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第二十四週 適度な距離を保ってしまった!(火曜日)

 紺島(こんしま)みどり――こんしまちゃんには好きな人がいるわけだけど、直接その気持ちを相手に伝えたことはない。


 ことわられるのが(こわ)いとか、そういうことじゃなくて……自分には相手に告白する資格があるのかという話だ。

 自分はその人のことが好きだ。でも自分自身はその人のために()()()したのか、努力したのか、なにを差し出せるのか? そんな自問が頭に飛び()う……!


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 火曜日の昼休み。

 こんしまちゃんはクラスメイトの菖蒲(しょうぶ)佳代子(かよこ)さん――アヤメと一緒(いっしょ)に学校の中庭のベンチに(すわ)っていた。


「――えっ、こんしまちゃん。このあいだの土曜日に鵜狩(うかり)くんの(いえ)()ったの……?」


 アヤメが、右隣(みぎどなり)のこんしまちゃんに顔を近づける。

 いつもは前髪(まえがみ)(かく)れて見えづらい表情が、こんしまちゃんの視界をおおう……ッ!


「わたしはメチャクチャ聞きたい。こんしまちゃんが鵜狩(うかり)くんの家を(おとず)れることになった経緯(けいい)とか、鵜狩くんちがどこにあるのかとか。……でも聞かない」

「アヤメちゃん……」

「そういうの、鵜狩くん本人のあずかり知らないところで聞くべきじゃないと思うから」


 アヤメはつぶやき、こんしまちゃんから顔を(はな)す。


「ただ、(ひと)つだけ知りたい。こんしまちゃんは鵜狩(うかり)くんと付き合うことになったの? (いえ)()ったんだったら、そのくらいの関係性になっていても()()()()()()と思うけど」

「いいや……」


 こんしまちゃんが、ゆっくりとかぶりを()る。


「家におじゃましたのは本当。でも付き合うことには()()()()()よ……」

「そ、そうなんだ」


 目を泳がせて、アヤメが続ける。


「ところで……ライバルのわたしが言っていいのか分からないんだけど、こんしまちゃんって鵜狩(うかり)くんに告白とかしないの?」

「まだ、できない」


 ちょっと背中を後ろにかたむける、こんしまちゃん……っ!


「今、言うと……鵜狩(うかり)くんが困っちゃうと思うから……」

「鵜狩くんは、(いや)がらないんじゃない?」

「うん……。といってもわたし、鵜狩くんになにか特別なことをしてあげたことがあるのかな……って考えちゃう」


 ウェーブのかかったくせ()を、小さくかき上げる。


「わたしは……転んでばかりだった小学生のわたしをずっと真剣(しんけん)に受けとめてくれた鵜狩(うかり)くんが大好き……。高校生になってまた会えたあとも(やさ)しくて……忍者(にんじゃ)みたいに(たよ)りになる人で……一緒(いっしょ)にいて安心する……。料理が上手(じょうず)なところも……少しツリ目であごがシュッとしているところも素敵(すてき)だよ……」


「だったらコクればいいんじゃ?」

「そう……わたしには鵜狩くんを好きになる理由がある……。だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」


 こんしまちゃんが両手をひざに置き、うつむく。


「わたしは鵜狩(うかり)くんのために、なにかしてあげたい。でも今は、なにもできてない……。それなのに『好きだから付き合って』って言うのは……あまりに一方的(いっぽうてき)じゃないかなあ……」

「……分かる。こんしまちゃん、アヤメにも分かるよ」


 思わずアヤメが昔の一人称(いちにんしょう)を使いながら、しんみりとした声を出す。


「アヤメも小四のころ、鵜狩(うかり)くんがきっかけでこんしまちゃんとも友達になれた……。今、思うと……わたし、すでにそのころからクラスで()き始めていたような気がする。だから余計に、鵜狩くんのことを意識するようになったと思う。わたしも鵜狩くんのすべてが好き」


 アヤメが両手で、長い(かみ)をくしけずる。


「でもやっぱり鵜狩くんには、わたしを恋愛的(れんあいてき)に好きになる理由がない。一緒(いっしょ)に遊んでいたわけだから友達としては意識される。だけどそれ以上の感情をいだく必然性がないんだよ……。困っている鵜狩くんを助けたとか、そういうエピソードの(ひと)つもないんだから。それなのに告白したり『好意を察して』とか思ったりするのは……自分勝手なのかもね」


