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スタンプラリーを楽しんでしまった!(日曜日)

 この物語の主人公・紺島こんしまみどりはウェーブのかかったくせ()を持つ高校一年生(いちねんせい)

 通称(つうしょう)、こんしまちゃん。


 今回は、高校の文化祭での話である。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


「……こんしまちゃんは、午後ヒマかな?」


 日曜日、正午()ぎ。高校の文化祭二日目(ふつかめ)廊下(ろうか)にて。

 長い(かみ)で表情を(かく)しながら、クラスメイトの女の子がこんしまちゃんに声をかけた。


「うちのクラスの劇もうまくいったし……わたしはヒマになるから、文化祭、こんしまちゃんと一緒(いっしょ)に見て(まわ)りたいんだけど……」


 遠慮(えんりょ)がちに言う彼女(かのじょ)はこんしまちゃんの友達(ともだち)――アヤメこと菖蒲(しょうぶ)佳代子(かよこ)さんである。

 こんしまちゃんはアヤメのそばに寄り、にっこり笑った。


「うん……一緒(いっしょ)(まわ)ろう……。わたしもちょうどヒマになるし、今からアヤメちゃんをさそおうと思ってたの……」

「やったあ」


 アヤメが、小さなガッツポーズを作る。

 しかし、ふと冷静になり、体勢を(もど)す……!


「あ、こんしまちゃん。わたし、みくりちゃんと鵜狩(うかり)くんも、さそいたかったんだけど……二人(ふたり)は部活の展示とかがあるらしくって無理っぽい」


 みくりちゃんとは、矢良(やら)みくりさんのこと。いつもポニーテールの、明るい女の子。

 そして鵜狩(うかり)くんとは、鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんのことだ。自称(じしょう)忍者(にんじゃ)のツリ目の男の子なんだけど……アヤメもこんしまちゃんも、鵜狩くんのことが好きである。


 さらにアヤメが、こんしまちゃんの耳もとで()()()()


「なんか……()()()()()()、鵜狩くんとこんしまちゃん、進展あった?」


 アヤメの言う「あのとき」とは、八月末に近い()()()()のことを指している。

 その日、アヤメは自分の正体を鵜狩(うかり)くんに明かした。もともとアヤメはこんしまちゃんたちよりも一学年上(いちがくねんうえ)だったが、わけあって現在は同じクラスに所属する。


 小学生のときも、アヤメと鵜狩くんとこんしまちゃんは友達だった。アヤメは髪型(かみがた)も変え、鵜狩くんに自分の正体を(かく)していたけど、ついに八月になってその生活も終わりを告げた。


 実のところ鵜狩くんは、前からアヤメの正体に気づいていたのだ……っ!

 おかげでこんしまちゃんはアヤメのことを「菖蒲(しょうぶ)さん」じゃなくて、小学生のときのあだ名で堂々と呼べるようになった……。


 ともあれ、鵜狩くんとアヤメが再び友達になった日、こんしまちゃんもアヤメも鵜狩くんにむき出しの好意を見せてしまった――ような気がする。

 あとで二人は鵜狩くんを困らせないよう「あのときのことは気にしないで……」と言ったのだが、それについて鵜狩くん自身がどう考えているかは定かではない……っ!


 もしかしたら、わたしたちに対する鵜狩くんの気持ちにも多少は変化(へんか)があったのでは? と思い、あらためてアヤメはこんしまちゃんに()うたわけだ。


 当のこんしまちゃんはクールビューティー(?)のごとく平然と答える……ッ!


「先週、鵜狩(うかり)くんとは相合(あいあ)日傘(ひがさ)したよ……」

「……それ、みくりちゃんからも聞いたけど、会ったクラスメイトをかたっぱしから相合い傘にさそったんだって?」


「だから鵜狩くんもスムーズにさそえたんだ……」

「やっぱり、やるね、こんしまちゃん。わたしも負けてられないよ」


 アヤメは、こんしまちゃんの耳もとから(くち)を遠ざける。


「というわけで勝負しようよ、こんしまちゃん! ルールは……」

「アヤメオリジナルかな……?」

「いいや」


 ちょっと愉快(ゆかい)そうに、アヤメが首を左右に()る。


「……アヤメ()()オリジナル」

「しまった……間違(まちが)えた」

普通(ふつう)のスタンプラリーだからね」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 こんしまちゃんの高校の文化祭では、スタンプラリーが実施(じっし)されている。

 (こと)なるスタンプが校内の五十箇所(かしょ)に用意されており、そのうち五つを専用のスタンプカードに()すことで景品をゲットできるのだ。


 今年(ことし)の景品は、ただのサインペン。()()()()()()()ものだけど……スタンプカード自体が文化祭の記念になるので、わりと人気(にんき)企画(きかく)である……!


