第三十二週 アニメ好きの一家と話してしまった!(月曜日)
紺島みどりの異名である「今週のしまったちゃん」の「今週のしまった」の由来はアニメだという説がある。
そもそも「今週のしまった」という言葉自体はこんしまちゃん発祥でもなんでもない……ッ!
つまり毎週放送されているアニメで毎回のごとく登場人物が「しまった」と言うことから「今週のしまった」略して「こんしま」という言葉が生まれたわけだ。諸説あるけど……。
当のこんしまちゃんもアニメはそれなりに好きである。
前にカラオケで『鉄腕アトム』の主題歌を始めとするアニソンを歌っていたしね!
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
月曜日、祝日の午後。
こんしまちゃんはクラスメイトの蝶ひなぎくさんの家を訪ねていた。
紫の屋根の平屋である。屋根の傾斜はゆるやかだ。
ちなみに蝶さんの家はお米農家なんだけど……所有する田んぼなどは平屋から離れた場所にあるらしい。
しかしなぜ、こんしまちゃんが蝶さんのお宅に訪問しているのか……?
先週、冬休み明けの教室で蝶さんがクラスのみんなに向かってこんなことを言ったのだ……ッ!
(来週の月曜は休みだけどその日にアタシとアニメ鑑賞したい人おる? 先着一名まで受け付けるぞー)
こんしまちゃんはそんな蝶さんの募集に対し、すぐに名乗りを上げたわけだ……っ!
そんな経緯があって、蝶さんはこんしまちゃんをおうちに迎えることになった。
黒いジャケットと深紅のチェックスカートを着た蝶さんが玄関で顔を見せる。髪の後ろはチョウチョ結びのようにまとめられている……。
「おっ、こんしまちゃん。超待ってたよー。さっそくなかに入ってってってー」
「おじゃまします、蝶さん……」
白いセーターと黒いズボンを身にまとったこんしまちゃんがウェーブのかかったくせ毛をゆらす。
靴を脱いで蝶さんのお宅に上がる……!
蝶さんは廊下を歩きながら、後ろについてくるこんしまちゃんに笑いかけた。
「いやー、来てくれてマジで感謝だわ~。アタシの家、今は繁忙期じゃないから余裕あんだよねー。つーわけで、この機会にだれかとアニメについて話したかったんだ。テンション上がるな~」
「といってもわたし少々たしなむ程度で……全然アニメ博士じゃないよ……」
こんしまちゃんは正直に言った。
それに対して蝶さんがほほえんだまま返す。
「だいじょぶじょぶ。知識量は関係ないって」
「蝶さん……」
「あ、それとアタシのこと、『ひなぎく』って名前で呼んでほしいな。家のなかだと超ややこいからさ」
「うん……ひなぎくちゃん……」
素直にこんしまちゃんは名前を呼んだ。
興奮したのか蝶さんは両手を縦に振った。
「あー、いい響き~! アタシの『ひなぎく』って名前はとあるアニメキャラが由来なんだよねー。アタシもそのキャラ好きでさー。原作は少年誌のマンガなんだよ!」
「へー……ひなぎくちゃん自身にも合っている名前だよね……」
「ありがと~。お母さんによると『なでこ』も候補だったっぽいけどね。こっちは小説原作のアニメが元ネタだね。まあそれはいいとしてアタシもこんしまちゃんのこと、『みどりちゃん』って呼ぼっか?」
「うれしいけど……」
照れつつ、こんしまちゃんが小さく首を横に振る。
「わたしとしては『こんしまちゃん』のほうがしっくりくるかな……」
「おっけー。アタシもこんしまちゃんって名前、超好きだし」
蝶さんが左目を閉じてウインクする。
「アタシってけっこう昔のアニメも配信で見るんだけどさ、こんしまちゃん見てると毎回あるアニメ思い出してほっこりするんだよ。鳥をモチーフにしたスーツに身をつつんで科学の忍法使うヤツ。SFとしてもめっちゃおもろくて小学生のときにかじりつくように見てた。そのアニメでも主人公サイドが毎回『しまった』って言ってた覚えがある」
「そんなアニメもあるんだ……おもしろそうだね……」
「でしょー! そのアニメでとくに印象に残っているのは」
しかしハッとして蝶さんが口もとを押さえる。
「……って、危ない。ネタバレするところだった。ごみん……」
「あ、言っていいよ、ひなぎくちゃん」
ウェーブのかかった自分のくせ毛をこんしまちゃんがくしけずる。
「特定のキャラが死ぬとかそういうネタバレじゃないなら、いくらでも……」
