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相合い日傘で帰ってしまった!(金曜日)

 週に一度(いちど)は「しまった」と(くち)にする紺島(こんしま)みどりは、今のところ高校一年生(いちねんせい)


 ゆえに「今週のしまったちゃん」略して「こんしまちゃん」の称号(しょうごう)(かん)するのだが――そんな彼女(かのじょ)は毎日、徒歩(とほ)で通学している。


 だからなに? って思われるかもしれない。

 そのとおりである……ッ!


 まあ、そんなわけで今回は――こんしまちゃんがテクテク歩いて帰るだけの話だ。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 金曜日。

 あと一週間(いっしゅうかん)ほどで、こんしまちゃんの高校は文化祭を(むか)える。


 その日の放課後も準備に追われる! ……かと思いきや、なんか学校(がわ)が学校そのものをいろいろ点検とかしなくちゃいかんらしく、こんしまちゃんたちは校内から早めに出なければならなかった……ッ!


 太陽は、まだ落ちない。

 かてて加えて……九月の終わりが()()()()というのに、その日は日差しが(つよ)かった。


 校舎の内から(そと)に続く(とびら)の手前で、こんしまちゃんは日傘(ひがさ)を構える……!

 その日傘は、黒を基調としたシックなデザイン。


 昨年度(さくねんど)三月(さんがつ)……高校の合格祝いとして、こんしまちゃんのお姉さんの()()()さんがプレゼントしてくれたものだ。


 これで、激しい日光が(おそ)ってきても、こんしまちゃんは融解(ゆうかい)せずに済む。


 ――ただ、校舎の外に出る前にこんしまちゃんに(はな)しかける者があった。

 ベリーショートの(かみ)の女の子である。その所作(しょさ)(ひと)(ひと)つに、気品が感じられる。


「あら、こんしまちゃん。おしゃれな日傘ね」

「ありがとう……久慈(くじ)さん」


 こんしまちゃんは、ベリーショートの女の子――久慈(くじ)小鮎(こあゆ)さんに笑顔(えがお)を向けた。


 久慈さんは、「くじ」が好き。こんしまちゃんのクラスメイトの一人(ひとり)である。

 遊びにさそう相手さえ、くじで決める猛者(もさ)なのだ……っ!


 今年の七月、久慈さんは……くじを引いて名前の出たこんしまちゃんをカラオケにさそっている。


 そんな久慈(くじ)さんが、こんしまちゃんの(となり)円筒形(えんとうけい)の物体をシャカシャカ()り始めた……!


「おみくじは、いかがかしら。こんしまちゃん?」

「やる……」


 ほかの下校中(げこうちゅう)の生徒のじゃまにならないよう、二人は壁際(かべぎわ)に寄る。


 久慈さんがこんしまちゃんに円筒形の物体を手渡(てわた)す。

 こんしまちゃんは、それをシャカシャカ振り、ひっくり返した……ッ!


 するとフタにあいた穴からにゅる~っと棒が一本(いっぽん)出てくる。

 棒の先端(せんたん)には「大吉(だいきち)」と書かれていた。


「やったあ……!」


 思わず相好(そうごう)(くず)す、こんしまちゃん。

 ほほえみながら久慈(くじ)さんが、こんしまちゃんから円筒形の物体を返してもらう……。


「よかったわね、こんしまちゃん」


 ついで久慈さんも、その円筒形をかたむける。

 結果は、「大凶(だいきょう)」……っ!


 それに気づいて、どう声をかければいいか(まよ)うこんしまちゃんだったが――。

 久慈さんは、みじんも動揺(どうよう)しておらぬ。


「こんしまちゃん……心配しなくても、だいじょうぶよ。こういう(うらな)いや『くじ』で()()()()()()()()……わたしは()()()()()()から」

「……え」


 不思議に思った、こんしまちゃん。


「いい結果だけを信じて、悪い結果は信じない……って感じじゃないんだ……?」

「わたしは、()()()いいと思っているわ。『占いの()()()()()()()()、むしろ()()()()()()()()()()()』のよ。そう考えれば、吉が出たからって油断せずに済むし……(きょう)を告げられても『気をつけよう』って話になるもの」

「な、なるほど……! 目からウロコが落ちそう……」


 こんしまちゃんが舌を巻くッ!


久慈(くじ)さん……わたしも調子に乗らずに下校(げこう)するよ……」


 手に持った日傘(ひがさ)をゆする。


「……そうだ。久慈さん。きょう暑いし、一緒(いっしょ)に日傘に(はい)らない……?」

相合(あいあ)(がさ)ならぬ相合い日傘(ひがさ)かしら? 魅力的(みりょくてき)な、おさそいね」


 久慈さんは、円筒形(えんとうけい)の物体をカバンにしまう。


「でも、わたし自転車通学なの。だからお礼だけ言わせてちょうだい」


 そんなわけで久慈さんは、こんしまちゃんと別れる。

 校舎から出て……校内の駐輪場(ちゅうりんじょう)のほうに歩いていった。


 おみくじが大凶だったから、こんしまちゃんは少し心配したけれど……。

 ヘルメットをつけた久慈さんが()()()()と校門から出ていく姿を見て、そんな気持ちは()き飛んだ。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 ともあれ、さっさと帰らねばならぬ。

 今度こそ校舎の(そと)に出て、こんしまちゃんは日傘(ひがさ)を展開……っ!


 黒っぽくて落ち着いた布地(ぬのじ)が、天からの光をシャットアウトする。

 しかし門に向かって足を()み出した瞬間(しゅんかん)――こんしまちゃんは、また声をかけられた。


「あっ、こんしまちゃん。九月も終わり近いっていうのに……きょう、あっついね!」

「そうだね……水戸目(みとめ)くん」


 ここでこんしまちゃんに(はな)しかけたのは、クラスメイトの水戸目(みとめ)永志(ながし)くん。

 文化祭の劇で、脚本(きゃくほん)を担当している男の子だ。

 先週、こんしまちゃんは水戸目くんの(たの)みに(したが)って、その脚本の初期案についてメタメタにアラ探しをしたばかりである……ッ!


