語尾に違和感を覚えてしまった!(火曜日)
女子高生、紺島みどりは「しまった」という口癖を持つ。
ゆえに、こんしまちゃん。
ただし――ひとくちに口癖と言っても、口癖には二種類ある。
自分から積極的に言葉にする口癖と、のどから思わず転がり落ちてしまう口癖だ……!
こんしまちゃんの「しまった」は、九十パーセントくらいは後者に属すると言われている。
さらに、人が漏らす口癖は「しまった」だけに限らぬ。
……「うっかり」「やったか」「なんとやら」などなど、口癖の世界も奥深いしね!
口癖が語尾に現れることもあろう……。
今回のこんしまちゃんは、とくにある人物の口癖にせまっていくことになる。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
火曜日の昼休み。
学校の教室で、こんしまちゃんはクラスメイト同士の雑談を耳にした。
「こないだの学力テストさ~、オレ壊滅的だったわ~。勉強してなかったしね」
ひときわ大きな声で話しているのは、標葉令太くん。
以前お弁当を忘れたこんしまちゃんに、ブロッコリーをあげた男の子だ。
だれよりもキラキラした二つの瞳を持っている。
「とくに世界史ね。覚えること多過ぎだっての。半分以上適当に答えるハメになったしね」
(……標葉くん)
あらためて、こんしまちゃんは標葉くんの口癖を思う。
……こんしまちゃんは、クラスメイト全員と分け隔てなく接するタイプなんだけど。
当然、標葉くんのことも……わりと見ている。
標葉くんの口癖は語尾に出る。
よく「ね」をつけるしね!
「そんなわけでオレ、きょうは付き合えない。点数ヤバかったせいで、世界史の先生から呼び出し食らっちゃったしね。……そりゃ素直に行くよ。そもそも、勉強してなかったオレが悪いしね」
友達の男の子に謝りながら、標葉くんは教室をあとにした。
こんしまちゃんは今までイスに座っていたんだけれど、なんとなく立ち上がる……ッ!
右隣の席で逆さまの本を読んでいた鵜狩くんが、ツリ目の視線をこんしまちゃんに向けてくる。
「どうしたんだ、こんしまちゃん。少し慌てている感じだけど……?」
「そうかも……。でも、ちょっと引っかかっちゃって……」
さきほどの標葉くんの語尾――口癖とはいえ、妙に「ね」が多かったような気がする。
「たぶん思い過ごしなんだろうけど……なんか標葉くんの様子が気になる……」
「……俺も行こうか」
「ありがとう、鵜狩くん……だけど一人でだいじょうぶ……」
そんな流れで、こんしまちゃんも教室から出た。
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
世界史の先生は、案外早く標葉くんを解放した。
その先生は標葉くんにお説教するために呼び出したんじゃなかった。
分からないところがあったら遠慮せず聞きに来ていいと標葉くんに伝えたのだ。
事前に知らせてくれれば放課後や休み時間でも勉強に付き合いますと世界史の先生は言った。
ようは、世界史の点数がよくなかった標葉くんのことを気にかけているのである。
標葉くんは先生のもとを去り、なんかつぶやきながら廊下を歩く。
「よかった、よかった。ちょっと時間は取られたけど先生が心配してくれたのは、ありがたいしね。オレだけだと、勉強するの無理だしね。次はがんばろう。できるさ、ちゃんと決めたしね」
校舎のはしっこあたりの廊下なので、近くに人影はない。
だから、つい標葉くんはひとりごとを漏らしたのだろう……!
ここで階段のほうから、にゅっと何者かが現れた……ッ!
見ると、ウェーブのかかったくせ毛を持つ女子がいた。
「こんしまちゃん……!」
(さっきの独白を聞かれたか……? いや、ビビるこたないな。聞かれたとしても、問題ないしね。オレの口癖は、わりとスルーされるしね)
なに食わぬ顔で、標葉くんがこんしまちゃんに歩み寄る……っ!
「よっ」
「よっ……標葉くん……」
「もしかして、こんしまちゃんも先生に呼び出されたとか? オレも世界史で呼ばれたクチだしね」
「ううん……」
かぶりを振る、こんしまちゃん。
「実は、標葉くんがちょっと心配になって来たの……」
「ああ、テストの点数が壊滅的だったことか? こんしまちゃんも知ってたんだ。ま、さっきオレ、教室んなかで声を上げすぎちゃってたしね」
標葉くんは動じない……!
