第三十一週 おとな向け三輪車をこいでしまった!(月曜日)
紺島みどりは自転車に乗れない。
正確には、二輪の自転車をこいでも右か左に倒れてしまう。
バランスが取りにくいらしい。
まあ人間にはそれぞれ得手不得手があるものだし自転車に乗れなくても生きることはできるから気にすることでもないんだけど……。
二輪自転車でなければ、あるいはなんとかなるかもしれぬ。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
冬休みが終わる前の月曜日の午前。
こんしまちゃんは最寄りの駅前に来ていた。
服装は、このあいだ運動公園に行ったときと同じ。白いジャケットに赤い半ズボン、黒いタイツに白いスニーカーという格好である。リュックも背負っている。
実は、クラスメイトの鵜狩慶輔くんをこんしまちゃんは待っているのだ。
彼をさそったのは、こんしまちゃんのほう。
先週の月曜日に連絡したのだ……ッ!
こんしまちゃんはララララ・ララララ・ラララインをやっていないので電話でやりとりした。『鵜狩くん……年が明けたら二人でどこか行かない……?』とこんしまちゃんが提案すると『うん、行こう。こんしまちゃんはどこに行きたいんだ』という言葉が返ってきた。
するとこんしまちゃんはハッと気づいた。
『しまった……行き先が分からないよ……』
『だいじょうぶだよ、こんしまちゃん』
電話越しに、鵜狩くんがおっとりとした声を出す。
『俺が考えるから、当日を楽しみにしてて』
『分かった……ただ、鵜狩くん……』
こんしまちゃんはちょっとためらったあと、恥ずかしそうに続ける。
『その……鵜狩くんって、わたしにどんな服を着てきてほしい……?』
『決まってる』
迷わず鵜狩くんが返答する。
『あったかくて、動きやすい服』
――というわけで、こんしまちゃんは羽根突きしたときと同じ格好で鵜狩くんとの待ち合わせ場所に現れたのだ……!
間もなくして、鵜狩くんも駅前にやってきた。
相変わらず、シュッとしたあごとツリ目が特徴的な男の子だ。
厚めの黒いジャケットとズボン。足袋みたいな黒い靴。あずき色のマフラー。なんか……忍び装束っぽくもある。背負っているリュックまで黒いし……。
「おはよう、こんしまちゃん」
「おはよ……鵜狩くん……」
なお待ち合わせ時間は「九時から九時十五分までのあいだ」ということにしていた。
二人は駅の構内に入り、さっさと電車に乗った。
車内はあんまり混んでいない。
左右の長いイスが向き合うタイプの座席である。後ろの車両に近いほうのはしっこにこんしまちゃんが座る。その右隣に鵜狩くんが腰を下ろす。
鵜狩くんもこんしまちゃんも、リュックを自分のひざに置いた。
電車が動き始めたところで鵜狩くんが問う……っ!
「こんしまちゃんは自転車に乗るほう?」
「じ、実は……」
ちょっと目を泳がせるこんしまちゃん。
「わたし……自転車に乗れないんだ……高校生にもなって、恥ずかしいことなのかな……」
「いいや、全然恥ずかしいことじゃないよ」
鵜狩くんがそのツリ目で、こんしまちゃんを優しく見据える。
「今から行くのはサイクリングロードなんだけど……だれでも楽しめるところだから安心して」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
電車からおりて、駅を離れ……しばらく坂をのぼる。
あたりには人家よりも緑が多い。
ちょっとさびついたトタン屋根の建物に近づき、鵜狩くんはこんしまちゃんを手招きする。
その建物は左右にしか壁を設けていなかった。
内部には自転車がずらりっ! と並んでいる。
大きさも色もさまざまだ。カゴのついているもの、ペダルが二つ以上あるもの、チェーンがいくつも巻きついているもの……種類はよりどりみどりのようだ。
大きな自転車と小さな自転車とのあいだに立って、鵜狩くんが言う。
「ここで自転車をレンタルできる」
「へえ~……」
こんしまちゃんはなかを歩き、自転車を見ていく。
「でもわたしが乗れる自転車は……」
「これはどうかな」
鵜狩くんがこんしまちゃんを呼びとめる。
目の前には、銀色のフレームとU字型のハンドルを持つ自転車が置かれていた。
いや、その自転車の最大の特徴は――。
車輪が三つあることだ……!
