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第二十八週 読み聞かせをしてしまった!(火曜日)

 彼女(かのじょ)の名前は紺島(こんしま)みどり。

 ウェーブのかかったくせ()を持つ女の子。現在、高校一年生(いちねんせい)


 紺島(こんしま)みどりは一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)は「しまった」と言う筋金(すじがね)()りの「今週のしまったちゃん」だが――。


 そんなに致命的(ちめいてき)なミスをする人でもなく、意外と(たよ)りがいがある……ッ!

 ……かもしれない。


 あるいは見方によってはこんしまちゃんも立派(りっぱ)なお姉さんなのやもしれぬ……っ!

 たぶんっ!


 というわけで今回はこんしまちゃんが子どもたちの前でがんばる話だ。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 冬休みも近い火曜日の午前。

 こんしまちゃんは幼稚園(ようちえん)を訪問した……っ!


 高校の授業で附属(ふぞく)幼稚園の子どもたちと交流することになったからだ。

 おこなうのは、定番どおり絵本の読み聞かせ。ただしクラス全員で一気(いっき)()しかけるわけにもいかないので、二十八名のクラスは七チームに分かれた。自分の属するチームの仲間と共に読み聞かせをするのである……ッ!


 こんしまちゃんのチームは、飯吉(いいよし)(かのえ)くん、紺島(こんしま)みどり、筈井(はずい)友春(ともはる)くん、鹿出(ろくで)(まい)さんの四名。


 でも当日、飯吉(いいよし)くんは来なかった。

 よって実質三名のチームとなる。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 今回こんしまちゃんと組むことになった二人(ふたり)には独特の存在感がある。

 筈井(はずい)くんは太い首を持つ男の子で、鹿出(ろくで)さんは(かみ)をセンターパートに分けている女の子だ。二人とも堂々としており、自分だけのオーラを持っている感じがする。


 そんな二人(ふたり)一緒(いっしょ)にこんしまちゃんは高校から出て附属幼稚園に向かった。

 クラス担任の立合(たちあい)先生も同行している。


 附属幼稚園は高校のすぐ近くにある。徒歩(とほ)三分(さんぷん)程度の距離(きょり)だ……!


 そして幼稚園の門の前では園長先生が待っていた。こんしまちゃんたちは立合先生と共にあいさつしたあと敷地(しきち)内に入る。

 昇降口(しょうこうぐち)(くつ)()ぐ。こんしまちゃんの通う高校は土足オーケーだけど、附属幼稚園では上履(うわば)きが必要なのだ。


 こんしまちゃんたちは園長先生についていき、二階(にかい)()がった。その廊下(ろうか)の右手(おく)の部屋に(はい)る。


 室内では、薄紫(うすむらさき)のスモック姿の子どもたちが待っていた。

 年長さんの組である。十五人いる。みんなラクな姿勢で、きれいなゆかに(こし)を下ろしている。


 園長先生が子どもたちに言う。


「きょうは高校生のお兄さんとお姉さんが遊びに来てくれました! 絵本の読み聞かせをしてくれるそうですよ!」

「えー、たのしみー!」


 みんなが(さわ)ぐなか……。

 こんしまちゃんたちが子どもたちにあいさつする。


紺島(こんしま)みどりです。きょうはよろしくお願いします……」

鹿出(ろくで)(まい)です。みんな、よろしくね」

筈井(はずい)友春(ともはる)です。きょうはみんなと会えてうれしいです」


 対する子どもたちも「よろしくおねがいします」とあいさつを返してくれた。

 ここで園長先生と立合(たちあい)先生が部屋から出ていく。


 そしてこの組を担当している幼稚園の先生が子どもたちの前に立って言う。


「じゃあみんな~。紺島(こんしま)お姉さんと鹿出(ろくで)お姉さんと筈井(はずい)お兄さんがこれから絵本の読み聞かせをしてくれますから、静かにして聞きましょうね~」

「はーい!」


 元気よく子どもたちが返事をする。

 そのあいだにこんしまちゃんたち三人は、持ってきた絵本をカバンから取り出す。


 ここからは「一、子どもたち全員の前で読み聞かせをする」「二、子どもたちと自由に絵本を読み合う」「三、()めくくりとして別の絵本で最後の読み聞かせをおこなう」という流れになる。


 こんしまちゃんたちが持ってきた絵本は「くものいと」である。

 芥川(あくたがわ)龍之介(りゅうのすけ)の作品を小さな子ども向けにアレンジしたものだ。


 なお事前に幼稚園(がわ)に確認し、この絵本を読み聞かせていいという許可は得ている。


 以下あらすじ……ッ!



