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運命の選択をせまられてしまった!(土曜日)

 こんしまちゃん(本名(ほんみょう)紺島(こんしま)みどり)は、十五年プラスアルファの人生を(あゆ)んできた。


 そのなかで彼女は――なにを選び、なにを()ててきたのだろう。


 たとえばこんしまちゃんは今どきの高校生にしては()()()()()、ララララ・ララララ・ラララインをやっていない。

 保護者(ほごしゃ)さんに制限(せいげん)されているとかじゃなくて……なんとなく、そういう道を選んでいるのだ。


 思えば、大半(たいはん)選択(せんたく)というのは……なんとなく実行されるものかもしれぬ。


 なんとなく選び、なんとなく捨てる――


 今回のこんしまちゃんとて、例外じゃないかも……?


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 土曜日、こんしまちゃんは一人(ひとり)映画館(えいがかん)(おとず)れていた。


 あずき(いろ)内装(ないそう)を持つ、少々(しょうしょう)大きな映画館だ。

 こんしまちゃんは、ちょっと変わったアニメ映画を見つけた。


 その映画を、見ようと決めた。


 なぜなら映画のポスターに、こんなことが書いてあったからだ。


「――目撃(せんたく)せよ。

 1024(とお)りの未来(かのうせい)を。」(原文(げんぶん)ママ)


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 こんしまちゃんは席に(すわ)り、劇場(げきじょう)のスクリーンに()()なにも映っていないことを確認する。


 ついでスマートフォンを取り出し……ちょこちょこ、いじる。


 この映画では、視聴者(しちょうしゃ)おのおのがスマートフォンを使用するのだ。


 現在こんしまちゃんのスマートフォンの(たて)画面には、二人(ふたり)の人物が映し出されている。


 ドルルイ・グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)とアングレール・トロッキア王女(おうじょ)だ。


 グラインヴェルト伯爵は、銀髪(ぎんぱつ)でツリ目の美青年。

 アングレール王女は、モフモフの金髪(きんぱつ)を持つ麗人(れいじん)


 そして、こんしまちゃんは映画が始まる前に――。


 この二人のうちから、()()()()()()()()()()()()()()……ッ!



 そう、この映画は――。


 視聴者の選択(せんたく)によって、内容がガラリと変わるのだ……!


 まずは専用(せんよう)のアプリをスマートフォンにダウンロード。

 そのアプリをひらいた状態で、各自は映画を視聴する流れとなる。


 そして物語が特定の場面に差しかかったポイントで、アプリ画面に選択肢(せんたくし)が提示される……っ!


 たとえば主人公が(ワイ)字路(じろ)に来たタイミングで……「左」と「右」の選択肢が画面に映される。

 ここで視聴者は、左と右のうち自分の好きなほうを選ぶ。


 選択(せんたく)には時間制限がある。

 所定(しょてい)の時間が()ぎたら、同じ劇場(げきじょう)にいる視聴者(しちょうしゃ)全員ぶんの選択データが集計され……より多い数字を獲得(かくとく)したほうのルートが映画のシナリオとして採用される……ッ! (同数のときはランダム)


 百人(ちゅう)四十九人が「左」を、五十一人が「右」を選んだ場合、主人公はY字路を「右」に進むことになる。

 逆に五十一人が「左」で、四十九人が「右」だったなら、主人公は「左」を選ぶ。


 視聴者の意思によって物語の展開が変わる、参加(がた)のエンターテインメント。

 これを「インタラクティブ映画」と呼ぶ。


 たぶん未来では、視聴者(しちょうしゃ)選択(せんたく)をリアルタイムで受けて生成AI(エーアイ)瞬時(しゅんじ)物語(ものがたり)を作り上げるような映像作品も出てくるだろう。


 まさに新時代の映画……っ!

 こんしまちゃんが目をつけたのも、うなずける……ッ!



 今回の映画では……二択(にたく)が合計十個、用意されているらしい。


 その最初の分岐(ぶんき)は映画の――「主人公」の選択(せんたく)ッ!


 銀髪(ぎんぱつ)の美青年グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)か、金髪(きんぱつ)麗人(れいじん)アングレール王女か……?


 大きなスクリーンに映像が()かぶまでに決める必要がある。


 ――が、こんしまちゃん、いまだ(えら)べず……っ!


 無理もない。主人公は物語を方向づける最重要のファクター。

 どちらを選ぶかによって今後の視点や展開は、まったく(ちが)うものとなるだろう。


 この選択(せんたく)によって、物語を見るこんしまちゃんの運命(うんめい)さえもが変わる――そう表現しても誇張(こちょう)ではあるまい。


 厄介(やっかい)なのは、これが原作のないオリジナル映画であるということ。


 こんしまちゃんの予備知識はゼロ。

 そもそも伯爵(はくしゃく)王女(おうじょ)がどんなキャラかも分からないし、世界観も見当(けんとう)がつかぬ……!


 伯爵も王女も、どっちもビジュがいいし……どっちの話も気になる……。


「……!」


 熟考(じゅっこう)したすえに。

 こんしまちゃんが、アプリ画面を()す。


 画面には、「投票を受け付けました」というメッセージが表示された。

 もう取り消しは不可能だ。


 ちょうどその直後、スクリーンに映像が()かび上がる……!


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 視聴者(しちょうしゃ)全員の多数決によって選ばれたのは、ドルルイ・グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)


 ――ではなく、アングレール・トロッキア王女(おうじょ)であった。

 よって映画の冒頭(ぼうとう)も、王女殿下(でんか)のシーンから始まる。


 モフモフの金髪(きんぱつ)を持つアングレール王女は、国民から(した)われていた。

 王女は、みずから(ぐん)(ひき)い……初陣(ういじん)以来、敵国との(いくさ)に勝ち続けてきたのだ。


 凱旋(がいせん)(さい)は、みんなに飛びきりの笑顔(えがお)を見せる。

 えらぶったりしない。下品(げひん)()()うこともない。


 いずれ王になると(もく)されている。



 ――ここで、こんしまちゃんのひざのスマートフォンが(おと)なく(ふる)える……!


 視線を落とすと、「アングレール王女に王になってほしいですか?」という(ぶん)がアプリ画面に映った。

 さらに、左に「はい」……右に「いいえ」と大きく表示される。


 これは……主人公選択(せんたく)に続く、第二の分岐(ぶんき)……っ!


 画面(した)ではカウントダウンがおこなわれている。

 ゼロになるまでに選ばなければ無効票になるようだ。


 ともかく時間がない。

 主人公のときとは(こと)なり……こんしまちゃん、この質問には即座(そくざ)に回答……ッ!


 目の前の大きなスクリーンに視線を(もど)す。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 宣戦(せんせん)布告(ふこく)もなしに、敵国が総力(そうりょく)()げて()めてきた。

 騎馬(きば)による機動力(きどうりょく)を生かした速攻(そっこう)戦術を(もち)い……すでに国境付近の重要拠点(きょてん)をいくつか制圧(せいあつ)している。


 (うば)われた領土を取り(もど)すべく……アングレール王女は出陣(しゅつじん)する。


 連戦連勝を重ねてきた王女に、国民たちは希望を(たく)した。

 きっと、すぐに(てき)を追い出し……凱旋(がいせん)したときにまた飛びきりの笑顔を見せてくれるに(ちが)いないとみんなは信じた。


 しかし王女は大敗(たいはい)した。


 重要拠点(きょてん)(ひと)つを奪還(だっかん)する(たたか)いにおいて――。

 王女の(ひき)いる五万の(へい)たちが、敵将の三万の兵にほとんど全滅(ぜんめつ)させられたのだ。


 敵兵たちは、その勢いに乗った。

 首都に続く街道(かいどう)を進む。


 その途中(とちゅう)に、ドルルイ・グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)の領地があった。

 伯爵は、王国への忠義に(あつ)い人物である。


 グラインヴェルト()は、これまで何代(なんだい)にもわたり国をささえてきた。

 独自の兵団(へいだん)(ゆう)しており、王からは自由な裁量(さいりょう)で動くことを特別に許可されている。


 しかしグラインヴェルト伯爵の兵団は――。

 ()()()()()()()()()()()


