思わぬ再会を果たしてしまった!(木曜日)
高校一年生の紺島みどりは、一週間に一回は「しまった」と言ってしまう女の子。
みんなからは「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」と呼ばれている。
この「こんしまちゃん」というあだ名(?)は、小さいころからのもので……。
高校のクラスメイトの鵜狩慶輔くんにしても、七年前から、こんしまちゃんをこんしまちゃんと呼んでいるのだ。
……そして、こんしまちゃんのことを昔から知っているのは、鵜狩くんだけじゃない。
今回は、そんな昔なじみの一人とこんしまちゃんが、ふとしたきっかけで再接近する話――。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
その日は、木曜日だった。
授業が終わったあと、こんしまちゃんは教室でクラスメイトにノートを配っていた。
「みんな……帰るのは、ちょっと待ってね……」
ノートは、先生が成績をつけるために集めていたもの。
こんしまちゃんは先生から、その返却を頼まれたのだ。
でも、クラスメイトのみんなのほうが自分から取りに来てくれたので、すぐにノートはなくなった。
――ただ一冊を除いて。
「どうしたんだ、こんしまちゃん」
ツリ目の男の子の鵜狩くんが、自分のノートをカバンに入れながら、たずねる。
こんしまちゃんは一冊のノートを教卓に置き、それと、にらめっこしている……!
「しまった、渡しそびれちゃったかも……。鵜狩くん……。菖蒲さんは、もう帰ったのかな」
ノートの表紙には、「菖蒲佳代子」という名前が書かれてあった。
菖蒲さんは、ほとんど話さず、だれとも目を合わそうとしない女の子。
このあいだ、こんしまちゃんは五段重ねの重箱にお弁当を作って学校に持ってきたけれど――、そのとき、「菖蒲さんも、どうかな……」と彼女に話しかけていた。
でも菖蒲さんは、「ありがとう、だけど遠慮する……」と言って顔をそむけたのだった……。
菖蒲さんの髪は、全体的に長かった。結んでもいない。
その髪にはばまれ、表情も容姿もまともに見ることができなかった。
ともあれ、鵜狩くんがツリ目を細める。
「こんしまちゃんがノートを配り始める前に、菖蒲が教室から出ていくところを見た」
「――たぶん、お花を摘みに行ったんじゃないかなっ」
鵜狩くんとこんしまちゃんのそばに、ポニーテールの女の子が近寄る。
彼女の名前は、矢良みくり。
「ほらっ、まだ机にカバン置いてあるしっ」
矢良さんが、菖蒲さんの机に目を向ける。
そこには、黒いスクールバッグが置かれたままだった……。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
しばらくして、菖蒲さんが教室に戻ってきた。
スクールバッグを肩にかけようとする菖蒲さんに近づき、こんしまちゃんがノートを差し出す。
「菖蒲さん……これ、ノート。わたしが先生から返却を頼まれてたの……」
「……え、あっ」
驚いたのか、菖蒲さんは体をビクッと震わせて、ノートにふれた。
結果、ノートが教室のゆかに落ちた。
こんしまちゃんが即座に、しゃがむ。
「ごめん、菖蒲さん。びっくりさせちゃって――」
そのとき、こんしまちゃんは菖蒲さんの顔を間近で見た。
ノートを拾うべく、菖蒲さんも同時にしゃがみ、左手を伸ばしていたからだ。
菖蒲さんは、こんしまちゃんよりも先にノートを拾った。
それをカバンにつっこみ、さっさと教室から出ていく……。
「じゃ、こんしまちゃんっ。ノートも全部返せたところで、あたしと帰ろっ!」
いつの間にか矢良さんが、こんしまちゃんの背後に立ち、その右肩をたたく。
が、なにを思ったのか――こんしまちゃんは真剣な表情で答える。
「ごめんね、矢良さん……。今からわたし、ア……菖蒲さんと話さなきゃ……」
「……そっか。分かったよん」
なんの事情も聞かず矢良さんは、こんしまちゃんに笑顔を向ける。
「こんしまちゃんたちにとって、大事なことなんだよね……! だったら、思い立ったが、なんとやらっ!」
「ありがと……」
こんしまちゃんは、自分のカバンを肩にかけた。
鵜狩くんたちにもサヨナラを言って、すぐ教室から出ていった。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
――こんしまちゃんは、廊下を突き進んでいた。
もちろん走っては、いない……! 校則で許される最大限のスピードを維持している。
無意識のうちに、ひとりごとを漏らす、こんしまちゃん。
「しまった……。わたし、ずっと気づかなかった。謝らないと……。菖蒲さんに、いや――」
廊下を抜け、危なくない程度のスピードで階段をおりる。
そのまま校舎の外に出る。
ちなみに、こんしまちゃんの通う高校は土足オーケー。
よって外に出る際に靴を履き替える必要はない。
果たして、前方――校門の手前に、菖蒲さんの後ろ姿があった……!