 そのスタンプラリーで、アヤメがこんしまちゃんと勝負しようとしているわけだ。


「先にスタンプを五つ集めたほうが勝ちだよ、こんしまちゃん」

「アヤメちゃんには負けない……」

「燃えるね。あ、スタンプカードはすでに二枚(にまい)持ってるから」


 カードというか、ちょっと固めの紙をこんしまちゃんに(わた)すアヤメ。

 お礼を言うこんしまちゃんに「どういたしまして」と返しながら、全生徒に配布されている文化祭の「しおり」をパラパラとめくる。


「最初は、どこ()こっか」

喫茶店(きっさてん)やってるとこ、あるよね……」

「あ、よさそうだね、小腹(こばら)もすいてきたし。でも、その前に」


 アヤメは(むらさき)髪飾(かみかざ)りを制服のポケットから取り出し、長い髪をツインテールにまとめた。

 少し()ずかしがっている表情が、よく()えるようになる。


 それでも、まだ前髪(まえがみ)をたくさん残しているんだけれど、そんなアヤメが――。

 (だま)って、こんしまちゃんにチラチラ視線を送っている。


 こんしまちゃんは、腕組(うでぐ)みしてうなずく。


「そのきれいな髪飾り……ずっとアヤメちゃんが大切にしてたものだよね……やっぱりアヤメちゃんはツインテールも似合うよ……」

「う、うれしい……こんしまちゃん」


 ツインテールの(ふた)つの()()は、アヤメの(かた)から胸にかけて落ちている。

 昔はその髪型(かみがた)彼女(かのじょ)に元気で明るい印象を(あた)えていた。

 今は、同じはずのツインテールが、ちょっと上品な雰囲気(ふんいき)をアヤメ自身に()()()出す。


「こ、このツインテール……鵜狩(うかり)くんも気に()ってくれるかな」

「うん、きっと……」


「だよね! ツインテって忍者(にんじゃ)っぽいもんね! 鵜狩くん、忍者()きだしね!」

「えっ、そうなの……?」


 こんしまちゃんが、腕組みしたまま首をひねる……っ!


「忍者ってツインテールなの……?」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 なにはともあれ、アヤメとこんしまちゃんは喫茶店(きっさてん)におもむく。

 ただし、文化祭で喫茶店を出しているところは(ひと)つだけじゃない。


 そこで二人は、()()()()()お店を選ぶことにした。

 文化祭のしおりに、(かく)喫茶店の紹介(しょうかい)()っていて……そこにどんなスタンプがあるかも分かるようになっている。ちなみにインクの色は全スタンプ共通で、(あわ)赤紫(あかむらさき)である。


「こんしまちゃん。ここ、ワニのスタンプみたいだよ。なんかデフォルメされてて、かわいい」

「ワニが『あ』に寄りかかってるね……なんで『わ』じゃないのかな……」

「英語でアリゲーターだからじゃない?」

「クロコダイルじゃなかったんだね……」


 そういうわけで、ワニのスタンプの喫茶店に(はい)る。


 教室の(ひと)つを店として使っている。

 ()(ぐち)前の看板に「つじ喫茶(きっさ)」という文字が()えた。


 コンセプトカフェ……とくに執事(しつじ)喫茶(きっさ)をやっているのかなとこんしまちゃんは思った。


 でもアヤメとこんしまちゃんがテーブルに(すわ)って……。

 そこにやってきたのは、白いモコモコの衣装(いしょう)を着た人だった。


()……じゃなくて、()つじ喫茶なんですね」

「はい、わたくしはお(じょう)さまがたの忠実(ちゅうじつ)()()()でございます。ご注文は、いかがいたしましょう」


 見た目は羊だけど、対応の仕方は執事である。

 テーブルに置かれていたメニューを見つつ、アヤメが言う。


「カフェオレとホットケーキをお願いします」


 そんなアヤメの注文にハッとして、こんしまちゃんが(あせ)る……っ!

 店員さんの羊みたいなモコモコをあらためて視界に()れて、こんなことを口走(くちばし)る。


「羊は注文できますか……?」

「申し訳ございません。営業許可がおりませんでした」


「す、すみません……わたし、変なことを……」

「お気になさらず」


 結局、こんしまちゃんはカフェラテとホットサンドを(たの)んだ。


 注文したものがテーブルに運ばれてきてから、「いただきます」と手を合わせたのち、アヤメとこんしまちゃんが話を始める。

 文化祭二日目は一般(いっぱん)の人も学校に来ているんだけど……まわりのお客さんや店員さんの迷惑(めいわく)にならないような声で会話するのがこの場におけるマナーである。


「アヤメちゃん……このあと、どこ見よう……」

「体育館で、バンドやってるっぽいよ」

「そこに、しよっか……」


 まあ、あとは静かに……頼んだものをいただく。

 そのあとでテーブルを(はな)れ、支払(しはら)いを済ませる。


 スタンプは、室内の出口(でぐち)の近くにあった。

 (ひと)つの(つくえ)にスタンプ台とスタンプが置かれている……!


 こんしまちゃんは、スタンプカードを机に()せた。

 といっても、こんしまちゃんが()すわけじゃない。

 イスに座った羊の着ぐるみが、カードにスタンプを押してくれた……。


一番(いちばん)左でよろしいでしょうか」


 羊の確認に、こんしまちゃんが「はい」と返す。

 スタンプカードには、五つのマス目が横並(よこなら)びに印刷されている。

 その左端(ひだりはし)に、ワニの寄りかかる「あ」の文字が()かび上がった……っ!