 この考えられない事態により、たちまち敵軍は首都に侵攻(しんこう)した。


 なにが起こっているのか分からないまま、王や国民たちは徹底(てってい)抗戦(こうせん)の構えを見せる。

 しかし――(てき)のかかげる「あるもの」を見た瞬間(しゅんかん)、戦意が一気(いっき)にそがれてしまった。


 モフモフの金髪(きんぱつ)を持つ麗人(れいじん)が、生きたまま(てつ)の柱にはりつけにされていたのだ。

 彼女(かのじょ)は……国民の(した)うアングレール・トロッキア王女(おうじょ)間違(まちが)いなかった。


 王女の(くち)は布で(ふう)じられていた。

 敵国は、降伏(こうふく)すれば王女の安全は保証すると宣言(せんげん)した。


 普通(ふつう)なら「そんな約束、守るわけがないから無視しよう!」という流れになるところだけど……。

 これまでその敵国は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そのため王女を人質(ひとじち)にとられた結果、だれも()()()()戦えなくなった。

 首都は……あっさり落ちた。



 怒濤(どとう)の展開にびっくりしながらも、こんしまちゃんは気づいた。「アングレール王女に王になってほしいですか?」というさっきの質問に対して「いいえ」を選んだ人のほうが多かったのだと……。


 ――そして、ここでまた選択(せんたく)のタイミングが(おとず)れる。


 アプリ画面に、「アングレール王女は本当に無事(ぶじ)で済むと思いますか?」という質問が現れた……っ!

 やはり「はい」か「いいえ」の二択(にたく)である。


 しかし、こんしまちゃんは困惑(こんわく)した。

 もしここで「いいえ」が多数派(たすうは)になったら……王女の安全は保証されなくなり、殺されるのだと思われる。


 でもそのあとは映画をどうやって続けるのか……?

 とても気になる、こんしまちゃん。


 でも主人公には死んでほしくないから、こんしまちゃんは結局「はい」を選択(せんたく)した。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 アングレール王女は首都近郊(きんこう)にて、はりつけにされていた柱から解放された。

 そんな王女の前に、銀髪(ぎんぱつ)の美青年ドルルイ・グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)が現れた。


 (かれ)の姿をみとめるなり、アングレール王女は怒声(どせい)を上げた。


伯爵(はくしゃく)! どうして(てき)素通(すどお)りさせたのです!」


「……あなたさまの、そのような(ひん)のない姿を見たかったからですよ。王女殿下(でんか)


 グラインヴェルト伯爵は()()すような声で言葉を返した。


殿下(でんか)は、いつも()ましていらっしゃった。それが気に()らなかったので……裏切(うらぎ)らせていただきました」


「だったら――わたくしだけを加害(かがい)すればよかったでしょうが!」


 王女は伯爵(はくしゃく)に飛びかかろうとした。

 それを、まわりの兵士たちに(おさ)えられた。


 さらにグラインヴェルト伯爵は(うす)く笑い、アングレール王女を首都の王宮(おうきゅう)に連れていった。


 玉座(ぎょくざ)のある一室(いっしつ)に、王女は通された。


 その玉座のそばには、(しば)られた王族たちが(なら)べられていた。

 なかには、王や王妃(おうひ)の姿もある。


 アングレール王女は声を上げようとしたが、グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)の手がその(くち)をふさぐ。


 ここで敵兵二人が、玉座を大きく持ち上げた。


 続いて、王子(おうじ)一人(ひとり)が……。

 その()いた玉座の(した)()()められた。


 直後、玉座を持ち上げていた二人の兵が両手を()り下ろした。

 王子が、玉座の底に()しつぶされた。


 兵たちは、また玉座を持ち上げる。

 これを皮切(かわき)りにして……王族が一人(ひとり)ずつ玉座の(した)に押し込められたあと、すぐにその底でつぶされていく。


 (かれ)らを助けるために前に出ようとするアングレール王女を……グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)が、がっちり()さえる。


「ご安堵(あんど)なさい、殿下(でんか)。『降伏(こうふく)すれば()()()()()()保証する』という約束に(したが)い、兵たちが()()()()()()殺すことはありません。また、王族以外の国民たちに不要な危害を加えることもございません」


 伯爵のツリ目が――グッと大きく、ゆがんだ。

 それと同時に……王が玉座に押しつぶされた。


 このタイミングで王女の一人称(いちにんしょう)の視界が映し出され、それが()(しろ)になった。

 どうやらアングレール王女はショックのあまり、意識を(たも)てなくなったらしい。



 こんしまちゃんは正直、このアニメ映画がここまでハードなものだとは思っていなかった。

 グロ描写(びょうしゃ)(おさ)えられているものの、展開があまりにも容赦(ようしゃ)なさすぎる。


 それとも、これは選択(せんたく)のせいなのだろうか……?

 今まで提示された三つの二択(にたく)の選び方によっては……もっと、のほほんとした物語になっていたのかもしれない。


 さらに……第四の分岐(ぶんき)がこんしまちゃんたち視聴者(しちょうしゃ)のスマートフォンに映し出される……!


「あなたはグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)を許せますか?」


 ……こんしまちゃんの回答は決まっていた。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 真っ白になっていたスクリーンが解除される。

 ツリ目をした銀髪(ぎんぱつ)の美青年の顔が、画面いっぱいに映された。


 次のシーンで……アングレール王女の一人称(いちにんしょう)視点が、横からの三人称(さんにんしょう)視点に切り()わる。


 場所は、王宮の一室(いっしつ)だった。

 赤みを()びた部屋(へや)のなかに、(まど)から陽光(ようこう)(なな)めに(はい)っている。


 王女は()もたれのついたイスに(すわ)ったまま()かされていた。ひとまとめに縄で(しば)られた左右の手首が、ひざに()っている。

 その服は清潔だが……王族ではなく平民の着る地味(じみ)格好(かっこう)だ。


 そして彼女(かのじょ)の前でグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)中腰(ちゅうごし)になり、目線(めせん)の高さを合わせている。


「お目覚めでございますか、王女殿下(でんか)


 伯爵がなにか言ったが、アングレール王女は答える気にならない。


「いえ、もはやあなたさまを殿下とお呼びする必要もありませんね。王族のかたがたの処刑(しょけい)は終わりました。この国全体(ぜんたい)を制圧する手はずも、すでに整っています」


 イスの後ろに(まわ)り、伯爵(はくしゃく)()し目がちのアングレールにささやく。


「にらみ返す気力(きりょく)すら()け落ちましたか。ですが、この国もこの国でしょう。重要な戦いをあなたさまに丸投げして、王もほかの王族たちも王宮でぼーっとしていただけ……。(おろ)かしいことではありますが、こうやってあっけなく(ほろ)ぶ王国など歴史上めずらしいことでもございますまい」


 ていねいな口調(くちょう)のなかに、グラインヴェルト伯爵は嘲笑(ちょうしょう)の思いを込めている。

 ここでアングレールが、声をしぼり出す。


「まだ、わたくしが生きています……っ!」

「もはやあなたさまは、なにもできませんよ――アングレール」


 小さく笑い、伯爵(はくしゃく)がアングレールの前に立つ。


「確かにあなたさまは(いくさ)に勝ち続けてきた。だから今回(こんかい)負けたのは偶然(ぐうぜん)で……どうにかしてここから()げたあと兵を集めて再起を(はか)れば政権を取り返せる――そう考えていらっしゃるのでしょう? 完全に心が(こわ)れたフリをしながら」


