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第三十五週 鬼が豆をまいてしまった!(火曜日)

 こんしまちゃんこと紺島(こんしま)みどりは先週からクラスメイトの鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんと付き合うことになった……!


 じゃあこれからは二人(ふたり)のイチャイチャがたっぷり見られるのか? 砂糖(さとう)みたいなあまったるい日々(ひび)が始まるのか? ――そういう展開を期待したいところだが。


 これはあくまで、こんしまちゃんの「しまった」に(かか)わる物語……!

 したがって「しまった」が登場しないシーンは基本的にカットされている。


 だから以降もこんしまちゃんと鵜狩(うかり)くんの恋愛(れんあい)模様(もよう)がすべて描写(びょうしゃ)されるわけじゃない。

 そうだとしても……物語の外側で二人(ふたり)はとっても幸せそうにしている。それだけは確実である。そこは心配無用である。


 ともあれ今回の話は節分(せつぶん)のときの話だ。

 ここまで前置きをしておいてアレだけど、内容は恋愛とまったく関係ない……ッ!


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 火曜日の午前。節分の日。

 こんしまちゃんのクラスでは体育の授業が実施(じっし)されていた。


 でも普段(ふだん)の体育の先生が出張(しゅっちょう)ということで、その日の授業は自習になった……!


 自習といっても教室で勉強するわけじゃない。なんか……体育っぽいことをやる……っ!

 クラスのみんなは体操着(たいそうぎ)着替(きが)え、学校の体育館に(はい)った。


 体育の先生の代わりにクラス担任の立合(たちあい)広夢(ひろむ)先生がみんなを集め、(おだ)やかに聞く。


「みなさんは体育の自習でやりたいことはありますか?」

「はい」


 真っ先に手を挙げたのは、軽めの天然パーマの女の子。

 その名も()七瀬(ななせ)さん。前にこんしまちゃんがお弁当を忘れたときにスパゲッティをくれたクラスメイトでもある……ッ!


「ワタシは豆まきをやりたいです!」

「ふーん、いいね」


 かっこいいもみあげを持つ男の子、鳥松(とりまつ)月次郎(つきじろう)くんが()さんに賛同の意を示す……!


「とりま、おれも豆まき路線でいいと思います。本当の豆をまくのはさすがに無理だろうけど……」

「じゃあ豆以外のなにかを投げる方向性で検討(けんとう)するのか」


 大きな舌を持つ見藤(けんとう)幸也(こうや)くんが鳥松くんの言葉を引き取った。

 続いて頭にアホ()を生やした女の子、(いきおい)さくらさんが発言する。


「つっても投げるならボールしかないっしょ~」

「ボールを豆に見立てるのか……それだったら」


 鳥松くんが立合(たちあい)先生と目を合わせ、たずねる。


「あの、先生。ちょっと体育倉庫を確認していいですか」

「構いませんよ」


 立合先生が(やさ)しく答える。


「なにか使えそうなものが倉庫にあるんですね?」

「確かボールを()れているカゴのなかに『大豆(だいず)ボール』があったと思うんです」


 さらっと鳥松くんが言った。

 でも体育館に集まったほかのみんなは「大豆ボール?」と口々(くちぐち)につぶやいて首をかしげるのだった……ッ!


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 鳥松(とりまつ)くんと立合(たちあい)先生は体育倉庫に(はい)ったあとボールを(ふた)つ持ってきた。


 ボールはどっちも薄茶色(うすちゃいろ)

 かたちは「だ(えん)」なんだけど、片側がちょっとへこんでいる。

 大きさはラグビーボールくらい。まさしくビッグな大豆のボールだ……っ!


 なんでそんなボールが体育倉庫にあるのか分からずみんなは(おどろ)いていたが……(かみ)を短いサイドポニーにしている女の子、六月一日(むりはり)涼芽(すずめ)さんがその疑問を解消してくれた。なお六月一日さんはこんしまちゃんがお弁当を忘れたときにウインナーをくれた女の子でもある。


「あ~、わたし聞いたことあるわ。今は卒業したバスケ部の先輩(せんぱい)が部を離れるときに奉納(ほうのう)したってさ。学校の許可もとってあるっぽいよ」


 六月一日(むりはり)さんはバレー部なので同じ体育館で活動するバスケ部の内情にも通じているのだ……!

