第二十三週 忍び忍ばれ忍んでしまった!(土曜日)
高校一年生で十五歳の紺島みどりは同じクラスの鵜狩慶輔くんのことを大いに意識している。
紺島みどり――こんしまちゃんと鵜狩くんは小学三年生からの友達だ。
当時のこんしまちゃんはよく転ぶ子どもだったんだけど、鵜狩くんはそんなこんしまちゃんを通学路とかで何度も受けとめてくれた。中学では別々の学校に分かれちゃったとはいえ、こんしまちゃんの心臓は鵜狩くんのことを考えるだけで激しく荒ぶるのだ……ッ!
そんな鵜狩くんは、忍者を自称している。
でも彼を見ていて、こんなことを思った人もいるんじゃないだろうか。すなわち「いや忍者らしいこと、ほとんどやってないじゃん。隠れみの術でドロンと消えたり、火遁の術で炎を噴いたり、分身したり、カエルを口寄せしたりしてないじゃん。鵜狩くんは本当に忍者なんですかー。そういうキャラ付け・設定なだけなんじゃないですかー」と。
とはいえ本当の忍者が、自分の術を人前でホイホイ使うわけがない。忍者というのは、まず自分の正体を知られないように振る舞うものだ。
この世に忍者は実在する。日常モノの創作において忍者が平然と出てきてもおかしくはない。
いわんや、リアルにおいてをや。
一般のかたがたと忍者のみなさまはパッと見ただけでは区別がつかない。
むしろ日常生活において普通のフリをすることが忍者の条件であるならば、忍者に見えないすべての人が忍者であるという可能性を秘めているのではないだろうか。
よって忍者の鵜狩くんがあんまり忍者らしいことをしていなくても、それは不自然にあらず……!
だけど今回ばかりは、ちょっとは忍者っぽいやもしれぬ。
見届けるのは、当然ながらこんしまちゃん。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
土曜日の正午過ぎ。
こんしまちゃんは一人で町外れを散歩していた。
目的はない。なんとなく、風を切って歩いているのだ……!
長袖のデニムジャケットを羽織り、薄茶色のロングスカートをひるがえしている。
ウェーブのかかったくせ毛に、十一月の空気がしみる……っ!
「むう……?」
ここでこんしまちゃんは、前方の歩道に人影を見た。
オーバーオールを着た百三十センチくらいの男の子が道のはしに立っている。
(小学校三年生くらいかな……? だれか待っているみたい……)
すれ違うとき、ちらっと顔が目に入る。
少しツリ目の男の子だ。ただし、あごは丸っこい。
「――すいません。そこのお姉さん、ちょっといいですか」
男の子が、こんしまちゃんに声をかけてきた。
過ぎ去ろうとしていたこんしまちゃんはきびすを返し、ひざを曲げてしゃがんだ。
「どうしたの……?」
「うちのアニキ、見ませんでした?」
オーバーオールの前面のポケットに手をつっこみながら、男の子が聞いた。
「顔は、おれみたいなツリ目です。でもあごは、もっとシュッとしてます」
「……もしかして」
こんしまちゃんは、クラスメイトの男の子の顔を思い浮かべた。
「お兄さんの名前は、鵜狩慶輔くん……?」
「は――って、あぶねっ」
男の子はポケットから両手を出し、とっさに自分の口をふさいだ。
「ふー、セーフ。知らない人にこじんじょうほうバラすとこだったわ~」
「えらい……」
こんしまちゃんが、にこっと笑う。
「でもごめんね……。あなたのお兄さんは、きょう見てないと思うなあ……」
「ひょっとしてアニキのこと知ってんですか」
かかとを上げ、男の子が前のめりになる。
「じゃあ、れんらくしてくれます? おれ、うっかりスマートフォンを家にわすれてきたんです」
「おっけー……」
こんしまちゃんが、デニムジャケットのポケットをまさぐる……ッ!