 両手を自分の背中に回した伯爵が、アングレールを冷たく見下(みくだ)す。


「まあ、それも可能だったでしょう――」


 ツリ目の視線が()してくる。


「――ご自身の不敗神話が、お(ぜん)()てされたものでなかったらね……」

「なにが言いたいのです、グラインヴェルト……!」

「アングレール王女殿下(でんか)がこれまで連戦連勝を重ねてこられたのは、殿下自身の実力(じつりょく)ゆえではなく……()()()()()()()()()()()()()からですよ」


 目を丸くするアングレールから目を(はな)さず、伯爵が続ける。


「わたしは、ずっと前からこの国を裏切っていました。そこで、とある策をあなたさまの敵国に進言いたしました。それは――無能な人間をわざと勝たせ続け、軍のなかでもとくに重用されるポジションに誘導(ゆうどう)しようという策です」

「……え?」


「もちろん被害(ひがい)は最小限に(おさ)えたうえで実行しました。戦術的には愚策(ぐさく)(きわ)みでございますが、戦略的には(きわ)めて有効です。(げん)に……自分が祭り上げられただけとも知らずこれまで以上に重要な一戦(いっせん)にノコノコ出てきた『()()』が大敗を(きっ)し、こうして国を乗っ取られる段階にまで(いた)っているのですから」

「……な」


 伯爵(はくしゃく)の言っている「無能」とは自分のことだと……アングレールは気づいた。

 言葉を返せない彼女の前で、グラインヴェルト伯爵が両ひざを曲げる。


「ついでに明かしますと、あなたさまが負けた戦い……その敵軍を裏で指揮(しき)していたのはわたしです。そしてわたしは相手国(あいてこく)に協力する見返りとして、アングレール王女を要求していました。ゆえに今のあなたさまは、このドルルイ・グラインヴェルトのものでございます。では手始めに――」


 伯爵の両手が、アングレールの顔をはさみこむように()びる。


「――あなたさまの(かみ)を、モフらせてくださいませ」



 ここでスマートフォンの画面に二択(にたく)が提示される……ッ!

 選択肢(せんたくし)は「モフらせ()」「モフらせ()」の(ふた)つ。


 制限時間は五秒。

 こんしまちゃんは(あわ)てて「モフらせぬ」を()そうとする。


 でも時間がなかったため(あせ)ってしまった……!

 うっかり「モフらせる」をタッチしちゃった、こんしまちゃん。


(しまった!)


 声に出しそうになったけど、両手で(くち)()さえて()れを防ぐ……ッ!


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


「……あなたは気持ち悪さの生まれ変わりだったのですね」


 次の瞬間(しゅんかん)、細くてきれいなグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)の両手がアングレールの(しば)られた手によってたたき落とされた。

 モフモフの金髪(きんぱつ)をなめまわすように見て、伯爵は顔を赤らめた。


 おこっているのではなく、興奮しているようだ……。


「そうですよ、気持ち悪いのですよ。わたしが裏切(うらぎ)ったのは、あなたさまをモフるためでもあるのですから」

冗談(じょうだん)もいい加減に……っ!」


「いえ、(おお)まじめです。アングレール、覚えていらっしゃいますか? あなたさまがわたしを拾った昼下(ひるさ)がりのことを」

「忘れました」

「では、おさらいしましょう」


 伯爵(はくしゃく)は両手をひっこめ、すっくと立つ。


「当時、幼かったわたしは国境付近の山で『一人(ひとり)山賊(さんぞく)』をやっていました。山道(やまみち)に現れた者に短剣(たんけん)を見せて『食べ物をよこせ』と()うのです。結果、みんながわたしに食べ物をくれました。(おそ)れをなしたからではなく、子どもに同情したからです。しかしドルルイくんは自分が(つよ)いとかんちがいしたまま、一人山賊を続けました」


 アングレールの(すわ)るイスのまわりを、右回(みぎまわ)りで歩く……。


「そして運命(うんめい)の昼下がり……ドルルイくんは山道(やまみち)で、護衛(ごえい)のついていない立派(りっぱ)な馬車を見つけました。その前に出て、いつものように食べ物を要求しました。御者(ぎょしゃ)は馬をとめました。するとドルルイくんよりも幼い女の子が馬車から出てきました。しかし身なりは、とても豪奢(ごうしゃ)でした。女の子はモフモフの金髪(きんぱつ)を持っていました。そして短剣(たんけん)(にぎ)るドルルイくんの両手にそっと自身の両手をかぶせ、飛びきりの笑顔(えがお)と共に次のようにおっしゃったのです。『わたくしは、あなたを愛しています』と……」


 続いてきびすを返し、グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)は動きを左回(ひだりまわ)りに切り()える。


「あとから出てきた従者(じゅうしゃ)一緒(いっしょ)に、あなたさまはわたしを馬車に乗せてくださいました。さらに衣食住を保障していただいたおかげで、わたしは存分に勉強することができました。もとの身分を(かく)したうえで軍に(はい)り、出世(しゅっせ)し……ついにはグラインヴェルト()養子(ようし)にもなれました。すでに()くなった養父(ようふ)にも感謝しています」

「まさかあなたは先代を……」

「いえ、手にかけていません。養父は本当に病死しています。早い段階でわたしが家督(かとく)()げたのは偶然でございます。それにしても」


 伯爵がアングレールの真後(まうし)ろでとまり、両手を()もたれのへりに下ろす。


「わたしの幸福は、すべてアングレール王女殿下(でんか)のおかげでした。昼下がりに見たモフモフの金髪(きんぱつ)と飛びきりの笑顔――それがわたしの心に()くいました。一国(いっこく)(ほろ)ぼしてでも手に()れたいと思うくらいに……わたしはあなたさまに執着(しゅうちゃく)してしまったのです。ここまでのわたしの気持ちをお聞きになっても、モフらせてくださらないのですか?」

「……無理やりモフればどうなのです」

「わたしに、そんな趣味(しゅみ)はございません」


 このあとは、(たが)いに無言の時間が続く。

 窓からの陽光が(うす)らいでいく……。


 室内が次第(しだい)に暗くなり、グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)銀髪(ぎんぱつ)妖艶(ようえん)(かげ)を増していく。


 それから伯爵はアングレールに大きな頭巾(ずきん)をかぶせた。

 やはり清潔だけど、地味(じみ)なものだ。


「さてアングレール。ゆっくり……わたしに、ついてきてくださいな」


 モフモフの金髪ごと顔のほとんどを(かく)されたアングレールは、伯爵に指示されるがまま部屋をあとにした。


 廊下(ろうか)何人(なんにん)かの将兵たちとすれ(ちが)ったが……伯爵をとがめる者はいなかった。

 もちろん将兵は全員、(てき)か裏切り者かのどちらかなので……ここでアングレールが大声を上げるなどしても無意味である。


 いったん伯爵は王宮を出たあと、(はな)れたところにある小屋(こや)のなかに(はい)った。


 内部は一見(いっけん)、ただの物置(ものおき)


 しかしアングレールは知っている。

 ここには、王宮から脱出(だっしゅつ)するための地下通路が(かく)されているのだ。


 伯爵が(たな)(ひと)つを動かしながら笑う。


「わたしは王から……あなたさまの父上(ちちうえ)から通路のことは、うかがっていました。だから王宮から一人(ひとり)も王族を()がさずに済んだのです」


 (たな)をいくつも動かしたあと、ようやく部屋の(おく)から地下への通路に続く穴が現れる。


 ついでグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)短剣(たんけん)を取り出し、アングレールの両手を(しば)っていた縄を切った。


「では、お()げになるといい」



 ……なんで()がす流れになるの? とこんしまちゃんは首をひねった。

 伯爵はアングレールに執着(しゅうちゃく)しているはずなのに……っ!


 (じつ)は味方パターンなのか? いや、そんな感じもしない。

 伯爵は心の底からアングレールの国を裏切っているとこんしまちゃんは思う。


 ここで六回目の二択の時間に突入(とつにゅう)……ッ!