 その発言に、キラキラした(ひとみ)を持つ標葉(しねは)令太(れいた)くんが反応する。


「奉納って……おもしろい表現じゃん。(おに)みてえな悪いものをはらえて縁起(えんぎ)がいいってことで大豆を倉庫に残したってわけか。じゃ、これで体育の自習しねえ?」

「まあそういう流れだよね、標葉(しねは)


 八重歯(やえば)特徴的(とくちょうてき)な男の子、嫁田(よめた)(しゅう)くんも(くち)をひらく。


「じゃ、大豆ボールでなにをするかだけど、運動が得意か不得意か関係なく参加できるヤツがいいかも」

「ならドッジボールとかがいいかもしれないね」


 そう言ったのは、高い鼻を持つ中能(なかよく)美都風(みつかぜ)くん……っ!

 ここで、髪をセンターパートにしている鹿出(ろくで)(まい)さんがツッコミを()れる。


美都風(みつかぜ)~。ろくでもねえとは言わんけど、それじゃ豆まきって感じじゃなくね? もっと、こう……(おに)の要素がほしいっていうか」

「確かに……」


 中能(なかよく)くんがうなずいた。

 そして、ほっそりとしたきれいな指を持つ女の子、流石(さすが)星乃(ほしの)さんが挙手する。


「鬼の要素があって体を動かす遊びなら、鬼ごっこはどうかな? 高校生らしくないかもしれないけど」

「あっ、いいねっ。あたし、童心に帰ってやりたいなっ」


 ポニーテールをちょっとゆらしつつ、矢良(やら)みくりさんが賛同した。

 ほかのみんなもザワザワしながら「ま、いいんじゃないかな。たまには」と声に出す。


 反対意見もないようだ……!

 でも()きとおるような(はだ)を持つ男の子、水戸目(みとめ)永志(ながし)くんが首をかしげる。


「ぼかあ気になるんだけど、鬼ごっこって相手をタッチする遊びじゃないの? そんな鬼ごっこで大豆ボールをどう使うのかな~」

「タッチの代わりに鬼がボールを投げるんだよ……」


 ウェーブのかかったくせ()を持つこんしまちゃんが水戸目(みとめ)くんに視線を向ける……っ!


「そのボールを豆に見立てれば豆まきと鬼の節分コンボが完成する……!」

「ふーん、ボールが当たったら鬼になるって感じね」


 水戸目くんが納得(なっとく)したように首を(たて)()った。

 ついで髪の後ろ側をチョウチョ結びみたいにまとめている(ちょう)ひなぎくさんが手をたたく……ッ!


極悪(ごくあく)コンボ来たわ~。題して『豆まき鬼』ってとこかー。こりゃ、きょうの節分に(ちょう)ふさわしいぞー」

「ただ……ルールがちょっと不明瞭(ふめいりょう)なとこがあるかも」


 表情の見えづらい長い髪を少しだけかき上げてアヤメこと菖蒲(しょうぶ)佳代子(かよこ)さんが遠慮(えんりょ)がちに発言する。


「鬼ごっこには大きく分けて二種類(にしゅるい)のパターンがあるよね……。タッチのあと鬼とタッチされた(がわ)が鬼を交替(こうたい)するパターンと、交替せずにタッチされた側が鬼に加わってどんどん鬼が増えていくパターン。どっちがいいんだろ……」

「時間も限られているし」


 清楚(せいそ)()つ編みが特徴的(とくちょうてき)な女の子、子々津(ねねつ)絵千香(えちか)さんがアヤメの言葉に(こた)える……ッ!


「あたしは、どんどん鬼が増えていく感じにしたほうがいいと思うな」

「まあオレも子々津(ねねつ)に賛成だわ~」


 ぷるっぷるの(くちびる)(ふる)わせつつ、和南(わなん)統人(とうと)くんがあくびする。


「鬼が増殖(ぞうしょく)していったほうが終わるタイミングも分かりやすいっつーか。だいたい交替するほうはワナじゃん? 永遠(えいえん)に続けることになるっての」

「そっか……そうだね」


 やわらかく微笑(びしょう)して、束花(そっか)()()くんが()()()を見せる。なお束花(そっか)くんは以前こんしまちゃんがお弁当を忘れたときに、購買(こうばい)で買ってきたパンをまるまる(わた)そうとしたクラスメイトでもある……ッ!


