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19/21

結婚の相談に乗ってしまった!(木曜日)

 一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)は「しまった」と言ってしまう(けい)女子高生・紺島(こんしま)みどりは「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」と呼ばれている。


 そんなこんしまちゃんは、最近……クラスメイトの相談に乗ることが多くなってきた。


 なんか……こんしまちゃんには、いろいろ(はな)しやすいみたいなのだ。

 こんしまちゃんは、どんな内容も()()()()聞いてくれるし、秘密も守ってくれる。


 そして今回は、結婚(けっこん)に関する相談がこんしまちゃんのもとに()()()()()()……。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 木曜日、午前の授業が始まる前の教室にて――。

 自分の席に(すわ)っているこんしまちゃんに、クラスメイトの一人(ひとり)が声をかけた。


「お、おはよー。こんしまちゃん」

「おはよう……子々津(ねねつ)さん……」


 その朝、こんしまちゃんに(はな)しかけたのは――子々津(ねねつ)絵千香(えちか)さん。

 以前こんしまちゃんがお弁当を忘れたときに()()()()をくれた女の子である。清楚(せいそ)にまとまった()()みが特徴的(とくちょうてき)だ。


 少しぎこちない笑顔(えがお)を向け、子々津(ねねつ)さんが手を合わせる。


「あの、こんしまちゃん……きょう相談に乗ってほしいことがあるんだけど。ねねっ、このとおり!」

「なにに困ってるの……?」


「それが……あたしと()()()()()()()()でね……。ともかく、きょうじゅうに一対一(いったいいち)(はな)したいな」


 左右の手を、こすり合わせる子々津(ねねつ)さん……。


「ねねっ、いいよね」

「それじゃあ……」


 こんしまちゃんが()()()()()()(こし)()かし、子々津(ねねつ)さんに耳打(みみう)ちする。


「昼休み、校舎一階(いっかい)()()()()の階段裏でね……」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 学食(がくしょく)でお昼ごはんを()()()()()あと、子々津(ねねつ)さんは指定の場所に向かった。


 階段裏では、()()()こんしまちゃんが待っていた……!


 二人(ふたり)(かべ)()を預ける。

 こんしまちゃんが自分から()()()しゃべらないので、子々津(ねねつ)さんが口火(くちび)を切る。


「きょうは相談に乗ってくれてありがとう。実は――」


 少し言葉をにごしたあと、子々津(ねねつ)さんが()()()()言う。


「実は、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんがお(たが)いに結婚(けっこん)したいみたいなのっ!」


 右隣(みぎどなり)のこんしまちゃんに顔を向けながら勢いよく(くち)にしたので、子々津(ねねつ)さんの()つ編みがぶるんっ! と()()()()()()

 こんしまちゃんは数秒間フリーズしたのち、聞き返す……ッ!


「おじいちゃんとおばあちゃんなら……すでに結婚してるんじゃ……? それとも、よりを(もど)そうってこと……?」

「あ、あたしの言い方が悪かったね。ごめん」


 子々津(ねねつ)さんは三つ編みのポジションを調整しつつ、言いなおす。


「正確には……あたしから見て母方(ははかた)のおじいちゃんと父方(ちちかた)のおばあちゃんが相互(そうご)に結婚を望んでいるわけ」

「え……もうちょっと(くわ)しく」

状況(じょうきょう)を整理するには、まずあたしの家庭環境(かんきょう)から語らなければいけないね……」


 長くなりそうだ……っ!


