第1話 影の降臨
封印が揺らいだ、とあれほど騒いでいたくせに、
夜の学院は嘘みたいに静かだった。
……いいぞ。
これこそ俺が求めていた“平穏”。
布団のぬくもり、天井の静寂、明日を気にしない時間。
ようやく落ち着いたと思った、その時だった。
「……ッ!? あれは……!」
誰かの震え声が、夜を裂いた。
「……は?」
寝ぼけた頭で窓の外を覗く。
そこには――なんか、ヤバそうなものが浮かんでいた。
夜空に黒い靄が渦を巻き、空間がゆっくり歪んでいく。
その中心に浮かぶ、人影。闇をまとい、漆黒の王冠を戴いた影。
いや、これ――
「魔王の影じゃん!?」
「ついに……ナイトロードの封印が完全に解かれたのか……!」
ゼノの声だった。興奮と感涙に満ちた、あの真顔。
「我が主よ……ついに……この世界に降り立たれるのですね……!」
「いや降りてねぇよ!? 俺、寝てたぞ!?」
生徒たちもざわつき始め、次々と窓を開けて叫び出す。
「影の王が現れた……!」
「ナイトロード様が……我らに応えたのだ!」
「これは、封印が“自ら”解放を求めているという兆しかもしれん!」
「ちげぇよ!!!!」
俺の叫びもむなしく、ゼノが手早く魔法陣を描き始めていた。
「急げ!降臨の儀を完成させろ!
この時を予言書は告げていた……!」
「お前、いつの間に予言書手に入れたんだよ!?」
「日誌です。」
「勝手に書いたやつじゃねぇか!!」
学院広場にはすでに生徒たちが集まり、儀式めいた詠唱まで始まっていた。
「影よ、門を開けたまえ……ナイトロードを、この地に……!」
「お前らマジで落ち着けって!!」
だが、止まる気配はない。
むしろゼノが音頭を取ることで、騒ぎが加速している。なんだこの一体感。
……俺の学院生活、もうだめかもしれない。
そのとき、涼やかな声が空気を断ち切った。
「まったく、あれくらいで騒ぎすぎ。」
アルマだった。
光の特待生にして、いつも冷静な優等生。
夜中だというのに完璧な制服姿。背筋はぴんと伸び、迷いも揺らぎもない。
「魔王なわけないでしょ。」
彼女は腕を組み、断言する。
「探知したけど、あれはアレクシスと紐づいてない。
どうせ誰かの稚拙な幻影か、外部から流れ込んだ残滓よ。」
そう言って、杖を掲げる。
金の光が夜を照らし、
それに溶かされるように、影は霧となって消えていった。
「……まだ、降りる時ではなかったのですね……」
ゼノが、悔しそうに、でもどこか誇らしげに呟いた。
いや、違うって。
何その“理解者”みたいなテンション。
生徒たちも徐々に我に返りはじめる。
「……影が消えた?」
「じゃあ……覚醒じゃなかったのか?」
「……いや、逆に前兆だった可能性が……!」
いや、まだ言うか!?
お前ら諦め悪すぎだろ!?
そんな俺の心の叫びなんて、当然誰にも届かない。
……もういいや。
盛大なため息をついたそのとき、
ふわりと紅茶の香りが漂ってきた。
目の前に、完璧な角度で差し出されるティーカップ。
「お坊ちゃま、夜はまだ長うございますよ。」
リリスだった。どこから湧いた。
いつもの笑顔。声のトーンも一ミリも乱れてない。
「……放っといてくれ……」
「いえ、放っておくとまた“魔王化”が進行してしまいますので。」
「進行してねぇよ!? してないからな!?」
「しかし今夜の影の演出は、大変印象的でしたね……」
「“影の王、目覚めの兆し”という見出しで広報用にまとめておきますか?」
「やめて!?広報すんな!?」
リリスは首をかしげながら、微笑を崩さず紅茶を注ぐ。
「ですが、お坊ちゃまの一挙一動が周囲に多大な影響を与えているのは事実です。」
「それが一番困ってるんだよ!!」
ただ、俺は普通に過ごしたいだけなんだ。
目立ちたくもないし、伝説になんてなりたくない。
気づけば“影の王”。
ゼノは勝手に降臨を待つし、生徒は魔法陣を描くし、
俺は紅茶を飲まされてる。
この学院で、俺が“ただの生徒”に戻れる日は……本当に来るのか?
カップの湯気の向こうで、月がまるで
「無理だと思うよ?」って顔でこっちを見ていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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