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語尾に違和感を覚えてしまった!(火曜日)

 女子(じょし)高生(こうせい)紺島(こんしま)みどりは「しまった」という口癖(くちぐせ)を持つ。


 ゆえに、こんしまちゃん。


 ただし――ひとくちに口癖(くちぐせ)と言っても、口癖には二種類ある。

 自分から積極的に言葉にする口癖と、のどから思わず転がり落ちてしまう口癖だ……!


 こんしまちゃんの「しまった」は、九十パーセントくらいは後者に属すると言われている。


 さらに、人が()らす口癖(くちぐせ)は「しまった」だけに限らぬ。

 ……「うっかり」「やったか」「なんとやら」などなど、口癖の世界も奥深(おくぶか)いしね!


 口癖が語尾(ごび)に現れることもあろう……。


 今回のこんしまちゃんは、()()()ある人物の口癖にせまっていくことになる。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 火曜日の昼休み。

 学校の教室で、こんしまちゃんはクラスメイト同士の雑談を耳にした。


「こないだの学力(がくりょく)テストさ~、オレ壊滅的(かいめつてき)だったわ~。勉強してなかったし()


 ひときわ大きな声で(はな)しているのは、標葉しねは令太れいたくん。

 以前お弁当を忘れたこんしまちゃんに、ブロッコリーをあげた男の子だ。

 だれよりもキラキラした(ふた)つの(ひとみ)を持っている。


「とくに世界史()。覚えること多過(おおす)ぎだっての。半分以上適当(てきとう)に答えるハメになったし()


(……標葉(しねは)くん)


 あらためて、こんしまちゃんは標葉しねはくんの口癖(くちぐせ)を思う。


 ……こんしまちゃんは、クラスメイト全員と分けへだてなく接するタイプなんだけど。

 当然、標葉しねはくんのことも……わりと見ている。


 標葉くんの口癖は語尾(ごび)に出る。

 よく「ね」をつけるしね!


「そんなわけでオレ、きょうは付き合えない。点数ヤバかったせいで、世界史の先生から呼び出し()らっちゃったし()。……そりゃ素直(すなお)()くよ。そもそも、勉強してなかったオレが悪いし()


 友達の男の子に(あやま)りながら、標葉(しねは)くんは教室をあとにした。


 こんしまちゃんは今までイスに(すわ)っていたんだけれど、なんとなく立ち上がる……ッ!


 右隣(みぎどなり)の席で逆さまの本を読んでいた鵜狩(うかり)くんが、ツリ目の視線をこんしまちゃんに向けてくる。


「どうしたんだ、こんしまちゃん。少し(あわ)てている感じだけど……?」

「そうかも……。でも、ちょっと引っかかっちゃって……」


 さきほどの標葉(しねは)くんの語尾――口癖とはいえ、(みょう)に「()」が多かったような気がする。


「たぶん思い過ごしなんだろうけど……なんか標葉くんの様子が気になる……」

「……(おれ)()こうか」

「ありがとう、鵜狩(うかり)くん……だけど一人(ひとり)でだいじょうぶ……」


 そんな流れで、こんしまちゃんも教室から出た。


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 世界史の先生は、案外(あんがい)早く標葉(しねは)くんを解放した。


 その先生は標葉くんにお説教するために呼び出したんじゃなかった。

 分からないところがあったら遠慮(えんりょ)せず聞きに来ていいと標葉くんに伝えたのだ。


 事前に知らせてくれれば放課後や休み時間でも勉強に付き合いますと世界史の先生は言った。

 ようは、世界史の点数がよくなかった標葉(しねは)くんのことを気にかけているのである。


 標葉くんは先生のもとを去り、なんかつぶやきながら廊下(ろうか)を歩く。


「よかった、よかった。ちょっと時間は取られたけど先生が心配してくれたのは、ありがたいし()。オレだけだと、勉強するの無理だし()。次はがんばろう。できるさ、ちゃんと決めたし()


 校舎の()()()()あたりの廊下なので、近くに人影(ひとかげ)はない。

 だから、つい標葉(しねは)くんはひとりごとを()らしたのだろう……!


 ここで階段のほうから、にゅっと何者かが現れた……ッ!

