第三十五週 鬼が豆をまいてしまった!(火曜日)
こんしまちゃんこと紺島みどりは先週からクラスメイトの鵜狩慶輔くんと付き合うことになった……!
じゃあこれからは二人のイチャイチャがたっぷり見られるのか? 砂糖みたいなあまったるい日々が始まるのか? ――そういう展開を期待したいところだが。
これはあくまで、こんしまちゃんの「しまった」に関わる物語……!
したがって「しまった」が登場しないシーンは基本的にカットされている。
だから以降もこんしまちゃんと鵜狩くんの恋愛模様がすべて描写されるわけじゃない。
そうだとしても……物語の外側で二人はとっても幸せそうにしている。それだけは確実である。そこは心配無用である。
ともあれ今回の話は節分のときの話だ。
ここまで前置きをしておいてアレだけど、内容は恋愛とまったく関係ない……ッ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
火曜日の午前。節分の日。
こんしまちゃんのクラスでは体育の授業が実施されていた。
でも普段の体育の先生が出張ということで、その日の授業は自習になった……!
自習といっても教室で勉強するわけじゃない。なんか……体育っぽいことをやる……っ!
クラスのみんなは体操着に着替え、学校の体育館に入った。
体育の先生の代わりにクラス担任の立合広夢先生がみんなを集め、穏やかに聞く。
「みなさんは体育の自習でやりたいことはありますか?」
「はい」
真っ先に手を挙げたのは、軽めの天然パーマの女の子。
その名も穂七瀬さん。前にこんしまちゃんがお弁当を忘れたときにスパゲッティをくれたクラスメイトでもある……ッ!
「ワタシは豆まきをやりたいです!」
「ふーん、いいね」
かっこいいもみあげを持つ男の子、鳥松月次郎くんが穂さんに賛同の意を示す……!
「とりま、おれも豆まき路線でいいと思います。本当の豆をまくのはさすがに無理だろうけど……」
「じゃあ豆以外のなにかを投げる方向性で検討するのか」
大きな舌を持つ見藤幸也くんが鳥松くんの言葉を引き取った。
続いて頭にアホ毛を生やした女の子、勢さくらさんが発言する。
「つっても投げるならボールしかないっしょ~」
「ボールを豆に見立てるのか……それだったら」
鳥松くんが立合先生と目を合わせ、たずねる。
「あの、先生。ちょっと体育倉庫を確認していいですか」
「構いませんよ」
立合先生が優しく答える。
「なにか使えそうなものが倉庫にあるんですね?」
「確かボールを入れているカゴのなかに『大豆ボール』があったと思うんです」
さらっと鳥松くんが言った。
でも体育館に集まったほかのみんなは「大豆ボール?」と口々につぶやいて首をかしげるのだった……ッ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
鳥松くんと立合先生は体育倉庫に入ったあとボールを二つ持ってきた。
ボールはどっちも薄茶色。
かたちは「だ円」なんだけど、片側がちょっとへこんでいる。
大きさはラグビーボールくらい。まさしくビッグな大豆のボールだ……っ!
なんでそんなボールが体育倉庫にあるのか分からずみんなは驚いていたが……髪を短いサイドポニーにしている女の子、六月一日涼芽さんがその疑問を解消してくれた。なお六月一日さんはこんしまちゃんがお弁当を忘れたときにウインナーをくれた女の子でもある。
「あ~、わたし聞いたことあるわ。今は卒業したバスケ部の先輩が部を離れるときに奉納したってさ。学校の許可もとってあるっぽいよ」
六月一日さんはバレー部なので同じ体育館で活動するバスケ部の内情にも通じているのだ……!
その発言に、キラキラした瞳を持つ標葉令太くんが反応する。
「奉納って……おもしろい表現じゃん。鬼みてえな悪いものをはらえて縁起がいいってことで大豆を倉庫に残したってわけか。じゃ、これで体育の自習しねえ?」
「まあそういう流れだよね、標葉」
八重歯が特徴的な男の子、嫁田秀くんも口をひらく。
「じゃ、大豆ボールでなにをするかだけど、運動が得意か不得意か関係なく参加できるヤツがいいかも」
「ならドッジボールとかがいいかもしれないね」
そう言ったのは、高い鼻を持つ中能美都風くん……っ!