 おしゃかさまが極楽(ごくらく)のきれいなハスの池から地獄(じごく)をのぞくと、どろぼうのカンダタがほかの人と一緒(いっしょ)に地獄の池で()いたり(しず)んだりしている。

 でもカンダタはかつて林のなかでクモを()みつぶさずに助けてあげたことがある。だからおしゃかさまもカンダタを助けてあげたいと思い、極楽から地獄へと銀色のクモの糸を下ろした。


 地獄の池にいるカンダタの上にひとすじのクモの糸がするすると垂れてくる。この糸をのぼっていけば地獄から()け出せると思ったカンダタは手をうって喜んだ。

 カンダタは糸を両手でしっかりつかみ、一生懸命(いっしょうけんめい)にのぼっていく。ただし極楽はとても遠い場所にある。とうとうカンダタものぼる途中(とちゅう)でくたびれてしまった。


 (した)を見ると、自分のいた地獄の池はいつのまにか(やみ)の底に(かく)れている。このままのぼっていけば地獄から抜け出すのもわけないとカンダタは思い、「しめた。しめた」と笑った。

 ところがふと気づく。自分と一緒に地獄の池で浮いたり沈んだりしていた人たちがクモの糸の下のほうからアリの行列のように一心(いっしん)によじのぼってきていたのだ。


 カンダタは(おどろ)いた。クモの糸は細く、自分一人(ひとり)だけでも切れそうだ。だからたくさんの人の重みに()えることはできない。途中で切れたらせっかくのぼってきたカンダタ自身ももとの地獄へ真っ逆さまだ。

 糸をのぼってくる人はどんどん増える。糸が切れるのを(おそ)れたカンダタは大声で「このクモの糸はおれのものだぞ。おりろ。おりろ」とわめいた。


 その途端(とたん)、今までなんともなかった糸がカンダタのぶら()がっているところからぷつりと切れた。カンダタも闇の底に落ち、あとには短くなったクモの糸が細く光りながら垂れているばかりだった。

 おしゃかさまは極楽からその一部始終(いちぶしじゅう)を見ていた。自分ばかりが地獄から抜け出そうとしたためにカンダタはもとの地獄に落ちてしまった。それを見ておしゃかさまは悲しげな顔をした。ただ極楽のハスの池は少しも変わらずきれいなままだった。



 ――まあ、あらすじはこんな感じだけどこんしまちゃんたちが持ってきた実際の絵本はもっと平易(へいい)に書かれているし、挿絵(さしえ)もふんわりとしたタッチである……ッ!


 ()の文を鹿出(ろくで)さんが担当した。ページをめくるのも鹿出さんだ。

 カンダタのあとから糸をのぼってくる人たちとおしゃかさまのキャラクターボイスは筈井(はずい)くんが引き受けた。

 こんしまちゃんはカンダタの声優となった……!


 とくに「しめた。しめた」とカンダタが笑うシーンに(ちから)()もっていた。

 なんか言い慣れている感があったのだ……ッ!


 クモの糸が切れてカンダタが地獄に落下するシーンでは、絵本にないセリフを挿入(そうにゅう)した。


「しまった~。急に糸が切れたのは、きっとおれが自分のことだけを考えてピーピーわめいちゃったせいだ~。もっとみんなに(やさ)しくすればよかった~」


 かなりの説明ゼリフだし、糸が切れた瞬間(しゅんかん)にカンダタが自分の落っこちたわけを超速(ちょうそく)理解して改心するのは話の展開として無理があるが、ともかくこんしまちゃんは一生懸命だった……!