 スマートフォンの画面の右に「()うとおりにして逃げる」……左に「反抗(はんこう)して伯爵につかみかかる」と表示される。


 でも現在のアングレールは武器を持っていない。

 短剣(たんけん)持ちの伯爵と戦っても勝てるとは思えぬ……。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 困惑(こんわく)するアングレールにグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)は――。

 路銀(ろぎん)(はい)った(ふくろ)と、各地の検問を無条件でパスできる通行許可証を(わた)した。


「モフらせてくださらないのなら、もはや用などありません」


 ()き身の短剣(たんけん)片手(かたて)でゆらす。


「あなたさまは、わたしのもの……よって捨てるのも、わたしの自由。どこへなりとも()きなさい。なんでしたら政権奪還(だっかん)をくわだてて兵を集めてくれても構いませんよ。そうしてわたしたちにケンカをお売りなさい。であればこちらは、大量の人命を使って買いたたいて差し上げます」


 伯爵はアングレールに()を向け、短剣をしまう。小屋から出ていこうとする。

 相手の真意が読み取れないアングレールが、伯爵を呼びとめた……。


「待ってください――」

「――(だま)ってください」


 ()り向くことなく伯爵が、こごえるような声を放つ。


「これ以上の()れ合いは(おろ)かを通り()しますよ。そもそも王族全員を玉座でつぶそうと進言したのも、わたしなのです。わたしとずっと話していると、あなたさまのお耳が(くさ)り落ちるだけでございます」


 堂々(どうどう)と言い残し、伯爵(はくしゃく)(とびら)を閉めて小屋のなかから姿を消した。


 アングレールは、自分の(となり)の穴を見下(みお)ろす。

 そこをおりれば、地下通路を()けて王宮の(そと)脱出(だっしゅつ)できる。


(ワナかもしれませんが……ほかに選択肢(せんたくし)はありませんね)


 備えつけられていたハシゴに足をかけ、アングレールは地下にもぐる。


 地下通路は一本道(いっぽんみち)なので、あかりがなくてもなんとか進める……なるだけ物音(ものおと)を立てずに走る。


 暗めのスクリーンから届く(おと)も息づかいも、ことごとく半殺しにされた状態……ッ!


 じきに画面のスクロールがとまる。

 手さぐりしたあと、アングレールはハシゴをのぼり――地上に出た。


 (やさ)しい月明かりが端正(たんせい)な横顔にふりかかる。

 そこは王宮から(はな)れた場所にある、馬小屋だった。人家(じんか)は近くにない。


 ワラをどけて、ボロボロのゆかでひと息つく。

 半壊(はんかい)した屋根が、()んだ夜空をのぞかせる。


 馬小屋といっても、馬の姿は見当(みあ)たらない。


(暗いうちに、遠いところに()かなければ……)


 王族たちが玉座につぶされる光景が何度も頭にフラッシュバックして嘔吐(おうと)しそうになったが、かろうじてアングレールは取り(みだ)さずに足を前に出し続けた。


 (くつ)も平民用のものに()えられていた。とても歩きやすかった。

 ワナなど、どこにもなかった。



 首都から(はな)れ――とある町で休憩(きゅうけい)していたとき、こんな会話を聞いた。


「聞いたか、アングレールさまが()げたってよ」

「反乱でも起こすつもりなのかねえ……でも敵国さんも刃向(はむ)かわなけりゃあ(おれ)たちを丁重(ていちょう)にあつかってくれるし、町を破壊(はかい)したりもしないし、反抗(はんこう)する必要あるのかって感じだわ」


「まあ確かに。現状、パンも仕事も酒も保障されてるしな。おまけに裏切り者の伯爵(はくしゃく)が平民の税も緩和(かんわ)してくれるってウワサだ」

「……こう言っちゃなんだが、征服(せいふく)されてよかったんじゃないの、この国。いや、もちろん俺だって王族の処刑(しょけい)()()()()()と思うし、アングレールさまのことは(した)っているよ。でも当のアングレールさまが余計なことをなさったら、もっと大勢(おおぜい)の人が死んで今度(こんど)こそ国はメチャクチャになるだろうさ。それが(こわ)くってしょうがねえよ」


(わたくしは……望まれていないのですか)


 大きな頭巾(ずきん)でモフモフの金髪(きんぱつ)(かく)しつつ、アングレールは(ふる)えていた。


 加えて、別のウワサも耳にする。

 首都を掌握(しょうあく)した敵国は――ほかの()制圧(せいあつ)の領地に対して次々(つぎつぎ)降伏(こうふく)勧告(かんこく)し、戦わずに勝利を収め続けているらしい。


 敵国の将兵は一般人(いっぱんじん)およびその財産にけっして危害を加えなかった。

 領主たちに不当な要求をすることもない。


 こうなってしまえば国民が徹底抗戦(てっていこうせん)をする意味もない。

 王族も処刑されてしまい、生き残ったアングレールの安否(あんぴ)も不明。もはや義理立(ぎりだ)てという動機さえ(うば)われていたのだ。


 王族への忠義のためか何人(なんにん)かの領主は自決したものの、流れた血はそんなに多くなかった。



 さらに日を重ね――アングレールは、敵国に抵抗(ていこう)しようとしているレジスタンスの存在を知る。

 王族の血を引くアングレールが合流すれば、確実にレジスタンス運動は活性化するだろう……。




 そのナレーションが挿入(そうにゅう)された刹那(せつな)

 こんしまちゃんは予想した。たぶんここで二択(にたく)が来ると……!


 案の(じょう)、スマートフォンの画面が第七の分岐(ぶんき)を用意する。


 問いは「レジスタンスに(はい)りますか」というもの。

 簡単に、「はい」か「いいえ」のどちらかで回答すればいい。


 でもいたずらに反乱を起こせば、みんなの迷惑(めいわく)になるかもしれぬ……。

 というわけで、複雑な気持ちで「いいえ」を選んだこんしまちゃんであった。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 アングレールが逃亡(とうぼう)生活を続けて、だいたい百五十日()――。

 ついに祖国(そこく)(ぜん)領地が敵国に降伏(こうふく)した。


 これで完全にアングレールのいた国は(ほろ)んだことになる。

 最後のレジスタンスも、それから三十日もかからず壊滅(かいめつ)した。


 ウワサのとおり平民の税は緩和(かんわ)され……しかも新政権が街道(かいどう)運河(うんが)を作りなおすという公共事業を発表して大量の雇用(こよう)を生んだため、以前よりもみんなが活気づいている。


 すべては、首都の(もと)王宮に居座(いすわ)ったグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)指揮(しき)によっておこなわれたことらしい……。


 もとから所有していた兵団も、存分(ぞんぶん)に使っているそうだ。

 すでに伯爵も、すっかり敵国の走狗(そうく)である。


 だが征服者(せいふくしゃ)()征服者を蹂躙(じゅうりん)するという(おそ)ろしい光景は、そこにない。

 むしろ新しい(かぜ)()()んだとして、(げん)政権の相手国(あいてこく)を解放者と()なす人も多い。


(……いえ。もはや敵国や相手国と呼ぶのは不適当かもしれませんね。……今からは、国を征服(せいふく)した国が祖国(そこく)になっていくのでしょうか)


 落ちぶれたアングレールは失意のうちに、すでに自分にできることはないと気づいた。


 路銀(ろぎん)を使いはたして、水車(すいしゃ)小屋(ごや)を買った。

 小麦の製粉(せいふん)生計(せいけい)を立てることにしたのだ。


 ふるいにかけた白い小麦粉(こむぎこ)(かげ)が当たると、なぜか銀色(ぎんいろ)()えた。

 グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)銀髪(ぎんぱつ)が、脳裏(のうり)によみがえる。


 一日(いちにち)の仕事が終わったあと、アングレールがモフモフの金髪(きんぱつ)をさわる。


 ――モフらせてくださいませ。


 伯爵の声を思い出すだけで、身が(ふる)える。


(いっそのこと、わたくしの(かみ)も切り落とそうかしら)



 で、(おと)なく振動(しんどう)する、ひざの上のスマートフォン……ッ!