ここで、髪をセンターパートにしている鹿出舞さんがツッコミを入れる。
「美都風~。ろくでもねえとは言わんけど、それじゃ豆まきって感じじゃなくね? もっと、こう……鬼の要素がほしいっていうか」
「確かに……」
中能くんがうなずいた。
そして、ほっそりとしたきれいな指を持つ女の子、流石星乃さんが挙手する。
「鬼の要素があって体を動かす遊びなら、鬼ごっこはどうかな? 高校生らしくないかもしれないけど」
「あっ、いいねっ。あたし、童心に帰ってやりたいなっ」
ポニーテールをちょっとゆらしつつ、矢良みくりさんが賛同した。
ほかのみんなもザワザワしながら「ま、いいんじゃないかな。たまには」と声に出す。
反対意見もないようだ……!
でも透きとおるような肌を持つ男の子、水戸目永志くんが首をかしげる。
「ぼかあ気になるんだけど、鬼ごっこって相手をタッチする遊びじゃないの? そんな鬼ごっこで大豆ボールをどう使うのかな~」
「タッチの代わりに鬼がボールを投げるんだよ……」
ウェーブのかかったくせ毛を持つこんしまちゃんが水戸目くんに視線を向ける……っ!
「そのボールを豆に見立てれば豆まきと鬼の節分コンボが完成する……!」
「ふーん、ボールが当たったら鬼になるって感じね」
水戸目くんが納得したように首を縦に振った。
ついで髪の後ろ側をチョウチョ結びみたいにまとめている蝶ひなぎくさんが手をたたく……ッ!
「極悪コンボ来たわ~。題して『豆まき鬼』ってとこかー。こりゃ、きょうの節分に超ふさわしいぞー」
「ただ……ルールがちょっと不明瞭なとこがあるかも」
表情の見えづらい長い髪を少しだけかき上げてアヤメこと菖蒲佳代子さんが遠慮がちに発言する。
「鬼ごっこには大きく分けて二種類のパターンがあるよね……。タッチのあと鬼とタッチされた側が鬼を交替するパターンと、交替せずにタッチされた側が鬼に加わってどんどん鬼が増えていくパターン。どっちがいいんだろ……」
「時間も限られているし」
清楚な三つ編みが特徴的な女の子、子々津絵千香さんがアヤメの言葉に応える……ッ!
「あたしは、どんどん鬼が増えていく感じにしたほうがいいと思うな」
「まあオレも子々津に賛成だわ~」
ぷるっぷるの唇を震わせつつ、和南統人くんがあくびする。
「鬼が増殖していったほうが終わるタイミングも分かりやすいっつーか。だいたい交替するほうはワナじゃん? 永遠に続けることになるっての」
「そっか……そうだね」
やわらかく微笑して、束花りくくんがえくぼを見せる。なお束花くんは以前こんしまちゃんがお弁当を忘れたときに、購買で買ってきたパンをまるまる渡そうとしたクラスメイトでもある……ッ!
「それじゃあ、あとは最初の鬼をだれがやるかだね」
「ボールは二個あるから二人で始めるのが正解なんじゃない?」
長い下まつげをパチパチさせて、赤金しろみさんがみんなを見回す。
「男子から一人、女子から一人って感じでね」
「じゃあ、おれが鬼になる」
あごひげを蓄えている男の子、伏木守久くんが落ち着きはらって言った。ほかに立候補する男子もいなかったので、鬼の一人は伏木くんに決定する……ッ!
というわけで伏木くんは鳥松くんから大豆ボールを受け取った。
一方、女子のほうは互いに互いを見合うばかりでなかなか決まらない……!