「心配ないって。先生からは呼び出されたけど、『分からなかったら聞きに来て』って言われただけだしね。オレは全然平気だしね!」
「そ、そう……でもなんか、きょうの標葉くん……いつにもまして『ね』って言ってない……? だから心配になったんだ……」
「……え。あー、そうだった? まいったな~。オレ、ついつい『ね』って語尾につけちゃうしね!」
「……あれ?」
「ど、どうした、こんしまちゃん? よく分かんないんだけど。――オレなんもやってないしね」
「ちょっと思ったんだけど……かんちがいかな……?」
こんしまちゃんが首をぐい~っとひねる……ッ!
「よく聞くと標葉くん……『ね』の前に――」
「こ、こんしまちゃん。ば、場所を移動しねえ?」
標葉くんが、なんか慌て始めた……っ!
「いつまでも廊下の真ん中に立っていても迷惑だしね」
というわけで標葉くんとこんしまちゃんは、階段をおりる。
――どうやら標葉くんの口癖である『ね』という語尾には、ほかにもなにか秘密があるみたい。
いったい、それはなんなのか……? 見当がつかぬ。よく分からんしね!
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
キラキラした二つの瞳を、標葉くんがこんしまちゃんに向ける。
「それでこんしまちゃん……さっき言いかけていたことは、なんだよ。早く聞きたいんだけど。なんか気になるしね」
標葉くんとこんしまちゃんは、壁に背を預けて向かい合っている。
場所は、校舎一階のはしの……階段の裏にあいたスペースだ。
ほかに人が訪れにくい、知る人ぞ知る穴場スポットである……ッ!
「別に標葉くんを責めるつもりはないから安心してね……」
ともかく、こんしまちゃんが遠慮がちに標葉くんへと指摘する。
「思ったんだけど、もしかして標葉くんの口癖って……語尾の『ね』の前に『し』をくっつけるたぐいのものなの……?」
「……否定するわ」
標葉くんの瞳が、一割くもった。
「全然違うしね!」
「……しまった」
こんしまちゃんが、申し訳なさそうにうなだれる……。
「見当違いのこと言って、ごめんね……」
しゅんとする、こんしまちゃん。
でも標葉くんはこんしまちゃんの表情の変化に気づいて、ちょっとまぶたをゆがませる。
そして首を横に振るのだった。
「……いや、こんしまちゃんが謝ることじゃねえって。『ごめん』はオレのほうだしね! さっきのはウソだしね」
その瞳から、二割ほどキラキラが喪失する……っ!
「こんしまちゃんの言うとおりさ。オレは隙あらば語尾に『し』と『ね』をつけるようにしてるしね……!」
「やっぱり……」
きょうの標葉くんの発言のいくつかをあらためて思い返してみる、こんしまちゃん。
……「勉強してなかったしね」「世界史ね」「オレが悪いしね」「無理だしね」「オレ、ついつい『ね』って語尾につけちゃうしね!」「場所を移動しねえ?」「なんか気になるしね」……
確かに、こんしまちゃんは間違っていなかったようだ。
どれも「ね」の前に「し」が現れているしね。
こんしまちゃんは、数回うなずく。
「わたし、しまってなかったんだ」
「へえ。しまってなかった……ねえ。悪くねえな。口癖の派生形というのは、オレもとおった道だしね」
一秒間しっかり目を閉じ、三割のキラキラを落とした瞳をこんしまちゃんに突き刺す標葉くん……ッ!
「で、こんしまちゃん……オレの本当の口癖を見抜いたうえで、なにをするって話なんだよ。ゆすんの? それとも言いふらす? できれば穏便に済ませてほしーね」
「標葉くんが困るようなことは、しないよ……」
うなずきをやめ、こんしまちゃんが穏やかに言う。
「きょうは、とくに口癖が炸裂してたから……ちょっと心配になっただけ……。標葉くんが平気なら、わたしはなにも言わないし……言いふらしたりもしない」
「……あっそ。じゃあ、ちょっと話してみっか。なぜかこんしまちゃんのお節介は、余計なお世話だなんて思えないしね」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
標葉くんが、靴のつまさきでゆかをたたく。
もはや標葉くんの目のキラキラ含有率は六割に減少している……!