 こんしまちゃんは一瞬(いっしゅん)だけ現実に(もど)り、画面を見下(みお)ろす。


 モフモフを捨てるかという質問に対し、「もうモフモフとは決別する」と「やだ、モフモフとは別れたくない」という選択肢(せんたくし)が示される。


 なんとなく、こんしまちゃんは自分のウェーブのかかったくせ()にふれた……!


 そして答えを得て、画面をタッチ。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 少し迷ったアングレールだったけれど――。

 結局、モフモフの金髪(きんぱつ)を切り捨てることはできなかった。


(たとえこの髪があなたのことを思い出させる呪物(じゅぶつ)だとしても、これを失ったときわたくしは完全にアングレール・トロッキアでなくなるような気がするのです……っ!)


 製粉(せいふん)()みの小麦の(ふくろ)を見つめ、アングレールは(つよ)く思う。


 それからしばらくのあいだ、自分の髪を頭巾(ずきん)でおおいながらアングレールは製粉(ぎょう)を続けた。


 収入が安定してから、馬を飼った。

 伯爵から(わた)された通行許可証のおかげで、遠くの地にいる商人との取引(とりひき)もスムーズにおこなえた。


 が、ある日――こんな生活も悪くないかもしれないと思い始めたアングレールの耳に、信じられないニュースが飛び()んできた。


 グラインヴェルト伯爵がクーデターを起こし、(げん)国王とその王族をことごとく殺したそうだ……!


 その国王は、アングレールの国と争っていた敵国の王である。

 やはり玉座の下敷(したじ)きにするという処刑(しょけい)方法がとられたらしい。


 ただし国民たちに、まったく被害(ひがい)は出ていない……。


 ここでスクリーンにグラインヴェルトが映し出される。

 相変(あいか)わらず、ツリ目で銀髪の美青年である。


 伯爵は王制の廃止(はいし)宣言(せんげん)し、みずからを国家元首(げんしゅ)とした。


「血による統治(とうち)は、もう終わりである。これからは(しん)に能力のある者が国の代表となるべきだ!」


 すでに伯爵という肩書(かたが)きを捨てたドルルイ・グラインヴェルトが演説台に立ち、民衆(みんしゅう)に向かってさけぶ。


「手始めにわたしは、就任(しゅうにん)早々(そうそう)無責任なことをする。十日後、(げん)首都にある闘技場(とうぎじょう)で、わたしは希望者たちと一対一(いったいいち)で戦う。そこでわたしを殺せた者に元首の()(ゆず)る! 国民であればだれでも即日(そくじつ)参加可能なので、ぜひ(ふる)って参加するといい!」


 ――などと意味のわからないことを言い残して、グラインヴェルトは民衆の前から消えた。


 そしてスクリーンに、再びアングレールが現れる。


 時間帯(じかんたい)は昼。

 ……水車小屋の前で、両腕(りょううで)を天に()ばすアングレール。



 ある意味のどかなシーンだ。

 この(すき)に、各自の画面に九番目の質問が表示される。


 心のなかで、こんしまちゃんが読み上げる。


(……「グラインヴェルトと戦うために闘技場(とうぎじょう)()きますか?」……選択肢(せんたくし)は「行く」「行かない」の(ふた)つ……)


 画面(した)のカウントダウンは六十秒から始まっており、今までで一番(いちばん)余裕(よゆう)がある。


 でも、こんしまちゃんは大きなスクリーンのほうに集中するために、即座(そくざ)に選んだ。

 投票を受け付けましたというメッセージから目を(はな)す。


 それにしても、今回のインタラクティブ映画で提示される二択(にたく)は合計十個だから……。

 あと選ぶべき分岐(ぶんき)(ひと)つだけであり――かつ、物語(ものがたり)の終わりも近づきつつあるようだ。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 水車小屋の戸締(とじ)まりをしたあと、(げん)首都のほうに足を向ける。


(なんのつもりですか……グラインヴェルト。あなたの考えていることは読めませんが、いいでしょう。わたくしも乗ってあげます)


 今のアングレールの服装は、多少立派(りっぱ)になっている。

 ただし例の大きな頭巾(ずきん)だけは、かぶったままだ。


(お(たが)いに(おろ)かなことですね)


 馬に乗って街道(かいどう)を走り、指定された闘技場(とうぎじょう)目指(めざ)す。



 ――その日は、すぐに来た。


 自分を殺せた者に元首(げんしゅ)()(ゆず)るという()()()()()(おろ)かなイベントに、多くの観客が()めかけた。


 しかしグラインヴェルトと戦おうとする参加者は、三十人にも()たなかった。

 円形の闘技場の()(なか)に立ち、グラインヴェルトが大声を上げる。


「さあ、本日のみ許された特大のチャンスである! だれか一人(ひとり)でも、このドルルイ・グラインヴェルトを絶命させてみせろ。武具の使用に制限は設けない。もちろん、ここでの殺しは合法だ!」


 ふざけているのか、グラインヴェルトは防具もまとわず短剣(たんけん)一本(いっぽん)のみを構えて闘技場に立っている。


 参加者たちは一人(ひとり)ずつ、それぞれの武器を持ってグラインヴェルトに立ち向かう。

 だがグラインヴェルトは個としての武力も圧倒的(あっとうてき)に有するようで――次から次へと死体を積み上げていく。


 とはいえ降参(こうさん)宣言(せんげん)した者には情けをかけ、生かしたまま闘技場から(かえ)すのだった……。


 そして参加者の最後の一人(ひとり)……アングレール・トロッキアの番が(まわ)ってきた。

 匿名(とくめい)での参加である。


 頭巾(ずきん)をかぶったままアングレールはドルルイ・グラインヴェルトと対峙(たいじ)する。

 武器は相手と同じく、短剣一本(いっぽん)。防具はない。


 グラインヴェルトは覚えていた。――その頭巾(ずきん)は、自分が(わた)したものである。

 だからその正体もすぐに見抜(みぬ)いた。


 (たが)いに短い得物(えもの)で相手の急所を()そうとする。


 アングレールもグラインヴェルトも、相手の(けん)を自分の剣で受けとめたりしない。


 とにかく身をひねり、()をかわす。

 かわしたときに発生する(からだ)の流れを利用して反撃(はんげき)を加える。


 剣戟(けんげき)であるにもかかわらず、(けん)のふれ合う(おと)がいっさい(ひび)かない。

 呼吸音(こきゅうおん)靴音(くつおと)(きぬ)ずれの(おと)(あせ)のはじける(おと)と空気を切る音と観客の歓声(かんせい)ばかりが、あたりをつつむ。

 

 息を切らしつつ、グラインヴェルトが軽く笑う。


「あなたさまが、ここまで戦えるとは(ぞん)じ上げませんでしたよ!」


「ただの軟弱(なんじゃく)小娘(こむすめ)であれば……っ」


 アングレールは短剣をあやつりながら会話に(おう)じる。

 わざとしゃべらせてこちらの体力を(うば)おうという(はら)は見えているが、そんなことでアングレールは動揺(どうよう)しない。


(逆にゆさぶりをかけてあげます!)