 くものいとの絵本の読み聞かせが終わったあと、年長さんの子どもたち十五人と幼稚園の先生が「ありがとうございました~」と言って拍手(はくしゅ)してくれた。


 でも子どもたちからこんな意見が出る。


「あの~、どうしてクモのいとなの~? ぼくだったら、もっとふとい()()をたらすよ~」

「なるほど、確かに糸がもっと太かったら切れることなくカンダタも無事だったかもしれませんよね!」


 鹿出(ろくで)さんが絵本のページをもう一度(いちど)ひらいてにっこりする。

 子どもの意見を否定せず、かつ言いたりなかった部分を(おぎな)う感じで返したわけだ。


 続いて別の子が(くち)をひらく。


「このえほん、つづきあるよねっ。カンチャチャ、こんどこそたすかるよねっ」

「カンダタも反省しただろうし、またクモの糸がおりてきたら()()()のぼりきることができると思います」


 筈井(はずい)くんがしゃがみ、質問した子に笑顔(えがお)を向ける。

 ここで「続き? ないけど」とか「カンチャチャじゃなくてカンダタ」とか言う筈井くんではない……っ!


 さらにまた別の子が身を乗り出す。


「すみませーん。なんかおはなしではカンダタだけがわるいってかんじですけど、わたしは()()()おもいませーん。おいつめられてたら、だれだってじぶんだけが()()()()()()()かんがえになるのは、あたりまえですよねー。なのに、いっぽうてきにカンダタをわるものあつかいするのは、なっとくできませーん」

「しまった……なるほど……確かにそこまで考えたことなかった……」


 こんしまちゃんが、なかば()()()()()()()()()つぶやいた。

 ついで(おだ)やかで落ち着く声を出し、言葉を()ぐ。


「ホントですね……カンダタも()()()()()(やさ)しい人だったのかもしれません……どろぼうではあるけれど、クモを助けてあげた姿もカンダタの本当だったんでしょうね……」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 くものいとの絵本の読み聞かせが終わったあとは、子どもたちと自由に絵本を読み合う時間に(はい)る。


 あらかじめ幼稚園(がわ)が複数の絵本を用意してくれている。

 そのなかから一人(ひとり)一人が好きな絵本を手に取ってページをめくるのだ。


 現在、部屋の(つくえ)はすみっこに寄せてある。

 きれいなゆかの上で子どもたちは思い思いの絵本を読む。


 お友達と一緒(いっしょ)に読んでいる子もいれば、一人で黙々(もくもく)と読んでいる子もいる。


 幼稚園の先生は十五人の子どもたち全員の様子を見守りながら、それぞれの子どもたち一人一人に(やさ)しく声をかけている。


 こんしまちゃんたちも動く……っ!


 鹿出(ろくで)さんは五人グループの子どもたちと共に、飛び出す絵本を(たの)しんでいる。

 いもむしが冒険(ぼうけん)をくりひろげる絵本である。

 五人の子どもたちから「まいおねえちゃん、これよんで~」と(たの)まれた鹿出さんは正座して本をひざに置いて立て、ページをめくっていく。


 抑揚(よくよう)をつけながらの朗読(ろうどく)なので臨場感(りんじょうかん)がある。

 鹿出さんは各場面に応じた口笛(くちぶえ)()いてみせた。いもむしが食虫植物につかまったときは緊迫感(きんぱくかん)のある曲を流し、仲間が助けに来てくれたときは盛大な曲で()り上げる。

 それが気になったのか、いつのまにか新しく二人の子が五人グループに加わって七人グループとなり、鹿出さんのひらく絵本をじっと見ていた。


 一方(いっぽう)筈井(はずい)くんは(ふた)つのグループを順に見ている。

 それぞれ三人ずつのグループだ。


 片方のグループは、一冊(いっさつ)の絵本を囲んで一緒に読み進めている。

 ふしぎのくにのアリスの絵本だ。三人のうちの一人が筈井くんの右そでを引っ張り、「ウサギさんのやく、やって」と静かに言った。筈井くんはノリノリで、(あわ)てた様子のウサギの役を演じた。