そんななか、ベリーショートの久慈小鮎さんが背筋をピンと伸ばして提案した。
「くじで決めるのはどうかしら」
「え……でも久慈さん」
ほかのみんなが久慈さんの発言にぽかんとするなか、前髪ぱっつんの女の子、加布里璃々菜さんが聞く。
「その方法はどうするん? 今、くじとかどこにもないけど」
「大豆ボールを後ろに向かって無作為に投げてもらうの」
立合先生の持つボールをじっと見て、久慈さんが回答する。
「結果そのボールを受け取った人が鬼ってことにしましょう」
「ブーケトスやん。いいんじゃないの」
加布里さんは、女子のみんなのほうをチラリと見てうなずいた。
続いて立合先生と目を合わせる。
「じゃ、先生。後ろを向いてボールを適当に投げてもらえますか」
「分かりました」
立合先生は回れ右をし、みんなに背中を向けた。
大豆ボールは不規則な軌道をえがき――。
みんなからちょっとだけ離れた位置に座っていたショートボブの女の子のもとに落ちた。
その子の名前は委文知砂さん。
委文さんは反射的に両手を出し、大豆ボールをキャッチしていた……!
同時に、彼女は心のなかで悪態をついていた……ッ!
(先生。今の、絶対ねらって私のほうに投げましたよね。そういうところが……そういうところが……!)
それでも気持ちを表情に出さずクールでいる委文さんに伏木くんが声をかける。
「委文、おれも鬼だからよろしく。どんどん鬼を増やしていこうな」
「……あ、うん」
切り替えて、委文さんは「しかたない……」と観念した。
このタイミングで、太い首を持つ筈井友春くんが確認をおこなう。
「ボールを当てられたら鬼になるんだよね。だったらキャッチした場合は?」
「それもアウトってことにしたほうがよくない?」
眉毛が太い男の子、谷高誠一くんがやんわりと言葉を受ける……っ!
「そうしないと鬼じゃない人がいつまでもボールをキープする可能性があるから」
「なるほど。谷高くんの言うとおりだね」
筈井くんもほかのみんなも、キャッチした場合もアウトというルールに賛成する。
それから、鬼にならなかった二十六人が体育館のなかに散らばる……っ! なお立合先生は「自習」するみんなを体育館の入り口のそばで見守っている。
こんしまちゃんも逃げつつ、だれよりも整ったかたちの耳を持つ男の子に左後ろから近づく。
「飯吉くん……逃げきろうね……」
「は……? なんでボクのほうに来んの、こんしまちゃん」
顔をゆがめ、飯吉庚くんがこんしまちゃんから離れようとする。
「鵜狩と付き合い始めたくせに。浮気じゃん」
「だいじょうぶ……わたしと鵜狩くん以外の人とのあいだにそういうフラグは立ちっこないから……鵜狩くんもそれを分かってくれてるよ……」
「そのセリフ自体がフラグっぽいって」
軽く走りながらため息をつく。
「まあこんしまちゃんと鵜狩がどういう付き合い方をしようがボクには関係ないから別にいいけどさ……もしかしてみくりになんか吹き込まれた? だからボクにからんでんの?」
「ただわたしは……飯吉くんとも楽しく遊べるのがうれしいんだよ……」
肩を上下させるこんしまちゃん……っ!
飯吉くんは目を細め、声を落とす。
「きょうは学校をサボらずに来てみれば小学生みたいなことをやらされるし、そもそもなにをやるか話し合うのに時間かけすぎなんだよね」
「それでも飯吉くん……豆まき鬼に付き合ってくれるんだ……」
こんしまちゃんも小声になり、ふふっと笑いかける。
そんなこんしまちゃんから飯吉くんは遠ざかっていく……。
「いいよ……そういうの。無理に言わなくていいよ」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
みんなが体育館のあちこちに散ったところで、大豆ボールを持った鬼の二人が出陣する……っ!
伏木くんは左に、委文さんは右に飛び出した。
なお豆まき鬼が始まる直前、「ボールを蹴るのも相手に直接ふれるのも禁止」というルールが追加されている……ッ!
顔面セーフとかもない。体に当たらず体操着にかすった場合も当たったものとする。
さらに、新たなルールがもう一つ。
マフラーのようなおさげを持つ間地柚季さんに向かって、伏木くんが大豆を投げる……! その際、次のような言葉を口にした。
「福は内」
「おおっ、さすが伏木くん。マジで言ってくれるんだ」
間地さんは大豆をよけて声をはずませた。
豆まき鬼なので、大豆ボールを投げるときは「福は内」というかけ声と一緒に投げるのがいいと思うと間地さんは提案していたのだ……ッ!
