人格バトルが始まってしまった!(土曜日)
突然だが。
人とは、一辺倒に捉えられるものじゃない。
紺島みどりだって、そうだ。
かの紺島みどりは「今週のしまったちゃん」すなわち「こんしまちゃん」と呼ばれる人物だけど――。
その異名も、本人とまわりのみんなが勝手に言ってるだけ……!
また、こんしまちゃんはウェーブのかかったくせ毛を持つ高校一年生。
……という厳然たる事実があるものの、果たしてそれだけがこんしまちゃんなのだろうか……?
もしかすれば、紺島みどりのなかにも「こんしまちゃん」以外の人格がひそむのかもしれない。
というわけで今回は、こんしまちゃんのなかで巻き起こった一大事件の話である。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
土曜日、自宅の部屋にて。
こんしまちゃんはベッドに横たわり、泥のように眠っていた。
そして夢の底へと沈む。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
夢のなかで目を覚ますと、とても高い天井が真上にあることに気づいた。
上半身を持ち上げて、あたりを見回す。
けっこう広い。
茶色いフローリングが、テカテカしている。指をすべらせれば、キュッと鳴る。
ちょっと高めのステージもある。
どうやら、体育館のなかにいるようだ。
ベッドは消えている。
さらに、こんしまちゃんは視線を下げ、自分の服装をまじまじと見た。
なぜか体操着である。
しかもシャツの前面には、「し」という文字がデカデカと浮かび上がっている……!
困惑するしかない、こんしまちゃん。
そのとき、背中をぽーん……とたたかれた。
こんしまちゃんが振り返ると、小学校二年生くらいの女の子がそこにいた。
ウェーブのかかったくせ毛を持っている。これは、こんしまちゃんのくせ毛と同じだ。
顔も、こんしまちゃんを幼くした感じである……!
「はじめまして、おねえちゃん……わたしは、こんこまちゃんです……」
「こ、こちらこそ初めまして、こんこまちゃん……。わたしは、こんしまちゃんだよ……」
こんしまちゃんは、「こんこまちゃん」をじーっと観察する。
本当に年齢以外は、こんしまちゃんとそっくりだ……ッ!
こんこまちゃんも体操着の姿である。
ただし、こんこまちゃんのシャツには「こ」の文字がデカデカとあらわれている。
こんこまちゃんが、つぶやく。
「こまった……」
続いて、体育館のフローリングでつまずく。
そんなこんこまちゃんを、こんしまちゃんが受けとめる。
そういえば自分もよく転ぶ子どもだったなあと思い出しつつ、こんしまちゃんが聞く。
「こんこまちゃんは、なにに困っているのかな……」
「わたし、今週のこまったちゃんなんです……」
こんしまちゃんの腕のなかで、消え入りそうな声を出す、こんこまちゃん。
「りゃくして、こんこまちゃんです……だから、『こまった』って言うんです……」
「そうなんだ……わたしも、『今週のしまったちゃん』略して『こんしまちゃん』なの……」
優しく、ゆっくりと、こんしまちゃんが発音する。
「こんこまちゃんとわたしは、似た者同士……安心していいよ……」
「じゃあ、こんしまおねえちゃんは――」
目をうるうるさせる、こんこまちゃん……っ!
「――ここが、どこか分かるんですか……? 学校のたいいくかんじゃないみたいだけど……」
「そ、それは……」
こんしまちゃんが、言葉に詰まる……ッ!
その瞬間――。
「つまったね……」
いつの間にか、こんしまちゃんとこんこまちゃんの近くに、新たな人影が加わっていた。
人影は、腕組みをして立っている。
小五くらいの見た目の女の子だ。例によって、ウェーブのかかったくせ毛がある。
しかし、ぽかんとしているこんしまちゃんとこんこまちゃんの無反応っぷりを見て、その女の子がガタガタ震えだす……!
「つ、つまらなかった……?」
「え……お、おもしろかったよ……っ」
慌てて、こんしまちゃんとこんこまちゃんはフォローする。
それがうれしかったのか、相手の女の子はバンザイした。
ここで、シャツの「つ」の字があらわになった。
「……あれ?」
さすがに、こんしまちゃんも法則性に気づき始める。
「もしかして……あなたの名前は、こんつまちゃん……?」
「そうだよ……今週のつまったちゃんとは、わたしのこと……っ!」
体操着に「つ」の字を持つ「こんつまちゃん」が堂々と答える。
そんで、こんしまちゃんが、ほかの二人をビックリさせない程度に手をたたく。
「まさか……この体育館に集まっているのは――」
「それは、わたしが説明するよ……!」
シャツに「か」のひらがなを有するこんしまちゃんの亜種が、また会話に割り込んできた……!
高一のこんしまちゃんよりも一歳年上の高二に見える。
「わたしは、今週のかまったちゃん」
「は……っ!」
対する三人はフローリングに座ったまま、「か」の字を見上げる。
「こんかまちゃんだね……」
「そのとおり……ここに集いしは、こんしまちゃんシリーズ……! 『今週の○まったちゃん』の称号を持つ者が総勢十六名。おのおのは、それぞれ違う文字を体操着のシャツに縫いつけているのだ……っ!」
「解説ありがとうございます……」
そんな三人ぶんのお礼を受け取って、こんかまちゃんが誇らしげに笑う……ッ!
「かまった~。よかった、よかった。困っている人に構うことができたからノルマ達成っと……」
どうやら彼女が「今週のかまったちゃん」であることは真実のようだ。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
引き続き、こんしまちゃんの夢――。
高一のこんしまちゃんと小二のこんこまちゃんと小五のこんつまちゃんと高二のこんかまちゃんの四名が、あらためて互いの顔を確認する。
やはり年齢以外、同じ顔。ウェーブのかかったくせ毛は全員共通……っ!