 ここで、ふうと軽くため息をつくアヤメ……。

 さびしく、こんしまちゃんに笑いかける。


「鵜狩くんって、()()()()()()()(なや)みとか困っていることとか――そういうのを解決して距離(きょり)を縮めるっていうのが恋愛の王道なんだろうけどさ。きっかけがないと、ずっと友達として適度な距離感を(たも)つばかり」

「……かも、しれないね。アヤメちゃん……」


「どうせなら鵜狩くんがもっと悩める男の子だったらなあって、そんなイヤなことを願っちゃうよ」

「だったら……」


 うつむくのをやめ、こんしまちゃんが上目(うわめ)づかいでアヤメを見る。


「本人に直接、聞いてみよう……」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 というわけで、放課後。

 こんしまちゃんとアヤメは、鵜狩(うかり)くんを中庭のベンチまで連れてきた……!


「今から(はな)したいことがあるの……いいかな」


 ――と二人が言うと、鵜狩くんは「うん。きょうは部活も休みだし、構わないよ」と(やさ)しく返した。


 中庭のベンチには三人まで(こし)かけることができる。

 こんしまちゃんがベンチの右に、アヤメが左に(すわ)る。二人は真ん中をあけて、おずおずと言う。


「ここ、(すわ)って……」

「分かった」


 鵜狩くんは、ツリ目を細めて腰を下ろした。


「二人とも、きょうは()()()()()()

「あ、あの……」


 こんしまちゃんが自分の指をからませながら、チラチラ鵜狩くんを見上げる。


「よかったら……鵜狩くんの弱いところ、教えてほしいな……」

「眼球かな」

「そ、そうだね……目は守らなきゃね……」


 まばたきをくりかえして、こんしまちゃんが口元(くちもと)をほころばす……っ!

 ここでアヤメが(くち)をひらく。


「鵜狩くんには悩みごとや困りごとってある?」

「あるよ」

「たとえば、どんなこと?」

(いえ)のこと」


 鵜狩くんが、少し()()()()(そら)を見る。


(おれ)は家業を()ぐつもりだけど、『今のままだとまだ立派(りっぱ)跡取(あとと)りになれない』って毎日反省してる」

「そう……」


 アヤメも鵜狩くんに合わせて空を見上げた。


鵜狩(うかり)くんちのことで、わたしやこんしまちゃんが協力できることってないかな」

「……気持ちだけで、うれしい」


 首を左右に動かして、左隣(ひだりどなり)のアヤメと右隣(みぎどなり)のこんしまちゃんに視線をやる鵜狩くん。


「これは俺一人(ひとり)()えなきゃいけないことだから」


 鵜狩くんのツリ目が、再び上空に向かう。

 こんしまちゃんが、そのシュッとしたあごをじ~っと見つめる……ッ!


「実はアヤメちゃんもわたしも……鵜狩くんの役に立ちたいと思ってるの……」


 さらに間髪(かんはつ)いれずに言葉を()ぐ。


「だって鵜狩くんはわたしたちに優しくしてくれるけど……わたしたちは鵜狩くんに優しくできていないような気がするから……」

「そう、わたしも同じ気持ち」


 アヤメがこんしまちゃんに同調する。


「もっと(たよ)ってほしい」


 でも、ここでアヤメとこんしまちゃんの胸がチクリと痛んだ。「優しくしたい」とか「頼ってほしい」とか――そういった表面上(ひょうめんじょう)きれいな言葉を使っても、それには裏がある。

 相手の悩みごととかを解決して、あわよくば距離感を縮めてやろうという……言ってしまえば下心(したごころ)(かく)れている。


 鵜狩くんのことを思っているのは本当だけど、純粋(じゅんすい)に相手のためだけに()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからアヤメは、()ずかしくなって(だま)ってしまった。

 そしてこんしまちゃんは――。


「ごめんなさい……鵜狩(うかり)くん……」


 ――(あやま)った。


「本音を言うとわたし()()……鵜狩くんにもっと近づきたいって思ってる……」


 こんしまちゃんが背筋(せすじ)()ばす。


「鵜狩くんの役に立ちたいのは……百パーセント、心の底から鵜狩くんのことを思っているからじゃないの……。鵜狩くんともっと仲よくなりたいっていう……下心のためなんだ……」

「下心か」


 鵜狩くんが、短く返事した。


「アヤメも、そうなのか」

「うん」

「……そう。だけど下心なら、(おれ)にもある」

「え。鵜狩くんの心はきれいだよ」


 迷わずアヤメが言葉をかぶせた。

 こんしまちゃんも、首を(たて)()っている……!