ただし「鬼は外」に関しては……なんか鬼がかわいそうなので言わないことになった。
ともあれ伏木くんは外したボールもとい大豆を拾い、再びかけ声を上げる。
その「福は内」の声と共に大豆が飛び、谷高くんの右肩に当たった。
「あ、やっちゃった。これで僕も鬼かあ」
ちなみに大豆ボールはやわらかいので当たっても全然痛くない。ふにふにしているため、接触したら気持ちいいくらいだ。
大豆を両手で持ち、谷高くんが声を出す……っ!
「ピッチャー振りかぶって……福は内ッ!」
大豆が壁際のこんしまちゃんを襲う。
「やったか……?」
「どうかな……」
こんしまちゃんはしゃがんで大豆をよけた。
でも大豆は後ろの壁に当たって跳ね返り、こんしまちゃんの背中に当たった。
「しまった……」
「ホントにやった……!」
大豆を投げた当人が一番驚いていた。
ゆっくりとこんしまちゃんは立ち、大豆をかかえる……!
「やったね……おめでとう」
「ありがとう」
谷高くんは照れながらお礼を返した。
それからこんしまちゃんは大豆を投てき……っ!
ターゲットは、左前方の鵜狩くんだ……!
「たああ~……福は内~……」
気合いの入った声と共に投げた。
が、大豆は鵜狩くんまで届かずその手前でぽい~んと跳ねた。
「しまった」
「追い福は内」
瞬間、跳ねた大豆をショートボブの女の子が左手の甲ではじいた。
大豆は鵜狩くんの右のつま先に命中した。
「うっかりしてた」
鵜狩くんが目を丸くする。
「やるな、委文」
「ほめるんなら、彼女のほうをほめてあげなよ」
ショートボブの女の子……委文さんは淡白につぶやいた。
豆まき鬼の火蓋が切られたとき委文さんは伏木くんとは別方向に飛び出していたが……どうせなら伏木サイドのサポートをするのもアリかなと思いなおして急に方向を転換したのだ……ッ!
(勘弁してほしいな。私はこういう仲よしイベントも好きじゃないんだ。一人で黙々と勉強しているほうがラク。とはいえ参加するからには適当にやるわけにもいかない)
で、もともと委文さんが持っていた大豆のほうは――。
すでに後ろに投げられていた。
「ブーケトス・ザ・福は内」
委文さんはかけ声にアレンジを加えていた。
ノリノリだからではなく、そういうゲームと解釈したからだ……!
弧をえがいた大豆が落ちてきて、勢さんのアホ毛に当たった。
「これでウチも鬼になったわ~」
ついで頭からすべり落ちた大豆めがけて勢さんは右こぶしを撃ち込む……っ!
「食らえ福は内ぱ~んち」
「うおお……っ」
勢さんの飛ばした大豆が嫁田くんの太ももに直撃した。
手をたたき、勢さんがぴょんぴょん跳ねる。
「よっしゃー、嫁田撃沈じゃーん」
「や、やるもんだね、勢」
どこか嫁田くんはうれしそうであった。
「よし、それじゃ標葉。福は内ビーム」
嫁田くんは左前方の標葉くんのほうを見て大豆をアンダースローで投げた。
でも大豆は、慌てる標葉くんではなく……向かって左横に立っていた中能くんに命中した。
「え……」
中能くんも標葉くんもびっくりする。
八重歯をのぞかせて嫁田くんが小さく笑う……!
「悪いね。標葉、美都風。別に俺はウソもついていないから。ただ標葉のほうを見てその名前を呼びながら美都風めがけて豆まきしただけなんでね」
「いい頭脳プレーだね」
穏やかな口調で中能くんは大豆を回収し、「ノールック福は内」と言って標葉くんのほうにそれを投げた。
そんなわけで、標葉くんはあっさり大豆のえじきになった。
ちょっと残酷だが……これは豆まき鬼のガチ勝負……!
ルールの範囲内で非情になりきるからこそ遊びもまたおもしろくなるのだ……ッ!
