がほんのりして、どこか幸せを感じる。
気まずさもまったくない。
部屋に混じる息づかい……相手の衣ずれ……ココアをのどに送る音……それが鼓膜を心地よくゆらす。
ここで、こんしまちゃんはカバンをあけた。
金色の包装紙と緑色のリボンでラッピングされた一辺八センチの立方体の箱を取り出す。
「鵜狩くん……外で渡してくれた鵜狩くんのチョコ……今、食べていいかな……」
「もちろんだよ」
鵜狩くんはカップを両手に持ったまま快くうなずいた。
こんしまちゃんはちょっと考えていったん自分のココアのカップを目の前のテーブルに置く。
「といってもわたしだけチョコをパクパクするのはなんか絵面的にあれだから……」
そうつぶやいてキッチンのほうに行き、なにかを持ってきたこんしまちゃん……ッ!
「はい……鵜狩くん……」
こんしまちゃんが棒状のアイスを渡す。
表面に焦げ茶色のチョコチップがくっついたヤツだ……!
「あんまり高価なものじゃないけど……わたしがお店で買って冷やしてたアイス……溶ける前に食べてね……」
「ありがと。いただくよ」
鵜狩くんが舌を出してアイスをちろちろなめる。
一方、こんしまちゃんは鵜狩くんからもらった箱のラッピングを静かにひらいていく。
金色の包装紙と緑色のリボンが傷つかないよう、ていねいにラッピングを外す。
なかの箱は白かった。模様を持っていなかった。
箱の蓋を取る。そのなかにはおせんべいのように平たいチョコが何枚も入っていた。色は焦げ茶である。
それぞれ透明な袋につつまれている。
こんしまちゃんが個包装の一つを引き抜く。チョコはタイヤキのかたちをしていた。袋をあけ、こんしまちゃんはそれをぱくっと食べる。
その厚みは一センチ程度。外側のチョコがこんしまちゃんの口内でパキッと砕ける。少し苦い。
しかし割れたチョコのなかから、あまやかなクリームがドロリと飛び出す。
クリームは酸味も含んでおり、そのすっぱさがクリームのあまみを引き立たせている。
「ん……っ、鵜狩くんのチョコ……おいしい……」
いったん口を離してチョコの構造を確認するこんしまちゃん……っ!
といっても構造自体は単純なものだ。
三ミリ程度の焦げ茶のチョコが、四ミリほどの厚みの白いクリームをはさんでいる。
クリームは赤みがかったオレンジ色を帯びている。
おそらくイチゴなどの果汁を混ぜているのだろう……!
こんしまちゃんは透明な袋越しに両手でチョコを持ち、もぐもぐ口に入れていった。
頭からしっぽまであまずっぱいクリームたっぷりで、まったく飽きが来なかった。
タイヤキ型のチョコを食べ終わったあと、こんしまちゃんは次なるチョコを箱から抜き出す。
そのチョコはタイヤキ型じゃなかった。ヒマワリのかたちをしていた。
「冬にヒマワリなのも乙だね……」
外側の舌状花の部分をかじる。
でも、そのなかにはクリームなどが詰まっていなかった。口当たりのいい焦げ茶のクッキーみたいである。それも悪くはないけれど、ちょっと物足りなさも感じる。
ついで内側の筒状花に歯を当てる。
そちらのほうには中身があった……!
さきほどのタイヤキ型と同様、白っぽいクリームが含まれている。
クリームはより濃厚で、ねばりけを持っている。そのクリームには薄茶のフレーク状のものが混ぜ込んである。
「あ……これ、シリアル……」
細かく砕かれたシリアルが、ドロリとしたクリームともクッキーのような外殻のチョコとも違う食感を生み出す。それでいて主張しすぎない程度の存在感を示しているので、チョコ全体の味を壊さずむしろ際立たせることに成功している。
舌状花で物足りなさを感じていたこんしまちゃんは、この筒状花の魔力にみごとに捕らわれた。最初から相手を満足させずに焦らしたあと効果的なタイミングで欲望を満たしてやることで沼にはまらせる……これぞ料理における心理学であり、悪魔的な手練手管と言えよう……!
もはや、こんしまちゃんのそしゃくとえんげはとめられぬ……ッ!