「じゃ、言うぞー。うろ覚えだからちょっち違ってるかもしんないけど、主人公と博士が数十年後の未来に飛ばされるエピがあるんだ。その未来はかなり高度に発展しているっぽかった。だけど実はその未来の世界は敵が作り出したニセモノだったんだよ」
「な、なんだってー」
「でも博士はその世界がニセモノだと見抜いていたわけ。主人公がその理由をたずねると、確か『たった数十年で世界があんなに発展するはずがない』とか博士が言ってたんだよね。アタシ、それ聞いて『なるほどー』って思った。SFって、そういう考証も重要だよねと」
「確かにおもしろいね……」
こんしまちゃんが小さくうなずく。
「たとえ科学が発達して『できること』が増えても、それでも『できないこと』は依然としてある……ここをしっかり考えているSF作品は名作が多い印象……っ! ポケットから未来の道具を出すネコ型ロボットのアニメにしても、『未来の道具は便利だねー』で終わってないからおもしろいもんね……使い方によっては悪いことにも転用できたり逆効果になったりするからSFとしても極上なわけで……」
「それなー。こんしまちゃん、分かってる~」
目を輝かせ、蝶さんが言葉を引き継ぐ……ッ!
「……『ネットとかが発展して人々は表面的には幸せになったものの相変わらず犯罪は減っていない』とか『VRMMOの世界が実現すれば楽しいけれど新しいリスクも同時に生まれる』とか『人々に幸せをもたらすユートピアのような世界が実はおぞましいシステムで運営されていたディストピアだった』とか、そこらへんの設定がしっかりしているアニメも超最高なんだわ」
「ひなぎくちゃんはSFアニメがとくに好きなんだね……」
こんしまちゃんが、あたたかい目で蝶さんを見つめる。
蝶さんはフッと笑う。
「というかアニメは全部好きだよ。今期の冬アニメも可能な限り全部チェックしているし。神アニメはもちろんだけど……どんなにク○と言われるものも実際に自分の目で最後まで視聴して判断するから愛着が湧くんだ。作画崩壊も棒読みも破綻したシナリオも虚無展開もメチャクチャな設定もみんなに嫌われるようなキャラもアタシは愛している」
ここで蝶さんがとまる。こんしまちゃんも足をとめる。
見ると、赤茶色のセーターを着たお姉さんが右前方のドアの隙間からこちらを見ている……!
「ひなぎく……お友達を連れてきたの?」
「そーなの。アニメの話をしてた」
蝶さんがこんしまちゃんとお姉さんとに交互に視線をやる。
「あ、こんしまちゃん。この人、うちの姉。高二だね」
「初めまして……おじゃましてます……」
こんしまちゃんはていねいに頭を下げた。
対するお姉さんは隙間から手招きする……っ!
「よかったらひなぎくだけじゃなくてとウチとも語り合わないかな? かな?」
「喜んで……」
快諾するこんしまちゃん。
蝶さん――ひなぎくさんと共にお姉さんの部屋に入る。
お姉さんの部屋の壁は、アニメのポスターでうめつくされていた。
イケメンの男性キャラばかりだ……!
部屋の中央には木製のちゃぶ台がある。
そのそばの赤い座布団にこんしまちゃんとひなぎくさんは腰を下ろした。
いったんお姉さんは部屋から出て、おぼんに乗せた湯呑みを三つ持ってきた。
おぼんをちゃぶ台にコトリと置く。
「粗茶です。お茶です。あったかいものです、どうぞ」
「あ、これはありがとうございます……」
湯呑みには緑茶が入っていた。湯気がほとばしっている。
それを口に含んだあと、こんしまちゃんがお姉さんに聞く。
「お姉さんのオススメアニメはなんですか……ちなみにわたしは『鉄腕アトム』推しです……みんなのためにがんばる姿が素敵なんです……」
「へえ、アトムとは……やるね。日本史の教科書に載せてもいいレベルの作品だもんね」
お姉さんも座布団に座り、自分の湯呑みに両手を添える。
「ウチは最近、時間感覚が壮大なアニメにハマってるよ」
湯呑みを右回りにくるくる動かすお姉さん。
「それも十年とか百年とかそんな規模じゃない。人の一生を超える膨大な時間が作中で流れるヤツ」
「……もしかして、あれですか」
こんしまちゃんが、湯気の向こうのお姉さんを見つめる。
「エルフの魔法使いが主人公の作品ですね……作画も音楽もきれいで、世界観も落ち着きと緊張感が調和していて……とってもいいですよね……」
「そうだね、それもあるかな」
向かって右前にいるお姉さんが湯呑みを少しだけかたむける……っ!
