スタンプラリーを楽しんでしまった!(日曜日)
この物語の主人公・紺島みどりはウェーブのかかったくせ毛を持つ高校一年生。
通称、こんしまちゃん。
今回は、高校の文化祭での話である。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
「……こんしまちゃんは、午後ヒマかな?」
日曜日、正午過ぎ。高校の文化祭二日目の廊下にて。
長い髪で表情を隠しながら、クラスメイトの女の子がこんしまちゃんに声をかけた。
「うちのクラスの劇もうまくいったし……わたしはヒマになるから、文化祭、こんしまちゃんと一緒に見て回りたいんだけど……」
遠慮がちに言う彼女はこんしまちゃんの友達――アヤメこと菖蒲佳代子さんである。
こんしまちゃんはアヤメのそばに寄り、にっこり笑った。
「うん……一緒に回ろう……。わたしもちょうどヒマになるし、今からアヤメちゃんをさそおうと思ってたの……」
「やったあ」
アヤメが、小さなガッツポーズを作る。
しかし、ふと冷静になり、体勢を戻す……!
「あ、こんしまちゃん。わたし、みくりちゃんと鵜狩くんも、さそいたかったんだけど……二人は部活の展示とかがあるらしくって無理っぽい」
みくりちゃんとは、矢良みくりさんのこと。いつもポニーテールの、明るい女の子。
そして鵜狩くんとは、鵜狩慶輔くんのことだ。自称忍者のツリ目の男の子なんだけど……アヤメもこんしまちゃんも、鵜狩くんのことが好きである。
さらにアヤメが、こんしまちゃんの耳もとでささやく。
「なんか……あのとき以来、鵜狩くんとこんしまちゃん、進展あった?」
アヤメの言う「あのとき」とは、八月末に近いとある日のことを指している。
その日、アヤメは自分の正体を鵜狩くんに明かした。もともとアヤメはこんしまちゃんたちよりも一学年上だったが、わけあって現在は同じクラスに所属する。
小学生のときも、アヤメと鵜狩くんとこんしまちゃんは友達だった。アヤメは髪型も変え、鵜狩くんに自分の正体を隠していたけど、ついに八月になってその生活も終わりを告げた。
実のところ鵜狩くんは、前からアヤメの正体に気づいていたのだ……っ!
おかげでこんしまちゃんはアヤメのことを「菖蒲さん」じゃなくて、小学生のときのあだ名で堂々と呼べるようになった……。
ともあれ、鵜狩くんとアヤメが再び友達になった日、こんしまちゃんもアヤメも鵜狩くんにむき出しの好意を見せてしまった――ような気がする。
あとで二人は鵜狩くんを困らせないよう「あのときのことは気にしないで……」と言ったのだが、それについて鵜狩くん自身がどう考えているかは定かではない……っ!
もしかしたら、わたしたちに対する鵜狩くんの気持ちにも多少は変化があったのでは? と思い、あらためてアヤメはこんしまちゃんに問うたわけだ。
当のこんしまちゃんはクールビューティー(?)のごとく平然と答える……ッ!
「先週、鵜狩くんとは相合い日傘したよ……」
「……それ、みくりちゃんからも聞いたけど、会ったクラスメイトをかたっぱしから相合い傘にさそったんだって?」
「だから鵜狩くんもスムーズにさそえたんだ……」
「やっぱり、やるね、こんしまちゃん。わたしも負けてられないよ」
アヤメは、こんしまちゃんの耳もとから口を遠ざける。
「というわけで勝負しようよ、こんしまちゃん! ルールは……」
「アヤメオリジナルかな……?」
「いいや」
ちょっと愉快そうに、アヤメが首を左右に振る。
「……アヤメノンオリジナル」
「しまった……間違えた」
「普通のスタンプラリーだからね」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
こんしまちゃんの高校の文化祭では、スタンプラリーが実施されている。
異なるスタンプが校内の五十箇所に用意されており、そのうち五つを専用のスタンプカードに押すことで景品をゲットできるのだ。
今年の景品は、ただのサインペン。つつましやかなものだけど……スタンプカード自体が文化祭の記念になるので、わりと人気の企画である……!