 そんな二人を順に見て、鵜狩くんがひざの上で両手を重ねた。


「俺も精神の修業(しゅぎょう)はしてるけど……それでも」


 ちょっとためらって、恥ずかしそうに言う。


「同年代の女子二人に左右からはさまれて平然としていられるほど、修練を積んでいない」


 ついで鵜狩くんが、「ごめん」と(あやま)る。


「いつもはそういう状況(じょうきょう)になっても、平気そうなフリをしているだけなんだ」


 鵜狩くんは、前方に視線を投げた。その先には、中庭に面する校舎の(かべ)しかない。


「小学生のころ俺がアヤメとこんしまちゃんとよく遊んでいたのは、一緒にいて楽しいからでもあった。でも心のどこかに下心もあった。異性と友達のように接することができたら、この(さき)異性に(まど)わされることのない強い心が手に(はい)るとも期待していた」


 自嘲(じちょう)気味(ぎみ)に笑いをこぼす。


「でも結局、心はそんな簡単なものじゃなかった。中学では女子にあまり近づこうとは思えなかった。そして高校生になった今も……まだ、いろいろ未熟(みじゅく)なままだ」


 そのまま壁を凝視(ぎょうし)して、言いきる。


「俺はきれいな人間じゃない」

「そうだったんだね……」


 アヤメとこんしまちゃんが、同時にあいづちをうった。

 また胸がチクリと痛む。本来、鵜狩くんは自分のことをペラペラ話す人じゃない。だから今回は、無理やり言わせてしまった感がある。


 なら謝る? いや、いろいろ言わせといて、それはかえって無責任だ。

 だったら鵜狩くんの秘めていた感情を、まるごと受けとめるまでだろう。


(わたしたちは鵜狩(うかり)くんの外側ばかりを見て、「自分にとって都合がいい素敵(すてき)な人」という理想を()しつけていたのかもしれない……。だけど鵜狩くんはわたしたちと同じ高校一年生……。たとえどんなに優しくても、すごい料理を作れるにしても、忍者みたいに動けるとしても……普通(ふつう)の、男の子なんだ……)


「だいじょうぶだよ……」


 こんしまちゃんが、鵜狩くんの右手にふれた。


「わたしも、きれいじゃない……。下心があるのはもちろんだけど……わたし、鵜狩くんの優しさにつけこんで、高校生になってからも鵜狩くんの前でわざと転んで受けとめてもらおうと考えたこと、わりとあるから……」

「こんしまちゃん……」


 鵜狩くんは前方の壁から目を(はな)し、右に首をかたむける。

 ウェーブのかかったくせ()の女の子が、真剣(しんけん)な表情で手をにぎっている。


「だから……鵜狩くんにも下心とかがあると分かって……わたしはもっと鵜狩くんに近づきたいと思ったんだ……」


「こ、こんしまちゃんだけじゃないから」


 今度は鵜狩くんの左手を、アヤメがそっとつかむ。


「アヤメも、鵜狩くんのことをもっと知りたい」


 顔を赤らめ、目をつぶって言う。


「手始めに、こないだの土曜日にこんしまちゃんがおじゃましたっていう……鵜狩くんちのことを聞きたいな……っ!」

「……うん、いいよ」


 鵜狩くんが、シュッとしたあごを引く。


「ただ、その前にアヤメ、こんしまちゃん」


 アヤメ以上に顔を赤くし、気まずそうにつぶやく。


「手を(はな)してほしいんだけど……」


 鵜狩くんの手も熱い。指から、トクントクンと脈が伝わる。

 こんしまちゃんもアヤメも(あわ)てて、すっと手を引いた。


「しまった……ごめんね、鵜狩くん……」

「ホントにごめん。また困らせちゃって……」


「い、いいんだって」


 どこか鵜狩くんも、ドギマギしている。


「じゃ、俺んちのこと、話そうか。……こんしまちゃんも、それでいい?」

「当然……」


 こんしまちゃんが手を胸に当て、うなずく。

 鵜狩くんはうなずきを返したのち、アヤメのほうに顔を向ける。


「えっと……そもそもこんしまちゃんが俺んちに来ることになったのは、町外れで弟が世話になったからで――」


 その話を聞きながらアヤメは「へえー、鵜狩くんって弟いたんだ」とか「ウグイス()りに地下通路とか、ホントの忍者屋敷(やしき)みたい!」とか返していた。

 一方、こんしまちゃんは幸せそうに、ゆる~い顔で二人の様子を見守っていた。


 三人は、あたりが暗くなるまで一緒(いっしょ)のベンチに(すわ)って(はな)した……。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 ともあれ今回の一件(いっけん)鵜狩(うかり)くんも、こんしまちゃんとアヤメが自分に恋愛的(れんあいてき)な好意を向けていると明確に理解した。