 そして水戸目くんは、()きとおるような(はだ)を持っている。

 (かれ)の肌を目に入れ――こんしまちゃんは反射的に申し出た。


「よかったら、わたしの日傘(ひがさ)に入らない……? (すず)しいよ……」

「サンキュ! じゃ、ちょっとだけ」


 水戸目くんは、日傘の右側のスペースに入った。

 なお、こんしまちゃんは左側のスペースに立ち、右手で日傘をかかげている。


 まあ普通(ふつう)なら、「相合い傘だ~。やーい、やーい」と()()()()()()()だけど……こんしまちゃんに限って、それはありえぬ。


 なんというか……こんしまちゃんはクラスメイトのみんなと分け(へだ)てなく(せっ)する一方(いっぽう)で……線引きするところは()()()()線引きしているのだ。


 たとえば、こんしまちゃんが恋愛的(れんあいてき)な意味で好きなのは鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くんという男の子ただ一人(ひとり)

 ほかの人に対して、()()()()()()()(いち)ミクロンも発生しえない。


 だから相合(あいあ)日傘(ひがさ)と言っても、それは青春の甘酸(あまず)っぱい(いち)ページ! ……とかじゃなくて、ただ一本(いっぽん)の木が日陰(ひかげ)を提供しているような――そんなほほえましい光景に近いのだ……ッ!


 ともあれ、こんしまちゃんが校門に向かって()を進める……。

 水戸目(みとめ)くんは前方を見つつ、息をはく。


「こんしまちゃん。ぼかあ……あれから脚本(きゃくほん)の文章量をけずりにけずったよ……。実際に(えん)じるみんなと(はな)し合いながら」

「順調そうだね……」


「まあね~。で、そうするうちに思ったんだけど……脚本って、脚本を書いた人だけのものじゃないっぽいね。もちろん責任者は、ぼくなんだけどさ……より()()()()()()()のは、(かか)わっている()()()っていうか」

「……結末は、変わったのかな」

「そこは最初から、みとめてもらえたよ。うれしかったな~」


 日傘(ひがさ)(かげ)のなかでも、水戸目(みとめ)くんの笑顔(えがお)がはじけた。

 こんしまちゃんは、小さく()()()()を返す。


「よかったね……水戸目くん」


 でも、こんなことを話しているあいだに……水戸目くんとこんしまちゃんは校門のそばまで来ていた。

 水戸目くんが、日傘の(した)からスルッと()ける。


「じゃ、ありがとう、こんしまちゃん。ぼかあ、こっちだから」


 こんしまちゃんの帰り道とは別の方向に、水戸目くんが歩いていく……。

 (かれ)()きとおるような(はだ)の上を、無数の太陽光がすべった。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 そして校門から出たところで、こんしまちゃんは別のクラスメイトに()くわした。

 ほっそりとした、きれいな指を持つ女の子――流石(さすが)星乃(ほしの)さん。

 今月、学力(がくりょく)テストの前に、こんしまちゃんに物理の勉強を教えてくれたクラスメイトでもある……!


 こんしまちゃんは流石(さすが)さんにも、日傘(ひがさ)に入らないかと言う。

 流石さんは歩きながら、けげんそうに視線を返す。


「確かに暑いけど、分からないね。こんしまちゃんのねらいが……!」


 さすが人間(にんげん)摩擦係数(まさつけいすう)一・八九(いってんはちきゅう)の流石さんだ。

 人間摩擦係数一・一一(いってんいちいち)(ほこ)るこんしまちゃんを相手にしてなお、容易(ようい)になびいたりしない……っ!


 そこで、こんしまちゃんは流石(さすが)さんに説明を試みる。


「さっき、くじで大吉が出たの……」

「あ、まさか久慈(くじ)さんのくじ?」


「うん。だから、わたしは……大吉が出たからといって調子に乗らないことにしたんだ……そのために、この(すず)しさをみんなとシェアしたくなったの……」

「流れは正直、分からないけど――そういうことなら」


 流石さんが、日傘(ひがさ)の右側のスペースにスッと(はい)った。

 傘の持ち手をにぎる、こんしまちゃんの右手に注目する。


「こんしまちゃん。手、(つか)れたりしない?」

「だいじょうぶだよ……」


 瞬間(しゅんかん)、こんしまちゃんが左手を持ち上げ、右手の代わりに持ち手をつかんだ……ッ!


「こんなふうに、交替(こうたい)すればいいからね……」


 が、現在のこんしまちゃんは日傘の左側のスペースにいながら、真ん中の持ち手を左手でにぎっている。

 つまり、左腕(ひだりうで)を無理に胸の前に持ってきている状態。

 必然……上半身が右に向かってツイストする……っ!


「わっ……しまった」


 バランスを(くず)す、こんしまちゃん。

 日傘の持ち手を固定したまま、右回転が巻き起こる……!


 結果、こんしまちゃんの体が半回転し、進行方向に対して後ろを向いてしまった。


「し、しまった……」


 こんしまちゃん、痛恨(つうこん)()()()()()()……ッ!

 下校しているほかの生徒が、なんかクスクス笑っている。


 でも、このタイミングで――。

 流石(さすが)さんも体を半回転させ、こんしまちゃんと同じほうを向いた。


 続いて、こんしまちゃんに言う。


「これで……わたしが日傘(ひがさ)の左側で、こんしまちゃんが右側だね」

「流石さん……」


 さらに二人は日傘の持ち手を(じく)にして、体の向きを百八十度転回(てんかい)……っ!

 こんしまちゃんは左手に(かさ)を持ったまま、ちょっとトボトボ歩きだす。


「ごめんね……流石さんも()ずかしかったよね……」

「いいや。むしろ最高だよ」


「どのへんが……?」

「ザ・こんしまちゃんって()()()が」


「ザがついちゃうんだ……!」

「だって普通(ふつう)に生きてたら、傘の(した)で自然に回転する人を目撃(もくげき)することはないもの。さすが、こんしまちゃん。退屈させないね」

「そっか……安心した……。ありがとね……流石(さすが)さん」


 トボトボ歩きが、通常のテクテク歩きに(もど)っていく……っ!


