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人格バトルが始まってしまった!(土曜日)

 突然(とつぜん)だが。

 人とは、一辺倒(いっぺんとう)(とら)えられるものじゃない。


 紺島(こんしま)みどりだって、そうだ。


 かの紺島みどりは「今週のしまったちゃん」すなわち「こんしまちゃん」と呼ばれる人物だけど――。

 その異名(いみょう)も、本人とまわりのみんなが勝手に言ってるだけ……!


 また、こんしまちゃんはウェーブのかかったくせ()を持つ高校一年生(いちねんせい)

 ……という厳然(げんぜん)たる事実があるものの、果たして()()()()()こんしまちゃんなのだろうか……?


 もしかすれば、紺島みどりのなかにも「こんしまちゃん」以外の人格がひそむのかもしれない。


 というわけで今回は、こんしまちゃんのなかで巻き起こった一大(いちだい)事件の話である。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 土曜日、自宅の部屋にて。

 こんしまちゃんはベッドに横たわり、(どろ)のように(ねむ)っていた。


 そして夢の底へと(しず)む。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 夢のなかで目を覚ますと、とても高い天井(てんじょう)真上(まうえ)にあることに気づいた。

 上半身を持ち上げて、あたりを見回(みまわ)す。


 けっこう広い。

 茶色いフローリングが、テカテカしている。指をすべらせれば、キュッと鳴る。


 ちょっと高めのステージもある。

 どうやら、体育館のなかにいるようだ。


 ベッドは消えている。

 さらに、こんしまちゃんは視線を下げ、自分の服装をまじまじと見た。


 なぜか体操着である。

 しかもシャツの前面には、「し」という文字(もじ)がデカデカと()かび上がっている……!


 困惑(こんわく)するしかない、こんしまちゃん。

 そのとき、背中をぽーん……とたたかれた。


 こんしまちゃんが()り返ると、小学校二年生くらいの女の子がそこにいた。


 ウェーブのかかったくせ()を持っている。これは、こんしまちゃんのくせ毛と同じだ。

 顔も、こんしまちゃんを(おさな)くした感じである……!


「はじめまして、おねえちゃん……わたしは、こん()まちゃんです……」

「こ、こちらこそ初めまして、こんこまちゃん……。わたしは、こん()まちゃんだよ……」


 こんしまちゃんは、「こんこまちゃん」をじーっと観察する。

 本当に年齢(ねんれい)以外は、こんしまちゃんとそっくりだ……ッ!


 こんこまちゃんも体操着の姿である。

 ただし、こんこまちゃんのシャツには「こ」の文字がデカデカとあらわれている。


 こんこまちゃんが、つぶやく。


()()()()……」


 続いて、体育館のフローリングでつまずく。

 そんなこんこまちゃんを、こんしまちゃんが受けとめる。


 そういえば()()()よく転ぶ子どもだったなあと思い出しつつ、こんしまちゃんが聞く。


「こんこまちゃんは、なにに困っているのかな……」

「わたし、()()()()()()()()()()なんです……」


 こんしまちゃんの(うで)のなかで、消え()りそうな声を出す、こんこまちゃん。


「りゃくして、こんこまちゃんです……だから、『こまった』って言うんです……」

「そうなんだ……わたしも、『今週のしまったちゃん』略して『こんしまちゃん』なの……」


 (やさ)しく、ゆっくりと、こんしまちゃんが発音する。


「こんこまちゃんとわたしは、似た者同士……安心していいよ……」

「じゃあ、こんしまおねえちゃんは――」


 目をうるうるさせる、こんこまちゃん……っ!


「――ここが、どこか分かるんですか……? 学校の()()()()()()じゃないみたいだけど……」

「そ、それは……」


 こんしまちゃんが、言葉に()まる……ッ!

 その瞬間(しゅんかん)――。


()()()()ね……」


 いつの()にか、こんしまちゃんとこんこまちゃんの近くに、新たな人影(ひとかげ)が加わっていた。


 人影は、腕組(うでぐ)みをして立っている。

 小五くらいの見た目の女の子だ。例によって、ウェーブのかかったくせ毛がある。


 しかし、ぽかんとしているこんしまちゃんとこんこまちゃんの無反応っぷりを見て、その女の子がガタガタ(ふる)えだす……!


「つ、つまらなかった……?」

「え……お、おもしろかったよ……っ」


 (あわ)てて、こんしまちゃんとこんこまちゃんはフォローする。

 それがうれしかったのか、相手の女の子はバンザイした。


 ここで、シャツの「つ」の字があらわになった。


「……あれ?」


 さすがに、こんしまちゃんも法則性に気づき始める。


「もしかして……あなたの名前は、こん()まちゃん……?」

「そうだよ……()()()()()()()()()()とは、わたしのこと……っ!」


 体操着に「つ」の字を持つ「こんつまちゃん」が堂々と答える。


 そんで、こんしまちゃんが、ほかの二人(ふたり)をビックリさせない程度に手をたたく。


「まさか……この体育館に集まっているのは――」

「それは、わたしが説明するよ……!」


 シャツに「か」のひらがなを(ゆう)するこんしまちゃんの亜種(あしゅ)が、また会話に割り()んできた……!

 高一(こういち)のこんしまちゃんよりも一歳(いっさい)年上の高二(こうに)()える。


「わたしは、今週のかまったちゃん」

「は……っ!」


 対する三人はフローリングに(すわ)ったまま、「か」の字を見上げる。


「こん()まちゃんだね……」

「そのとおり……ここに(つど)いしは、こんしまちゃんシリーズ……! 『今週の○まったちゃん』の称号(しょうごう)を持つ者が()()()()()。おのおのは、それぞれ(ちが)文字(もじ)を体操着のシャツに()いつけているのだ……っ!」

「解説ありがとうございます……」


 そんな三人ぶんのお礼を受け取って、こんかまちゃんが(ほこ)らしげに笑う……ッ!


()()()()~。よかった、よかった。困っている人に構うことができたからノルマ達成っと……」


 どうやら彼女(かのじょ)が「今週のかまったちゃん」であることは真実のようだ。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 引き続き、こんしまちゃんの夢――。


 高一のこん()まちゃんと小二のこん()まちゃんと小五のこん()まちゃんと高二のこん()まちゃんの四名が、あらためて(たが)いの顔を確認する。

 やはり年齢(ねんれい)以外、同じ顔。ウェーブのかかったくせ()は全員共通……っ!