 こうなったからには、いつまでもあいまいな関係のままではいられない。

 今までは友達としての関係性が三人の適度な距離(きょり)を保障していたが、これからはその距離感も新たなものに更新(こうしん)される。


 きょうは、相互(そうご)に距離を縮め合った。

 最終的には、今とは別の関係が求められるのかもしれない。

 こんしまちゃんやアヤメだけでなく、鵜狩くん自身も答えを出す必要がある。


 果たして鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんと菖蒲(しょうぶ)佳代子(かよこ)さんと紺島(こんしま)みどりの「適度な距離」は、どう変化(へんか)するのだろう。


 その代償(だいしょう)として、だれかが悲しみのどん(ぞこ)()き落とされるのか。


 ――いや、そんなことはない。

 この物語は、「絶対にだれも不幸にしないうっかりコメディ」だからね。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:一回(累計(るいけい)百一回)


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


(こっからは鵜狩(うかり)くんやアヤメの恋愛(れんあい)とは関係ないので読み飛ばしてもいいかも)


 ――同時刻。火曜日の放課後の教室にて。

 ショートボブの女の子が席に座って、先生と一対一(いったいいち)で向かい合っていた。


 彼女(かのじょ)の名前は、委文(ひとり)知砂(ちさ)さん。

 こんしまちゃんのクラスメイトの一人(ひとり)だ。


 委文(ひとり)さんと対面するのは、立合(たちあい)広夢(ひろむ)先生。

 こんしまちゃんたちのクラス担任である……ッ!

 一台(いちだい)(つくえ)をあいだにはさんで、先生は委文(ひとり)さんと目を合わせた。


 まず委文(ひとり)さんが先生に頭を下げる。


「きょうは(わたし)のために時間を()いていただき、ありがとうございます」

「いえいえ」


 立合(たちあい)先生は物腰(ものごし)やわらかに笑顔(えがお)を作る。


「担任として当然です。それで委文(ひとり)さん……きょうは愚痴(ぐち)を聞いてほしいとのことでしたね」

「はい。ほかのだれにも話す気になれませんので」

「分かりました。わたしも秘密を守ります」


 それから先生は、言葉を切った。

 委文(ひとり)さんが、両手を机の上に置く。


「先生。人って人とそんなに仲よくしなくちゃいけないんですかね」

「仕事や社会通念上必要な場合は、仲よくすることも義務ですよ」

「まあ、そうですよね。文化祭のときも(わたし)はみんなに協力しましたし」


 指先で机を音なくたたく、委文(ひとり)さん。


「ただ、(わたし)は人が苦手です。立合(たちあい)先生も例外じゃないですよ。イヤとかじゃなくて、(こわ)いんです。こんな性格だったら人生()みますかね」

「だいじょうぶですよ。その程度で()みになるほど人生はぬるくありません」


(わたし)普通(ふつう)に学んで普通に働いて普通に死にたいだけです。イタいですかねえ、こういうの」

「いえ、マジメに考えているようで感心します」

「ありがとうございます」


 言葉とは裏腹に、委文(ひとり)さんはあまりうれしそうじゃなかった。


「勉強もけっこうがんばってるつもりなんですけどねー、いやあクラス内の成績はずっと二位。一位(いちい)をキープしている流石(さすが)さんはすごいですよね~」

「すごいのは委文(ひとり)さんもですよ。先生なんて高校生のときは(ちゅう)()くらいの成績でした」

「意外ですね」


 ここで委文(ひとり)さんは、ちょっと目を丸くした。


「でもなんていうか、変ですよね。結局、人ってだれかと比べられて立場を決められるというか。ほかのみんなが(わたし)よりも頭が悪かったら、私は努力せずに偉人(いじん)になるわけです」


 身を乗り出し、前傾(ぜんけい)姿勢をとる。


「だからだれかと仲よくする義務でもない限り、一人(ひとり)がいいんですね。基本的に人は、私をおとしめる怖い敵にしか見えません。そして私自身も他人から見れば敵でしかないんでしょう。(わたし)名字(みょうじ)委文(ひとり)っていうのは……まあ関係ありませんけれど」

