結婚の相談に乗ってしまった!(木曜日)
一週間に一度は「しまった」と言ってしまう系女子高生・紺島みどりは「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」と呼ばれている。
そんなこんしまちゃんは、最近……クラスメイトの相談に乗ることが多くなってきた。
なんか……こんしまちゃんには、いろいろ話しやすいみたいなのだ。
こんしまちゃんは、どんな内容もしっかり聞いてくれるし、秘密も守ってくれる。
そして今回は、結婚に関する相談がこんしまちゃんのもとにもたらされる……。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
木曜日、午前の授業が始まる前の教室にて――。
自分の席に座っているこんしまちゃんに、クラスメイトの一人が声をかけた。
「お、おはよー。こんしまちゃん」
「おはよう……子々津さん……」
その朝、こんしまちゃんに話しかけたのは――子々津絵千香さん。
以前こんしまちゃんがお弁当を忘れたときにからあげをくれた女の子である。清楚にまとまった三つ編みが特徴的だ。
少しぎこちない笑顔を向け、子々津さんが手を合わせる。
「あの、こんしまちゃん……きょう相談に乗ってほしいことがあるんだけど。ねねっ、このとおり!」
「なにに困ってるの……?」
「それが……あたしと親しい二人のことでね……。ともかく、きょうじゅうに一対一で話したいな」
左右の手を、こすり合わせる子々津さん……。
「ねねっ、いいよね」
「それじゃあ……」
こんしまちゃんがちょっとだけ腰を浮かし、子々津さんに耳打ちする。
「昼休み、校舎一階のはしっこの階段裏でね……」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
学食でお昼ごはんをたいらげたあと、子々津さんは指定の場所に向かった。
階段裏では、すでにこんしまちゃんが待っていた……!
二人は壁に背を預ける。
こんしまちゃんが自分からなにもしゃべらないので、子々津さんが口火を切る。
「きょうは相談に乗ってくれてありがとう。実は――」
少し言葉をにごしたあと、子々津さんがひと息に言う。
「実は、あたしのおじいちゃんとおばあちゃんがお互いに結婚したいみたいなのっ!」
右隣のこんしまちゃんに顔を向けながら勢いよく口にしたので、子々津さんの三つ編みがぶるんっ! とひるがえった。
こんしまちゃんは数秒間フリーズしたのち、聞き返す……ッ!
「おじいちゃんとおばあちゃんなら……すでに結婚してるんじゃ……? それとも、よりを戻そうってこと……?」
「あ、あたしの言い方が悪かったね。ごめん」
子々津さんは三つ編みのポジションを調整しつつ、言いなおす。
「正確には……あたしから見て母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんが相互に結婚を望んでいるわけ」
「え……もうちょっと詳しく」
「状況を整理するには、まずあたしの家庭環境から語らなければいけないね……」
長くなりそうだ……っ!