 ここに、続々(ぞくぞく)と別種のこんしまちゃんシリーズが加わる。

 体育館の高い天井(てんじょう)から、ふってきたのである。


 十名、増える。

 もちろん各自は、それぞれの体操着のシャツにひらがな(ひと)つを刻んだ状態。

 一番(いちばん)上は大学四年生の「今週の()まったちゃん」で、一番下は小学一年生の「今週の()まったちゃん」だ。


 それぞれ自己紹介(しょうかい)したあと、体育館に声が(ひび)く。


()()()()……なにが……? 不満が、たまった……」


 味のある歌を(ぎん)じつつ新たに現れたのは、シャツに「た」の字を有する人物。


「今週のたまったちゃん……略して、こんたまちゃん参上……ちなみにわたしは小六……」

「こんたまちゃんは、もしかして満足してないの……?」


 こんかまちゃんが、()()()()()()見つめ返す。

 でもこんたまちゃんは、首を上下(じょうげ)にブンブン()った。


「そう……たまりにたまった……不満、あふれんばかり……」


 傾聴(けいちょう)するみんなを見て、こんたまちゃんが力強(ちからづよ)く言う。


「いつも、紺島(こんしま)みどりの主人格(しゅじんかく)は……こんしまちゃん」


 同時にみんなの視線が、こんしまちゃん一人(ひとり)に集中した。

 すかさず――多くの味方を得たこんたまちゃんが、素直(すなお)な気持ちを()ち明ける。


「わたしは、それに()()()()してない……。紺島みどりのなかには、ほかの人格もいるのに……!」

「そ、そうだよ……っ!」


 こんたまちゃんに同調する声を上げたのは、今週のそまったちゃんであった。

 中三くらいの年齢だ。


「今の話を聞いて、わたしはその考えに()()()()……! わたしもこんそまちゃんとして、()()()()()()……っ!」


 こんそまちゃんの声を皮切(かわき)りに、次々と「そうだ、そうだー。わたしも主人格になりたいよー」という不満が噴出(ふんしゅつ)する。


 おかげで肩身(かたみ)がせまくなる、こんしまちゃんであった……。

 この刹那(せつな)、館内に大声が(ひび)(わた)る……ッ!


「よし、()()()()……!」


 高三の、今週のきまったちゃん――こんきまちゃんが、なにかを思いついたかのように手をパチーン! とたたいた。

 直後、みんなが(くち)を閉じる。


 すると小一(しょういち)のこんだまちゃんが、ひと(こと)だけ()らした。


「……()()()()


 でもそれ以降は全然しゃべらなくなった。

 こんきまちゃんが気を取りなおして、なにが決まったのかを説明する。


「今から人格(じんかく)バトルを始めよう……」


 え……なにそれ……とざわめく()()()に対して、こんきまちゃんが言葉を続ける。


「人格バトルとは、もっとも(えら)い人格を決定する戦い……。このバトルの勝利者が、唯一(ゆいいつ)の主人格の()を手に()れる……!」

「おお~」


 みんなが感心する。


「でも、バトルの形式はどうするの……?」

「それも、すでに決まっているよ……。第一回(だいいっかい)人格バトルはゼッケン争奪(そうだつ)バトルでいこう……!」


 ゼッケン争奪バトルとは――。

 各自に配られたゼッケンを(うば)い合い、最後までゼッケンを取られなかった者が勝利を収める過酷(かこく)な競技である。


 ゼッケンの裏表(うらおもて)には、それぞれ自分の体操着と同じ文字がしるされている。

 たとえば、こん()まちゃんなら「し」で、こん()まちゃんなら「き」だ。


 各ゼッケンの左右からは一本(いっぽん)ずつヒモが垂れており、ヒモをぐいっと引っ張ればゼッケンは簡単に外れる。


 もちろんヒモを自分の手で持ったり服のなかに()れたり切り落としたりするのはルール違反(いはん)。取られそうになったからってゼッケンを手で()さえるのもダメ。相手の(うで)をつかんだりするなど、意図的な身体的接触(せっしょく)も禁止だ。


 ゼッケンを取られた者は敗退。以降はバトルに参加できない。

 取ることに成功した(がわ)は、その取ったゼッケンを重ねて着用する。ゼッケンのサイズは着る本人に合わせて自動的に変化(へんか)するので体格差(たいかくさ)考慮(こうりょ)しなくていい。かつゼッケンは、()()()退()()()()()()ほかの参加者に譲渡(じょうと)可能である。ただし、自分のシャツと同じ字を持つゼッケンをみずから外した場合は無条件で敗北となる。


 ゼッケンを重ね()している状態であっても、(ひと)つでも取られればその時点で負け。所有していたすべてのゼッケンは、取った(がわ)総取(そうど)りとなる。


「それじゃあ、バトル開始……」


 こんきまちゃんが宣言すると共に、天井からゼッケンがふってきた。


 おのおの、それを身につける。

 落ちてきた「し」のゼッケンを、こんしまちゃんが着用……!


 すぐにみんなは、体育館のあちこちに散らばった……っ!


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 なんか始まってしまった人格バトル。

 ともあれ、紺島(こんしま)みどりの主人格としての地位を守るためにも、こんしまちゃんは負けられない。


 ゼッケンを取られたら(そく)敗退の(きび)しいルールだが、ようは左右から垂れるヒモを守り()(おに)ごっこである。


 いったん体育館の(かべ)近くに寄り、こんしまちゃんが戦況(せんきょう)を確認する。

 中央付近で、間合(まあ)いを取り合っている二人(ふたり)がいるようだ。


 というか……二人とも、体育館のフローリングに足がうまっている……っ!


 二人のうちの一方(いっぽう)は、「き」のゼッケンをつけている。高三のこんきまちゃんだ。

 そしてもう一方(いっぽう)がドヤ(がお)で言う。


「うまった……」


 その人物も、こんしまちゃんシリーズの一人(ひとり)。「う」のゼッケンをつけた、今週のうまったちゃん――「こん()まちゃん」である。

 見た目は小三だ。


「わたしの()()()()()は……どこであっても、相手の足をうめることができる『埋没(フォーリンダウン)』……!」


 ……そういう世界観のようだ。


「ただし()()()()()として……わたしの足もその場にうまる……」

「くう……すごいね、こんうまちゃん」


 こんきまちゃんがニイッと笑う。


「なら……わたしも能力を発動させる……! ()づけて『決別(グッバイベイビー)』……」


 でも、こんきまちゃんがベイビーと言ったあたりで、その「き」のゼッケンがペロリと外れた。

 これで……こんきまちゃんは敗退である。能力は不発に終わった。


「わああ。もう、きまったの……?」


 だれかが、こんきまちゃんの背後にいた。

 続いてその人物はこんうまちゃんにも接近し、一瞬(いっしゅん)でヒモを引っ張りゼッケンを(うば)ってしまった。


 こんうまちゃんの能力も解除される。うまっていた足がもとに(もど)る。

 ゼッケンを取られた二人は体育館のステージに上がって、ちょっと高みの見物(けんぶつ)をキメ始めた……ッ!