ここに、続々と別種のこんしまちゃんシリーズが加わる。
体育館の高い天井から、ふってきたのである。
十名、増える。
もちろん各自は、それぞれの体操着のシャツにひらがな一つを刻んだ状態。
一番上は大学四年生の「今週のせまったちゃん」で、一番下は小学一年生の「今週のだまったちゃん」だ。
それぞれ自己紹介したあと、体育館に声が響く。
「たまった……なにが……? 不満が、たまった……」
味のある歌を吟じつつ新たに現れたのは、シャツに「た」の字を有する人物。
「今週のたまったちゃん……略して、こんたまちゃん参上……ちなみにわたしは小六……」
「こんたまちゃんは、もしかして満足してないの……?」
こんかまちゃんが、構いたそうに見つめ返す。
でもこんたまちゃんは、首を上下にブンブン振った。
「そう……たまりにたまった……不満、あふれんばかり……」
傾聴するみんなを見て、こんたまちゃんが力強く言う。
「いつも、紺島みどりの主人格は……こんしまちゃん」
同時にみんなの視線が、こんしまちゃん一人に集中した。
すかさず――多くの味方を得たこんたまちゃんが、素直な気持ちを打ち明ける。
「わたしは、それになっとくしてない……。紺島みどりのなかには、ほかの人格もいるのに……!」
「そ、そうだよ……っ!」
こんたまちゃんに同調する声を上げたのは、今週のそまったちゃんであった。
中三くらいの年齢だ。
「今の話を聞いて、わたしはその考えにそまった……! わたしもこんそまちゃんとして、あらがいたい……っ!」
こんそまちゃんの声を皮切りに、次々と「そうだ、そうだー。わたしも主人格になりたいよー」という不満が噴出する。
おかげで肩身がせまくなる、こんしまちゃんであった……。
この刹那、館内に大声が響き渡る……ッ!
「よし、きまった……!」
高三の、今週のきまったちゃん――こんきまちゃんが、なにかを思いついたかのように手をパチーン! とたたいた。
直後、みんなが口を閉じる。
すると小一のこんだまちゃんが、ひと言だけ漏らした。
「……だまった」
でもそれ以降は全然しゃべらなくなった。
こんきまちゃんが気を取りなおして、なにが決まったのかを説明する。
「今から人格バトルを始めよう……」
え……なにそれ……とざわめくみんなに対して、こんきまちゃんが言葉を続ける。
「人格バトルとは、もっとも偉い人格を決定する戦い……。このバトルの勝利者が、唯一の主人格の座を手に入れる……!」
「おお~」
みんなが感心する。
「でも、バトルの形式はどうするの……?」
「それも、すでに決まっているよ……。第一回人格バトルはゼッケン争奪バトルでいこう……!」
ゼッケン争奪バトルとは――。
各自に配られたゼッケンを奪い合い、最後までゼッケンを取られなかった者が勝利を収める過酷な競技である。
ゼッケンの裏表には、それぞれ自分の体操着と同じ文字がしるされている。
たとえば、こんしまちゃんなら「し」で、こんきまちゃんなら「き」だ。
各ゼッケンの左右からは一本ずつヒモが垂れており、ヒモをぐいっと引っ張ればゼッケンは簡単に外れる。
もちろんヒモを自分の手で持ったり服のなかに入れたり切り落としたりするのはルール違反。取られそうになったからってゼッケンを手で押さえるのもダメ。相手の腕をつかんだりするなど、意図的な身体的接触も禁止だ。
ゼッケンを取られた者は敗退。以降はバトルに参加できない。
取ることに成功した側は、その取ったゼッケンを重ねて着用する。ゼッケンのサイズは着る本人に合わせて自動的に変化するので体格差は考慮しなくていい。かつゼッケンは、まだ敗退していないほかの参加者に譲渡可能である。ただし、自分のシャツと同じ字を持つゼッケンをみずから外した場合は無条件で敗北となる。
ゼッケンを重ね着している状態であっても、一つでも取られればその時点で負け。所有していたすべてのゼッケンは、取った側の総取りとなる。
「それじゃあ、バトル開始……」
こんきまちゃんが宣言すると共に、天井からゼッケンがふってきた。
おのおの、それを身につける。
落ちてきた「し」のゼッケンを、こんしまちゃんが着用……!
すぐにみんなは、体育館のあちこちに散らばった……っ!
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
なんか始まってしまった人格バトル。
ともあれ、紺島みどりの主人格としての地位を守るためにも、こんしまちゃんは負けられない。
ゼッケンを取られたら即敗退の厳しいルールだが、ようは左右から垂れるヒモを守り抜く鬼ごっこである。
いったん体育館の壁近くに寄り、こんしまちゃんが戦況を確認する。
中央付近で、間合いを取り合っている二人がいるようだ。
というか……二人とも、体育館のフローリングに足がうまっている……っ!
二人のうちの一方は、「き」のゼッケンをつけている。高三のこんきまちゃんだ。
そしてもう一方がドヤ顔で言う。
「うまった……」
その人物も、こんしまちゃんシリーズの一人。「う」のゼッケンをつけた、今週のうまったちゃん――「こんうまちゃん」である。
見た目は小三だ。
「わたしののうりょくは……どこであっても、相手の足をうめることができる『埋没』……!」
……そういう世界観のようだ。
「ただしだいしょうとして……わたしの足もその場にうまる……」
「くう……すごいね、こんうまちゃん」
こんきまちゃんがニイッと笑う。
「なら……わたしも能力を発動させる……! 名づけて『決別』……」
でも、こんきまちゃんがベイビーと言ったあたりで、その「き」のゼッケンがペロリと外れた。
これで……こんきまちゃんは敗退である。能力は不発に終わった。
「わああ。もう、きまったの……?」
だれかが、こんきまちゃんの背後にいた。
続いてその人物はこんうまちゃんにも接近し、一瞬でヒモを引っ張りゼッケンを奪ってしまった。
こんうまちゃんの能力も解除される。うまっていた足がもとに戻る。
ゼッケンを取られた二人は体育館のステージに上がって、ちょっと高みの見物をキメ始めた……ッ!