「わたしは――先生は委文(ひとり)さんを敵とは思っていませんし、委文さんの敵でもないですよ。むしろ味方です」


「理解しています。義務ですもんね、それが」

「はい、義務です。たとえ(いや)がられても先生は生徒の味方なんです」


「だったら先生。私に友達作れとか言わないんですか」

「言いませんが。作るか作らないかは、委文(ひとり)さんの勝手でしょう」

「なんか安心しました。とくに『自由』じゃなくて『勝手』って表現するところが信用できます」


 少し身を引き、委文(ひとり)さんは姿勢を(もど)す。


「小学校でも中学校でも、(わたし)はかわいそうな目で見られていました。『本当はさびしいんだろう?』とか『友達がほしいんだろう?』とか――そんなふうにみんなが視線を向けてきました。別に私は友達と仲よく生きている人たちをバカにしちゃあいませんよ。そういう人たちはそういう人たちで勝手に()()がっていればいいわけです。ただ、私はなるだけ一人でいたい」


 沈黙(ちんもく)する先生をじっと見て、続ける。


「いわば自分自身と結婚(けっこん)して、貞操(ていそう)をつらぬいているんです。そして今の時代、異性だけでなく同性も恋愛対象にできますよね? よって私は浮気(うわき)しないよう、同性とも異性ともその()(せい)のかたがたとも絶対に仲よくしません。仕事などでどうしても必要でない限り。それが私の距離感なんです」

「そうですか」


 肯定(こうてい)も否定もせず、立合(たちあい)先生はつぶやく。


委文(ひとり)さんがきょうわたしと話そうと思ったのも、必要だったからですか」

「はい。率直に聞きますけど」


 委文さんは数秒だけ()を置いて、無感情に言う。


「私みたいな人間、いないほうがいいんですかね」

「わたしはもちろん『そんなことない』と言いますが、委文(ひとり)さんがほしいのは別の言葉ですよね」


「本当に察しがいいですね、先生って」

「とはいえ具体的にどんな言葉をかけるべきかは分かりません」


「ある意味それで正解ですよ。ここで知ったような言葉を投げられるほうがイヤです。友達と仲よくするとか……今しかできないキラキラした思い出を作るとか……みんな優しい世界とか……まあ大変けっこうですけれど、私はそういうの()えられません。だって怖いじゃないですか。みんなと()ざり合おうとしない人間の末路は二つに(ひと)つ。集団から追い出されるか、集団になじむように洗脳(せんのう)されて『みんな最高!』と言い始めるかですよ。そう考えると仲のいいクラスとかアットホームな職場とか円満な家庭とか平和な世界とか、とってもウソくさくて暴力的なもののように思えてきません? もちろん仲の悪いクラスや労働環境(かんきょう)最悪な職場やギスギスした家庭や戦争真っ最中の世界よりは、はるかにいいですけど……」

「まあ、それも真理ですね」


「……確かに生きていくうえでつながりは大切です。ただ、人との最低限のつながりを確保したうえでそれ以上他人(たにん)とどう付き合うかについては、完全に個人の勝手だと思います」

「そのとおりですね」


 立合(たちあい)先生は、さっきから素直(すなお)にうなずいている。


「だれかと仲よくしたいなら仲よくすればいいですし、みんなと距離(きょり)を置きたいなら距離を置けばいいんです。どちらも人として尊重されるべきスタンスです。むしろいろんな立場の人がいて、それぞれを大切にするのが正常なクラスですよ」

模範(もはん)解答ありがとうございます」

「といっても委文(ひとり)さん」


 先生はうなずくのをやめ、目の前の机に視線を落とす。


「一人でいる人は二人以上でいる人よりも絶対的に弱い――これもまた真実です。プライベートだろうが、そうでなかろうが」

「……分かっていますよ」


 委文(ひとり)さんも、少しうつむき気味(ぎみ)になる。


「だから一人になるのは勝手だけど、その責任は自分でとれ……って言いたいんですよね」

「いや(ちが)いますけど」


 ひょうひょうと先生は言って、視線を委文(ひとり)さんのほうに向けなおした。


「今まで一人でいたのだとしても、困ったときは遠慮(えんりょ)なく人を(たよ)っていいって言いたかったんです」

「はあ……?」


 (まゆ)をひそめながら、委文さんも顔を上げる。


「それ、ずうずうしいですよ。普段(ふだん)、人になにも(あた)えていなかった人間が助けてもらえるわけないじゃないですか。こっちはそういうのも覚悟(かくご)して一人(ひとり)でいるんです」