「母方のおじいちゃんは五年前に、父方のおばあちゃんは七年前に、それぞれ配偶者を病気で亡くしたんだ。で、あたしのお父さんとお母さんは八年前に離婚してる。仲が悪くなったんじゃないよ。仕事やらなんやらで互いに生活リズムが、かみ合わなくなっただけ。今あたしは父と暮らしているけど、母とも、その家族ともまだ仲よくて一緒に旅行に出かけたりする。これがあたしの家庭環境」
……意外と早く終わった。
どうやら子々津さんは、事前に伝えるべきことをまとめていたようだ。
「そんななか……あたしは気づいた。今年の八月なかば、あたし・父・母・おじいちゃん・おばあちゃんで山のふもとの某温泉地に旅行に出かけたとき……おばあちゃんが乙女のような瞳でおじいちゃんを見つめていたんだ」
「もしかして、恋愛的に好きってこと……?」
「おじいちゃんは鳥の写真を撮るのが好きなんだけど……その撮影している顔がとてもキラキラしているんだよ」
「素敵なおじいちゃんだね」
「あたしも、そう思うよ。ねねっ、いいよね」
自分がほめられたときみたいに、子々津さんは照れている。
「そんで、そのおじいちゃんも……おばあちゃんを乙女のような視線でじっと見ているの……」
「互いに惹かれ合っているんだ……」
「とくに、おばあちゃんは卓球が得意でさ……旅館でお父さんと卓球台をはさんで、めっちゃラリー続けんの! 別にお父さんも接待してるわけじゃないのに、最終的にはおばあちゃんが勝ったりしてね……そんときのおばあちゃんの顔、汗で輝いてきれいなんだ……その表情におじいちゃん、恋しているみたいに見とれちゃってた……」
「素敵なおじいちゃんが惹かれちゃうほど、おばあちゃんも素敵な人なんだね……」
「そうなんだよ~」
子々津さんは顔を赤くし、自分の三つ編みをさわった。
「でね、こんしまちゃん……。あたし、おじいちゃんとおばあちゃんに、それぞれこっそり一対一で聞いてみたんだ。互いのこと、どう思ってるかって。孫にこんなこと聞かれたら困りそうなものだけど、二人とも真剣に答えてくれたよ。『好きだ』って。『結婚したい』んだって」
「両思いなんだ……!」
「というより、『両片思い』って感じ。気持ちを打ち明けたら、家族関係が崩壊するんじゃないかって心配して二人とも思いを隠しているみたい」
「子々津さんがおじいちゃんとおばあちゃんの気持ちに気づいたのは今年の八月なんだよね……? 前から二人のあいだに恋愛感情はあったのかな……?」
「たぶん、あたしが今まで気づかなかっただけで、あったと思う。でもお互いに死別したパートナーのことを考えて……罪悪感みたいなものも心に生じていて……それがストッパーになっていたんじゃないかなあ。だけど隠していた思いがたまりにたまって……今年の八月にあふれてしまったわけだね」
「そう……。ところで、子々津さんのお父さんとお母さんは、おばあちゃんとおじいちゃんの気持ちに気づいてる……?」
「直接確認したわけじゃないから断言できないけど、たぶん気づいてない」
こんしまちゃんのそばで、子々津さんが身を縮ませる。
「……どうしよう、こんしまちゃん。あたし、どうしたらいいか分かんない……ほかのだれかに相談することも、不安でできなかった……」
「だいじょうぶだよ、子々津さん……わたしも一つ一つ考えてみるから……」
ここで、こんしまちゃんがじっと子々津さんの顔をのぞき込む。
「ただ、その前に聞かせて」
「なにを……」
「子々津さん自身は、おじいちゃんとおばあちゃんにどうなってほしい……?」
「幸せになってほしい。互いに思いをかなえてほしい……っ」
「分かった……わたしも、そう思うよ」
いつも以上に穏やかで落ち着く声を出す、こんしまちゃんであった。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「二人の結婚に関して、押さえるべきポイントは三つ……」
子々津さんの清楚な三つ編みを見ながら、こんしまちゃんが指を立てる。
「まず、ご年配のかた同士の結婚であること……次に、五年以上前にパートナーと死別している人同士の結婚であること……そして、自分の子どもの配偶者の親と自分とによる結婚であること」