 見ると、ウェーブのかかったくせ()を持つ女子がいた。


「こんしまちゃん……!」


(さっきの独白を聞かれたか……? いや、ビビるこたないな。聞かれたとしても、問題ないし()。オレの口癖(くちぐせ)は、わりとスルーされるし()


 なに食わぬ顔で、標葉(しねは)くんがこんしまちゃんに歩み寄る……っ!


「よっ」

「よっ……標葉くん……」


「もしかして、こんしまちゃんも先生に呼び出されたとか? オレも世界史で呼ばれたクチだし()

「ううん……」


 かぶりを()る、こんしまちゃん。


(じつ)は、標葉(しねは)くんがちょっと心配になって来たの……」

「ああ、テストの点数が壊滅的(かいめつてき)だったことか? こんしまちゃんも知ってたんだ。ま、さっきオレ、教室んなかで声を上げすぎちゃってたし()


 標葉くんは動じない……!


「心配ないって。先生からは呼び出されたけど、『分からなかったら聞きに来て』って言われただけだし()。オレは全然平気だし()!」

「そ、そう……でもなんか、きょうの標葉くん……いつにもまして『ね』って言ってない……? だから心配になったんだ……」


「……え。あー、そうだった? まいったな~。オレ、ついつい『ね』って語尾(ごび)につけちゃうし()!」

「……あれ?」


「ど、どうした、こんしまちゃん? よく分かんないんだけど。――オレなんもやってないし()

「ちょっと思ったんだけど……かんちがいかな……?」


 こんしまちゃんが首をぐい~っとひねる……ッ!


「よく聞くと標葉(しねは)くん……『ね』の前に――」

「こ、こんしまちゃん。ば、場所を移動し()()?」


 標葉くんが、なんか(あわ)て始めた……っ!


「いつまでも廊下(ろうか)()(なか)に立っていても迷惑(めいわく)だし()


 というわけで標葉(しねは)くんとこんしまちゃんは、階段をおりる。


 ――どうやら標葉くんの口癖(くちぐせ)である『ね』という語尾(ごび)には、ほかにもなにか秘密があるみたい。

 いったい、それはなんなのか……? 見当(けんとう)がつかぬ。よく分からんしね!


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 キラキラした二つの(ひとみ)を、標葉(しねは)くんがこんしまちゃんに向ける。


「それでこんしまちゃん……さっき言いかけていたことは、なんだよ。早く聞きたいんだけど。なんか気になるし()


 標葉くんとこんしまちゃんは、(かべ)()を預けて向かい合っている。


 場所は、校舎一階(いっかい)のはしの……階段の裏にあいたスペースだ。

 ほかに人が(おとず)れにくい、知る人ぞ知る穴場スポットである……ッ!


「別に標葉(しねは)くんを責めるつもりはないから安心してね……」


 ともかく、こんしまちゃんが遠慮(えんりょ)がちに標葉くんへと指摘(してき)する。


「思ったんだけど、もしかして標葉くんの口癖(くちぐせ)って……語尾(ごび)の『ね』の前に『し』をくっつける()()()のものなの……?」

「……否定するわ」


 標葉くんの(ひとみ)が、一割(いちわり)()()()()


「全然(ちが)うし()!」

「……しまった」


 こんしまちゃんが、申し(わけ)なさそうに()()()()()……。


見当違(けんとうちが)いのこと言って、ごめんね……」


 しゅんとする、こんしまちゃん。

 でも標葉(しねは)くんはこんしまちゃんの表情の変化(へんか)に気づいて、ちょっとまぶたをゆがませる。


 そして首を横に()るのだった。


「……いや、こんしまちゃんが(あやま)ることじゃねえって。『ごめん』はオレのほうだし()! さっきのはウソだし()


 その瞳から、二割ほどキラキラが喪失(そうしつ)する……っ!


「こんしまちゃんの言うとおりさ。オレは(すき)あらば語尾に『し』と『ね』をつけるようにしてる()()……!」

「やっぱり……」


 きょうの標葉(しねは)くんの発言のいくつかをあらためて思い返してみる、こんしまちゃん。

 

 ……「勉強してなかった()()」「世界()()」「オレが悪い()()」「無理だ()()」「オレ、ついつい『ね』って語尾(ごび)につけちゃう()()!」「場所を移動()()()?」「なんか気になる()()」……


 確かに、こんしまちゃんは間違(まちが)っていなかったようだ。

 どれも「ね」の前に「し」が現れているしね。


 こんしまちゃんは、数回うなずく。


「わたし、()()()()()()()()んだ」

「へえ。しまってなかった……ねえ。悪くねえな。口癖(くちぐせ)の派生形というのは、オレもとおった道だ()()


 一秒間(いちびょうかん)しっかり目を閉じ、三割のキラキラを落とした瞳をこんしまちゃんに()()標葉(しねは)くん……ッ!