そのスタンプラリーで、アヤメがこんしまちゃんと勝負しようとしているわけだ。
「先にスタンプを五つ集めたほうが勝ちだよ、こんしまちゃん」
「アヤメちゃんには負けない……」
「燃えるね。あ、スタンプカードはすでに二枚持ってるから」
カードというか、ちょっと固めの紙をこんしまちゃんに渡すアヤメ。
お礼を言うこんしまちゃんに「どういたしまして」と返しながら、全生徒に配布されている文化祭の「しおり」をパラパラとめくる。
「最初は、どこ行こっか」
「喫茶店やってるとこ、あるよね……」
「あ、よさそうだね、小腹もすいてきたし。でも、その前に」
アヤメは紫の髪飾りを制服のポケットから取り出し、長い髪をツインテールにまとめた。
少し恥ずかしがっている表情が、よく見えるようになる。
それでも、まだ前髪をたくさん残しているんだけれど、そんなアヤメが――。
黙って、こんしまちゃんにチラチラ視線を送っている。
こんしまちゃんは、腕組みしてうなずく。
「そのきれいな髪飾り……ずっとアヤメちゃんが大切にしてたものだよね……やっぱりアヤメちゃんはツインテールも似合うよ……」
「う、うれしい……こんしまちゃん」
ツインテールの二つのふさは、アヤメの肩から胸にかけて落ちている。
昔はその髪型が彼女に元気で明るい印象を与えていた。
今は、同じはずのツインテールが、ちょっと上品な雰囲気をアヤメ自身にかもし出す。
「こ、このツインテール……鵜狩くんも気に入ってくれるかな」
「うん、きっと……」
「だよね! ツインテって忍者っぽいもんね! 鵜狩くん、忍者好きだしね!」
「えっ、そうなの……?」
こんしまちゃんが、腕組みしたまま首をひねる……っ!
「忍者ってツインテールなの……?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
なにはともあれ、アヤメとこんしまちゃんは喫茶店におもむく。
ただし、文化祭で喫茶店を出しているところは一つだけじゃない。
そこで二人は、スタンプでお店を選ぶことにした。
文化祭のしおりに、各喫茶店の紹介も載っていて……そこにどんなスタンプがあるかも分かるようになっている。ちなみにインクの色は全スタンプ共通で、淡い赤紫である。
「こんしまちゃん。ここ、ワニのスタンプみたいだよ。なんかデフォルメされてて、かわいい」
「ワニが『あ』に寄りかかってるね……なんで『わ』じゃないのかな……」
「英語でアリゲーターだからじゃない?」
「クロコダイルじゃなかったんだね……」
そういうわけで、ワニのスタンプの喫茶店に入る。
教室の一つを店として使っている。
入り口前の看板に「つじ喫茶」という文字が見えた。
コンセプトカフェ……とくに執事喫茶をやっているのかなとこんしまちゃんは思った。
でもアヤメとこんしまちゃんがテーブルに座って……。
そこにやってきたのは、白いモコモコの衣装を着た人だった。
「し……じゃなくて、ひつじ喫茶なんですね」
「はい、わたくしはお嬢さまがたの忠実なひつじでございます。ご注文は、いかがいたしましょう」
見た目は羊だけど、対応の仕方は執事である。
テーブルに置かれていたメニューを見つつ、アヤメが言う。
「カフェオレとホットケーキをお願いします」
そんなアヤメの注文にハッとして、こんしまちゃんが焦る……っ!
店員さんの羊みたいなモコモコをあらためて視界に入れて、こんなことを口走る。
「羊は注文できますか……?」
「申し訳ございません。営業許可がおりませんでした」
「す、すみません……わたし、変なことを……」
「お気になさらず」
結局、こんしまちゃんはカフェラテとホットサンドを頼んだ。
注文したものがテーブルに運ばれてきてから、「いただきます」と手を合わせたのち、アヤメとこんしまちゃんが話を始める。
文化祭二日目は一般の人も学校に来ているんだけど……まわりのお客さんや店員さんの迷惑にならないような声で会話するのがこの場におけるマナーである。
「アヤメちゃん……このあと、どこ見よう……」
「体育館で、バンドやってるっぽいよ」
「そこに、しよっか……」
まあ、あとは静かに……頼んだものをいただく。
そのあとでテーブルを離れ、支払いを済ませる。
スタンプは、室内の出口の近くにあった。
一つの机にスタンプ台とスタンプが置かれている……!
こんしまちゃんは、スタンプカードを机に載せた。
といっても、こんしまちゃんが押すわけじゃない。
イスに座った羊の着ぐるみが、カードにスタンプを押してくれた……。
「一番左でよろしいでしょうか」
羊の確認に、こんしまちゃんが「はい」と返す。
スタンプカードには、五つのマス目が横並びに印刷されている。
その左端に、ワニの寄りかかる「あ」の文字が浮かび上がった……っ!