「母方のおじいちゃんは五年前に、父方のおばあちゃんは七年前に、それぞれ配偶者(はいぐうしゃ)を病気で()くしたんだ。で、あたしのお父さんとお母さんは八年前に離婚(りこん)してる。仲が悪くなったんじゃないよ。仕事やらなんやらで(たが)いに生活リズムが、かみ合わなくなっただけ。今あたしは父と暮らしているけど、母とも、その家族ともまだ仲よくて一緒(いっしょ)に旅行に出かけたりする。これがあたしの家庭環境」


 ……意外と早く終わった。

 どうやら子々津(ねねつ)さんは、事前に伝えるべきことをまとめていたようだ。


「そんななか……あたしは気づいた。今年(ことし)の八月なかば、あたし・父・母・おじいちゃん・おばあちゃんで山のふもとの(ぼう)温泉地に旅行に出かけたとき……おばあちゃんが乙女(おとめ)のような(ひとみ)でおじいちゃんを見つめていたんだ」

「もしかして、恋愛的(れんあいてき)に好きってこと……?」


「おじいちゃんは鳥の写真を()るのが好きなんだけど……その撮影(さつえい)している顔がとてもキラキラしているんだよ」

素敵(すてき)なおじいちゃんだね」

「あたしも、そう思うよ。ねねっ、いいよね」


 自分がほめられたときみたいに、子々津(ねねつ)さんは照れている。


「そんで、そのおじいちゃんも……おばあちゃんを乙女のような視線でじっと見ているの……」

(たが)いに()かれ合っているんだ……」


「とくに、おばあちゃんは卓球(たっきゅう)が得意でさ……旅館でお父さんと卓球台をはさんで、めっちゃラリー続けんの! 別にお父さんも接待してるわけじゃないのに、最終的にはおばあちゃんが()ったりしてね……そんときのおばあちゃんの顔、(あせ)(かがや)いてきれいなんだ……その表情におじいちゃん、(こい)しているみたいに見とれちゃってた……」

「素敵なおじいちゃんが()かれちゃうほど、おばあちゃんも素敵な人なんだね……」

「そうなんだよ~」


 子々津(ねねつ)さんは顔を赤くし、自分の()つ編みをさわった。


「でね、こんしまちゃん……。あたし、おじいちゃんとおばあちゃんに、それぞれこっそり一対一(いったいいち)で聞いてみたんだ。(たが)いのこと、どう思ってるかって。孫にこんなこと聞かれたら困りそうなものだけど、二人とも真剣(しんけん)に答えてくれたよ。『好きだ』って。『結婚したい』んだって」

両思(りょうおも)いなんだ……!」


「というより、『両片思(りょうかたおも)い』って感じ。気持ちを()ち明けたら、家族関係が崩壊(ほうかい)するんじゃないかって心配して二人とも思いを(かく)しているみたい」

子々津(ねねつ)さんがおじいちゃんとおばあちゃんの気持ちに気づいたのは今年の八月なんだよね……? 前から二人のあいだに恋愛感情はあったのかな……?」


「たぶん、あたしが今まで気づかなかっただけで、あったと思う。でもお互いに死別したパートナーのことを考えて……罪悪感みたいなものも心に(しょう)じていて……それがストッパーになっていたんじゃないかなあ。だけど隠していた思いがたまりにたまって……今年の八月にあふれてしまったわけだね」

「そう……。ところで、子々津(ねねつ)さんのお父さんとお母さんは、おばあちゃんとおじいちゃんの気持ちに気づいてる……?」

「直接確認したわけじゃないから断言できないけど、たぶん気づいてない」


 こんしまちゃんのそばで、子々津(ねねつ)さんが身を(ちぢ)ませる。


「……どうしよう、こんしまちゃん。あたし、どうしたらいいか分かんない……ほかのだれかに相談することも、不安でできなかった……」

「だいじょうぶだよ、子々津(ねねつ)さん……わたしも(ひと)(ひと)つ考えてみるから……」


 ここで、こんしまちゃんがじっと子々津さんの顔をのぞき()む。


「ただ、その前に聞かせて」

「なにを……」


子々津(ねねつ)さん自身は、おじいちゃんとおばあちゃんに()()()()()ほしい……?」

「幸せになってほしい。互いに思いをかなえてほしい……っ」

「分かった……わたしも、そう思うよ」


 いつも以上に(おだ)やかで落ち着く声を出す、こんしまちゃんであった。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「二人の結婚(けっこん)に関して、()さえるべきポイントは(みっ)つ……」