一つの前輪と二つの後輪で車体をささえている。
こんしまちゃんは目を丸くしてその自転車を見つめた……ッ!
「これ、三輪車……?」
「そう。ただし、おとな向け」
サドルは、こんしまちゃんの腰よりも少し高い。
「最近の三輪車は安定感だけじゃなくてスピードも機動性も確保している。二輪自転車と比べても遜色ない使用感なんだ」
「転ばなくて済むかな……」
「二つの後輪がささえてくれるから安心だな。曲がるときも、ちょっとホイールがかたむくようになっていて……少々無理な動きをしても壊れたり倒れたりしない」
「すごい……じゃあ、これ借りようかな……」
おとな向け三輪車の存在を初めて知り、興奮するこんしまちゃん……っ!
だけどすぐに冷静になり、鵜狩くんのシュッとしたあごをじっと見る。
「鵜狩くんは……どんな自転車を借りるの……?」
「俺は四輪車」
そう言って鵜狩くんは、銀色の三輪車のはす向かいに置かれている黒い自転車を指差した。
前輪と後輪が二つずつあるタイプである。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
レンタル料金を払った鵜狩くんとこんしまちゃんは、サドルの高さを調整して白いヘルメットをかぶる。ヘルメットも自転車と共に借りたのである。
鵜狩くんは黒い四輪自転車を、こんしまちゃんは銀色の三輪自転車を押してサイクリングロードに出る。
自転車をレンタルしているそのトタン屋根の建物は自動車道沿いにあるんだけど……この建物を通り抜けるだけですぐにサイクリングロードに出ることもできるのだ……ッ!
灰色のアスファルト舗装の上で、こんしまちゃんがおとな向け三輪車のサドルにおしりをつける。
左足を上げてから、またがる。ハンドルをにぎる。
ペダルに両足を乗せても倒れることはない。
「す……すごい……ッ! 鵜狩くん、わたし……初めて自転車に乗れたよ……三輪車だけど……」
「おめでとう、こんしまちゃん。三輪車も立派な自転車の一種だから自信を持って」
こんしまちゃんの勇姿を見届けたあと、鵜狩くんは四輪自転車にまたがった。
「じゃあ、行こうか」
「うん……」
こんしまちゃんが三輪車のペダルをこぐ。
チェーンと連結するホイールが回転し、前に進む。
「わあ……」
「その調子」
鵜狩くんの四輪車がこんしまちゃんの左隣をゆっくり走る。
「ちょっとまったりこぐのがよさそうだな」
「もしかして鵜狩くん……」
前方のアスファルトを見ながらこんしまちゃんが聞く。
「わたしに合わせてくれてるの……?」
「俺も四輪自転車に慣れていなくて不安なんだ」
ペダルを休めずに鵜狩くんが静かに答える。
二人はそのまま遅めに進む。道をふさがないよう、前後に並ぶ。定期的に前と後ろを交替しながら。
サイクリングロードの左右には常緑樹が植わっており、しばらくは緑が視界に映り続けた。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「右手を見てみて、こんしまちゃん」
三輪車と四輪車のスピードがちょっと上がってきたところで、後ろから鵜狩くんが声をかけた。
右側の常緑樹が途切れる……っ!