「そうだね。あたしも、そのあたりを指摘されるのが怖くて、人に相談するのをためらっちゃった……」
「今から順に考えていこう……子々津さん」
立てた指を下ろす、こんしまちゃん。
「じゃあ第一に考えるべきは、ご年配のかた同士の結婚であること――この点に関しては、法律的には問題なさそうだね……」
「んー、ちょっと待って。あらためて調べてみる」
子々津さんがスマートフォンを取り出して、法令を検索する。
「……実は、これに関しては自分でもチェックしてみたんだ。民法第七百三十一条に『婚姻適齢』について書かれてる。それによれば、『婚姻は、十八歳にならなければ、することができない』ってさ。つまり結婚ができる年齢の下限として十八という年が定められているわけだね」
「なるほど……じゃあ子々津さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんは十八歳以上なのかな……?」
「余裕で超えてるよ。孫のあたしが十六なんだから。てか、こんしまちゃん自身が『ご年配』って言ったんじゃん……」
「しまった。確認することでもなかったね……」
「いやいや、こんしまちゃん。ありがたいよ。一つずつ確実に、不安をつぶしていきたいから」
指を上下に、瞳を左右に動かしつつ、子々津さんが続ける。
「うーんと……結婚可能な年齢の下限が十八ってのは法律にはっきり書かれてるけど、上限については見当たらないなあ……つまりさ、『この年齢を超えたら結婚できません』って決まりは、ないっぽいね」
「極端な例を挙げたら……百歳同士でも結婚できるんだね……」
「うん。ただ……法律的にはよくても、人の気持ち的には、どうなのかな……」
手に持ったスマートフォンをいったん下ろす、子々津さん。
「あたしは二人のことを知っているから結婚も応援できる。でも全然知らない人からすれば、ご年配同士の結婚は『けしからんこと』なのかもしんない。もちろん、あたしは思ってないけどさ……いるじゃん、そう言う人も」
「いる……だろうね」
「ねねっ、そうだよね! そりゃ分かってるよ、他人がどう思っていても関係ないってことは。ご年配同士の結婚を否定的に捉える人の考えだって……まあそういう意見もあるよねって話だし」
「結婚する当人同士が納得しているかが一番だと思う……」
「そこは、だいじょぶ! お互い夢中になってるよ!」
子々津さんは両腕を前方に伸ばして「ん~」と言った。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「じゃあ次に考えるべきは……」
こんしまちゃんが壁にもたれながら、左隣の子々津さんに優しい視線を向ける……っ!
「五年以上前にパートナーと死別している人同士の結婚であること……これについてだね……」
「正確には、母方のおばあちゃんが五年前に、父方のおじいちゃんが七年前に他界してる。もちろん、もとのパートナーとの婚姻関係はすでに解消されていることになるね」
またスマートフォンを操作し、子々津さんが指と目を動かす。
「今の二人には配偶者がいない状態だから、結婚しても重婚にならない」
「……子々津さんは、亡くなった二人のことは覚えてるの?」
「うん、覚えてる。死ぬ瞬間にも立ち会った」
左手で、三つ編みをいじる。
「最初にあたしの髪を三つ編みにまとめてくれたのは……母方のおばあちゃんなんだ。そして、父方のおじいちゃんは……いっつも三つ編みをほめてくれたなあ……」
虚空を見つめながら、そう言う。
「だから母方のおばあちゃんが亡くなるときも父方のおじいちゃんが亡くなるときも、悲しかった。二人とも……自分のパートナーにね、死ぬ間際になんて言ったか分かる? 『もし新しく恋をしたなら、その人と一緒に歩いていってね。わたしは死ぬまで幸せだった。だからあなたもそうであってほしい』って……」
ついで虚空から目を離す。
こんしまちゃんに、子々津さんの視線が刺さる……。
「だとしても、死別したあとの再婚って……薄情なのかなあ」
なにも答えずまばたきだけを返すこんしまちゃんに、子々津さんの言葉が続く。
「かつてのパートナーを忘れたわけじゃない……思い出を踏みにじろうってわけじゃない。ただ、新しい恋を経験しただけなんだ。……でも残された二人は、その恋に罪悪感も覚えてる」