二つのゼッケン――すなわち、「き」と「う」のゼッケンを取ったのは、「ぬ」のゼッケンを持つ者だった。外見は、大学二年生くらい。今週のぬまったちゃん、こんぬまちゃんのようである……!
「あ、これ……ぬまったかもしんない……」
ぬまるとは、「沼る」……すなわち沼にズブズブ沈むように夢中になるという意味……!
さっき漁夫の利みたいなかたちで二つのゼッケンを取ったことで、こんぬまちゃんから脳汁がドバドバ出て、それが沼になって……深みにおちいりそうになっているのだ……っ!
「これがわたしのスキル……『泥沼』だよ……対象の人物を沼らせて、一つのことに没頭させる……! 今は自分自身を対象にしているんだ……」
だれにともなく、そんなことを言う。
で、さきほど奪った二つのゼッケンを身につけようとしたとき――。
「――はまったね、ワナに」
鋭い声が響き、こんぬまちゃんの「ぬ」のゼッケンがはぎ取られた。
「ぬ……!」
こんぬまちゃんが驚きのさけびを上げる。
気づくと、こんぬまちゃんのそばに……「は」のゼッケンをつけた中二っぽい女の子が立っていた。
「わたしは、今週のはまったちゃんことこんはまちゃん……」
そのこんはまちゃんが「ぬ」のゼッケンを右手でユラユラさせる。
「こんぬまちゃんは、わたしの能力……『天網』にはまっちゃったのだ……。これは、相手が能力を使用したときに作動するワナ……! 相手の能力の発動を過剰に促し、隙を作らせる悪魔のトラップ……!」
「ヘブンなのに、悪魔……?」
「かっこいいよね……?」
「そだね……その設定も沼れそう」
「設定じゃないよう……」
ともあれ、こんぬまちゃんから残り二つのゼッケンも受け取り、新たに得た計三つを自分のゼッケンの上に重ね着するこんはまちゃんであった。
これで三人が脱落したことになる。
さらに――こんはまちゃんたちを注視していたこんしまちゃんに、だれかがせまっていた。
その正体は、「せ」のゼッケンをつけたこんせまちゃんであった……!
こんせまちゃんは大学四年生っぽい。体育館に集まったこんしまちゃんシリーズのなかで最年長だ。
そのぶん、威圧感がある……っ!
こんしまちゃんが逃亡するよりも先に、こんせまちゃんが肉迫する。
「せまった……ッ!」
「しまった」
対応が追いつかない、こんしまちゃん。
なんとか、こんせまちゃんの初撃はかわしたものの、体のバランスが崩れたままだ。
「わああ」
「悪く思わないで、こんしまちゃん……! 能力発動……『迫真』……」
こんせまちゃんの詠唱にともない、こんしまちゃんは目の前に宇宙を見た。
深淵を見た。真理を見た。この世のすべてを理解し、大悟に至った……ッ!
つまりボーッとしちゃったのである。
この隙に、こんせまちゃんの手がこんしまちゃんのゼッケンのヒモにせまる……!
――だが、絶体絶命かと思われた刹那。
こんせまちゃんの手が停止した。
「せ、せまれない……っ」
ジタバタしても、こんせまちゃんの手はむなしく空をつかむばかり。
しかも横から近づいてきた「こんかまちゃん」にヒモを引っ張られ、ゼッケンを失うこんせまちゃん。
ステージの敗退者の列に加わるこんせまちゃんを見送って、こんかまちゃんがこんしまちゃんと向き合う……。
高二のこんかまちゃんが、高一のこんしまちゃんに優しいまなざしを投げる。
「ふー、かまった、かまった……。危なかったね、こんしまちゃん」
「ありがとう、こんかまちゃん……」
こんしまちゃんは充分なパーソナルスペースを守りながら、こんかまちゃんを見返す。
「でも、なんでわたしを助けたの……? こんかまちゃんも、紺島みどりの主人格になりたいんじゃないのかな……」
「……もちろん最終的には、こんしまちゃんとも争うよ」
無理にパーソナルスペースに踏み込まず、こんかまちゃんが落ち着いて言う。
「だけど確実に終盤まで残るためにも、途中までは手を組むのもアリじゃないかな……?」
「まあルール違反じゃなさそうだけど……一緒に行動して、具体的になにするの?」
「三方向からターゲットを襲う……! これなら、着実に敵を一人ずつ始末していける……」
ついで、こんかまちゃんが向かって右を指す。
そこには、「と」のゼッケンをつけた人物が立っていた。
小四と思われる彼女は「今週のとまったちゃん」略して「こんとまちゃん」を名乗り、ささやき声を出した。
「わたしも、こんかまちゃんとこんしまちゃんに協力する……。さっき、こんせまちゃんの動きをとめたのは、わたしの『止揚』という力のおかげ……!」
「ドイツ語なんだ……」
こんしまちゃんは周囲を警戒しつつ、首をかしげる。
「でもその能力を使えば、みんなの動きをとめて……すぐ勝てるんじゃ……?」
「こんしまちゃんシリーズののうりょくは各自一週間に一度しか使えないんですよ……」
「そ、そうなんだ……さっき、こんとまちゃんはわたしを助けるために、その能力を……。ありがとね……」
「いえいえ……最後に勝つためです……」
「ともあれ、組む……? こんしまちゃん。卑怯とか言ってる場合じゃないよ……」
こんかまちゃんが、こんしまちゃんのパーソナルスペースの境界につま先をふれさせる……っ!