「菖蒲さん……! 待って……」
こんしまちゃんは、精いっぱいの声を上げた。
といっても、そんなに大きなものじゃない。
だけど菖蒲さんは、声に気づいてくれた。
おずおずと……こんしまちゃんのそばに寄る。
「どどど、どうしたの……。ノート以外に、なにか……」
「時間、ある……? 菖蒲さん……よかったら、みんなのいないところで話さない……?」
そのあいだも、こんしまちゃんと菖蒲さんの隣を、生徒のみんなが過ぎていく。
さらに、こんしまちゃんが――。
とても心配そうな顔で、菖蒲さんと目を合わそうとしていた……。
菖蒲さんは目をそらし、「あ、いや」と言ったあと、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……じゃあ、そうする……。ひまだから」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
こんしまちゃんと菖蒲さんは、校舎に再び入った。
黙って菖蒲さんが廊下を進む。こんしまちゃんが、口を閉じてついていく。
菖蒲さんがとまったのは、校舎一階のはしっこにある、階段の裏側にあいたスペース。
物置の扉があるけれど、その鍵は閉まっている。
「ここ、だれも来ないから……」
菖蒲さんが、扉に寄りかかる。
「それで、わたしに話って、なに……」
「謝りたかったの」
こんしまちゃんが菖蒲さんの真正面に立ち、頭を下げる。
「入学して同じクラスになってたのに、ずっと気づかなくて、ごめんね……アヤメちゃん」
「あ……う……」
……それを聞いた菖蒲さんは、言葉にならない息を出した。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
アヤメちゃんとは――、こんしまちゃんと小学校が同じだった女の子。
こんしまちゃんの一つ上の学年の子だった。
当時はツインテールで、紫の髪飾りを付けていた。
一人称は「アヤメ」……。
とても明るく、ノリのいい子だった。
こんしまちゃんは鵜狩くんが転校してきた七年前……小学三年生のときにアヤメと知り合った。
アヤメが卒業するまで、鵜狩くんと三人でよく遊んだものだ。
なにかにつけてアヤメは「勝負」を持ちかけてきた。
初めて会ったときは、おりがみの手裏剣を投げ合う勝負をした……。
こんしまちゃんは、アヤメのことが大好きだった。
でもアヤメが中学に行ってからは、会っていない……。連絡先も知らなかった。
いや、本当は……会っていなかったんじゃなくて……。
こんしまちゃんが、気づいていなかっただけのようだ。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
菖蒲さん……アヤメは、深呼吸して、息を整える。
「は……はは……、こんしまちゃんに、ばれちゃったか……。そりゃそうだよね、さっきノートを拾うとき、至近距離で顔を見られちゃったし……」
かわいた笑いを漏らしつつ、スクールバッグをゆかに置く。
「こんしまちゃんは、わたしの名前……『アヤメ』と思ってたよね。小学校のときの一人称が『アヤメ』だったから」
「うん……」
こんしまちゃんも、自分のカバンをゆかに置いた……。
アヤメは声の震えを抑えて続ける。
「でも実は、菖蒲佳代子が本名なの。菖蒲って、アヤメとも読めるし……」
「わたしにとって、アヤメちゃんはアヤメちゃんだよ……」
「……もうわたし、アヤメだなんて言ってない」
物置の扉に背を押しつけたまま、アヤメの上半身がずり落ちる。
「中学に入ってから、わたしのこと……だれも相手にしてくれなくなったから」
ひざを曲げ、お尻をゆかにつける。
「いじめられたわけじゃない。露骨に無視されたわけでもない。でも……『勝負』ってくりかえすところとか、自分のことをアヤメって言うところとか……そういうのに、みんなが引いちゃってるのが分かった」