が、その手がとまる。
「あ、しまった。わたしも忘れてきちゃったみたい……」
肩を落とす、こんしまちゃん。
対する男の子は慌ててなだめる。
「い、いいんですよ。お姉さんが気にすることじゃないです……」
「ありがとう、優しいんだね……」
こんしまちゃんが、ていねいにお礼を述べた。
そのとき、聞き覚えのある声が響く。
「あ、クウガ。ここにいたのか。って、こんしまちゃんも一緒なんだ」
道の向こうから、こんしまちゃんと同年代の男の子が走ってきた。
あごがシュッとしており、少しツリ目だ。
クラスメイトの鵜狩慶輔くんで間違いない。
今の彼は、厚めのカーディガンをひっかけている。
「ごめん、クウガ。うっかり目を離したりして……」
「アニキ……おれも勝手にはなれたりして、ごめん」
オーバーオールの男の子は、鵜狩くんに駆け寄った。
ついで、立ち上がったこんしまちゃんのほうに振り向く。
「お姉さん、ありがとうございました」
「わ、わたしはなにも……」
こんしまちゃんは、ちょっと戸惑っている。
でも男の子は、ぶんぶん首を横に振った……!
「話を聞いてくれただけでも、おれは安心できたんです」
「――そうだったんだ」
男の子の話を聞いた鵜狩くんが、前に出る。
「俺からも、お礼を。ありがとう、こんしまちゃん。弟が世話になった」
「う、鵜狩くん……っ」
うれしさのあまり、こんしまちゃんの声がうわずった……ッ!
ごまかすために、話題を転じる。
「ところで鵜狩くんたちは、なにしに外へ……?」
「十一月の空気を吸ってた。ほどほどに冷たくて、おいしいからな。ところによって、味も違う」
「へー……すてきな休日だね……」
「とりあえず五十キロ走った」
「すごい……マラトンからアテナイまでの距離を超えてる……」
こんしまちゃんと鵜狩くんが、微笑しながら話す。
「待ったー!」
そんな二人に、オーバーオールの男の子がツッコミを入れる。
「え? なんでお姉さん、ツッコまないんですか。うちのアニキ、へんなこと言ってますよね?」
「そうかな……? 鵜狩くんなら当然じゃないかな……?」
「まさかお姉さん……ウチがニンジャのかけいって知ってるんじゃ……」
「シ、シラナイヨー」
「あーっ、知ってるやつのはんのう!」
「わ、しまった」
なんか話がこじれてきたな……。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
とりあえず歩きながら、鵜狩くんが弟さんに説明する。
「実は、俺の正体はすでにバレてるんだ。兄ちゃんが小三のとき、転入早々こんしまちゃん――このお姉さんに『本当の忍者』って漏らしてしまったから。ついうっかり」
「え、それおれが二才くらいのときの話? そんなときからこのお姉さんとインネンがあんの? でも正体をバラしたとか……アニキ、せっぷくもんじゃん!」
「え、切腹……?」
こんしまちゃんが、慌てふためく……っ!
「ししまった……。わたし、なにも知らずに鵜狩くんに迷惑を……」
「いや、お姉さんは気にしなくていいですよ」
オーバーオールのポケットに手をつっこんだ状態で、弟さんがこんしまちゃんを見上げる。
「今どき、ホントにハラかっさばくわけないですし」
「ほっ……」
「……ところで」
安堵のため息をつくこんしまちゃんに、鋭い目を向ける弟さん……!
「おれ、鵜狩クウガって言うんですけど、お姉さんの名前を聞いてもいいですか」
「わたしは、紺島みどり……」
こんしまちゃんは、やわらかな視線を返した。
「クウガくん、よろしくね。……よかったらわたしのこと、こんしまちゃんって呼んでほしいな……」
「分かりました、こんしまちゃんお姉さん」
そして弟さん――クウガくんが、お兄さんの鵜狩くんの手を引く。
「ねえねえ、アニキ。こんしまちゃんお姉さん、おれのこと助けてくれたわけだし……せっかくだからウチにしょうたいしたら?」
「あ、それもいいかもね」
鵜狩くんが、優しくクウガくんの手をにぎった。
ついでこんしまちゃんのほうを見て、確認する。
「こんしまちゃん。よかったら、俺たちんち来る?」
「もちろん……!」
こんしまちゃん、間髪いれず返答……ッ!