もし、こんしまちゃんがことわれば――こんかまちゃんは、こんとまちゃんと一緒に襲いかかってくるだろう。
てなわけで、こんかまちゃん・こんとまちゃん・こんしまちゃん連合が成立する。
こんかまちゃんは友好のあかしとして、さきほど奪った「せ」のゼッケンをこんしまちゃんに渡した。
こんしまちゃんは、「せ」のゼッケンを「し」のゼッケンの上に重ね着した。
ちなみに……こんしまちゃんたちが話しているあいだに、三人にじりじりと近づく影もあった。
影の主は、小一のこんだまちゃんである。
こんだまちゃんは沈黙したまま、少しずつこんしまちゃんたちに接近していた……。
といっても、かつてのこんしまちゃんの姿なので、何回か転んだ。
それでも、こんしまちゃんたちにバレなかったのは……こんだまちゃんの能力のおかげだ。
能力名は『黙々』……。気配を完全に殺すことができる力……。
しかし――あと少しでこんしまちゃんたちのヒモに手が届きそうになったところで、別のだれかが目の前を横切ろうとした。
そのゼッケンから垂れるヒモがなびき、こんだまちゃんの鼻に当たりそうになったので、こんだまちゃんは思わずそのヒモを引っ張ってしまった。
「そ、そんなあ……」
こんだまちゃんにゼッケンを奪われてショックの声を漏らしたのは、中三のこんそまちゃんだった。
「悔しい……っ。でもすごいね、こんだまちゃん……! 背景の色に染まってたのかな……?」
その言葉を聞いたこんだまちゃんは静かにうなずき、「そ」のゼッケンを身につけた。
その時点でこんだまちゃんの能力はすでに解除されていたので、その光景をこんしまちゃんもその目で見ていた……。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
人格バトルも中盤戦。
現在、ゼッケンを失って脱落したのは――こんうまちゃん・こんきまちゃん・こんせまちゃん・こんそまちゃん・こんぬまちゃんの五名だ。
彼女たちは体育館のステージに座って、勝負のゆくえを見守っている。
注目したいのは、こんかまちゃん・こんしまちゃん・こんとまちゃん三名の同盟。
数の力により死角を排除しつつ、敵を一方的にしとめることが可能……!
明らかな脅威である。
さっそく三人が、一人をターゲットに定め、奇襲をかける……ッ!
標的にされたのは、「な」のゼッケンをつけた大学一年生。
今週のなまったちゃん――こんなまちゃんだ。
「うう……体がなまったよう……」
こんなまちゃんの動きは緩慢である。
だが、さすがこんしまちゃんシリーズの一人。そう簡単にはゼッケンを渡さない……!
「しょうがない。『鈍重』……っ」
三人に囲まれたところで、こんなまちゃんが能力を使用。
すると、こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんの動きが軒並みにぶくなった……!
逆に、こんなまちゃんの動きが速くなる……っ!
その場で足踏みしているだけなのに、残像がいくつも発生している。
「わたしのなまりをすべてあなたたちに移した覚悟ッ!」
ゆかのフローリングをバチーンと蹴る、こんなまちゃん。
でも急に加速したせいで……ヒモを引っ張ることもできないまま、こんしまちゃんたちのそばを通り過ぎてしまった。
そのまま壁に激突する。
こんなまちゃんがフラフラ倒れたところで、小二のこんこまちゃんがトテトテ近づいてきた。
こんこまちゃんが、こんなまちゃんのヒモを引っ張ってゼッケンを奪う。
そんなわけで事なきを得た、こんしまちゃん同盟。
にぶっていた体も回復し、普通に動けるようになった。
しかし、今のこんなまちゃんとの攻防により、同盟の存在がみんなにバレてしまった……。
「みんな聞いて……。こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんが結束してる……。これは、たまったものじゃないよ……」
小六のこんたまちゃんが大きく手をたたき、体育館内のこんしまちゃんシリーズに呼びかける……ッ!
「同盟を放置したら、一人ずつつぶされるのは確実……そこで今は一時休戦して、あの三人をしとめよう……!」
「そうだね……このままだとてづまりだし……」
小五のこんつまちゃんも、こんたまちゃんに同意……っ!
それに続いて、ほかのこんしまちゃんシリーズもうなずいた。
こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんが取り囲まれそうになる……!
瞬間、こんかまちゃんがため息をほわ~っとつく。
「ここまでかな……」
「……え?」
不安げな目で、こんしまちゃんがこんかまちゃんを見る。
その際、首をかたむけたんだけど……途中で動きがとまってしまう。
「ありゃ、動かない……?」
「とまったね……」
見ると、こんとまちゃんがこんしまちゃんをビシイッ! と指差していた。
口だけは動かせるようなので、こんしまちゃんが疑問を言葉にする……っ!
