お弁当を忘れてしまった!(月・火曜日)
高校生、紺島みどりは、みんなから「こんしまちゃん」と呼ばれている。
名字が「こんしま」だからというのも当然あるけど、その最大の理由は――。
「しまった」
――という口癖だ。
一週間に一度は必ず「しまった」と言うので、紺島みどりは「今週のしまったちゃん」すなわち「こんしまちゃん」と呼ばれるに至ったのだ!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
きょうは月曜日。
午前の授業が終わったあと、こんしまちゃんは教室でカバンの中身を確認した。
「……しまった」
頭をかかえて机につっぷす。
ウェーブのかかった、くせ毛をゆらす。
そんなこんしまちゃんの肩をたたく手が一つ……。
「どうしたの、こんしまちゃんっ」
こんしまちゃんが顔を上げると、目の前にポニーテールの女の子が立っていた。
彼女は矢良さん。こんしまちゃんの友達だ。
「具合が悪いなら、保健室、付き合うよっ」
「ありがとう。でも体は大丈夫」
気丈にほほえむ、こんしまちゃん。
「お弁当を忘れちゃっただけだから……」
「じゃあ、きょうのお昼は学食でっ?」
「それが……財布も家に置いてきちゃったみたい。さいわい、お茶を入れた水筒はあるんだけどね」
「……なら、あたしがお弁当のおかず、分けてあげるっ!」
「いいの? 矢良さん、ありがとう」
「困ったときは、なんとやらっ!」
矢良さんは自分の席からイスを持ってきて、それに座った。
こんしまちゃんの机に、お弁当箱を置く。
「一緒に食べようっ、こんしまちゃんっ!」
「――待った」
このとき、こんしまちゃんと矢良さんの会話に、男の子が一人、入りこんできた。
彼は鵜狩くん。あごがシュッとしている、少しツリ目の男の子だ。
鵜狩くんの席は、こんしまちゃんの右隣。
その机に、大きなお弁当箱が載っている。
「きょうは、おなかの調子が悪くてさ。俺の弁当も、こんしまちゃんが少し食べてくれると、ありがたい」
さらに鵜狩くんは、きれいな紙皿と割りばしをこんしまちゃんに渡すのだった。
「俺、料理部に入ってるから、こういうのも持ってきてるんだ。使い終わったら、捨てといて」
「ありがとう、鵜狩くん……」
こんしまちゃんのほおが、少し赤くなる。
鵜狩くんは、大きなお弁当箱をこんしまちゃんに近づける。
「好きなの、取って」
「じゃ、これかな」
割りばしをぱちんと割って、こんしまちゃんはニンジンを取る。
手裏剣のかたちにカットされたニンジンだ。
淡いオレンジ色がきれいだった。
こんしまちゃんはもう一度、鵜狩くんにお礼を言った。
そして、矢良さんと向き合う。
なぜか矢良さんは、にやにやしている……。
とりあえず、こんしまちゃんと矢良さんは手を合わせる。
「そんじゃ、いただきま――」
「――まだ待ったッ!」
その声は、一人だけのものじゃなかった。
はっとして、こんしまちゃんはきょろきょろする。
気づくと、こんしまちゃんの席のまわりに、クラスメイトのみんながいた。
学食に行かず、教室でお昼を食べようとしていたみんなだ。
「こんしまちゃん! わたしのも食べて!」
「俺のも! まだ、はしをつけてないから!」
「こっちのお弁当も、おいしいよ~」
――といった言葉が、十人ぶん重なる。
こうして、こんしまちゃんは……みんなから、リンゴ、ブロッコリー、ミニトマト、ミートボール、からあげ、ちくわ、ウインナー、たまごやき、スパゲッティをちょっとずつもらった。
「みんな、本当に……ありがとう」
購買で買ってきたパンをまるまる渡そうとしたクラスメイトもいた。
でも、さすがにこんしまちゃんは首を横に振って、「気持ちだけでうれしいよ……」と言うのだった。
こんしまちゃんの机に置かれた紙皿は、あとちょっとで、あふれそうだ。
最後に矢良さんが、ひとくちサイズの俵形おにぎりを、お皿のあいたスペースに載せた。
「ふふっ、こうなっちゃったら、わたしもこれくらいしか置けないねっ」
「お弁当を忘れたって気づいたときはショックだったけど、みんなのおかげで助かったよ。お礼、したいな」
そして今度こそ、二人で「いただきます」と言う。