「ありがとうございます、羊さん……」
笑顔でスタンプカードを受け取る、こんしまちゃん。
「でも、どうして……ひつじ喫茶なのに、ワニなんですか……」
「感謝の気持ちを忘れないためです。ありげーたー……すなわち、ありがーとー! です」
「そうでしたか……。あらためまして、ありがーとーございます。カフェラテもホットサンドもおいしかったです……ごちそうさまでした」
「こちらこそ、当店をご利用いただき、ありがーとーございます。お嬢さまがた」
羊は、こんしまちゃんの後ろにひかえるアヤメにも頭を下げた。
続いてアヤメも「あ、ありがーとーございます」と言いつつ、ワニのスタンプを押してもらったのであった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
ひつじ喫茶をあとにしたアヤメとこんしまちゃんは、体育館へと移動した。
体育館の扉をあけると共に、熱気と爆音が二人を歓迎する……ッ!
すぐ扉を閉める。もちろん音を立てないように。
なかにはイスが並べられている。
一般のかたがたや生徒たちによって、席の九割以上がうまっていた。
前方の大きなステージでは、バンドでの演奏真っ最中。
ボーカルのデスボイスが、体育館全体を震わせている……!
ドラムやキーボードを演奏している人たちも、ノリノリで髪を振り乱す……ッ!
音が鼓膜のみならず全身の骨の髄にまで到達する感覚を、アヤメもこんしまちゃんも味わっている状況だ……っ!
アヤメとこんしまちゃんは、壁際に背中を預けた。
すると、壁も揺れているのが分かった。
隣のアヤメの耳もとに口を近づけ、感動を伝えるこんしまちゃん。
「すごいね……ボーカルの人もドラムの人もキーボードの人も……ギターの二人も」
「うん。アヤメも、そう思う。ただ――」
今度はアヤメが、こんしまちゃんの耳にささやく。
「ギターは二人じゃないよ。片方の楽器はベースって言うの……よく見たら、大きさや弦の本数が違うし」
「しまった、そうだったんだ……」
驚いている、こんしまちゃんだったが――。
このとき、アヤメも心のなかで「しまった」と思っていた。
(……ま、まずい。余計なこと言っちゃった。人が楽しんでるのに水を差すみたいにドヤ顔で指摘するなんて、完全に嫌われムーブじゃん。どどどうすれば。でも謝ったらかえってプリプリさせるかもしんないし……)
対するこんしまちゃんは――。
口のまわりに両手でトンネルを作り、あらためてアヤメの耳に小声を流し込んだ。
「教えてくれて、ありがとね……」
「こ、こんしまちゃん」
アヤメは、こんしまちゃんのほうに身をかたむける。
背中を預けていた壁に肩が当たり、振動を新たにする。
「……プリプリしてない?」
「してるよ……」
「え」
「さっきから爆音のおかげで、ほっぺたがプリプリ震えてる……っ!」
「弾力のほうだったんだ……? というか、わたし……嫌な感じじゃなかった……? こんしまちゃんを傷つけてないかな。……いや、こんなふうに聞くほうがウザいしめんどくさいんだよね……」
「アヤメちゃん」
こんしまちゃんが、アヤメの片手をそっとにぎる。
「わたしは傷ついていないよ」
体をかたむけ、アヤメとしっかり目を合わせ、そう言いきった。
さらに付け加える。
「だって、アヤメちゃんの隣で『しまった』って言えるのが、とっても幸せだもん……」
これを聞いて、アヤメは体勢をもとに戻した。
目をそらし、背中を壁にピタリとくっつける。
なにか返すべきだとは分かっていた。でもそのときは返せなかった。
ただステージ上のバンドの演奏に視線をそそいだ。
デスボイスとギターとベースとドラムとキーボードが、ひたすらアヤメを振動させた。
ちなみにこんしまちゃんは、ほっぺたを(弾力的な意味で)プリプリさせながら傾聴している……ッ!
で、そのバンドの演奏が終わってから、館内が拍手で満たされる。
拍手も空気を震わせた。壁さえ骨さえ揺れ動く。
ここでアヤメとこんしまちゃんの背中が、壁から離れた。
体育館のすみっこに置かれた机に寄る……っ!
机の上にスタンプとスタンプ台がある。
やはり押すのはこんしまちゃんじゃなくて……その机のそばに座っている生徒さんだ。
ここのスタンプには、リスが映っている。
ひらがなの「り」の左側に、リスがぶら下がっているのだ……!