「……ただの小娘であれば、わたくしは連戦連勝の将として祭り上げられてすらいなかったでしょう!」


 ついで、みずから頭巾(ずきん)を捨てる。

 地面にそれが落ちると共に、観客がさらに()いた。


「あのモフモフの金髪(きんぱつ)――アングレール王女じゃないか!」

「アングレールさま、生きてらしたんですね!」

「まさか、あの麗人(れいじん)が……ウワサの」

「こいつは、とんだ挑戦者(ちょうせんしゃ)だぜ!」

「グラインヴェルトさまよぉ! フラれた相手ともう一度(いちど)会う気分ってのは、どうだい!」


 いただけない発言も聞こえるけれど、むしろグラインヴェルトは(たの)しそうに反応する。


「確かに運命の(みょう)を感じますね、王女殿下(でんか)!」


「今は、ただのアングレールですよ伯爵(はくしゃく)!」


「……いまだにわたしをそうお呼びになるのは、あなたさま()()()ございますよ」


 ここでグラインヴェルトの戦い方に変化(へんか)(しょう)じる。

 一本(いっぽん)短剣(たんけん)を右手と左手であやつり始めたのだ。


 たとえば右手に持った短剣がよけられたら、すかさず短剣を左手に投げて持ち()えたほうで攻撃(こうげき)する。

 また()を自在に回し、順手(じゅんて)逆手(さかて)()()えつつアングレールを翻弄(ほんろう)していく。


一人(ひとり)山賊(さんぞく)をやっていたときに、ひそかに練習していた技です」


「なめないでください!」


 対するアングレールは短剣を持っていないほうの手と両足を動かし――。

 グラインヴェルトをなぐる。()る。


製粉(せいふん)(ぎょう)は、けっこう(きた)えられるんですよ! こっちは毎日、水車(すいしゃ)格闘(かくとう)してきた()!」


「……大変(たいへん)、いい」


 ツリ目を(ふく)めたグラインヴェルトの表情すべてが縦横(じゅうおう)無尽(むじん)波打(なみう)った。


「アングレール、やはりわたしは一度(いちど)(はな)れても、あなたさまに執着(しゅうちゃく)している模様(もよう)! ゆえに本気でぶつかり合うのでございます!」


 二人の攻防(こうぼう)は、終わる気配を見せない。

 そのうち日が(しず)み、闘技場(とうぎじょう)に火がともされる。


 月は夜空に出ていなかった。

 ちりばめられた()()の星たちが、天上(てんじょう)から人々(ひとびと)を見守っていた……。


 一瞬(いっしゅん)も休まずに、グラインヴェルトとアングレールが戦い続ける。

 だが徐々(じょじょ)に、(からだ)の動きがにぶくなっていく。


 そして、ついにグラインヴェルトがアングレールの短剣をはじき落とす……!

 このとき(はじ)めて二人のあいだに(けん)のぶつかり合う(おと)がこだました。


 ()を両手で持ち、相手の胸に()()そうとするグラインヴェルト。


 アングレールは右によけ、(なな)め前から(かれ)の両手に自分の両手をかぶせた。

 息を()きかけるように、そっと()う。


「わたくしは、あなたを(にく)んでいます」


小憎(こにく)らしいかたですね」


 グラインヴェルトのツリ目が、少しだけ垂れる。


「そうであるなら、最初からそうおっしゃればよかったのに」


 モフモフの金髪を持つ女の子と初めて会った昼下がりのことを思い出す。

 しかしグラインヴェルトはその記憶(きおく)ごと、彼女(かのじょ)の両手を()(はら)った。


 さらに瞬時(しゅんじ)動揺(どうよう)()き、アングレールがグラインヴェルトの短剣をたたき落とす……。


 これで両者は空手(からて)となった。

 すかさず徒手(としゅ)空拳(くうけん)のなぐり合いが始まる――。


 ――と思われた刹那(せつな)、闘技場にひかえていた兵たちによって二人の戦いはとめられた。


 兵を(ひき)いる将によると……さきほど日付(ひづけ)が変わったとのこと。


()り上がっているところ、すみませんな。しかし自分を殺した者を元首(げんしゅ)にするという(おろ)かなイベントが許されるのは、せいぜい一日(いちにち)だけです」


 グラインヴェルト自身が今回のイベントについて「()()()()()()()()特大のチャンス」と言っていたわけなので、反論もできない。


 消化不良に終わったことで、観客席からは不満のざわめきが聞こえる。

 でも二人とも死ななくてよかったという声も、ちらほら落ちてきた。


 兵たちから解放されたところで……グラインヴェルトが地面の頭巾(ずきん)短剣(たんけん)を拾い、アングレールに手渡(てわた)した。

 その(さい)彼女(かのじょ)にしか届かない声量を出す。


三日(みっか)()正午(しょうご)、あなたさまの水車(すいしゃ)小屋(ごや)(たず)ねてもよろしいですか」


 彼が彼女の今の()まいを知っているのは変ではない。

 国家元首にまでのぼりつめたグラインヴェルトの情報(もう)を使えば、簡単に分かることだろう。


了承(りょうしょう)してくださるなら、うなずいてください」



 ――このタイミングで、こんしまちゃんに最後の選択肢(せんたくし)が示された。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 アングレールの小屋のそばには、やや流れの速い川がある。

 そのほとりに立ち、彼女(かのじょ)水車(すいしゃ)の回転を見ていた。


 太陽が高くなってから――。

 銀髪(ぎんぱつ)でツリ目の美青年が、川岸(かわぎし)沿()って彼女のほうに歩いてきた。


 彼は右隣(みぎどなり)でとまり、彼女の頭巾(ずきん)をそっと外した。


 モフモフの金髪(きんぱつ)をあらわにした麗人(れいじん)が、水車を凝視(ぎょうし)しながらつぶやく。


「……見られたら醜聞(しゅうぶん)ですよ」

「ご安心を」


 銀髪の青年も水車のほうに目をやる。


信頼(しんらい)できる兵に周辺を固めさせたので、目撃者(もくげきしゃ)はおりません」

「それは政治(じょう)必要なことなのですか」


「無論でございます。王族の血を引くあなたさまに危険なところがないと明らかにしておかなければ、国民のみなさまも安心して(ねむ)れないでしょう?」

「では、どうして今までわたくしに接触(せっしょく)しなかったのです。気持ちの悪いあなたらしく……こちらの動向は、ずっと監視(かんし)していたはずですよね」

「いろいろそれらしいことを言って一度(いちど)捨てた手前(てまえ)……ちょっと会いにくかったのですよ」


 青年――ドルルイ・グラインヴェルトは水車から金髪に視線を移す。


「だから先日、あのような(おろ)かなイベントまでひらいて『きっかけ』を作ったのです」

「……自分勝手(かって)権化(ごんげ)ですね」


 アングレールは(かみ)の上から両耳を()さえた。


「本当に、あなたと話していると全身が(くさ)り落ちそうです」

「そんなあなたさまに提案がございます」


 グラインヴェルトがアングレールの目をじっと見る。


「ここでわたしを殺して王になりませんか」

「やるわけないでしょうが」


 アングレールが、横目でグラインヴェルトをにらむ。


伯爵(はくしゃく)。あなたのことは殺してやりたいほど(にく)いですが、あなたの手腕(しゅわん)によってみんなの生活が豊かになったのも事実です。今さらわたくしが権力を得ようとしても、それは簒奪(さんだつ)にすぎません。闘技場(とうぎじょう)に顔を見せたのも、グラインヴェルトを殺すためではなく――調子に乗っているあなたが気に()わなかったからです」

「おや……これは弱りました。アングレール・トロッキアを王にするという計画が(くず)れましたね」


「……なんと言いました」

「最初からわたしは、あなたさまを王にするために動いていたのでございます」


 目をぱちくりさせるアングレールに、グラインヴェルトの言葉が続く。


「そのために国を裏切って、あなたさまに(にく)まれるように立ち(まわ)り……しっかりとした国を整えたうえで……最高権力者の地位をお(ゆず)りしようと考えていました」

「では闘技場でわざと負ければよかったのでは」

「あのときは、あまりにも楽しくて――うっかり忘れていました」


 グラインヴェルトのツリ目は真剣(しんけん)そのものである。


「そしてあなたさまにショックを(あた)えたくなかったので()せていましたが、計画が頓挫(とんざ)したからには明かします。あなたさまは……アングレール・トロッキア王女殿下(でんか)は……同じ血を持つ王族から、いのちをねらわれていました」