「で、こんしまちゃん……オレの()()()()()見抜(みぬ)いたうえで、なにをするって話なんだよ。ゆすんの? それとも言いふらす? できれば穏便(おんびん)に済ませてほ()()()

「標葉くんが困るようなことは、しないよ……」


 うなずきをやめ、こんしまちゃんが(おだ)やかに言う。


「きょうは、とくに口癖(くちぐせ)炸裂(さくれつ)してたから……ちょっと心配になっただけ……。標葉(しねは)くんが平気なら、わたしは()()()言わないし……言いふらしたりもしない」

「……あっそ。じゃあ、ちょっと(はな)してみっか。なぜかこんしまちゃんのお節介(せっかい)は、余計なお世話だなんて思えない()()


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 標葉(しねは)くんが、(くつ)のつまさきで()()をたたく。

 もはや標葉くんの目のキラキラ含有率(がんゆうりつ)は六割に減少している……!


「こんしまちゃんも、自分の口癖(くちぐせ)について指摘(してき)されたことはあるよな? 『こんしまちゃん』と呼ばれるくらいだ()()

(かぞ)えきれないよ……」

「口癖ってさあ、指摘されたとき――混乱(こんらん)()()?」


 ため息をついて、標葉(しねは)くんが続ける。


「もとからオレは、語尾(ごび)に『ね』をつけて話すクセがあった()()。でもずっと気づかなかった。まったく意識してなかった()()! ただ、小五(しょうご)のとき」


 瞬間(しゅんかん)、標葉くんの(ひとみ)のキラキラが半分にまで減った。


「……『おまえ、いっつも言葉の最後に「ね」をつけるよな~』って友達(ともだち)に言われた。イジメじゃないよ? 言われたの、それ一回(いっかい)きりだ()()! あいつも、なんとなく(くち)にしただけで悪意ゼロなのは明らかだった()()!」


 真剣(しんけん)面持(おもも)ちのこんしまちゃんに向かって、ちょっと自嘲(じちょう)気味(ぎみ)吐息(といき)をこぼす……。


「でも、ずっと意識してなかった『ね』って語尾を意識すると、途端(とたん)に分からなくなったんだよね。『あれ? 今までオレ……どんなときに、どんくらい「ね」って言ってたっけ?』って感じ。自然(しぜん)(くち)に出すことができていた言葉が、自然に口から出なくなった。不幸自慢(じまん)で申し訳ないけど苦しかったわ~。自覚して『ね』って言ったら、わざとらしいって感覚にさいなまれる()()! だからって意図的に『ね』を減らしたら、これまでの自分が(こわ)れていくような気分になる()()!」


「……それを標葉(しねは)くんは、どう乗り()えたの?」

口癖(くちぐせ)を派生させたんだよ」


 ここで標葉くんの瞳のキラキラ含有率(がんゆうりつ)が六割に回復した。


「小五の一月(いちがつ)んときかな。寒空(さむぞら)(した)、オレがぽろっと『きょうのテスト無理かも。勉強してない()()』と友達に言ったとき――気づいた。『そうだ、「ね」という口癖が分からなくなったのなら、別の口癖にちょっと変えればいいじゃん』って」


 口元(くちもと)に両手を持っていき、息をはく。


「続けて友達に言ってやったよ。『きょうヤバいな。寒い()()! オレなんか手袋(てぶくろ)持ってきてない()()!』ってさ。最高だったよ。(おそ)ろしいほど自然に言えた()()! ()()()()()()()()()悪口(わるくち)を言えたみたいで、優越感(ゆうえつかん)ハンパなかった()()! さんざん『ね』で苦しんできたオレの鬱憤(うっぷん)も晴らせたようで、正直(いま)思い出しても気持ちよすぎるレベルだ()()!」


標葉(しねは)くんは自分の口癖(くちぐせ)を、肯定してるんだ……?」

「そりゃね、やめられない()()!」


 七割くらい瞳をキラキラさせて、標葉くんが(うす)く笑う。


「でも、否定されるものじゃなくね? だって、だれも傷ついてない()()! オレは小学校に(はい)ったころからキレやすかったんだけど……小三(しょうさん)のとき『死』って漢字を習ってから『さ(ぎょう)のイ段』と『な行のエ(だん)』を組み合わせた言葉をよく使いそうになった」


 直接ひどい言葉を使用しないところを見るに、標葉(しねは)くんも冷静さを(たも)っているようだ……!