それをスタンプカードの左から二番目のマス目に押してもらう、こんしまちゃん。
アヤメもこんしまちゃんに続く。
ともあれ、これでスタンプカードに二つのスタンプが押されたことになる。
カードの五つのマス目をうめるために必要なスタンプは、あと三つ……ッ!
体育館の扉をあけながら、こんしまちゃんがアヤメに言う。
「いい演奏だったね、アヤメちゃん……」
「うん……そうだね……」
アヤメは照れくさそうに返事をした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
そして体育館でバンド演奏に打ち震えたアヤメとこんしまちゃんが次に向かったのは――。
マンガ研究部の展示会場である……!
やはり、教室の一つを借りている。
展示用のパネルにはマンガやアニメの歴史が年表みたいに紹介されており、けっこうガチな感じだ……!
訪れている人も多い。会場での会話もオーケーみたいなんで、さっきからガヤガヤァ……ッとにぎやかである。
アヤメとこんしまちゃんは、パネルの年表を順に見ていく。
「……こんしまちゃん。鳥獣戯画があるよ。平安から鎌倉にかけて描かれたんだって」
「わあ……ウサギが出てくるやつは教科書で見たことあるけど、ドラゴンや人も出てくるんだ……」
「あ、こっちも、おもしろい。コマ割りマンガを確立した人、ロドルフ・テプフェール……!」
「ふむふむ……十九世紀に活躍した、スイス出身のマンガ家さんなんだね……。この時代ですでに、絵をコマごとに区切ってストーリーのある感じにしてるんだ……すごい」
ほかにも、こんしまちゃんの好きなマンガやアニメの紹介もあった……!
勝手に名前出していいのか微妙なんでここでは割愛するけど――ともかく、興奮を抑えきれないこんしまちゃん……ッ!
心なしか、鼻息も荒くなっている。マンガのオノマトペであらわせば「ふんす!」って感じだ。
そんでもって展示パネルをすべて見終わったあと、薄い桃色の表紙がこんしまちゃんの目に入った。
机の上に同人誌が数冊積まれている。「ご自由にお持ち帰りください」という貼り紙もある。
近くに座っているマンガ研究部の生徒にたずねると、タダで配布しているとのこと。
ただし、一人一冊までらしい。だれかに売ったり勝手にネットとかに公開したりするのも禁止なんだとか。
こんしまちゃんが、同人誌の一冊を手に取る。
パラパラとめくる。
どうやら、マンガ研究部の生徒たちが魂を込めて描いたマンガが収録されているようだ。
内容も、ギャグやシリアス、ファンタジー、恋愛物、ほのぼの四コマとさまざまである……!
部員の人にペコッと頭を下げる、こんしまちゃん。
「いい本ですね……ぜひ持ち帰らせてください」
「ありがとうございます。そんな感想をいただけて、わたしたちも大変うれしいです」
言われた部員の人は、屈託のない笑顔をこんしまちゃんに返した。
こんしまちゃんは、同人誌をカバンに収める。
だが、まだ終わりではない……っ!
……「似顔絵コーナー」なるものも、ある。
自分の顔をデフォルメっぽく描いてくれるらしい。
似顔絵を描いている女の子は、こんしまちゃんもアヤメもよく知っている人物だ……!
二人は、待っている人の列の最後尾に並ぶ。
間もなく、アヤメの番が回ってきた。
「似顔絵、わたしも頼めるかな。……みくりちゃん」
「任せといてよっ、佳代子ちゃんっ!」
アヤメの本名を呼んだのは、矢良みくりさん。アヤメとこんしまちゃんのクラスメイトにして、友達だ。実は、マンガ研究部に所属している……!
一台の机をはさんだ対面にアヤメが座る。両手で自分のひざ小僧を隠すみたいな格好だ。
ここでポニーテールの矢良さんが、アヤメの髪に注目する。
「おおっ。佳代子ちゃん、きょうツインテなんだっ! 髪飾りも、とっても似合ってるし、かわいいねっ」
「ありがとう、みくりちゃん」
ひざ小僧から手を離し、アヤメが二つのふさを持つ。
「忍びっぽいかな?」
「お忍びだねっ」
「……『お』付きにランクアップしちゃった!」
「あははっ。……それで佳代子ちゃんは、どんな似顔絵をご所望かなっ」
「明るい感じでお願い。そうだ、このスタンプカードのマス目以外のところに描いてもらえるかな……」
すでに二つのスタンプが押されたカードをアヤメが取り出し、机に置く。
なおカードへの書き込み自体は、許可されている。
矢良さんはうなずき、アヤメのスタンプカードの右下の空白にペンを走らせ始めた……ッ!