 子々津(ねねつ)さんの清楚(せいそ)()つ編みを見ながら、こんしまちゃんが指を立てる。


「まず、ご年配(ねんぱい)のかた同士の結婚であること……次に、五年以上前にパートナーと死別している人同士の結婚であること……そして、自分の子どもの配偶者(はいぐうしゃ)の親と自分とによる結婚であること」

「そうだね。あたしも、そのあたりを指摘(してき)されるのが(こわ)くて、人に相談するのをためらっちゃった……」

「今から順に考えていこう……子々津(ねねつ)さん」


 立てた指を下ろす、こんしまちゃん。


「じゃあ第一(だいいち)に考えるべきは、ご年配のかた同士の結婚であること――この点に関しては、法律的には問題なさそうだね……」

「んー、ちょっと待って。あらためて調べてみる」


 子々津(ねねつ)さんがスマートフォンを取り出して、法令(ほうれい)検索(けんさく)する。


「……実は、これに関しては自分でもチェックしてみたんだ。民法(みんぽう)第七百三十一条に『婚姻適齢(こんいんてきれい)』について書かれてる。それによれば、『婚姻は、十八歳にならなければ、することができない』ってさ。つまり結婚ができる年齢(ねんれい)()()()()()十八という年が定められているわけだね」

「なるほど……じゃあ子々津さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんは十八歳以上なのかな……?」


余裕(よゆう)()えてるよ。孫のあたしが十六なんだから。てか、こんしまちゃん自身が『ご年配』って言ったんじゃん……」

「しまった。確認することでもなかったね……」

「いやいや、こんしまちゃん。ありがたいよ。(ひと)つずつ確実に、不安をつぶしていきたいから」


 指を上下(じょうげ)に、(ひとみ)を左右に動かしつつ、子々津(ねねつ)さんが続ける。


「うーんと……結婚可能な年齢の下限が十八ってのは法律にはっきり書かれてるけど、()()()()()()()見当(みあ)たらないなあ……つまりさ、『この年齢を超えたら結婚できません』って決まりは、ないっぽいね」

極端(きょくたん)な例を挙げたら……百歳(ひゃくさい)同士でも結婚できるんだね……」

「うん。ただ……()()()()()よくても、人の気持ち的には、どうなのかな……」


 手に持ったスマートフォンをいったん下ろす、子々津さん。


「あたしは二人のことを知っているから結婚も応援(おうえん)できる。でも全然知らない人からすれば、ご年配同士の結婚は『けしからんこと』なのかもしんない。もちろん、あたしは思ってないけどさ……いるじゃん、そう言う人も」

「いる……だろうね」


「ねねっ、そうだよね! そりゃ分かってるよ、他人がどう思っていても関係ないってことは。ご年配同士の結婚を否定的に(とら)える人の考えだって……まあそういう意見もあるよねって話だし」

「結婚する当人同士が納得(なっとく)しているかが一番(いちばん)だと思う……」

「そこは、だいじょぶ! お(たが)い夢中になってるよ!」


 子々津さんは両腕(りょううで)を前方に()ばして「ん~」と言った。


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「じゃあ次に考えるべきは……」


 こんしまちゃんが(かべ)にもたれながら、左隣(ひだりどなり)子々津(ねねつ)さんに(やさ)しい視線を向ける……っ!