「どこに根拠(こんきょ)があるのです」

「あなたさまとわたしが出会った昼下がりの山道(やまみち)のことを思い出していただきたい。――王族の(むすめ)護衛(ごえい)もつけずに馬車を走らせていました。しかも短剣(たんけん)を持つ子どものそばにあなたさまが近づくのを……御者(ぎょしゃ)従者(じゅうしゃ)もとめなかったわけです。稚拙(ちせつ)なやり(くち)ではありますが……ここまでお膳立(ぜんだ)てしては、まるで好きに(おそ)って娘を殺していいよと言っているようなものではございませんか。何者かが自分の手をよごさずに暗殺をおこなうため、山賊(さんぞく)を利用しようとしていたのは明らかです。なにより……あなたさまへのこの不敬を、王自身が許していたわけです。でなければ、こんな危険な状況(じょうきょう)は最初から発生しません。あとで調べたところ、あなたさまの本当の母は――」


 音声がぼやける。(おそらく視聴者(しちょうしゃ)年齢層(ねんれいそう)考慮(こうりょ)してカットしたのだと思われる)

 (かれ)の言葉を聞いて、アングレールのくちびるが(ふる)えた……。


「――まあ、あなたさまも信じたくありませんよね。だから都合よく当時を忘れていたのでしょう? ともあれ、わたしはモフモフの金髪と飛びきりの笑顔にふれた結果、あなたさまを守ろうと決めました。そしてアングレールさまにこそ、王になってほしかった。戦いで連戦連勝させたのも、アングレール王女殿下の地位を向上させるため。そして王族たちは、いつかあなたさまが戦死することを夢見ていた。だから、ずっと危険な戦場(せんじょう)に送り続けていたのです」


 いったんグラインヴェルトが、アングレールではなく川のほうに視線をそそぐ。


「わたしは彼らが(にく)かった。ゆえに王族たちを玉座でつぶすよう進言した。なかにはアングレールさまを(きら)っていないかたもいましたが、のちにあなたさまに権力の()(わた)すことを考えれば殺しておいたほうがいいわけです。同じ理屈(りくつ)で、もう(ひと)つの王族のほうも全滅(ぜんめつ)させました。……ここまでのわたしの思いを聞かされても、あなたさまはわたしをお殺しにならないのですか」

「くどいですね。あなたの()うことをそのまま信じるわけがないでしょう」


 アングレールがあごを引く。


「グラインヴェルト。(かり)にあなたの言ったことの大半が真実だとしても……わたしに(にく)まれるように立ち(まわ)っていたというのだけはウソですよね? 王族を処刑(しょけい)したり、わたしが落ちぶれるのを見たりして、実際は心の底からうれしがっていたでしょう? そうやって未練(みれん)がましくクドクド説明するのもわたしのためではなく――自分の欲望(よくぼう)()たされなかったことに対しての(はら)いせですね」

「さすが、アングレールさまでございます」


 左の彼女のほうを向き……グラインヴェルトは、ひざまずいた。


「わたしの本質をご理解くださるのは――あなたさまをおいて、ほかにいらっしゃいません」

「とすれば、まだあなたはわたしをモフりたいと思っているのですか」


 アングレールは(からだ)を右に向け、グラインヴェルトと向かい合った。


「では、少しだけ許します」


 川のほとりに両ひざをつき、目線の高さを合わせる。

 グラインヴェルトは困惑(こんわく)気味(ぎみ)に聞く。


「どういう心境の変化(へんか)でございますか」

「……どのみち近いうちに、ドルルイ・グラインヴェルトは殺されるでしょう。一般(いっぱん)のかたがたに手を出さなかったとはいえ、あなたは王族を殺しすぎました。そんな人間の末路など目に見えています。だからせめて、その前に少しでも……いい思いをしてもらおうかと」


「つまり、わたしをあわれんでくださるのですね」

「全然そんな気はありません。ここで、いい思いをしていたほうが……あなたがこの世を去る(さい)に、相対的にもっとつらくなるでしょう?」


「なるほど。ところでモフっていいのは、(かみ)だけですよね」

「当たり前でしょうが。それ以上ふざけると製粉(せいふん)しますよ」

「すみませんでした」


 グラインヴェルトの両手が、はさみこむようにモフモフの金髪(きんぱつ)に向かって()びる。

 やはり、細くてきれいな指だ……。


 しかし彼の手は、アングレールの髪の左右をギリギリかすっただけだった。

 それだけで、手をひっこめる。


「ありがとうございました。モフモフを堪能(たんのう)いたしました」

「ちょっと待ってください」


 立ち上がろうとするグラインヴェルトの銀髪(ぎんぱつ)を、アングレールが両手で()さえた。


「いくらなんでも、満足できないのでは?」

「そのようなことは……。あなたさまは、それほどの存在なのですよ。これ以上の摂取(せっしゅ)はわたしが死んでしまいます」


「なんかシャクですね。腹が立つので、わたくしがあなたの銀髪をモフってあげます」

「モフれるような髪質(かみしつ)ではありませんが」


 グラインヴェルトが上体(じょうたい)をかたむけ、銀色(ぎんいろ)を差し出す。


「……あなたさまが望むのであれば」


 太陽に(かがや)く銀髪をそっとアングレールがくしけずる。

 つやめく(ぎん)と銀のすきまに、彼女の指がすべり込む。


 髪質は細く固く、チクチクする。

 確かにモフモフしていないが……少し痛いのが、なぜか心地(ここち)よかった。


「一方的なのも気持ちが悪いです。やっぱり、もっとあなたもモフりなさい」

「そこまでおっしゃるのでしたら、わたしもことわりきれません」


 再び彼の手が彼女の金髪に向かう。

 今度(こんど)は指がモフモフのなかに(しず)む。


 こうして――。

 二人は(たが)いに向き合ったまま、川のほとりでモフり合った。


 長時間ではない。

 ほんの一分(いっぷん)程度の出来事(できごと)だ。


 そのあと、こんな会話があった。


「アングレールさま。出会ったころのように『愛している』ともおっしゃってくださいませんか」

「調子に乗るのも()()ぎますよ」


 本当に(いや)そうに言葉を返す。


「それは、幼いわたくしが自分に()うために(くち)にした言葉にすぎないと思います」

「……そうでしたか」


 ついでグラインヴェルトが、川と水車(すいしゃ)小屋(ごや)を順に見る。


「あなたさまとわたしとの関係性は、いったいどう呼ばれるものなのでしょうね……。かたや、連戦連勝で名を()せた落ちぶれ王女。かたや、分不相応(ぶんふそうおう)の地位を手に入れた(もと)伯爵(はくしゃく)恋仲(こいなか)でも宿敵でも友達でも他人でも同僚(どうりょう)でも主従(しゅじゅう)でもありません」

「わたくしのほうが聞きたいですよ」


 グラインヴェルトに取られていた頭巾(ずきん)を返してもらったあと、アングレールが微笑(びしょう)する。


「ただ、そんなに特別な関係でもないのだと思います」



 ここで、主題歌と共にエンドロールが流れる。

 そのなかで、スクリーンにいくつか一枚絵(いちまいえ)が表示された。


 玉座に(こし)かけたアングレールの絵や、(たが)いに平民の服でグラインヴェルトと幸せそうに暮らしている絵などがあった……。


 1024(とお)り存在するという、ほかの結末を示しているのだろう。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


 まあ、ともかく……。

 こんしまちゃん史上(しじょう)(はつ)のインタラクティブ映画は、これで終わった……!


 シアタールームをあとにして、映画館の廊下(ろうか)に出る。


 このとき、意外な人物と鉢合(はちあ)わせた……ッ!

 あごがシュッとしている、少しツリ目の男の子がこんしまちゃんと同じシアタールームから姿を現したのだ……っ!