下描きなしで、サササッと輪郭が浮かび上がる……っ!
と思ったら、あっという間にアヤメの似顔絵が完成した。
上品なツインテールと、明るくやわらかな笑顔が――かわいらしく調和する。
「どうっ。やらかしは、あるかなっ」
「完璧だよ……みくりちゃん、将来はイラストレーターかマンガ家だね……!」
「ふふっ。なれるといいなっ」
それから矢良さんはカードを返し、アヤメにささやく。
「あたしのイラスト、遠慮なく使っていいからねっ」
「え。なんに使うのか、すでに見抜かれてたんだ……」
アヤメはもう一度お礼を言って、後ろで待っていたこんしまちゃんに席を渡す。
当のこんしまちゃんも、スタンプカードに明るい表情の似顔絵を描いてほしいと矢良さんに所望した……ッ!
「朝飯前の、なんとやらっ」
カードの空白に、矢良さんのペン先がおどる……っ!
「……こんしまちゃん、待っているあいだにクイズねっ。さて、さっきあたしが言った『朝飯前の』のあとには、どんな言葉が入るでしょうっ」
「銭失い……? 朝飯前の銭失い……!」
「残念っ。もっと、おいしいものっ」
「ハンバーグ? 朝飯前のハンバーグ……っ!」
「もうちょっと軽いよ~」
そんなこんなで答えを外しまくるこんしまちゃんだったけど、「最初が『お』で最後が『け』の食べ物」というヒントを出してもらったことにより、ついに――。
「分かったよ、矢良さん……」
「そうそう。あれしかないよねっ」
「朝飯前のオバケ……ッ!」
「それは食べちゃダメだよ、こんしまちゃんっ」
「しまった。……じゃあ、朝飯前のおでかけ? 朝飯前のおまけ……? でも、この二つも食べられないね……。あ、なら『おさけ』かな? いや、これ飲み物だし……わたし、まだ飲めないし……」
沈思し、熟考するこんしまちゃんっ!
みずからのアルゴリズムに従い、解を求める……ッ!
「おあ・おい・おう・おえ・おお……おか・おき・おく・おけ・おこ……おさ・おし・おす・おせ・おそ……おた・おち――おちゃ、おちゃ……おちゃづけ……! 朝飯前のお茶漬け……っ!」
「正解だよ~」
「わーい」
「ちょうど似顔絵も完成っ」
「ありがとう、矢良さん……」
こんしまちゃんは、矢良さんからスタンプカードを受け取った。
カードの右下の空白で、ウェーブのかかったくせ毛の女の子がはにかんだ笑顔を見せている。
「ところで、矢良さん……これ、――(ごにょごにょ)に使っていいかな……?」
「いいよん」
「本当にありがとね……」
まだ似顔絵を待っている人たちもいるので……ここで、こんしまちゃんとアヤメは矢良さんと別れる。
マンガ研究部のスタンプを押しに行く。
ここのスタンプでは、ウサギが「う」の字をかかえている。
スタンプカードの横並びの五マスのうち、一番右にこんしまちゃんはスタンプを押してもらった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
スタンプカードも、残り二つのスタンプで完成する……。
マンガ研究部に続いて、アヤメとこんしまちゃんはどこに行くというのか……?
答えは、オバケ屋敷である。さっきこんしまちゃんは「オバケ」と口にしていたけど、そこから思いついたのかは不明……っ!
ただしオバケ屋敷といっても、グロ要素はない。
入り口前の看板にコンセプトが書かれている。いわく「かわいいオバケ屋敷」だそうだ……。
アヤメとこんしまちゃんが、入り口をひらき、閉める。
すると……さっそく、白い布をかぶったなぞの物体が二人の前に出現した……!
でも全然怖くない。体も目も丸っこいし、どっかのゆるキャラと言われても納得するレベルだ。
「さわっていいんだよね、この物体……」
アヤメがつぶやくと同時に、「さわっていいですよー。でも壊しちゃダメですよー」という声がした。
なぞの物体は全長五十センチ程度。高いところから、つり下げられている。
そのおなかをなでると――なんかフカフカだった!