「なんとか()えてたから口癖(くちぐせ)には()()()()()()けど、(いや)なことがあるたびに――のろいみたいに『さ行のイ段とな行のエ(だん)』が心の底から()かび上がった。でも、この衝動(しょうどう)みたいな厄介(やっかい)な言葉を語尾(ごび)にするようになった途端(とたん)、『死ぬ』の命令形に相当する気持ちを捨てることができたんだ」


「なるほど……『それ』が本来の意味から(はな)れて単なる語尾に変身したから……標葉(しねは)くんの心に(ねむ)る嫌な気持ちも浄化(じょうか)されたんだね……」


「そゆこと。だれからも非難される()()()は、ねえよ。語尾としては、どんなヤツだって使う言葉だ()()。それにオレは昔みたいに『そっちの意味で』発音しているわけじゃない()()。とくにきょう口癖が多くなっちまったのは、やっぱり世界史の点数が悪かったからにすぎないよ。無害さ。一種(いっしゅ)のアンガーマネジメントだ()()!」


 ひととおり(はな)したところで、標葉(しねは)くんの(ひとみ)の八割がきらめいた。


「こんしまちゃんの口癖(くちぐせ)だって、苦しんだすえに選び取ったものじゃないのか?」

「ちょっと(ちが)うかも……。小学生のときも『こんしまちゃんは、こんしまちゃんのペースで、いいんだよ!』ってみんなが言ってくれたから……」


「ふーん。ともかく、話を聞いてくれて、どうも。そろそろ教室(かえ)るわ。こんしまちゃんとオレの口癖はまったく違うもののようだ()()

「そうだね、でも教室に帰る前に――」


 (かべ)から背を(はな)したこんしまちゃんが片手で「かもーん」みたいなジェスチャーを作り、標葉(しねは)くんを挑発(ちょうはつ)する……ッ!


「――『()()()()()()()』やらない?」


 物騒(ぶっそう)な名前だ。


 だけど標葉くんは(おどろ)かない。

 クラスメイトの谷高(やたか)くんや嫁田(よめた)くんが前にこんしまちゃんから勝負にさそわれ、そのお世話になったというのは……標葉くんも知っているしね!


「やるよ。おもしろそうだ()()


 足をとめ、標葉くんが(かべ)に背中を()しつけた。


「でも、なんのためにやるか疑問なんだけど? こんしまちゃんの意図が分からない()()

「今回ばかりは、わたしの興味……」


 挑発的な手を下ろす、こんしまちゃん。


「なにより、標葉(しねは)くんの本当の口癖(くちぐせ)を体感したい()()……」


 このタイミングでこんしまちゃんが標葉くんの語尾をまねたのは意図的だったのか、そうじゃないのか――それは本人にも分からぬ。


「ともかく、このゲームを受けてくれてありがとう……」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


 ですしねゲームとは、なんぞや。


 こんしまちゃんが四秒で考案したゲームである。

 参加人数は二人以上。プレイヤーは「ですしねサイド」と「だしねサイド」に分かれる。


 ですしねサイドは()()()()()()()語尾(ごび)に「しね」をつけなければならない。

 一方、だしねサイドは()()()使()()()()、語尾に「しね」をつける必要がある。


 この制約を先に破ったサイドが敗北し、最後まで「しね」をつらぬいたサイドが勝利を獲得(かくとく)するのだ。


「もちろん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(くち)にするのもアウト……ッ!」


 ――以上のことを標葉(しねは)くんに説明し終わったあと、こんしまちゃんが(あわ)てて付け加える。


「あっ、しまった。ガバがあった……! 『ずっと(だま)っていたプレイヤーは無条件で負けになる』……これもルールに追加しないとだめだね……」

「そりゃなあ」


 標葉くんが制服のポケットに手を()()み、くくくと笑う。((かれ)(ひとみ)のキラキラ含有率(がんゆうりつ)は、すでに九割がた(もど)っている)


NG(エヌジー)ワードゲームとかでもそうだけど、言葉をあつかうゲームで『沈黙(ちんもく)が最適解』ってのが一番(いちばん)なえる()()!」

「そうだよね……で、どっちが『ですしねサイド』になるかだけど……」


「オレはどっち(がわ)でも構わないよ。結局、語尾に同じ言葉をくっつけるのは同じだ()()

「じゃあわたしが『ですしね』をもらうよ……」

「ならオレは『だしね』か」


 両者は(かべ)()を預けたまま、階段裏(かいだんうら)のスペースでにらみ合う……っ!