* *
さて鵜狩くんの持つもう一つの大豆ボールだけど――。
そちらのほうは、今まさに矢良さんめがけて投げつけられているところだった。
「忍法・福は内」
「そう簡単にはいかないよっ」
矢良さんがまばたきして大豆をよけようとする。
しかし鵜狩くんの放った大豆は矢良さんの股を抜けた。
で、バウンドした大豆が矢良さんの背後にいた鹿出さんのお腹に当たった。
「わたしもやられちまったか福は内ィッ!」
「やらかしたっ」
すかさず発射された鹿出さんの攻撃をかわしきれず、矢良さんが背中に大豆を受ける……!
その大豆は再び鹿出さんのお腹のほうに飛んだけれど――。
キャッチした鹿出さんは矢良さんにそっと大豆を渡した。
「ほい。みくりも福は内しろよな」
「ありがとっ。舞ちゃんっ」
矢良さんはお礼を言ってから周囲を見回す。
すぐに走り、ねらいを定める。
「璃々菜ちゃんっ、あたしからのプレゼント福は内っ!」
「え、なんでわたし」
油断していた加布里さんが身をそらして大豆をよける。
「わたしは最後の一人になるんだ。(ほかのみんなとのキャラかぶりをさけるためにも)ここで負けてられないっての」
「やるねっ」
矢良さんは一割悔しそうに、九割うれしそうに口角を上げた。
そして加布里さんのよけた大豆をキャッチする者があった。
こんしまちゃんである……っ!
「てやあ~……福は内クラッシャー」
「あまいんよ」
足元に飛んできた大豆を加布里さんがジャンプで回避した。
ウェーブのかかったくせ毛をちょっと震わせ、こんしまちゃんが口に出す。
「しまった」
「やっぱりうっかりガールだね、こんしまちゃん」
加布里さんは、ひたいに汗をにじませた。
ここで矢良さんの声がかぶさる。
「福は内の贈り物再びっ!」
こんしまちゃんの投げた大豆を受けた矢良さんが加布里さんに大豆を再度ぶつけたのだ……ッ!
今度は加布里さんもよけられず、左腕に豆を食らった。
「きゃああー」
ほとんど棒読みのゆる~い悲鳴を上げ、加布里さんが大豆を手に取る。
「こうなったら驚き桃の木福は内っと」
加布里さんの大豆は和南くんのおしりに当たった。
和南くんはダルそうにしながらその転がる大豆をかかえる。
「やっぱ人数が多くなると鬼側が有利だよな。さて、だれに当てっか……」
ここで和南くんが流石さんに目をつけ、少しゆっくりめに追いかける。
とうとう体育館のすみっこまで追い詰め、質問する。
「流石。当てていいか」
「わたしをすみっこに追いやっておいてその質問はなくない? 和南くん」
体を左右に動かしながら、流石さんが脱出の機をうかがう……っ!
そして和南くんが右足を出す。
それに反応し、向かって左側に流石さんが動こうとする。
が……右足は和南くんのフェイントだったようで、すかさず彼は向かって左に動いた流石さんに大豆を投げた。
「福は内の奇襲……」
ややテンション低めに和南くんはかけ声を出した。
大豆が流石さんの腰にふんわりと当たる。
流石さんは大豆をぎこちなく拾った。
心配そうに見ている和南くんに視線を返す。
「豆まきくらいわけないって」
さらに体育館のすみっこから、中央のほうに移動する……!
鬼じゃないみんなは大豆を持った流石さんを警戒して遠くに離れる。
この瞬間、急に流石さんがゆかを蹴った。
「わたし、手を使わない運動なら苦手じゃないからね」
瞬時に蝶さんへと接近し、その左腕にふれる直前に大豆を超至近距離で投げた……っ!
「福は内・零式……!」
結果、蝶さんの腕に大豆がかすった。
流石さんの手などが蝶さんの体に直接ふれているわけではないのでルール的にはセーフである……ッ!