「それじゃあ、あとは最初の鬼をだれがやるかだね」

「ボールは二個(にこ)あるから二人(ふたり)で始めるのが正解なんじゃない?」


 長い(した)まつげをパチパチさせて、赤金(あかがね)しろみさんがみんなを見回す。


「男子から一人(ひとり)、女子から一人って感じでね」

「じゃあ、おれが鬼になる」


 あごひげを(たくわ)えている男の子、伏木(ふしぎ)守久(もりひさ)くんが落ち着きはらって言った。ほかに立候補する男子もいなかったので、鬼の一人(ひとり)伏木(ふしぎ)くんに決定する……ッ!


 というわけで伏木(ふしぎ)くんは鳥松(とりまつ)くんから大豆ボールを受け取った。


 一方、女子のほうは(たが)いに互いを見合うばかりでなかなか決まらない……!

 そんななか、ベリーショートの久慈(くじ)小鮎(こあゆ)さんが背筋(せすじ)をピンと()ばして提案した。


「くじで決めるのはどうかしら」

「え……でも久慈(くじ)さん」


 ほかのみんなが久慈さんの発言にぽかんとするなか、前髪(まえがみ)ぱっつんの女の子、加布里(かぶり)璃々菜(りりな)さんが聞く。


「その方法はどうするん? 今、くじ()()どこにもないけど」

「大豆ボールを後ろに向かって無作為(むさくい)に投げてもらうの」


 立合(たちあい)先生の持つボールをじっと見て、久慈(くじ)さんが回答する。


「結果そのボールを受け取った人が鬼ってことにしましょう」

「ブーケトスやん。いいんじゃないの」


 加布里(かぶり)さんは、女子のみんなのほうをチラリと見てうなずいた。

 続いて立合(たちあい)先生と目を合わせる。


「じゃ、先生。後ろを向いてボールを適当に投げてもらえますか」

「分かりました」


 立合先生は回れ右をし、みんなに背中を向けた。

 大豆ボールは不規則な軌道(きどう)をえがき――。


 みんなからちょっとだけ(はな)れた位置に(すわ)っていたショートボブの女の子のもとに落ちた。


 その子の名前は委文(ひとり)知砂(ちさ)さん。

 委文(ひとり)さんは反射的に両手を出し、大豆ボールをキャッチしていた……!


 同時に、彼女(かのじょ)は心のなかで悪態をついていた……ッ!


(先生。今の、絶対ねらって(わたし)のほうに投げましたよね。そういうところが……そういうところが……!)


 それでも気持ちを表情に出さずクールでいる委文(ひとり)さんに伏木(ふしぎ)くんが声をかける。


委文(ひとり)、おれも鬼だからよろしく。どんどん鬼を増やしていこうな」

「……あ、うん」


 切り()えて、委文(ひとり)さんは「しかたない……」と観念した。

 このタイミングで、太い首を持つ筈井(はずい)友春(ともはる)くんが確認をおこなう。


「ボールを当てられたら鬼になるんだよね。だったらキャッチした場合は?」

「それもアウトってことにしたほうがよくない?」


 眉毛(まゆげ)が太い男の子、谷高(やたか)誠一(せいいち)くんがやんわりと言葉を受ける……っ!


「そうしないと鬼じゃない人がいつまでもボールをキープする可能性があるから」

「なるほど。谷高(やたか)くんの言うとおりだね」


 筈井(はずい)くんもほかのみんなも、キャッチした場合もアウトというルールに賛成する。


 それから、鬼にならなかった二十六人が体育館のなかに散らばる……っ! なお立合先生は「自習」するみんなを体育館の()(ぐち)のそばで見守っている。


 こんしまちゃんも()げつつ、だれよりも整ったかたちの耳を持つ男の子に左後ろから近づく。


飯吉(いいよし)くん……逃げきろうね……」

「は……? なんでボクのほうに()んの、こんしまちゃん」


 顔をゆがめ、飯吉(いいよし)(かのえ)くんがこんしまちゃんから離れようとする。


鵜狩(うかり)と付き合い始めたくせに。浮気(うわき)じゃん」

「だいじょうぶ……わたしと鵜狩くん以外の人とのあいだにそういうフラグは()ちっこないから……鵜狩くんもそれを分かってくれてるよ……」

「そのセリフ自体がフラグっぽいって」


 軽く走りながらため息をつく。


「まあこんしまちゃんと鵜狩がどういう付き合い方をしようがボクには関係ないから別にいいけどさ……もしかして()()()になんか()()まれた? だからボクにからんでんの?」