 二つのゼッケン――すなわち、「き」と「う」のゼッケンを取ったのは、「ぬ」のゼッケンを持つ者だった。外見は、大学二年生くらい。今週のぬまったちゃん、こん()まちゃんのようである……!


「あ、これ……()()()()かもしんない……」


 ()()()とは、「(ぬま)る」……すなわち沼にズブズブ(しず)むように夢中になるという意味……!

 さっき漁夫(ぎょふ)()みたいなかたちで二つのゼッケンを取ったことで、こんぬまちゃんから脳汁(のうじる)がドバドバ出て、それが沼になって……(ふか)みにおちいりそうになっているのだ……っ!


「これがわたしのスキル……『泥沼(アビスドロップ)』だよ……対象の人物を(ぬま)らせて、(ひと)つのことに没頭(ぼっとう)させる……! 今は自分自身を対象にしているんだ……」


 だれにともなく、そんなことを言う。

 で、さきほど奪った二つのゼッケンを身につけようとしたとき――。


「――()()()()ね、ワナに」


 (するど)い声が(ひび)き、こんぬまちゃんの「ぬ」のゼッケンがはぎ取られた。


「ぬ……!」


 こんぬまちゃんが(おどろ)きのさけびを上げる。

 気づくと、こんぬまちゃんのそばに……「は」のゼッケンをつけた中二っぽい女の子が立っていた。


「わたしは、今週のはまったちゃん()()こんはまちゃん……」


 そのこんはまちゃんが「ぬ」のゼッケンを右手でユラユラさせる。


「こんぬまちゃんは、わたしの能力……『天網(ヘブンズトラップ)』に()()()()()()()のだ……。これは、相手が能力を使用したときに作動するワナ……! 相手の能力の発動を過剰(かじょう)(うなが)し、(すき)を作らせる悪魔(あくま)のトラップ……!」

「ヘブンなのに、悪魔……?」


「かっこいいよね……?」

「そだね……その設定も(ぬま)れそう」

「設定じゃないよう……」


 ともあれ、こんぬまちゃんから残り二つのゼッケンも受け取り、新たに得た(けい)三つを自分のゼッケンの上に重ね()するこんはまちゃんであった。


 これで三人が脱落(だつらく)したことになる。

 さらに――こんはまちゃんたちを注視していたこんしまちゃんに、だれかが()()()()()()


 その正体は、「せ」のゼッケンをつけたこん()まちゃんであった……!


 こんせまちゃんは大学四年生っぽい。体育館に集まったこんしまちゃんシリーズのなかで最年長だ。

 そのぶん、威圧感(いあつかん)がある……っ!


 こんしまちゃんが逃亡(とうぼう)するよりも先に、こんせまちゃんが肉迫(にくはく)する。


「せまった……ッ!」

「しまった」


 対応が追いつかない、こんしまちゃん。

 なんとか、こんせまちゃんの初撃(しょげき)はかわしたものの、(からだ)のバランスが(くず)れたままだ。


「わああ」

「悪く思わないで、こんしまちゃん……! 能力発動……『迫真(リカバードメイン)』……」


 こんせまちゃんの詠唱(えいしょう)にともない、こんしまちゃんは目の前に宇宙を見た。

 深淵(しんえん)を見た。真理を見た。この世のすべてを理解し、大悟(たいご)(いた)った……ッ!


 つまりボーッとしちゃったのである。

 この(すき)に、こんせまちゃんの手がこんしまちゃんのゼッケンのヒモにせまる……!


 ――だが、絶体絶命かと思われた刹那(せつな)


 こんせまちゃんの手が停止した。


「せ、せまれない……っ」


 ジタバタしても、こんせまちゃんの手は()()()()(くう)をつかむばかり。

 しかも横から近づいてきた「こん()まちゃん」にヒモを引っ張られ、ゼッケンを(うしな)うこんせまちゃん。


 ステージの敗退者の列に加わるこんせまちゃんを見送って、こんかまちゃんがこんしまちゃんと向き合う……。

 高二のこんかまちゃんが、高一のこんしまちゃんに(やさ)しいまなざしを投げる。


「ふー、かまった、かまった……。危なかったね、こんしまちゃん」

「ありがとう、こんかまちゃん……」


 こんしまちゃんは充分(じゅうぶん)なパーソナルスペースを守りながら、こんかまちゃんを見返す。


「でも、なんでわたしを助けたの……? こんかまちゃんも、紺島(こんしま)みどりの主人格になりたいんじゃないのかな……」

「……もちろん最終的には、こんしまちゃんとも争うよ」


 無理にパーソナルスペースに()()まず、こんかまちゃんが落ち着いて言う。


「だけど確実に終盤(しゅうばん)まで残るためにも、途中(とちゅう)までは手を組むのもアリじゃないかな……?」

「まあルール違反じゃなさそうだけど……一緒(いっしょ)に行動して、具体的になにするの?」

「三方向からターゲットを(おそ)う……! これなら、着実に(てき)一人(ひとり)ずつ始末していける……」


 ついで、こんかまちゃんが向かって右を指す。

 そこには、「と」のゼッケンをつけた人物が立っていた。


 小四と思われる彼女(かのじょ)は「今週のとまったちゃん」略して「こんとまちゃん」を名乗り、ささやき(ごえ)を出した。


「わたしも、こんかまちゃんとこんしまちゃんに協力する……。さっき、こんせまちゃんの動きをとめたのは、わたしの『止揚(アウフヘーベン)』という(ちから)のおかげ……!」

「ドイツ語なんだ……」


 こんしまちゃんは周囲を警戒(けいかい)しつつ、首をかしげる。


「でもその能力を使えば、みんなの動きをとめて……すぐ勝てるんじゃ……?」

「こんしまちゃんシリーズの()()()()()は各自一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)しか使えないんですよ……」


「そ、そうなんだ……さっき、こんとまちゃんはわたしを助けるために、その能力を……。ありがとね……」

「いえいえ……最後に勝つためです……」


「ともあれ、組む……? こんしまちゃん。卑怯(ひきょう)とか言ってる場合じゃないよ……」


 こんかまちゃんが、こんしまちゃんのパーソナルスペースの境界につま先をふれさせる……っ!