「これでひなぎくも鬼だね」
「やられたー。星乃ちゃんやるじゃーん。アタシも豆まきがんばっちゃうぞー。鬼・即・斬!」
蝶さんはさっと駆け出し、赤金さんに大豆をまいた。
「しろみちゃんも鬼にならない? 全集中の福は内ッ!」
「わあああっ」
いびつなだ円の大豆がゆがんだ軌道を引きながら回転し……赤金さんの背中をそ~っとなぞった。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
ところで標葉くんの手にある大豆はどうなったのか……?
当然、すでに投げられている。
標葉くんは鳥松くんめがけて大豆を放ったのだ。
「オレと福は内しねえ?」
「とりまごめん!」
鳥松くんは謝りながら大豆をパンチしてはじき返した。
直後、ハッとして大豆に駆け寄ってそれを拾った……っ!
「くっ、反射的にやってしまった。おれも鬼か。えいっ、福は内」
すかさず大豆は斜めに浮き上がり、水戸目くんに飛んだ。
水戸目くんは大豆を胸で受けとめた。
近くにいる六月一日さんを視界に入れるものの、投げるのをためらう水戸目くん。
そんな水戸目くんを六月一日さんがじっと見る。
「水戸目……もしかして男子が女子に投げるのはかっこ悪いとか思ってる?」
「ま、まあ。抵抗があるというか」
「最初から男女混合でやってる時点で男も女もないから。伏木も鵜狩も普通に女子に投げてるし。むしろナメプされるほうがムリなんだけど」
「そういうことならぼかあ容赦しないよ福は内」
意を決した水戸目くんが六月一日さんに大豆を投げる……ッ!
それを六月一日さんは胸の前でキャッチした。
「そうそう。最初からそんな感じでいいんだって。ナイス大豆」
「サンキュ。でもキャッチはアウトだよね。六月一日さんこそナメプしたんじゃ……?」
「なんのこと? 分っかんないわ~」
とぼけながら六月一日さんは大豆を打ち上げた。
宙に浮いたその大豆に向かってジャンプし、右手を振り下ろす……!
「福は内スパイク」
大豆は右手の一撃を受け、一気に飛んでいった。
そして見藤くんの左手をかすめる。
「オレをねらってきたか。本当に六月一日がやることは見当がつかないな」
そうつぶやいて、その場で体育館の様子を確認した。
「今、鬼から逃げているのは……飯吉、束花、筈井、久慈、菖蒲、子々津、穂、間地の八人か」
見藤くんはすでに鬼になっている人にパスを回してもらいながら筈井くんに接近した。
筈井くんと対面したところで勢さんから大豆を受け取り、投げつける……!
「福は内アンド福は内」
しかし見藤くんの大豆は向かって左に大きく外れ、見当違いのほうに飛んでいった。
筈井くんが太い首をかしげて、きょとんとする。
「あれ?」
が、直後……「本命の福は内」という声がした途端、筈井くんの右手に大豆が当たった。
「……あれ?」
さきほど外れた大豆とは別の大豆だ。
それが飛んできた右後ろのほうに目を向けると、そこに赤金さんと間地さんがいた。間地さんは足元の大豆を拾っている。
で、赤金さんは両手を合わせて筈井くんにいたずらっぽく笑いかけている。
「ごめんね、友春~」
「あ、今のはしろが投げた大豆だったんだ。やられたよ」
筈井くんも赤金さんにほほえみを返す……っ!
見藤くんが説明する。
「オレは筈井をねらうフリをして本当は間地をねらっていた。そうやって本命の間地に大豆を当てた。一方の赤金は間地をねらうフリをしながら筈井をねらっていたわけだ。あと別に示し合わせたわけじゃないからな。オレが赤金の行動を見て一方的に合わせただけだ」
「すごいね、見藤くん。少しやけるよ」
大豆を持って筈井くんがちょっとさびしそうにする。
そんな筈井くんに赤金さんが近づく。
「え~、友春。やいてるとか、かわいい~」
「はずいけどね」
赤金さんと筈井くんは付き合っているとはいえ、さすがに授業の時間内でイチャついたりはしない。
「ともあれ僕も福は~内~」
なんかやわらかい声で筈井くんが大豆をひゅんっと投げる。
大豆は遠くまで飛んで、壁際にいた子々津さんに優しく当たった。
「あちゃあ、ついにあたしも鬼の大家族の仲間入りかあ」
あんまり嫌そうにもせず、子々津さんが次のターゲットを決める。
右横にいる飯吉くんに笑顔で大豆をぶつけた。
「福は内だよ、飯吉くんもねっ」
「む……」
左肩に命中した大豆を飯吉くんがかかえる。
そしてもう一つの大豆を持つ間地さんはマフラーのようなおさげをゆらし、菖蒲さんに大豆を投げていた。
「前から思ってたけど菖蒲さんって絶対和装が似合うよねマジで福は内」
「え、そんなことないってば……っ」
アヤメは鵜狩くん、こんしまちゃん、矢良さん以外に対しては遠慮がちにしゃべるので、ここでもちょっとおどおどしている。だけど内心ではうれしがっていた……っ!