「どっちも、本当の気持ちなんだね……」
こんしまちゃんは、ようやく短く返答した。
子々津さんは壁に背を押しつけたまま、こんしまちゃんのほうに近寄る。
「うん。二人の恋愛感情も罪悪感も、どっちも……どうでもいい思いじゃないんだ。簡単に捨てられるものじゃないんだ……! たとえ、かつてのパートナーが新しい恋をみとめてくれていたとしても……法律的に問題ないのだとしても……割り切れないことは、あるものだから」
こんしまちゃんの左肩に、子々津さんの右肩が当たる。
「……こんしまちゃんは、同じような状況になったとき、どうする?」
「相手も同じ気持ちなら、自分の思いをつらぬくよ……。なおかつ罪悪感を、だれも望んでいなければ……」
「そう、罪悪感を望む人は……少なくともあたしのまわりには、どこにもいないんだ。いいか悪いかは、知らないけどさ」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「さて、パートナーに先立たれたご年配のかた同士の結婚……というポイントについては考えたから」
子々津さんは、こぶし一個ぶんだけ……こんしまちゃんから離れた。
「――自分の子どもの配偶者の親と自分とによる結婚であること。これをどう見ればいいのかをはっきりさせたい。ねねっ!」
「だね……」
こんしまちゃんも自分のスマートフォンをぬう~っと出し、指をすべらせる。
「えっと、わたしも法令検索……っ! そもそも法律的に配偶者の親同士が結婚できるか気になるから」
でも、この瞬間にこんしまちゃんの指がピタリと静止した。
「……しまった」
「どうしたの、こんしまちゃん……?」
「わたし、法律がどこで確認できるのか知らない……」
「だれでも閲覧できるようになってるよ」
子々津さんが、こんしまちゃんのスマートフォンの画面を指差しながらガイドする。
そのおかげで、こんしまちゃんは民法を確認することができた。
「ありがとね、子々津さん。ふむふむ……婚姻つまり結婚が禁止されているのは、『直系血族』そして『三親等内の傍系血族』……! さらには『直系姻族』と『養親子』もダメ……!」
「す、すごいね……こんしまちゃん。理解できるの……?」
「ふふ……」
こんしまちゃんが堂々と答える……ッ!
「もちろん全然、分かんない……っ!」
「ねねっ! 意味不明だよね!」
ちょっと考えて、子々津さんは「そうだ」とつぶやく。
「AIに聞いてみよう」
「法律相談もできるんだ……?」
「名前はラウェルさま」
「さま、なの……?」
「ララララ・ララララ・ラララインに搭載されてる。あ、『だったら最初から結婚のこともAIに相談すればよかったんじゃないの』と思うかもしんないけど、やっぱり最初は人に話したかったから……こんしまちゃんに、まずは相談したわけね」
「そっか……頼ってくれて、うれしいよ……でもわたしも結婚相談のスペシャリストじゃないから……AIの解答も参考にすべき……」
「うん……それじゃ、聞くよ」
子々津さんはスマートフォンに向かって話しかける。
「ラウェルさま」
『はい、なんでしょう』
機械音声とは思えない流ちょうな口調でラウェルさまが答えた。
『きょうは天気がいいですね』
「そうですね、ところでラウェルさまは『直系血族』ってなんのことか分かりますか」
『はい。直系血族とは、直接的に血のつながりのある人たちのことです。孫、子ども、親、祖父母がこれにあたります。ひ孫以下、曾祖父母以上も同様です』
「じゃあ『三親等内の傍系血族』とは……?」
『自分から見てけっこう近しい、同じ血を共有する人たちですね。ここで言う親等は血縁的な意味での近さのこと。一親等、二親等、三親等……といった感じで使われます。数字が若いほど自分に近いことになりますよ。一親等の傍系血族はいません。二親等の傍系血族は、きょうだい。三親等の傍系血族は、きょうだいの子どもである甥または姪。そして本人の親のきょうだいである叔父または叔母も三親等の傍系血族です』
「いとこは?」
『三親等の叔父または叔母の子どもであるので、親等が一つプラスされ、四親等ということになります』
まあ、いとこは今回関係ないけど……なんか気になったので聞いてみた子々津さんであった!