実は鵜狩くんがどこに住んでいるか、こんしまちゃんは知らなかったのだ。
ゆえにこのチャンスは絶対にのがせぬ……!
そしてこんしまちゃんは赤の信号機の前でとまったとき、クウガくんにささやいた。
「ありがとう、クウガくん……」
「いいんですよ」
クウガくんは、いったん鵜狩くんから手を離してこんしまちゃんにささやき返す……ッ!
「こんしまちゃんお姉さん、うちのアニキのこと気になってんでしょ。がんばってくださいよ~」
「しまった……バレてたの……?」
「おれもニンジャですからね! そんくらいのじょうほう、かんたんに分かります!」
「やるね……」
こんしまちゃんとクウガくんは、ほほえみ合った。
そんな二人の様子を、鵜狩くんもえびす顔で見ている……!
(なにを話しているかは分からないけど、こんしまちゃんとクウガが仲よくなってくれてうれしいな)
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
鵜狩くんのおうちは、小さな山のなかにあった。
あたりは林である。ゆるやかな傾斜に、焦げ茶色の家が建っている。家の前には池があり、紅白模様のコイが泳いでいる。
外観は、かの有名な慈照寺(銀閣寺)に近い。
おごそかで、それでいて落ち着きがある。
「今は俺、ここに住んでるんだ。中学のときは離れてたけど」
「お、おじゃまします……」
鵜狩くんとクウガくんの案内に従い、こんしまちゃんは縁側から入る。
靴を脱ぎ、縁側のゆかに足をつける。
この瞬間――ッ!
「ホーホケキョ!」
「わ、わあっ」
……なんかウグイスが鳴いたみたいだ。
びっくりして足をとめるこんしまちゃんに、鵜狩くんが言う。
「そこはウグイス張り。きしむたびにウグイスの鳴き声みたいな音がするよ。一般的なウグイス張りは『チャッチャ』とか『キュッキュ』って音なんだけど……ウチのは特別。でも安全だから、だいじょうぶ」
「おもしろいね……」
こんしまちゃんは臆さず、ウグイス張りの縁側を進む……!
でも、ちょっと変だ。前を歩いている鵜狩くんとクウガくんも縁側を踏んでいるのに、二人の足もとからは音が鳴らない。
(そっか、忍び足を使っているんだ……)
鵜狩くんだけじゃなく、クウガくんも忍者なんだなあとこんしまちゃんは感動した。
で、ウグイス張りの縁側を歩いたのち、こんしまちゃんは畳の敷かれた部屋に通された。
「わあ……いい感触」
こんしまちゃんが、薄緑色の畳をなでなでする。
すると――。
部屋の畳のゆか全体が、ぱかりと下に向かってあいた。
足場が急に消えたかたちだ……っ!
「へ……?」
こんしまちゃんと鵜狩くんとクウガくんが、まとめて落下する。
真上を見ると、畳のゆかが再び持ち上がって地上の光を閉ざしているところだった。
暗闇のなかを、こんしまちゃんが落ちていく。
体が斜めにかたむき、きりもみのように回転する。
こんしまちゃんは死を覚悟した。
脳みそから、サッと血の気が引く。心臓と肺がぼよんぼよんと跳ねているみたいだ。足が棒きれよろしく躍っている。
なんとなく、ゆかと激突するタイミングが分かった。
それも秒読み――思わず両手にこぶしを作って胸に当て、目を閉じた。
でも何秒たっても、こんしまちゃんはどこにも激突しなかった。
固く、優しい二つの手の平が背中とひざ裏をささえている。
「ケガはない? こんしまちゃん」
鵜狩くんの張りのある声がする。あたたかい息がすぐ真上から落ちてくる。
どうやら彼がこんしまちゃんを助けてくれたようだ。
「あ、ありがとう……鵜狩くん。でもクウガくんは、だいじょうぶかな……」
「おれなら、問題ないですよー」
高めの男の子の声が、わりと近い場所から聞こえた。近づいてくる足音も一緒である。
「そんでさっきのワナは、こんしまちゃんお姉さんがたたみをなでなでしたから発動したっぽいですね」
「しまった……わたし、そんなことを。ごめん、二人とも……」
「いいや、こんしまちゃんは悪くない」
こんしまちゃんをだっこしたまま、鵜狩くんが申し訳なさそうにつぶやく。
「俺がカラクリを教えていなかったのが悪い」
「てか、そもそも」
クウガくんが、こんしまちゃんの近くで足をとめる。
「こんなしかけにしているウチが一番問題だって……」
もっともすぎる。
「とにかくアニキ、こんしまちゃんお姉さん。とっとと出ようぜ」
「そうだな」
鵜狩くんが、体の向きを変えて歩きだす……!
