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第二十三週 忍び忍ばれ忍んでしまった!(土曜日)

 高校一年生(いちねんせい)で十五(さい)紺島(こんしま)みどりは同じクラスの鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんのことを(おお)いに意識している。


 紺島みどり――こんしまちゃんと鵜狩くんは小学三年生からの友達だ。

 当時のこんしまちゃんはよく転ぶ子どもだったんだけど、鵜狩くんはそんなこんしまちゃんを通学路とかで何度も受けとめてくれた。中学では別々の学校に分かれちゃったとはいえ、こんしまちゃんの心臓は鵜狩くんのことを考えるだけで激しく(あら)ぶるのだ……ッ!


 そんな鵜狩くんは、忍者(にんじゃ)自称(じしょう)している。

 でも(かれ)を見ていて、こんなことを思った人もいるんじゃないだろうか。すなわち「いや忍者らしいこと、ほとんどやってないじゃん。(かく)れみの(じゅつ)でドロンと消えたり、火遁(かとん)の術で(ほのお)()いたり、分身したり、カエルを口寄(くちよ)せしたりしてないじゃん。鵜狩くんは本当に忍者なんですかー。そういうキャラ()け・設定なだけなんじゃないですかー」と。


 とはいえ本当の忍者が、自分の(じゅつ)を人前でホイホイ使うわけがない。忍者というのは、まず自分の正体を知られないように()()うものだ。


 この世に忍者は実在する。日常モノの創作(そうさく)において忍者が平然と出てきてもおかしく()ない。

 いわんや、リアルにおいてをや。


 一般(いっぱん)のかたがたと忍者のみなさまはパッと見ただけでは区別がつかない。

 むしろ日常生活において普通(ふつう)のフリをすることが忍者の条件であるならば、忍者に見えないすべての人が忍者であるという可能性を秘めているのではないだろうか。


 よって忍者の鵜狩くんがあんまり忍者らしいことをしていなくても、それは不自然にあらず……!


 だけど今回ばかりは、ちょっとは忍者っぽいやもしれぬ。

 見届けるのは、当然ながらこんしまちゃん。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 土曜日の正午()ぎ。

 こんしまちゃんは一人(ひとり)で町外れを散歩していた。


 目的はない。なんとなく、(かぜ)を切って歩いているのだ……!

 長袖(ながそで)のデニムジャケットを羽織(はお)り、薄茶色(うすちゃいろ)のロングスカートをひるがえしている。

 ウェーブのかかったくせ()に、十一月の空気がしみる……っ!


「むう……?」


 ここでこんしまちゃんは、前方の歩道に人影(ひとかげ)を見た。

 オーバーオールを着た百三十センチくらいの男の子が道のはしに立っている。


(小学校三年生くらいかな……? だれか待っているみたい……)


 すれ(ちが)うとき、ちらっと顔が目に(はい)る。

 少しツリ目の男の子だ。ただし、あごは丸っこい。


「――すいません。そこのお姉さん、ちょっといいですか」


 男の子が、こんしまちゃんに声をかけてきた。

 過ぎ去ろうとしていたこんしまちゃんはきびすを返し、ひざを曲げてしゃがんだ。


「どうしたの……?」

「うちのアニキ、見ませんでした?」


 オーバーオールの前面のポケットに手をつっこみながら、男の子が聞いた。


「顔は、おれみたいなツリ目です。でもあごは、もっとシュッとしてます」

「……もしかして」


 こんしまちゃんは、クラスメイトの男の子の顔を思い()かべた。


「お兄さんの名前は、鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くん……?」

「は――って、あぶねっ」


 男の子はポケットから両手を出し、とっさに自分の(くち)をふさいだ。


「ふー、セーフ。知らない人に()()()()()()()()バラすとこだったわ~」

「えらい……」


 こんしまちゃんが、にこっと笑う。


「でもごめんね……。あなたのお兄さんは、きょう見てないと思うなあ……」

「ひょっとしてアニキのこと知ってんですか」


 かかとを上げ、男の子が前のめりになる。


「じゃあ、れんらくしてくれます? おれ、うっかりスマートフォンを(いえ)にわすれてきたんです」

「おっけー……」


 こんしまちゃんが、デニムジャケットのポケットをまさぐる……ッ!