「……ならラウェルさま、『直系姻族』と『養親子』については説明できます?」
『お任せください。まず直系姻族とは、結婚によってつながりができた配偶者と直接的な血のつながりがある人たちのことです。配偶者の親、祖父母がこれに該当します。すでに配偶者に子どもや孫がいる場合は、その子どもや孫も直系姻族ということになりますね。また、子どもの配偶者も直系姻族です』
少し間を置いて、ラウェルさまが言葉を続ける。
『次に養親子とは、養親と養子のこと。養親が親で養子が子ども。ただし、血のつながりがない親子関係です。民法第七百二十七条に「縁組による親族関係の発生」が規定されています。いわく「養子と養親及びその血族との間においては、養子縁組の日から、血族間におけるのと同一の親族関係を生ずる」と。つまり縁組がみとめられれば、もともと血のつながりがなくても本当の親子になれるってことです』
「なるほど……ありがとう、ラウェルさま」
『しかし、親族について妙に質問しますね。さては遺産相続で血みどろの戦いでも始まったんですか?』
「違います」
子々津さんが、はっきり否定する。
「ある人とある人が結婚できるかどうかを知りたかったんです」
『ふむ……理解しました。確かにこれまでご主人さまが質問された「直系血族」「三親等内の傍系血族」「直系姻族」「養親子」は結婚できない間柄ですね。なお親族関係が終了したあとでも、この制約は適用されます』
「なんか……結婚できるかよく分からない人たちも多いですよね」
『そうですね。でも四親等の傍系血族であるいとこ同士の結婚は可能です』
「へー」
このとき、子々津さんの隣でこんしまちゃんも「へー」と言った。
それがうれしかったのかラウェルさまは、なんか声をはずませる……っ!
『では「実は結婚できる人たちクイズ」です』
「ラ、ラウェルさま?」
戸惑う子々津さん。
でもラウェルさまは、お構いなしにクイズに移る……。
『第一問! 自分の祖父母のきょうだいである大叔父や大叔母とは結婚できるでしょうか』
「叔父さんや叔母さんとは無理なんだから、大叔父さんや大叔母さんとも無理なんじゃないですか」
『ぶー! 四親等の傍系血族同士なので結婚可能です!』
「マジなん……」
『第二問! 血のつながりはないけど、形式上きょうだいになった連れ子同士の結婚はできるでしょうか』
「できそうですけど。フィクションとかでも、よくあるし」
『ぴんぽーん! 連れ子同士は血族ではありませんので結婚できます』
正解されても、ラウェルさまはハイテンションのままだ。
『では第三問! 養子縁組で養子として迎え入れられた子どもは、養親の実子と結婚できると思いますか』
「なんか……わけ分かんなくなってきた。ねねっ、こんしまちゃんは分かる?」
子々津さんが、こんしまちゃんに代わりに答えてみてと頼む。
こんしまちゃんは、ドキドキしながらラウェルさまに解答を伝える。
「養子になったら実際のきょうだいと同じあつかいですよね……? じゃあ結婚もできないはず……」
『ぶっぶー!』
「……しまった」
『確かに民法の第七百三十四条には「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない」とあります。傍系血族はきょうだいを含みますので、これだけだと養子と実子は結婚できないかのようにも思えます。しかし、この条文には続きがあるのです。『ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない』という続きが! ようするに、養子縁組によって成立した傍系血族――きょうだい同士は、結婚できます!』
「そ、そうなんですね……結婚の世界も奥が深いです……」
『でしょう? それでは続きまして第四問!』
「まだあるんですか……」
『こ、これが最後のクイズです。配偶者と離婚または死別したあと、そのきょうだいと結婚できるでしょうか!』
「うーん……」
こんしまちゃんは首をひねりながら、左隣の子々津さんの顔をうかがう。
子々津さんはうなずき、ラウェルさまに返答する。
「その結婚も可能だと思います。だって……母方のおばあちゃんのお母さんが、そうだったらしいから!」
「へ……?」
こんしまちゃんが横から変な声を漏らす。
頭のなかで家系図をえがこうとしても、もはやグチャグチャである。
そんなこんしまちゃんをよそに、ラウェルさまが正解を発表する……!