どうやら鵜狩くんもクウガくんも、闇のなかである程度動きまわることが可能らしい。
でも相変わらず、こんしまちゃんはだきかかえられた状態だ。
「明るいところに出るまでは、俺がこんしまちゃんを連れていくから」
「うん……ありがとね、鵜狩くん」
こんしまちゃんは、素直に鵜狩くんを受け入れた。真っ暗闇のなか無理に自分だけで進もうとしたら、かえって足を引っ張ってしまうからだ。
ちなみに鵜狩くんも、クウガくんとこんしまちゃん同様、うっかりスマートフォンを自分の部屋に忘れてきているので……あかりを確保するすべはない。
ともあれこんしまちゃんは、昔のことを思い出す。
小学三年生のとき、折紙の手裏剣を使った鬼ごっごをやった記憶がある。
そのとき鵜狩くんは目をつぶったまま正確に手裏剣を投げていた。
また、転んでひざ小僧をケガしたこんしまちゃんを、今と同じようにだきかかえてくれた。ちょうど背中とひざ裏に手を添えて……。
ドキドキするこんしまちゃんだけど、体の右側のほうが鵜狩くんの腹部に近い格好なので安心する。
これなら、胸の左寄りにある心臓の鼓動を比較的拾われにくいと言える……っ!
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
こんしまちゃんをかかえた鵜狩くんは、弟のクウガくんと共に暗闇を歩く。
ともかく明るい地上に戻らねばならぬ……ッ!
でも地下は、全然ジメジメしていない。むしろさわやかで、あたたかい。
こんしまちゃんは鵜狩くんの両腕にいだかれながら、自分の腕を組んでいる……!
鵜狩くんは優しくゆらゆらしてくれる。心地いい。
うとうとする、こんしまちゃん……。
が、このとき――。
「アニキ、気をつけて! まきびしが!」
クウガくんの高い声が、こんしまちゃんの耳をつんざいた。
「ヤベえって! まきびしが空中をおどってんぞ!」
「そうみたいだな」
ついで鵜狩くんは、胸から上を前に出す。
で、なにかをなめる。
「ん……これは」
「まさかどくか!」
「金平糖だ」
「ホントだ、あまい!」
闇のなかでなにが起きているのか、こんしまちゃんにはサッパリである……。
たぶん宙に、まきびしのかたちをした金平糖がつるされているのだろう。
鵜狩くんの口元から、とろけそうなにおいが漂ってくる。
「んん……っ。衛生的にも問題ないな。この金平糖、さっきの畳のワナが作動したときに出てきたみたいだし」
「うめーっ! うめーッ! これ、アニキが作ったやつじゃね?」
「たぶんな。まきびしと金平糖を組み合わせたおかしを研究していたときの試作品だ。確か父さんと母さんにあげたっけ。そのときのを使ったっぽいね」
そして歩きながら鵜狩くんが、視線を落とす。
「こんしまちゃんも、食べてみて」
「ありがとう……いただきます……あむ」
口元に当たった金平糖を、こんしまちゃんが舌で転がす……!
十字の四つの先っぽがそれぞれ直角に曲がっている。でも先っぽは鋭くないので、口のなかは安全だ。
チョコのような香りが口内ではじける。
酸っぱさもほどよく混ざっているため、しつこくない。
まきびしの形状が舌の上で躍る。そのため金平糖が一気に溶けず、徐々に甘みを届けてくれる……ッ!
「おいしい……っ」
このまきびしは敵を撃退できるようなものじゃないけれど、だれかの心をがっちり捕らえることはできそうだ。
ともあれ、つり下げられた金平糖まきびしは鵜狩くんとクウガくんとこんしまちゃんの三人に残さずたいらげられた……っ!
