第二十八週 読み聞かせをしてしまった!(火曜日)
彼女の名前は紺島みどり。
ウェーブのかかったくせ毛を持つ女の子。現在、高校一年生。
紺島みどりは一週間に一度は「しまった」と言う筋金入りの「今週のしまったちゃん」だが――。
そんなに致命的なミスをする人でもなく、意外と頼りがいがある……ッ!
……かもしれない。
あるいは見方によってはこんしまちゃんも立派なお姉さんなのやもしれぬ……っ!
たぶんっ!
というわけで今回はこんしまちゃんが子どもたちの前でがんばる話だ。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
冬休みも近い火曜日の午前。
こんしまちゃんは幼稚園を訪問した……っ!
高校の授業で附属幼稚園の子どもたちと交流することになったからだ。
おこなうのは、定番どおり絵本の読み聞かせ。ただしクラス全員で一気に押しかけるわけにもいかないので、二十八名のクラスは七チームに分かれた。自分の属するチームの仲間と共に読み聞かせをするのである……ッ!
こんしまちゃんのチームは、飯吉庚くん、紺島みどり、筈井友春くん、鹿出舞さんの四名。
でも当日、飯吉くんは来なかった。
よって実質三名のチームとなる。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
今回こんしまちゃんと組むことになった二人には独特の存在感がある。
筈井くんは太い首を持つ男の子で、鹿出さんは髪をセンターパートに分けている女の子だ。二人とも堂々としており、自分だけのオーラを持っている感じがする。
そんな二人と一緒にこんしまちゃんは高校から出て附属幼稚園に向かった。
クラス担任の立合先生も同行している。
附属幼稚園は高校のすぐ近くにある。徒歩で三分程度の距離だ……!
そして幼稚園の門の前では園長先生が待っていた。こんしまちゃんたちは立合先生と共にあいさつしたあと敷地内に入る。
昇降口で靴を脱ぐ。こんしまちゃんの通う高校は土足オーケーだけど、附属幼稚園では上履きが必要なのだ。
こんしまちゃんたちは園長先生についていき、二階に上がった。その廊下の右手奥の部屋に入る。
室内では、薄紫のスモック姿の子どもたちが待っていた。
年長さんの組である。十五人いる。みんなラクな姿勢で、きれいなゆかに腰を下ろしている。
園長先生が子どもたちに言う。
「きょうは高校生のお兄さんとお姉さんが遊びに来てくれました! 絵本の読み聞かせをしてくれるそうですよ!」
「えー、たのしみー!」
みんなが騒ぐなか……。
こんしまちゃんたちが子どもたちにあいさつする。
「紺島みどりです。きょうはよろしくお願いします……」
「鹿出舞です。みんな、よろしくね」
「筈井友春です。きょうはみんなと会えてうれしいです」
対する子どもたちも「よろしくおねがいします」とあいさつを返してくれた。
ここで園長先生と立合先生が部屋から出ていく。
そしてこの組を担当している幼稚園の先生が子どもたちの前に立って言う。
「じゃあみんな~。紺島お姉さんと鹿出お姉さんと筈井お兄さんがこれから絵本の読み聞かせをしてくれますから、静かにして聞きましょうね~」
「はーい!」
元気よく子どもたちが返事をする。
そのあいだにこんしまちゃんたち三人は、持ってきた絵本をカバンから取り出す。
ここからは「一、子どもたち全員の前で読み聞かせをする」「二、子どもたちと自由に絵本を読み合う」「三、締めくくりとして別の絵本で最後の読み聞かせをおこなう」という流れになる。
こんしまちゃんたちが持ってきた絵本は「くものいと」である。
芥川龍之介の作品を小さな子ども向けにアレンジしたものだ。
なお事前に幼稚園側に確認し、この絵本を読み聞かせていいという許可は得ている。
以下あらすじ……ッ!