なにはともあれ大豆をもらったアヤメは一番近くにいる久慈さんと目を合わせた。久慈さんはまだ鬼になっていない……!
「いいわよ、菖蒲さん」
美しい所作で腕を組み、久慈さんがアヤメを挑発する……っ!
「来て」
――と言ったそばから久慈さんは背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
鬼のみんなに取り囲まれそうになっても、そのあいだをスイスイ抜けていく。
アヤメはとにかく思いきり大豆を投げた。
「福は内、あるいは外にも福はあるかもっ」
大豆ボールはへろへろ~っと浮き上がり、みんなの頭上を越して久慈さんの頭に載っかった。
それを手に取り、久慈さんが上品に笑む。
「どうやらわたしにも福があるみたい」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
これで、まだ鬼になっていないのは束花くんと穂さんだけ……!
鬼のみんなで二人をそれぞれ囲めば楽勝で大豆を当てられそうだけど、みんなはあえてそれをしなかった。
飯吉くんが束花くんに追いつき、大豆をまく……ッ!
「適当に福は内~」
声にやる気はないけれど、それでも飯吉くんは豆まき鬼の様式に合わせてくれている。
束花くんは飯吉くんの大豆を顔面で受けとめたあとチャームポイントのえくぼを見せた。
「そっか……ぼくも鬼か」
えくぼは深く、切なかった……。
このタイミングで立合先生が手をたたいた。
「みなさん、そろそろ自習の時間は終わりです」
で……結局、豆まき鬼で最後まで残ったのは穂七瀬さんだった。
穂さんは胸をなで下ろした。
「ほっ。なんとか生き残れた~。やったあ!」
「おお~、おめ~」
うれしそうにしている穂さんにみんなが拍手する……ッ!
ここで久慈さんと束花くんが上に向かって大豆ボールを投げる。
久慈さんは「いつでも福は内~」と言い、束花くんは「鬼も福は内~」とつぶやいた。
二つの大豆は穂さんの両手に落ちた。
「あ、ワタシだけ福は内してないや」
それから穂さんは立合先生に大豆の片方を渡した。
「先生もやってませんよね? 福は内しましょう!」
「……ありがとうございます」
ついで先生と穂さんが同時に「福は内」と静かに言って大豆を宙に放り投げた。
でもこの刹那、こんしまちゃんが例の言葉を口にした……!
「しまった……」
「?」
みんなは不思議そうな顔でこんしまちゃんを見つめる。
こんしまちゃんが言葉を継ぐ……っ!
「節分の豆まきで鬼が大豆を投げるのはおかしかったね……鬼に大豆を投げるべきだったね……」
「しまった」
この場にいるみんなの声が重なる。委文さんや飯吉くん、加布里さんまで「しまった」と言っていた。
もちろんこんしまちゃんもみんなにつられてもう一度「しまった」と言っちゃったわけだ……っ!
でも……。
「ま、別によくない? 鬼でも鬼じゃなくても、全員福は内できたんだから!」
そう穂さんが気持ちよく言った。
だからみんなは、とくに後悔することもなく……その日の体育の自習「豆まき鬼」を終えることができたのだ!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:五回(累計百四十八回)
次回「第三十六週 誕生してしまった!(金曜日)」に続く!(二月十三日(金)午後七時ごろ更新)
評価やブックマークなども励みになります。
それにしても節分の過ごし方もいろいろなものがあるのかもしれませんね~。