 もし、こんしまちゃんが()()()()()――こんかまちゃんは、こんとまちゃんと一緒(いっしょ)(おそ)いかかってくるだろう。


 てなわけで、こんかまちゃん・こんとまちゃん・こんしまちゃん連合が成立する。


 こんかまちゃんは友好のあかしとして、さきほど奪った「せ」のゼッケンをこんしまちゃんに(わた)した。

 こんしまちゃんは、「せ」のゼッケンを「し」のゼッケンの上に重ね()した。



 ちなみに……こんしまちゃんたちが(はな)しているあいだに、三人にじりじりと近づく(かげ)もあった。


 影の(ぬし)は、小一のこんだまちゃんである。

 こんだまちゃんは沈黙(ちんもく)したまま、少しずつこんしまちゃんたちに接近していた……。


 といっても、かつてのこんしまちゃんの姿なので、何回か転んだ。

 それでも、こんしまちゃんたちにバレなかったのは……こんだまちゃんの能力のおかげだ。


 能力名は『黙々(サイレントレイン)』……。気配を完全に殺すことができる(ちから)……。

 しかし――あと少しでこんしまちゃんたちのヒモに手が届きそうになったところで、別のだれかが目の前を横切(よこぎ)ろうとした。


 そのゼッケンから垂れるヒモがなびき、こんだまちゃんの鼻に当たりそうになったので、こんだまちゃんは思わずそのヒモを引っ張ってしまった。


「そ、そんなあ……」


 こんだまちゃんにゼッケンを奪われてショックの声を()らしたのは、中三のこんそまちゃんだった。


(くや)しい……っ。でもすごいね、こんだまちゃん……! 背景の色に()まってたのかな……?」


 その言葉を聞いたこんだまちゃんは静かにうなずき、「そ」のゼッケンを身につけた。

 その時点でこんだまちゃんの能力はすでに解除されていたので、その光景をこんしまちゃんもその目で見ていた……。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 人格バトルも中盤戦(ちゅうばんせん)

 現在、ゼッケンを失って脱落(だつらく)したのは――こんうまちゃん・こんきまちゃん・こんせまちゃん・こんそまちゃん・こんぬまちゃんの五名だ。

 彼女(かのじょ)たちは体育館のステージに(すわ)って、勝負のゆくえを見守っている。


 注目したいのは、こんかまちゃん・こんしまちゃん・こんとまちゃん三名の同盟(どうめい)

 (かず)(ちから)により死角を排除(はいじょ)しつつ、(てき)一方的(いっぽうてき)にしとめることが可能……!

 明らかな脅威(きょうい)である。


 さっそく三人が、一人(ひとり)をターゲットに定め、奇襲(きしゅう)をかける……ッ!


 標的にされたのは、「な」のゼッケンをつけた大学一年生。

 今週のなまったちゃん――こんなまちゃんだ。


「うう……(からだ)()()()()よう……」


 こんなまちゃんの動きは緩慢(かんまん)である。

 だが、さすがこんしまちゃんシリーズの一人(ひとり)。そう簡単にはゼッケンを(わた)さない……!


「しょうがない。『鈍重(バーチャルグラビティ)』……っ」


 三人に囲まれたところで、こんなまちゃんが能力を使用。

 すると、こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんの動きが軒並(のきな)みにぶくなった……!


 逆に、こんなまちゃんの動きが速くなる……っ!

 その場で足踏(あしぶ)みしているだけなのに、残像がいくつも発生している。


「わたしのなまりをすべてあなたたちに移した覚悟(かくご)ッ!」


 ゆかのフローリングをバチーンと()る、こんなまちゃん。

 でも急に加速したせいで……ヒモを引っ張ることもできないまま、こんしまちゃんたちのそばを通り()ぎてしまった。


 そのまま(かべ)激突(げきとつ)する。

 こんなまちゃんがフラフラ倒れたところで、小二のこんこまちゃんがトテトテ近づいてきた。


 こんこまちゃんが、こんなまちゃんのヒモを引っ張ってゼッケンを(うば)う。


 そんなわけで(こと)なきを得た、こんしまちゃん同盟(どうめい)

 にぶっていた(からだ)も回復し、普通(ふつう)に動けるようになった。


 しかし、今のこんなまちゃんとの攻防(こうぼう)により、同盟の存在がみんなにバレてしまった……。


「みんな聞いて……。こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんが結束してる……。これは、たまったものじゃないよ……」


 小六のこんたまちゃんが大きく手をたたき、体育館内のこんしまちゃんシリーズに呼びかける……ッ!


「同盟を放置したら、一人(ひとり)ずつ()()()()()のは確実……そこで今は一時(いちじ)休戦して、あの三人をしとめよう……!」

「そうだね……このままだと()()()()だし……」


 小五のこんつまちゃんも、こんたまちゃんに同意……っ!

 それに続いて、ほかのこんしまちゃんシリーズもうなずいた。


 こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんが取り囲まれそうになる……!

 瞬間(しゅんかん)、こんかまちゃんがため息をほわ~っと()()


「ここまでかな……」

「……え?」


 不安げな目で、こんしまちゃんがこんかまちゃんを見る。

 その際、首をかたむけたんだけど……途中(とちゅう)で動きがとまってしまう。


「ありゃ、動かない……?」

「とまったね……」


 見ると、こんとまちゃんがこんしまちゃんをビシイッ! と指差していた。

 (くち)だけは動かせるようなので、こんしまちゃんが疑問を言葉にする……っ!