「こんしまちゃんも、自分の口癖について指摘されたことはあるよな? 『こんしまちゃん』と呼ばれるくらいだしね」
「数えきれないよ……」
「口癖ってさあ、指摘されたとき――混乱しね?」
ため息をついて、標葉くんが続ける。
「もとからオレは、語尾に『ね』をつけて話すクセがあったしね。でもずっと気づかなかった。まったく意識してなかったしね! ただ、小五のとき」
瞬間、標葉くんの瞳のキラキラが半分にまで減った。
「……『おまえ、いっつも言葉の最後に「ね」をつけるよな~』って友達に言われた。イジメじゃないよ? 言われたの、それ一回きりだしね! あいつも、なんとなく口にしただけで悪意ゼロなのは明らかだったしね!」
真剣な面持ちのこんしまちゃんに向かって、ちょっと自嘲気味な吐息をこぼす……。
「でも、ずっと意識してなかった『ね』って語尾を意識すると、途端に分からなくなったんだよね。『あれ? 今までオレ……どんなときに、どんくらい「ね」って言ってたっけ?』って感じ。自然に口に出すことができていた言葉が、自然に口から出なくなった。不幸自慢で申し訳ないけど苦しかったわ~。自覚して『ね』って言ったら、わざとらしいって感覚にさいなまれるしね! だからって意図的に『ね』を減らしたら、これまでの自分が壊れていくような気分になるしね!」
「……それを標葉くんは、どう乗り越えたの?」
「口癖を派生させたんだよ」
ここで標葉くんの瞳のキラキラ含有率が六割に回復した。
「小五の一月んときかな。寒空の下、オレがぽろっと『きょうのテスト無理かも。勉強してないしね』と友達に言ったとき――気づいた。『そうだ、「ね」という口癖が分からなくなったのなら、別の口癖にちょっと変えればいいじゃん』って」
口元に両手を持っていき、息をはく。
「続けて友達に言ってやったよ。『きょうヤバいな。寒いしね! オレなんか手袋持ってきてないしね!』ってさ。最高だったよ。恐ろしいほど自然に言えたしね! こっそりかつ堂々と悪口を言えたみたいで、優越感ハンパなかったしね! さんざん『ね』で苦しんできたオレの鬱憤も晴らせたようで、正直今思い出しても気持ちよすぎるレベルだしね!」
「標葉くんは自分の口癖を、肯定してるんだ……?」
「そりゃね、やめられないしね!」
七割くらい瞳をキラキラさせて、標葉くんが薄く笑う。
「でも、否定されるものじゃなくね? だって、だれも傷ついてないしね! オレは小学校に入ったころからキレやすかったんだけど……小三のとき『死』って漢字を習ってから『さ行のイ段』と『な行のエ段』を組み合わせた言葉をよく使いそうになった」
直接ひどい言葉を使用しないところを見るに、標葉くんも冷静さを保っているようだ……!
「なんとか耐えてたから口癖にはならなかったけど、嫌なことがあるたびに――のろいみたいに『さ行のイ段とな行のエ段』が心の底から浮かび上がった。でも、この衝動みたいな厄介な言葉を語尾にするようになった途端、『死ぬ』の命令形に相当する気持ちを捨てることができたんだ」
「なるほど……『それ』が本来の意味から離れて単なる語尾に変身したから……標葉くんの心に眠る嫌な気持ちも浄化されたんだね……」
「そゆこと。だれからも非難されるいわれは、ねえよ。語尾としては、どんなヤツだって使う言葉だしね。それにオレは昔みたいに『そっちの意味で』発音しているわけじゃないしね。とくにきょう口癖が多くなっちまったのは、やっぱり世界史の点数が悪かったからにすぎないよ。無害さ。一種のアンガーマネジメントだしね!」
ひととおり話したところで、標葉くんの瞳の八割がきらめいた。
「こんしまちゃんの口癖だって、苦しんだすえに選び取ったものじゃないのか?」
「ちょっと違うかも……。小学生のときも『こんしまちゃんは、こんしまちゃんのペースで、いいんだよ!』ってみんなが言ってくれたから……」
「ふーん。ともかく、話を聞いてくれて、どうも。そろそろ教室帰るわ。こんしまちゃんとオレの口癖はまったく違うもののようだしね」
「そうだね、でも教室に帰る前に――」
壁から背を離したこんしまちゃんが片手で「かもーん」みたいなジェスチャーを作り、標葉くんを挑発する……ッ!
「――『ですしねゲーム』やらない?」
物騒な名前だ。
だけど標葉くんは驚かない。
クラスメイトの谷高くんや嫁田くんが前にこんしまちゃんから勝負にさそわれ、そのお世話になったというのは……標葉くんも知っているしね!