「でしたらもう(ひと)つ覚悟してください」


 委文さんの言葉を予想していたかのように、立合先生は即座(そくざ)に言葉を返した。


「一人でいると決めた人間は、二つの覚悟を持つべきです。一つは、()()()()()()()()()()()()()()()()現実と向き合う覚悟」

「さっき(わたし)が言ったヤツですね」


「はい。そしてもう一つは、困ったときに()()()()()()()()()()覚悟です」

「……矛盾(むじゅん)してますよ」


「してません。一人でいる人間は、ほかの人たちに『自分が困っているときも、どうか助けないでください』って頼んでいますか? 頼んでいませんよね。そんな根回しをしていなかった以上、いざというときに助けられても文句を言える立場じゃありませんよ」

「う……」


「もちろん一人でいる人が困っていても大抵(たいてい)の人間は見捨てます。それは(かれ)らが悪いからじゃなくて自分の生活で精いっぱいだからです。しかし、なかには手を差し()べる人もいる。そのときに相手の手を(にぎ)り返す覚悟がありますか?」

「……その手を()(はら)う覚悟なら。相手が善人って保証もありませんしね」


「なるほど。しかし困窮(こんきゅう)しているときは手に(ちから)(はい)らず、うまく()りほどけないかもしれませんよ」

「だから、そうならないように」


 小さく鼻を鳴らして、委文(ひとり)さんはイスを後ろに引く。


(わたし)一人(ひとり)をがんばるんです」

「そうですか、がんばってください」


 先生も、机に近づけていたイスを少し動かす。


「いざというときは、わたしがいます。いえ、わたしだけじゃない()()()()()()()。だから安心して一人でいてください」

「……先生」


 委文さんが立ち()がる。


「きょうは貴重(きちょう)な時間を()いて私の愚痴(ぐち)に付き合っていただき、本当にありがとうございました」

「仕事ですからね。では、さようなら」

「はい、またあした……」


* *


 カバンを持ち、教室から出る委文(ひとり)さん。

 そのとき廊下(ろうか)で、ウェーブのかかったくせ()の女の子とバッタリ会った。


(こんしまちゃんか。……苦手だなあ、この子。週に一回(いっかい)は絶対に声をかけてくるし)


 そして委文さんは、心のなかで願った。


(しまったと言えしまったと言えしまったと言えしまったと言え……)


 今さっき先生とガッツリ話したせいで、一人でいることのプライドを手放したような気もしていた委文(ひとり)さんだったのだが……。


(ここでこんしまちゃんに拒絶(きょぜつ)されれば、一人としての感覚をすぐに取り戻せる。「しまった。こんな空気を乱すようなヤツと会ってしまった」――そんなニュアンスをふんだんに()めた「しまった」を聞かせろ……)


 しかし、こんしまちゃんは微笑(びしょう)して(はな)しかけてきた。


「今、帰りなんだね……委文(ひとり)さん……。わたし、ノートを忘れちゃってたから取りに来たんだ……じゃあ、またあしたね……」


 こんしまちゃんはそれだけ言って、さっさと教室に(はい)ってしまった。

 委文さんは「ああ、うん、じゃ……」とあいまいに返事をしたあと、廊下を歩く。


(なんでこういうときに限って「しまった」と言わないんだあの子は)


 でも自分が望んで一人(ひとり)でいる以上、文句を言うのは筋違(すじちが)いだ。


(まあ苦手だけど、()()()()からんでこないだけマシか)


 窓の(そと)に目をやると、すでに暗くなっている(そら)()えた。


(ああ、こういう距離がいい。仲がよくも悪くもない――そんな関係こそ良好だ)


 この気持ちを、委文(ひとり)さんはだれにも伝えない。

 自分はまわりの人に対して、なにも(あた)えていない。だからいきなり思いを投げても、相手を戸惑(とまど)わせるだけだ。


(せいぜい私以外の人は、私のあずかり知らないところで勝手に幸せに生きていればいい)


 とても明るくそう考えて、委文(ひとり)さんは校舎の外へと出ていった。

お読みいただき、ありがとうございました。評価やブックマークも大変励みになります。


次回は十一月二十八日(金)午後七時ごろ更新です。

サブタイトルは「第二十五週 歴史の沼に沈んでしまった!(日曜日)」になるかと思います。

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