「五年以上前にパートナーと死別している人同士の結婚であること……これについてだね……」

「正確には、母方のおばあちゃんが五年前に、父方のおじいちゃんが七年前に他界(たかい)してる。もちろん、もとのパートナーとの婚姻(こんいん)関係はすでに解消されていることになるね」


 またスマートフォンを操作し、子々津さんが指と目を動かす。


「今の二人には配偶者(はいぐうしゃ)がいない状態だから、結婚しても重婚(じゅうこん)にならない」

「……子々津さんは、()くなった二人のことは覚えてるの?」

「うん、覚えてる。死ぬ瞬間(しゅんかん)にも立ち会った」


 左手で、()つ編みをいじる。


「最初にあたしの(かみ)を三つ編みにまとめてくれたのは……母方のおばあちゃんなんだ。そして、父方のおじいちゃんは……いっつも三つ編みをほめてくれたなあ……」


 虚空(こくう)を見つめながら、そう言う。


「だから母方のおばあちゃんが亡くなるときも父方のおじいちゃんが亡くなるときも、悲しかった。二人とも……自分のパートナーにね、死ぬ間際(まぎわ)になんて言ったか分かる? 『もし新しく(こい)をしたなら、その人と一緒(いっしょ)に歩いていってね。わたしは死ぬまで幸せだった。だから()()()()そうであってほしい』って……」


 ついで虚空から目を(はな)す。

 こんしまちゃんに、子々津(ねねつ)さんの視線が()さる……。


「だとしても、死別したあとの再婚(さいこん)って……薄情(はくじょう)なのかなあ」


 なにも答えず()()()()だけを返すこんしまちゃんに、子々津さんの言葉が続く。


「かつてのパートナーを忘れたわけじゃない……思い出を()みにじろうってわけじゃない。ただ、新しい恋を経験しただけなんだ。……でも残された二人は、その恋に罪悪感も覚えてる」

「どっちも、本当の気持ちなんだね……」


 こんしまちゃんは、ようやく短く返答した。

 子々津さんは壁に()()しつけたまま、こんしまちゃんのほうに近寄る。


「うん。二人の恋愛感情も罪悪感も、どっちも……どうでもいい思いじゃないんだ。簡単に捨てられるものじゃないんだ……! たとえ、かつてのパートナーが新しい恋をみとめてくれていたとしても……法律的に問題ないのだとしても……割り切れないことは、あるものだから」


 こんしまちゃんの左肩(ひだりかた)に、子々津(ねねつ)さんの右肩(みぎかた)が当たる。


「……こんしまちゃんは、同じような状況(じょうきょう)になったとき、どうする?」

「相手も同じ気持ちなら、自分の思いをつらぬくよ……。なおかつ罪悪感を、だれも望んでいなければ……」

「そう、罪悪感を望む人は……少なくともあたしのまわりには、どこにもいないんだ。いいか悪いかは、知らないけどさ」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「さて、パートナーに先立(さきだ)たれたご年配のかた同士の結婚……というポイントについては考えたから」


 子々津(ねねつ)さんは、こぶし一個(いっこ)ぶんだけ……こんしまちゃんから(はな)れた。


「――自分の子どもの配偶者(はいぐうしゃ)の親と自分とによる結婚であること。これをどう見ればいいのかをはっきりさせたい。ねねっ!」

「だね……」


 こんしまちゃんも自分のスマートフォンをぬう~っと出し、指をすべらせる。


「えっと、わたしも法令(ほうれい)検索(けんさく)……っ! そもそも法律的に配偶者の親同士が結婚できるか気になるから」


 でも、この瞬間(しゅんかん)にこんしまちゃんの指がピタリと静止した。


「……しまった」

「どうしたの、こんしまちゃん……?」

「わたし、法律がどこで確認できるのか知らない……」

「だれでも閲覧(えつらん)できるようになってるよ」


 子々津(ねねつ)さんが、こんしまちゃんのスマートフォンの画面を指差しながらガイドする。

 そのおかげで、こんしまちゃんは民法を確認することができた。


「ありがとね、子々津さん。ふむふむ……婚姻(こんいん)つまり結婚が禁止されているのは、『直系血族(ちょっけいけつぞく)』そして『三親等内(さんしんとうない)傍系血族(ぼうけいけつぞく)』……! さらには『直系姻族(ちょっけいいんぞく)』と『養親子(ようしんし)』もダメ……!」

「す、すごいね……こんしまちゃん。理解できるの……?」

「ふふ……」


 こんしまちゃんが堂々と答える……ッ!