白いガードレールの向こうに、キラキラ光る青い湖が広がっていた。
こんしまちゃんは三輪車に乗ったまま、湖の複雑な流線形を斜め上から見下ろした。
「きれい……」
「そうだな……」
こんしまちゃんからは見えないけれど、鵜狩くんも湖に見とれているようだ。
「そろそろ昼だし、休憩しよう」
「賛成……」
鵜狩くんの提案に同意したこんしまちゃん。
サイクリングロードは、ここからゆるやかな下り坂になった。
小さく右に湾曲しながら道が延びる。
右手の湖面が、どんどんこんしまちゃんたちに近づいてくる。
そして右前方に張り出した三日月型のスペースを二人は見つける。
そこはアスファルトではない。地面に砂が敷かれている。湖に面するふちに焦げ茶色の木の柵が設けられている。
このスペースに入り、こんしまちゃんと鵜狩くんはそれぞれの自転車をとめた。
スペースには焦げ茶のテーブルとイスもいくつか設置されている。
そのうちの一つに二人は座った。
テーブルをはさんで対面している状態だ。
背負っているリュックを下ろし、ヘルメットを外す。
鵜狩くんもこんしまちゃんも自分のリュックをさぐり、なかからお弁当の箱と水筒を出す。
こんしまちゃんのお弁当は風呂敷でつつまれている。
「しまった……鵜狩くんもお弁当持ってきてたんだね……わたし、二人ぶん用意しちゃった……」
「俺もうっかりしてた。こんしまちゃんのぶんも作ってきたから」
どうやら二人とも、外食するという発想はなかった模様……ッ!
大きな黒いお弁当箱の蓋を鵜狩くんがあける。
箱のなかには手裏剣形おにぎりが詰まっていた。
おにぎりは黒くてツヤのあるのりでおおわれており、十字の手裏剣、卍の手裏剣、棒状の手裏剣、八方手裏剣などかたちも幅広い。
こんしまちゃんも風呂敷をほどく……!
二段の重箱それぞれにお弁当が入っている。
一段目も二段目も内容は一緒。高菜を混ぜ込んだごはんとミニトマト二個、小さなコロッケ一個、タコさんウインナー三個、たまごやき一個、手裏剣のかたちにカットしたニンジン四枚だ。
なお一段目の箱にも二段目の箱にも蓋がついている。
こんしまちゃんは一段目の箱の蓋を外し、伏し目がちに鵜狩くんを見た。
「鵜狩くん、わたしの……よかったら食べてほしいな……」
「ありがとう。もちろん食べたい」
鵜狩くんがこんしまちゃんから重箱とあずき色の箸を受け取る。
そしてテーブルの真ん中に手裏剣おにぎりの箱を置く。
「こんしまちゃんも、お腹に余裕があったら俺のも食べて」
「うん……ありがとね」
ついで二人は手を合わせて「いただきます」と言った。
鵜狩くんは、手裏剣のかたちにカットされたニンジンをまず口に入れた。
「かたちもいいし、味もうまいな」
「そ、そうかな……うれしい……」
こんしまちゃんは手裏剣おにぎりの箱から卍の手裏剣を箸で取った。
先っぽはとがっていないので、安全に食べることができる。
卍は四つの突起を持つ。
手裏剣から突き出した一本のなかには、白いお米と共に茶色のおかかが入っていた。
さらに別の三本にはそれぞれ緑の高菜と赤い明太子と紫のしそが含まれていた。
手裏剣の中心には種抜きの梅干しが隠されており、そのすっぱさが唾液の分泌を促す。口内を湿潤にする。
「鵜狩くんの手裏剣おにぎりも、とってもおいしいよ……っ」
「よかった」
タコさんウインナーを飲み込んで、鵜狩くんが口角を少し上げる。
「うっかり趣味に走りすぎたんじゃないかとも思ってたから」
「わたし……鵜狩くんのそういうところも好きだよ……」
こんしまちゃんも自分の重箱からタコさんウインナーを箸でつまんでもぐもぐ食べる。
鵜狩くんがほおを染める。
「俺も……こんしまちゃんが」
でも言いかけて、言葉をつまらせちゃった鵜狩くん。
こんしまちゃんは声もなく笑って水筒のお茶を飲んだ。ストローに口をつけるタイプの青い水筒である……っ!