 こんしまちゃんが(うで)力強(ちからづよ)く組む。


 敬語キャラを脳内にインストールしたこんしまちゃんが、先制攻撃(こうげき)をかける……ッ!


「では身構(みがま)えてください……ゲームがスタートします()()……」


 おや……? 「身構えてください」に「しね」がくっついていないので()()()()()()()()()()では? と思わないでもないんだけど、ここはあえて目をつぶろう。


 ……どの部分を語尾(ごび)とするかについて二人が明確に決めていなかった以上、ツッコんでも仕方(しかた)ないしね!(そもそも言葉の最後に無理やり「しね」をくっつければ不自然な文になるしね。たとえば「身構えてくださいしね」なんて文末に悪口(わるくち)つけただけじゃんとか言われそうだしね)


 標葉(しねは)くんも、こんしまちゃんをとがめない。

 同じ条件で「ですしねゲーム」に(いど)む……!


「へえ、気づかなかったわ~、オレにぶい()()

謙遜(けんそん)することありませんよ……標葉くんの地頭(じあたま)は、いいはずです()()


 やはり敬語をしゃべっているほうがこんしまちゃんである。

 もちろん、こんしまちゃんはこんしまちゃんのままだ。敬語になっても、いつもどおり口調(くちょう)(おだ)やかで落ち着いているしね!


 かたや標葉くんは、あくまでクラスメイトに対する(はな)し方で反撃(はんげき)を加える……っ!


「いやいや、それ買いかぶりだ()()。オレってクラス二十八人のなかで(した)から三番目くらいの成績だ()()……!」

「そんなこと、ありません……そもそも頭がよくないと、『さ(ぎょう)のイ段』と『な行のエ(だん)』を口癖(くちぐせ)に応用して無力化するなんてことも思いつきません()()


「……話題を変えようか、こんしまちゃん……自分がほめられるのは、()ずかしい()()

「なら(こい)バナはどうですか……男女問わず()り上がる話題です()()


「ほかのに、()()? できればもっと無難な『はな()()

「む……だったら無人島に(ひと)つだけ持っていけるなら()()を持っていくか教え合いましょう……個人的にも興味があります()()

「へえ、そりゃいい……定番の質問だ()()


 心理テストにもなりそうだな~と標葉(しねは)くんは思った。


「そうだなあ、オレなら『望遠鏡(ぼうえんきょう)』を持っていくよ、便利だ()()!」


 ゆかをつまさきでトントンつつきながら、まくし立てる標葉(しねは)くん……ッ!


「エネルギーが()らず、消耗品(しょうもうひん)じゃないから長持ちする()()。別のなにかと接触(せっしょく)させたりするものでもなく、劣化(れっか)しにくい()()。遠くの海を見て救助の船がいないかとか、天候に異常がないかとかも確認できるおかげで生存率を格段に上げてくれる()()。島を探索(たんさく)する(さい)も安全な場所から食料や猛獣(もうじゅう)を見つけられる()()。レンズだけを取り出して火をつけることも可能だ()()


「……わああ、(おどろ)きましたよ……ガチな解説でした()()!」


 腕を組んだまま、こんしまちゃんが感心する。


「というか……標葉(しねは)くん、普通(ふつう)に世界史も(たの)しく学べると思いますよ……歴史的にかなり重要な意味を持つ望遠鏡についてそこまで熱く語れるくらいです()()


 この発言を聞いてハッとさせられたものの、一方で「なんか上から目線じゃね」とも標葉くんは感じた。

 でもロールプレイとしては正解だ。今のこんしまちゃんは敬語キャラだしね。


 いったん標葉くんは横を向き、軽くせき(ばら)いする。


「……それより、こんしまちゃんが無人島になにを持っていくかが気になるんだけど……まだ聞いてない()()。ちなみに『友達』や『家族』とかそういうのは、な()()。無人島の意味がなくなる()()