おしゃかさまが極楽のきれいなハスの池から地獄をのぞくと、どろぼうのカンダタがほかの人と一緒に地獄の池で浮いたり沈んだりしている。
でもカンダタはかつて林のなかでクモを踏みつぶさずに助けてあげたことがある。だからおしゃかさまもカンダタを助けてあげたいと思い、極楽から地獄へと銀色のクモの糸を下ろした。
地獄の池にいるカンダタの上にひとすじのクモの糸がするすると垂れてくる。この糸をのぼっていけば地獄から抜け出せると思ったカンダタは手をうって喜んだ。
カンダタは糸を両手でしっかりつかみ、一生懸命にのぼっていく。ただし極楽はとても遠い場所にある。とうとうカンダタものぼる途中でくたびれてしまった。
下を見ると、自分のいた地獄の池はいつのまにか闇の底に隠れている。このままのぼっていけば地獄から抜け出すのもわけないとカンダタは思い、「しめた。しめた」と笑った。
ところがふと気づく。自分と一緒に地獄の池で浮いたり沈んだりしていた人たちがクモの糸の下のほうからアリの行列のように一心によじのぼってきていたのだ。
カンダタは驚いた。クモの糸は細く、自分一人だけでも切れそうだ。だからたくさんの人の重みに耐えることはできない。途中で切れたらせっかくのぼってきたカンダタ自身ももとの地獄へ真っ逆さまだ。
糸をのぼってくる人はどんどん増える。糸が切れるのを恐れたカンダタは大声で「このクモの糸はおれのものだぞ。おりろ。おりろ」とわめいた。
その途端、今までなんともなかった糸がカンダタのぶら下がっているところからぷつりと切れた。カンダタも闇の底に落ち、あとには短くなったクモの糸が細く光りながら垂れているばかりだった。
おしゃかさまは極楽からその一部始終を見ていた。自分ばかりが地獄から抜け出そうとしたためにカンダタはもとの地獄に落ちてしまった。それを見ておしゃかさまは悲しげな顔をした。ただ極楽のハスの池は少しも変わらずきれいなままだった。
――まあ、あらすじはこんな感じだけどこんしまちゃんたちが持ってきた実際の絵本はもっと平易に書かれているし、挿絵もふんわりとしたタッチである……ッ!
地の文を鹿出さんが担当した。ページをめくるのも鹿出さんだ。
カンダタのあとから糸をのぼってくる人たちとおしゃかさまのキャラクターボイスは筈井くんが引き受けた。
こんしまちゃんはカンダタの声優となった……!
とくに「しめた。しめた」とカンダタが笑うシーンに力が籠もっていた。
なんか言い慣れている感があったのだ……ッ!
クモの糸が切れてカンダタが地獄に落下するシーンでは、絵本にないセリフを挿入した。
「しまった~。急に糸が切れたのは、きっとおれが自分のことだけを考えてピーピーわめいちゃったせいだ~。もっとみんなに優しくすればよかった~」
かなりの説明ゼリフだし、糸が切れた瞬間にカンダタが自分の落っこちたわけを超速理解して改心するのは話の展開として無理があるが、ともかくこんしまちゃんは一生懸命だった……!
くものいとの絵本の読み聞かせが終わったあと、年長さんの子どもたち十五人と幼稚園の先生が「ありがとうございました~」と言って拍手してくれた。
でも子どもたちからこんな意見が出る。
「あの~、どうしてクモのいとなの~? ぼくだったら、もっとふといいとをたらすよ~」
「なるほど、確かに糸がもっと太かったら切れることなくカンダタも無事だったかもしれませんよね!」
鹿出さんが絵本のページをもう一度ひらいてにっこりする。
子どもの意見を否定せず、かつ言いたりなかった部分を補う感じで返したわけだ。
続いて別の子が口をひらく。
「このえほん、つづきあるよねっ。カンチャチャ、こんどこそたすかるよねっ」
「カンダタも反省しただろうし、またクモの糸がおりてきたらきっとのぼりきることができると思います」
筈井くんがしゃがみ、質問した子に笑顔を向ける。
ここで「続き? ないけど」とか「カンチャチャじゃなくてカンダタ」とか言う筈井くんではない……っ!