 が、その手がとまる。


「あ、しまった。わたしも忘れてきちゃったみたい……」


 (かた)を落とす、こんしまちゃん。

 対する男の子は(あわ)ててなだめる。


「い、いいんですよ。お姉さんが気にすることじゃないです……」

「ありがとう、(やさ)しいんだね……」


 こんしまちゃんが、ていねいにお礼を述べた。

 そのとき、聞き覚えのある声が(ひび)く。


「あ、クウガ。ここにいたのか。って、こんしまちゃんも一緒(いっしょ)なんだ」


 道の向こうから、こんしまちゃんと同年代の男の子が走ってきた。

 あごがシュッとしており、少しツリ目だ。


 クラスメイトの鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんで間違(まちが)いない。

 今の(かれ)は、(あつ)めのカーディガンをひっかけている。


「ごめん、クウガ。うっかり目を(はな)したりして……」

「アニキ……おれも勝手にはなれたりして、ごめん」


 オーバーオールの男の子は、鵜狩くんに()け寄った。

 ついで、立ち上がったこんしまちゃんのほうに()り向く。


「お姉さん、ありがとうございました」

「わ、わたしはなにも……」


 こんしまちゃんは、ちょっと戸惑(とまど)っている。

 でも男の子は、ぶんぶん首を横に振った……!


「話を聞いてくれただけでも、おれは安心できたんです」

「――そうだったんだ」


 男の子の話を聞いた鵜狩くんが、前に出る。


(おれ)からも、お礼を。ありがとう、こんしまちゃん。弟が世話になった」

「う、鵜狩くん……っ」


 うれしさのあまり、こんしまちゃんの声がうわずった……ッ!

 ごまかすために、話題を転じる。


「ところで鵜狩くんたちは、なにしに(そと)へ……?」

「十一月の空気を吸ってた。ほどほどに冷たくて、おいしいからな。ところによって、味も(ちが)う」

「へー……すてきな休日だね……」

「とりあえず五十キロ走った」

「すごい……マラトンからアテナイまでの距離(きょり)()えてる……」


 こんしまちゃんと鵜狩(うかり)くんが、微笑(びしょう)しながら(はな)す。



「待ったー!」


 そんな二人に、オーバーオールの男の子がツッコミを入れる。


「え? なんでお姉さん、ツッコまないんですか。うちのアニキ、へんなこと言ってますよね?」

「そうかな……? 鵜狩くんなら当然じゃないかな……?」

「まさかお姉さん……ウチがニンジャの()()()って知ってるんじゃ……」

「シ、シラナイヨー」

「あーっ、知ってるやつの()()()()!」

「わ、しまった」


 なんか話がこじれてきたな……。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 とりあえず歩きながら、鵜狩(うかり)くんが弟さんに説明する。


「実は、俺の正体はすでにバレてるんだ。兄ちゃんが小三のとき、転入早々(そうそう)こんしまちゃん――このお姉さんに『本当の忍者(にんじゃ)』って()らしてしまったから。ついうっかり」

「え、それおれが二才くらいのときの話? そんなときからこのお姉さんとインネンがあんの? でも正体をバラしたとか……アニキ、()()()()()()じゃん!」


「え、切腹(せっぷく)……?」


 こんしまちゃんが、(あわ)てふためく……っ!


「ししまった……。わたし、なにも知らずに鵜狩くんに迷惑(めいわく)を……」

「いや、お姉さんは気にしなくていいですよ」


 オーバーオールのポケットに手をつっこんだ状態で、弟さんがこんしまちゃんを見上げる。


「今どき、ホントにハラかっさばくわけないですし」

「ほっ……」

「……ところで」


 安堵(あんど)のため息をつくこんしまちゃんに、(するど)い目を向ける弟さん……!