「どうして」
「……ごめんね、こんしまちゃん」
こんかまちゃんが隣のこんとまちゃんの肩に手を置きながら不気味に笑う。
「こんとまちゃんの能力『止揚』によって、こんしまちゃんの動きを封じさせてもらったよ……!」
「能力の使用は一週間に一回だけのはずじゃ……? すでにこんとまちゃんは、こんせまちゃんの動きをとめるために力を使っているはず……」
「ふふふ、だまされたね……。実は、こんせまちゃんの動きを停止させたのは……こんとまちゃんじゃなくて、このわたし――こんかまちゃんだったんだよ……!」
「えー……」
「わたしの能力は『構築』……! 相手との関係を構築する際に都合のいい事象を引き起こせるスキルだよ……。『あー、こんしまちゃんを襲うだれかの動きが都合よくとまらないかなー。それを撃退してこんしまちゃんの信用を得られないかなー』と思ったら、すんなり発動した……」
「し、しまった……」
「本当は終盤まで手を組むつもりだったけど……ほかのみんなが一斉に襲ってきそうだから、しかたない。みんなにこんしまちゃんを差し出して、その代わりにわたしとこんとまちゃんは危機から脱することにするよ……かまわないよね、こんしまちゃん」
……そんなふうに話しているあいだに、こんしまちゃん・こんかまちゃん・こんとまちゃんは囲まれてしまった。
囲んでいるのは、六名だ。
そのなかから、大学三年生の姿をしている「今週のみまったちゃん」縮めて「こんみまちゃん」が前に出る。
こんかまちゃんも進み出て、こんみまちゃんとの交渉に入る……ッ!
「……こんみまちゃん。確かに六対三でそっちのほうが有利だけど……このまま争えば双方無傷とはいかないよ……」
いったん、こんかまちゃんは言葉を切ってこんみまちゃんの反応を観察した。
でも、こんみまちゃんは腕組みをしたまま黙している……。
ほかのこんしまちゃんシリーズも、とくに言葉を発さない。
こんかまちゃんは話を再開する。
「そこで提案……っ! こっちは、こんしまちゃんを差し出す。その見返りとして、こんみまちゃんたちは、わたしとこんとまちゃんを見のがす……。これなら主人格のこんしまちゃんを確実にほうむれる……。魅力的すぎる取引……!」
「通らないよ……それ」
こんみまちゃんが、ピシャリと言い返す。
「もし、こんしまちゃんを敗退にすることができても……こんかまちゃんとこんとまちゃん二人の同盟は継続する……。この同盟が残るなら、どのみちわたしたちは全滅させられてしまう」
もっともな反論をお見舞いする、こんみまちゃん。
「とはいえ、六対三でも……こちらに被害が出るのは確実。犠牲になるのはわたしかもしれない……。となれば、最適解は――」
刹那、こんみまちゃんは腕をほどき、右のこぶしを突き出した。
パンチによって発生した風が、こんしまちゃんを直撃する。
風圧により、停止していたこんしまちゃんが壁のほうまでふっとばされた……。
「ふ~、みまった、みまった……こぶしをみまった。わたしの『剣舞』を発動してね……」
こんみまちゃんは右手を閉じたりひらいたりしながら……。
ポカンとしているこんかまちゃんに笑いかける。
「――そう、この場における最適解は、六対三から七対二にして一方的に少数を狩ること……!」
「わわわ……っ」
焦るこんかまちゃんとこんとまちゃんだったけど、もう遅い。
それぞれ三人ずつに囲まれ、あっという間にゼッケンを取られてしまった。
こんはまちゃんが「か」のゼッケンを、こんつまちゃんが「と」のゼッケンを重ね着する……っ!
直後、その場にいた六名が互いに離れる。
しかし急に動いたためか、小一のこんだまちゃんと小二のこんこまちゃんがぶつかり合って転んでしまった……!
「悪いね、二人とも……」
小五のこんつまちゃんが、転んだ二人に接近する……!
「わたしの能力『詰腹』で転ばせてもらったよ……いただき……って、わあ~」
なんでいきなり「わあ~」と口走ったかというと、後ろからこんみまちゃんにヒモを引っ張られたからだ……っ!
こんつまちゃんはフローリングに腹這いになり、つぶやいた。
「つんだ……でも、つまらなくは、なかったなあ……」
取られたゼッケンは、こんとまちゃんから奪った「と」のゼッケン。
でも一つでも取られたら負けというルールなので、こんつまちゃんは敗退。所有していたゼッケンはすべて、こんみまちゃんの手に渡る。
こんみまちゃんは、こんつまちゃんから「と」と「つ」のゼッケンをもらったわけだ。
現在、ゼッケンを重ね着しているのは――五名。
こんしまちゃんは自分の「し」に加え、「せ」のゼッケンを持っている。さらに、こんこまちゃんが「な」を、こんだまちゃんが「そ」を所有する。
一番リードしているのは、中二のこんはまちゃんだ。「う」と「か」と「き」と「ぬ」の四つを重ねている……ッ!
そんなこんはまちゃんに、まだ自分のゼッケンしか着用していない小六のこんたまちゃんが奇襲をかけた……!
こんたまちゃんの有するスキルは、「貯留」ッ!
今までたまりにたまった感情やらなんやらを爆発させる能力だ。
……今回こんたまちゃんが爆発させたのは、焦り……っ!
まわりのみんなと違って自分だけゼッケンを重ね着していないという焦燥にほかならぬ。
焦りが爆ぜたことにより、こんたまちゃんを中心とした半径五メートルを爆風がおおった。
ちょうどその円のなかにいた、こんはまちゃんとこんたまちゃんがぶっとばされる。
「わ、わああ~」
こんはまちゃんは斜め上に飛んで、みずからの体で放物線をえがく。
フローリングに激突しそうになったところで……こんみまちゃんが走ってきた。
そして、こんはまちゃんの体をお姫さまだっこでかかえる。
一方、こんたまちゃんは真上に浮いたのち、垂直に落下する。
そのこんたまちゃんの落下地点に、こんだまちゃんとこんこまちゃんが近寄る。
こんだまちゃんは「そ」のゼッケンを、こんこまちゃんは「な」のゼッケンを自分から外し、広げた。
二つの広げられたゼッケンが、こんたまちゃんの後頭部と臀部を優しく受けとめた。
「あ、ありがとう……」
こんはまちゃんとこんたまちゃんは、別々の場所で同時にお礼を口にした。
直後、同時にヒモを引っ張られ、ゼッケンを取られた。
敗退した二人は、やっぱり悔しがっている。
でもその声は、すがすがしい。
「負けた~。でも、はまりそう……。いや、これだと、こんぬまちゃんとキャラかぶりしちゃうなあ……」
とこんはまちゃんが言えば、
「たまんないなあ……たまげたなあ……だけど今回は、たまたま負けただけだもん……」
とこんたまちゃんが心情を吐露する。
まあ、なにはともあれ、大学三年生のこんみまちゃんが、こんたまちゃんの所有していた五つのゼッケンを総取りした……!