『ぴんぽんぽーん! 重婚にならなければ配偶者のきょうだいとも結婚できます。配偶者のきょうだいは、結婚によって生じる関係――姻族にあたりますが、配偶者の傍系血族であるため、直系姻族ではなく傍系姻族としてあつかわれます。民法が禁止しているのは直系姻族の婚姻です。傍系姻族の婚姻は禁止されていません』
「ふーん、勉強になるなあ」
ラウェルさまをいたわるようにスマートフォンの画面をなでる、子々津さん。
「といっても、肝心なことは分からなかったなあ……」
『具体的に教えてください、ご主人さま』
「……自分の子どもの配偶者の親と自分が結婚できるかを知りたいんですよ。でも自分で調べたりラウェルさまに聞いたりした限りでは、それに関わる情報がまったく出てきません。親族関係をあらわす家系図みたいなものがネットに載っていたりするんですけど、なぜか知りませんがどれも本人の子どもの配偶者の親が省かれていて……結局、配偶者二人の親同士がどういう関係なのかすら分からないんです」
『どういう関係もなにも……他人ですが?』
「は?」
『配偶者A・Bを産んだふた組の父母同士は血のつながりがないので血族ではありません』
「じゃ、結婚によって生じる関係――姻族ってヤツですか」
『姻族ですらありません。姻族という関係は、自分の配偶者と関係があるかによって決まります。子どもの配偶者の親は、当人の配偶者と血のつながりがないので姻族に該当しません。血族でも姻族でもないため……当然、親族と呼ぶのも不適当です』
「な、なら自分の子どもの配偶者の親と自分は結婚できるんですか。もちろん重婚じゃない場合です」
『できますよ。もとから他人なので』
「……パートナーと死別した母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃん――この二人同士でも結婚できるんですよね!」
『そういうことになりますね。現行の法律と照らし合わせた限りにおいては』
「よ、よかったあ~」
子々津さんが、ほーっと息をつく。
それに反応したラウェルさまが、うれしげな声を出す。
『お役に立ててよかったです。しかし一応、AIではない生身の専門家にも確認したほうがいいと思います。AIは間違ったことを教えても、責任なんて取りません。だって痛覚も食欲もないし、死や恥や不自由に対する恐怖もないから。ある意味、無敵の人ってヤツですよ。いや、人じゃありませんが……ともかく、うのみには、しないでください。あくまでご参考までに』
「分かりました、ありがとうございました。ラウェルさま」
そんな子々津さんの感謝の言葉と共に……。
思わず、こんしまちゃんもラウェルさまに頭を下げていた。
子々津さんは、ラウェルさまを搭載するララララ・ララララ・ラララインを閉じ、スマートフォンを制服にしまった。
こんしまちゃんも、黙ってそうした。
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
「……こんしまちゃん」
校舎一階の階段裏のスペース――。
その壁から背中を離し、子々津さんが口をひらく。
「結婚……できるんだね。おじいちゃんとおばあちゃん……」
「本当によかったね、子々津さん……」
こんしまちゃんは壁に背をくっつけたまま、答えた。
子々津さんは自分の三つ編みを両手で転がし、ちょっと表情をくもらせる。
「でも……なんか、『他人』っていうのがね、さみしくて。あたしさあ……父方のおじいちゃん・おばあちゃんも、母方のおじいちゃん・おばあちゃんも大好きなのに……。孫のあたしから見れば、どっちも直系血族ってヤツなのに……父方と母方の祖父母同士では親族ですらない他人っていうのが……なんかね、複雑っていうか」
「子々津さん……」
「でもそのおかげで結婚できるんだから、うれしくもあるよ……」
三つ編みをさわるのをやめ、こんしまちゃんを直視する。
「ただ、こんしまちゃん……法律的にはオーケーかもしんないけど、世間的にはダメなのかなあ、こういうのって……。ご年配のかた同士の結婚以上に、ダメって思う人がいたら……たとえ本人同士が納得していても……」