しかし……そんなまきびしエリアを抜けた三人は、息つくひまもなく次の試練に直面する。
「あ、アニキ!」
ちょっと前を歩くクウガくんの動きがとまる。
「こっから先、地面がない! 進めねえわ!」
「そうなのか。だったら空蜘蛛を使おう」
「え……?」
こんしまちゃんが、思わず驚く。
「忍者が使うのって……水蜘蛛じゃないの……?」
「あれは水上を移動するときに使う道具だね」
鵜狩くんが、おっとりとした声を出す。
「対して空蜘蛛は、空中を移動する際に用いる」
「あっ、こんしまちゃんお姉さん!」
クウガくんが、慌てて口をはさむ……っ!
「空ぐもについては人に話さないほうがいいですよ。『水ぐものまちがいだろ』ってニンジャエアプあつかいされるから!」
「そ、そうなんだ……」
「秘伝の忍術だから、民間には伝わっていないんだ」
やわらかく言いつつ鵜狩くんは、その場で数回足踏みした。
すると、こんしまちゃんをだきかかえる鵜狩くんの腕の位置がちょっと高くなった。
どうやら鵜狩くんの足もとに、なんらかの物体が出現したらしい……っ!
「さてと空蜘蛛のセットは完了」
「おおーっ、すげえ! いつ見てもカッコよすぎんだろ!」
興奮した声を上げながら、クウガくんが鵜狩くんのそばに寄った。
こんしまちゃんも、空蜘蛛をぜひ見たいと思った。でも首を下にかたむけて目をこらすけれど……やっぱり闇にまぎれて見えない……。
じきに、体が浮き上がったような感覚を味わう。
たぶん円盤状のドローンに乗っているのかなとこんしまちゃんは想像した。
鵜狩くんは足をとめている。
でも風がこんしまちゃんの体の左側を押してくる。
空間を突き進んでいる証拠だ。
正確には、時計回りに前進している。したがって、つま先よりも頭のほうがなんかゆれる……!
「スイスイ宙を進むなんて……空蜘蛛、すごい科学技術だね……」
「いや忍術」
「しまった。すごい忍術だね……」
「どっちでもいいだろ……」
こんしまちゃんと鵜狩くんの会話に、ちょっと呆れ声を出すクウガくん。
だけど、すぐにマジメな声に切り替える……ッ!
「あ、見てアニキ、こんしまちゃんお姉さん。そろそろ地面なしゾーン終わるぜ」
クウガくんの声に反応して前方に視線を移すと、白っぽいあかりが浮かんでいた。
鵜狩くんが、また数回その場で足踏みする。
そして空中を蹴るようにして前方に飛び出し……ゆるやかな弧をえがきつつ着地した。
鵜狩くんに続き、クウガくんもシュタッと四つ足で着地を決める。
三人は、やっと明るい場所に出た。
今いるのは、四角い通路である。白っぽい通路が斜め上に延びている。奥から太陽の光がそそぐ。
こんしまちゃんはお礼を言って、鵜狩くんの腕から下ろしてもらった。
そして空蜘蛛とやらを探すが、すでにそのかたちはどこにもない……ッ!
「しまった……見のがしちゃった……」
「こんしまちゃん?」
鵜狩くんが腕のストレッチをしながら、首をかしげる。
「見のがしたって、なにを」
「わ、わあ……なんでもないよ……」
忍者の秘密道具についてあんまりせんさくするのもよくないかもと思いなおして、こんしまちゃんは首を横に振った。
そんな二人を無視して、クウガくんが先行する。
「んじゃ、はよもどろう」
斜め上から差す太陽の光に向かって、歩を進めるクウガくん。
が――!
突然、通路の天井がパカリとひらいた。
正方形の大きな穴が天井にあいた。その内側から、一個の灰色の大玉が落ちてくる……! 直径は、通路の幅と同じくらいだ……ッ!
「あ、危ない……! クウガくん……っ」
さけびながら、こんしまちゃんは通路を蹴った。
倒れるようにクウガくんに近寄る。両腕を彼の背中に回し、胸のなかでだきしめる。
大玉からクウガくんを守ろうとしたのだ。
でも通路は斜め上に延びる坂になっている。ゆかでバウンドした大玉が太陽の光をさえぎりながら、こんしまちゃんとクウガくんを襲う……っ!