「ありがとうございます、羊さん……」


 笑顔(えがお)でスタンプカードを受け取る、こんしまちゃん。


「でも、どうして……ひつじ喫茶(きっさ)なのに、ワニなんですか……」

「感謝の気持ちを忘れないためです。ありげーたー……すなわち、ありがーとー! です」

「そうでしたか……。あらためまして、ありがーとーございます。カフェラテもホットサンドもおいしかったです……ごちそうさまでした」

「こちらこそ、当店をご利用いただき、ありがーとーございます。お(じょう)さまがた」


 羊は、こんしまちゃんの後ろにひかえるアヤメにも頭を下げた。

 続いてアヤメも「あ、ありがーとーございます」と言いつつ、ワニのスタンプを押してもらったのであった……。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 ひつじ喫茶をあとにしたアヤメとこんしまちゃんは、体育館へと移動した。

 体育館の(とびら)をあけると共に、熱気と爆音(ばくおん)が二人を歓迎(かんげい)する……ッ!


 すぐ扉を閉める。もちろん(おと)を立てないように。


 なかにはイスが並べられている。

 一般(いっぱん)のかたがたや生徒たちによって、席の九割以上がうまっていた。


 前方の大きなステージでは、バンドでの演奏()最中(さいちゅう)

 ボーカルのデスボイスが、体育館全体を(ふる)わせている……!

 ドラムやキーボードを演奏している人たちも、ノリノリで(かみ)()り乱す……ッ!


 (おと)鼓膜(こまく)のみならず全身の骨の(ずい)にまで到達(とうたつ)する感覚を、アヤメもこんしまちゃんも味わっている状況(じょうきょう)だ……っ!


 アヤメとこんしまちゃんは、壁際(かべぎわ)に背中を預けた。

 すると、(かべ)()れているのが分かった。


 (となり)のアヤメの耳もとに(くち)を近づけ、感動を伝えるこんしまちゃん。


「すごいね……ボーカルの人もドラムの人もキーボードの人も……ギターの二人も」

「うん。アヤメも、そう思う。ただ――」


 今度はアヤメが、こんしまちゃんの耳にささやく。


「ギターは二人(ふたり)じゃないよ。片方の楽器はベースって言うの……よく見たら、大きさや(げん)の本数が(ちが)うし」

「しまった、そうだったんだ……」


 (おどろ)いている、こんしまちゃんだったが――。

 このとき、アヤメも心のなかで「しまった」と思っていた。


(……ま、まずい。余計なこと言っちゃった。人が(たの)しんでるのに水を差すみたいにドヤ顔で指摘(してき)するなんて、完全に(きら)われムーブじゃん。どどどうすれば。でも(あやま)ったらかえってプリプリさせるかもしんないし……)


 対するこんしまちゃんは――。

 (くち)のまわりに両手でトンネルを作り、あらためてアヤメの耳に小声を流し込んだ。


「教えてくれて、ありがとね……」

「こ、こんしまちゃん」


 アヤメは、こんしまちゃんのほうに身をかたむける。

 背中を預けていた(かべ)(かた)が当たり、振動(しんどう)を新たにする。


「……プリプリしてない?」

「してるよ……」


「え」

「さっきから爆音のおかげで、ほっぺたがプリプリ(ふる)えてる……っ!」


弾力(だんりょく)のほうだったんだ……? というか、わたし……(いや)な感じじゃなかった……? こんしまちゃんを傷つけてないかな。……いや、こんなふうに聞くほうがウザいしめんどくさいんだよね……」

「アヤメちゃん」


 こんしまちゃんが、アヤメの片手をそっと()()()


「わたしは傷ついていないよ」


 (からだ)をかたむけ、アヤメとしっかり目を合わせ、そう言いきった。

 さらに付け加える。


「だって、アヤメちゃんの(となり)で『しまった』って言えるのが、とっても幸せだもん……」


 これを聞いて、アヤメは体勢をもとに(もど)した。

 目をそらし、背中を壁にピタリとくっつける。


 なにか返すべきだとは分かっていた。でもそのときは返せなかった。


 ただステージ上のバンドの演奏に視線をそそいだ。

 デスボイスとギターとベースとドラムとキーボードが、ひたすらアヤメを振動させた。


 ちなみにこんしまちゃんは、ほっぺたを(弾力的な意味で)プリプリさせながら傾聴(けいちょう)している……ッ!



 で、そのバンドの演奏が終わってから、館内が拍手(はくしゅ)で満たされる。

 拍手も空気を震わせた。壁さえ骨さえ揺れ動く。


 ここでアヤメとこんしまちゃんの背中が、壁から(はな)れた。

 体育館のすみっこに置かれた(つくえ)に寄る……っ!


 机の上にスタンプとスタンプ台がある。

 やはり()すのはこんしまちゃんじゃなくて……その机のそばに座っている生徒さんだ。


 ここのスタンプには、リスが(うつ)っている。

 ひらがなの「り」の左側に、リスがぶら()がっているのだ……!