 (かれ)は、こんしまちゃんのクラスメイト。

 その名も――。


鵜狩(うかり)くん……こんにちは」

「こんにちは、こんしまちゃん」


 ラフな私服の鵜狩くんが、(やさ)しくあいさつを返す……!


「もしかしてこんしまちゃんも、今の映画を?」

「うん……それで鵜狩(うかり)くん……よかったら語り合わない……?」

「いいよ」


 この映画館には、「ネタバレ上等(じょうとう)(しつ)」というありがたい部屋がある。


 学校の教室くらいの大きさだ。

 そのなかでなら、いくらネタバレしてもいいという(おそ)ろしい空間なのだ……ッ!


 二人はネタバレ上等室に入り、室内のイスに(すわ)った。

 なお、二人のあいだにテーブルなどの障害物はない。


 先にこんしまちゃんが、少しだけ身を乗り出す……ッ!


「わたし……十個ある二択(にたく)それぞれについて鵜狩(うかり)くんがなにを選んだのかが気になる……っ」


 あくまで(おだ)やかで落ち着いた口調(くちょう)……。

 でも、ちょっと早口(はやくち)だ。


 鵜狩くんは両腕(りょううで)を背中のほうで組み、うなずく。


「逆から思い出してみよう」

「確か十番目の二択(にたく)では……グラインヴェルトさんがアングレールさんの水車(すいしゃ)小屋(ごや)(たず)ねていいか聞いたんだよね……それに対してアングレールさんがうなずくかどうかが選択肢(せんたくし)になった……わたしは、『うなずく』を選んだよ……鵜狩(うかり)くんは……?」


(おれ)は『無視する』を選んだ」

「そうなんだ……グラインヴェルトさん、ちょっと(こわ)いもんね……」


「次は九番目の質問だな。『グラインヴェルトと戦うために闘技場(とうぎじょう)()きますか?』だっけ。これについては『()く』にしたけど」

「それ……わたしも同じ……っ」


 同じものを選んでいたら、鵜狩(うかり)くんと同じ気持ちになれていたということだから、うれしい。

 (ちが)うものを選んでいたら、鵜狩くんが自分の知らない視点を(あた)えてくれるようで、うれしい。


 選択(せんたく)一致(いっち)しようがそうでなかろうが……こんしまちゃんの心は熱いもので満たされるのだ……っ!


「じゃ、ドンドンいこう、こんしまちゃん。八番目の分岐(ぶんき)は、モフモフの(かみ)と決別するかどうかだったかな。俺は残すほうにした」

「へー……また同じみたい……」


 こんしまちゃんが、ウェーブのかかったくせ()をなぜる……。


「もし、ここでモフモフを捨ててたら……ラストも変わったかもしれないね……ここで切ってたら、最後のモフり合いもできないもん……」

「二択の結果は即座(そくざ)に反映されるだけじゃなくて、のちの展開に影響(えいきょう)(あた)えるフラグにもなってそうだな。で、七番目がレジスタンスに(はい)るかどうかだっけ。俺は入るほうを選んだよ。多数派じゃなかったみたいだけど」


「あ、そこはわたし……『いいえ』にした。でもレジスタンス、(そく)壊滅(かいめつ)してたよね。もしアングレールさんがレジスタンスになってたら……そこで映画終了(しゅうりょう)しちゃってたのかな……」

「その場合レジスタンス編が細かく描写(びょうしゃ)されそうだから、心配ないんじゃないか」


「そっか……なら次は六番目。伯爵(はくしゃく)()うとおりにして()げるか……それとも、つかみかかるか……! わたしは前者……」

「こっちは後者。これは、とおってほしかったなー。あとの闘技場(とうぎじょう)戦闘(せんとう)シーンを見るに、武器がなくてもアングレールけっこう(つよ)かったっぽいし」

「言われてみれば……。(じつ)は伯爵を人質(ひとじち)にとって大逆転ルートもあったかも……?」


 これで鵜狩(うかり)くんとこんしまちゃんは、おのれの選択(せんたく)の半分を明かしたことになる……。

 続く五番目の分岐(ぶんき)は、「モフらせ()」「モフらせ()」の二つ……!


「でも鵜狩くん……わたし、ここで間違(まちが)って『る』のほうを()しちゃったんだ……」

「いや、(おれ)も……うっかりしてた。五秒しか時間がなかったから、押し忘れた」


「ふふ……鵜狩(うかり)くんも、そうだったんだ……ちょっと安心しちゃった……。で、四番目はグラインヴェルト伯爵(はくしゃく)を許せるかどうかだっけ……。わたしは、『許せない』のほうにした……」

「俺も。たぶん、どっちを選ぶかによってアングレールのグラインヴェルトに対する態度が変わったんだろうな。それで三番目の二択(にたく)は……王女が無事で済むと思うかだったか。俺は『いいえ』にした」


「わたしは……『はい』だね……。もしかして鵜狩(うかり)くん……興味本位でタッチしちゃった……?」

「なんか聞き方が気になったんだ。無事かどうかじゃなくて、そう思うかどうかっていう……。だったら『無事と思わない』がそのまま『無事じゃない』という展開につながらない可能性もあるのかなって」

「ちょっと、ややこしいけど……鵜狩くんの言うことが本当なら、『いいえ』のほうが多数派だったからアングレールさんが無事だったのかもしれないね……」


 そして、話題は二番目の分岐(ぶんき)に移る。

 質問は「アングレール王女に王になってほしいですか?」というもの……ッ!


「わたし、はい」

「俺も、はい」


「でも結局、王にならなかったから……ほかのお客さんは『いいえ』が多かったんだろうね……もちろん、『なってほしい』と思う人が多かったら逆のルートにするっていう『あまのじゃくパターン』もありえるけれど……」

「個人的には……これが伏線(ふくせん)みたいに最後の最後で回収されると思ってた」


「つまり……(じつ)(おう)ルートに突入(とつにゅう)してて……この二択(にたく)の結果が遅効性(ちこうせい)っぽい感じで最後に実現するみたいな……?」

「そうそう……だけど終わり方はバッドエンドでもハッピーエンドでもない感じだったから、ちょっと意外だった。こんしまちゃんは、あの最後どう思った?」

「いいとか悪いとかよりも……なにか(かぜ)に似たものが(からだ)(とお)()けていったような体験だった……」


 ここまで言って、こんしまちゃんが(からだ)()ばす……!

 鵜狩(うかり)くんは背中に回していた両腕(りょううで)をほどいた。


「そうだ。最初の主人公選択(せんたく)はどうしたんだ、こんしまちゃん」

「迷ったすえに伯爵(はくしゃく)にしたよ……」


「こっちもドルルイ・グラインヴェルト伯爵(はくしゃく)銀髪(ぎんぱつ)が、かっこよかったから」

「きれいだよね……わたしは、ツリ目に吸われちゃったの……()()()()()()()()()()……」


 瞬間(しゅんかん)

 こんしまちゃんと鵜狩(うかり)くんの視線が交差する……ッ!


 そして、こんしまちゃんは相手のツリ目をはっきりとみとめた。

 だらだらと冷や(あせ)()き出す、こんしまちゃん……!


 顔がほてっていくのが分かる。


「し、しまった……っ」



 ――このあと鵜狩(うかり)くんが買ってきてくれた冷たい小型(こがた)のペットボトルを、ちょびちょび飲むこんしまちゃん。

 こんしまちゃんは代金を(はら)おうとしたけれど、鵜狩くんによれば「おごり」らしい。


 映画館の休憩(きゅうけい)スペースで、一緒(いっしょ)にペットボトルをかたむける。


 最後はちょっとうっかりしちゃった。

 でも鵜狩(うかり)くんとがっつり語り合えたから映画館に来てよかったあ……と幸せに飲み()まれる、こんしまちゃんであった……。


※ ※ ※ ※ ※ ♢ ※


☆今週のしまったカウント:一回(累計(るいけい)三十四回)

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