 筈井くんの顔の表情も豊かに変化(へんか)するので、かなりウケた。

 とくに帽子屋(ぼうしや)とのお茶会の場面では、四人でわちゃわちゃ盛り上がった。


 落ち着いたところで筈井(はずい)くんはその三人にことわりを()れ、もう片方の三人グループの様子を見る。

 そちらの三人は固まって(すわ)っているものの、それぞれ(ちが)う絵本を読んでいる。

 さいゆうきの絵本と、ゲームのキャラクターをもとにした絵本と、全国放送されている特撮(とくさつ)の絵本である。


 さいゆうきを読んでいる子は、(だま)ったまま集中して読んでいた。ちょはっかいが仲間になるシーンでその子はガッツポーズを作った。そこで筈井くんは「よかったね……!」とそっと(はな)しかけた。その子はうれしそうにうなずき、また黙読(もくどく)(はい)った。


 ゲームの絵本を読んでいる子は、文字を声に出しつつページをめくっている。「ばしゅばしゅぅ!」とか「ずがががっ!」とか効果音も元気よく読み上げる。近くにいる二人(ふたり)迷惑(めいわく)そうにしていないことから察するに、いつもこんな感じでほかのみんなも慣れているのだろう。そして(てき)の役をやってほしいと(たの)まれた筈井くんは、小さくポーズもとりながらその役を完璧(かんぺき)にこなしてみせた。


 特撮の絵本を読んでいる子は、筈井くんに「こいつ、しってる?」と言って絵本をゆかに置いた。写真に映った怪獣(かいじゅう)を指差す。筈井くんは、ちょうどその特撮作品を視聴していた。だから「(ぼく)も知ってる。強いしかっこいいよね!」とテンション高めに返した。そう言われた子は喜んで、「じゃ、こいつは? こいつは?」と興奮(こうふん)しながら絵本の写真を指差し続けた。筈井くんは間違(まちが)うことなく、すべての怪獣の名前を言い当てた。


 ……まあこんなふうに、鹿出(ろくで)さんと筈井(はずい)くんは子どもたちと交流していたわけだが。

 残るこんしまちゃんは、なにをしているのか……?


 ところで鹿出さんの読み聞かせを聞いている七人の子どもたちと筈井くんの見ている六人の子どもたちから(はな)れて部屋のすみっこでみんなに()を向けてじっと座っている子が二人いるんだけど……どうやらその子たちは絵本を読んでいない様子。


 うち一人(ひとり)一方的(いっぽうてき)にカンダタを悪者あつかいすることにツッコミを()れていた子である。幼稚園の先生が(わた)してくれた絵本も右横にどけている。

 左隣(ひだりどなり)のもう一人(ひとり)の子は絵本をどけているほうの子を気にかけているようで、「くうちゃん、よもうよ~」と(はな)しかけている。


 こんしまちゃんは、くうちゃんと呼ばれている子の右横の本を手に持ってかがんだ。


「いいかな……」

「よくないです」


 くうちゃんは、ほおをふくらませた。


「わたしはよみませんって。えほんなんて、こどもっぽいでーす」

「だ、だめだよ。くうちゃん……」


 左隣の子が、遠慮(えんりょ)がちにくうちゃんのスモックを引っ張る。


「あむたちが()()()()()()()をむししたら、このおねえさん、ひとりになっちゃうよ……」

「え……」


 くうちゃんが気まずそうに上半身(じょうはんしん)をひねって部屋のなかを見回す。

 七人の子に読み聞かせをしている鹿出(ろくで)さんと六人の子どもたちと順に(はな)している筈井(はずい)くんと、子どもたちみんなを(やさ)しく見守っている先生を目に()れたあと、ため息をつく。