こんしまちゃんは割りばしで、目の前のおかずを一つ一つ口に運ぶ。
「どれも、おいしい」
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その次の日、こんしまちゃんはカバンとは別に、大きな風呂敷をかかえて登校してきた。
お昼になって、風呂敷を広げる。
「みんな、きのうのお礼」
ほどけた風呂敷のなかから、五段重ねの重箱が現れた。
ふたをあけると、おにぎりやからあげ、カラフルな野菜炒めなどが詰まっていた。
「遠慮せず食べてね」
ところが、みんなは戸惑っている……。
ここで、こんしまちゃんは、はっと気づいた。
「しまった。わたし、作りすぎたんだ……」
重箱のふたを閉め、風呂敷をたたもうとする、こんしまちゃん。
そのとき。
「――こんしまちゃん」
鵜狩くんが、こんしまちゃんの右隣の席で静かに言う。
「何段まで食べていい?」
「え、鵜狩くん。おなかの調子が悪かったんじゃ……」
「もう治ったよ。でもきょうは、うっかり弁当を作り忘れた。だから今は、こんしまちゃんが持ってきてくれたものを、食べたい」
こんしまちゃんは、鵜狩くんのツリ目を見て、再び風呂敷を広げた。
「いいよ。四段までなら」
「ありがとう、こんしまちゃん」
「わたしこそ、うれしい……」
「あっ、あたしもお弁当を忘れたから、こんしまちゃんの食べたいなっ」
矢良さんが手を挙げる。
戸惑っていたみんなも、少しずつ、こんしまちゃんから、おかずをもらう。
「いただきます。……こんしまちゃん! おいしいよ~」
みんなの言葉に照れつつ――、こんしまちゃんは、きのう教室にいなかったクラスメイトにも、重箱の中身を振る舞うのだった……。
間もなく五段の重箱は、すべて空になった。
「ごちそうさま!」
みんなは満足そうだった。
ふたをした重箱を風呂敷でつつむ、こんしまちゃん。
その様子を、矢良さんがじっと見ている。こんしまちゃんの机に、ほおづえをついて……。
果たして、こんしまちゃんは風呂敷をギュッと結んだときに、思わず声を出した。
「……あ、しまった」
口元とおなかを手で押さえる、こんしまちゃん。
そう、こんしまちゃんは、やらかしてしまったのだ!
みんなへのお返しは作ったけれど、肝心の自分のお弁当を忘れていた……。
目の前の矢良さんは、ちょっとほほえんで、机に箱を一つ置いた。
それは、お弁当箱だった。
「わたしも、やらかしてたっ。お弁当忘れたと思ってたら、実は忘れてなかったっ!」
きょとんとする、こんしまちゃん。
対する矢良さんは笑って、ポニーテールをゆらすのだった……。
「でもさっき、こんしまちゃんのお弁当をいっぱい食べたから、あと半分しか入らないな~、残りをだれかが食べてくれると、助かるんだけどな~」
「矢良さん……」
「――待った」
右隣の席からも、声がする。
「俺も作り忘れたと思ってたけど、うっかりしてた。本当は弁当を、作ってカバンに入れたままだった」
見ると、鵜狩くんが、大きなお弁当箱のふたをあけている。
「困ったな。矢良と同じで、俺も半分しか食えそうにない」
「鵜狩くんまで……」
そんなわけで、こんしまちゃんは鵜狩くんからまた紙皿と割りばしを借りた。
矢良さんと鵜狩くんのお弁当を半分ずつ、お皿の上に盛りつけた。
きのうと同じで、俵形おにぎりと、手裏剣のようなニンジンもあった……。
食べ終わって、こんしまちゃんは矢良さんと鵜狩くんを交互に見た。
「ごちそうさま。……二人とも、好き」
「好きって、どういうことなのかなっ」
なんか矢良さんが、にやついている。
こんしまちゃんの顔が、すぐに赤くなった。
ありがとうって言ったつもりだったのに、思わず「好き」と口にしていた自分に気づいたのだ。
「……しまった」
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かくして、思わず本音を漏らしてしまった、こんしまちゃん。
これは、そんな「しまった」が口癖の、こんしまちゃんこと紺島みどりの、「しまった」に関わる物語である……!
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☆今週のしまったカウント:四回