さらにまた別の子が身を乗り出す。
「すみませーん。なんかおはなしではカンダタだけがわるいってかんじですけど、わたしはそうはおもいませーん。おいつめられてたら、だれだってじぶんだけがたすかろうってかんがえになるのは、あたりまえですよねー。なのに、いっぽうてきにカンダタをわるものあつかいするのは、なっとくできませーん」
「しまった……なるほど……確かにそこまで考えたことなかった……」
こんしまちゃんが、なかばひとりごとのようにつぶやいた。
ついで穏やかで落ち着く声を出し、言葉を継ぐ。
「ホントですね……カンダタももともとは優しい人だったのかもしれません……どろぼうではあるけれど、クモを助けてあげた姿もカンダタの本当だったんでしょうね……」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
くものいとの絵本の読み聞かせが終わったあとは、子どもたちと自由に絵本を読み合う時間に入る。
あらかじめ幼稚園側が複数の絵本を用意してくれている。
そのなかから一人一人が好きな絵本を手に取ってページをめくるのだ。
現在、部屋の机はすみっこに寄せてある。
きれいなゆかの上で子どもたちは思い思いの絵本を読む。
お友達と一緒に読んでいる子もいれば、一人で黙々と読んでいる子もいる。
幼稚園の先生は十五人の子どもたち全員の様子を見守りながら、それぞれの子どもたち一人一人に優しく声をかけている。
こんしまちゃんたちも動く……っ!
鹿出さんは五人グループの子どもたちと共に、飛び出す絵本を楽しんでいる。
いもむしが冒険をくりひろげる絵本である。
五人の子どもたちから「まいおねえちゃん、これよんで~」と頼まれた鹿出さんは正座して本をひざに置いて立て、ページをめくっていく。
抑揚をつけながらの朗読なので臨場感がある。
鹿出さんは各場面に応じた口笛も吹いてみせた。いもむしが食虫植物につかまったときは緊迫感のある曲を流し、仲間が助けに来てくれたときは盛大な曲で盛り上げる。
それが気になったのか、いつのまにか新しく二人の子が五人グループに加わって七人グループとなり、鹿出さんのひらく絵本をじっと見ていた。
一方、筈井くんは二つのグループを順に見ている。
それぞれ三人ずつのグループだ。
片方のグループは、一冊の絵本を囲んで一緒に読み進めている。
ふしぎのくにのアリスの絵本だ。三人のうちの一人が筈井くんの右そでを引っ張り、「ウサギさんのやく、やって」と静かに言った。筈井くんはノリノリで、慌てた様子のウサギの役を演じた。
筈井くんの顔の表情も豊かに変化するので、かなりウケた。
とくに帽子屋とのお茶会の場面では、四人でわちゃわちゃ盛り上がった。
落ち着いたところで筈井くんはその三人にことわりを入れ、もう片方の三人グループの様子を見る。
そちらの三人は固まって座っているものの、それぞれ違う絵本を読んでいる。
さいゆうきの絵本と、ゲームのキャラクターをもとにした絵本と、全国放送されている特撮の絵本である。
さいゆうきを読んでいる子は、黙ったまま集中して読んでいた。ちょはっかいが仲間になるシーンでその子はガッツポーズを作った。そこで筈井くんは「よかったね……!」とそっと話しかけた。その子はうれしそうにうなずき、また黙読に入った。
ゲームの絵本を読んでいる子は、文字を声に出しつつページをめくっている。「ばしゅばしゅぅ!」とか「ずがががっ!」とか効果音も元気よく読み上げる。近くにいる二人が迷惑そうにしていないことから察するに、いつもこんな感じでほかのみんなも慣れているのだろう。そして敵の役をやってほしいと頼まれた筈井くんは、小さくポーズもとりながらその役を完璧にこなしてみせた。
特撮の絵本を読んでいる子は、筈井くんに「こいつ、しってる?」と言って絵本をゆかに置いた。写真に映った怪獣を指差す。筈井くんは、ちょうどその特撮作品を視聴していた。だから「僕も知ってる。強いしかっこいいよね!」とテンション高めに返した。そう言われた子は喜んで、「じゃ、こいつは? こいつは?」と興奮しながら絵本の写真を指差し続けた。筈井くんは間違うことなく、すべての怪獣の名前を言い当てた。
……まあこんなふうに、鹿出さんと筈井くんは子どもたちと交流していたわけだが。
残るこんしまちゃんは、なにをしているのか……?