「……も、もちろんです……っ、そんなこと言うわけありません()()


 絶対()おうとしてたな、これは。


「わたしが無人島に持っていくとしたら――いろいろ(けず)れる『ヤスリ』でしょう()()……ガチで選んでいますよ、生き残りたいです()()

「ちょっと、分かんないな……オレとしては『ヤスリを持っていくくらいならナイフのほうがいい』と思っちゃう()()


「ナイフは持っていきません……()こぼれしたら終わりです()()。それよりはヤスリを使って磨製(ませい)石器(せっき)を大量生産したほうがいいと思います()()。石は無人島にいくらでも転がっているでしょう()()。ナイフやキリ、ノミ、ハンマー、お皿……このあたりを作れば生活水準爆上(ばくあ)がりでウハウハです()()……!」


「磨製石器……ああ、それも世界()()。確かに(どう)(てつ)を確保するよりはハードル低い()()


 標葉(しねは)くんはポケットから手を出して、拍手(はくしゅ)のマネをした。


「いいじゃん、なかなか現実的だ()()

「あ、ありがとうございます……でも引っかかります……今の言葉からして、標葉(しねは)くんの世界史の点数が悪かったのがどうも納得(なっとく)できません()()……」


「ちょっと、こんしまちゃん……テストのことは頭から消去()()? あんまり傷口(きずぐち)えぐらないでほしい()()。オレが勉強してなかったのは事実だ()()!」

「し、しまった。……ごめんなさい」


 (うで)をほどいて、こんしまちゃんが()()()を垂れる……!

 対する標葉(しねは)くんは十秒以上待ったのち、息をはく感じで短く笑った。


「別にいい()()。オレが()った()()

「……え、あ。しまった。例の言葉をつけ忘れてた……」


 というわけで、熾烈(しれつ)(きわ)めた『ですしねゲーム』はこんしまちゃんの敗北で終わっちゃったようだ。


 皮肉にも、みずからの「しまった」という口癖(くちぐせ)によって(やぶ)れたのだ。

 まあ「さ(ぎょう)のイ段とな行のエ(だん)」を組み合わせた語尾については、標葉くんのほうに一日(いちじつ)(ちょう)があったのだからしょうがない。


 いや……一日の長というのは、ちょっと低く見積もりすぎかもしんない。

 標葉(しねは)くんが「ね」を()えた口癖(くちぐせ)を始めたのが小五の一月(いちがつ)で、今は高一(こういち)の九月。


 五十か月以上が経過しているのである。それまで標葉くんは、ずっとその口癖を(みが)き続けてきた。

 確かに「しまった」についてはこんしまちゃんのほうがキャリアを重ねているけれど――標葉くんの口癖を使いこなすことに関しては、こんしまちゃんもまだまだ修業(しゅぎょう)が足りなかったと言えよう……っ!


 ともあれ標葉(しねは)くんの二つの瞳のキラキラは、百パーセントにごりを混ぜていない状態に(もど)っていた。


「じゃ、今度こそオレ教室に帰るわ。そろそろ休み時間も終わりだ()()


 ついで標葉くんは心のなかで思った。「それに、あんまりこんしまちゃんと二人きりでいるのもよくない()()。こんしまちゃんは鵜狩(うかり)が好きって見りゃ分かる()()!」と。


「こんしまちゃん、ありがとな……ひさしぶりに節操(せっそう)なく連発できてスッキリした()()!」

「なら(ひと)()しね」


 いたずらっぽく、こんしまちゃんがウェーブのかかった(かみ)をゆらす。


「……と言いたいところだけど、わたしも自分以外の口癖にどっぷりつかることができたよ……ありがとう」

「はは、そっか。でもこれからは()()()()()()()()()()バレないよう、もうちょっと(おさ)気味(ぎみ)にする。ついでに世界史もがんばるわ。……あと一応(いちおう)かんちがいしたくないから聞いとくけどさ――こんしまちゃんってオレ以外に対しても、()()()()()()だよな?」


「そうだよ……クラスメイトのみんなは大事(だいじ)にしたいしね」

「ま、いいんじゃね」


 標葉(しねは)くんがキラキラした笑顔(えがお)を見せながら、階段裏から去る。


「――それでこそ、こんしまちゃんだ()()!」


※ ♢ ※ ※ ※ ※ ※


☆今週のしまったカウント:四回(累計(るいけい)五十三回)

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