バウンドの際には、ドゴッというにぶい音がした。
「わわわ……」
こんしまちゃんにできるのは大玉に背を向けてクウガくんをかばうことくらいだった。
大玉が二人におおいかぶさる――。
――その直前。
厚めのカーディガンのすそが、こんしまちゃんの鼻をかすった。
それは、鵜狩くんの着ていた上着だ。
鵜狩くんは、こんしまちゃんとクウガくんの前に出て灰色の大玉をじっと見る。
カーディガンのポケットから黒い折紙を取り出す。折紙を空中に投げ、両手で折る。
たちまち、ひし形に棒のついた形状のものができあがる。
忍者の使うクナイという武器だ。それを右手でつかむ。
棒の部分を逆手に持ち、ひし形のとがった部分を大玉に当てた。
すると大玉は、まるでゴムボールみたいに押し出された。
坂の上のほうへとバックスピンし、後退する。
鵜狩くんは身を低くし、大玉を追った。すくい上げるようにクナイの二撃目をたたき込む……!
その動きに合わせ、大玉が浮き上がる。天井の正方形の穴に吸い込まれる。
この隙に鵜狩くんは後ろに跳躍した。
放物線をえがいて、クウガくんをだきしめるこんしまちゃんのそばに着地する。
間髪いれず二人を両腕にかかえ、一足飛びに前進。通路の坂を駆け上がる。天井に四角い穴のあるポイントを通過する。
直後、穴に吸い込まれていた大玉が再び落下して姿を見せる。
大玉はにぶい音を立ててバウンドし、斜め下へと転がっていった。
間もなくして、ガゴッという響きと共に通路全体がゆれる。
おそらく大玉は地面なしゾーンに到達し、奈落の底に吸われていったのだろう……っ!
ともあれ、まだ通路にはワナがあるかもしれない。
鵜狩くんが、こんしまちゃんたちをゆかに下ろす。
ごくりとつばを飲む、こんしまちゃん。
そして腕のなかで、クウガくんが暴れる……ッ!
「こんしまちゃんお姉さん。いつまでかかえているんですか……」
「し、しまった……。ごめんね、クウガくん……」
こんしまちゃん、クウガくんを解放……!
そんなこんなで、三人は先を急ぐ。
でも結局、大玉のあとにはなんの仕掛けもなかった。
鵜狩くんとクウガくんとこんしまちゃんは通路を抜け、太陽の日差しをじかに浴びる。
あたりは林だ。目の前には、焦げ茶色の家がたたずんでいる。
家のそばには池がある。鵜狩くんちで間違いない。
そして三人が地上に出たところで、通路の出入り口が音なく沈んだ。
まるで水中にもぐるように四角形の出入り口が地下にうもれる。
結果、出入り口の屋根だけが地表に露出した状態になる。しかし屋根は雑草の生えた地面と同化し、本物の地面と区別がつかぬ……ッ!