 それをスタンプカードの左から二番目のマス目に押してもらう、こんしまちゃん。

 アヤメもこんしまちゃんに続く。


 ともあれ、これでスタンプカードに(ふた)つのスタンプが押されたことになる。

 カードの五つのマス目をうめるために必要なスタンプは、あと(みっ)つ……ッ!


 体育館の扉をあけながら、こんしまちゃんがアヤメに言う。


「いい演奏だったね、アヤメちゃん……」

「うん……そうだね……」


 アヤメは照れくさそうに返事をした。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 そして体育館でバンド演奏に()(ふる)えたアヤメとこんしまちゃんが次に向かったのは――。

 マンガ研究部の展示会場である……!


 やはり、教室の(ひと)つを借りている。

 展示用のパネルにはマンガやアニメの歴史が年表みたいに紹介(しょうかい)されており、けっこうガチな感じだ……!


 (おとず)れている人も多い。会場での会話もオーケーみたいなんで、さっきからガヤガヤァ……ッと()()()()である。


 アヤメとこんしまちゃんは、パネルの年表を順に見ていく。


「……こんしまちゃん。鳥獣(ちょうじゅう)戯画(ぎが)があるよ。平安(へいあん)から鎌倉(かまくら)にかけて()かれたんだって」

「わあ……ウサギが出てくるやつは教科書で見たことあるけど、ドラゴンや人も出てくるんだ……」


「あ、こっちも、おもしろい。コマ()りマンガを確立した人、ロドルフ・テプフェール……!」

「ふむふむ……十九世紀に活躍(かつやく)した、スイス出身のマンガ()さんなんだね……。この時代ですでに、絵をコマごとに区切(くぎ)ってストーリーのある感じにしてるんだ……すごい」


 ほかにも、こんしまちゃんの好きなマンガやアニメの紹介もあった……!

 勝手に名前()していいのか微妙(びみょう)なんでここでは割愛(かつあい)するけど――ともかく、興奮を(おさ)えきれないこんしまちゃん……ッ!


 心なしか、鼻息も(あら)くなっている。マンガのオノマトペであらわせば「ふんす!」って感じだ。


 そんでもって展示パネルをすべて見終わったあと、(うす)桃色(ももいろ)の表紙がこんしまちゃんの目に(はい)った。

 机の上に同人誌(どうじんし)数冊(すうさつ)積まれている。「ご自由にお持ち帰りください」という()(がみ)もある。


 近くに座っているマンガ研究部の生徒にたずねると、タダで配布しているとのこと。

 ただし、一人(ひとり)一冊(いっさつ)までらしい。だれかに売ったり勝手にネットとかに公開したりするのも禁止なんだとか。


 こんしまちゃんが、同人誌の一冊(いっさつ)を手に取る。

 パラパラとめくる。


 どうやら、マンガ研究部の生徒たちが(たましい)()めて()いたマンガが収録されているようだ。

 内容も、ギャグやシリアス、ファンタジー、恋愛物(れんあいもの)、ほのぼの(よん)コマとさまざまである……!


 部員の人にペコッと頭を下げる、こんしまちゃん。


「いい本ですね……ぜひ持ち帰らせてください」

「ありがとうございます。そんな感想をいただけて、わたしたちも大変うれしいです」


 言われた部員の人は、屈託(くったく)のない笑顔(えがお)をこんしまちゃんに返した。


 こんしまちゃんは、同人誌をカバンに収める。

 だが、まだ終わりではない……っ!


 ……「似顔絵(にがおえ)コーナー」なるものも、ある。

 自分の顔をデフォルメっぽく()いてくれるらしい。


 似顔絵を描いている女の子は、こんしまちゃんもアヤメもよく知っている人物だ……!


 二人は、待っている人の列の最後尾(さいこうび)に並ぶ。

 ()もなく、アヤメの番が(まわ)ってきた。


「似顔絵、わたしも(たの)めるかな。……みくりちゃん」

「任せといてよっ、佳代子(かよこ)ちゃんっ!」


 アヤメの本名(ほんみょう)を呼んだのは、矢良(やら)みくりさん。アヤメとこんしまちゃんのクラスメイトにして、友達だ。実は、マンガ研究部に所属している……!


 一台の(つくえ)をはさんだ対面にアヤメが(すわ)る。両手で自分のひざ小僧(こぞう)(かく)すみたいな格好(かっこう)だ。

 ここでポニーテールの矢良さんが、アヤメの(かみ)に注目する。


「おおっ。佳代子(かよこ)ちゃん、きょうツインテなんだっ! 髪飾(かみかざ)りも、とっても似合ってるし、かわいいねっ」

「ありがとう、みくりちゃん」


 ひざ小僧から手を(はな)し、アヤメが(ふた)つのふさを持つ。


(しの)びっぽいかな?」

「お(しの)びだねっ」

「……『お』付きにランクアップしちゃった!」

「あははっ。……それで佳代子ちゃんは、どんな似顔絵をご所望かなっ」

「明るい感じでお願い。そうだ、このスタンプカードのマス目以外のところに()いてもらえるかな……」


 すでに二つのスタンプが押されたカードをアヤメが取り出し、机に置く。

 なおカードへの書き()み自体は、許可されている。


 矢良さんはうなずき、アヤメのスタンプカードの右下の空白にペンを走らせ始めた……ッ!