「やるよ。おもしろそうだしね」
足をとめ、標葉くんが壁に背中を押しつけた。
「でも、なんのためにやるか疑問なんだけど? こんしまちゃんの意図が分からないしね」
「今回ばかりは、わたしの興味……」
挑発的な手を下ろす、こんしまちゃん。
「なにより、標葉くんの本当の口癖を体感したいしね……」
このタイミングでこんしまちゃんが標葉くんの語尾をまねたのは意図的だったのか、そうじゃないのか――それは本人にも分からぬ。
「ともかく、このゲームを受けてくれてありがとう……」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
ですしねゲームとは、なんぞや。
こんしまちゃんが四秒で考案したゲームである。
参加人数は二人以上。プレイヤーは「ですしねサイド」と「だしねサイド」に分かれる。
ですしねサイドは敬語を用いつつ、語尾に「しね」をつけなければならない。
一方、だしねサイドは敬語を使わずに、語尾に「しね」をつける必要がある。
この制約を先に破ったサイドが敗北し、最後まで「しね」をつらぬいたサイドが勝利を獲得するのだ。
「もちろん、だれかを傷つける意味を持つ例の同音異義語を口にするのもアウト……ッ!」
――以上のことを標葉くんに説明し終わったあと、こんしまちゃんが慌てて付け加える。
「あっ、しまった。ガバがあった……! 『ずっと黙っていたプレイヤーは無条件で負けになる』……これもルールに追加しないとだめだね……」
「そりゃなあ」
標葉くんが制服のポケットに手を突っ込み、くくくと笑う。(彼の瞳のキラキラ含有率は、すでに九割がた戻っている)
「NGワードゲームとかでもそうだけど、言葉をあつかうゲームで『沈黙が最適解』ってのが一番なえるしね!」
「そうだよね……で、どっちが『ですしねサイド』になるかだけど……」
「オレはどっち側でも構わないよ。結局、語尾に同じ言葉をくっつけるのは同じだしね」
「じゃあわたしが『ですしね』をもらうよ……」
「ならオレは『だしね』か」
両者は壁に背を預けたまま、階段裏のスペースでにらみ合う……っ!
こんしまちゃんが腕を力強く組む。
敬語キャラを脳内にインストールしたこんしまちゃんが、先制攻撃をかける……ッ!
「では身構えてください……ゲームがスタートしますしね……」
おや……? 「身構えてください」に「しね」がくっついていないのでこんしまちゃんの負けでは? と思わないでもないんだけど、ここはあえて目をつぶろう。
……どの部分を語尾とするかについて二人が明確に決めていなかった以上、ツッコんでも仕方ないしね!(そもそも言葉の最後に無理やり「しね」をくっつければ不自然な文になるしね。たとえば「身構えてくださいしね」なんて文末に悪口つけただけじゃんとか言われそうだしね)
標葉くんも、こんしまちゃんをとがめない。
同じ条件で「ですしねゲーム」に挑む……!
「へえ、気づかなかったわ~、オレにぶいしね」
「謙遜することありませんよ……標葉くんの地頭は、いいはずですしね」
やはり敬語をしゃべっているほうがこんしまちゃんである。
もちろん、こんしまちゃんはこんしまちゃんのままだ。敬語になっても、いつもどおり口調は穏やかで落ち着いているしね!
かたや標葉くんは、あくまでクラスメイトに対する話し方で反撃を加える……っ!
「いやいや、それ買いかぶりだしね。オレってクラス二十八人のなかで下から三番目くらいの成績だしね……!」
「そんなこと、ありません……そもそも頭がよくないと、『さ行のイ段』と『な行のエ段』を口癖に応用して無力化するなんてことも思いつきませんしね」
「……話題を変えようか、こんしまちゃん……自分がほめられるのは、恥ずかしいしね」
「なら恋バナはどうですか……男女問わず盛り上がる話題ですしね」
「ほかのに、しね? できればもっと無難な『はなし』ね」
「む……だったら無人島に一つだけ持っていけるならなにを持っていくか教え合いましょう……個人的にも興味がありますしね」
「へえ、そりゃいい……定番の質問だしね」
心理テストにもなりそうだな~と標葉くんは思った。
「そうだなあ、オレなら『望遠鏡』を持っていくよ、便利だしね!」
ゆかをつまさきでトントンつつきながら、まくし立てる標葉くん……ッ!