「いいや……そんなことない……」
こんしまちゃんは両手でグーを作り、子々津さんを見つめ返す。
「子々津さんは、連れ子同士の結婚を悪いと思う……?」
「なんで、ここで連れ子……?」
少し、言いよどむ。
その数秒後、子々津さんが断言する。
「それについては、悪いなんて思わないし、思われないよ」
「じゃあ、だいじょうぶ」
「どういうこと」
「連れ子同士の結婚と、母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんとの結婚は……たぶん順序が違うだけなんだよ……」
「……ごめん、まだ分からない」
「連れ子同士の結婚の場合は、お互いの親同士がかつてのパートナーと別れて再婚しているかたち……。たとえば女の子の連れ子と一緒の男性と男の子の連れ子と一緒の女性が結婚したあとで……血のつながりのない子ども同士が結婚して孫が産まれたとき……そのお孫さん視点では、自分の母方のおじいちゃんと自分の父方のおばあちゃんが結婚していることになるよね……そしてこれは、法律的にも倫理的にも、なにもおかしいことじゃない……」
「……な」
子々津さんは、目を丸くして驚いていた。
「……確かに」
「今回の子々津さんの母方のおじいちゃんと父方のおばあちゃんの結婚は……これの逆順序と捉えられる……。二人の結婚よりも、二人の子どもの結婚のほうが早かったというだけの話……それだけの違いでしかない。この解釈が正しければ……子々津さんのおじいちゃんとおばあちゃんの結婚は……法律的にも倫理的にも、まったく問題ないことになる……」
「……こんしまちゃん、ありがとう」
左右の手を斜めに合わせて、子々津さんがお礼を言う。
「そこまで、考えてくれるなんて……正直、思ってなかった……」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
そして一週間が流れ、次の週の木曜日。
子々津さんは、休み時間に廊下をテクテク歩いているこんしまちゃんに話しかけた。
片手で壁を作って、小声を出す。
「こんしまちゃん。あれからあたし、おじいちゃんとおばあちゃんが結婚したがっていることを、お父さんにも相談してみた……。お母さんにも伝えた。勝手に話すのは本来ダメだとは思うけど……ずっと二人が気持ちを打ち明けられないままなのが、つらくて。とことん、あたし……自己中だね」
「それで、お父さんとお母さんは、なんて……?」
「応援したいって……言ってくれたよ。というか、お父さんもお母さんも、おじいちゃんとおばあちゃんの様子に気づいてたみたい。考えてみれば、そうだよね……孫のあたしですら分かったことなんだから」
ここで、子々津さんの小声が明るくなる。
「でね、こんしまちゃんっ! お父さんがおばあちゃんに、お母さんがおじいちゃんに、『自分の気持ちを大切にしてほしい』って伝えてくれたの。それでさ、今週の休日……おじいちゃんとおばあちゃんが同時に告白することになったんだ! もちろん、まだいろいろ確認することはあるし、実際に結婚できるかは分かんないけど……あたし、うれしいよ……。ねねっ! こんしまちゃんも、そう思うよね」
「思う……うれしい……よかったよ」
こんしまちゃんは笑顔の子々津さんに、素直に答えた。
子々津さんは、手を下ろして声のトーンを上げる。
「しかも、母方のおばあちゃんのお母さんも体調がよくなって、その現場に来れるみたい」
「それは、にぎやかそうだね……」
「うん。親族とか、他人とか……そんなことよりも」
清楚な三つ編みをなびかせながら――。
「ただ、あたしは家族のみんなが大好きなんだ!」
さわやかな顔と声で、子々津さんが言う。
「――本当は、それだけでいいんだよね。ねねっ!」
※ ※ ※ ♢ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:三回(累計七十七回)