「ただわたしは……飯吉(いいよし)くんとも(たの)しく遊べるのがうれしいんだよ……」


 (かた)上下(じょうげ)させるこんしまちゃん……っ! 

 飯吉くんは目を細め、声を落とす。


「きょうは学校をサボらずに来てみれば小学生みたいなことをやらされるし、そもそもなにをやるか(はな)し合うのに時間かけすぎなんだよね」

「それでも飯吉くん……豆まき鬼に付き合ってくれるんだ……」


 こんしまちゃんも小声になり、ふふっと笑いかける。

 そんなこんしまちゃんから飯吉くんは遠ざかっていく……。


「いいよ……そういうの。無理に言わなくていいよ」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 みんなが体育館のあちこちに散ったところで、大豆ボールを持った鬼の二人(ふたり)出陣(しゅつじん)する……っ!


 伏木(ふしぎ)くんは左に、委文(ひとり)さんは右に飛び出した。

 なお豆まき鬼が始まる直前、「ボールを()るのも相手に直接ふれるのも禁止」というルールが追加されている……ッ!


 顔面セーフとかもない。体に当たらず体操着にかすった場合も当たったものとする。


 さらに、新たなルールがもう(ひと)つ。

 マフラーのようなおさげを持つ間地(まじ)柚季(ゆずき)さんに向かって、伏木くんが大豆を投げる……! その際、次のような言葉を(くち)にした。


(ふく)(うち)

「おおっ、さすが伏木(ふしぎ)くん。マジで言ってくれるんだ」


 間地(まじ)さんは大豆をよけて声をはずませた。

 豆まき鬼なので、大豆ボールを投げるときは「福は内」というかけ声と一緒(いっしょ)に投げるのがいいと思うと間地さんは提案していたのだ……ッ!


 ただし「鬼は外」に関しては……なんか鬼がかわいそうなので言わないことになった。


 ともあれ伏木くんは外したボールもとい大豆を拾い、再びかけ声を上げる。

 その「福は内」の声と共に大豆が飛び、谷高(やたか)くんの右肩(みぎかた)に当たった。


「あ、やっちゃった。これで(ぼく)も鬼かあ」


 ちなみに大豆ボールはやわらかいので当たっても全然(いた)くない。ふにふにしているため、接触(せっしょく)したら気持ちいいくらいだ。


 大豆を両手で持ち、谷高くんが声を出す……っ!


「ピッチャー()りかぶって……福は内ッ!」


 大豆が壁際(かべぎわ)のこんしまちゃんを(おそ)う。


「やったか……?」

「どうかな……」


 こんしまちゃんはしゃがんで大豆をよけた。

 でも大豆は後ろの壁に当たって()ね返り、こんしまちゃんの背中に当たった。


「しまった……」

「ホントにやった……!」


 大豆を投げた当人が一番(いちばん)驚いていた。

 ゆっくりとこんしまちゃんは立ち、大豆をかかえる……!


「やったね……おめでとう」

「ありがとう」


 谷高くんは照れながらお礼を返した。

 それからこんしまちゃんは大豆を(とう)てき……っ!


 ターゲットは、左前方の鵜狩(うかり)くんだ……!


「たああ~……福は内~……」


 気合いの(はい)った声と共に投げた。

 が、大豆は鵜狩くんまで届かずその手前でぽい~んと()ねた。


「しまった」

()()福は内」


 瞬間(しゅんかん)、跳ねた大豆をショートボブの女の子が左手の(こう)ではじいた。

 大豆は鵜狩くんの右のつま先に命中した。


「うっかりしてた」


 鵜狩くんが目を丸くする。


「やるな、委文(ひとり)

「ほめるんなら、彼女のほうをほめてあげなよ」


 ショートボブの女の子……委文(ひとり)さんは淡白(たんぱく)につぶやいた。

 豆まき鬼の火蓋(ひぶた)が切られたとき委文さんは伏木くんとは別方向に飛び出していたが……どうせなら伏木サイドのサポートをするのもアリかなと思いなおして急に方向を転換(てんかん)したのだ……ッ!