ストローから口を離し、別の話題に移る。
「鵜狩くん……お正月の年賀状ありがとう……」
実はこんしまちゃんは今年の一月一日に鵜狩くんから年賀状をもらっている。
「でも小学校のときは鵜狩くん……年賀状出さない派だったよね……」
「……小三、小四、小五、小六のとき。そして高一になった今年度もこんしまちゃんは片道年賀状を送ってくれたよな」
「そうだよ……でも片道年賀状の対象は鵜狩くんだけじゃない……クラスメイトのみんなに送ってる……」
「俺はそういうこんしまちゃんが好きだよ。俺のほうこそ、年賀状ありがとう。黒と白のまだら模様の馬が宙を舞っている絵もよかった」
「ホルスタインっぽくなっちゃったけど、そう言ってもらえるとうれしいよ……」
会話のあいだも二人はお弁当を平らげていく。
鵜狩くんが最後のニンジンを食べ終わったところで、まばたきする。
「……こんしまちゃん」
「なにかな、鵜狩くん……」
こんしまちゃんは棒状の手裏剣をそしゃくしつつ微笑を返す。
「……十二月にアヤメちゃんと遊園地に行ってきたことなら、もうアヤメちゃん本人から聞いてるよ……」
「そう……だよな」
鵜狩くんが湖のほうに視線を逃がす。
「俺はアヤメに『これからも友達でいてほしい』と言った」
「うん……」
こんしまちゃんも、キラキラ光る湖面を見る。
「じゃあ鵜狩くんは……これからわたしとどういう関係でいたいのかな……」
「たぶん俺は、こんしまちゃんが好きなんだと思う」
「うれしいけど、なんで好きなの……わたしは、転んでばっかりのところを鵜狩くんにささえられ続けてきたから小学生のころから鵜狩くんが恋愛的に好きだけど……」
「こんしまちゃんが、一生懸命だからかな。何度『しまった』を重ねても、前に進もうとしている。俺もうっかりしているところがあるけど、こんしまちゃんほど向上心があるわけじゃない。だから俺から見てもこんしまちゃんは、かっこいいんだ」
湖から目を離し、鵜狩くんがツリ目をこんしまちゃんに向ける。
「確かにこんしまちゃんは五年生になるまで何回も転んでいた。俺はそんなこんしまちゃんを受けとめてきた。だけど本当にささえられていたのは俺のほうなんだ。めげずにがんばるこんしまちゃんの姿に、俺も励まされてきたんだ。こんしまちゃんのそういうところは、今も変わっていない」
このとき、すぐそばのアスファルトを自転車が何台か通過していった……。
「こんしまちゃんが、クラスメイト一人一人のことをしっかり見ているところも好きだ。だれかのために立ち止まれるこんしまちゃんを俺は尊敬している」
「鵜狩くん……」
湖面から鵜狩くんへと、こんしまちゃんが目を移す。
「ただわたしは……忘れられないだけなんだよ……『気にしないでいいよ! こんしまちゃんは、こんしまちゃんのペースで、いいんだよ!』って言ってくれた小学校のクラスメイトのみんなのことを……」
棒状の手裏剣をすべて飲み込んで、言葉を継ぐ。
「だからわたしは何度口癖をこぼしても自分のペースでがんばり続けようと思っているし……これから縁のできた人たちみんなを大切にしたい……言葉にすると、とても傲慢だよね……だってわたしのこだわりのために、みんなを利用しているんだから……」
自分の気持ちを聞かせてくれた鵜狩くんに返すように、続ける。
「鵜狩くん……わたしだって……きれいなんかじゃないんだよ……」
……実際、こんしまちゃんの態度は意中の男の子に対してどうなんだろうか。
オトすのが目的なら、もっといい子ぶって……相手を立てて、謙遜して……きれいな心をよそおって……都合のいい無垢で無害な女の子のフリをすればいいんじゃないんだろうか。
相手の持つ幻想に合わせてやればいいわけだ。
ウソをつけば気に入られるし、正直であろうとすれば嫌われる――恋愛とはそういうゲームじゃないのか? どうやって相手をだまし、自分もだまされるか……そういう話じゃないのか。