「はあ~。しょうがないなあ~」


 くうちゃんがこんしまちゃんと目を合わせ、ちょっと後ろに()がる。


「おねえさん、かわいそうだから()()()()()()なかまにいれてあげます」

「ありがとう……」


 こんしまちゃんはくうちゃんの右隣(みぎどなり)に寄ってほほえんだ。

 ちょって照れて、くうちゃんは(くち)をとがらす。


「おれいは、()()()()()()いってください」

「うん……ありがとね……」


 くうちゃんをはさんで左隣にいるあむちゃんにこんしまちゃんが頭を下げる。

 あむちゃんは顔を(かがや)かせる。


「あむのこと、あむちゃんってよんでほしいなっ」

「分かった。あむちゃん……」

「うわーい」


 あむちゃんが小さく両手を挙げて喜ぶ。ついでくうちゃんのスモックをまた引っ張る。


「そうだ。くうちゃん、くうちゃんのおなまえも()()()()()()()()おしえていい?」

「おしえるもなにも、もういっちゃってるし……」


 くうちゃんが目をパチクリさせてこんしまちゃんを見る。


「わたしのこともなまえで、くうちゃんってよんでいいですよ」

「そう……くうちゃん」


 こんしまちゃんがおっとりと笑う。


 ここで、こんしまちゃんは思い出す。

 幼稚園の子どもたちと交流する前に、こんしまちゃんたちは立合(たちあい)先生から「子どもたちと名前を呼び合うくらいならいいですが、線引きはしっかりしてください。連絡先(れんらくさき)や保護者の職業などの個人情報を聞くことおよび過度になれなれしくすることは絶対にNGです。当然ですが写真や動画の撮影(さつえい)もダメですし、今回のことをSNS(とう)に書き()まないでください。子どもたちになにか()()をあげたり、子どもたちから()()をもらったりするのも禁止です。また、たとえ悪意がなくても子どもたちの身体的特徴(とくちょう)(はな)し方などをからかったりしてはいけません」と聞いている。

 自分はこれを守れているかなと思い、少し首をひねる。


 そんなこんしまちゃんをあむちゃんがじっと見上げる。


「おねえさんのおなまえは、なんだっけ。こんちゃん?」

「こんしまみどり……」

「こんしまちゃんとみどりちゃん、どっちがすき?」

「こんしまちゃん……」

「じゃ、おねえさんこんしまちゃんだー」


 あむちゃんが手をたたく。

 ここでくうちゃんがこんしまちゃんにジト目を向ける。


「わたしもおねえさんのこと、こんしまちゃんってよんでいいですか」

「いいよ……」

「わかりました。ところでこんしまちゃん……きょうは()()()()()()きたんですよね。あむちゃんとわたしと()()()()ばかりでいいんですかー」

「しまった……」


 そう言って、手に持っている絵本をひらいた……っ!


「くうちゃん、あむちゃん……わたしの絵本の読み聞かせ、聞いてくれるかな……」

「まあ、きくだけなら」

「ききたい、ききたーい」


 くうちゃんはクールだけど、あむちゃんはそわそわしている。

 さらにくうちゃんが立ち()がる。


「こんしまちゃん。まんなかで()()()()()してください」

「ありがとう……くうちゃん」


 ちょっと移動し、こんしまちゃんのすぐ左隣にあむちゃんが、すぐ右隣にくうちゃんが位置する状態となる。

 こんしまちゃんがひらいた絵本は「こいのたきのぼり」を題材にしていた。挿絵(さしえ)色鉛筆(いろえんぴつ)でかかれており、主役である赤色のコイくんも()()()かわいらしい。


 内容をざっくり言うと……。



 激しく流れる(たき)をコイくんがのぼろうとしている。滝をのぼりきれば(りゅう)になれるからだ。竜になるためにコイくんは毎日がんばっている。

 だけどコイくんは、何回チャレンジしても滝をのぼれない。一方(いっぽう)、コイくんの友達のほかのコイたちは滝をのぼって次々に立派(りっぱ)な竜になっていく。


 竜になれば(そら)も飛ぶことができる。コイくんの友達のみんなは竜になってからも空からコイくんを応援(おうえん)してくれた。だけど、それでもコイくんはずっとがんばっているのに滝をのぼれない。そのあいだも、あとから来たコイたちが滝をのぼりきってコイくんよりも先に竜になる。