こんしまちゃんの左前に座るひなぎくさんも口をひらく。
「エルフは基本的に長命だからいろんな作品に出てくるわけだしねー。だってそれだけでドラマになるしッ! ファンタジー世界だけじゃなく、現代日本に転移してくる作品も超多い印象」
「うん……といっても時間の流れが壮大なのはエルフが出てくる作品だけじゃない」
お姉さんが両手の親指でちゃぶ台のふちをなぞる。
「最近のだと、人間の寿命自体が優に百歳を超える転生モノもあったっけ」
「夢がありますね……」
その設定をちょっとうらやましいとも思うこんしまちゃん。
お姉さんは親指の動きをとめ、少し身を乗り出す。
「ほかには、そもそも主人公が死なないアニメ。作中で不死ってだけじゃなくて時間もどんどん進んで世界の文明すら発展していくの。主人公自体が今まで会った人たちに変身したりできるから物語の軸もぶれない。あと原作のないオリアニで、ロボットが主人公の作品もオススメ。人間が住めなくなった地球のホテルが舞台なんだけど、これも作中時間がぽんぽこ経過するタイプのアニメ。暗くなりすぎない作風だからかなり見やすい。普通に神だった」
「興味がむらむらと湧きます……機会があったら見てみたいです……」
そう言ってこんしまちゃんが緑茶をごくごくと飲む……っ!
「お姉さんはファンタジーアニメがとくに好きなんですね……」
「それは、そうなんだけど……」
ちょっと間を置いて、お姉さんが言葉を継ぐ。
「やっぱりアニメはどんなものでも好きかな。さっき言ったホテルのアニメもどっちかといえばSFアニメだし。とくにイケメンか美少女かかわいいマスコットが出てくると……なおいい。もちろん、しぶいおじさんも大好物だけどさ。ビジュに限らず声優さんの演技を聞くと一瞬で推しになるよ」
「アニメは耳も幸せですよね……」
「うん」
ついで緑茶を一気に飲み干すお姉さん……っ!
「……ぷっは。個人的には六つ子とか五つ子とか……なぜか顔が似ている人がたくさん出てくるシリーズ作品とかで一人一人の声がきちんと違うヤツがいい。まあきちんと理由があるなら同じ声でも全然いいんだけど」
「ほいほーい、声といえばアタシにも独自の楽しみ方があるのであります」
ひなぎくさんが右手を挙げる。
「昔のアニメ見てるとさ~、今の超有名声優がポッと出のモブ役で出てきたりするんだよね。それに気づくと、この声優さんもこの時期からずっとがんばってきたんだなーって思えて勇気と元気をもらえるんだわ~」
「うんうん。最初は棒読みだった人がどんどん上達していくっていうパターンもあるし、逆に最初から演技が神がかっている人もいる」
カラになった湯呑みをお姉さんがちゃぶ台に置く。
「こんしまちゃんにも推しの声優さんとかいる?」
「声優さんは全員すごいと思います……」
マジメな顔でこんしまちゃんが答える。
「素人意見で恐縮ですが……声優さんにはその人だけにしか出せない強烈な声を持つ人と、いろんな声を演じ分けることに長けた人とがいるような気がします……」
「そうそう」
お姉さんが両手を伸ばし、こんしまちゃんとひなぎくさんのカラの湯呑みをつかむ。
「アニメは声優さんを始めとするたくさんの人のいのちが籠もっているから最高なんだよね。まさに時間や時代を超えて愛されるべきすばらしいコンテンツだよ」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
話が一段落したところでお姉さんの部屋から出るこんしまちゃんとひなぎくさん。
廊下でひなぎくさんがこんしまちゃんにささやく……!