「もちろん全然、分かんない……っ!」

「ねねっ! 意味不明だよね!」


 ちょっと考えて、子々津さんは「そうだ」とつぶやく。


AI(エーアイ)に聞いてみよう」

「法律相談もできるんだ……?」


「名前はラウェルさま」

「さま、なの……?」


「ララララ・ララララ・ラララインに搭載(とうさい)されてる。あ、『だったら最初から結婚のこともAIに相談すればよかったんじゃないの』と思うかもしんないけど、やっぱり最初は人に(はな)したかったから……こんしまちゃんに、まずは相談したわけね」

「そっか……(たよ)ってくれて、うれしいよ……でもわたしも結婚相談のスペシャリストじゃないから……AIの解答も参考にすべき……」

「うん……それじゃ、聞くよ」


 子々津(ねねつ)さんはスマートフォンに向かって話しかける。


「ラウェルさま」

『はい、なんでしょう』


 機械音声とは思えない(りゅう)ちょうな口調(くちょう)でラウェルさまが答えた。


『きょうは天気がいいですね』

「そうですね、ところでラウェルさまは『直系血族(ちょっけいけつぞく)』ってなんのことか分かりますか」

『はい。直系血族とは、直接的に血のつながりのある人たちのことです。孫、子ども、親、祖父母がこれにあたります。ひ(まご)以下、曾祖父母(そうそふぼ)以上も同様です』

「じゃあ『三親等内(さんしんとうない)傍系血族(ぼうけいけつぞく)』とは……?」


『自分から見てけっこう近しい、同じ血を共有する人たちですね。ここで言う親等(しんとう)は血縁的な意味での近さのこと。一親等(いっしんとう)二親等(にしんとう)三親等(さんしんとう)……といった感じで使われます。数字が若いほど自分に近いことになりますよ。一親等の傍系血族はいません。二親等の傍系血族は、きょうだい。三親等の傍系血族は、きょうだいの子どもである(おい)または(めい)。そして本人の親のきょうだいである叔父(おじ)または叔母(おば)も三親等の傍系血族です』


「いとこは?」

『三親等の叔父または叔母の子どもであるので、親等が(ひと)つプラスされ、四親等(ししんとう)ということになります』


 まあ、いとこは今回関係ないけど……なんか気になったので聞いてみた子々津(ねねつ)さんであった!


「……ならラウェルさま、『直系姻族(ちょっけいいんぞく)』と『養親子(ようしんし)』については説明できます?」

『お任せください。まず直系姻族とは、結婚によってつながりができた配偶者(はいぐうしゃ)と直接的な血のつながりがある人たちのことです。配偶者の親、祖父母がこれに該当(がいとう)します。すでに配偶者に子どもや孫がいる場合は、その子どもや孫も直系姻族ということになりますね。また、子どもの配偶者も直系姻族です』


 少し()を置いて、ラウェルさまが言葉を続ける。


『次に養親子とは、養親(ようしん)養子(ようし)のこと。養親が親で養子が子ども。ただし、血のつながりがない親子関係です。民法(みんぽう)第七百二十七条に「縁組(えんぐみ)による親族関係の発生」が規定されています。いわく「養子と養親(およ)びその血族との(かん)においては、養子縁組の日から、血族間(けつぞくかん)におけるのと同一(どういつ)の親族関係を(しょう)ずる」と。つまり縁組がみとめられれば、もともと血のつながりがなくても本当の親子になれるってことです』


「なるほど……ありがとう、ラウェルさま」

『しかし、親族(しんぞく)について(みょう)に質問しますね。さては遺産相続(いさんそうぞく)で血みどろの戦いでも始まったんですか?』

(ちが)います」


 子々津(ねねつ)さんが、はっきり否定する。


「ある人とある人が結婚できるかどうかを知りたかったんです」

『ふむ……理解しました。確かにこれまで()()()()()が質問された「直系血族(ちょっけいけつぞく)」「三親等内(さんしんとうない)傍系血族(ぼうけいけつぞく)」「直系姻族(ちょっけいいんぞく)」「養親子(ようしんし)」は結婚できない間柄(あいだがら)ですね。なお親族関係が終了(しゅうりょう)したあとでも、この制約は適用されます』