左右のひざを、両腕でかかえるアヤメ……。
「それで……なんかさ、怖くなって。本当はみんなから見たら、わたしって……みっともないんじゃないかって。だからツインテールをほどいた。髪飾りも外した。人に顔を見せないようにした」
「アヤメちゃん。中学校は、どこだったの……」
「こんしまちゃんと、同じ」
そしてアヤメは、その中学校の名前を口にした。
ここで、こんしまちゃんが腰を落とし……正座になる。
「そうだったんだ……。わたし、てっきりアヤメちゃんは別の中学校に行ったかと思ってた……」
「実は、何度もすれ違ってる……。でも小学校のときとは雰囲気が全然違ってたし、わたしのほうが、こんしまちゃんに今の自分を知られたくなくて、ばれないように顔をそむけたりしてたから……」
ついでアヤメの声が自嘲気味に高くなる。
「同じ高校のクラスになったのは偶然だけど……今じゃ、なおさら気づかないはずだよね……! だってわたし、本来だったら高二だもん……っ!」
「なにが、あったの」
「受験の日に、わたし……受ける高校の前で、中一のときに同じクラスだった子たちを見つけちゃって……。それで、なぜか足が動かなくなって……気づいたら、試験会場にも入らず引き返してた。めちゃくちゃだよね……。あの子たち、わたしをいじめていたわけじゃないのに……。結局、一年間なにもできなくて、志望校も変えてさ……本当に、わたし……最低……」
アヤメは、左右のひざに顔をうずめた。
「こんしまちゃんはわたしに謝ったけど……こんしまちゃんは、悪くないからね。わたしは、こんしまちゃんも、鵜狩くんのことも、入学したときから気づいてた。ウェーブのくせ毛も、鵜狩くんのツリ目も、あのときのままだったから。……なのにわたしは、知らないフリしてた……ごめん、ごめんね、こんしまちゃん……」
数秒ごとに全身をビクッと上下させ、音もなく涙を流す。
「わたしが泣いているのも、こんしまちゃんのせいじゃない……。むしろ、スッキリした……。人間、落ちるところまで落ちたら、もっと落ちたくなるものなんだよ。だから今までさけていたくせに、正体がばれた瞬間、わたしのよどんだ心を話したの。これで、こんしまちゃんはわたしのこと、見捨ててくれるよね……。こんしまちゃんと遊んでいたアヤメなんて、もういないんだから……」
「アヤメちゃん……」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
こんしまちゃんの右手が、そっとアヤメのほおをなでる。
涙を拭き取るかのように――。
「わたし、アヤメちゃんのこと、今でも大好きだよ……。それだけじゃなくて、菖蒲佳代子さんのことも……菖蒲ちゃんのことも、わたしは大切にしたい」
ゆっくり、小さな、吐息の混じったような声で、こんしまちゃんが言う。
全然、圧はない。
だけど、こんしまちゃんの感情は、残らず言葉に乗っていた。
「だから、勝負しようよ」
「……負けたら、なにするの」
「なにもないよ……。勝っても負けても、なにもない……」
そう口にして、こんしまちゃんは制服のポケットからハンカチとティッシュを取り出した。
少し落ち着いたアヤメが、顔を上げる。
「それを勝負に使うんだ?」
「いや、これは関係ないよ……! アヤメちゃん、よかったら……」
「……そゆこと。ありがと。本当は、自分のぶんもあるけどね」
ハンカチとティッシュを受け取ったアヤメは、涙とか、いろいろなものを顔から拭き取る……。
こんしまちゃんが、そのあいだにルール説明をおこなう。
「ルールは、こんしまちゃんオリジナル……!」
「……ちょっと。それ、アヤメのアヤメオリジナルのパクリじゃん……っ」
「小学校のころのアヤメちゃん……会ったときからずっと、わたしと鵜狩くんに、これ言ってたからね……」
なおこのとき、こんしまちゃんはアヤメがかつての一人称を使ったことに気づいたけれど、あえて指摘せずにスルーした……!