「もう察しているだろうけど、アタシの家族全員、超がつくほどのアニオタなんだ」
「アニオタ……アニメオタクってことは」
こんしまちゃんも小声で返す。
「アニメが大好きでアニメに詳しい一家ってことだね……?」
「そういう認識で間違いないぞー」
ささやき声を続けるひなぎくさん……っ!
「うちはおじいちゃん・おばあちゃん・お父さん・お母さん・お姉ちゃん・アタシの六人で暮らしてるし……だいたいこの家族構成自体、例のアニメっぽいじゃん」
「最後にジャンケンするヤツ……?」
「違うよ、間違っているよ、こんしまちゃんっ! オープニングで踊っているほう」
「しまった……ともあれ、よかったらお姉さん以外の家族のかたからもアニメの話を聞きたいな……」
「よしきた! だったらアニメ鑑賞はあとにして、しばらくアタシと地獄に付き合ってもらうねー」
「あ……それ、ロボットアニメの次回予告のセリフのパロディ……」
「なんで知ってんの……」
「中学生のときに公式配信サイトで偶然見たことあるからだけど……苦いコーヒーとかバトリングとかコンクリートミキサーにぶちまけたりするのとかいいよね……」
「……そういえばこんしまちゃん、アトムとネコ型ロボットについてもふれてなかった? ここから導き出される結論は――」
ひなぎくさんが頭の後ろのチョウチョ結びをいじる。
「こんしまちゃんってロボットアニメがとくに好きなんだねー」
「たぶん、そうだと思う……。たとえば昆虫みたいなロボットに乗るアニメは異世界転生モノとしてもよくできてるし……八十年代のアニメなのに作中で『異世界』って言葉を使ってた覚えがある……。ほかには白旗の意味が『降伏』とは違うロボアニメも好き……」
「ふーん、そこらへんが好みなんだ。どっちも印象深いセリフが多いし、キャラにも血が通っていて超見応えがあるもんな~」
うれしそうに、ひなぎくさんがあごを上下させる。
「じゃあまずはお父さんに引き合わせよう。きょうはうちの一家全員仕事休みだし」
「ひなぎくちゃんのお父さんもロボが好きなの……?」
「もちろん好きだよー。だけど、お父さんがとくに好きなのはホビーやスポーツのアニメだね。カードゲームで世界が滅びたりするヤツとか」
「なんでカードで世界が滅びるのかな……」
「え? カードゲームアニメではよくあることだよ。負けたら死ぬよ」
ここでひなぎくさんが廊下を右に折れる。
その先の突き当たりにある黒いドアをノックする。
「お父さーん、今アタシの友達のこんしまちゃんが遊びに来てるんだけど、お父さんからもアニメの話を聞きたいってさー」
「そういうことなら、入ってきなさい」
お父さんの声を受け、ひなぎくさんとこんしまちゃんが黒いドアをあけてなかに入る。
黒い厚着をしたお父さんが、黒いクッションのイスにこんしまちゃんを座らせる。
こんしまちゃんはことわろうとしたけれど、お客さんなんだから遠慮しなくていいと言われたので結局座ることにしたのだ……ッ!
簡素なデスクやパソコンのある室内は小綺麗であり、お姉さんの部屋とは違ってアニメの気配はみじんもない。
ひなぎくさんとお父さんは壁に背を預けた。向かって左にひなぎくさんが、右にお父さんがいる。
こんしまちゃんが口火を切る……っ!
「お父さんはカードゲームアニメが好きなんですよね……」
「そうだね」
低めのダンディな声でお父さんが言う。
「おとなになってもホビーとかを題材にしたアニメが好きなんだ。ある意味では変だね。そう思うかな、こんしまちゃんも」
「いいえ……」
イスのクッションのやわらかさを感じながら、こんしまちゃんがかぶりを振る。
「何歳になっても好きなことに夢中になれるのは素敵なことです……だから、笑えばいいと思います……」
「ありがとう」
お父さんは歯を見せずにほほえんだ。
「ボクがホビーアニメを好きな理由は、その登場人物たちが自分たちの世界観のなかで全力で生きているさまを見るのが、好きだからかな。ホビーやカードは遊びに使うおもちゃでもあるんだけど……同時に、そのなかには遊びだけでは片付けられない深い思いもあるわけだね」
「オススメはなんですか」
すかさず、こんしまちゃんがたずねた。
迷わずお父さんは返答する。
「ホビーを題材にした最近のアニメだと新幹線のロボットのおもちゃのヤツとか? 単純にかっこいいからね。そして、あれかなあ。ホビーアニメとは少し違うかもしれないけどスライムが主人公の。スライムが出てくるアニメもすでにけっこうあるとはいえ、そのなかでも子ども向けマンガが原作の作品だね。なんというか……十把一絡げにはできない『自分』と向き合い、肯定するっていう作品の方向性がしっかりしていて非常に考えさせられた。あれは子どもにもおとなにも刺さる内容だった」
そしてまばたきし、続ける。
「最近のじゃなくてボクが子どものころのアニメなら……小さな車を走らせるアニメが好きだね。レースアニメとしてもおもしろいし、冷静な駆け引きや熱血要素もふんだんにある。ベーゴマを現代風にしたおもちゃとかビー玉を撃ち出すおもちゃとかのアニメも好きだった。いや、今でも好きだ」
「昔からアニメを見ていたんですね……」
こんしまちゃんが優しくうなずく……っ!