 そして、きょうもコイくんは滝をのぼろうとがんばっていた。友達の竜も近くの空を飛びながら声援(せいえん)を送っている。でも突然(とつぜん)あたりが(あらし)になった。風はとても強く、立派な竜になった友達のみんなも滝の向こうに()き飛ばされた。

 このままじゃみんなが危ない! ぼくが助けるんだ! と意を決したコイくんが滝へと()()む。何回も失敗した。だけど友達のために一生懸命になっていつも以上の(ちから)を出したコイくんはついに滝をのぼりきった。


 コイくんは、赤くて立派な竜になった。しかも、だれよりも大きくて力強い体の竜になった。毎日失敗し続けてもがんばっていたためコイくんの体は(きた)えられていた。だから、だれよりもたくましい竜になることができたのだ。

 強風が吹きすさぶ嵐のなかを、竜になったコイくんが飛ぶ。そして吹き飛ばされていた友達のみんなを見つけ、そのだれよりも大きな体をみんなに巻きつけた。おかげでみんなは嵐の向こうに飛ばされずにすんだ。


 じきに嵐がやんだ。友達のみんなは、赤い竜になったコイくんに「ありがとう」と「おめでとう」を言った。コイくんは「ありがとう。でもみんなが()()()()()()()()おかげだよ」とちょっと照れくさそうに返した。

 そして友達のみんなと一緒(いっしょ)に、竜になったコイくんがどこかに飛んでいく。竜たちが空を泳ぐその姿は、七色の(にじ)のようでもあった。


 最後にコイくんは、今まで自分がのぼろうとしていた滝を見下(みお)ろす。竜になった今となっては、そんなに激しい流れに見えない。

 でも滝をのぼろうとしている黒いコイがいる。黒いコイは、何回も失敗して自信をなくしかけていた。そんな黒いコイに、コイくんは声をかけようとした。


 だけどその前に見慣れない白い竜が黒いコイの近くの空を飛んで「あきらめなければ、きみもぜったいにりゅうになれる。そしていっしょにそらをとぼう」と(はげ)ました。どうやら白い竜はコイだったときから黒いコイと友達であるようだ。黒いコイはその言葉を聞いて自信を取り(もど)し、再び一生懸命(いっしょうけんめい)滝へとぶつかっていく。

 それを見たコイくんはほほえんで、黒いコイに声をかけることなく静かに空の向こうに消えていった。



 こんしまちゃんは読み聞かせを終え、目に(なみだ)をにじませた。

 右隣のくうちゃんが、心配そうにあごを上げる。


「もしかしてこんしまちゃん、ないちゃったんですか」

「しまった……そうみたい」


 右手の(こう)で目元をぬぐう、こんしまちゃん……。

 左隣のあむちゃんが、こんしまちゃんの制服のスカートをつまむ。


「なかないで、こんしまちゃん……っ」

「だいじょうぶだよ、あむちゃん……ありがとう」


 こんしまちゃんは目をパチパチさせたあと、(おだ)やかな表情になった。


「あむちゃん、くうちゃん……読み聞かせ、(たの)しんでくれたかな……」

「よかったよー! コイくんがりゅうになれて、あむもうれしいっ」


 あむちゃんが、頭をぶんぶん(たて)()る。

 一方、くうちゃんは目を泳がせる。


「えほんのないようは……()()()()()()()にめをつぶれば、まあきゅうだいてんです」


 文脈から察するに、ごつごつしゅぎとはご都合主義のことのようだ。


「でも、かんじんのよみきかせがダメダメですねー。やるきはみとめますけどー、ぜんたいてきに()()()()だったといいますかー。()()()()()のときもおもいましたが、もうひとりのおねえさんとおにいさんにくらべて、こんしまちゃんのよみきかせはへたぴっぴでーす」

「しまった……わたし、へたぴっぴだったんだね……」


 (かた)を落とすこんしまちゃん……っ!