 下描(したが)きなしで、サササッと輪郭(りんかく)()かび上がる……っ!


 と思ったら、あっという()にアヤメの似顔絵が完成した。

 上品なツインテールと、明るくやわらかな笑顔(えがお)が――かわいらしく調和する。


「どうっ。やらかしは、あるかなっ」

完璧(かんぺき)だよ……みくりちゃん、将来はイラストレーターかマンガ()だね……!」

「ふふっ。なれるといいなっ」


 それから矢良さんはカードを返し、アヤメにささやく。


「あたしのイラスト、遠慮(えんりょ)なく使っていいからねっ」

「え。なんに使うのか、すでに見抜(みぬ)かれてたんだ……」


 アヤメはもう一度(いちど)お礼を言って、後ろで待っていたこんしまちゃんに席を(わた)す。


 当のこんしまちゃんも、スタンプカードに明るい表情の似顔絵を()いてほしいと矢良さんに所望した……ッ!


朝飯前(あさめしまえ)の、なんとやらっ」


 カードの空白に、矢良さんのペン(さき)がおどる……っ!


「……こんしまちゃん、待っているあいだにクイズねっ。さて、さっきあたしが言った『朝飯前の』のあとには、どんな言葉が(はい)るでしょうっ」

銭失(ぜにうしな)い……? 朝飯前の銭失い……!」


「残念っ。もっと、おいしいものっ」

「ハンバーグ? 朝飯前のハンバーグ……っ!」

「もうちょっと軽いよ~」


 そんなこんなで答えを(はず)しまくるこんしまちゃんだったけど、「最初が『お』で最後が『け』の食べ物」というヒントを出してもらったことにより、ついに――。


「分かったよ、矢良(やら)さん……」

「そうそう。あれしかないよねっ」

「朝飯前の()()……ッ!」

「それは食べちゃダメだよ、こんしまちゃんっ」

「しまった。……じゃあ、朝飯前のおでかけ? 朝飯前のおまけ……? でも、この二つも食べられないね……。あ、なら『おさけ』かな? いや、これ飲み物だし……わたし、まだ飲めないし……」


 沈思(ちんし)し、熟考(じゅっこう)するこんしまちゃんっ!

 みずからのアルゴリズムに(したが)い、(かい)を求める……ッ!


「おあ・おい・おう・おえ・おお……おか・おき・おく・おけ・おこ……おさ・おし・おす・おせ・おそ……おた・おち――おちゃ、おちゃ……おちゃづけ……! 朝飯前のお茶漬(ちゃづ)け……っ!」

「正解だよ~」

「わーい」

「ちょうど似顔絵も完成っ」

「ありがとう、矢良(やら)さん……」


 こんしまちゃんは、矢良さんからスタンプカードを受け取った。

 カードの右下の空白で、ウェーブのかかったくせ()の女の子がはにかんだ笑顔(えがお)を見せている。

 

「ところで、矢良さん……これ、――(ごにょごにょ)に使っていいかな……?」

「いいよん」

「本当にありがとね……」


 まだ似顔絵を待っている人たちもいるので……ここで、こんしまちゃんとアヤメは矢良さんと別れる。

 マンガ研究部のスタンプを押しに()く。


 ここのスタンプでは、ウサギが「う」の字をかかえている。

 スタンプカードの横並びの五マスのうち、一番(いちばん)右にこんしまちゃんはスタンプを押してもらった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 スタンプカードも、残り二つのスタンプで完成する……。

 マンガ研究部に続いて、アヤメとこんしまちゃんはどこに()くというのか……?


 答えは、オバケ屋敷(やしき)である。さっきこんしまちゃんは「オバケ」と(くち)にしていたけど、そこから思いついたのかは不明……っ!


 ただしオバケ屋敷といっても、グロ要素はない。

 ()(ぐち)前の看板にコンセプトが書かれている。いわく「かわいいオバケ屋敷」だそうだ……。


 アヤメとこんしまちゃんが、入り口をひらき、閉める。


 すると……さっそく、白い布をかぶった()()()物体が二人の前に出現した……!

 でも全然(こわ)くない。(からだ)も目も丸っこいし、どっかのゆるキャラと言われても納得(なっとく)するレベルだ。


「さわっていいんだよね、この物体……」


 アヤメがつぶやくと同時に、「さわっていいですよー。でも(こわ)しちゃダメですよー」という声がした。


 なぞの物体は全長五十センチ程度。高いところから、つり()げられている。

 そのおなかをなでると――なんかフカフカだった!