「おれ、鵜狩(うかり)クウガって言うんですけど、お姉さんの名前を聞いてもいいですか」

「わたしは、紺島(こんしま)みどり……」


 こんしまちゃんは、やわらかな視線を返した。


「クウガくん、よろしくね。……よかったらわたしのこと、こんしまちゃんって呼んでほしいな……」

「分かりました、こんしまちゃんお姉さん」


 そして弟さん――クウガくんが、お兄さんの鵜狩(うかり)くんの手を引く。


「ねえねえ、アニキ。こんしまちゃんお姉さん、おれのこと助けてくれたわけだし……せっかくだからウチに()()()()()したら?」

「あ、それもいいかもね」


 鵜狩くんが、優しくクウガくんの手をにぎった。

 ついでこんしまちゃんのほうを見て、確認する。


「こんしまちゃん。よかったら、()()()()()来る?」

「もちろん……!」


 こんしまちゃん、間髪(かんはつ)いれず返答……ッ!

 実は鵜狩くんがどこに住んでいるか、こんしまちゃんは知らなかったのだ。

 ゆえにこのチャンスは絶対にのがせぬ……!



 そしてこんしまちゃんは赤の信号機の前でとまったとき、クウガくんにささやいた。


「ありがとう、クウガくん……」

「いいんですよ」


 クウガくんは、いったん鵜狩くんから手を離してこんしまちゃんにささやき返す……ッ!


「こんしまちゃんお姉さん、うちのアニキのこと気になってんでしょ。がんばってくださいよ~」

「しまった……バレてたの……?」

「おれもニンジャですからね! そんくらいのじょうほう、かんたんに分かります!」

「やるね……」


 こんしまちゃんとクウガくんは、ほほえみ合った。

 そんな二人の様子を、鵜狩くんもえびす顔で見ている……!


(なにを話しているかは分からないけど、こんしまちゃんとクウガが仲よくなってくれてうれしいな)


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 鵜狩(うかり)くんのおうちは、小さな山のなかにあった。

 あたりは林である。ゆるやかな傾斜(けいしゃ)に、()げ茶色の(いえ)()っている。家の前には池があり、紅白(こうはく)模様(もよう)のコイが泳いでいる。


 外観は、かの有名な慈照寺(じしょうじ)銀閣寺(ぎんかくじ))に近い。

 おごそかで、それでいて落ち着きがある。


「今は(おれ)、ここに住んでるんだ。中学のときは(はな)れてたけど」

「お、おじゃまします……」


 鵜狩くんとクウガくんの案内に(したが)い、こんしまちゃんは縁側(えんがわ)から(はい)る。

 (くつ)()ぎ、縁側のゆかに足をつける。


 この瞬間(しゅんかん)――ッ!


「ホーホケキョ!」

「わ、わあっ」


 ……なんかウグイスが鳴いたみたいだ。

 びっくりして足をとめるこんしまちゃんに、鵜狩(うかり)くんが言う。


「そこはウグイス()り。きしむたびにウグイスの鳴き声みたいな(おと)がするよ。一般的(いっぱんてき)なウグイス張りは『チャッチャ』とか『キュッキュ』って(おと)なんだけど……ウチのは特別。でも安全だから、だいじょうぶ」

「おもしろいね……」


 こんしまちゃんは(おく)さず、ウグイス張りの縁側を進む……!

 でも、ちょっと変だ。前を歩いている鵜狩くんとクウガくんも縁側を()んでいるのに、二人の足もとからは音が鳴らない。


(そっか、(しの)び足を使っているんだ……)


 鵜狩くんだけじゃなく、クウガくんも忍者なんだなあとこんしまちゃんは感動した。



 で、ウグイス張りの縁側を歩いたのち、こんしまちゃんは(たたみ)()かれた部屋に通された。


「わあ……いい感触(かんしょく)


 こんしまちゃんが、薄緑色(うすみどりいろ)の畳をなでなでする。

 すると――。


 部屋の畳のゆか全体が、ぱかりと(した)に向かってあいた。

 足場が急に消えたかたちだ……っ!


