第12話 始まりの鐘
闇の嵐は、ようやく完全に静まった。
広場に残ったのは――
魔王封印という、疑いようのない“結果”だけ。
魔王ヴェル=ノクティスの気配は、跡形もなかった。
空気に漂っていた微かな闇の残滓すら、風に溶けて霧散する。
学院を支配していた緊張が、ゆっくりと、ゆっくりとほどけていく。
「……終わり、ましたね……」
リリスが膝をつき、そっと目を閉じた。
その身に纏うメイド服は、もうボロボロだ。
けれど、その振る舞いに乱れはなく品位に満ちていた。
「さすが坊ちゃま。やはり伝説の御方でしたね。」
まるで、手元にティーカップでもあるかのような微笑。
なんでそんな余裕があるんだ……。
「……俺、本当に何もしてねぇから……」
俺は氷の塔の頂上で、ただ呆然と呟く。でも、誰も聞いちゃいねぇ。どうやらセリーヌが魔法を解除したらしく、氷の塔がゆっくりと形を崩しながら、俺を地上へと下ろし始めた。
「神々しい……!」
「まるで天から降り立つ、神話の英雄……!」
いや、ただ降りてるだけなんだけど!?
地に足をつけた瞬間、アルマとセリーヌが駆け寄ってきた。
「アレクシス、すごかったじゃない。まさか本当に何もしないまま終わるのかと思ってたら……最後の鐘と棺の連撃、あれは圧巻だったわ。私の聖光槍じゃきっと敵わない。……見直したわ」
なんでお前まで完全に誤解してんだよ!
でも……惚れてる相手にそんな風に言われると、嬉しいと思っちまう自分が、悔しい。
「ま、まぁ……闇のナイトロード家の跡取りだしな。 幼少期から闇魔法漬けの人生だったし……それが何かの役に立ったのかもな」
しどろもどろに言いながら背後に目をやると―― そこには満面の笑みを浮かべるリリスの姿。そして、俺の耳元でそっと囁く。
「坊ちゃま、ついに初恋が成就なさる時ですね。命をかけて戦った二人は、末永く結ばれる運命にあると、古の詩にも──」
「黙れえぇぇぇぇ!!妄想飛躍しすぎだろリリス!!」
俺が小声で振り向いてツッコミを入れると、なぜかアルマが小首をかしげてこちらを見ていた。うん、なんか誤解がまたひとつ生まれそうな気がする。
そしてそこに、真面目モードに入ったセリーヌがすっと割り込む。
「リリスさんから“氷柱”の依頼があったときは驚きましたが……巨大な影の生成、詠唱のための距離と時間の確保、演出としても完璧でした。あなたがいなければ、この学院は今ごろ――生徒会長として、心より感謝します」
「いえ、私はただ……坊ちゃまが“誤解されたまま”学院生活を送るのは、あまりにお気の毒でしたので」
……おい、なんかそれっぽいこと言ってるけど、よく考えたら全然メイドっぽくねぇからな!?
とはいえ、なんとなく“仕事した感”を醸してるリリスに、ツッコむ気力も湧かない。
そんな中、セリーヌはふっと笑みを浮かべ、少しだけ表情をやわらげた。
「アレクシス。あなた、見所あるじゃない。次期生徒会、入ってみない?私はもう三年次だから、近いうちに引退するわ。でも、あなたのような人が入ってくれれば……この学院も、きっと安定すると思うの」
……その“安定”の定義をまず聞かせてもらっていいか?
「お坊ちゃま。新たな伝説の足掛かりが、今ここに……!」
隣でリリスが、なぜか神妙な面持ちで両手を胸元に組んだ。祈るな!祝福するな!
「ちょ、待て待て待て!!もう俺は“誤解”は懲り懲りだって言ってんだろ!!」
俺の全力の叫びに対し、ふたりは揃って、優雅に――しかし完全に人ごとのように、微笑んでいた。
「ふふ、安心して。誤解ではなく、これは“実績”よ」
「はい、お坊ちゃま。“既成事実”でございます」
「それが一番おっかねぇって言ってんだよぉぉぉ!!」
そんなやりとりの中、
秩序派筆頭のユージンと、信奉派筆頭のゼノも歩いてくる。
「ふん……魔王という混沌を封じるとはな。学院の秩序を取り仕切る風紀委員長の座、貴様に譲らねばならんな……」
いや、いらねぇし!?
そんな堅苦しい役目なんて背負いたくねえし!下手すると自分で自分を取り締まることになるとか、そんな最悪のパターンしか思い浮かばねえんだけど!?
「魔王を封じる力……! 闇の特級魔法……!我が信仰は誤解ではなかった……!これより我らの派閥は“邪影封陣教”へと改名し、学院最大勢力を目指します! ゆくゆくはナイトロード様を生徒会長に……!」
ちょっと待て、ゼノ!
お前、ついさっき誤解が解けたって泣いてたろ!?
どうしてまた“さらに深い誤解”へ突っ走るんだよ!?
そうやって、誰かが笑い、誰かが感動し、
広場の空気はようやく――
少しだけ、穏やかになっていった。
……一件落着、か?
そう思ったそのとき。
俺はふと気づいた。
――やばい。
広場を覆ってたあの闇の球体、まだ消えてない。
しかもあの中に、学院長も先生たちも、まるごと入ったまんま……。
え、これってつまり――
授業、どうなんの?
休講?いや全休?
それとも……廃校コース?
現実的な不安がじわじわ押し寄せてきた、そのときだった。
「──ふぉっふぉっふぉ……」
のん気な笑い声が広場に響いた。
やべえ、この声は──
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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