結果、こんみまちゃんが「み」「と」「つ」「う」「か」「き」「ぬ」「は」のゼッケン計八つを持つこととなった。
「よし……これは、よほどの不祥事に見舞われない限り、わたしの勝ち……」
勝利を確信する、こんみまちゃん……!
しかし直後――。
ゼッケンから垂れるヒモの一本を引っ張られる感触があった……。
こんみまちゃんの左後ろに、だれかいる。
それは、高一のこんしまちゃんであった。
こんしまちゃんがこっそりこんみまちゃんに近づき、「は」のゼッケンを奪取したのだ。これにより、こんみまちゃんは栄光ある立場から一転、人格バトルの敗者に落ちる……ッ!
「なるほど……このチャンスを虎視眈々とねらっていたんだね、こんしまちゃん……!」
残り七つのゼッケンをこんしまちゃんに渡しながら、こんみまちゃんが分析する。
「各ゼッケンの左右からは一本ずつヒモが垂れている。そしてゼッケンを重ね着すればするほど、このヒモが増えていき、より引っ張られやすくなる……! さっきわたしは八つのゼッケンを重ねていたから、合計十六本のヒモが垂れていた。このなかの一つをつかんで引けば、わたしのゼッケンを簡単に奪える……この状況をこんしまちゃんは見のがさなかったんだ……でも」
「そう……この策には欠点もある……!」
受け取ったゼッケンをこんしまちゃんは身につけ、「み」のゼッケンを一番上にした。
ゼッケンを失ったこんみまちゃんは、息をはくように短く笑った。
「まあ、そろそろ人格バトルも終わりが見えてきたね……結末がどうなるか、見させてもらうよ、こんしまちゃん……」
こんみまちゃんがステージのほうに去る。
残されたこんしまちゃんは十に及ぶゼッケンを重ね着しているので、合計二十本のヒモを垂らしている状態だ。
ヒモの多い相手をねらうのは効率的だが、総取りしたゼッケンを着用するルールである以上――そうすれば、結果的に自分のヒモの総数を増やしてしまう。
これが、ヒモの多い者をねらった場合の欠点。それを承知で、こんしまちゃんはこんみまちゃんを襲ったのである。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
さて、紺島みどりの主人格を決める人格バトルもそろそろ大詰め。
こんしまちゃんは二つの人影にはさみうちにされている……っ!
小一のこんだまちゃんと小二のこんこまちゃんが、それぞれ反対方向からこんしまちゃんをねらっているのだ。
そして、「そ」のゼッケンを一番上につけたほうが、こんしまちゃんに突進してきた。
「いくよ、こんしまおねえちゃん……」
雰囲気も体格もけっこう似ているし、体操着のシャツの字が「な」と「そ」のゼッケンで隠されているので、どっちが「こんだまちゃん」でどっちが「こんこまちゃん」か分かりにくい。
冷静にこんしまちゃんは思い出す。
(確か、こんそまちゃんから「そ」のゼッケンを奪ったのは、こんだまちゃん……。そして、こんだまちゃんの能力はすでに使用済みのはず……焦らなければ、だいじょうぶ……!)
突進の途中で「そ」のゼッケンをつけた彼女が転ぶ。
こんしまちゃんはチャンスと思って、一気に肉迫しようとした。
瞬間、心にある言葉がひっかかった。
即座に方向転換し、その場から離れる。
――ほぼ同時に、「な」のゼッケンをつけたほうの女の子のヒモがからまる。
本人は、からまったヒモをほどこうとして、勢いよく引っ張ってしまった。
結果、みずからゼッケンをペロンと外すこととなった……!
落ちたゼッケンは三つ。「な」と「た」と――「だ」だ。
さらに、体操着のシャツの前面の「だ」の文字までもが、あらわになる……っ!
みずからのシャツと同じ文字のゼッケンを外したことにより、こんだまちゃんは敗北した。
「確かに、こんだまちゃんは『そ』を、こんこまちゃんは『な』のゼッケンを持っていた……」
こんしまちゃんが足をとめ、振り返る。
「でも、さっき……こんたまちゃんを受けとめる際、それぞれ『そ』と『な』を外していたね……。そのとき『そ』『な』のゼッケンをこっそり交換して……こんだまちゃんと入れ替わった……そうだよね、こんこまちゃん……!」
……「そ」のゼッケンを見せたまま倒れている、こんこまちゃんと目を合わす。
目をうるうるさせながら、こんこまちゃんが困っている……ッ!
「こまった……ばれちゃった。でも、どうして分かったの……? こんしまおねえちゃん……」
「その呼び方で、ピピーンときたの……」
ゆっくり、こんしまちゃんが近寄る。
「人格バトルが始まる前、こんこまちゃんがわたしのことを『こんしまおねえちゃん』と呼んでいたのを思い出したんだ……!」
「……そう。みごとだね、こんしまおねえちゃん……」
ちなみに――。
さきほど、こんだまちゃんのゼッケンのヒモが突然からまったのは、こんこまちゃんの能力のせいだ。
こんこまちゃんの能力の名称は「困惑」である。
不可視のレーザーを放ち、それに当たった者に困りごとを発生させる――とても対処に困る技だ。
本当は、こんしまちゃんを引きつけたところでレーザーを撃つつもりだった。
でも直前にこんしまちゃんが方向転換したために、その直線上にいたこんだまちゃんのほうに当たってしまったのである……! なお、このレーザーが命中してもケガにはならないので、そこは安心だ。
ともあれ一週間に一度しか使えない能力を使ったこんこまちゃんは、なすすべなくこんしまちゃんにヒモを引っ張られた。
二十本のヒモをプラプラさせていたこんしまちゃんは一本も取られないように慎重にこんこまちゃんに近づき、一気にゼッケンを奪い去った……!