お父さんは少しほおを紅潮させる。
「そう、昔は配信とかなかったからもっぱらテレビでね。そしてボクの両親はボクがテレビアニメを見ていてもおこったりしなかった。思い出すよ……農作業の手伝いや宿題を終わらせたりしたあと、録画したぶんをボクはまとめて見ていたっけ」
「でねー、お父さんはアニメの影響でカードゲームにもなかなかハマっていたわけでねー」
ひなぎくさんが両手を自分の後頭部に添えて言う。
「そのアニメシリーズも超長くてさ、でもお父さん……全部視聴してんの。おかげで『伝説』『満足』『ファンサービス』って単語に過剰に反応するようになっちゃった」
「なんで……?」
こんしまちゃんが困惑する。
お父さんが説明する。
「個性的すぎるキャラが作中でその言葉を使っていたから印象に残っているんだよ。もちろんほかのカードゲームアニメのシリーズも好きだし、セリフだっていくらでも思い出せる。スポーツアニメのセリフはとくに自分を奮い立たせてくれる。的確なBGMや声優さんの熱演、神作画や演出が思い出されて元気が出るわけだね」
「セリフですか……」
座ったままこんしまちゃんが背筋をピンと立てる……!
「確かにアニメのセリフはものすごく心に刻まれますよね……わたしも『駆逐』って言葉を聞くたびに、あるロボットアニメと巨人が出てくるマンガ原作のアニメ……その二種類を思い出します……」
「へ~、なかなかいいところを押さえているね。ほかには船の駆逐艦を擬人化したアニメもあるし、今までの言葉の意味を更新するのもアニメのすごいところだ。そしてこれはホビーやスポーツのアニメじゃないんだけど、『体が軽い』『その必要はない』『わけが分からない』って言葉を耳にするとボクは魔法少女モノのとある神アニメを連想する」
「それは、よほど印象的な作品だったんですね……」
「ほかにもアニメの影響でボクは食事前に手を合わせるとき『錬成』って言ったりしてた。あとは例のカードゲームアニメのせいで『融合』って言葉も頭に浮かぶ」
「アニメと生活が結びついてるんですね……尊敬します……」
皮肉ゼロでそう口にするこんしまちゃんなのであった!
「ほかにアニメで印象に残っているセリフはなんですか」
「それは秘密」
口もとに人差し指を立て、いたずらっぽくお父さんが笑った。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
お父さんの部屋をあとにしたひなぎくさんとこんしまちゃんは、廊下を進んで今度はお母さんのいる場所に向かう。
紫の毛布みたいなショールを肩にかけたお母さんがリビングの黄色いソファに腰を下ろしていた。
こんしまちゃんに気づいて、お母さんが立ち上がる。
「ひなぎくのお友達ですね。なにかお菓子でも出しましょうか」
「ありがとうございます……」
やんわりと遠慮するこんしまちゃん……っ!
「でもお構いなく……」
「しっかりしてますね~。だけど、よかったらソファに座ってプリンでも食べてください」
リビングのそばには台所がある。お母さんがその台所の冷蔵庫をあけ、スプーンとプリンを二つずつ持ってきた。プリンは透明なカップに入っているものだ。
ソファに座したこんしまちゃんとひなぎくさんにプリンを渡し、その場から去ろうとする。
そんなお母さんをひなぎくさんが呼びとめる。
「待った、お母さん。こんしまちゃんがお母さんからもアニメの話を聞きたいって」
「ワタシの?」
ひなぎくさんに促され、お母さんがソファに座りなおす。右にこんしまちゃんが、左にひなぎくさんがいる……っ!