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 その流石(さすが)さんとも別れ、こんしまちゃんは前方にまた別の知り合いを発見した。

 男の子が二人で帰っているようだ。


 後ろから、こんしまちゃんが声をかける。


「こんにちは……谷高(やたか)くんに、嫁田(よめた)くん……」


 すると、二人が同時に()り向いてこんしまちゃんと目を合わせた。

 眉毛(まゆげ)の太い男の子――谷高(やたか)誠一(せいいち)くんが、いち早くあいさつを返す……。


「こんしまちゃん、こんにちは」


「……こんにちは、だね。こんしまちゃん……」


 谷高くんに続いて「こんにちは」と言ったのは、嫁田(よめた)(しゅう)くん。

 嫁田くんは八重歯(やえば)を見せつつ、こんしまちゃんに提案する。


「こんしまちゃんも、途中(とちゅう)まで(おれ)らと一緒(いっしょ)に帰る?」

「喜んで帰るよ……」


 てな感じで、こんしまちゃんは谷高(やたか)くん・嫁田(よめた)くんとも同道(どうどう)する……!


「ところで二人とも……ちょっと道すがらゲームしよう……!」


 以前、こんしまちゃんは谷高くんと「やったかババ()き」で戦った。かつ、嫁田くんとは「NG(エヌジー)ワードゲーム」で激戦をくり広げた。


 ようは、二人とはゲームで(えん)があるのだ……ッ!

 それゆえの、提案であろう。


「今、わたしが一番(いちばん)やりたいことが()()()当ててみて……」

相変(あいか)わらず、こんしまちゃんは不思議なことを言うね。(ぼく)には見当(けんとう)がつかないよ」


 太い(まゆ)をピクリと動かし、谷高(やたか)くんが首をひねる。


「じゃ、当てずっぽうに。こんしまちゃんの持ってる、その素敵(すてき)日傘(ひがさ)魅力(みりょく)をみんなとシェアしたい……とか?」

「……や、谷高くん。それは――」

「やったか……?」

「大正解」

「やってたんだ!」


 谷高(やたか)くんがマジメに、そんなことを言う(となり)で……。

 嫁田(よめた)くんが八重歯を(かく)しつつ、なんか笑いをこらえている。


(これ()よがしに日傘を持っていたから、こんしまちゃんの真意は(おれ)にも読めたけど……誠一(せいいち)一発(いっぱつ)で正解するとまでは読めなかったね。にしても、やっぱ誠一(せいいち)、最高だ。「やってたんだ!」とか、誠一から聞いたの初めて……お(たから)ワードにも、ほどがある)


 ともかく、こんしまちゃんは谷高くんと嫁田くんに笑みを向ける……!


「というわけで、わたしの日傘(ひがさ)に入らない……? きょうは、クラスメイトのみんなと(すず)しさを分け合っているんだ……」

「いや、()()()()ありがたいけど」


 遠慮(えんりょ)がちに谷高(やたか)くんが(おう)じる。


「さすがに(ぼく)(しゅう)が入るスペースはないと思うから、今回は見送るよ」

「あ、しまった。言われてみれば……」


 こんしまちゃんが日傘の右側にいるから、左側にしか残りのスペースはない。

 せいぜい、あと一人(ひとり)しか(はい)れぬ……ッ!


 だけど二人の男の子は、「でもありがとう」と言ってくれた。

 それから……こんしまちゃんは谷高(やたか)くんと嫁田(よめた)くんから、二人が最近ハマっている最新ゲームの話を聞いた。


 こんしまちゃんのほうから聞きにいったのである。

 とくに最近は、人狼(じんろう)ゲームっぽいヤツに夢中になっているそうだ。


「――(しゅう)は、本当にうまくてね。世界ランキングにも()ってるほどだよ」

「――いやいや、ギリ引っかかってるだけだって。負けたときはストレスたまるし。それよりは誠一(せいいち)みたいに純粋(じゅんすい)(たの)しんでるヤツとやったほうが(おれ)は楽しい」


 さらに、こんしまちゃんに向かって嫁田くんは片手を()る。


「あ、別にナメプとかザコ()りとかじゃないから」

「そうそう」


 笑って補足(ほそく)する谷高くん。


(ぼく)(しゅう)とやるときはハンデつけてもらってる」

「どんなハンデ……?」


 こんしまちゃんは()うた。

 それに対して、嫁田くんが真顔(まがお)で答える。


「俺が『やったか』って連呼(れんこ)すんの」

「おお……っ」


 やってないフラグ乱立で、確かにハンデとしては充分(じゅうぶん)……!

 そんなふうに思って、おお……っいに感心したこんしまちゃんであった……っ!


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 さて、嫁田(よめた)くん・谷高(やたか)くんともバイバイし――。

 なんでか知らんけど……またクラスメイトとこんしまちゃんは鉢合(はちあ)わせした……ッ!


 しかもY字路(ワイじろ)(ブイ)部分の左右の先端(せんたん)から、そのクラスメイトとこんしまちゃんは合流しちゃったのである。


 こんしまちゃんとバッタリ会ったのは、前髪(まえがみ)ぱっつんの女の子。

 加布里璃々菜(かぶりりりな)さんだ。


(わ……! うっかりガールのこんしまちゃん……! く~、だれとも帰り道かぶらないようなルートをチョイスしたのに、なんで会うん……?)


 ……加布里(かぶり)さんは、キャラかぶりを(おそ)れている。

 以前久慈(くじ)さんがさそってくれたカラオケで加布里さんは昭和(しょうわ)のアニソンを歌おうとしたんだけど、こんしまちゃんに同じジャンルの曲を先に歌われて(あせ)ったこともある……。


 そのあとこんしまちゃんとデュエットしたりして加布里(かぶり)さんは自分と向き合えたりもしたから――別にこんしまちゃんに対しての苦手意識とか、そういうのは持っておらぬ。


 だれに対しても加布里さんは……変わらずこんな感じだ。

 あらためて、こんしまちゃんの髪型(かみがた)と……あとスカート(たけ)を確かめる。


(こんしまちゃんは、やっぱりウェーブのかかったくせ()……今のわたしの前髪(まえがみ)ぱっつんとは、かぶりなし! スカートの長さも、微妙(びみょう)(ちが)う……うん、かぶってない)


 胸をなで下ろした加布里(かぶり)さんは、こんしまちゃんとあいさつを()わした。

 ちなみにスカート丈が一緒(いっしょ)だったら……適当な理由をつけて()げるつもりだったのは内緒(ないしょ)である……!


 んで、こんしまちゃんのさそいに(おう)じ、加布里さんは日傘(ひがさ)(した)()れてもらった。


(あ、(すず)しい……こんしまちゃんから冷気のオーラでも出てるんかな~)


 そして、そのまま数分――(たが)いに無言……っ!


(え……? 待った、待った、待ったった。なんでこんしまちゃん、しゃべらないん?)