ところで鹿出さんの読み聞かせを聞いている七人の子どもたちと筈井くんの見ている六人の子どもたちから離れて部屋のすみっこでみんなに背を向けてじっと座っている子が二人いるんだけど……どうやらその子たちは絵本を読んでいない様子。
うち一人は一方的にカンダタを悪者あつかいすることにツッコミを入れていた子である。幼稚園の先生が渡してくれた絵本も右横にどけている。
左隣のもう一人の子は絵本をどけているほうの子を気にかけているようで、「くうちゃん、よもうよ~」と話しかけている。
こんしまちゃんは、くうちゃんと呼ばれている子の右横の本を手に持ってかがんだ。
「いいかな……」
「よくないです」
くうちゃんは、ほおをふくらませた。
「わたしはよみませんって。えほんなんて、こどもっぽいでーす」
「だ、だめだよ。くうちゃん……」
左隣の子が、遠慮がちにくうちゃんのスモックを引っ張る。
「あむたちがこのおねえさんをむししたら、このおねえさん、ひとりになっちゃうよ……」
「え……」
くうちゃんが気まずそうに上半身をひねって部屋のなかを見回す。
七人の子に読み聞かせをしている鹿出さんと六人の子どもたちと順に話している筈井くんと、子どもたちみんなを優しく見守っている先生を目に入れたあと、ため息をつく。
「はあ~。しょうがないなあ~」
くうちゃんがこんしまちゃんと目を合わせ、ちょっと後ろに下がる。
「おねえさん、かわいそうだからわたしたちのなかまにいれてあげます」
「ありがとう……」
こんしまちゃんはくうちゃんの右隣に寄ってほほえんだ。
ちょって照れて、くうちゃんは口をとがらす。
「おれいは、あむちゃんにいってください」
「うん……ありがとね……」
くうちゃんをはさんで左隣にいるあむちゃんにこんしまちゃんが頭を下げる。
あむちゃんは顔を輝かせる。
「あむのこと、あむちゃんってよんでほしいなっ」
「分かった。あむちゃん……」
「うわーい」
あむちゃんが小さく両手を挙げて喜ぶ。ついでくうちゃんのスモックをまた引っ張る。
「そうだ。くうちゃん、くうちゃんのおなまえもこのおねえさんにおしえていい?」
「おしえるもなにも、もういっちゃってるし……」
くうちゃんが目をパチクリさせてこんしまちゃんを見る。
「わたしのこともなまえで、くうちゃんってよんでいいですよ」
「そう……くうちゃん」
こんしまちゃんがおっとりと笑う。
ここで、こんしまちゃんは思い出す。
幼稚園の子どもたちと交流する前に、こんしまちゃんたちは立合先生から「子どもたちと名前を呼び合うくらいならいいですが、線引きはしっかりしてください。連絡先や保護者の職業などの個人情報を聞くことおよび過度になれなれしくすることは絶対にNGです。当然ですが写真や動画の撮影もダメですし、今回のことをSNS等に書き込まないでください。子どもたちになにかものをあげたり、子どもたちからものをもらったりするのも禁止です。また、たとえ悪意がなくても子どもたちの身体的特徴や話し方などをからかったりしてはいけません」と聞いている。
自分はこれを守れているかなと思い、少し首をひねる。
そんなこんしまちゃんをあむちゃんがじっと見上げる。
「おねえさんのおなまえは、なんだっけ。こんちゃん?」
「こんしまみどり……」
「こんしまちゃんとみどりちゃん、どっちがすき?」
「こんしまちゃん……」
「じゃ、おねえさんこんしまちゃんだー」
あむちゃんが手をたたく。
ここでくうちゃんがこんしまちゃんにジト目を向ける。
「わたしもおねえさんのこと、こんしまちゃんってよんでいいですか」
「いいよ……」
「わかりました。ところでこんしまちゃん……きょうはよみきかせにきたんですよね。あむちゃんとわたしとはなしてばかりでいいんですかー」
「しまった……」
そう言って、手に持っている絵本をひらいた……っ!