勘弁(かんべん)してほしいな。(わたし)はこういう仲よしイベントも好きじゃないんだ。一人(ひとり)黙々(もくもく)と勉強しているほうがラク。とはいえ参加するからには適当にやるわけにもいかない)


 で、もともと委文(ひとり)さんが持っていた大豆のほうは――。

 すでに後ろに投げられていた。


「ブーケトス・ザ・福は内」


 委文さんはかけ声にアレンジを加えていた。

 ノリノリだからではなく、そういうゲームと解釈(かいしゃく)したからだ……!


 ()をえがいた大豆が落ちてきて、(いきおい)さんのアホ()に当たった。


「これでウチも鬼になったわ~」


 ついで頭からすべり落ちた大豆めがけて勢さんは右こぶしを()ち込む……っ!


()らえ福は内ぱ~んち」

「うおお……っ」


 勢さんの飛ばした大豆が嫁田(よめた)くんの太ももに直撃(ちょくげき)した。

 手をたたき、勢さんがぴょんぴょん跳ねる。


「よっしゃー、嫁田撃沈(げきちん)じゃーん」

「や、やるもんだね、(いきおい)


 どこか嫁田くんはうれしそうであった。


「よし、それじゃ標葉(しねは)。福は内ビーム」


 嫁田くんは左前方の標葉くんのほうを見て大豆をアンダースローで投げた。

 でも大豆は、(あわ)てる標葉くんではなく……向かって左横に立っていた中能(なかよく)くんに命中した。


「え……」


 中能(なかよく)くんも標葉(しねは)くんもびっくりする。

 八重歯(やえば)をのぞかせて嫁田(よめた)くんが小さく笑う……!


「悪いね。標葉、美都風(みつかぜ)。別に俺はウソもついていないから。ただ標葉のほうを見てその名前を呼びながら美都風めがけて豆まきしただけなんでね」

「いい頭脳プレーだね」


 (おだ)やかな口調(くちょう)で中能くんは大豆を回収し、「ノールック福は内」と言って標葉くんのほうにそれを投げた。


 そんなわけで、標葉くんはあっさり大豆のえじきになった。


 ちょっと残酷(ざんこく)だが……これは豆まき鬼のガチ勝負……!

 ルールの範囲内(はんいない)で非情になりきるからこそ遊びもまたおもしろくなるのだ……ッ!


* *


 さて鵜狩(うかり)くんの持つもう(ひと)つの大豆ボールだけど――。

 そちらのほうは、今まさに矢良(やら)さんめがけて投げつけられているところだった。


忍法(にんぽう)・福は内」

「そう簡単にはいかないよっ」


 矢良さんがまばたきして大豆をよけようとする。

 しかし鵜狩くんの(はな)った大豆は矢良さんの(また)()けた。


 で、バウンドした大豆が矢良さんの背後にいた鹿出(ろくで)さんのお腹に当たった。


「わたしもやられちまったか福は内ィッ!」

「やらかしたっ」


 すかさず発射(はっしゃ)された鹿出さんの攻撃(こうげき)をかわしきれず、矢良さんが背中に大豆を受ける……!


 その大豆は再び鹿出さんのお腹のほうに飛んだけれど――。

 キャッチした鹿出さんは矢良さんにそっと大豆を渡した。


「ほい。みくりも()()()()()よな」

「ありがとっ。(まい)ちゃんっ」


 矢良さんはお礼を言ってから周囲を見回す。

 すぐに走り、ねらいを定める。


璃々菜(りりな)ちゃんっ、あたしからのプレゼント福は内っ!」

「え、なんでわたし」


 油断していた加布里(かぶり)さんが身をそらして大豆をよける。


「わたしは最後の一人(ひとり)になるんだ。(ほかのみんなとのキャラかぶりをさけるためにも)ここで負けてられないっての」

「やるねっ」


 矢良(やら)さんは一割(いちわり)(くや)しそうに、九割うれしそうに口角(こうかく)を上げた。


 そして加布里さんのよけた大豆をキャッチする者があった。

 こんしまちゃんである……っ!