 だけど、そう思ったところで加布里(かぶり)さんは、心のなかでかぶりを()った。


(ダメ……! 相手が話さないからって、わたしのほうが一方的(いっぽうてき)に「気まずい」とか思っちゃダメ……! (はな)してないのは、()()()()やん。なのに、相手にばかり()があるみたいに、かんちがいしちゃいかん……! いや沈黙(ちんもく)はいいんよ。問題は、今のこんしまちゃんとわたし……「口数(くちかず)の少ないキャラ」って属性でかぶってるやん! あ~、こ・れ・が! ()えがたい)


 そこで加布里さんは、()ごろな話題を()つくろう……ッ!


「こんしまちゃん、こんしまちゃんや~い」

「なに……?」


 今まで()()()()していたにもかかわらず、こんしまちゃんは即応(そくおう)した。

 加布里(かぶり)さんは、日傘(ひがさ)布地(ぬのじ)におおわれた天をちらりと見る。


「もし……『激突(げきとつ)すれば地球崩壊(ほうかい)間違(まちが)いなしの隕石(いんせき)が、あした()()()()()ぞ』と言われたら、どうする?」

(くだ)く……!」


(たの)もしすぎだよ、こんしまちゃんっ!」

「しまった」


「……なにが『しまった』なん」

「ボケがすべって玉砕(ぎょくさい)しちゃった……」

「結局(たま)(くだ)けるんかい」


 こんしまちゃんがボケたせいで、ツッコミ(やく)(まわ)った加布里(かぶり)さんであった。

 まあ気を取りなおして、こんしまちゃんが話の流れに乗る。


「じゃあ加布里(かぶり)さんは……隕石が落ちてくるまで、どんな感じで()()()()の……?」

「わたしは、はじけない」


「まさか……はっちゃけるの……?」

「はっちゃけ()しない。(あわ)てふためいて、はしゃぎたおす人たちを……ボーッと観察する。泰然(たいぜん)自若(じじゃく)に構える。えらいこっちゃと奇行(きこう)に走るみなさんをサカナにして、『あ~、空気おいしいなあ~』と深呼吸して、ひとりごつ」

「大物すぎるよ……加布里さん」


 なんちゅう発想だと言いたいところだけど、こんしまちゃんは加布里さんの意見についてなんちゅう発想だなんて思わないので、なんちゅう発想だとは言わないでおく。


 ……ここで二人はT字路(ティーじろ)()き当たる。


「あ、加布里さん。T字路だね……」


 ――とこんしまちゃんがそのまんまを言う。

 左隣(ひだりどなり)の加布里さんは、ちょっとアレンジして、くりかえす。


「だね~。丁字路(ていじろ)だね」

「てい……?」


 こんしまちゃんが、戸惑(とまど)いを見せる……っ!

 加布里さんは左に曲がりながら、さっと説明した。


(ティー)字路(じろ)(てい)字路(じろ)と呼ぶこともあるみたいだよ」

「へ~」


「それじゃあ左に、左様(さよう)なら」

「わたしも右へと、うようなら……」


 T字路を、右へと折れる、こんしまちゃん。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 さらに、こんしまちゃんは帰り道を()き進む。

 でも……きょうは、なんの因果(いんが)か……エンカウント(りつ)が高いようだ。


 細い道を歩いていると、またもやクラスメイトの一人(ひとり)とバッタリ会った。


「あ……飯吉(いいよし)くん」


 そのクラスメイトは、飯吉(いいよし)(かのえ)くん。

 だれよりも整ったかたちの耳を持っている。


 こんしまちゃんがお弁当を忘れたときに、「こっちのお弁当も、おいしいよ~」と言ってリンゴをくれた男の子でもある。


 七月あたりから、飯吉くんは学校を休みがちになっている。

 今は九月だけど、もうすぐひらかれる文化祭――その準備にも参加していない。


 ともあれ、こんしまちゃんは飯吉くんに微笑(びしょう)を向ける。


日傘(ひがさ)(はい)らない?」


 (やさ)しい口調(くちょう)で、そう言った。

 それを聞いた飯吉(いいよし)くんが、目をそらして答える。


「いいよ……」


 とても絶妙(ぜつみょう)な発音だったため、その「いいよ」は了承(りょうしょう)()を持つのか、はたまた拒絶(きょぜつ)をあらわしているのか――判断できない。


 だけどこんしまちゃんは、左手に持った日傘をそっと飯吉くんの頭上にかかげた。

 どうやら、()()()()()()()「いいよ」と解釈(かいしゃく)したらしい。


 飯吉(いいよし)くんは周囲を見回して知り合いの姿がないことを確かめたあと、こんしまちゃんの日傘を受け入れた。

 何回かこんしまちゃんに視線を送ったあと、飯吉くんの(くち)がひらく。


「こんしまちゃん。きょうの文化祭の準備は?」

「学校の点検があるらしくて……」


 いつもの(おだ)やかで落ち着く声を出す、こんしまちゃん。


「きょうは、みんな早く帰らなきゃいけないんだ……」

「そうだったの。油断してた」


 ……知っていたら、こんしまちゃんとも会わずに済んだんだけどなと飯吉くんは思った。


「……ところで、こんしまちゃん。なんの用なの? 学校()いとか文化祭の準備手伝(てつだ)えとかボクに言おうとしてんの?」

「いいや……」


 こんしまちゃんは右と左に首を回し、あらためて飯吉くんと目を合わせる。


「日傘をみんなとシェアしたかった……」

「みんな?」


 飯吉くんは、目だけでなく顔全体をそむけた。


「別にこんしまちゃんとボクは友達じゃないじゃん。サボりがちのボクは、もはやクラスメイトと呼べるかどうかも……あやしいし」

「分かってるよ……飯吉くんとは友達じゃないし、それ以上でもない……」


 確かにこんしまちゃんと……高校のクラスメイトとの仲はとても良好……。

 こんしまちゃん自身も、クラスメイト全員を大切に思っている。

 とはいえ、こんしまちゃんは「みんな友達!」と言うようなタイプでもない。


 そして「とても良好」というのは、あくまで(そと)から見た評価だ。

 みんながみんな心の底から「こんしまちゃん大好(だいす)き!」なんて思ってるわけないし、そう一律(いちりつ)に思っていたら洗脳かホラーを疑うレベルである。


 ――ただし。


 週に一度(いちど)は「しまった」と(くち)にする紺島(こんしま)()()()こそが「今週のしまったちゃん」(ちぢ)めて「こんしまちゃん」と呼ばれるにふさわしい――という共通認識だけは、くつがえせない。