で、こんこまちゃんの所有していた「こ」と「そ」のゼッケンを身につける。
ここでこんしまちゃんは、ステージの上で見物しているこんきまちゃんに視線をやった。ゼッケン争奪バトルを提案したのは、こんきまちゃん。その本人に確認しなければならないことがある……。
「こんきまちゃーん……さっき、こんだまちゃんから外れた三つのゼッケンはどうするの……?」
「それは、こんしまちゃんが着用して……」
ステージ上で正座の体勢をとりながら、こんきまちゃんが大声で答える。
「実質こんだまちゃんは、こんこまちゃんの能力にやられた……。だからゼッケンは、いったん、こんこまちゃんのものになった……そのこんこまちゃんをこんしまちゃんが負かしたわけだから、今ゆかに落ちている三つのゼッケンもこんしまちゃんの総取りで決まりだよ……」
「分かった。ありがとう、こんきまちゃん……」
こんしまちゃんは「な」と「た」と「だ」のゼッケンに近づき、さらに重ねて着用……っ!
そうして、こんしまちゃんは十五のゼッケンを手に入れた。左右に十五本ずつ計三十本のヒモが垂れる。
体育館内を見回しても、ステージの敗退者十四名以外に人影は見当たらない。
「最後までゼッケンを取られなかった人の勝ちだったよね……よし、わたしは一度も取られなかった……」
深く息をこぼす、こんしまちゃん。
ステージで待っている、ほかのこんしまちゃんシリーズに勝利を宣言すべく、歩きだす……。
だが、ここで――。
こんしまちゃんの後ろから、音なく右手が伸びてきた。
手がゼッケンのヒモに届く寸前、こんしまちゃんがつぶやく。
「あ、待った……」
こんしまちゃんがフローリングを蹴り、左によける。
後ろから伸びてきた手は、なにもつかめなかった。
続いて、こんしまちゃんは左斜め前に走る。
「気づいてたよ、あなたの存在……」
どうやら、さきほどこんしまちゃんをねらっていた右手の持ち主に語りかけているようだ。
「今わたしが着用しているゼッケンの数は十五……。だけど、こんかまちゃんが言ってた。『「今週の○まったちゃん」の称号を持つ者が総勢十六名』ここに集っているって……! だったらゼッケンが十五じゃ、足りないよね……」
ある程度離れたところで、足をとめる。
「ずっと、わたしはあなたが見えなかった……。人格バトルが始まる前、わたしとこんこまちゃんとこんつまちゃんとこんかまちゃんの四人のもとに十人が加わった。そのあとで、こんたまちゃんが参上した。でもこの時点で合計十五人しかいなかった……最初から、あなたは存在を隠していたんだね……」
目をパチパチさせる、こんしまちゃん。
「決定的なのが、わたしたち『こんしまちゃんシリーズ』のなかに、とある一人が欠けていたこと……! わたしたちは、人格ごとに学年が一つずつ違っている……。小一のこんだまちゃん、小二のこんこまちゃん、小三のこんうまちゃん、小四のこんとまちゃん、小五のこんつまちゃん、小六のこんたまちゃん。中二のこんはまちゃん、中三のこんそまちゃん。高一のわたし・こんしまちゃん、高二のこんかまちゃん、高三のこんきまちゃん。大学一年生のこんなまちゃん、同じく二年のこんぬまちゃん、三年のこんみまちゃん、四年のこんせまちゃん。……一つ穴があるね……! そう、中一のこんしまちゃんシリーズだけいないのは、おかしい……!」
こんしまちゃんは、着用した十五のゼッケンをぽんぽんたたく。
「じゃあ、まだ明らかになっていない『今週の○まったちゃん』とは、だれか……? あ、い、う、え、お……と順に当てはめていくアルゴリズムを使えばいい……! いや、そんなことしなくても一発で分かるよ……!」
そして、こんしまちゃんは振り向く……っ!