「くうちゃん、あむちゃん……わたしの絵本の読み聞かせ、聞いてくれるかな……」
「まあ、きくだけなら」
「ききたい、ききたーい」
くうちゃんはクールだけど、あむちゃんはそわそわしている。
さらにくうちゃんが立ち上がる。
「こんしまちゃん。まんなかでよみきかせしてください」
「ありがとう……くうちゃん」
ちょっと移動し、こんしまちゃんのすぐ左隣にあむちゃんが、すぐ右隣にくうちゃんが位置する状態となる。
こんしまちゃんがひらいた絵本は「こいのたきのぼり」を題材にしていた。挿絵は色鉛筆でかかれており、主役である赤色のコイくんもとてもかわいらしい。
内容をざっくり言うと……。
激しく流れる滝をコイくんがのぼろうとしている。滝をのぼりきれば竜になれるからだ。竜になるためにコイくんは毎日がんばっている。
だけどコイくんは、何回チャレンジしても滝をのぼれない。一方、コイくんの友達のほかのコイたちは滝をのぼって次々に立派な竜になっていく。
竜になれば空も飛ぶことができる。コイくんの友達のみんなは竜になってからも空からコイくんを応援してくれた。だけど、それでもコイくんはずっとがんばっているのに滝をのぼれない。そのあいだも、あとから来たコイたちが滝をのぼりきってコイくんよりも先に竜になる。
そして、きょうもコイくんは滝をのぼろうとがんばっていた。友達の竜も近くの空を飛びながら声援を送っている。でも突然あたりが嵐になった。風はとても強く、立派な竜になった友達のみんなも滝の向こうに吹き飛ばされた。
このままじゃみんなが危ない! ぼくが助けるんだ! と意を決したコイくんが滝へと突っ込む。何回も失敗した。だけど友達のために一生懸命になっていつも以上の力を出したコイくんはついに滝をのぼりきった。
コイくんは、赤くて立派な竜になった。しかも、だれよりも大きくて力強い体の竜になった。毎日失敗し続けてもがんばっていたためコイくんの体は鍛えられていた。だから、だれよりもたくましい竜になることができたのだ。
強風が吹きすさぶ嵐のなかを、竜になったコイくんが飛ぶ。そして吹き飛ばされていた友達のみんなを見つけ、そのだれよりも大きな体をみんなに巻きつけた。おかげでみんなは嵐の向こうに飛ばされずにすんだ。
じきに嵐がやんだ。友達のみんなは、赤い竜になったコイくんに「ありがとう」と「おめでとう」を言った。コイくんは「ありがとう。でもみんながはげましてくれたおかげだよ」とちょっと照れくさそうに返した。
そして友達のみんなと一緒に、竜になったコイくんがどこかに飛んでいく。竜たちが空を泳ぐその姿は、七色の虹のようでもあった。
最後にコイくんは、今まで自分がのぼろうとしていた滝を見下ろす。竜になった今となっては、そんなに激しい流れに見えない。
でも滝をのぼろうとしている黒いコイがいる。黒いコイは、何回も失敗して自信をなくしかけていた。そんな黒いコイに、コイくんは声をかけようとした。
だけどその前に見慣れない白い竜が黒いコイの近くの空を飛んで「あきらめなければ、きみもぜったいにりゅうになれる。そしていっしょにそらをとぼう」と励ました。どうやら白い竜はコイだったときから黒いコイと友達であるようだ。黒いコイはその言葉を聞いて自信を取り戻し、再び一生懸命滝へとぶつかっていく。
それを見たコイくんはほほえんで、黒いコイに声をかけることなく静かに空の向こうに消えていった。
こんしまちゃんは読み聞かせを終え、目に涙をにじませた。
右隣のくうちゃんが、心配そうにあごを上げる。
「もしかしてこんしまちゃん、ないちゃったんですか」
「しまった……そうみたい」
右手の甲で目元をぬぐう、こんしまちゃん……。
左隣のあむちゃんが、こんしまちゃんの制服のスカートをつまむ。
「なかないで、こんしまちゃん……っ」
「だいじょうぶだよ、あむちゃん……ありがとう」
こんしまちゃんは目をパチパチさせたあと、穏やかな表情になった。
「あむちゃん、くうちゃん……読み聞かせ、楽しんでくれたかな……」
「よかったよー! コイくんがりゅうになれて、あむもうれしいっ」
あむちゃんが、頭をぶんぶん縦に振る。
一方、くうちゃんは目を泳がせる。
「えほんのないようは……ごつごつしゅぎにめをつぶれば、まあきゅうだいてんです」
文脈から察するに、ごつごつしゅぎとはご都合主義のことのようだ。
「でも、かんじんのよみきかせがダメダメですねー。やるきはみとめますけどー、ぜんたいてきにぼうよみだったといいますかー。くものいとのときもおもいましたが、もうひとりのおねえさんとおにいさんにくらべて、こんしまちゃんのよみきかせはへたぴっぴでーす」
「しまった……わたし、へたぴっぴだったんだね……」
肩を落とすこんしまちゃん……っ!