 ゆえに、飯吉(いいよし)くんにとって紺島みどりは「こんしまちゃん」という一個(いっこ)生物(せいぶつ)にすぎないのだ。

 前に飯吉くんがこんしまちゃんにリンゴをあげたのは、そのときのクラスの雰囲気(ふんいき)に流されたからに()()()()()()


 そう、(かれ)とこんしまちゃんは友達じゃない。

 今年度(こんねんど)の四月、たまたま同じ教室に配置されただけ。


 それでも、こんしまちゃんは静かに()()()()()


「だけど友達じゃなくても……それ以上でなくても……一緒(いっしょ)にいて、いろいろ(はな)したりしてもいいと思うんだ……こうして、日傘を共有したりね」

「……あっそ」


 飯吉くんは、こんしまちゃんの考えに同調しなかった。

 いや……それどころか、なんか(こわ)いと感じた。


「それで迷惑(めいわく)に思う人もいると思うけどね。ボクだって、日傘ことわったつもりだったのに」

「そうだったの……? ごめんね。わたし、てっきり……」

「……こういうときは、『しまった』って言わないんだね」


 短く、ため息をつく飯吉(いいよし)くん。


「別にいいよ。あいまいな返事をしたのはボクだし。ちょっと……こんしまちゃんと(はな)すのも悪くないかなとも思ったし」


 好きだからじゃない。安心したいからでもない。

 今のところ一種(いっしゅ)の興味だ。


 実は、こんしまちゃんは人間じゃなくて……次の瞬間(しゅんかん)表面(ひょうめん)がペロリとはがれ、ちっちゃなスフィンクスみたいなヤツが顔を出すんじゃないか? という意味不明な空想を――飯吉くんは、こんしまちゃんに対して()()()()()()


 とはいえ、少なくとも……現在のこんしまちゃんにそのような兆候(ちょうこう)見当(みあ)たらぬ。

 こんしまちゃんは優雅(ゆうが)に日傘を持ったまま、女子高生(じょしこうせい)の形状を(たも)っていた。


 皮肉っぽく、飯吉くんが笑みをこぼす。


相合(あいあ)(がさ)……いや、相合(あいあ)日傘(ひがさ)はボクにとっても初めてだけど……こんなに()()()()()()ものだとは思わなかったよ。どうせ、こんしまちゃんのことだから――ほかのクラスメイトにも相合い日傘やってるんだろうし」

「とっかえひっかえだよ……」

「そんな言い方したら誤解を招くどころか誤解が向こうから走ってくるよ」

「……しまった。表現には気をつけなきゃね……」

「ホントだよ。ま、こんしまちゃんが誤解されようが、ボクにとっては、どうでもいいよ」


 笑顔(えがお)をラップフィルムみたいに()りつけながら、飯吉くんが日傘から出る。


「じゃあね、こんしまちゃん。お礼は言わないよ。ありがたいなんて思ってないから」

「飯吉くん……またね」


 傘を持っていないほうの右手で、こんしまちゃんはバイバイの仕草(しぐさ)をした。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 続いて――こんしまちゃんは、これまでよりも人通(ひとどお)りの多い道に出る……!

 ちょっと(つか)れてきたので、左手から右手に日傘(ひがさ)を持ち()えた。


 刹那(せつな)、道の横から……キラキラした(ふた)つの(ひとみ)が飛び出した……っ!

 その持ち主は、標葉(しねは)令太(れいた)くんという男の子。

 やはりやはり、こんしまちゃんのクラスメイトだ……。


 二人は、ぶつかりそうになった。

 しかし(たが)いに身をひねり、(こと)なきを得た。


 ついで、こんしまちゃんが()()()を垂れる……ッ!


「ごめん、標葉(しねは)くん……」

「いや、こんしまちゃんは悪くないって! オレの不注意だったしね! それよりケガしてねえ?」


「だいじょうぶだよ……標葉くんは……?」

「オレもケガとかないわ。こんしまちゃんが、よけてくれたしね」

「よかった……ところで」


 垂れていたこうべを、持ち上げるこんしまちゃん……!


「わたしの傘下(さんか)(はい)らない……?」

「……普通(ふつう)に『日傘(ひがさ)(した)』って言えばよくね?」

「しまった」


 なお、この「しまった」は言葉のチョイスをミスったことに対する「しまった」にあらず。

 こんしまちゃんは、意図的にボケたのだ……っ!

 でも思ったほどウケなかったから、「もっと精進(しょうじん)しなきゃ」という意味を()めて「しまった」とこぼしちゃったわけだ。


 当の標葉(しねは)くんは、時間差をつけて少し笑った。


「じゃ、半分だけにするわ。すっぽり(かげ)(はい)るのは照れるしね」


 そして標葉くんはこんしまちゃんの右隣(みぎどなり)に移動し、左半身だけを(かさ)の内側に()れた……ッ!

 んで、小さな声に切り()える。


「でも、こんしまちゃんは……もっと警戒心(けいかいしん)持ったほうがいいと思うよ」

「……だいじょうぶだよ、ちゃんと持ってる」


 こんしまちゃんはジト目になり、標葉くんと同じ声量(せいりょう)(おう)じた。


「だてに十年以上、しまったを積み重ねてきたわけじゃないから……」

「こんしまちゃんって、いわゆるドジっ()とも(ちが)うよな。向上心があるから、すぐ反省できる。そんで『しまった』って(くち)に出る感じ?」


「そんな(とら)え方もできるんだ……。勉強になる……」

「……反省って大事(だいじ)だしね。いやオレが(えら)そうに言えることじゃないけどさ。実際、反省とか考え始めると、よく分からんくなるしね! とくに世界史だとね……オレ、このごろ世界史の教科書をパラパラめくってみてるんだけど、歴史って両極端(りょうきょくたん)だと感じるわ。とくに()()しね! 『人間ってこんなにすごいことができるんだ!』って思うところと『人間ってこんなにひどいことができるんだ!』って思うところが両方ごちゃまぜで、なにを反省したらいいか脳がバグりそうになるしね」