「といってもワタシの趣味と合うかは分かりませんよ」
「……いえ、わたしが聞きたいんです……」
プリンの表面をスプーンですくってこんしまちゃんがストレートに問う。
「ひなぎくちゃんをひなぎくと名づけたのは、お母さんなんですか……」
「そうですよ」
紫のショールのはしっこを右手でつかんで胸に引き寄せるお母さん。
「好きなアニメキャラの名前が元ネタですが、それはあくまで参考にしただけです。『ひなぎく』という言葉は響きが美しいわけですし、デイジーとしてきれいな花も咲かせます。だからでしょうか」
お母さんはひなぎくさんのほうにも視線を送った。
「この子に合う名前だと直感したんです」
「はい……わたしもひなぎくちゃんにとっても合う名前だと思います……」
あまいプリンを飲み込んで、こんしまちゃんが静かに言った。
当のひなぎくさんは目を泳がせて照れている。
「も~。アタシの名前はもういいんだってばよ~。それよりお母さんが好きなアニメのジャンルをこんしまちゃんに教えてやって」
「ワタシもアニメはなんでも好きだけど……とくに好きなのは日常系アニメかなあ」
ショールのはしっこをいじくりながら、お母さんが少しだけ目を閉じる。
「ほのぼのとした日常を見るだけで癒やされるというか……。ワタシ、ただの人間にも興味があるし。とくに目的もなく、まったりスローライフを謳歌するのも最高ですね。学生がだべっているだけのアニメとかも無限に見られます。とはいえハイテンションなギャグアニメも嫌いじゃないですよ~」
「そういう楽しみ方もあるんですか……」
目を閉じたお母さんの顔をこんしまちゃんがちらちら見る。
「お母さんのオススメはなんです……?」
「カエルやイカやネコっぽい宇宙人が地球を侵略するヤツとか学校でアイドルをやる作品とか……? まあ今の若い子向けだと異世界でいろんな料理をするアニメもオススメしたいところですね。とくに、いろんな企業がスポンサーについていて作画もガチな作品があってそれはだれが見ても楽しめます。本当に飯テロです」
お母さんがまぶたをあけ、聞き取りやすいペースで続ける。
「あと去年のアニメだと女子大学生が料理を作って食べるという作品があったんですが、それもよかったです。たぶん原作のないオリジナルアニメだったと思うんですけど、主人公たちが大学生っていうのがいいんですよねー。高校生じゃなくてもここまで話を広げられるんだと感じました。あ、高校生向けならバンドのアニメにもいいものがたくさんありますね。成長要素も見所だし、かといって押しつけがましくもなく、見ていて気分が晴れますよ~」
「やっぱりアニメは人を元気にしてくれますよね……」
こんしまちゃんはプリンをスプーンですくいつつ、言う。
「どうしてお母さんは日常系アニメが好きなんでしょうか……」
「もう一つのリアルだからでしょうね」
ショールから手を離すお母さん。
「ワタシはアニメが現実逃避の手段だとは思わないんです。むしろアニメ視聴とは、画面の向こうにある別のリアルをのぞき込む行為なんだと考えています。目と耳から一つのリアルを感じたあとは、『じゃあ自分は自分のリアルをどう生きようか』という問いが生まれるわけです。単純に癒やされるだけでなく、この問いを自然に投げかけてくれるからワタシはアニメすべてが大好きなんです。とくに日常系が好きなのは、自分たちのリアルと比べやすいからなのでしょう」
「哲学があるんですね……」
感心しながらこんしまちゃんは、スプーンですくったプリンを次々と口に運んでいった。
「アニメとは総合的な『体験』をもたらしてくれるものなんでしょうか……」
「だと思います」
お母さんの顔が小さくほころぶ。
「アニメは、それぞれの作品で絵柄や画風が違います。だからこそワタシたちのリアルと乖離した部分が明示されており、よりリアルを相対化しやすいわけです。この相対化されたリアルに入り込もうとするからアニメ視聴者はいっそうの体験を脳内にえがくことができるんです」
「ちょっと難しいです……だけどそれもアニメだけの魅力なんですね……」
ここで、こんしまちゃんがプリンを食べ終わった。
「ごちそうさまでした……おいしかったです……」
「はい、おそまつさまでした」
お母さんが立って、カラのカップとスプーンを回収した。
ついでひなぎくさんがこんしまちゃんに耳打ちする。
「さっきのプリン……お母さんが作ったヤツだからね。ほめられてうれしかったと思うぞー」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
さてこんしまちゃんとひなぎくさんはお母さんのいるリビングを去り、次はおばあちゃんの部屋に行く。
おばあちゃんの部屋は畳の敷かれた部屋だった。
その部屋には小さなコタツがあった。
腰から下をそのコタツに差し入れて、こんしまちゃんがひなぎくさんのおばあちゃんを見る。
おばあちゃんは赤くて厚いフードをかぶっている……。
「あの……おばあちゃんもアニメを見るんですか……」
「当然ワシも見るさ。アニメと米作りが老後の楽しみだからね」
不敵に笑うおばあちゃん……っ!