しかも濃厚な筒状花が終わってからは、口当たりのいい舌状花が再びこんしまちゃんの口内に侵入する。
おかげで口のなかがダレることもなく、スッキリする……っ!
最終盤まで隙を見せない完全無欠のチョコであった。
「お……おいしすぎる……鵜狩くんの作ったチョコ……すごすぎるよ……」
「よかった」
こんしまちゃんの渡したチョコチップアイスをなめながら、鵜狩くんがツリ目を細める。
「俺もがんばって作った甲斐があった。うっかり砂糖と塩を間違えたりもしてないみたいだな」
「……鵜狩くん、ホントにありがとね……」
刹那、こんしまちゃんの左右のほおを涙が伝った。
「誕生日も一緒にいてくれて……成仏しそうだよ……」
「それはまだ早いよ、こんしまちゃん」
「しまった……」
こんしまちゃんは右手の甲で涙をぬぐった。
「なのにわたし……適当なアイスしか返してない……」
「そんなことないよ、これもおいしい」
半分以上減って棒の先端が露出したアイスをなめながら、鵜狩くんがこんしまちゃんに笑顔を返した。
「だってこんしまちゃんがくれたものだから」
「うう……鵜狩くん……」
いったんこんしまちゃんは箱のなかのチョコをもう一枚食べた。
卍の手裏剣のチョコをぱくりといった……ッ!
手裏剣チョコにはありったけの抹茶クリームが詰め込まれていた。むっちゃうまかった。
こんしまちゃんがチョコを飲み込み、両手を胸に当てる。個包装の袋越しにチョコを食べているので手はよごれていない。
「わたし……今まで自分の誕生日をだれにも教えてこなかった……」
「俺もだよ」
鵜狩くんがアイスをなめ終わり、首を縦に振る。
お互いに、ちょっと冷めたココアを口に含む。
そのあとこんしまちゃんが静かに続ける。
「だけどきょうは誕生日をうっかり教えちゃって……むしろよかったと思ってる……」
「俺も」
鵜狩くんは姿勢をただし、自分から見て左前にいるこんしまちゃんを優しく見た。
「こんしまちゃんの十六歳の誕生日を祝えてよかった」
「ありがと……」
スカートのすそを軽くいじるこんしまちゃん。
「といってもだれかにとってのいい日は、だれかにとっての悪い日かもしれないんだよね……きょうだって十三日の金曜日だし……」
その身を右に移動させ、少しだけ鵜狩くんに近づく。
「きっと誕生日の意味は……これからも変わっていくのかもしれない……」
「単なる『誕生した日』じゃないってこと?」
鵜狩くんもL字型のソファの上で体を左に移し、こんしまちゃんに接近する……ッ!
こんしまちゃんはささやき声に切り替え、上体を右に寄せる……っ!
「そう……誕生日は単なる過去の日付じゃないと思う……むしろ『誕生する日』って言ってもいいかも……誕生日が来るたびに過去を思い出すというよりは……誕生日を迎えるごとに何度でも産まれなおすんだ……そのたびに誕生日の意味が新しく更新される……きょうみたいに……」
こしょこしょささやきながら、早口になるこんしまちゃん……ッ!