幻想とはいつか破れるものだ。恋愛対象を天使かなにかだと思っているうちは、きっと本当の相手に恋をしていない。自分の作成した虚像に見とれているだけだ。
おそらく、こんしまちゃんも……そして鵜狩くんも本当の自分を見せたいと……見てほしいと思ったのだろう。
ただ、ほとんどの場合は正直に自分を打ち明けても失望されるだけ。
気持ち悪いと思われるだけ。
正直に言えば自分のことを分かってもらえるというのは……だいたいウソだ。
ただ二人は、そういう不安ばかりを共有している。
互いの息づかいから、それが分かる。
だから自分の不安を解消するために……いや。
目の前の相手の不安を和らげたいと思うから――。
それ以上の言葉が必要になる。
お弁当を食べ終わり、二人は手を合わせて「ごちそうさま」と言った。
水筒と重箱をリュックにしまったこんしまちゃんは、対面の鵜狩くんとあらためて目を合わせた。
「わたし、鵜狩くんが好きだよ……かっこいいところも、そうじゃないところも大好き……これからどんな鵜狩くんを知ったとしても、もっとあなたを好きになる……」
「俺もこんしまちゃんが好きだ」
鵜狩くんが目をそらさずに答える。
「それも……友達とは違う」
「わたしが三輪車に乗る人であっても……」
イスに置いたヘルメットをこんしまちゃんが右手でなでる。
「二輪の自転車に乗れない人でも、いいのかな……?」
「そういうところも好きなんだ。俺も四輪車に乗ってるわけだし」
鵜狩くんも、こんしまちゃんもあんまり照れずに小さく笑い合った。
「弁当も食べ終わったし、また自転車で走ろうか」
「そうだね……」
こんしまちゃんがヘルメットを右腕にかかえる。
「三輪車のスピード、もうちょっと速めてみるよ……」
リュックも背負う。重箱の中身がなくなったため、少しだけ軽くなっている。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そのサイクリングロードは、流線形の湖を一周するかたちをしていた。
ヘルメットをかぶりなおしたこんしまちゃんと鵜狩くんは右回りに進んでいく。
三輪車と四輪車が次第に加速する。
前方から来た冷たい風がこんしまちゃんの肌をすべっていく。
ずっとペダルをこいでいるためか、両足から腰のあたりにかけて……それから胸の内側あたりがあたたまる。
こんしまちゃんと鵜狩くんは、定期的に前後を入れ替わりながらも運転中はほとんど言葉を交わさなかった。
だけど相手の息づかいはずっと聞こえていた。
こんしまちゃんは四つの車輪の音を聞いていた。鵜狩くんは三つの車輪の音を聞いていた。
途中でいくつかトンネルに入った。
トンネル内ではとくに車輪の音が反響した。
それ以外の場所では、キラキラ輝く湖か冬でもおかまいなしに緑を蓄える常緑樹のそばを過ぎていった。
そのあいだ、鵜狩くんもこんしまちゃんも幸せを感じていたという。
好きな人がそばにいるからじゃない。
自分がそばにいることを好きな人がみとめてくれているから。
好きな人の好意とそばにいたいという気持ちとを自分がみとめているから。
ただそばにいるんじゃなくて、一緒に道を進んでいるから。
きれいなだけじゃない自分たちのことを互いが理解し合っているから。
だからこんしまちゃんも、おとな向け三輪車を夢中でこいでいるわけだ。
鵜狩くんも、四輪自転車を楽しくこいでいるわけだ。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ほぼ湖を一周した二人は、新たな休憩スペースの砂場でとまった。
すぐ近くに、自転車をレンタルしたトタン屋根の建物がある。
休憩スペースは湖に面している。
その焦げ茶色の柵に二人は手を置く。ヘルメットをかぶったまま……。
こんしまちゃんは柵に両手を載せている。
「気持ちよかったね、鵜狩くん……」
「けっこう走ったからな」
鵜狩くんは、こんしまちゃんの左隣で右手を柵に置いている。