「なにか? ババアがアニメ見たら悪いんか?」
「しまった、いえ……そんなことないです……」
対面のこんしまちゃんが萎縮する。
おばあちゃんはケラケラと笑い返す。
「ははっ。ビビらせてすまなかったね。ちょっとからかっただけさ」
「なんだ、そうだったんですか……」
コタツに両手を突っ込んで、こんしまちゃんが安堵の息をつく……ッ!
「おばあちゃんのオススメアニメはなんですか」
「ワシもアニメ全般が好きだが、ホラー・サスペンス・推理モノがとくに好みだわな。いろんな妖怪が登場するアニメとかスパイ家族のアニメとか推しのアイドルをめぐるサスペンスアニメとか小さくなった名探偵のアニメとかな」
「わたしもいくつか知っています……好きです……」
「おお、そうか!」
おばあちゃんが、あごでコタツの机の部分をたたく。
「なんか若い子とアニメ談議ができるのはいいな。人と話すのがハッピーを生むというのは本当なわけだ。で、最近のアニメだと薬屋の作品も最高だなあ。あとラブコメ」
「ラブコメはホラーでも推理モノでもないんじゃないですか……」
「いやいや、ラブコメは奥深いぞ。ライバル同士を蹴落とし合うのはホラーだし、だれがだれとくっつくかは予想のつかないサスペンスだし、そもそもどういう経緯を積み重ねて恋愛が成就するか考え始めたらこりゃ立派な推理モノじゃあないかね。まあこのごろはだれもフらずに全員を不幸にしない優しいラブコメも増えてきている感じがするが」
「勉強になります……ラブコメをそんなふうに捉えることもできるなんて……」
「そうだろう、そうだろう。とはいえアニメで一番大切なのは作画だよ」
「まあ、絵があってこそのアニメですもんね……」
「肝心なところで作画が崩れたら、脚本も音楽も台無しだからねえ。一種のホラーになっちまうよ。まあそれはそれでワシは好きなんで、ク○作画も大歓迎だがなあ。それを逆手に取ってあえて作画を崩すアニメも複数知っているがそれらもすべて大好きさ。しかしこのごろはアニメの作画もとても見応えがある。映画だととくにな。鬼の首を斬るアニメや頭がチェンソーになる作品もすばらしい。グリグリ動いて、かつ見やすい。芸術だよ」
「なんかわたしも見たくなってきました……」
こんしまちゃんも背中を丸め、机の部分にあごを載せる。
そのとき――。
「おお、ひなぎくのお友達かい。こんにちは」
茶色いマフラーを巻いてニット帽をかぶったおじいちゃんが廊下から姿を現した。
こんしまちゃんとあいさつを交わしたあと、おじいちゃんもコタツのなかに脚を入れる。
おばあちゃんが右斜め前のおじいちゃんを軽く小突く。
「こんしまちゃんはワシらからアニメの話を聞いているんだと。アンタからも話してやりな」
「そういうことなら、オレからも……」
おじいちゃんがマフラーを巻きなおし、居住まいをただす……っ!