()()()()()みたいな感触(かんしょく)……」

「なごむね……アヤメちゃん」


 こんしまちゃんも、アヤメと一緒(いっしょ)になぞの物体を(やさ)しくなでた。


 さて、このかわいいオバケ屋敷は例によって教室内に設けられたものだ。

 いくつものパーテーションで区切(くぎ)られた構造。迷子(まいご)にならないよう、一本道(いっぽんみち)になっている。


 なぞの物体に別れを告げ、アヤメとこんしまちゃんはパーテーションに沿()って右に折れる。

 そこは、あずき色の通路だった。正確には照明の色が、()()()なのである。


 薄暗(うすぐら)くは()()けれど、足元(あしもと)には()()()ないので転ぶ心配は無用(むよう)……!


 ……と、ここで、こんしまちゃんの(かた)をトントンたたく者があった。

 ()り返ると、例の白い布をかぶったなぞの物体が()いていた。


 黒衣(くろご)の格好をした人が()竿(ざお)みたいな棒から物体をつり下げているが、そっちのほうは見ないフリをするこんしまちゃんとアヤメであった……。


 なぞの物体は、こんしまちゃんたちに無言でついてくる。

 こんしまちゃんたちが足をとめれば、物体もとまる。こんしまちゃんたちが動くと、物体もすい~っと進む。


「……アヤメちゃん、この子かわいいけど、なんなのかな……? 少なくとも地球上に存在する生物(せいぶつ)ではなさそうだね……」

()()のオバケだったりして」


「機械なの……? フカフカだったよ……」

「ソフトロボティクスという学問分野があるんだ。簡単に言えば、()()()()()()()()の研究。きっと、この子はその実験段階で生み出された()()()……とわたしは考える。憶測(おくそく)だけど」

諸説(しょせつ)ありそう……」


 このタイミングで遠くから、「いえいえ、考察は自由ですよー」という声がした。


 (はな)しているうちに、あずき色の通路の(おく)到達(とうたつ)する。

 その手前で、左のパーテーションがガタガタッと()れた。


 アヤメとこんしまちゃんと……なぞの物体メカは、通路を左に曲がる。それにともない、通路の照明があずき色から(うす)()()()に切り()わる。

 この瞬間(しゅんかん)()()()()が飛び出してきた……!


 いや、(ちが)う……。()が二つに分かれているから、猫又(ねこまた)と言ったほうがいいやもしれぬ。

 ()竿(ざお)を持った黒衣(くろご)とは別の黒衣が現れ、こんしまちゃんに「この猫又は頭に乗りたがっていますが、だいじょうぶでしょうか?」と聞く。


 こんしまちゃんは「問題ありません……」と答える。

 すると、猫又のぬいぐるみがこんしまちゃんの頭にそっと()っけられた……。


 その猫又も、全然凶暴(きょうぼう)そうに()えない。

 正面から見ても、なんか焦点(しょうてん)が合わない。虚空(こくう)凝視(ぎょうし)している。


「こんしまちゃんも猫又もかわいい……」


 アヤメがそう言ったときだった。

 今度は右のパーテーションがガタアッと(ふる)えた……。


 通路を進むごとに、ガタアッと鳴る。

 都合九回の「ガタアッ」を聞いたところで、また新たなぬいぐるみが現れた。


 それは、九本の()を持つキツネだった。

 黒衣(くろご)の人がアヤメに、「この子も頭に乗りたがっていますが……」と聞く。

 アヤメはそれを受け()れ、九尾(きゅうび)のキツネに頭を貸した。


 口元(くちもと)()さえ、こんしまちゃんが()む……。


「アヤメちゃんも九尾(きゅうび)もかわいいね……」


 あと……白い布をかぶった()()()物体メカが、猫又(ねこまた)と九尾に近づき、なんか()()()()()()()


 仲間が増えたところで……(うす)()()()の通路からも()け出し、次は()()()の通路に(はい)る。


 落ち着いた(みどり)の光が、こんしまちゃんたちの前方を照らす……。


 大きな(かべ)が、立ちふさがっていた。

 たぶん「ぬりかべ」という妖怪(ようかい)だ。でも、なぞの物体メカがすい~っとその前に出て(からだ)をジタバタさせると……ぬりかべがうなずくように少しかたむき、道をあけた。どうやらメカは、ぬりかべを説得してくれたらしい。