「どうして」

「……ごめんね、こんしまちゃん」


 こんかまちゃんが(となり)のこんとまちゃんの(かた)に手を置きながら不気味(ぶきみ)に笑う。


「こんとまちゃんの能力『止揚(アウフヘーベン)』によって、こんしまちゃんの動きを(ふう)じさせてもらったよ……!」

「能力の使用は一週間(いっしゅうかん)一回(いっかい)だけのはずじゃ……? すでにこんとまちゃんは、こんせまちゃんの動きをとめるために(ちから)を使っているはず……」


「ふふふ、だまされたね……。実は、こんせまちゃんの動きを停止させたのは……こんとまちゃんじゃなくて、このわたし――こんかまちゃんだったんだよ……!」

「えー……」


「わたしの能力は『構築(フレンドカスタマイズ)』……! 相手との関係を構築する(さい)に都合のいい事象を引き起こせるスキルだよ……。『あー、こんしまちゃんを(おそ)()()()の動きが都合よくとまらないかなー。それを撃退(げきたい)してこんしまちゃんの信用を得られないかなー』と思ったら、すんなり発動した……」

「し、しまった……」

「本当は終盤(しゅうばん)まで手を組むつもりだったけど……ほかのみんなが一斉(いっせい)(おそ)ってきそうだから、しかたない。みんなにこんしまちゃんを差し出して、その代わりにわたしとこんとまちゃんは危機から(だっ)することにするよ……()()()()()()()、こんしまちゃん」


 ……そんなふうに話しているあいだに、こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんは囲まれてしまった。


 囲んでいるのは、六名だ。

 そのなかから、大学三年生の姿をしている「今週のみまったちゃん」縮めて「こんみまちゃん」が前に出る。


 こんかまちゃんも進み出て、こんみまちゃんとの交渉(こうしょう)(はい)る……ッ!


「……こんみまちゃん。確かに六対三でそっちのほうが有利だけど……このまま争えば双方(そうほう)無傷とはいかないよ……」


 いったん、こんかまちゃんは言葉を切ってこんみまちゃんの反応を観察した。

 でも、こんみまちゃんは腕組(うでぐ)みをしたまま(もく)している……。

 ほかのこんしまちゃんシリーズも、とくに言葉を(はっ)さない。


 こんかまちゃんは話を再開する。


「そこで提案……っ! こっちは、こんしまちゃんを差し出す。その見返りとして、こんみまちゃんたちは、わたしとこんとまちゃんを見のがす……。これなら主人格のこんしまちゃんを確実にほうむれる……。魅力的すぎる取引(とりひき)……!」

「通らないよ……それ」


 こんみまちゃんが、ピシャリと言い返す。


「もし、こんしまちゃんを敗退にすることができても……こんかまちゃんとこんとまちゃん二人の同盟(どうめい)継続(けいぞく)する……。この同盟が残るなら、どのみちわたしたちは全滅(ぜんめつ)させられてしまう」


 もっともな反論をお見舞(みま)いする、こんみまちゃん。


「とはいえ、六対三でも……こちらに被害(ひがい)が出るのは確実。犠牲(ぎせい)になるのはわたしかもしれない……。となれば、最適解は――」


 刹那(せつな)、こんみまちゃんは(うで)をほどき、右のこぶしを()き出した。

 パンチによって発生した(かぜ)が、こんしまちゃんを直撃(ちょくげき)する。

 風圧により、停止していたこんしまちゃんが(かべ)のほうまでふっとばされた……。


「ふ~、みまった、みまった……こぶしをみまった。わたしの『剣舞(ライクブルーム)』を発動してね……」


 こんみまちゃんは右手を閉じたりひらいたりしながら……。

 ポカンとしているこんかまちゃんに笑いかける。


「――そう、この場における最適解は、六対三から七対二にして一方的(いっぽうてき)に少数を()ること……!」

「わわわ……っ」


 (あせ)るこんかまちゃんとこんとまちゃんだったけど、もう(おそ)い。

 それぞれ三人ずつに囲まれ、あっという()にゼッケンを取られてしまった。


 こんはまちゃんが「か」のゼッケンを、こんつまちゃんが「と」のゼッケンを重ね()する……っ!


 直後、その場にいた六名が(たが)いに(はな)れる。

 しかし急に動いたためか、小一のこんだまちゃんと小二のこんこまちゃんがぶつかり合って転んでしまった……!


「悪いね、二人とも……」


 小五のこんつまちゃんが、転んだ二人に接近する……!


「わたしの能力『詰腹(ジャムブレッド)』で転ばせてもらったよ……いただき……って、わあ~」


 なんでいきなり「わあ~」と口走(くちばし)ったかというと、後ろからこんみまちゃんにヒモを引っ張られたからだ……っ!

 こんつまちゃんはフローリングに腹這(はらば)いになり、つぶやいた。


「つんだ……でも、つまらなくは、なかったなあ……」


 取られたゼッケンは、こんとまちゃんから(うば)った「と」のゼッケン。

 でも(ひと)つでも取られたら負けというルールなので、こんつまちゃんは敗退。所有していたゼッケンはすべて、こんみまちゃんの手に(わた)る。


 こんみまちゃんは、こんつまちゃんから「と」と「つ」のゼッケンをもらったわけだ。


 現在、ゼッケンを重ね着しているのは――五名。

 こんしまちゃんは自分の「し」に加え、「せ」のゼッケンを持っている。さらに、こんこまちゃんが「な」を、こんだまちゃんが「そ」を所有する。


 一番(いちばん)リードしているのは、中二のこんはまちゃんだ。「う」と「か」と「き」と「ぬ」の四つを重ねている……ッ!


 そんなこん()まちゃんに、まだ自分のゼッケンしか着用していない小六のこん()まちゃんが奇襲(きしゅう)をかけた……!


 こんたまちゃんの(ゆう)するスキルは、「貯留(ディプレスバースト)」ッ!

 今までたまりにたまった感情やらなんやらを爆発(ばくはつ)させる能力だ。


 ……今回こんたまちゃんが爆発させたのは、(あせ)り……っ!