「なんか……結婚できるかよく分からない人たちも多いですよね」

『そうですね。でも四親等(ししんとう)傍系血族(ぼうけいけつぞく)であるいとこ同士の結婚は可能です』

「へー」


 このとき、子々津(ねねつ)さんの(となり)でこんしまちゃんも「へー」と言った。

 それがうれしかったのかラウェルさまは、なんか声をはずませる……っ!


『では「実は結婚できる人たちクイズ」です』

「ラ、ラウェルさま?」


 戸惑(とまど)う子々津さん。

 でもラウェルさまは、お構いなしにクイズに移る……。


第一問(だいいちもん)! 自分の祖父母(そふぼ)のきょうだいである大叔父(おおおじ)大叔母(おおおば)とは結婚できるでしょうか』

「叔父さんや叔母さんとは無理なんだから、大叔父さんや大叔母さんとも無理なんじゃないですか」

『ぶー! 四親等(ししんとう)傍系血族(ぼうけいけつぞく)同士なので結婚可能です!』

「マジなん……」


『第二問! 血のつながりはないけど、形式上きょうだいになった()()同士の結婚はできるでしょうか』

「できそうですけど。フィクションとかでも、よくあるし」

『ぴんぽーん! 連れ子同士は血族ではありませんので結婚できます』


 正解されても、ラウェルさまはハイテンションのままだ。


『では第三問! 養子縁組(ようしえんぐみ)で養子として(むか)()れられた子どもは、養親(ようしん)実子(じっし)と結婚できると思いますか』

「なんか……わけ分かんなくなってきた。ねねっ、こんしまちゃんは分かる?」


 子々津(ねねつ)さんが、こんしまちゃんに代わりに答えてみてと(たの)む。

 こんしまちゃんは、ドキドキしながらラウェルさまに解答を伝える。


「養子になったら実際のきょうだいと同じあつかいですよね……? じゃあ結婚もできないはず……」

『ぶっぶー!』

「……しまった」

『確かに民法の第七百三十四条には「直系血族(ちょっけいけつぞく)(また)三親等内(さんしんとうない)傍系血族(ぼうけいけつぞく)(かん)では、婚姻(こんいん)をすることができない」とあります。傍系血族はきょうだいを(ふく)みますので、これだけだと養子と実子は結婚できないかのようにも思えます。しかし、この条文には続きがあるのです。『ただし、養子と養方(ようかた)の傍系血族との(かん)では、この限りでない』という続きが! ようするに、養子縁組によって成立した傍系血族――きょうだい同士は、結婚できます!』

「そ、そうなんですね……結婚の世界も(おく)が深いです……」


『でしょう? それでは続きまして第四問!』

「まだあるんですか……」

『こ、これが最後のクイズです。配偶者(はいぐうしゃ)離婚(りこん)または死別したあと、そのきょうだいと結婚できるでしょうか!』

「うーん……」


 こんしまちゃんは首をひねりながら、左隣(ひだりどなり)子々津(ねねつ)さんの顔をうかがう。

 子々津さんはうなずき、ラウェルさまに返答する。


「その結婚も可能だと思います。だって……母方(ははかた)のおばあちゃんのお母さんが、そうだったらしいから!」

「へ……?」


 こんしまちゃんが横から変な声を()らす。

 頭のなかで家系図(かけいず)をえがこうとしても、もはやグチャグチャである。


 そんなこんしまちゃんをよそに、ラウェルさまが正解を発表する……!