 ぬりかべを通過したあとは、カボチャをかぶった人……もといオバケが現れた。

 なんかオバケの国籍(こくせき)統一(とういつ)されていない気がするが……こけ色に照らされたオレンジのカボチャの表面(ひょうめん)がいい味を出している。


 やっぱり、(こわ)さよりも()()()()(まさ)るデザインのカボチャだ。めっちゃ笑顔だし。

 ()()()()()()()あるかと思いきや、猫又(ねこまた)九尾(きゅうび)・物体メカとたわむれたあと、あっさり道を通してくれた。


 さらに、こんしまちゃんたちは左に折れる。この通路を()ければ、オバケ屋敷(やしき)から脱出(だっしゅつ)できそうだ。


 最後の通路を照らすのは、夕焼けの色。ただし、(おく)(やみ)でおおわれている。

 前方から、全長五十センチのカメのぬいぐるみが出現する。


 白い布をかぶったなぞの物体メカが、そのカメにふよ~んと近づく。

 次の瞬間(しゅんかん)、メカが上下(じょうげ)(ふる)えた。白い布が落ちた。


 布のなかから現れたのは、カメだった。


 カメたちはピョンピョンはねるように動いた。

 続いて、アヤメとこんしまちゃんの頭に乗っていた猫又(ねこまた)九尾(きゅうび)()き、カメたちと並ぶ。


 お辞儀(じぎ)のような仕草(しぐさ)をし、夕焼け色の届かない(おく)暗闇(くらやみ)へと消えていった……。


 思わず二人は、お辞儀を返していた。

 頭を上げて、こんしまちゃんが首をかしげる。


「かわいいオバケたちだったけど……最後のは、なんだったのかな……」

「きっと……」


 アヤメがしんみりと(おう)じる。


「あのカメは、寿命(じゅみょう)()ばすためにソフトロボティクスの技術でメカになったんだ。でも自力(じりき)でメンテナンスができなくて、ボロボロになった。だからオバケに生まれ変わったあとは、白い布をかぶっていたんだと思う」

「そっか……」


 こんしまちゃんが、アヤメの話を引き()ぐ。


「そしてメカは、自分の姿を忘れてしまっていたのかも……。だから自分を思い出すためにわたしたちについてきた。途中(とちゅう)猫又(ねこまた)九尾(きゅうび)のことを気にしていたのは、『もしかして自分はこんな姿だったんじゃないか』と思ったから……。だれかを見ることに積極的だったから、ぬりかべやカボチャに対しても(おく)さなかったんだ……」

「最後は、生前の自分と同じ姿をしているカメに会えたってことじゃないかな。それで自分を思い出して、白い布に()らわれる必要もなくなった……。だからオバケのみんなと一緒(いっしょ)に、自分の居場所(いばしょ)に帰ることができた……ってオチだといいな」


 アヤメがそう()めくくったところで、「そうなんですー、よく分かりましたねー、うれしいですー」という声が(ひび)いた。


 で、アヤメとこんしまちゃんが進むごとに夕焼け色が移動する。

 出口(でぐち)の前の(つくえ)に、スタンプがある。


 机のそばの暗闇からカメが出てきて、スタンプカードにスタンプを押してくれた。

 そのスタンプはもちろん、「か」の字をあらわす。かめの甲羅(こうら)背負(せお)われている。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 スタンプカードも、残り(ひと)つでうまる。

 最後にアヤメとこんしまちゃんは――校舎三階の家庭科(かていか)調理室(ちょうりしつ)に足を運んだ。


 その調理室に、二人の友達の鵜狩(うかり)くんがいる。

 鵜狩くんは料理部に所属している。文化祭ということで……なんか、やってるはずだ。


 しかし調理室には、鵜狩くん以外だれもいなかった。

 鵜狩くんの近くだけ、部屋のあかりがついている。


 鵜狩くんは、そのツリ目をアヤメとこんしまちゃんに向けた。


「ごめん……二人とも。料理部では実演とか、やってたんだけど……三十分くらい前に片付(かたづ)けも全部(ぜんぶ)終わってしまったんだ」


 まあ食べ物をあつかう以上、衛生管理とかも()()()()しなきゃいけないし、長時間(ちょうじかん)活動するわけにも()()()()()()のだろう。


(おれ)一応(いちおう)、ここに残ってる。料理部の実演がまだあってると思ってやってくる人がいるかもしれないから……」

「そうなんだ……おつかれさま、鵜狩(うかり)くん……」


 くしくも、アヤメとこんしまちゃんの言葉が重なった。


 二人は、鵜狩くんのそばに近づく。

 鵜狩くんは、机の前のイスに(すわ)っている。


 机の上には、スタンプとスタンプ台もある。

 さらに、(ひと)つの小冊子(しょうさっし)も置かれていた。


 小冊子を片手に持ち、鵜狩くんがアヤメとこんしまちゃんを見る。


「これ、料理部で無料配布しているレシピなんだけど……一冊(いっさつ)だけ余ってる。()る?」


 ページをめくると……おしりから()()()()かたちを出すキュウリや、音楽を(かな)でる()()()()や、味がどんどん変化(へんか)するかき(ごおり)の作り方などが書いてあった……ッ!


 こんしまちゃんもアヤメも、このレシピを手に()れたいと思った。

 そしてジャンケン勝負の結果……アヤメがレシピを獲得(かくとく)することとなった。


 アヤメのうれしがる様子を見て、結局()()()()()()()()うれしがっている……っ!