「四輪自転車も、おもしろかった。地に足が……いや車輪がついている感じで」
「三輪車もよかったよ……安定しているしスピードも出た……」
笑顔でこんしまちゃんが鵜狩くんを見上げる。
「鵜狩くん……自転車に乗れなかったわたしをここに連れてきてくれてありがとう……変な言い方だけど、自分が広がった感じがする……最高に楽しかったよ……」
「こんしまちゃんも俺をさそってくれてありがとな」
やや低くなった太陽の光が、鵜狩くんのシュッとしたあごを斜め上から照らす。
こんしまちゃんが、そんな彼のあごをちらりと見る。
「ねえ……鵜狩くん。わたし、三輪車こいでるときに……いけないこと考えちゃった……」
「どんなこと?」
「わたしの三輪車が倒れることだよ……それで湖に投げ出されそうになったわたしを鵜狩くんが助けてくれるの……」
「……だいじょうぶ。三輪車を開発している人たちも、このサイクリングロードを管理している人たちも、乗っているこんしまちゃん自身も安全には万全の注意を払っている」
「うん……だから事故は起こらないほうがいいんだよね……」
こんしまちゃんは鵜狩くんの左腕に、軽く肩をふれさせた。
「頭をよぎったいけないことは、もう一つ……。鵜狩くんがガードレールに激突したあと湖に落ちて、わたしが水中に飛び込んでいのちを助けるっていう光景を思い浮かべたんだ……それで、互いの絆が深まるって感じでね……」
「残念ながら、それはかなわないな。レンタルした四輪車を壊すわけにはいかないし、事故が起こればニュースになってサイクリングロードにも迷惑がかかる」
鵜狩くんが二の腕で、こんしまちゃんの肩をそっと受ける。
その腕は、ジャケット越しでも熱かった。
「なにより俺は忍者だし、自分の好きな人を不安がらせたくもないよ」
「す、好きな人って……うう」
こんしまちゃんは赤くなって湖面に顔を向ける。
青く輝くその表面には、二人の色がちぎれたかたちで映っている。
「でもそうだよね……鵜狩くん。わたしたちのあいだに、劇的なことは要らないんだ……」
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それからこんしまちゃんと鵜狩くんは自転車とヘルメットを返し、帰路についた。
電車に乗ってもとの駅まで戻ったあと鵜狩くんと別れるこんしまちゃん……ッ!
ついで家に帰って、姉のまふゆさんから二輪自転車を貸してもらった。
だけど、結局乗りこなすことはできなかった。
倒れそうになる自分をまふゆさんに何度もささえてもらった。
「しまった……二輪自転車には、やっぱり乗れないままなんだ……」
とはいえ、だからこそ鵜狩くんと乗ったおとな向け三輪車が特別なもののように思えた。
あと、夜中にアヤメに電話してきょうのことを話した。
『へー。こんしまちゃんも鵜狩くんも好きって言い合ったんだ。おめでと』
「ありがとう……アヤメちゃん……」
『これで恋愛勝負はこんしまちゃんの勝ち……いや、もう勝負とかそういうふうに呼ぶのもよくないか』
半分うれしそうに、半分さびしそうにアヤメが言う。
『ともかく二人は付き合うことになったんだね。アヤメとしては、ちょっと切ないなあ』
「しまった」
『なにが?』
「あらためて『好き』とは伝え合ったけど……『付き合う』とはわたしも鵜狩くんも言ってないや……」
『ええ……そんなことあるんだ』
ちょっと呆れるアヤメであった。
きっと今ごろ鵜狩くんも「うっかりしてた」とつぶやいていることだろう。
♢ ※ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計百三十四回)
次回「第三十二週 アニメ好きの一家と話してしまった!(月曜日)」に続く!(一月十六日(金)午後七時ごろ更新)
評価やブクマ等も大変励みになります。
ひとくちに自転車と言っても、いろんな種類があって面白いですね!