「勝負は、しりとり。それも、形容詞しか使えない地獄のルール……っ!」
「……じゃ、アヤ……じゃなくて、わたしから。『りりしい』……」
「いちじるしい」
こんしまちゃんが、ノータイムで応じる。
しばらく、二人の攻防が続く……ッ!
(ちょっと分かりにくいけど、次の段落の各行は「アヤメの言葉」「こんしまちゃんの言葉」の順番で配列されている……!)
「いきぐるしい」「いじらしい」
「いまいましい」「いとおしい」
「いぎたない」「いさましい」
「いやしい」「いそがしい」
「いまわしい」「いさぎよい」
「いたましい」「いとしい」
「いやらしい」「いまめかしい」
「いかがわしい」「いろっぽい」
「いたい」「いたい」
「……というかさ、形容詞って、ほぼ全部『い』で終わるんだから、しりとりとして成立してないじゃん」
アヤメが、今さららしいことを言う。
「それに、こんしまちゃん……さっき、わたしの『いたい』をくりかえしたよね?」
「同音異義語だよ。わたしの『いたい』は、ずっと一緒に『いたい』の『いたい』……」
「……それって、形容詞じゃないよ? 動詞『いる』の連用形に希望の助動詞『たい』がついたやつだからね?」
「しまった……さすがアヤメちゃん……!」
「いいって、それで。国語のテストじゃないんだから。……でも、これ以上わたし、思いつかないから勝負は、こんしまちゃんの勝ち――」
「違う。アヤメちゃんの勝利。今、『いい』って言った。わたしの言葉も尽きちゃった」
「え? アヤメが勝ったの? やったー!」
座ったままガッツポーズをとるアヤメ。
が、すぐに正気を取り戻し、顔を赤くする。
ついでハンカチをこんしまちゃんに返す。ちなみにティッシュは、すべて使いきったようだ。
「なんか、久しぶりに楽しかった」
「わたしも……高校生になってアヤメちゃんと勝負できて、幸せ」
「こんしまちゃん……」
アヤメは、そう力なく言って、こんしまちゃんと同じ正座の姿勢をとった。
こんしまちゃんと、しっかり目を合わせようとする。
ときどき、違うところを見たりもするけど……。
「優しいね……それなのに、わたし……アヤメ、小学校のときから、こんしまちゃんのこと、ちょっと嫌いだった」
「そう。どのくらい」
「ヘイトじゃなくてディスライク」
自分のスクールバッグを目の前に引き寄せ、そこにアヤメは両手を載せる。
「友達だとは思ってる。だけど、あなたは鵜狩くんとずっと一緒のクラスだった。それが、うらやましかった……っ」
声に力が籠もる。肩が震える。
両手をけいれんさせながら、いくつものシワをバッグに作る――。
「なにより、こんしまちゃんは自分をありのままに見せても、みんなから受け入れられてた……。小学校のときも、中学校のときも……今の高校でだって。……だから、どうしても『ずるい』って思っちゃうんだよ……。もちろん分かってる……こんしまちゃんは、ずるくない……。一生懸命で、意外と積極的で、みんなに優しくて、自分で自分を恥じてない……こんしまちゃんは素敵だよ」
そしてアヤメの両目から、今度は大粒の涙がこぼれ――。
バッグと手の甲に当たって、ポタッ……ポタッと音を立てた。
「きっと鵜狩くんも……嫉妬からこんなグダグダ言うアヤメより、こんしまちゃんのことが好きなんだ……っ」
ここで突然、アヤメが立ち上がった。
カバンを肩にかけ、階段裏のスペースから去ろうとする。
「じゃあね、こんしまちゃん……」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
――が、この瞬間。
こんしまちゃんも正座をやめ、一気に立ち上がった。
カバンは、ゆかに置いたままだけど……。
アヤメの進行ルートをふさぐように、彼女の前に立ちはだかる。
無言でアヤメは右によけようとするも、その動きに合わせ、こんしまちゃんも同じ方向にスライドする。
右に行っても、左に寄っても――こんしまちゃんが同じだけ移動し、目の前に立ちふさがるのだ。
むっとしたアヤメは、しばらく静止したのちに――。
突如として、体を右に動かした。
しかし、それはアヤメのフェイント。
真のねらいは、右に行くと見せかけて左からこんしまちゃんのディフェンスを突破することにある……!