「そうだよね……『今週のあまったちゃん』略して『こんあまちゃん』……!」
こんしまちゃんの視線の先には――。
ずっと見えなかった、「あ」のゼッケンをつけた女の子が立っていた。
やはりウェーブのかかったくせ毛を持つが、その見た目は中学一年生のそれだ。
「そんな……わたし、完全に余り者になれたと思ったのに……最後まであまったって確信したのに……」
「ツメがあまかったね……こんあまちゃん」
「そうだね……あまりにも油断してたみたい……こんしまちゃんが、まさかわたしに気づくなんてね……」
こんあまちゃんが使用した能力は「余熱」――いかなる場面でも余り者になれるスキルだ。
ただし、だれかに余り者としての自分を見抜かれた場合は、能力が強制的に解除される。
こんあまちゃんは、みずから「あ」のゼッケンを取り外した。
対する、こんしまちゃんが驚く。
「こんあまちゃん……?」
「かくれんぼで見つかったからには、わたしの負けだよ……」
体操着の「あ」の字もさらしつつ、こんあまちゃんがゼッケンを投げる。
「これで、この人格バトルを制したのは、こんしまちゃんだね……! おめでとう」
「あ、ありがとう……っ」
最後のゼッケンをキャッチし、こんしまちゃんが着用した瞬間――。
ステージにいたみんなが一斉に立ち上がって拍手した。
「悔しいけれど……みんな納得したうえでの勝負だから、結果に文句はないよ……! こんしまちゃん、本当におめでとう! 紺島みどりの主人格は、やっぱりこんしまちゃんなんだ……」
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
こうして、こんしまちゃんは第一回人格バトルを制した。
優勝したので、紺島みどりは今までどおり「今週のしまったちゃん」縮めて「こんしまちゃん」の人格を持ち続けることになる。
で……こんしまちゃん以外のこんしまちゃんシリーズ十五名が、こんしまちゃんを取り囲む。
あらためて主人格としての地位を獲得したこんしまちゃんに、自分たちをどうするか決めてほしいそうだ。
こんしまちゃんが迷っているので、こんきまちゃんが提案する。
「わたしの『決別』は不発だったから、まだ使えるよ……これを使えば好きな相手を消滅させて永遠に別れることができるよ……不要な人格をまとめて消すことも可能だよ……」
「だ、だめだよ……それは。みんなとマジでバトるの……楽しかったもん……」
こんしまちゃんが慌てて、こんきまちゃんをとめる。
ここで、こんそまちゃんが手を挙げる。
「はーい……わたしも能力発動させてないよ……。わたしの力は『染色』って言うんだけど……これを使用すれば、みんなを自分と同じ人格に染め上げることもできる……みんなをこんしまちゃんに変えて、こんしまちゃん十六人衆を爆誕させるのも一興じゃないかな……」
「爆誕しないよ……わたし、みんなのこと好きだし……」
すると、その場にいるみんなが「わたしもみんなのこと好き……」と異口同音に言った。最年少のこんだまちゃんも、照れながら同じことを口にした。
さらに最年長のこんせまちゃんが、こんしまちゃんの目と鼻の先にせまってきた。
「そういえば、こんしまちゃんの能力は、なにかな……?」
それだけ言って、こんせまちゃんがちょっと離れる。
ほかのみんなも気になるようで、口々に「見たーい……」とつぶやく。
でも、こんしまちゃんは静かに首を左右に振った。
「わたしに、特別な能力はないよ……」
こんしまちゃんは、十六のゼッケンすべてを外した。
外れたゼッケンは、体育館の高い天井に吸い込まれるように消えていった……。
ついで、こんしまちゃんがみんなの体操着のシャツの前面を順々に見る。
すなわち「あ」と「う」と「か」と「き」と「こ」と「せ」と「そ」と「た」と「だ」と「つ」と「と」と「な」と「ぬ」と「は」と「み」の十五の文字を……。
「ただ、わたし……みんなのことを忘れたり捨てたりしない。大切にする……! わたしのなかに暮らしている、わたしとずっと一緒にいる――かけがえのない人格たちだから。いつでも会いに行けるよう、きちんと心にしまっておくよ。『今週のしまったちゃん』だけに……!」
最後は自分の「し」の字をたたき、ドヤア……っという顔で言いきった、こんしまちゃん。
でも、みんなはポカンとしている。
こんしまちゃんは耳まで赤くなり、思わず顔を手でおおった。
「しまった……すべっちゃった」
「ふふっ……」
ここで、こんこまちゃんが優しく笑った。
「やっぱり、こんしまおねえちゃんは、こんしまおねえちゃんなんだね……」
続いて、ほかのみんなもクスクス笑いだす。
「そうだね……ホントだね……」
で、みんなはワイワイ話して、こんしまちゃんを胴上げする流れになった。
ちっちゃい子たちも、なぞの力で浮き上がり……がっつり参加できそうだ。
三十本の腕にささえられたのち、こんしまちゃんが打ち上げられる……っ!
が、みんなが全力でこんしまちゃんを祝福しようとしたため、こんしまちゃんはロケットのように飛び――とても高い体育館の天井にぶつかってしまった……!
「「「「「「「「「「「「「「「しまった」」」」」」」」」」」」」」」
十五の「しまった」がオーバーラップし、体育館内に反響する。
さらに、みんなが「ごめんね、こんしまちゃん……」と謝る。
こんしまちゃんは天井にぶつかったまま、顔だけを真下に向けて声を出す。
「みんな、わたしはだいじょうぶ……! 祝ってくれて、ありがとう……みんなと会えて、みんなと遊べて、楽しかったよ……いつか、第二回人格バトルもやろうね……」
「まってるよー、こんしまちゃん……」
みんなの声が遠のいていく。
それでも、こんしまちゃんは十五の声を確かに聞いた。
「わたしたちも、たのしかったし……ありがとねー……ぜひ、またきてね……」
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
――そして。
こんしまちゃんは、目を覚ました。
目をこすりつつ、ベッドに横たわっている自分に気づく。
立ち上がり、カーテンをあける。暗い外が顔を見せる。
汗をかいているようで、肌がちょっとじんわりする。体育館の天井から真下を見たことを思い出す。ぼんやりと、だれかの輪郭が鱗粉のように頭のなかを舞っている。
うわごとを口にする……。
「あせ……しぬかと……そう……きみは……こなだった……」
瞬間、自分のなかにいた十五の人格のことを一気に思い出した。
みんなウェーブのかかったくせ毛を持つけど、それぞれ違うみんなのことを。
鱗粉のような輪郭が、くっきりとした線と色を取り戻す。
「しまった……忘れてた」
カーテンを閉めて、目を閉じ、ほほえむ。
「でも、思い出せた……」
そのあと、こんしまちゃんは二度寝した。
※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計七十四回)
なお夢のなかで発した「しまった」であっても、こんしまちゃんが寝言で漏らしている場合はカウントする。