『ぴんぽんぽーん! 重婚(じゅうこん)にならなければ配偶者のきょうだいとも結婚できます。配偶者のきょうだいは、結婚によって生じる関係――姻族(いんぞく)にあたりますが、配偶者の傍系血族(ぼうけいけつぞく)であるため、直系姻族(ちょっけいいんぞく)ではなく傍系姻族(ぼうけいいんぞく)としてあつかわれます。民法が禁止しているのは直系姻族の婚姻(こんいん)です。傍系姻族の婚姻は禁止されていません』

「ふーん、勉強になるなあ」


 ラウェルさまをいたわるようにスマートフォンの画面をなでる、子々津(ねねつ)さん。


「といっても、肝心(かんじん)なことは分からなかったなあ……」

『具体的に教えてください、ご主人さま』


「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも自分で調べたりラウェルさまに聞いたりした限りでは、それに関わる情報がまったく出てきません。親族関係をあらわす家系図みたいなものがネットに()っていたりするんですけど、なぜか知りませんがどれも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……結局、配偶者二人の親同士がどういう関係なのかすら分からないんです」


『どういう関係もなにも……他人ですが?』

「は?」

『配偶者A・Bを産んだふた組の父母同士は血のつながりがないので血族ではありません』


「じゃ、結婚によって生じる関係――姻族(いんぞく)ってヤツですか」

『姻族ですらありません。姻族という関係は、自分の配偶者と関係があるかによって決まります。子どもの配偶者の親は、当人の配偶者と血のつながりがないので姻族に該当(がいとう)しません。血族でも姻族でもないため……当然、親族と呼ぶのも不適当です』


「な、なら自分の子どもの配偶者の親と自分は結婚できるんですか。もちろん重婚じゃない場合です」

『できますよ。もとから他人なので』

「……パートナーと死別した母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃん――この二人同士でも結婚できるんですよね!」

『そういうことになりますね。現行の法律と照らし合わせた限りにおいては』

「よ、よかったあ~」


 子々津さんが、ほーっと息をつく。

 それに反応したラウェルさまが、うれしげな声を出す。


『お役に立ててよかったです。しかし一応(いちおう)、AIではない生身(なまみ)の専門家にも確認したほうがいいと思います。AIは間違(まちが)ったことを教えても、責任なんて取りません。だって痛覚も食欲もないし、死や(はじ)や不自由に対する恐怖(きょうふ)もないから。ある意味、無敵の人ってヤツですよ。いや、人じゃありませんが……ともかく、うのみには、しないでください。あくまでご参考までに』

「分かりました、ありがとうございました。ラウェルさま」


 そんな子々津(ねねつ)さんの感謝の言葉と共に……。

 思わず、こんしまちゃんもラウェルさまに頭を下げていた。


 子々津さんは、ラウェルさまを搭載(とうさい)するララララ・ララララ・ラララインを閉じ、スマートフォンを制服にしまった。


 こんしまちゃんも、(だま)って()()()()


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


「……こんしまちゃん」


 校舎一階(いっかい)の階段裏のスペース――。

 その(かべ)から背中を(はな)し、子々津さんが(くち)をひらく。


「結婚……できるんだね。おじいちゃんとおばあちゃん……」

「本当によかったね、子々津(ねねつ)さん……」


 こんしまちゃんは壁に()をくっつけたまま、答えた。

 子々津さんは自分の()つ編みを両手で転がし、ちょっと表情をくもらせる。


「でも……なんか、『他人』っていうのがね、さみしくて。あたしさあ……父方(ちちかた)のおじいちゃん・おばあちゃんも、母方(ははかた)のおじいちゃん・おばあちゃんも大好きなのに……。孫のあたしから見れば、どっちも直系血族(ちょっけいけつぞく)ってヤツなのに……父方と母方の祖父母同士では親族ですらない他人っていうのが……なんかね、複雑っていうか」