でもすぐに姿勢をただし、くうちゃんにほほえむ。
「言ってくれてありがとね……くうちゃん……」
「あ、あむは……っ」
そしてあむちゃんは、こんしまちゃんのスカートをまだいじっている。
「あむは、こんしまちゃんのよみきかせ、とってもじょうずだったとおもうよ……っ。くうちゃんだって、すなおになれないだけで、ほんとうは……っ」
「そう……あむちゃんも、ありがとう……」
こんしまちゃんはあむちゃんにも微笑を向けた。
このタイミングで幼稚園の先生が手をたたき、絵本を自由に読み合う時間が終わったことをみんなに知らせた。
あとは締めくくりとして子どもたち十五人の前で最後の読み聞かせをしてこんしまちゃんと筈井くんと鹿出さんは幼稚園から去ることになる。
絵本を回収してまわる先生に「こいのたきのぼり」の絵本を返すべくこんしまちゃんが立とうとする。
「じゃあね……くうちゃん、あむちゃん……」
名前を呼ぶときに、こんしまちゃんはきちんと相手の顔を見た。
「きょうは読み聞かせを聞いてくれてありがとう……楽しかったよ……」
「あむも、あむもたのしかった……っ。あむも、こんしまちゃんにありがとうっ」
こんしまちゃんのスカートから手を離し、あむちゃんが言った。
そして、くうちゃんはあくまでクールにこんしまちゃんを見上げる。
「みじかいあいだでしたが、ありがとうございました。こんしまちゃん。あと、へたぴっぴはいいすぎました、ごめんなさい」
「だいじょうぶ……気にしてないよ、くうちゃん……」
優しく静かにそう返して、こんしまちゃんはすっくと立った。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
さて鹿出さんと筈井くんとこんしまちゃんは再び十五人の子どもたちの前に立ち、最後の絵本の読み聞かせをおこなう。
新美南吉の「てぶくろをかいに」に挿絵をつけた絵本だ。
地の文のナレーションは、筈井くんが担当した。
お母さんギツネと帽子屋さんと人間のお母さんの声は、鹿出さんが引き受けた。
子どものキツネと人間の子どもの声は、こんしまちゃんが務めた。
筈井くんが、太くて聞き心地のいい声を響かせる。鹿出さんが、優しく美しくおっとりとした声を出す。
やや棒読みっぽくはあるが、こんしまちゃんが穏やかで落ち着く声を発する。
で、帽子屋さんに手を差し出すシーンに入る。
お母さんギツネは子ギツネが無事に手袋を買えるよう片方の手を人間の手に変えてくれていたけれど、子ギツネは帽子屋さんの戸の隙間から伸びた光にめんくらってキツネの手のほうを差し出してしまった。
このときこんしまちゃんは口にした。
「しまった……」
これがうっかりの結果なのか、あるいはねらったアドリブなのかは分からない。
でも子どもたちの多くが、その言葉につられて小さく笑ってしまった。
あむちゃんも、そうだった。
あむちゃんの左隣に座っているくうちゃんも、クスリとほほえんだ。
最後、子ギツネが手袋のはまった両手をパンパンやるところで、こんしまちゃんは実際に手をたたいた。
それを聞いたときも、子どもたちは喜んでくれた。
こっちのほうに関しては、こんしまちゃんは「しまった」と言わなかった。
てぶくろをかいにの絵本を読み終えたあと、こんしまちゃんたちは別れのあいさつを述べた。
十五人の子どもたちは、「おにいさん、おねえさん、ありがとうございました」と元気よく返してくれた。最初の「よろしくおねがいします」よりも元気がよかった。
こうして、幼稚園の子どもたちとの交流は無事に幕を閉じた。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:六回(累計百十四回)
次回「第二十九週 トナカイ落札ゲームに興じてしまった!(水・木曜日)」に続く!(更新は十二月二十六日金曜日午後七時ごろ)
評価やブクマ等も大変励みになります。
しかし「蜘蛛の糸」も「手袋を買いに」も久しぶりに読みましたが、どちらも本当に描写もプロットも何もかも素晴らしすぎるな~と思いました。