「エネルギーが要らず、消耗品じゃないから長持ちするしね。別のなにかと接触させたりするものでもなく、劣化しにくいしね。遠くの海を見て救助の船がいないかとか、天候に異常がないかとかも確認できるおかげで生存率を格段に上げてくれるしね。島を探索する際も安全な場所から食料や猛獣を見つけられるしね。レンズだけを取り出して火をつけることも可能だしね」
「……わああ、驚きましたよ……ガチな解説でしたしね!」
腕を組んだまま、こんしまちゃんが感心する。
「というか……標葉くん、普通に世界史も楽しく学べると思いますよ……歴史的にかなり重要な意味を持つ望遠鏡についてそこまで熱く語れるくらいですしね」
この発言を聞いてハッとさせられたものの、一方で「なんか上から目線じゃね」とも標葉くんは感じた。
でもロールプレイとしては正解だ。今のこんしまちゃんは敬語キャラだしね。
いったん標葉くんは横を向き、軽くせき払いする。
「……それより、こんしまちゃんが無人島になにを持っていくかが気になるんだけど……まだ聞いてないしね。ちなみに『友達』や『家族』とかそういうのは、なしね。無人島の意味がなくなるしね」
「……も、もちろんです……っ、そんなこと言うわけありませんしね」
絶対言おうとしてたな、これは。
「わたしが無人島に持っていくとしたら――いろいろ削れる『ヤスリ』でしょうしね……ガチで選んでいますよ、生き残りたいですしね」
「ちょっと、分かんないな……オレとしては『ヤスリを持っていくくらいならナイフのほうがいい』と思っちゃうしね」
「ナイフは持っていきません……刃こぼれしたら終わりですしね。それよりはヤスリを使って磨製石器を大量生産したほうがいいと思いますしね。石は無人島にいくらでも転がっているでしょうしね。ナイフやキリ、ノミ、ハンマー、お皿……このあたりを作れば生活水準爆上がりでウハウハですしね……!」
「磨製石器……ああ、それも世界史ね。確かに銅や鉄を確保するよりはハードル低いしね」
標葉くんはポケットから手を出して、拍手のマネをした。
「いいじゃん、なかなか現実的だしね」
「あ、ありがとうございます……でも引っかかります……今の言葉からして、標葉くんの世界史の点数が悪かったのがどうも納得できませんしね……」
「ちょっと、こんしまちゃん……テストのことは頭から消去しね? あんまり傷口えぐらないでほしいしね。オレが勉強してなかったのは事実だしね!」
「し、しまった。……ごめんなさい」
腕をほどいて、こんしまちゃんがこうべを垂れる……!
対する標葉くんは十秒以上待ったのち、息をはく感じで短く笑った。
「別にいいしね。オレが勝ったしね」
「……え、あ。しまった。例の言葉をつけ忘れてた……」
というわけで、熾烈を極めた『ですしねゲーム』はこんしまちゃんの敗北で終わっちゃったようだ。
皮肉にも、みずからの「しまった」という口癖によって敗れたのだ。
まあ「さ行のイ段とな行のエ段」を組み合わせた語尾については、標葉くんのほうに一日の長があったのだからしょうがない。
いや……一日の長というのは、ちょっと低く見積もりすぎかもしんない。
標葉くんが「ね」を超えた口癖を始めたのが小五の一月で、今は高一の九月。
五十か月以上が経過しているのである。それまで標葉くんは、ずっとその口癖を磨き続けてきた。
確かに「しまった」についてはこんしまちゃんのほうがキャリアを重ねているけれど――標葉くんの口癖を使いこなすことに関しては、こんしまちゃんもまだまだ修業が足りなかったと言えよう……っ!
ともあれ標葉くんの二つの瞳のキラキラは、百パーセントにごりを混ぜていない状態に戻っていた。
「じゃ、今度こそオレ教室に帰るわ。そろそろ休み時間も終わりだしね」
ついで標葉くんは心のなかで思った。「それに、あんまりこんしまちゃんと二人きりでいるのもよくないしね。こんしまちゃんは鵜狩が好きって見りゃ分かるしね!」と。
「こんしまちゃん、ありがとな……ひさしぶりに節操なく連発できてスッキリしたしね!」
「なら一つ貸しね」
いたずらっぽく、こんしまちゃんがウェーブのかかった髪をゆらす。
「……と言いたいところだけど、わたしも自分以外の口癖にどっぷりつかることができたよ……ありがとう」
「はは、そっか。でもこれからはこんしまちゃん以外にバレないよう、もうちょっと抑え気味にする。ついでに世界史もがんばるわ。……あと一応かんちがいしたくないから聞いとくけどさ――こんしまちゃんってオレ以外に対しても、こういう感じだよな?」
「そうだよ……クラスメイトのみんなは大事にしたいしね」
「ま、いいんじゃね」
標葉くんがキラキラした笑顔を見せながら、階段裏から去る。
「――それでこそ、こんしまちゃんだしね!」
※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※
☆今週のしまったカウント:四回(累計五十三回)