結果、アヤメは左に飛び出し――。
みごとに、こんしまちゃんと正面衝突した。
「読んでたんだ……こんしまちゃん」
バランスを崩したアヤメは後ろに倒れ、尻もちをついた。
「もう……っ。こんな強引に引き止めて……! こんしまちゃんが友達じゃなかったら、先生たちに相談しているところ……」
ところがアヤメの言葉は、途中で切れた。
目の前のこんしまちゃんもアヤメとぶつかったことでバランスを崩し、尻もちをついてしまったからだ。
「し、しまった……。アヤメちゃん、行かないで」
焦って体勢を立てなおそうとする、こんしまちゃん。
そんな姿を目にしたアヤメは、思わず、ふふっと笑うのだった――。
「相変わらず、こんしまちゃんは、こんしまちゃんなんだから……っ」
右手の甲で、目元をゴシゴシぬぐう。
「アヤメの負けだよ」
一瞬だけ、天井を見上げる。
そこでは階段の裏側が、斜めにせり出している。
いったん目を閉じ、十秒くらい経過して、まぶたをひらくアヤメ。
「……こんしまちゃんは、まだ話したいこと、あるんだよね」
「さっきアヤメちゃんは、わたしのことをうらやましいとか、ずるいとか言ったけど」
互いに尻もちをついたまま、こんしまちゃんが続ける。
「本当はわたしも、アヤメちゃんがうらやましかった。憧れてた。ずるいとも、思ってたかもしれない」
「なんで……」
「だってアヤメちゃん、堂々として、元気で、自信いっぱいで、勝負の勝ち負けよりも人の幸せを考えてた……。小学校で初めて会って、鵜狩くんとわたしとで手裏剣投げをしたときも……アヤメちゃんと遊びたいって言ったわたしのことを拒絶しなかったし、鵜狩くんも楽しめるように途中でルール変更もしてくれた。確かにわたしと鵜狩くんは同学年だったけど……アヤメちゃんと遊ぶ鵜狩くんは、とても楽しそうだったよ……。わたしも、やっぱり楽しかった。今思えば、そこが、ずるいなって……」
「だから……そんなわたしは、もう――」
「――わたしには、アヤメちゃんがどのくらい変わったのか分からない。だから一つだけ、聞いてもいいかな……」
こんしまちゃんが四つん這いになって、アヤメに顔を近づける。
「今でも、アヤメちゃんは鵜狩くんのことが好きなの……?」
「……うん」
アヤメは、ゆっくり、うなずいた。
「高校生になった鵜狩くん、もっと、かっこよくなったよね。あのツリ目も、シュッとしたあごも。今は料理部なんだよね……大きなお弁当箱を持ってきて、たくさん食べるんだよね……。いや、初めて会ったときから好きになってた……。知らないわたしとの勝負を、おもしろそうって言って受けてくれたもん……。おりがみでかっこいい手裏剣を作れるところも、それをスタイリッシュに投げるところも……好き。勝負に負けたわたしにその手裏剣をくれたことも、うれしかった……」
「そっか……好きが言葉にあふれてる……わたしもアヤメちゃんみたいに、素直になりたいな……」
こんしまちゃんも、小さくうなずく。
「わたしも、鵜狩くんが好き……そしてお互いに、お互いのことをうらやましいと思ってる……。だから今のアヤメちゃんもわたしも、小学校で遊んでいたときと……同じだね」
「そう……かな……」
「アヤメちゃん。わたしたち、すでに友達だけど――」
四つん這いをやめ、こんしまちゃんが正座に戻る。
「わたしはもう一度、アヤメちゃんと……菖蒲佳代子ちゃんと、友達になりたい」
「いいの……?」
「わたしが、一緒にいたいんだよ……」
「それは……わたしの……」