「てやあ~……福は内クラッシャー」

「あまいんよ」


 足元に飛んできた大豆を加布里さんがジャンプで回避(かいひ)した。

 ウェーブのかかったくせ毛をちょっと震わせ、こんしまちゃんが(くち)に出す。


「しまった」

「やっぱりうっかりガールだね、こんしまちゃん」


 加布里(かぶり)さんは、ひたいに(あせ)をにじませた。

 ここで矢良さんの声がかぶさる。


「福は内の(おく)り物再びっ!」


 こんしまちゃんの投げた大豆を受けた矢良さんが加布里さんに大豆を再度ぶつけたのだ……ッ!

 今度は加布里さんもよけられず、左腕(ひだりうで)に豆を()らった。


「きゃああー」


 ほとんど棒読みのゆる~い悲鳴を上げ、加布里さんが大豆を手に取る。


「こうなったら驚き(もも)()福は内っと」


 加布里さんの大豆は和南(わなん)くんのおしりに当たった。

 和南くんはダルそうにしながらその転がる大豆をかかえる。


「やっぱ人数が多くなると鬼側(おにがわ)が有利だよな。さて、だれに当てっか……」


 ここで和南くんが流石(さすが)さんに目をつけ、少しゆっくりめに追いかける。

 とうとう体育館のすみっこまで追い()め、質問する。


流石(さすが)。当てていいか」

「わたしをすみっこに追いやっておいてその質問はなくない? 和南(わなん)くん」


 体を左右に動かしながら、流石さんが脱出(だっしゅつ)の機をうかがう……っ!

 そして和南くんが右足を出す。


 それに反応し、向かって左側に流石さんが動こうとする。

 が……右足は和南くんのフェイントだったようで、すかさず(かれ)は向かって左に動いた流石さんに大豆を投げた。


「福は内の奇襲(きしゅう)……」


 ややテンション低めに和南くんはかけ(ごえ)を出した。

 大豆が流石さんの(こし)にふんわりと当たる。


 流石さんは大豆をぎこちなく拾った。

 心配そうに見ている和南くんに視線を返す。


「豆まきくらいわけないって」


 さらに体育館のすみっこから、中央のほうに移動する……!

 鬼じゃないみんなは大豆を持った流石さんを警戒(けいかい)して遠くに離れる。


 この瞬間、急に流石さんがゆかを()った。


「わたし、手を使わない運動なら苦手じゃないからね」


 瞬時(しゅんじ)(ちょう)さんへと接近し、その左腕(ひだりうで)にふれる直前に大豆を(ちょう)至近距離(しきんきょり)で投げた……っ!


「福は内・零式(ゼロしき)……!」


 結果、蝶さんの腕に大豆がかすった。

 流石さんの手などが蝶さんの体に直接ふれているわけではないのでルール的にはセーフである……ッ!


「これでひなぎくも鬼だね」

「やられたー。星乃(ほしの)ちゃんやるじゃーん。アタシも豆まきがんばっちゃうぞー。(おに)(そく)(ざん)!」


 蝶さんはさっと()け出し、赤金(あかがね)さんに大豆をまいた。


「しろみちゃんも鬼にならない? 全集中の福は内ッ!」

「わあああっ」


 いびつなだ円の大豆がゆがんだ軌道(きどう)を引きながら回転し……赤金さんの背中をそ~っとなぞった。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 ところで標葉(しねは)くんの手にある大豆はどうなったのか……?

 当然、すでに投げられている。


 標葉くんは鳥松(とりまつ)くんめがけて大豆を(はな)ったのだ。


「オレと福は内しねえ?」

「とりまごめん!」


 鳥松くんは(あやま)りながら大豆をパンチしてはじき返した。

 直後、ハッとして大豆に駆け寄ってそれを拾った……っ!