「オレはファミリー向けのアニメが好きだ」
「たとえばだれが見ても楽しめる五歳児のアニメとか短い時間でサクッと見られるなんかかわいいアニメとかですか……?」
こんしまちゃんも机からあごを離し、姿勢をただした。
うなずいて、おじいちゃんがにんまりとする。
「そうだよ。子どももおとなも性別も年齢も関係なく見ることができるアニメがとくに好きなんだ。顔が食べ物でできているヒーローとか女児向けのキラキラしたヒロインとかも……見るとかなり奥が深くておもしろいわけだ。大きくなったあとにあらためて見るといろんな発見があってオススメだぞ」
「はい……今度見てみます……」
「そりゃいい! アニメだろうとそうでなかろうと若さゆえの過ちを恐れずに興味のあるもんはどんどん吸収したらいい。ふふ……せがれが小さいころもよく一緒にアニメを見ていたもんよ。なにもかもが懐かしい……まあ今もあんまり変わらんけど!」
「な、なるほど……本当にアニメ好きの一家なんですね……なんか素敵です……」
コタツのぬくもりを感じつつ、こんしまちゃんがほっこりする。
「ところでおじいちゃんはアニメで一番大切なことってなんだと思いますか……」
「原作へのリスペクト」
ノータイムでおじいちゃんは答えた。
「作者が亡くなったあとも続いているアニメも多いが……どんなときも原作を大切にしてほしい。時代に合わせて表現を変えるのは必要だが原作を改悪するのだけはやめてほしい。それが一番だろうな」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
コタツから抜け出たこんしまちゃんとひなぎくさんは、最後にひなぎくさん自身の部屋に入った。
ひなぎくさんの部屋には大きな画面のテレビがあった。
アニメキャラのフィギュアやロボットのプラモデルなども飾られている。
十二月のトナカイ落札ゲームで手に入れたキャラのぬいぐるみをかかえ、ひなぎくさんがベッドに横たわる。
「こんしまちゃん……楽しかった?」
「うん……とっても」
こんしまちゃんはゆかの上にぺたん座りをしてうなずいた。
だけどひなぎくさんは小さく首を振った。
「ホントは超ドン引きしたんじゃないの? 家族全員がアニオタだなんて気持ち悪いって……」
「そんなこと……思わないよ……」
こんしまちゃんはぺたん座りのまま、ベッドのひなぎくさんに近づいた。
「好きなことに夢中になれて、それをみんなと全力で共有できるってすごいことだよ……ファミリーアニメが好きなおじいちゃんは原作を大切にしていて、推理モノとかが好きなおばあちゃんは作画のよさが分かる人で、日常系アニメが好きなお母さんはアニメをもとにした哲学を持っていて、ホビーアニメが好きなお父さんは印象的な言葉をよく覚えていて、ファンタジーアニメが好きなお姉さんはアニメにいのちを吹き込む声のすばらしさを知っていて、SFアニメが好きなひなぎくちゃんはそんな素敵な人たちに囲まれてアニメのすべてを愛しているんだもん……」
上目づかいでこんしまちゃんが、ひなぎくさんを真剣に見つめる。
「だから、ひなぎくちゃんの家族はとっても素敵な一家だよ……」
「こんしまちゃん……あんがと……」
ひなぎくさんは上半身を起こし、やわらかく口角を上げた。
「そんじゃま遅くなったけどアニメ鑑賞するぞー。こんしまちゃんは、なに見たい?」
「そうだね……」
ニヤリとするこんしまちゃん……っ!
「きょう出てきたアニメ全部かな……」
「さすがに時間が足りないよっ! 倍速視聴しても速さが足りない!」
「しまった……」
というわけで、とあるロボットアニメ映画を大きな画面に映して見ることになった。
こんしまちゃんとひなぎくさんはベッドに座りながら、それを夢中で鑑賞したのであった。
で、こんしまちゃんがひなぎくさんの平屋の玄関から出るとき、おじいちゃん・おばあちゃん・お父さん・お母さん・お姉さんも見送りに来てくれた。
「きょうは来てくれて……話を聞いてくれて、ありがとう。これからも、ひなぎくと仲よくしてくれるとうれしい」
ひなぎくさんの家族は、明るい調子でそう言った。
照れるひなぎくさんの隣で、こんしまちゃんはうなずいた。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計百三十七回)
次回「第三十三週 ボランティアに参加してしまった!(土曜日)」に続く!(一月二十三日(金)午後七時ごろ更新)
評価やブックマークなども大変励みになります。
それにしてもアニメもいろいろ奥深いですね!