三人は靴をはきなおし、家の縁側に並んで座った。
こんしまちゃんは鵜狩くんの左隣に腰を下ろし、頭を下げる。
「ありがと……鵜狩くん……さっきは助けてくれて……」
「どういたしまして」
鵜狩くんは、お礼の言葉をそのまま受け取った。
さらに、こんしまちゃんに感謝を述べる。
「俺からも、ありがとう。クウガをかばってくれて」
「……ふんっ」
ここで、こんしまちゃんが返答するよりも先にクウガくんがそっぽを向いた。
クウガくんはオーバーオールのポケットに手をつっこんで、こんしまちゃんの左隣に腰かけている。
「おれ、こんしまちゃんお姉さんに守られなくても、自分でなんとかできたし」
「しまった……」
こんしまちゃんが、クウガくんのいる左へと首を向ける。
「わたし……余計なことしちゃったね……ごめんなさい……」
「べつに」
右にいるこんしまちゃんに、クウガくんが横目を返す。
「たしかにおれだけでなんとかできたのは事実ですけど……守ってくれたのは、すげえうれしかったから――」
クウガくんが、オーバーオールのポケットから手を出す。
ほおをかきながら、顔を赤くする。
「その……だから、ありがとうございました。こんしまちゃんお姉さん。さっきはニンジャとして、ちょっとカッコ悪いところを見せた感じがして……おれ、自分にイラついてた。それで、わざとイヤなたいどをとってました。おれこそ、ごめんなさい」
「……クウガくん」
こんしまちゃんは、その小さなツリ目に顔を近づけた。
クウガくんの丸っこいあごが、よく見える。
「わたし、クウガくんにいっぱい感謝してる……。だって、クウガくんと会えたから……こうして鵜狩くんちに来られたんだもん……」
「そうですか」
冗談めかして、クウガくんが言う。
「せいぜい、おれのことダシにでもしてください」
「いいや……」
こんしまちゃんは、小さくかぶりを振った。
「わたし、クウガくんとも友達になりたい……」
「と、友だちって……おれ、小三ですよ」
「ダメ……?」
「いいに決まってます!」
「そう……やったあ……っ」
こんしまちゃんは顔をほころばせ、クウガくんは照れている……ッ!
一方、鵜狩くんが二人の右隣でうなずく。
「クウガとこんしまちゃんがもっと仲よくなってくれて、俺もよりうれしい」
口元に弧を引きつつ、シュッとしたあごを縦に振る。
その様子を見たクウガくんは手をたたいて、ちょいにやけた……っ!
「それ言うならアニキとこんしまちゃんお姉さんも、もっとなかよくなってもいいんじゃねえの~」
「え……すでに俺とこんしまちゃんは友達だけど」
「そうじゃなくて、だからさあ~」
「も、もうっ……クウガくん……」
こんしまちゃんが、なにかをさえぎるかのように両手をぶんぶん動かす。
この動きにともない、こんしまちゃんの全身が激しく動いた……!
「ホホホーホケキョキョ!」
「ひゃああっ……」
いきなり鳥の鳴き声が響いたので、こんしまちゃんは絶叫してしまった……っ!
思わず腰を浮かしたあとで、さっきまで自分がおしりをつけていた場所を見る。
そこは縁側のゆかである。こんしまちゃんは、家に上がったときのことを思い出した。
「しまった……。そういえば、ここって……ウグイス張りだったね……」
そのゆかで激しく身を動かせば、鳥の鳴き声のような音がする。
ウグイス張りのことを忘れていて恥ずかしくなった、こんしまちゃん。
でもこんしまちゃんの両耳に、新たに音が流れ込む……!
「ホーホ」「ケキョ」
見ると、鵜狩くんとクウガくんが縁側に腰かけたまま体をゆらしていた。
鵜狩くんは「ホーホ」と、クウガくんは「ケキョ」と鳴らしている。
二人は黙って、立ち上がったこんしまちゃんを上目づかいで見ていた。
ツリ目の視線が、こんしまちゃんに集中する……!
こんしまちゃんは、もう一度腰を沈めた。
ついで体を左右に震わせ、「ホーホケキョ」と奏でる。
前後にも体をゆすってみる。すると、十一月の空気がすっと体内に入り込んでくる。
鵜狩くんの言っていたとおり、ほどほどに冷たくて、おいしい……。
――いや、ちょっと違う。
左右に座る二人の体温と息のあたたかさも感じられる。
あったかさにはさまれ、こんしまちゃんはポカポカだ。
そのことを鵜狩くんとクウガくんに伝えようかとも思った。でも、やめといた。
今は、季節外れの「ホーホケキョ」という音だけでいいような気がしたから。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
☆今週のしまったカウント:十回(累計百回)
次回は十一月二十一日(金)午後七時ごろの更新です!
それと話の数が増えてきたので、サブタイトルに「第○週」をつけてそれぞれの話が何話目か分かりやすくしました。アラビア数字(1とか10とか)を使うべきか迷いましたが、縦書きで読む場合のことも考えて漢数字(一とか十とか)にしています。
次は第二十四週になります。「適度な距離を保ってしまった!」というサブタイトルにする予定です。(変えるかもしれませんが……)