 まわりのみんなと(ちが)って自分だけゼッケンを重ね着していないという焦燥(しょうそう)にほかならぬ。


 焦りが()ぜたことにより、こんたまちゃんを中心とした半径五メートルを爆風(ばくふう)がおおった。

 ちょうどその円のなかにいた、こんはまちゃんとこんたまちゃんが()()()()()()()


「わ、わああ~」


 こんはまちゃんは(なな)め上に飛んで、みずからの(からだ)で放物線をえがく。

 フローリングに激突(げきとつ)しそうになったところで……こんみまちゃんが走ってきた。

 そして、こんはまちゃんの体をお(ひめ)さまだっこで()()()()


 一方、こんたまちゃんは真上(まうえ)()いたのち、垂直に落下する。

 そのこんたまちゃんの落下地点に、こんだまちゃんとこんこまちゃんが近寄る。

 こんだまちゃんは「そ」のゼッケンを、こんこまちゃんは「な」のゼッケンを自分から外し、広げた。

 二つの広げられたゼッケンが、こんたまちゃんの後頭部と臀部(でんぶ)(やさ)しく受けとめた。


「あ、ありがとう……」


 こんはまちゃんとこんたまちゃんは、別々の場所で同時にお礼を(くち)にした。

 直後、同時にヒモを引っ張られ、ゼッケンを取られた。


 敗退した二人は、やっぱり(くや)しがっている。

 でもその声は、すがすがしい。


「負けた~。でも、はまりそう……。いや、これだと、こんぬまちゃんとキャラかぶりしちゃうなあ……」


 とこんはまちゃんが言えば、


「たまんないなあ……たまげたなあ……だけど今回は、たまたま負けただけだもん……」


 とこんたまちゃんが心情を吐露(とろ)する。


 まあ、なにはともあれ、大学三年生のこんみまちゃんが、こんたまちゃんの所有していた五つのゼッケンを総取りした……!


 結果、こんみまちゃんが「み」「と」「つ」「う」「か」「き」「ぬ」「は」のゼッケン計八つを持つこととなった。


「よし……これは、よほどの不祥事(ふしょうじ)見舞(みま)われない限り、わたしの勝ち……」


 勝利を確信する、こんみまちゃん……!

 しかし直後――。


 ゼッケンから垂れるヒモの一本(いっぽん)を引っ張られる感触(かんしょく)があった……。

 こんみまちゃんの左後ろに、だれかいる。


 それは、高一のこんしまちゃんであった。

 こんしまちゃんが()()()()こんみまちゃんに近づき、「は」のゼッケンを奪取(だっしゅ)したのだ。これにより、こんみまちゃんは栄光ある立場から一転(いってん)、人格バトルの敗者に落ちる……ッ!


「なるほど……このチャンスを虎視(こし)眈々(たんたん)とねらっていたんだね、こんしまちゃん……!」


 残り七つのゼッケンをこんしまちゃんに(わた)しながら、こんみまちゃんが分析(ぶんせき)する。


「各ゼッケンの左右からは一本(いっぽん)ずつヒモが垂れている。そしてゼッケンを重ね着すればするほど、このヒモが増えていき、より引っ張られやすくなる……! さっきわたしは八つのゼッケンを重ねていたから、合計十六本のヒモが垂れていた。このなかの(ひと)つをつかんで引けば、わたしのゼッケンを簡単に(うば)える……この状況(じょうきょう)をこんしまちゃんは見のがさなかったんだ……でも」

「そう……()()()()()()()()()()……!」


 受け取ったゼッケンをこんしまちゃんは身につけ、「み」のゼッケンを一番(いちばん)上にした。

 ゼッケンを失ったこんみまちゃんは、息をはくように短く笑った。


「まあ、そろそろ人格バトルも終わりが見えてきたね……結末がどうなるか、見させてもらうよ、こんしまちゃん……」


 こんみまちゃんがステージのほうに去る。


 残されたこんしまちゃんは十に(およ)ぶゼッケンを重ね着しているので、合計二十本のヒモを垂らしている状態だ。

 ヒモの多い相手をねらうのは効率的だが、総取りしたゼッケンを着用するルールである以上――そうすれば、結果的に自分のヒモの総数を増やしてしまう。


 これが、ヒモの多い者をねらった場合の欠点。それを承知(しょうち)で、こんしまちゃんはこんみまちゃんを(おそ)ったのである。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 さて、紺島(こんしま)みどりの主人格を決める人格バトルもそろそろ大詰(おおづ)め。


 こんしまちゃんは二つの人影(ひとかげ)()()()()()にされている……っ!


 小一のこんだまちゃんと小二のこんこまちゃんが、それぞれ反対方向からこんしまちゃんをねらっているのだ。

 そして、「そ」のゼッケンを一番上につけたほうが、こんしまちゃんに突進(とっしん)してきた。


「いくよ、こんしまおねえちゃん……」


 雰囲気(ふんいき)も体格もけっこう似ているし、体操着のシャツの字が「な」と「そ」のゼッケンで(かく)されているので、どっちが「こんだまちゃん」でどっちが「こんこまちゃん」か分かりにくい。

 冷静にこんしまちゃんは思い出す。


(確か、こんそまちゃんから「そ」のゼッケンを(うば)ったのは、こんだまちゃん……。そして、こんだまちゃんの能力はすでに使用済みのはず……(あせ)らなければ、だいじょうぶ……!)


 突進の途中(とちゅう)で「そ」のゼッケンをつけた彼女(かのじょ)が転ぶ。

 こんしまちゃんはチャンスと思って、一気(いっき)肉迫(にくはく)しようとした。


 瞬間(しゅんかん)、心にある言葉が()()()()()()

 即座(そくざ)に方向転換(てんかん)し、その場から(はな)れる。


 ――ほぼ同時に、「な」のゼッケンをつけたほうの女の子のヒモがからまる。

 本人は、からまったヒモをほどこうとして、勢いよく引っ張ってしまった。

 結果、みずからゼッケンをペロンと外すこととなった……!


 落ちたゼッケンは三つ。「な」と「た」と――「()」だ。

 さらに、体操着のシャツの前面の「()」の文字までもが、あらわになる……っ!


 みずからのシャツと同じ文字のゼッケンを外したことにより、こん()まちゃんは敗北した。


「確かに、こんだまちゃんは『そ』を、こんこまちゃんは『な』のゼッケンを持っていた……」


 こんしまちゃんが足をとめ、()り返る。


「でも、さっき……こんたまちゃんを受けとめる(さい)、それぞれ『そ』と『な』を外していたね……。そのとき『そ』『な』のゼッケンをこっそり交換(こうかん)して……こんだまちゃんと()()わった……そうだよね、こん()まちゃん……!」


 ……「そ」のゼッケンを見せたまま(たお)れている、こん()まちゃんと目を合わす。

 目をうるうるさせながら、こんこまちゃんが困っている……ッ!