「へ……?」


 こんしまちゃんと鵜狩くんとクウガくんが、まとめて落下する。

 真上(まうえ)を見ると、畳のゆかが再び持ち()がって地上の光を閉ざしているところだった。


 暗闇(くらやみ)のなかを、こんしまちゃんが落ちていく。

 体が(なな)めにかたむき、きりもみのように回転する。


 こんしまちゃんは死を覚悟(かくご)した。

 脳みそから、サッと血の()が引く。心臓と肺がぼよんぼよんと()ねているみたいだ。足が棒きれよろしく(おど)っている。


 なんとなく、ゆかと激突(げきとつ)するタイミングが分かった。

 それも秒読み――思わず両手にこぶしを作って胸に当て、目を閉じた。


 でも何秒たっても、こんしまちゃんはどこにも激突しなかった。

 固く、優しい二つの手の平が背中とひざ裏をささえている。


「ケガはない? こんしまちゃん」


 鵜狩くんの張りのある声がする。あたたかい息がすぐ真上から落ちてくる。

 どうやら彼がこんしまちゃんを助けてくれたようだ。


「あ、ありがとう……鵜狩くん。でもクウガくんは、だいじょうぶかな……」

「おれなら、問題ないですよー」


 高めの男の子の声が、わりと近い場所から聞こえた。近づいてくる足音も一緒(いっしょ)である。


「そんでさっきのワナは、こんしまちゃんお姉さんが()()()をなでなでしたから発動したっぽいですね」

「しまった……わたし、そんなことを。ごめん、二人とも……」


「いいや、こんしまちゃんは悪くない」


 こんしまちゃんをだっこしたまま、鵜狩くんが申し訳なさそうにつぶやく。


「俺がカラクリを教えていなかったのが悪い」

「てか、そもそも」


 クウガくんが、こんしまちゃんの近くで足をとめる。


「こんな()()()にしているウチが一番(いちばん)問題だって……」


 もっともすぎる。


「とにかくアニキ、こんしまちゃんお姉さん。とっとと出ようぜ」

「そうだな」


 鵜狩くんが、体の向きを変えて歩きだす……!

 どうやら鵜狩くんもクウガくんも、(やみ)のなかで()()()()動きまわることが可能らしい。

 でも相変(あいか)わらず、こんしまちゃんは()()()()()()()()状態だ。


「明るいところに出るまでは、俺がこんしまちゃんを連れていくから」

「うん……ありがとね、鵜狩くん」


 こんしまちゃんは、素直(すなお)に鵜狩くんを受け入れた。真っ暗闇のなか無理に自分だけで進もうとしたら、かえって足を引っ張ってしまうからだ。

 ちなみに鵜狩くんも、クウガくんとこんしまちゃん同様、うっかりスマートフォンを自分の部屋に忘れてきているので……あかりを確保する()()はない。


 ともあれこんしまちゃんは、昔のことを思い出す。


 小学三年生のとき、折紙(おりがみ)手裏剣(しゅりけん)を使った(おに)ごっごをやった記憶(きおく)がある。

 そのとき鵜狩くんは目をつぶったまま正確に手裏剣を投げていた。

 また、転んでひざ小僧(こぞう)をケガしたこんしまちゃんを、今と同じようにだきかかえてくれた。ちょうど背中とひざ裏に手を()えて……。


 ドキドキするこんしまちゃんだけど、体の()()()()()()鵜狩くんの腹部に近い格好なので安心する。

 これなら、胸の()()()にある心臓の鼓動(こどう)比較的(ひかくてき)拾われにくいと言える……っ!


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 こんしまちゃんをかかえた鵜狩(うかり)くんは、弟のクウガくんと共に暗闇(くらやみ)を歩く。

 ともかく明るい地上に(もど)らねばならぬ……ッ!


