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魔法学院の七誤解  作者: チョコレ
第七誤解 封印の臨界点
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第8話 真実の神話

 特設会場を包む結界が軋み、学院中庭の空に、不穏な波紋が広がり始めていた。それはただの揺らぎではない。確かに、世界が「終わりへと向かっている」ことを告げる兆しだった。


 壇上に立つ学院長は、静かに杖を地に突く。


「ふぉふぉふぉ……まるで、出来の悪い劇じゃのう。“ナイトロードに封じられし魔王”を解き放つ、とな。だが忘れるでない。この場は学院の心臓部。結界はなお機能しておる。選び抜かれた教師陣、鍛え抜かれた生徒たちがここに集う――さて、それを乗り越えられると、本気で思うてか?」


 声音は穏やかだが、瞳の奥に宿るのは揺るがぬ確信と、静かな怒気だった。


「封印が綻び始めておるのは、事実じゃ。じゃが――封じられるべきは、むしろおぬしら“影”の方ではないかの?」


 その瞬間だった。


 学院長の隣で、正気を取り戻したヴィクトル教授が、静かに立ち上がった。その目には、かつての理性と誇りが戻っていた。


「……まさか、私が影に操られていたとはな……」


 教授は静かに深呼吸をひとつし、右手を天に掲げる。


「研究に研究を重ね、練り上げた封印式……この術式で、あなた方“影”を光の下へと還してみせよう。二度と、ここに現れることがないように」


 石畳に淡い光が走る。

 その光は輪を描き、やがて空中に複雑な封印陣を立ち上げていく。


 ヴィクトル教授が、詠唱を開始した。


「――我が名において命ず。 曇りなき理の裁き、罪を抱きし影を縛せよ。聖環よ、天より降り、ここに静穏をもたらせ──天環封ホーリーシール!」


 光が放たれる。

 まばゆい輪環の結晶が空中にいくつも現れ、それらが回転しながら降下する。それはまるで天より降りる輪の刃。影に触れればその存在を封じ、浄化する聖なる連鎖だった。


 封印陣が完成する、その瞬間――


 ゴォッ!


 空間が捻れる。


 教授の術式が触れたのは、別の“闇”だった。

 影がその光を撥ね退ける。


 強烈な衝突音と共に、光の輪環がひとつ、砕け散る。


 ――影と影が、交差した。


 その狭間から、ひとりの女が姿を現す。


 漆黒のマントを翻し、銀鎖の首飾りと黒曜石の瞳を持つ、冷ややかな微笑みをたたえた女。


「ルジェイド。あなた、また詰めが甘いわね。……つい先日も、押し返されたばかりじゃなかった?」


 その言葉に応じるように、女の背後から現れる男。

 黒衣に魔術紋を刻み込んだ、端正な顔の影法師。


「ヴェスティア、助かった。どうにも魔王の脈動にあてられて、心が逸っていたようだ。だが――今度は、違う。」


 二人は、奇妙なほど穏やかに笑い合う。


 学院長は、微かに鼻を鳴らした。


「ふぉふぉ……影がいくつ重なろうと、夜の理には届かぬわ。ワシの老骨に挑むには、少々薄っぺらいのう。」


 その言葉を受けて、ヴェスティアが一歩、踏み出した。


「――確かに、我々ふたりだけでは、抗うには力が足りなかったでしょうね」


 ヴェスティアはそう告げると、マントの内側から漆黒の結晶を取り出した。

 その手の中で、黒い魔石が脈打つ。

 

 そして次の瞬間――

 学院中庭の石畳が、深く低く“鳴った”。


 足元から滲み出すように、黒い光が広がっていく。

 石の目地に沿って、這うように走る暗い線。

 それはまるで、もともと“ここにあったもの”が、呼応して目を覚ましたかのようだった。


「これは……」

「まさか……っ!」


 教員たちが息を呑む。

 光が交差し、闇が浮かぶ。

 石畳の地に、緻密な幾何魔法陣がゆっくりと浮かび上がる。


 ――召喚陣。

 しかも、ただのものではない。その紋様は、上級闇属性魔石を触媒とし、地下に複層で仕込まれた“儀式用構造式”。


「ええ。特設会場が“この場所”に組まれることは、予め分かっていたわ」

 ヴェスティアが静かに告げる。

 声は落ち着いていたが、その響きは背筋に染み入るほど冷ややかだった。


「だからこそ、用意しておいたの。

 学院の中枢、祭礼にも使われるこの庭に――

 闇の魔石を埋め込み、構造を整え、封印の呼吸に寄り添わせた“魔王召喚陣”を」


 ルジェイドが闇の縁を指でなぞる。

 陣は完全に姿を現し、その全貌があらわとなる。


「学院に蔓延した“誤解”は、やがて伝説となり、英雄を神話に押し上げた」

「幻想が積み重なるほどに、民意は我らに近づき、世界の理は揺らぐ。

 その揺らぎを核に、“意志の魔術”が結実するのだ」


「今ここに、意志がある。

 触媒は既に流れ込んでいる。

 舞台も整った。

 そして学院そのものが、それを支えてくれている――」


 ヴェスティアの黒晶が、静かに光を放つ。

 魔石が持つ闇のマナが、地中の召喚陣と共鳴を始めた。


「魔王は来る。いいえ――

 この学院が、魔王を迎え入れるのよ」


 沈んだ詠唱が始まった。


 低く、重く、空間の地層を穿つような声が、ふたりの口から重ねられていく。

 空が割れる。風が止まり、時間すら粘性を持ち始める。


「“願いし者よ。夜に沈みし契約を果たせ”」

「“魂を捧げ、刻を開けよ。箱舟の扉は今ここに”」


 学院長が杖を高く掲げ、魔法陣を打ち消そうとマナを解き放つ。

 教師たちも支援魔法を連鎖的に展開する。


 生徒会長のセリーヌが怒号を飛ばす。

「魔石保管庫から光属性の魔石をかき集めてきて!今すぐ!!」


 生徒会メンバーが駆け出す。

 そしてアルマも光の防壁を編み始める。


 だが――相手が用意した魔石の“数”が違いすぎた。

 放たれた光は、黒晶に触れるたびに吸い込まれ、闇を濃くしていく。


 ヴェスティアが、微笑んだ。


「ようやく、幕が上がるのよ。

 誤解から始まった神話を、今ここで――

 真実へと書き換える」


「“ナイトロードの覚醒”という伝説を、この学院に“刻む”のは……私たちよ」


 そして――


 世界が、書き換えを始めた。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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