今度はアヤメが四つん這いになり、こんしまちゃんに目を近づける。
「それはアヤメのセリフだよ……。本当は、アヤメも……わたしも、こんしまちゃんと前みたいに……友達でいたいよ……。まだ希望があるなら、同じ男の子を好きでいたいよ……!」
「じゃあ、あらためて友達だね……」
「うれしいね……!」
ちょっとだけアヤメが笑った。
こんしまちゃんも、それに釣られて笑顔になった……。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
それからアヤメとこんしまちゃんは、物置の扉に寄りかかって話した。
お尻をゆかにつけたまま……。
「それにしても、こんしまちゃんって……ほんと、大胆なところがあるよね。普通、昔の友達に気づいても……さけられている感じがしたら、『話しかけていいのかな』って思って、結局、知らないフリしない?」
「しまった……。わたし、まったく考えてなかった……」
「……いいんだよ。こんしまちゃんは、それで」
アヤメは両ひざを腕でかかえ、静かに言う。
「こんしまちゃん」
「なに……」
「鵜狩くんには、菖蒲佳代子がアヤメだってこと、秘密にしてくれるかな……。今はまだ無理だけど――鵜狩くんには、いつか……自分の口で伝えたいから」
「分かった」
「二人きりじゃないときは、アヤメじゃなくて菖蒲って呼んでね……」
「……うん」
「……さっきから、わたし、一方的だね。こんしまちゃんは、アヤメにしてほしいこと、ある?」
「アヤメちゃんが、アヤメちゃんの望むアヤメちゃんでいてくれるのが、一番だよ……」
「そう……努力してみる」
アヤメは長い髪をゆらし、すっくと立ち上がる。
「わたしに、アヤメに気づいてくれて、ありがとう。こんしまちゃん」
そして、階段裏のスペースから去っていくアヤメ……。
もう、こんしまちゃんは彼女を引き止めなかった。
ただ「また話せて、うれしかった」と――その後ろ姿に声をかけた。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
次の日の昼休み、高校の教室――。
こんしまちゃんは矢良さんと一緒に、お弁当を食べようとしていた。
でもその前に、こんしまちゃんはアヤメ……菖蒲さんのいる席に向かおうとした。
さっきカバンからお弁当を取り出すところを見たのだ。
いつも菖蒲さんは教室内で昼食をとっていないようだったが……、きょうは違うみたいだ。
だから、こんしまちゃんは菖蒲さんに「一緒に食べよ……」と言うつもりだったけれど……。
こんしまちゃんが動く前に、菖蒲さんのほうが二人のもとに、やってきた。
なお、めずらしく鵜狩くんは学食に行ったらしく、現在教室にいない。
うつむきつつも、チラチラと目を合わせる菖蒲さん。
「あの……こんしまちゃんに、矢良さん。よかったら、一緒にお弁当、食べてもいいかな……」
「もちろんだよっ! 佳代子ちゃんっ」
少しの迷いもなく、矢良さんが菖蒲さんの下の名前を呼ぶ。
かたや、こんしまちゃんは……うれしげに首を上下させている……!
「わたし、本当はこんしまちゃんと小学校からの友達なんだ――」
お弁当を食べる合間に、ちょっとずつ……菖蒲さんが矢良さんと話す。
矢良さんは、うなずきつつ、笑顔で聞いている。
その光景を見ながら、こんしまちゃんは――。
ただ、ほほえんでいたという……。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:五回(累計十二回)