「こまった……ばれちゃった。でも、どうして分かったの……? こんしま()()()ちゃん……」

「その呼び方で、ピピーンときたの……」


 ゆっくり、こんしまちゃんが近寄る。


「人格バトルが始まる前、こんこまちゃんがわたしのことを『こんしま()()()ちゃん』と呼んでいたのを思い出したんだ……!」

「……そう。みごとだね、こんしまおねえちゃん……」


 ちなみに――。

 さきほど、こん()まちゃんのゼッケンのヒモが突然(とつぜん)からまったのは、こん()まちゃんの能力のせいだ。


 こんこまちゃんの能力の名称(めいしょう)は「困惑(レーザーハリー)」である。

 不可視のレーザーを(はな)ち、それに当たった者に困りごとを発生させる――とても対処に困る技だ。


 本当は、こんしまちゃんを引きつけたところでレーザーを()つつもりだった。

 でも直前にこんしまちゃんが方向転換したために、その直線上にいたこんだまちゃんのほうに当たってしまったのである……! なお、このレーザーが命中してもケガには()()()()ので、そこは安心だ。


 ともあれ一週間(いっしゅうかん)一度(いちど)しか使えない能力を使ったこんこまちゃんは、()()()()()()こんしまちゃんにヒモを引っ張られた。

 二十本のヒモを()()()()()()()()()こんしまちゃんは一本(いっぽん)も取られないように慎重(しんちょう)にこんこまちゃんに近づき、一気(いっき)にゼッケンを(うば)い去った……!


 で、こんこまちゃんの所有していた「こ」と「そ」のゼッケンを身につける。


 ここでこんしまちゃんは、ステージの上で見物(けんぶつ)している()()()()()()()に視線をやった。ゼッケン争奪(そうだつ)バトルを提案したのは、こんきまちゃん。その本人に確認しなければならないことがある……。


「こんきまちゃーん……さっき、こんだまちゃんから外れた三つのゼッケンはどうするの……?」

「それは、こんしまちゃんが着用して……」


 ステージ上で正座の体勢をとりながら、こんきまちゃんが大声で答える。


「実質こんだまちゃんは、こんこまちゃんの能力にやられた……。だからゼッケンは、いったん、こんこまちゃんのものになった……そのこんこまちゃんをこんしまちゃんが負かしたわけだから、今ゆかに落ちている三つのゼッケンもこんしまちゃんの総取りで決まりだよ……」

「分かった。ありがとう、こんきまちゃん……」


 こんしまちゃんは「な」と「た」と「だ」のゼッケンに近づき、さらに重ねて着用……っ!

 そうして、こんしまちゃんは十五のゼッケンを手に入れた。左右に十五本ずつ計三十本のヒモが垂れる。


 体育館内を見回しても、ステージの敗退者十四名以外に人影は見当(みあ)たらない。


「最後までゼッケンを取られなかった人の勝ちだったよね……よし、わたしは一度(いちど)も取られなかった……」


 深く息をこぼす、こんしまちゃん。

 ステージで待っている、ほかのこんしまちゃんシリーズに勝利を宣言すべく、歩きだす……。


 だが、ここで――。

 こんしまちゃんの後ろから、(おと)なく右手が()びてきた。


 手がゼッケンのヒモに届く寸前、こんしまちゃんがつぶやく。


「あ、待った……」


 こんしまちゃんがフローリングを()り、左によける。

 後ろから伸びてきた手は、なにもつかめなかった。


 続いて、こんしまちゃんは左(なな)め前に走る。


「気づいてたよ、あなたの存在……」


 どうやら、さきほどこんしまちゃんをねらっていた右手の持ち(ぬし)に語りかけているようだ。


「今わたしが着用しているゼッケンの数は()()……。だけど、こんかまちゃんが言ってた。『「今週の○まったちゃん」の称号(しょうごう)を持つ者が()()()()()』ここに(つど)っているって……! だったらゼッケンが十五じゃ、足りないよね……」


 ある程度(はな)れたところで、足をとめる。


「ずっと、わたしはあなたが見えなかった……。人格バトルが始まる前、わたしとこんこまちゃんとこんつまちゃんとこんかまちゃんの四人のもとに十人が加わった。そのあとで、こんたまちゃんが参上した。でもこの時点で合計十五人しかいなかった……最初から、あなたは存在を(かく)していたんだね……」


 目をパチパチさせる、こんしまちゃん。


「決定的なのが、わたしたち『こんしまちゃんシリーズ』のなかに、()()()()()が欠けていたこと……! わたしたちは、人格ごとに学年が(ひと)つずつ(ちが)っている……。小一のこん()まちゃん、小二のこん()まちゃん、小三のこん()まちゃん、小四のこん()まちゃん、小五のこん()まちゃん、小六のこん()まちゃん。中二のこん()まちゃん、中三のこん()まちゃん。高一のわたし・こん()まちゃん、高二のこん()まちゃん、高三のこん()まちゃん。大学一年生のこん()まちゃん、同じく二年のこん()まちゃん、三年のこん()まちゃん、四年のこん()まちゃん。……(ひと)つ穴があるね……! そう、()()()こんしまちゃんシリーズだけいないのは、おかしい……!」


 こんしまちゃんは、着用した十五のゼッケンをぽんぽん()()()


「じゃあ、まだ明らかになっていない『今週の○まったちゃん』とは、だれか……? あ、い、う、え、お……と順に当てはめていくアルゴリズムを使えばいい……! いや、そんなことしなくても()()()分かるよ……!」


 そして、こんしまちゃんは()り向く……っ!


「そうだよね……『今週のあまったちゃん』略して『こん()まちゃん』……!」


 こんしまちゃんの視線の先には――。

 ずっと見えなかった、「あ」のゼッケンをつけた女の子が立っていた。


 やはりウェーブのかかったくせ毛を持つが、その見た目は中学一年生の()()だ。


「そんな……わたし、完全に余り者になれたと思ったのに……最後まで()()()()って確信したのに……」

「ツメがあまかったね……こんあまちゃん」

「そうだね……あまりにも油断してたみたい……こんしまちゃんが、まさかわたしに気づくなんてね……」


 こんあまちゃんが使用した能力は「余熱(ヒドゥンハピネス)」――いかなる場面でも余り者になれるスキルだ。

 ただし、だれかに余り者としての自分を見抜(みぬ)かれた場合は、能力が強制的に解除される。


 こんあまちゃんは、みずから「あ」のゼッケンを取り外した。

 対する、こんしまちゃんが(おどろ)く。


「こんあまちゃん……?」

「かくれんぼで見つかったからには、わたしの負けだよ……」


 体操着の「あ」の字もさらしつつ、こんあまちゃんがゼッケンを投げる。


「これで、この人格バトルを(せい)したのは、こんしまちゃんだね……! おめでとう」

「あ、ありがとう……っ」


 最後のゼッケンをキャッチし、こんしまちゃんが着用した瞬間(しゅんかん)――。

 ステージにいたみんなが一斉(いっせい)に立ち上がって拍手(はくしゅ)した。


(くや)しいけれど……みんな納得(なっとく)したうえでの勝負だから、結果に文句はないよ……! こんしまちゃん、本当におめでとう! 紺島(こんしま)みどりの主人格は、やっぱりこんしまちゃんなんだ……」