「たとえば、わたしが日傘を半分貸した結果……少しずつなかに()()まれて持ち手を(うば)われ……ついには追い出される……みたいなことが歴史には多くあるけれど……その出来事(できごと)について『いい』と言う人も『悪い』と言う人もいるわけだよね」

「それは日傘を奪ったヤツが()()()悪くね? いや、『こんしまちゃんは、そうされても仕方(しかた)ない極悪人(ごくあくにん)』って情報を流せば逆に……奪ったヤツのほうがヒーローになるのか」


「このパラドックスが歴史の()()()()……!」

「まあ『世界史、実はおもしろいんじゃね?』とオレもこのごろ思い始めたよ。歴史は反省だけじゃないしね。やっぱり人間はすごいしね!」


 ジト()のこんしまちゃんに、標葉(しねは)くんが言葉を続ける。


「これ世界史の先生の受け売りだけど……歴史は反省だけじゃなくて、挑戦(ちょうせん)の歴史でもあるらしい。――で、こっからはオレの考え。こんしまちゃんの『しまった』も、()げずになにかに挑戦しないと出てこない。そのうえで、反省しないと出てこない。ある意味、歴史は『しまった』の積み重ねなのかもね。そう考えると、なんかおもしろくてモチベ上がるんだわ~」

「いい感じだね……標葉くん……」

「こないだ、こんしまちゃんが『ですしねゲーム』をやってくれて……()っ切れた面もあるよ。すごく感謝してる。こんしまちゃんには何回もお礼を言いたいしね!」


 日の当たった右目をよりいっそうキラキラさせる標葉(しねは)くん……っ!

 ここで急に冷静になり――キラキラ含有率(がんゆうりつ)七十パーセントくらいの左目でこんしまちゃんを見る。


「でもオレら……変じゃね。文化祭が近いってのに、文化祭の話まったくしないしね」

「変でもないよ……」


 こんしまちゃんがジト目をやめ、カッと目を見ひらく……ッ!


「学校でさんざんそういう(はなし)してるしね」

「ま、無理に話すのも、めんどくさいしね!」


 確かに下校のときくらい、リラックスしたいものだ。

 学校という世界と家庭という世界――その二つの世界の境界にあって、どちらの世界にも()らわれない空間が、通学路という道だしね。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 そしてそして……標葉(しねは)くんとも別れのあいさつを済ませたこんしまちゃんは、ほかにも数人のクラスメイトをみずからの傘下(さんか)()れて、とっかえひっかえしたのであった。


 気づけばこんしまちゃんは、ねずみ色のシャッターが(なら)ぶアーケード商店街に足を()()れていた。

 平日の昼間も、()()()()()店があいていない。


 長い、(なが)~い、その道を進もうとしたときだった。

 こんしまちゃんは、とある二人(ふたり)を視界の右前方(みぎぜんぽう)(とら)えた……!


 やっぱりクラスメイトで、制服を身にまとっておる。

 一人(ひとり)は、長い(した)まつげを持つ女の子――赤金(あかがね)しろみさん。

 もう一人は、首の太い男の子――筈井(はずい)友春(ともはる)くん。


 二人は付き合っている。

 ちなみに、以前こんしまちゃんは、赤金(あかがね)さんを「(きみ)」と呼んでばかりの筈井(はずい)くんが(した)の名前を言えるよう、ひと(はだ)()いだこともあるのだ……っ!


 ともかく二人のおじゃま(むし)にならんよう、こんしまちゃんは()(あし)()(あし)(しの)(あし)……。

 足音を殺すべく――引き()くように足をゆっくりと持ち上げ、つま(さき)をなにかに()()むように静かに下ろす。


 これぞ、(おと)鏖殺(おうさつ)である……ッ!

 ――が、こんしまちゃんは気になってしまった。


(忍び足は、どうすればいいんだろ……? 忍者(にんじゃ)鵜狩(うかり)くんなら、分かるかな……)


 その一瞬(いっしゅん)の気の(まよ)いが、こんしまちゃんの計画にヒビを()れた。

 結果、アーケード商店街の道に横たわっていた小枝に気づかず、()んじゃったのだ……!


「……しまった」


 なんか物語だと小枝とか踏んでパキイ……って(おと)がして相手に気づかれるのは定番だけど、まさか現実にこんなことが起こるとは、()()()()こんしまちゃんも予想していなかった。


 案の(じょう)、右前方を歩いていた赤金(あかがね)さんと筈井(はずい)くんが後ろを向く。

 赤金さんが、手を振る。


「……あ、『しまった』って聞こえたと思ったら、やっぱ、こんしまちゃんじゃん! おーい! 一緒(いっしょ)に帰ろうよ~」

「うん……」


 観念したこんしまちゃんは、二人にテクテク近づいた。


「でも、しろみちゃん、筈井くん……。わたし、おじゃまじゃないかな……?」

「おじゃまじゃないよ」


 赤金(あかがね)さんは、こんしまちゃんに()()()()()あと、筈井(はずい)くんに視線を投げた。


「……ね、友春(ともはる)!」

「そうだね、()()


 筈井くんは、太い首をゆるやかに()()()()


「こんしまちゃん、気をつかってくれるのは()()()()けれど、遠慮(えんりょ)しないでいいんだよ」

「分かった……っ!」


 声をはずませる、こんしまちゃん。


「そうだ、しろみちゃんに筈井(はずい)くん。相合(あいあ)日傘(ひがさ)はどうかな……?」

「え! ただの相合(あいあ)(がさ)じゃなくて、相合い日傘って……それ、もはや一年(いちねん)じゅう相合い傘可能じゃん!」


 天才か……?


「やろやろっ、友春(ともはる)っ」

「悪くないね」


 筈井くんも乗り気のようだ。

 なかなかの好感触(こうかんしょく)……ッ!


 (はか)らずも、こんしまちゃんは、えびす(がお)

 二人がうまくいっているようで()()()()()()()と幸せに感じていたのだ。


「それじゃ……」


 こんしまちゃんは、赤金(あかがね)さんと筈井(はずい)くんの二人が相合(あいあ)日傘(ひがさ)を作れるよう、(かさ)の持ち手を預けようとした。こんしまちゃん自身は、いったん傘から()け……やや遠くから腕組(うでぐ)みをして見物(けんぶつ)しようと()()()()()のだ……!

 ――がッ!