「ぬいぐるみみたいな感触……」
「なごむね……アヤメちゃん」
こんしまちゃんも、アヤメと一緒になぞの物体を優しくなでた。
さて、このかわいいオバケ屋敷は例によって教室内に設けられたものだ。
いくつものパーテーションで区切られた構造。迷子にならないよう、一本道になっている。
なぞの物体に別れを告げ、アヤメとこんしまちゃんはパーテーションに沿って右に折れる。
そこは、あずき色の通路だった。正確には照明の色が、あずきなのである。
薄暗くはあるけれど、足元にはなにもないので転ぶ心配は無用……!
……と、ここで、こんしまちゃんの肩をトントンたたく者があった。
振り返ると、例の白い布をかぶったなぞの物体が浮いていた。
黒衣の格好をした人が釣り竿みたいな棒から物体をつり下げているが、そっちのほうは見ないフリをするこんしまちゃんとアヤメであった……。
なぞの物体は、こんしまちゃんたちに無言でついてくる。
こんしまちゃんたちが足をとめれば、物体もとまる。こんしまちゃんたちが動くと、物体もすい~っと進む。
「……アヤメちゃん、この子かわいいけど、なんなのかな……? 少なくとも地球上に存在する生物ではなさそうだね……」
「メカのオバケだったりして」
「機械なの……? フカフカだったよ……」
「ソフトロボティクスという学問分野があるんだ。簡単に言えば、やわらかロボットの研究。きっと、この子はその実験段階で生み出されたいのち……とわたしは考える。憶測だけど」
「諸説ありそう……」
このタイミングで遠くから、「いえいえ、考察は自由ですよー」という声がした。
話しているうちに、あずき色の通路の奥に到達する。
その手前で、左のパーテーションがガタガタッと揺れた。
アヤメとこんしまちゃんと……なぞの物体メカは、通路を左に曲がる。それにともない、通路の照明があずき色から薄いにび色に切り替わる。
この瞬間、ばけねこが飛び出してきた……!
いや、違う……。尾が二つに分かれているから、猫又と言ったほうがいいやもしれぬ。
釣り竿を持った黒衣とは別の黒衣が現れ、こんしまちゃんに「この猫又は頭に乗りたがっていますが、だいじょうぶでしょうか?」と聞く。
こんしまちゃんは「問題ありません……」と答える。
すると、猫又のぬいぐるみがこんしまちゃんの頭にそっと乗っけられた……。
その猫又も、全然凶暴そうに見えない。
正面から見ても、なんか焦点が合わない。虚空を凝視している。
「こんしまちゃんも猫又もかわいい……」
アヤメがそう言ったときだった。
今度は右のパーテーションがガタアッと震えた……。
通路を進むごとに、ガタアッと鳴る。
都合九回の「ガタアッ」を聞いたところで、また新たなぬいぐるみが現れた。
それは、九本の尾を持つキツネだった。
黒衣の人がアヤメに、「この子も頭に乗りたがっていますが……」と聞く。
アヤメはそれを受け入れ、九尾のキツネに頭を貸した。
口元を押さえ、こんしまちゃんが笑む……。
「アヤメちゃんも九尾もかわいいね……」
あと……白い布をかぶったなぞの物体メカが、猫又と九尾に近づき、なんかたわむれている。
仲間が増えたところで……薄いにび色の通路からも抜け出し、次はこけ色の通路に入る。
落ち着いた緑の光が、こんしまちゃんたちの前方を照らす……。
大きな壁が、立ちふさがっていた。
たぶん「ぬりかべ」という妖怪だ。でも、なぞの物体メカがすい~っとその前に出て体をジタバタさせると……ぬりかべがうなずくように少しかたむき、道をあけた。どうやらメカは、ぬりかべを説得してくれたらしい。
ぬりかべを通過したあとは、カボチャをかぶった人……もといオバケが現れた。
なんかオバケの国籍が統一されていない気がするが……こけ色に照らされたオレンジのカボチャの表面がいい味を出している。
やっぱり、怖さよりもかわいさが勝るデザインのカボチャだ。めっちゃ笑顔だし。
ひともんちゃくあるかと思いきや、猫又・九尾・物体メカとたわむれたあと、あっさり道を通してくれた。
さらに、こんしまちゃんたちは左に折れる。この通路を抜ければ、オバケ屋敷から脱出できそうだ。