「くっ、反射的にやってしまった。おれも鬼か。えいっ、福は内」


 すかさず大豆は(なな)めに()()がり、水戸目(みとめ)くんに飛んだ。

 水戸目くんは大豆を胸で受けとめた。


 近くにいる六月一日(むりはり)さんを視界に()れるものの、投げるのをためらう水戸目くん。


 そんな水戸目くんを六月一日(むりはり)さんがじっと見る。


「水戸目……もしかして男子が女子に投げるのはかっこ悪いとか思ってる?」

「ま、まあ。抵抗(ていこう)があるというか」


「最初から男女混合でやってる時点で男も女もないから。伏木(ふしぎ)鵜狩(うかり)普通(ふつう)に女子に投げてるし。むしろナメプされるほうがムリなんだけど」

「そういうことならぼかあ容赦(ようしゃ)しないよ福は内」


 意を決した水戸目(みとめ)くんが六月一日(むりはり)さんに大豆を投げる……ッ!

 それを六月一日さんは胸の前でキャッチした。


「そうそう。最初からそんな感じでいいんだって。ナイス大豆」

「サンキュ。でもキャッチはアウトだよね。六月一日(むりはり)さんこそナメプしたんじゃ……?」

「なんのこと? ()っかんないわ~」


 とぼけながら六月一日さんは大豆を打ち上げた。

 宙に浮いたその大豆に向かってジャンプし、右手を()り下ろす……!


「福は内スパイク」


 大豆は右手の一撃(いちげき)を受け、一気に飛んでいった。

 そして見藤(けんとう)くんの左手をかすめる。


「オレをねらってきたか。本当に六月一日(むりはり)がやることは見当(けんとう)がつかないな」


 そうつぶやいて、その場で体育館の様子を確認した。


「今、鬼から逃げているのは……飯吉(いいよし)束花(そっか)筈井(はずい)久慈(くじ)菖蒲(しょうぶ)子々津(ねねつ)()間地(まじ)の八人か」


 見藤くんはすでに鬼になっている人にパスを回してもらいながら筈井くんに接近した。

 筈井くんと対面したところで(いきおい)さんから大豆を受け取り、投げつける……!


「福は内アンド福は内」


 しかし見藤くんの大豆は向かって左に大きく外れ、見当違いのほうに飛んでいった。

 筈井くんが太い首をかしげて、きょとんとする。


「あれ?」


 が、直後……「本命の福は内」という声がした途端(とたん)、筈井くんの右手に大豆が当たった。


「……あれ?」


 さきほど外れた大豆とは別の大豆だ。

 それが飛んできた右後ろのほうに目を向けると、そこに赤金(あかがね)さんと間地(まじ)さんがいた。間地さんは足元の大豆を拾っている。


 で、赤金さんは両手を合わせて筈井(はずい)くんにいたずらっぽく笑いかけている。


「ごめんね、友春(ともはる)~」

「あ、今のは()()が投げた大豆だったんだ。やられたよ」


 筈井くんも赤金さんにほほえみを返す……っ!

 見藤くんが説明する。


「オレは筈井をねらうフリをして本当は間地(まじ)をねらっていた。そうやって本命の間地に大豆を当てた。一方の赤金(あかがね)は間地をねらうフリをしながら筈井をねらっていたわけだ。あと別に示し合わせたわけじゃないからな。オレが赤金の行動を見て一方的(いっぽうてき)に合わせただけだ」

「すごいね、見藤(けんとう)くん。少しやけるよ」


 大豆を持って筈井(はずい)くんがちょっとさびしそうにする。

 そんな筈井くんに赤金(あかがね)さんが近づく。


「え~、友春。やいてるとか、かわいい~」

「はずいけどね」


 赤金さんと筈井くんは付き合っているとはいえ、さすがに授業の時間内でイチャついたりはしない。


「ともあれ僕も福は~(うち)~」


 なんかやわらかい声で筈井くんが大豆をひゅんっと投げる。

 大豆は遠くまで飛んで、壁際にいた子々津(ねねつ)さんに(やさ)しく当たった。


「あちゃあ、ついにあたしも鬼の大家族の仲間入りかあ」


 あんまり(いや)そうにもせず、子々津さんが次のターゲットを決める。

 右横にいる飯吉(いいよし)くんに笑顔(えがお)で大豆をぶつけた。


「福は内だよ、飯吉くんもねっ」

「む……」


 左肩に命中した大豆を飯吉くんがかかえる。


 そしてもう(ひと)つの大豆を持つ間地(まじ)さんはマフラーのようなおさげをゆらし、菖蒲(しょうぶ)さんに大豆を投げていた。


「前から思ってたけど菖蒲(しょうぶ)さんって絶対和装(わそう)が似合うよねマジで福は内」

「え、そんなことないってば……っ」


 アヤメは鵜狩(うかり)くん、こんしまちゃん、矢良(やら)さん以外に対しては遠慮がちにしゃべるので、ここでもちょっとおどおどしている。だけど内心ではうれしがっていた……っ!