 でもすぐに姿勢をただし、くうちゃんにほほえむ。


「言ってくれてありがとね……くうちゃん……」

「あ、あむは……っ」


 そしてあむちゃんは、こんしまちゃんのスカートをまだいじっている。


「あむは、こんしまちゃんのよみきかせ、とってもじょうずだったとおもうよ……っ。くうちゃんだって、すなおになれないだけで、ほんとうは……っ」

「そう……あむちゃんも、ありがとう……」


 こんしまちゃんはあむちゃんにも微笑(びしょう)を向けた。

 このタイミングで幼稚園の先生が手をたたき、絵本を自由に読み合う時間が終わったことをみんなに知らせた。


 あとは()めくくりとして子どもたち十五人の前で最後の読み聞かせをしてこんしまちゃんと筈井(はずい)くんと鹿出(ろくで)さんは幼稚園から去ることになる。


 絵本を回収してまわる先生に「こいのたきのぼり」の絵本を返すべくこんしまちゃんが立とうとする。


「じゃあね……くうちゃん、あむちゃん……」


 名前を呼ぶときに、こんしまちゃんはきちんと相手の顔を見た。


「きょうは読み聞かせを聞いてくれてありがとう……楽しかったよ……」

「あむも、あむもたのしかった……っ。あむも、こんしまちゃんにありがとうっ」


 こんしまちゃんのスカートから手を(はな)し、あむちゃんが言った。

 そして、くうちゃんはあくまでクールにこんしまちゃんを見上げる。


「みじかいあいだでしたが、ありがとうございました。こんしまちゃん。あと、へたぴっぴはいいすぎました、ごめんなさい」

「だいじょうぶ……気にしてないよ、くうちゃん……」


 (やさ)しく静かにそう返して、こんしまちゃんはすっくと立った。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 さて鹿出(ろくで)さんと筈井(はずい)くんとこんしまちゃんは再び十五人の子どもたちの前に立ち、最後の絵本の読み聞かせをおこなう。


 新美(にいみ)南吉(なんきち)の「てぶくろをかいに」に挿絵(さしえ)をつけた絵本だ。


 地の文のナレーションは、筈井くんが担当した。

 お母さんギツネと帽子屋さんと人間のお母さんの声は、鹿出さんが引き受けた。

 子どものキツネと人間の子どもの声は、こんしまちゃんが務めた。


 筈井くんが、太くて聞き心地(ごこち)のいい声を(ひび)かせる。鹿出さんが、優しく美しくおっとりとした声を出す。


 やや棒読みっぽくはあるが、こんしまちゃんが(おだ)やかで落ち着く声を発する。

 で、帽子屋さんに手を差し出すシーンに入る。

 お母さんギツネは子ギツネが無事に手袋(てぶくろ)を買えるよう片方の手を人間の手に変えてくれていたけれど、子ギツネは帽子屋さんの戸の隙間(すきま)から()びた光にめんくらってキツネの手のほうを差し出してしまった。


 このときこんしまちゃんは(くち)にした。


「しまった……」


 これがうっかりの結果なのか、あるいはねらったアドリブなのかは分からない。

 でも子どもたちの多くが、その言葉につられて小さく笑ってしまった。


 あむちゃんも、そうだった。

 あむちゃんの左隣に座っているくうちゃんも、クスリとほほえんだ。


 最後、子ギツネが手袋のはまった両手をパンパンやるところで、こんしまちゃんは実際に手をたたいた。


 それを聞いたときも、子どもたちは喜んでくれた。

 こっちのほうに関しては、こんしまちゃんは「しまった」と言わなかった。


 てぶくろをかいにの絵本を読み終えたあと、こんしまちゃんたちは別れのあいさつを述べた。

 十五人の子どもたちは、「おにいさん、おねえさん、ありがとうございました」と元気よく返してくれた。最初の「よろしくおねがいします」よりも元気がよかった。



 こうして、幼稚園の子どもたちとの交流は無事に幕を閉じた。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:六回(累計(るいけい)百十四回)

次回「第二十九週 トナカイ落札ゲームに興じてしまった!(水・木曜日)」に続く!(更新は十二月二十六日金曜日午後七時ごろ)

評価やブクマ等も大変励みになります。


しかし「蜘蛛の糸」も「手袋を買いに」も久しぶりに読みましたが、どちらも本当に描写もプロットも何もかも素晴らしすぎるな~と思いました。

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