忍者の男の子が気になってしまった!(金曜日)
――とある町に、ウェーブのかかったくせ毛が特徴的な女子高生が住んでいた。
その名は、紺島みどり。
彼女は、一週間に一回は「しまった」と言ってしまう女の子。
みんなからは、「こんしまちゃん」の呼び名で親しまれている……!
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
とくに、こんしまちゃんと仲がいいのが、矢良さんと鵜狩くん。
矢良さんはいつもポニーテールの女の子。
鵜狩くんは、ちょっとツリ目の男の子。
二人とも高校一年生で、こんしまちゃんのクラスメイトだ。
矢良さんとこんしまちゃんの出会いは高校に入学してからだけど……。
実は、鵜狩くんとこんしまちゃんが知り合ったのは小学生のころ。
今回は、そのときの話――。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
鵜狩くんとの出会いは、七年前。
そのころ、こんしまちゃんは小学三年生の春を謳歌していた。
しまったという口癖が、クラスメイトのみんなにウケて……人気者になっていたのだ!
九九を「きゅきゅ」と言い間違えたときも、リコーダーの頭じゃなくてお尻のほうをくわえちゃったときも、こんしまちゃんは「しまった」と小声でつぶやいた。
そのたびに、こんしまちゃんはションボリする。
でも、みんなは「気にしないでいいよ! こんしまちゃんは、こんしまちゃんのペースで、いいんだよ!」と言ってくれた。
だから、こんしまちゃんは安心して学校生活を送ることができた。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
そして、小学三年生五月のとある金曜日。
こんしまちゃんのクラスに、新しい仲間が加わった。
転校生は男の子だった。あごがシュッとしており、ややツリ目である。
名前は、鵜狩慶輔。
鵜狩くんは自己紹介のとき、だれも知らない難しい漢字をスラスラと黒板に書いた。
ひらがなのルビも付けてくれたので、こんしまちゃんも鵜狩くんの名前を覚えられた。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
休み時間になって、鵜狩くんは「おりがみ」を折り始めた。
こんしまちゃんは、少し離れた窓際の席で、鵜狩くんの様子を観察している。
みんなが見守るなか、鵜狩くんは素早く手を動かす。
三十秒もかからず、二枚のおりがみが一つの手裏剣に変化する。
それは、卍のかたちをした手裏剣――。
でも先っぽは、とがっていない。これなら、当たっても危なくなさそうだ。
まわりに集まったみんなは出来映えをほめたあと、「これ、どのくらい、とぶの?」と聞く。
鵜狩くんは、おりがみの手裏剣を右手に取る。
「このあいだ投げたときは、五十メートルだったかな」
言いつつ、右手を振る。
すると――卍の手裏剣が鵜狩くんの手からすっぽ抜けた。
手裏剣は窓際の席めがけて飛んだ。
そこには、こんしまちゃんがいた。
しかし、こんしまちゃんは手裏剣にすぐ気づき――。
机につっぷすことで、直撃を回避した。
当の手裏剣は、あいた窓から外に落ちていった。
だれ一人、声を発するひまもなかった。
さらに……机から顔を上げたこんしまちゃんが、ぼそりと言う。
「しまった。いたくなさそうだったのに、よけちゃった……」
それを聞いた鵜狩くんがハッとして、ウェーブのようなくせ毛を持つ、こんしまちゃんの近くに寄った。
申し訳なさそうに頭を下げる鵜狩くん……。
「ごめん。手裏剣を手放して、君のほうに飛ばしてしまった。『うっかりしてた』じゃ、すまされない」
「……だいじょうぶだよ。うかりくん。でも、まどから落ちちゃったみたい」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
そんなわけで鵜狩くんとこんしまちゃんは昼休み一緒に校庭に出て、手裏剣を探すことになったのだ……。
とはいえ、おりがみ手裏剣は、意外と簡単に見つかった。
校舎のそばの、花壇の前に落ちていた。
だけど、それを先に拾い上げたのは――鵜狩くんでも、こんしまちゃんでもなかった。
――紫の髪飾りを付けた、ツインテールの女の子だった。
その女の子が、鵜狩くんの折った卍の手裏剣を持っている……!