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 こうして、こんしまちゃんは第一回(だいいっかい)人格バトルを制した。


 優勝したので、紺島(こんしま)みどりは今までどおり「今週のしまったちゃん」縮めて「こんしまちゃん」の人格を持ち続けることになる。


 で……こんしまちゃん以外のこんしまちゃんシリーズ十五名が、こんしまちゃんを取り囲む。

 あらためて主人格としての地位を獲得(かくとく)したこんしまちゃんに、自分たちをどうするか決めてほしいそうだ。


 こんしまちゃんが迷っているので、こんきまちゃんが提案する。


「わたしの『決別(グッバイベイビー)』は不発だったから、まだ使えるよ……これを使えば好きな相手を消滅(しょうめつ)させて永遠(えいえん)に別れることができるよ……不要な人格をまとめて消すことも可能だよ……」

「だ、だめだよ……それは。みんなと()()()()()()の……(たの)しかったもん……」


 こんしまちゃんが(あわ)てて、こんきまちゃんをとめる。

 ここで、こんそまちゃんが手を挙げる。


「はーい……わたしも能力発動させてないよ……。わたしの(ちから)は『染色(オールインワンカラー)』って言うんだけど……これを使用すれば、みんなを自分と同じ人格に()め上げることもできる……みんなをこんしまちゃんに変えて、こんしまちゃん十六人衆を爆誕(ばくたん)させるのも一興(いっきょう)じゃないかな……」

「爆誕しないよ……わたし、みんなのこと好きだし……」


 すると、その場にいるみんなが「わたしもみんなのこと好き……」と異口(いく)同音(どうおん)に言った。最年少のこんだまちゃんも、照れながら同じことを(くち)にした。


 さらに最年長のこんせまちゃんが、こんしまちゃんの目と鼻の先に()()()()()()


「そういえば、こんしまちゃんの能力は、なにかな……?」


 それだけ言って、こんせまちゃんがちょっと(はな)れる。

 ほかのみんなも気になるようで、口々(くちぐち)に「見たーい……」とつぶやく。


 でも、こんしまちゃんは静かに首を左右に()った。


「わたしに、特別な能力はないよ……」


 こんしまちゃんは、十六のゼッケンすべてを外した。

 外れたゼッケンは、体育館の高い天井(てんじょう)に吸い()まれるように消えていった……。


 ついで、こんしまちゃんがみんなの体操着のシャツの前面を順々に見る。

 すなわち「あ」と「う」と「か」と「き」と「こ」と「せ」と「そ」と「た」と「だ」と「つ」と「と」と「な」と「ぬ」と「は」と「み」の十五の文字を……。


「ただ、わたし……みんなのことを忘れたり捨てたりしない。大切にする……! わたしのなかに暮らしている、わたしとずっと一緒(いっしょ)にいる――かけがえのない人格たちだから。いつでも会いに()けるよう、きちんと心に()()()()()()()。『今週の()()()()ちゃん』だけに……!」


 最後は自分の「し」の字をたたき、ドヤア……っという顔で言いきった、こんしまちゃん。

 でも、みんなはポカンとしている。


 こんしまちゃんは耳まで赤くなり、思わず顔を手でおおった。


「しまった……すべっちゃった」


「ふふっ……」


 ここで、こんこまちゃんが(やさ)しく笑った。


「やっぱり、こんしまおねえちゃんは、こんしまおねえちゃんなんだね……」


 続いて、ほかのみんなもクスクス笑いだす。


「そうだね……ホントだね……」


 で、みんなはワイワイ(はな)して、こんしまちゃんを胴上(どうあ)げする流れになった。

 ちっちゃい子たちも、なぞの(ちから)()き上がり……がっつり参加できそうだ。


 三十本の(うで)にささえられたのち、こんしまちゃんが()ち上げられる……っ!

 が、みんなが全力でこんしまちゃんを祝福しようとしたため、こんしまちゃんはロケットのように飛び――とても高い体育館の天井にぶつかってしまった……!


「「「「「「「「「「「「「「「しまった」」」」」」」」」」」」」」」


 十五の「しまった」がオーバーラップし、体育館内に反響(はんきょう)する。

 さらに、みんなが「ごめんね、こんしまちゃん……」と(あやま)る。


 こんしまちゃんは天井にぶつかったまま、顔だけを真下に向けて声を出す。


「みんな、わたしはだいじょうぶ……! 祝ってくれて、ありがとう……みんなと会えて、みんなと遊べて、楽しかったよ……いつか、第二回人格バトルもやろうね……」

「まってるよー、こんしまちゃん……」


 みんなの声が遠のいていく。

 それでも、こんしまちゃんは十五の声を確かに聞いた。


「わたしたちも、たのしかったし……ありがとねー……ぜひ、またきてね……」


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 ――そして。

 こんしまちゃんは、目を覚ました。


 目をこすりつつ、ベッドに横たわっている自分に気づく。


 立ち上がり、カーテンをあける。暗い(そと)が顔を見せる。

 (あせ)をかいているようで、(はだ)がちょっとじんわりする。体育館の天井から真下を見たことを思い出す。ぼんやりと、だれかの輪郭(りんかく)鱗粉(りんぷん)のように頭のなかを()っている。


 うわごとを(くち)にする……。


「あせ……しぬかと……そう……きみは……こなだった……」


 瞬間、自分のなかにいた十五の人格のことを一気(いっき)に思い出した。

 みんなウェーブのかかったくせ毛を持つけど、それぞれ(ちが)うみんなのことを。


 鱗粉のような輪郭が、くっきりとした線と色を取り(もど)す。


「しまった……忘れてた」


 カーテンを閉めて、目を閉じ、ほほえむ。


「でも、思い出せた……」


 そのあと、こんしまちゃんは二度寝(にどね)した。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


☆今週のしまったカウント:四回(累計(るいけい)七十四回)


なお夢のなかで(はっ)した「しまった」であっても、こんしまちゃんが寝言(ねごと)()らしている場合はカウントする。

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