 でも地下は、全然ジメジメしていない。むしろさわやかで、あたたかい。

 こんしまちゃんは鵜狩くんの両腕(りょううで)にいだかれながら、自分の腕を組んでいる……!

 鵜狩くんは(やさ)しく()()()()()()くれる。心地(ここち)いい。

 うとうとする、こんしまちゃん……。


 が、このとき――。


「アニキ、気をつけて! まきびしが!」


 クウガくんの高い声が、こんしまちゃんの耳をつんざいた。


「ヤベえって! まきびしが空中をおどってんぞ!」

「そうみたいだな」


 ついで鵜狩くんは、胸から上を前に出す。

 で、なにかをなめる。


「ん……これは」

「まさか()()か!」

金平糖(こんぺいとう)だ」

「ホントだ、あまい!」


 (やみ)のなかでなにが起きているのか、こんしまちゃんにはサッパリである……。

 たぶん宙に、まきびしのかたちをした金平糖がつるされているのだろう。


 鵜狩くんの口元(くちもと)から、()()()()()()においが(ただよ)ってくる。


「んん……っ。衛生的にも問題ないな。この金平糖、さっきの(たたみ)のワナが作動したときに出てきたみたいだし」

「うめーっ! うめーッ! これ、アニキが作ったやつじゃね?」

「たぶんな。まきびしと金平糖を組み合わせた()()()を研究していたときの試作品だ。確か父さんと母さんにあげたっけ。そのときのを使ったっぽいね」


 そして歩きながら鵜狩くんが、視線を落とす。


「こんしまちゃんも、食べてみて」

「ありがとう……いただきます……あむ」


 口元に当たった金平糖を、こんしまちゃんが舌で転がす……!

 十字の四つの先っぽがそれぞれ直角に曲がっている。でも先っぽは(するど)くないので、(くち)のなかは安全だ。


 チョコのような(かお)りが口内ではじける。

 ()っぱさもほどよく混ざっているため、しつこくない。

 まきびしの形状が舌の上で(おど)る。そのため金平糖(こんぺいとう)一気(いっき)()けず、徐々(じょじょ)(あま)みを届けてくれる……ッ!


「おいしい……っ」


 このまきびしは(てき)撃退(げきたい)できるようなものじゃないけれど、だれかの心をがっちり()らえることは()()()()()

 ともあれ、つり下げられた金平糖まきびしは鵜狩くんとクウガくんとこんしまちゃんの三人に残さずたいらげられた……っ!



 しかし……そんなまきびしエリアを()けた三人は、息つく()()もなく次の試練に直面する。


「あ、アニキ!」


 ちょっと前を歩くクウガくんの動きがとまる。


「こっから先、地面がない! 進めねえわ!」

「そうなのか。だったら空蜘蛛(そらぐも)を使おう」


「え……?」


 こんしまちゃんが、思わず(おどろ)く。


忍者(にんじゃ)が使うのって……水蜘蛛(みずぐも)じゃないの……?」

「あれは水上(すいじょう)を移動するときに使う道具だね」


 鵜狩(うかり)くんが、おっとりとした声を出す。


「対して空蜘蛛(そらぐも)は、()()()()()()()()()()()()

「あっ、こんしまちゃんお姉さん!」


 クウガくんが、(あわ)てて(くち)をはさむ……っ!


(そら)ぐもについては人に話さないほうがいいですよ。『水ぐものまちがいだろ』ってニンジャエアプあつかいされるから!」

「そ、そうなんだ……」


「秘伝の忍術(にんじゅつ)だから、民間には伝わっていないんだ」


 やわらかく言いつつ鵜狩くんは、その場で数回足踏(あしぶ)みした。

 すると、こんしまちゃんをだきかかえる鵜狩くんの腕の位置がちょっと高くなった。


 どうやら鵜狩くんの足もとに、なんらかの物体が出現したらしい……っ!