「子々津さん……」

「でもそのおかげで結婚できるんだから、うれしくもあるよ……」


 三つ編みをさわるのをやめ、こんしまちゃんを直視する。


「ただ、こんしまちゃん……法律的にはオーケーかもしんないけど、世間的にはダメなのかなあ、こういうのって……。ご年配のかた同士の結婚以上に、ダメって思う人がいたら……たとえ本人同士が納得(なっとく)していても……」

「いいや……そんなことない……」


 こんしまちゃんは両手でグーを作り、子々津(ねねつ)さんを見つめ返す。


「子々津さんは、連れ子同士の結婚を悪いと思う……?」

「なんで、ここで連れ子……?」


 少し、言いよどむ。

 その数秒後、子々津さんが断言する。


「それについては、悪いなんて思わないし、思われないよ」

「じゃあ、だいじょうぶ」


「どういうこと」

「連れ子同士の結婚と、母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんとの結婚は……たぶん順序が(ちが)うだけなんだよ……」

「……ごめん、まだ分からない」


「連れ子同士の結婚の場合は、お互いの親同士がかつてのパートナーと別れて再婚(さいこん)しているかたち……。たとえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……血のつながりのない子ども同士が結婚して孫が産まれたとき……その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そしてこれは、法律的にも倫理的(りんりてき)にも、なにもおかしいことじゃない……」

「……な」


 子々津さんは、目を丸くして(おどろ)いていた。


「……確かに」

「今回の子々津(ねねつ)さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんの結婚は……これの()()()(とら)えられる……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それだけの(ちが)いでしかない。この解釈(かいしゃく)が正しければ……子々津さんのおじいちゃんとおばあちゃんの結婚は……法律的にも倫理的にも、まったく問題ないことになる……」


「……こんしまちゃん、ありがとう」


 左右の手を(なな)めに合わせて、子々津さんがお礼を言う。


「そこまで、考えてくれるなんて……正直、思ってなかった……」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


 そして一週間(いっしゅうかん)が流れ、次の週の木曜日。

 子々津(ねねつ)さんは、休み時間に廊下(ろうか)をテクテク歩いているこんしまちゃんに(はな)しかけた。


 片手で(かべ)を作って、小声を出す。


「こんしまちゃん。あれからあたし、おじいちゃんとおばあちゃんが結婚したがっていることを、お父さんにも相談してみた……。お母さんにも伝えた。勝手に話すのは本来ダメだとは思うけど……ずっと二人が気持ちを()ち明けられないままなのが、つらくて。とことん、あたし……自己中(じこちゅう)だね」

「それで、お父さんとお母さんは、なんて……?」


応援(おうえん)したいって……言ってくれたよ。というか、お父さんもお母さんも、おじいちゃんとおばあちゃんの様子に気づいてたみたい。考えてみれば、そうだよね……孫のあたしですら分かったことなんだから」


 ここで、子々津さんの小声が明るくなる。


「でね、こんしまちゃんっ! お父さんがおばあちゃんに、お母さんがおじいちゃんに、『自分の気持ちを大切にしてほしい』って伝えてくれたの。それでさ、今週の休日……おじいちゃんとおばあちゃんが同時に告白することになったんだ! もちろん、まだいろいろ確認することはあるし、実際に結婚できるかは分かんないけど……あたし、うれしいよ……。ねねっ! こんしまちゃんも、そう思うよね」

「思う……うれしい……よかったよ」


 こんしまちゃんは笑顔(えがお)子々津(ねねつ)さんに、素直(すなお)に答えた。

 子々津さんは、手を下ろして声のトーンを上げる。


「しかも、母方(ははかた)のおばあちゃんのお母さんも体調がよくなって、その現場に来れるみたい」

「それは、にぎやかそうだね……」

「うん。親族とか、他人とか……そんなことよりも」


 清楚(せいそ)()つ編みをなびかせながら――。


「ただ、あたしは家族のみんなが大好きなんだ!」


 さわやかな顔と声で、子々津さんが言う。


「――本当は、それだけでいいんだよね。ねねっ!」


※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:三回(累計(るいけい)七十七回)

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