 なにはともあれ大豆をもらったアヤメは一番(いちばん)近くにいる久慈(くじ)さんと目を合わせた。久慈さんはまだ鬼になっていない……!


「いいわよ、菖蒲(しょうぶ)さん」


 美しい所作(しょさ)で腕を組み、久慈さんがアヤメを挑発(ちょうはつ)する……っ!


「来て」


 ――と言ったそばから久慈さんは背を向けて脱兎(だっと)のごとく逃げ出した。

 鬼のみんなに取り囲まれそうになっても、そのあいだをスイスイ抜けていく。


 アヤメはとにかく思いきり大豆を投げた。


「福は内、あるいは外にも福はあるかもっ」


 大豆ボールはへろへろ~っと浮き上がり、みんなの頭上を()して久慈(くじ)さんの頭に()っかった。

 それを手に取り、久慈さんが上品に()む。


「どうやらわたしにも福があるみたい」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 これで、まだ鬼になっていないのは束花(そっか)くんと()さんだけ……!

 鬼のみんなで二人をそれぞれ囲めば楽勝で大豆を当てられそうだけど、みんなはあえてそれをしなかった。


 飯吉(いいよし)くんが束花(そっか)くんに追いつき、大豆をまく……ッ!


「適当に福は内~」


 声にやる気はないけれど、それでも飯吉くんは豆まき鬼の様式に合わせてくれている。

 束花(そっか)くんは飯吉くんの大豆を顔面で受けとめたあとチャームポイントのえくぼを見せた。


「そっか……ぼくも鬼か」


 えくぼは深く、切なかった……。

 このタイミングで立合(たちあい)先生が手をたたいた。


「みなさん、そろそろ自習の時間は終わりです」


 で……結局、豆まき鬼で最後まで残ったのは()七瀬(ななせ)さんだった。

 穂さんは胸をなで下ろした。


「ほっ。なんとか生き残れた~。やったあ!」

「おお~、おめ~」


 うれしそうにしている穂さんにみんなが拍手(はくしゅ)する……ッ!

 ここで久慈(くじ)さんと束花(そっか)くんが上に向かって大豆ボールを投げる。


 久慈さんは「いつでも福は内~」と言い、束花くんは「鬼も福は内~」とつぶやいた。


 二つの大豆は穂さんの両手に落ちた。


「あ、ワタシだけ福は内してないや」


 それから穂さんは立合先生に大豆の片方を渡した。


「先生もやってませんよね? 福は内しましょう!」

「……ありがとうございます」


 ついで先生と穂さんが同時に「福は内」と静かに言って大豆を宙に放り投げた。


 でもこの刹那(せつな)、こんしまちゃんが例の言葉を(くち)にした……!


「しまった……」

「?」


 みんなは不思議そうな顔でこんしまちゃんを見つめる。

 こんしまちゃんが言葉を()ぐ……っ!


「節分の豆まきで鬼()大豆を投げるのはおかしかったね……鬼()大豆を投げるべきだったね……」

「しまった」


 この場にいるみんなの声が重なる。委文(ひとり)さんや飯吉(いいよし)くん、加布里(かぶり)さんまで「しまった」と言っていた。

 もちろんこんしまちゃんもみんなにつられてもう一度(いちど)「しまった」と言っちゃったわけだ……っ!


 でも……。


「ま、別によくない? 鬼でも鬼じゃなくても、全員(ふく)(うち)できたんだから!」


 そう()さんが気持ちよく言った。

 だからみんなは、とくに後悔することもなく……その日の体育の自習「豆まき鬼」を終えることができたのだ!


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:五回(累計(るいけい)百四十八回)

次回「第三十六週 誕生してしまった!(金曜日)」に続く!(二月十三日(金)午後七時ごろ更新)

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それにしても節分の過ごし方もいろいろなものがあるのかもしれませんね~。

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