「さてと空蜘蛛(そらぐも)のセットは完了(かんりょう)

「おおーっ、すげえ! いつ見てもカッコよすぎんだろ!」


 興奮した声を上げながら、クウガくんが鵜狩くんのそばに寄った。

 こんしまちゃんも、空蜘蛛をぜひ見たいと思った。でも首を(した)にかたむけて目をこらすけれど……やっぱり(やみ)にまぎれて()えない……。


 じきに、体が()()がったような感覚を味わう。

 たぶん円盤状(えんばんじょう)のドローンに乗っているのかなとこんしまちゃんは想像した。


 鵜狩くんは足をとめている。

 でも(かぜ)がこんしまちゃんの体の左側を()してくる。

 空間を()き進んでいる証拠(しょうこ)だ。


 正確には、時計回りに前進している。したがって、つま先よりも頭のほうが()()()ゆれる……!


「スイスイ宙を進むなんて……空蜘蛛(そらぐも)、すごい科学技術だね……」

「いや忍術」

「しまった。すごい忍術だね……」


「どっちでもいいだろ……」


 こんしまちゃんと鵜狩くんの会話に、ちょっと(あき)(ごえ)を出すクウガくん。

 だけど、すぐにマジメな声に切り()える……ッ!


「あ、見てアニキ、こんしまちゃんお姉さん。そろそろ地面なしゾーン終わるぜ」


 クウガくんの声に反応して前方に視線を移すと、白っぽいあかりが()かんでいた。

 鵜狩くんが、また数回その場で足踏みする。


 そして空中を()るようにして前方に飛び出し……ゆるやかな()をえがきつつ着地した。

 鵜狩くんに続き、クウガくんもシュタッと()つ足で着地を決める。


 三人は、やっと明るい場所に出た。

 今いるのは、四角い通路である。白っぽい通路が(なな)め上に延びている。(おく)から太陽の光がそそぐ。


 こんしまちゃんはお礼を言って、鵜狩くんの腕から下ろしてもらった。

 そして空蜘蛛(そらぐも)とやらを探すが、すでに()()()()()()どこにもない……ッ!


「しまった……見のがしちゃった……」

「こんしまちゃん?」


 鵜狩くんが腕のストレッチをしながら、首をかしげる。


「見のがしたって、なにを」

「わ、わあ……なんでもないよ……」


 忍者の秘密道具についてあんまり()()()()するのもよくないかもと思いなおして、こんしまちゃんは首を横に()った。


 そんな二人を無視して、クウガくんが先行する。


「んじゃ、()()もどろう」


 斜め上から差す太陽の光に向かって、()を進めるクウガくん。

 が――!


 突然(とつぜん)、通路の天井がパカリとひらいた。

 正方形の大きな穴が天井にあいた。その内側から、一個(いっこ)の灰色の大玉が落ちてくる……! 直径は、通路の(はば)と同じくらいだ……ッ!


「あ、危ない……! クウガくん……っ」


 さけびながら、こんしまちゃんは通路を蹴った。

 (たお)れるようにクウガくんに近寄る。両腕(りょううで)(かれ)の背中に回し、胸のなかでだきしめる。


 大玉からクウガくんを守ろうとしたのだ。

 でも通路は斜め上に延びる坂になっている。ゆかでバウンドした大玉が太陽の光をさえぎりながら、こんしまちゃんとクウガくんを(おそ)う……っ!

 バウンドの際には、ドゴッという()()()(おと)がした。


「わわわ……」


 こんしまちゃんにできるのは大玉に背を向けてクウガくんをかばうことくらいだった。

 大玉が二人におおいかぶさる――。


 ――その直前。

 (あつ)めのカーディガンのすそが、こんしまちゃんの鼻をかすった。


 それは、鵜狩(うかり)くんの着ていた上着だ。

 鵜狩くんは、こんしまちゃんとクウガくんの前に出て灰色の大玉をじっと見る。


 カーディガンのポケットから黒い折紙を取り出す。折紙を空中に投げ、両手で折る。

 たちまち、ひし形に棒のついた形状のものができあがる。

 忍者の使うクナイという武器だ。それを右手でつかむ。


 棒の部分を逆手(さかて)に持ち、ひし形のとがった部分を大玉に当てた。


 すると大玉は、まるでゴムボールみたいに()し出された。

 坂の上のほうへとバックスピンし、後退する。


 鵜狩くんは身を低くし、大玉を追った。すくい上げるようにクナイの二撃目(にげきめ)をたたき込む……!