「……あれ?」


 あろうことか、こんしまちゃんが動く前に、すでに赤金さんと筈井くんの行動は完了(かんりょう)していた。

 筈井くんがこんしまちゃんの背後に、赤金さんがこんしまちゃんのすぐ前に移動していた。


 ……通常、個人の傘はそのサイズゆえに、多くても二人までしか守れない。

 だが、それは横に並ぼうとするからだ。


 ならば発想を変えて、(たて)の列を作ればいい……ッ!

 人間は基本的に、肩幅(かたはば)よりも……横から見たときの(あつ)さのほうが小さい。

 とすると必然的に、横に並ぶよりも縦に並んだほうが、多くの人を()()められる理屈(りくつ)となろう……っ!


 こたびの相合い傘のケースとて、例外じゃない。

 それを本能的に見抜(みぬ)いた赤金さんと筈井くんは、こんしまちゃんの前後にポジショニングし……不可能と思われた「三人相合い傘」を実現させたのである……ッ!


 こんしまちゃんも(きょう)がくのあまり、ツッコむことすらできぬ。


 でも筈井くんが、ぽつりと言う。


「ごめん……なんかハズい。やっぱり(きみ)()わってくれない?」


 ここで筈井(はずい)くんの(くち)にした「君」は、赤金(あかがね)さんのことである。

 それを耳にして、愉快(ゆかい)そうに赤金さんが返す。


「も~、だから友春(ともはる)(きみ)じゃないよ、しろみだよ!」


 不満をにじませた言葉ではない。

 親しい人と冗談(じょうだん)を飛ばし合うときの口調(くちょう)だ。


 筈井くんがこんしまちゃんの真後ろで(あやま)る。


「ごめん、悪かった。……しろ」

「しょうがないなあ~。じゃ、わたしが後ろで友春(ともはる)が前ね」


 そしてこんしまちゃんは()(なか)固定。


 自分をはさんで前後からイチャつかれているんだから、普通(ふつう)だったらブチギレ案件かもしんないけど――こんしまちゃんは、だれかの幸せそうな様子を見て、さらに幸せを増幅(ぞうふく)させるような女の子なので、まあ三人(さんにん)相合(あいあ)日傘(ひがさ)もいいかな……と()()()()()考えているだけだった!


 そんなこんなで、前衛(ぜんえい)筈井(はずい)くん、中衛(ちゅうえい)・こんしまちゃん、後衛(こうえい)赤金(あかがね)さんの縦隊(じゅうたい)が完成する……ッ!


「よし……出発するよ……」


 号令をかけたのは、こんしまちゃん。

 かなめの日傘(ひがさ)掌握(しょうあく)しているのは彼女(かのじょ)だから、納得(なっとく)の配役である……!


 ……こんしまちゃんが足を出そうとすると、すぐ前にいる筈井くんに当たってしまった。


「ごめん……筈井くん」

「気にしないで、こんしまちゃん」


 しかし筈井くんがこんしまちゃんを許すと同時に、こんしまちゃんのかかとに、コツンとふれるものがあった。

 後ろから、赤金さんが(あやま)る。


「ごめんね、こんしまちゃん」

「だいじょうぶだよ……しろみちゃん」


 まあ、それからは――後ろの人が前の人に足をちょんと当てる事案が連発した。

 こんな調子が続くもんだから、ようやっと三人は気づいたのだ。


「「「歩きづら……ッ!」」」


 先頭の筈井くんも日傘の範囲(はんい)から出ないように歩調を整えねばならんから、そりゃきつい。


 さらに――赤金さんがこのタイミングで、より重要なことに()()()……!


「こんしまちゃん……ここ、アーケード商店街なんだよね」

「そうだね……アーケードだから屋根があるね……」


「うん。だけど()()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()?」

「しまった……しろみちゃんの言うとおりだね……」


 ここで一行(いっこう)は停止する。


 日傘をずらして上を見ると、確かに天井(てんじょう)が広がっている。

 採光用(さいこうよう)天窓(てんまど)はあるんだけど……その窓のおかげで日差しが()()()(おさ)えられているので、日傘の必要性もなさそうだ。


 こういう()()()()で、三人(さんにん)相合(あいあ)日傘(ひがさ)の時間は終わりを告げた。



 だけどこんしまちゃんは、そのあと……赤金(あかがね)さんと筈井くんから肉まんをおごってもらったのだった。

 途中(とちゅう)、こんしまちゃんを無視して二人だけでイチャついた感じになっちゃったから、そのおわびらしい。


 商店街の肉まん()さんで買ったものを、道のはしっこのベンチに(すわ)ってハフハフする、こんしまちゃんたちであった……!


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 ――さて。

 赤金(あかがね)さん・筈井(はずい)くんと別れてから家に帰るまでに、こんしまちゃんが新たに傘下(さんか)()れたのは計三人。



 商店街を出たところで鉢合(はちあ)わせたのは、クラスメイトにして友達の矢良(やら)みくりさん。

 いつもポニーテールの女の子である。


 こんしまちゃんがさそうと、自然に矢良さんは日傘の(した)に移った。


(すず)しいねっ、こんしまちゃんっ。ありがと~」

「どういたしまして……」


「これぞ――()()()(さき)の、なんとやらだねっ!」

「……もしかして矢良さん。その先には『(かさ)』があるの……?」


「そだよんっ」

「この日傘(ひがさ)……雨傘(あまがさ)としても使えるのかな……?」


 持ち手を少しだけゆらし、こんしまちゃんが息をついた。


「ところで矢良さん……あらためて調子どんな感じ……?」

「すこぶる絶好調っ!」

「よかった……これからも、だいじょうぶそうだね……」



 で、矢良(やら)さんのあとにこんしまちゃんが会ったのは――。

 少しツリ目で、あごがシュッとしている男の子、鵜狩(うかり)慶輔(きょうすけ)くん。


 こんしまちゃんは、鵜狩(うかり)くんが好きだ。

 恋愛的(れんあいてき)な意味で。


 だから鵜狩くんを相合(あいあ)日傘(ひがさ)にさそうのはドキドキするし、勇気が()る。


「う、鵜狩くん。よかったら……わたしと日傘で(すず)まない……?」


 しかし意外にも、こんしまちゃんの(くち)から、おさそいの言葉がすーっと出てきた。


(そっか……今までクラスメイトのみんなと相合(あいあ)日傘(ひがさ)したからだ……)


 もし、こんしまちゃんが自身の日傘をだれともシェアしていなかったら――こんしまちゃんは()ずかしくて鵜狩くんを相合い日傘にさそえなかったであろう……ッ!