しかし、知らない顔だ。
少なくとも、こんしまちゃんのクラスメイトではない。
違う学年の子かもしれない。
鵜狩くんが女の子のそばに駆け寄り、声をかける。
「拾ってくれてありがとう。それ、おれの手裏剣なんだ」
「そう、かっこいいね。じゃあ、ひまだからアヤメと勝負しようよ!」
ツインテールの女の子は、鵜狩くんを真正面から見据える。
会話の流れがよく分からないけれど――とりあえず女の子の話を、こんしまちゃんと鵜狩くんはまじめに聞くことにした。
「ルールは、アヤメオリジナル……! アヤメともう一人が、このしゅりけんを順番に投げ合って、先に相手に当てたほうが勝ちっ!」
……どうやら「アヤメ」というのが、この女の子の名前のようだ。
ついで当のアヤメが、手裏剣を鵜狩くんに差し出す。
「……なんてね。無理に勝負にさそったら、いけないよね。はい、これは返すよ」
手裏剣を鵜狩くんの右手に握らせて、アヤメがその場を去ろうとする。
が、鵜狩くんが呼びとめる。
「待った。おもしろそうだから、おれはアヤメの勝負を受ける」
「本当? やったーっ!」
あらためてアヤメが鵜狩くんと目を合わせる。そして、めちゃく……個性的な振り付けで、喜びのダンスを舞い始めた。
続いて、こんしまちゃんも参戦の意を示す……!
「わたしも、アヤメちゃんと遊びたい」
「うれしいね……! 一人ずつ、かかってきて」
こうしていつの間にか手裏剣探しが、アヤメとの勝負にすり替わってしまったのであった。
しかしだれも気にしていないので、問題なんてあるはずもない……!
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
さっそく、アヤメ対こんしまちゃんの戦いが始まる。
先攻は、こんしまちゃん。
鵜狩くんから貸してもらった卍手裏剣の、とがっていない先っぽをツンツンつつく、こんしまちゃん……!
どうやら気合いは、じゅうぶんのようだ。
アヤメから五メートルくらい離れた場所に立ち、大きく振りかぶる。
「てやあ~」
――という声と共に、こんしまちゃんの右手から手裏剣が放たれる。
しかし方向がズレた。
こんしまちゃんの投げた手裏剣はアヤメに向かわず、あろうことか上空に飛んでいってしまったのだ……ッ!
「しまった。打ち上げちゃった」
ここで風が吹いた。
こんしまちゃんのくせ毛も、アヤメのツインテールも、なびいた。
さらに、風にあおられた手裏剣が、急な弧をえがいて落ちてきた。
結果、それはアヤメの髪の上に乗った。
風で落ちそうになったものの、アヤメの紫の髪飾りに、卍の手裏剣が引っかかった……。
おもむろにアヤメは手裏剣を手に取り、こんしまちゃんに走り寄る。
「くやしいけど、この勝負……アヤメの負けだよ。でも……すごいね! もしかしてニンジャなの?」
「かもしれない」
めずらしく、こんしまちゃんが調子に乗っている……!
それほど、うれしかったようだ。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
続いて、アヤメ対鵜狩くんの戦いに移る。
ルールに変更はない。交互に手裏剣を投げ合って、先に相手に当てたほうが勝ち。
相手の鵜狩くんから、約十メートル離れた場所に立ち――。
アヤメが、おりがみ手裏剣を左手でブンブン振る……!
「勝負も、おおづめ。おもしろいものを見せてあげるよ」
そう言ってアヤメが、鵜狩くんに背中を向けた。
アヤメと鵜狩くんのあいだ(正確には、二人のじゃまにならないように、そこから少しズレた場所)に立っていたこんしまちゃんも、これには困惑してしまったが……。
深呼吸して、勝負の行方を見守るのだった……!
「やあっ!」
かけ声と同時に、左手から手裏剣が離れる。
後ろを向いたままアヤメは、下から手裏剣を放ったのだ。
すると、その手裏剣は勢いよく飛び、鵜狩くんのシュッとしたあごに当たった。
もちろん手裏剣は鵜狩くん自身が作ったもの……。おりがみだし、先っぽはとがっていないので、痛くないし、ケガもしない。
「おれの負けか……。背中を向けたまま投げて当てるなんて、まさかアヤメも忍者か」
「ニンニンッ!」
なんかアヤメも調子に乗りだした……。
印を結んでいるつもりなのか、両手の指をからませて、左右の人差し指を立てている……!