 その動きに合わせ、大玉が()()がる。天井の正方形の穴に吸い込まれる。


 この(すき)に鵜狩くんは後ろに跳躍(ちょうやく)した。

 放物線をえがいて、クウガくんをだきしめるこんしまちゃんのそばに着地する。

 間髪(かんはつ)いれず二人を両腕にかかえ、一足(いっそく)飛びに前進。通路の坂を()()がる。天井に四角い穴のあるポイントを通過する。


 直後、穴に吸い込まれていた大玉が再び落下して姿を見せる。

 大玉は()()()音を立ててバウンドし、斜め下へと転がっていった。


 ()もなくして、ガゴッという(ひび)きと共に通路全体がゆれる。

 おそらく大玉は地面なしゾーンに到達(とうたつ)し、奈落(ならく)の底に吸われていったのだろう……っ!


 ともあれ、まだ通路にはワナがあるかもしれない。


 鵜狩くんが、こんしまちゃんたちをゆかに下ろす。

 ごくりとつばを飲む、こんしまちゃん。


 そして腕のなかで、クウガくんが暴れる……ッ!


「こんしまちゃんお姉さん。いつまでかかえているんですか……」

「し、しまった……。ごめんね、クウガくん……」


 こんしまちゃん、クウガくんを解放……!

 そんなこんなで、三人は先を急ぐ。



 でも結局、大玉のあとには()()()仕掛(しか)けもなかった。

 鵜狩(うかり)くんとクウガくんとこんしまちゃんは通路を()け、太陽の日差しをじかに()びる。


 あたりは林だ。目の前には、()げ茶色の(いえ)がたたずんでいる。

 家のそばには池がある。鵜狩くんちで間違(まちが)いない。


 そして三人が地上に出たところで、通路の出入(でい)(ぐち)(おと)なく(しず)んだ。

 まるで水中にもぐるように四角形の出入り口が地下にうもれる。

 結果、出入り口の屋根だけが地表に露出(ろしゅつ)した状態になる。しかし屋根は雑草(ざっそう)の生えた地面と同化し、本物の地面と区別がつかぬ……ッ!



 三人は(くつ)をはきなおし、家の縁側(えんがわ)に並んで(すわ)った。

 こんしまちゃんは鵜狩くんの左隣(ひだりどなり)(こし)を下ろし、頭を下げる。


「ありがと……鵜狩くん……さっきは助けてくれて……」

「どういたしまして」


 鵜狩くんは、お礼の言葉をそのまま受け取った。

 さらに、こんしまちゃんに感謝を述べる。


(おれ)からも、ありがとう。クウガをかばってくれて」

「……ふんっ」


 ここで、こんしまちゃんが返答するよりも先にクウガくんがそっぽを向いた。

 クウガくんはオーバーオールのポケットに手をつっこんで、こんしまちゃんの左隣に腰かけている。


「おれ、こんしまちゃんお姉さんに守られなくても、自分でなんとかできたし」

「しまった……」


 こんしまちゃんが、クウガくんのいる左へと首を向ける。


「わたし……余計なことしちゃったね……ごめんなさい……」

「べつに」


 右にいるこんしまちゃんに、クウガくんが横目を返す。


「たしかに()()()()()なんとかできたのは事実ですけど……守ってくれたのは、すげえうれしかったから――」


 クウガくんが、オーバーオールのポケットから手を出す。

 ほおをかきながら、顔を赤くする。


「その……だから、ありがとうございました。こんしまちゃんお姉さん。さっきはニンジャとして、ちょっとカッコ悪いところを見せた感じがして……おれ、自分にイラついてた。それで、わざとイヤなたいどをとってました。おれこそ、ごめんなさい」