 でもクラスメイトのみんなをさそったという前提があるのなら、同じくクラスメイトの鵜狩くんを相合い日傘に()れないのは不公平……!


 よって、こんしまちゃんは照れずに……ごくごく自然に鵜狩くんに日傘を差し出せたというわけだ。


(大吉が出たからといって調子に乗らず……みんなに日傘(ひがさ)シェアしてよかった……! ありがとう、久慈(くじ)さん……)


 それで――相合(あいあ)日傘(ひがさ)にさそわれた鵜狩(うかり)くんの返答は。


「ありがとう、こんしまちゃん。なら、(りょう)をとろうかな」

「いつでも(はい)って……」

「じゃあ右側に失礼するよ」


 鵜狩くんの移動にともない、あったかい空気が()し出され、こんしまちゃんをほわ~んとなでた。


 まわりに人影(ひとかげ)がないのが救いだ。

 さすがに、こんしまちゃんも……熱で爆発(ばくはつ)しそうになった。


 鵜狩くんの身長に合わせるために、こんしまちゃんが持ち手をにぎった右手を挙げる……っ!


 それを目に()れて、鵜狩くんが(やさ)しく言う。


(おれ)が持つよ」

「ありがとう、鵜狩くん……」


 こんしまちゃんの右手に、鵜狩くんの左手が微妙(びみょう)に重なる。


(はな)していいよ、こんしまちゃん……」

「こ、このままがいいの……二人で持ったら、軽くなるから……っ」


 いや日傘(ひがさ)程度の重量ならその理屈(りくつ)は通じないんじゃないの……? などといった野次(やじ)を飛ばす者は、この場にはいない。


 そういうわけで鵜狩くんは、小さく()んだ。


「そうだね。それも、いいな」


 鵜狩くんは、ちょっと猫背(ねこぜ)になった。

 少し歩いて、こんしまちゃんに(はな)しかける。


「いい日傘(ひがさ)だな。(すず)しくて、上品で……」

「うれしい……鵜狩くんも、そう思うんだ。これ、お姉ちゃんが合格祝いにプレゼントしてくれたものなんだ……」


 こんしまちゃんも、鵜狩(うかり)くんも……普段(ふだん)は、そんなにおしゃべりじゃない。

 でも――こんしまちゃんにとって、ぽつりぽつりと小さな雨がふるように()わす会話も、お(たが)いになにも言わず呼吸だけを送り合う時間も……かけがえのない、いとおしいものなのだ。


 鵜狩くんにとっても()()()()いいなと――こんしまちゃんは思った。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


 そして、こんしまちゃんは鵜狩(うかり)くんに「またね」と伝えたあと、自分の家を目に()れた。

 一般的(いっぱんてき)一軒家(いっけんや)である。


 日は、まだまだ落ちていない。

 こんしまちゃんは日傘(ひがさ)を差したまま、()を運ぶ。


 すると後ろから声をかけられた。


「み~どりっ! きょう帰るの早いんだね~」


 紺島(こんしま)みどりをこんしまちゃんと呼ばずに「みどり」と言う人間は希少種(きしょうしゅ)だ。


 だから、こんしまちゃんは――すぐに声の()()の正体に気づいたのだ……っ!


「お姉ちゃん……」


 そう、さっきこんしまちゃんを「みどり」と呼んだのは、こんしまちゃんのお姉さんの紺島(こんしま)まふゆさんだ。

 妹よりも長い(かみ)を持ち、すごく曲がったウェーブのくせ()(ゆう)する……っ!


 そんなまふゆさんが、さそわれてもいないけど……こんしまちゃんの日傘の(した)に宿る……ッ!


(はい)っていい?」

「もちろんだよ……これプレゼントしてくれたの、お姉ちゃんだし……」

事後(じご)承諾(しょうだく)だけど?」

「しまった。別にいいけど」

「いや~、わたしとしては『来る者は(こば)み、去る者は追う』くらいのスタンスで対応されても全然オッケーなんだけどな~」

「すさまじすぎるよ……お姉ちゃん」


 ここで、こんしまちゃんは……まふゆさんが、ちょい頭の位置を下げているのを発見した。

 日傘の布地(ぬのじ)が当たっとる。


「あ、ごめんね……ちょっと(うで)上げるから……」

「いやいや、そのままでいいんだよ、みどり。むしろ気持ちいい」


 まふゆさんには、妹に迷惑(めいわく)をかけられたいという姉としての根源的(こんげんてき)欲求(よっきゅう)がある。


「ときに、みどりさ~。なんか、きょう機嫌(きげん)いいね」

「わ、分かっちゃうかな……実はね……」


 それでこんしまちゃんは、下校の途中(とちゅう)で会ったクラスメイトのみんなと日傘(ひがさ)をシェアしたと――まふゆさんに話した。


 まふゆさんは、返事をする前に心のなかで考えた。


(ちょっと心配だなあ。みどりのこと……だれかれ構わず「いい顔」しようとする八方美人(はっぽうびじん)だとか……人の心にズカズカアッ! と(はい)()もうとする無神経なヤツだとか思う人いるんじゃないの? じゃあ、それを指摘(してき)する? いや、指摘しない。それが、みどりの生き方なわけだ。みどりの幸せそうな顔を見る限り、クラスメイトのみんなから拒絶(きょぜつ)されているわけじゃなさそうだし……ここは、お姉ちゃんとして……素直(すなお)な気持ちを伝えよう!)


「みどり。本当に、いい友達に(めぐ)まれて……よかったね。お姉ちゃんも、うれしいよ」

「ありがとう……でも、全員が友達というわけじゃないよ……友達じゃなくても大切なの……」

「そう」

「あと……きょうみたいなことができたのは、素敵(すてき)な日傘をお姉ちゃんが(おく)ってくれたからだよ……お姉ちゃん、ありがとう……」

「……みどり」


 まふゆさんは、ちょっと横を向いて目もとをぬぐう。


 それから……。

 黒を基調としたシックなデザインの日傘(ひがさ)――それに(はい)った二人の(かげ)(いえ)のなかに消えるまで、あまり時間は、かからなかった。


※ ※ ※ ※ ♢ ※ ※


☆今週のしまったカウント:九回(累計(るいけい)六十六回)

次回の「今週のしまったちゃん」は十月五日(日)に更新する予定です

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