「だから今のわたしは十六歳であると同時にピチピチのゼロ歳でもあるの……いや、今まで十六回もとい十七回産まれたのなら……わたしは今、ゼロ歳であり一歳であり二歳であり三歳であり四歳であり五歳であり六歳であり七歳であり八歳であり九歳であり十歳であり十一歳であり十二歳であり十三歳であり十四歳であり十五歳であり十六歳でもあるね……っ」
そこまで言って、慌てて両手で口をふさぐ。
「……しまった。わたし、しっちゃかめっちゃかなこと口走っちゃった……」
「いいや。おもしろい考えだよ、こんしまちゃん」
鵜狩くんが身を乗り出す。
「年を取るというのは、今までの自分を手放すことでも過去の自分に固執することでもなくて……今まで出会ったすべての自分も大切にしながら、新しい自分を自分のなかに加えていくことなんだな」
「うん……うん……っ」
首を激しく縦に動かすこんしまちゃん。
そして、近づいた鵜狩くんの左手に自分の右手をふれさせる。
二人の親指から小指までがからみ合う。お互い、先端から根元まで漏れなく熱い。
「しまった……わたし、思わず……」
「それを言うなら」
そっと鵜狩くんがささやく。
「実は俺も、うっかり手をふれさせてしまったんだ」
「そう……鵜狩くんも……」
赤面がとまらないこんしまちゃん。
同じく紅潮した鵜狩くんがこんしまちゃんの右耳にあたたかい息を吹き込む。
「これからも俺……こんしまちゃんと年を重ねていきたいな」
「ひゃあああ……っ、わ、わたしもだよ……」
お互い、あごの裏側までジュウジュウ熱くなっていた。
でもちょうどこのタイミングでリビングの窓から夕焼けの赤っぽい日差しが入ってきた。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
というわけで夕方が来たので、約束していたとおり鵜狩くんはこんしまちゃんの家をあとにする。
帰る際、玄関にやってきたまふゆさんにも鵜狩くんはあいさつした。
「では、まふゆお姉さん。おじゃましました」
「また来てね~」
まふゆさんは陽気に手を振って背を見せた。
直後、ロングスカートをひるがえして振り向く……!
「って、お姉さんだとお……ッ!」
「あ、うっかりしてました。すみません……」
めずらしく鵜狩くんがうろたえている……!
しかしまふゆさんはにっこりと笑って腕を組む。
「いいじゃないかっ! なにを隠そう、わたしには『妹』に迷惑をかけられたいという『姉』としての根源的欲求があってね。これが進化して『弟』にも迷惑をかけられたいって欲求も目覚めそう! あ~、わたしの新たな姉としての扉がひらく~。妹と弟……二つの要素が合わさり、今までとは違った紺島まふゆが誕生する!」
「も……もう、やめてよ。お姉ちゃん……鵜狩くん、ドン引きだよ……」
こんしまちゃんがほおを膨らませてぷりぷりする。
まふゆさんは腕をほどき、取り繕う。
「取り乱しました。すみません。わたし、きょう誕生日なので浮かれていました」
「いいえ、素敵なお姉さんだと思います」
鵜狩くんがツリ目の下まぶたを持ち上げてふんわり笑う。
「それとまふゆお姉さんも、誕生日おめでとうございます」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
そのあとさすがに反省したまふゆさんが醜態をさらしたことを謝りながら奥へと引っ込んだ。
玄関で二人きりになったこんしまちゃんと鵜狩くんが見つめ合う。
鵜狩くんは靴をはいた状態だ。
「こんしまちゃん。悪くなったらいけないから、俺のチョコは一週間以内に食べて」
「うん……」
小さくうなずくこんしまちゃん。
「またね、鵜狩くん……このお返しは絶対にするから……義務感とかじゃなくて、わたしがそうしたいの……」
「分かった、楽しみにしてる」
穏やかに言って、鵜狩くんはドアをあけた。
冷たい空気と夕方の光が入ってくる。
「きょうはこんしまちゃんと過ごせてうれしかった」
「うん……わたしも鵜狩くんと一緒になれてよかった……」
「また、同じ時間を過ごしたい」
「もちろん……何度でも……」
そしてドアが閉まる。
空気はあたたかくなり、白いあかりが玄関を照らす。
こんしまちゃんは自分の部屋に入って、残りのチョコを食べることにした。まず十字手裏剣のかたちを選んだ。
でも十字手裏剣のチョコをかむと同時に、しょっぱい味が口のなかに広がった。
「あ……鵜狩くん……これだけ砂糖と塩、うっかり間違えてるっぽい……」
ふふっとこんしまちゃんが一人でほほえむ。
「でもおいしいよ……」
個包装の袋からチョコを出し、そのしょっぱい部分を直接なめる。
「だって……鵜狩くんがくれたものだから……」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
☆今週のしまったカウント:五回(累計百五十三回)
次回「第三十七週 秘めたる野望を打ち明けてしまった!(木曜日)」に続く!(二月二十日(金)午後七時ごろ更新)
それにしても毎日がだれかにとってのめでたい日であったりそうでなかったりするのかもしれませんね~。