「じゃ、最後のスタンプだね……」


 スタンプカードを差し出す、こんしまちゃん。


鵜狩(うかり)くん……お願い」

「スタンプ四つか。二人も、しっかり文化祭を楽しんだんだな」


 スタンプ台でほどよくインクをつけたうえで――横並びの五マスの残り(いち)マスにスタンプを押す鵜狩くん。


「はい、こんしまちゃん。トンビのスタンプ」

「ありがとう……完成したよ」

「よかったな」


 鵜狩くんは(やさ)しくほほえみ、アヤメにもその()()()()を向ける。


「アヤメも、カードを」

「うん……」


 ちょっと()ずかしがりながら、アヤメがスタンプカードを(わた)す。

 スタンプを押したあと、鵜狩くんはカードを返しながらアヤメに言った。


「ひさしぶりだな……アヤメの(むらさき)髪飾(かみかざ)りとツインテール」

「そ、そうだね……」


 アヤメは言葉をにごした。

 ついで鵜狩くんが、やわらかく付け加える。


「やっぱり、いいよな。忍者(にんじゃ)みたいで、かっこいい」

「う、鵜狩くん……あ、ありがと」


 アヤメにとっては、(かれ)のその言葉がなによりも……熱く心臓に(ひび)いた。


 家庭科調理室から出て……三階から二階のあいだの「おどり()」に(たっ)したとき、こんしまちゃんがアヤメにささやいた。


「よかったね、アヤメちゃん……」

「うん……!」


 でも、ちょっとアヤメは困惑(こんわく)した。

 こんしまちゃんの言葉に、まったく嫌味(いやみ)がなかったからだ。素直(すなお)に祝ってくれている。


 そういう、こんしまちゃんの性格は……今に始まったことじゃないけど、あらためてアヤメは聞いてみた。


「どうして、こんしまちゃんは喜んでくれるの……? こんしまちゃんも鵜狩(うかり)くんのこと、()()()()()()()好きなんだよね……?」

「もちろん、()()()()()()()()()()()……。だけど、アヤメちゃんが喜んでいるのを見て、うれしくないわけないよ……大切な、大切な友達なんだから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「こんしまちゃん……」


 アヤメは、なにか言いかけた。


「……あ、ともかくスタンプカード完成したから、景品ゲットしにいこう」


 そして、なにかを思い出したかのように、あるいは、なにかをごまかすかのように――ちょっと笑う。


「そういえば、勝負。忘れてた」

「なんの……?」


「ほら、先にスタンプを五つ集めたほうが勝ちっていうやつ」

「しまった。わたしも忘れちゃってた……」


「しかも、よく考えてみれば……わたしとこんしまちゃん、一緒(いっしょ)に行動してたわけだから、スタンプも同時に完成するよね」

「ホントだ……この場合の判定は……?」

「どっちも優勝」


 それから二人は口元(くちもと)を押さえ、ふふ……と笑い合った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


 アヤメとこんしまちゃんは、スタンプカードを生徒会の人に提示したのち、無事に景品をもらった。


「文化祭が終わるまで、まだ少しだけ時間があるね」


 アヤメはそう言って、廊下(ろうか)のすみっこで停止した。

 徐々(じょじょ)に減っていく一般(いっぱん)のかたがたをちらりと目に()れ、つぶやく。


「なんでスタンプ……ワニだけ英語のアリゲーターだったんだろうね」

「感謝の気持ちをよっぽど忘れたくなかったからかな……」


 こんしまちゃんも、ぽつりと返す。

 さらにアヤメは、言葉をかぶせる。


「そう、感謝……」


 アヤメが、スタンプカードを取り出す。

 景品を受け取る(さい)にカードを提示しなきゃいけなかったけど、返却(へんきゃく)の必要はなかった。だから、まだ持っていた。


「これ、受け取ってもらえる……こんしまちゃん? まったく同じスタンプ押してるから、意味ないかもしれないけれど」

「いいや……」


 こんしまちゃんが、首を横に()る。


「意味、あるよ」


 ついで、こんしまちゃんもカードを手に持つ。


「わたしからも、このカード……アヤメちゃんに」

「……うれしい」


 目に熱いものをあふれさせながら、アヤメが言う。


「アヤメ……中学でうまくいかなくて……高校も一年(いちねん)(おく)れちゃって……それなのに友達と……こんな、こんな楽しい文化祭()ごせるなんて……思わなかったよ……」

「うん……わたしも、かけがえのない友達のアヤメちゃんと二人で文化祭(たの)しめたから……最高だった……」


 そしてアヤメとこんしまちゃんは、スタンプラリーの景品のつつましやかなサインペンで、自分のカードにちょん、ちょんっと書き加えた。


 そのうえで、スタンプカードを交換(こうかん)する。


 二枚のカードそれぞれには、横並びの五マスにスタンプでひらがなの文字が押されている。

 左から、ワニが寄りかかる「あ」……リスがぶら()がっている「り」……カメに乗っている「か」……トンビがつかんでいる「と」……ウサギが()()()()()()「う」の順になる。


 ただし「か」の字の右上には、サインペンで二つの点がついている。ペンの色は、スタンプと同じ(あわ)赤紫(あかむらさき)である。


 交換した二つのスタンプカードの右下では、矢良(やら)さんの()いた似顔絵(にがおえ)が明るい表情を見せていた。


 お(たが)いに、その名前を呼ぶ。


「こんしまちゃん」

「アヤメちゃん」


「「わたしと友達でいてくれて」」


 続いて、スタンプカードに()かび上がった、たった五文字を読み上げた。


「「ありがとう」」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢


☆今週のしまったカウント:四回(累計(るいけい)七十回)

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