こんしまちゃんも、アヤメに「すごい……」と声をかける。
しかしアヤメは……なにかに気づいたのか、両手をほどく。
手裏剣をいじくっている鵜狩くんに話しかける。
「……ルールへんこう」
「え?」
こんしまちゃんと鵜狩くんが、いぶかしげな目でアヤメを見つめる。
アヤメは自身のツインテールをモフモフしながら、一気に言う。
「先に当てたほうじゃなくて、より遠くから当てることができたほうの勝ちにする!」
ついでアヤメは、こんしまちゃんに視線を移す。
「もちろん、あなたの勝ちは無効にならない。このルールへんこうは、あなたのお友達との試合でのみ適用される……! これぞ、アヤメオリジナルクオリティ……!」
――かくして鵜狩くんは、このルール変更を受け入れた。
鵜狩くんも手裏剣投げができるようアヤメが気を利かせてくれたのはバレバレだったが……そこは、あえて気づかないフリをする鵜狩くん。
そして鵜狩くんは一歩ずつ後退し――。
アヤメから、五十メートル離れた。
さいわい学校の中庭が横に長かったため、その距離を確保することもできたのだ。
鵜狩くんの姿が、めっちゃ小さく見える……。
「え? じょうだんだよね」
戸惑うアヤメ。こんしまちゃんも声こそ上げなかったものの、当然ながら混乱のただなかにいる。
しかも鵜狩くんは、ほとんどノーモーションだった。
右手だけをブウンッと振り下ろす。
――刹那。
卍手裏剣がまるで車のタイヤのような縦回転を見せた。
鵜狩くんの投げたそれは一直線にアヤメを目指し、五十メートルの距離を悠々と突破した……ッ!
そしてアヤメの目の前でフォークボールのように落ち、服のポケットに、すっぽり入った。
「す……すごい。アヤメの完敗だよ……!」
アヤメは肩を落とし、ポケットから手裏剣を取り出す。
「ともかく、これで勝負はおしまい。二人とも、遊んでくれて、ありがとう」
走ってきた鵜狩くんに手裏剣を渡そうとするアヤメ。
でも鵜狩くんは、ちょっとだけツリ目を細めて言う。
「よかったら、その手裏剣……もらって。おれも、後ろを向いたまま投げる技に感動したから」
「……いいの? わーいっ!」
それからお礼を言ったあと、アヤメは手裏剣を左手に持って去っていった。
元々、手裏剣を探しに外に出たはずなのに……結局それを手放すことになった鵜狩くん。
だけど、これでよかったのだ。
なぜなら鵜狩くんが、満足そうにうなずいているから。
こんしまちゃんは鵜狩くんのそばに寄り、気になったことを口にする。
「あんなに投げることができるなんて……うかりくん、本当はニンジャなんじゃ」
「そうだよ、本当の忍者だよ」
断言した……!
「やっぱり、そうなんだ」
「……あ、言ってしまった。うっかりしてた……!」
果たして、こんしまちゃんが鵜狩くんの発言を真に受けたのかそうでないのかは――、分からない。
だけどこの日から、こんしまちゃんが鵜狩くんのことを意識し始めたのは事実であった。
そのときは、とくに自分が優しくされたとか、そんなわけじゃない。
でも思い出すにつけ、インパクトのある愉快なエピソードであるような気もしてくるのだ。
そして教室に戻る途中で。
鵜狩くんが、こんしまちゃんに伝える。
「きょうは、いっしょに手裏剣を探してくれて、ありがとう……。えっと……」
「そういえばわたし、じこしょうかいして、なかったね」
歩きながら、こんしまちゃんが、鵜狩くんにちょっとだけ近づく。
「わたし……こんしま、みどり。こんしまちゃんって、よんでほしいな……」
「分かった、こんしまちゃん……あらためて、きょうは、ありがとう」
実は、こんしまちゃんが自分のことを「こんしまちゃん」と呼んでとだれかに言ったのは、これが初めてのことだった。
……こんしまちゃんは、中学校では鵜狩くんと別々になってしまったけれど。
高校で再会したとき、心臓がとても熱くなるのを感じた……。
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
「――こんしまちゃん、こんしまちゃんっ。もうすぐ授業、始まるよっ」
自分を呼ぶ声を聞いて顔を上げると、ポニーテールの女の子が、こんしまちゃんの机にあごを載せていた。
今は金曜日の高校の休み時間。場所は教室の、こんしまちゃんの席。
こんしまちゃんが、机にあごを載せていた女の子をとがめることはない。
そういう仲の、友達だからだ。
こんしまちゃんは、目をこする。
「しまった、わたし、ふけってた……」
「夢を見てたの?」
「実は、矢良さん……。わたし、昔のことを思い出していたの……」
「いつのことかなっ」
「小三のときの思い出だから、七年前かな。鵜狩くんと初めて会った日の話だよ……」
「気になるな~。あたしも、あとで聞きたいな~」
「いいよ……。でも秘密にしなきゃいけないこともあるから――」
こんしまちゃんが右の人差し指を口元に近づけ、それを立てる。
やわらかく、ほほえむ。
「――そこだけは、うっかり話してしまわないよう気をつけなきゃね」
※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計七回)
なおカウントは、対象の曜日においてこんしまちゃんの口から出た感動詞の「しまった」のみとする。
たとえば「~してしまった」のように動詞に続く「しまった」はカウントしない。