最後の通路を照らすのは、夕焼けの色。ただし、奥は闇でおおわれている。
前方から、全長五十センチのカメのぬいぐるみが出現する。
白い布をかぶったなぞの物体メカが、そのカメにふよ~んと近づく。
次の瞬間、メカが上下に震えた。白い布が落ちた。
布のなかから現れたのは、カメだった。
カメたちはピョンピョンはねるように動いた。
続いて、アヤメとこんしまちゃんの頭に乗っていた猫又と九尾が浮き、カメたちと並ぶ。
お辞儀のような仕草をし、夕焼け色の届かない奥の暗闇へと消えていった……。
思わず二人は、お辞儀を返していた。
頭を上げて、こんしまちゃんが首をかしげる。
「かわいいオバケたちだったけど……最後のは、なんだったのかな……」
「きっと……」
アヤメがしんみりと応じる。
「あのカメは、寿命を延ばすためにソフトロボティクスの技術でメカになったんだ。でも自力でメンテナンスができなくて、ボロボロになった。だからオバケに生まれ変わったあとは、白い布をかぶっていたんだと思う」
「そっか……」
こんしまちゃんが、アヤメの話を引き継ぐ。
「そしてメカは、自分の姿を忘れてしまっていたのかも……。だから自分を思い出すためにわたしたちについてきた。途中、猫又と九尾のことを気にしていたのは、『もしかして自分はこんな姿だったんじゃないか』と思ったから……。だれかを見ることに積極的だったから、ぬりかべやカボチャに対しても臆さなかったんだ……」
「最後は、生前の自分と同じ姿をしているカメに会えたってことじゃないかな。それで自分を思い出して、白い布に捕らわれる必要もなくなった……。だからオバケのみんなと一緒に、自分の居場所に帰ることができた……ってオチだといいな」
アヤメがそう締めくくったところで、「そうなんですー、よく分かりましたねー、うれしいですー」という声が響いた。
で、アヤメとこんしまちゃんが進むごとに夕焼け色が移動する。
出口の前の机に、スタンプがある。
机のそばの暗闇からカメが出てきて、スタンプカードにスタンプを押してくれた。
そのスタンプはもちろん、「か」の字をあらわす。かめの甲羅に背負われている。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
スタンプカードも、残り一つでうまる。
最後にアヤメとこんしまちゃんは――校舎三階の家庭科調理室に足を運んだ。
その調理室に、二人の友達の鵜狩くんがいる。
鵜狩くんは料理部に所属している。文化祭ということで……なんか、やってるはずだ。
しかし調理室には、鵜狩くん以外だれもいなかった。
鵜狩くんの近くだけ、部屋のあかりがついている。
鵜狩くんは、そのツリ目をアヤメとこんしまちゃんに向けた。
「ごめん……二人とも。料理部では実演とか、やってたんだけど……三十分くらい前に片付けも全部終わってしまったんだ」
まあ食べ物をあつかう以上、衛生管理とかもちゃんとしなきゃいけないし、長時間活動するわけにもいかなかったのだろう。
「俺は一応、ここに残ってる。料理部の実演がまだあってると思ってやってくる人がいるかもしれないから……」
「そうなんだ……おつかれさま、鵜狩くん……」
くしくも、アヤメとこんしまちゃんの言葉が重なった。
二人は、鵜狩くんのそばに近づく。
鵜狩くんは、机の前のイスに座っている。
机の上には、スタンプとスタンプ台もある。
さらに、一つの小冊子も置かれていた。
小冊子を片手に持ち、鵜狩くんがアヤメとこんしまちゃんを見る。
「これ、料理部で無料配布しているレシピなんだけど……一冊だけ余ってる。要る?」
ページをめくると……おしりからいろんなかたちを出すキュウリや、音楽を奏でるそうめんや、味がどんどん変化するかき氷の作り方などが書いてあった……ッ!
こんしまちゃんもアヤメも、このレシピを手に入れたいと思った。
そしてジャンケン勝負の結果……アヤメがレシピを獲得することとなった。
アヤメのうれしがる様子を見て、結局こんしまちゃんもうれしがっている……っ!
