第4話 影の学者
図書館での死闘(俺vs魔法理論書)を終え、
精神的HPをゼロにしながら廊下をふらふら歩いていたそのとき――
どこか不穏な気配を感じた。
学院の掲示板に、一枚の文書が張り出されていた。
しかも、やたら目立つレイアウトと黒インクの怪文書感。
『封印はすでに解かれた』
『ナイトロードは覚醒しており、いずれ魔王となる』
『学院の封印は、実は覚醒を促すための装置だった』
――署名:影の学者
「…………は?」
思考が一瞬止まった。
なにこの陰謀フルコース。
「おい、誰だよ影の学者って!? あと、何この電波文書!?」
頭を抱えながら思わず声が漏れる。
だが――気づいたときには、もう遅かった。
この手の話題に、学院生たちは異常なまでの反応速度を見せる。
文書が張り出されてから数分もしないうちに、もう噂は広まっていた。
「え、マジ? これ本物なのか!?」
「最近、封印のマナが不安定だったって話もあったし……」
「つまり魔王は、もういつ覚醒してもおかしくない……?」
「いやいやいやいやいや!!!!」
慌てて叫んだ。
「俺、今も昔も普通だって言ってんだろ!!!!!」
なのに、耳を貸す者はいない。
情報という名の暴走列車は止まらず、誤解は伝説へ、伝説は既成事実へと進化していく。
「くそっ、またかよ……!」
俺が頭を抱えてうずくまっていると――
横から、あまりにも楽しそうな声がした。
「学院の噂の広がり方って、素晴らしいですよねぇ♪」
黒衣のメイド、リリスが紅茶片手に微笑んでいた。
どこから出てきた。
というか、お前いつもタイミング完璧かよ。
「楽しんでる場合か!!」
「いえいえ。“ナイトロード伝説”が新たな章を迎える瞬間ですから♪」
「そんな連載方式で語るな!!」
リリスは掲示板の怪文書を指先でトントン、と軽く叩く。
「……しかし、“影の学者”とは、妙な署名ですね。」
瞳が一瞬だけ細くなる。
「これは、単なる誤解の類ではありません。
お坊ちゃまを利用しようとする、意図的な情報操作の気配がします。」
「誤解でも操作でも、俺にとってはどっちも等しく迷惑なんだけど!?」
「つまり――誰かが裏で動いているということ。」
リリスはそう言うと、何事でもないように紅茶を一口。
その仕草が優雅すぎて、逆に怖い。
「……となれば、黒幕を炙り出すのも、私の役目ですね。」
淡々とした口調の奥に、ほんのり殺意がにじんでいた。
「おい、また面倒ごとが増えたんじゃねぇの……?」
俺がうんざりした顔をしていると、リリスは実に楽しそうに微笑んだ。
「学院の混乱は、ある意味“お祭り”のようなものですから。」
「いや、普通の祭りはもうちょっと平和だよ!?」
そしてそのとき。
「ふぉっふぉっふぉ……どうやら事態が、ずいぶんと賑やかになっておるようじゃのう」
ゆるやかな声が空気を割る。
現れたのは、学院長。
長い白髭を撫でながら、いつもの調子で歩み出る。
だがその足取りには、微かな圧があった。
杖をひと突き。
トン、と地を鳴らすだけで、ざわついていた生徒たちが一斉に静まりかえる。
「これは流石に、放置すれば混乱を招くやもしれんの。
学院の外からの干渉も繰り返され、疑心と不安が積もっておる。
……ならば、明かすとしようか。わしらの学院で何が起きておるのかをのう」
彼の目が、まっすぐこちらを見据える。
その口調は穏やかだが、何かを“始める”者の声だった。
「封印術式を研究しておるヴィクトル教授に、正式な場を設けてもらおう。
“ナイトロード封印の真相”についての、学院としての説明会じゃ」
──えっ。
聞き間違いかと思った。
だがその瞬間、周囲の教師たちが動き出し、
生徒たちが「説明会!?」「やっと正式発表が!?」とざわめき始めていた。
こうして――
封印に関する説明会が、正式に開催されることとなった。
……いや、何この展開。
いつの間に俺、“公式対応案件”になってたんだ?
誰も俺に確認すら取ってないけど???
俺は深く、重く、ため息を吐く。
「……俺の意思、どこいった……?」
遠くから聞こえる、やたら元気な声。
「封印説明会の整理券、あと三枚ですー! お急ぎくださーい!」
……いや待て、整理券って何だよ!?
説明会にプレミアつくのおかしくね!?俺、出演者じゃないよな!?
「ふむ……希望者があまりにも多すぎては、大講堂では混乱が起きるやもしれんのう」
学院長がゆるりと首をひねりながら一言。
「ならば……毎年学院祭で使っておる特設会場を、少し早めに出してもらおうかの」
……は???
「おぉ、お坊ちゃま専用の舞台が。これはもう、誤解を超えて“神話の演目”と化しましたね」
リリスが紅茶を啜りながら、実に楽しげにとどめを刺してくる。
「俺は!出し物じゃねえっつってんだろおおお!!!
なんで学院祭のステージに、俺が立たされてんだよぉぉぉ!!」
叫ぼうが嘆こうが、誰も止まってくれない。
学院の設営班は魔導幕を展開しはじめ、生徒たちは整理券を手に大はしゃぎ。
そしてヴィクトル教授は「演出資料の再構成が必要だな……」と魔導スライドとにらめっこ中。
……俺の学院生活は、もはや取り戻せないレベルに変形していた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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