「……クウガくん」


 こんしまちゃんは、その小さなツリ目に顔を近づけた。

 クウガくんの丸っこいあごが、よく見える。


「わたし、クウガくんにいっぱい感謝してる……。だって、クウガくんと会えたから……こうして鵜狩くんちに来られたんだもん……」

「そうですか」


 冗談(じょうだん)めかして、クウガくんが言う。


「せいぜい、おれのことダシにでもしてください」

「いいや……」


 こんしまちゃんは、小さくかぶりを振った。


「わたし、クウガくんとも友達になりたい……」

「と、友だちって……おれ、小三ですよ」


「ダメ……?」

「いいに決まってます!」

「そう……やったあ……っ」


 こんしまちゃんは顔をほころばせ、クウガくんは照れている……ッ!

 一方、鵜狩くんが二人の右隣でうなずく。


「クウガとこんしまちゃんが()()()仲よくなってくれて、俺も()()うれしい」


 口元に()を引きつつ、シュッとしたあごを(たて)に振る。

 その様子を見たクウガくんは手をたたいて、()()()にやけた……っ!


「それ言うならアニキとこんしまちゃんお姉さんも、もっと()()()()なってもいいんじゃねえの~」

「え……すでに俺とこんしまちゃんは友達だけど」

「そうじゃなくて、だからさあ~」


「も、もうっ……クウガくん……」


 こんしまちゃんが、なにかをさえぎるかのように両手をぶんぶん動かす。

 この動きにともない、こんしまちゃんの全身が激しく動いた……!


「ホホホーホケキョキョ!」

「ひゃああっ……」


 いきなり鳥の鳴き声が(ひび)いたので、こんしまちゃんは絶叫(ぜっきょう)してしまった……っ!

 思わず腰を浮かしたあとで、さっきまで自分がおしりをつけていた場所を見る。

 そこは縁側(えんがわ)のゆかである。こんしまちゃんは、家に上がったときのことを思い出した。


「しまった……。そういえば、ここって……ウグイス()りだったね……」


 そのゆかで激しく身を動かせば、鳥の鳴き声のような音がする。


 ウグイス張りのことを忘れていて()ずかしくなった、こんしまちゃん。

 でもこんしまちゃんの両耳に、新たに音が流れ込む……!


「ホーホ」「ケキョ」


 見ると、鵜狩くんとクウガくんが縁側に腰かけたまま体をゆらしていた。

 鵜狩くんは「ホーホ」と、クウガくんは「ケキョ」と鳴らしている。


 二人は(だま)って、立ち上がったこんしまちゃんを上目づかいで見ていた。

 ツリ目の視線が、こんしまちゃんに集中する……!


 こんしまちゃんは、もう一度(いちど)腰を(しず)めた。

 ついで体を左右に(ふる)わせ、「ホーホケキョ」と(かな)でる。


 前後にも体をゆすってみる。すると、十一月の空気がすっと体内に入り込んでくる。

 鵜狩くんの言っていたとおり、ほどほどに冷たくて、おいしい……。


 ――いや、ちょっと違う。


 左右に座る二人の体温と息のあたたかさも感じられる。

 あったかさに()()()()、こんしまちゃんはポカポカだ。


 そのことを鵜狩くんとクウガくんに伝えようかとも思った。でも、やめといた。



 今は、季節外れの「ホーホケキョ」という音だけでいいような気がしたから。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


☆今週のしまったカウント:十回(累計(るいけい)百回)

次回は十一月二十一日(金)午後七時ごろの更新です!


それと話の数が増えてきたので、サブタイトルに「第○週」をつけてそれぞれの話が何話目か分かりやすくしました。アラビア数字(1とか10とか)を使うべきか迷いましたが、縦書きで読む場合のことも考えて漢数字(一とか十とか)にしています。


次は第二十四週になります。「適度な距離を保ってしまった!」というサブタイトルにする予定です。(変えるかもしれませんが……)

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