「じゃ、最後のスタンプだね……」
スタンプカードを差し出す、こんしまちゃん。
「鵜狩くん……お願い」
「スタンプ四つか。二人も、しっかり文化祭を楽しんだんだな」
スタンプ台でほどよくインクをつけたうえで――横並びの五マスの残り一マスにスタンプを押す鵜狩くん。
「はい、こんしまちゃん。トンビのスタンプ」
「ありがとう……完成したよ」
「よかったな」
鵜狩くんは優しくほほえみ、アヤメにもそのまなざしを向ける。
「アヤメも、カードを」
「うん……」
ちょっと恥ずかしがりながら、アヤメがスタンプカードを渡す。
スタンプを押したあと、鵜狩くんはカードを返しながらアヤメに言った。
「ひさしぶりだな……アヤメの紫の髪飾りとツインテール」
「そ、そうだね……」
アヤメは言葉をにごした。
ついで鵜狩くんが、やわらかく付け加える。
「やっぱり、いいよな。忍者みたいで、かっこいい」
「う、鵜狩くん……あ、ありがと」
アヤメにとっては、彼のその言葉がなによりも……熱く心臓に響いた。
家庭科調理室から出て……三階から二階のあいだの「おどり場」に達したとき、こんしまちゃんがアヤメにささやいた。
「よかったね、アヤメちゃん……」
「うん……!」
でも、ちょっとアヤメは困惑した。
こんしまちゃんの言葉に、まったく嫌味がなかったからだ。素直に祝ってくれている。
そういう、こんしまちゃんの性格は……今に始まったことじゃないけど、あらためてアヤメは聞いてみた。
「どうして、こんしまちゃんは喜んでくれるの……? こんしまちゃんも鵜狩くんのこと、そっちの意味で好きなんだよね……?」
「もちろん、その勝負には勝ちにいく……。だけど、アヤメちゃんが喜んでいるのを見て、うれしくないわけないよ……大切な、大切な友達なんだから……わたしも、アヤメと同じ男の子を好きでいたいんだよ……」
「こんしまちゃん……」
アヤメは、なにか言いかけた。
「……あ、ともかくスタンプカード完成したから、景品ゲットしにいこう」
そして、なにかを思い出したかのように、あるいは、なにかをごまかすかのように――ちょっと笑う。
「そういえば、勝負。忘れてた」
「なんの……?」
「ほら、先にスタンプを五つ集めたほうが勝ちっていうやつ」
「しまった。わたしも忘れちゃってた……」
「しかも、よく考えてみれば……わたしとこんしまちゃん、一緒に行動してたわけだから、スタンプも同時に完成するよね」
「ホントだ……この場合の判定は……?」
「どっちも優勝」
それから二人は口元を押さえ、ふふ……と笑い合った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ♢
アヤメとこんしまちゃんは、スタンプカードを生徒会の人に提示したのち、無事に景品をもらった。
「文化祭が終わるまで、まだ少しだけ時間があるね」
アヤメはそう言って、廊下のすみっこで停止した。
徐々に減っていく一般のかたがたをちらりと目に入れ、つぶやく。
「なんでスタンプ……ワニだけ英語のアリゲーターだったんだろうね」
「感謝の気持ちをよっぽど忘れたくなかったからかな……」
こんしまちゃんも、ぽつりと返す。
さらにアヤメは、言葉をかぶせる。
「そう、感謝……」
アヤメが、スタンプカードを取り出す。
景品を受け取る際にカードを提示しなきゃいけなかったけど、返却の必要はなかった。だから、まだ持っていた。
「これ、受け取ってもらえる……こんしまちゃん? まったく同じスタンプ押してるから、意味ないかもしれないけれど」
「いいや……」
こんしまちゃんが、首を横に振る。
「意味、あるよ」
ついで、こんしまちゃんもカードを手に持つ。
「わたしからも、このカード……アヤメちゃんに」
「……うれしい」
目に熱いものをあふれさせながら、アヤメが言う。
「アヤメ……中学でうまくいかなくて……高校も一年遅れちゃって……それなのに友達と……こんな、こんな楽しい文化祭過ごせるなんて……思わなかったよ……」
「うん……わたしも、かけがえのない友達のアヤメちゃんと二人で文化祭楽しめたから……最高だった……」
そしてアヤメとこんしまちゃんは、スタンプラリーの景品のつつましやかなサインペンで、自分のカードにちょん、ちょんっと書き加えた。
そのうえで、スタンプカードを交換する。
二枚のカードそれぞれには、横並びの五マスにスタンプでひらがなの文字が押されている。
左から、ワニが寄りかかる「あ」……リスがぶら下がっている「り」……カメに乗っている「か」……トンビがつかんでいる「と」……ウサギがかかえている「う」の順になる。
ただし「か」の字の右上には、サインペンで二つの点がついている。ペンの色は、スタンプと同じ淡い赤紫である。
交換した二つのスタンプカードの右下では、矢良さんの描いた似顔絵が明るい表情を見せていた。
お互いに、その名前を呼ぶ。
「こんしまちゃん」
「アヤメちゃん」
「「わたしと友達でいてくれて」」
続いて、スタンプカードに浮かび上がった、たった五文字を読み上げた。
「「ありがとう」」
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☆今週のしまったカウント:四回(累計七十回)




