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魔法学院の七誤解  作者: チョコレ
第六誤解 降り注ぐ試練
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第9話 封印劇場

 かつて信仰が降り注いだはずの場所。

 今やその礼拝堂の地下に残るのは、凍えるような静寂。

 そして鈍く脈打つマナの残響だけだった。


 揺らぎもしない魔導灯がひとつ、ひそやかに明滅するたびに、壁を這う影が歪む。そのなかにふたつ、対話のためにだけ存在する影があった。


「……封印の“正体”が明るみに出たらしいな。

 いや、そう見せるように導いた、が正確か。」


 低く、硬質な声が空間を打つ。


 ヴェスティアが唇を歪めた。椅子に背を預けたまま、優雅に応じる。


「“揺らいでいる”と一言流すだけで、ナイトロード家は即座に反応したわ。

 監査が動き、噂が巡り、誤解が火を灯す。火は熱を帯び、やがて――」


 赤い瞳が、愉悦に細められる。


「信仰へと変わる。」


 ルジェイドが視線をわずかに落とした。


「封印は、まだ破られていない。

 だが、信じられてしまえば、それは“崩れた”のと変わらん。」


「マナの流れがどうであろうと、人の認識が先に塗り替わるのよ。

 それが“伝説”という名の病――

 あるいは、甘い夢。」


 窓の外には、夜のマナが濃霧のようにうねり、結界の縁を舐めていた。

 結界は確かに存在している。だが、それを信じる者の数は、日に日に減っている。


「ナイトロード本人が否定しようと無駄だ。

 否定するほど、それは“悟られた演技”として解釈される。」


「否定とは、いちばん美しい肯定。

 疑いが育ちきった今となっては、もう何を言っても火に油よ。」


 ヴェスティアの指が空をなぞると、幻視の中に浮かぶ学園の光点がわずかに揺らいだ。


「もうこれは、誤解ではないわ。“物語”よ。

 そして物語が始まってしまえば、

 それを止めるには“終わり”を用意するしかない。」


 ルジェイドが言葉を落とすように呟いた。


「だが“終わり”は、我々が書く。」


「だからこそ――“覚醒の兆し”を与えてあげましょう。

 ささやかで、でも誰の目にも映る、完璧な演出を。」


 二人の目が交わる。


「魔王は、目覚めつつある。」


「信じられた伝説は、真実よりも速く、深く、世界を染める。」


 そのころ学院では、深夜の会議室に教師たちが集っていた。

 封印の行方を巡って、焦燥と混乱が入り交じる声が飛び交う。


「マナ循環が逸脱している。放置すれば暴走の危険が――」


「封印の再構築を。手遅れになる前に!」


「……いっそ、封印を解除し、“討伐”に動くべきでは?」


 議論が一瞬、凍る。

 けれど否定はなかった。それはもはや、“語るに足る現実”と化していた。


 ヴェスティアが、くすりと笑う。


「来たわね。“ならば討てばいい”という、無垢な勇気ごっこ。」


 艶めいた声が、夜の空気を優雅に震わせる。


「自分たちがまだ、掌の上にいると知らずに。

 封印が緩んだ今こそ好機――

 そう思っている。滑稽ね。」


 ルジェイドが静かに首を振った。


「七大深淵の一角。“魔王”と呼ばれた存在を、弱った獣とでも思っているのだろう。」


 ヴェスティアが立ち上がる。ゆっくりと、幻視の魔法陣に手を翳す。


「“あれ”は災厄ではない。“意志”よ。

 流れるマナそのものを、軌道から外し、反転させる意志。

 人の理を、静かに、確実に、蝕んでゆく。」


 ルジェイドの言葉が重なる。


「討伐とは、“外側”から名指せる者にしか成立しない。

 内側から染まり始めた時点で、その言葉はもう届かない。」


 ふたりの影が、交差する。


「学院は今、“何かを制御できるつもりでいる”。」


「だがもう、遅い。魔王の覚醒は始まっている。

 マナに宿った印象と、言葉に触れた者たちの想像が、それを現実に変えていく。」


 ヴェスティアが、ふっと笑った。

 その声は、どこか楽しげで、どこか哀れむようでもあった。


「物語って、見えているものじゃないのよね。

 人が“そうだ”と思った時点で、それはもう、動き出してる。」


 ルジェイドが短く頷き、低く言い添える。


「そして――

 語った者が、勝つ。」


 礼拝堂の地下。誰にも届かない場所で。

 まだ幕の上がらぬ“終幕”が、静かに息をし始めていた。


 そして、ヴェスティアが最後に言った。

 それは告げるでも、煽るでもなく。ただ、少しだけ、声を落として。


「……じゃあ、見届けましょうか。

 みんなが望んだ“幸せな話”のつもりで始まったものが、

 どうしようもなく手遅れな“悪夢”に変わっていく、その瞬間を。」


 その言葉に応えるように――

 光なき地下に、小さな拍手がひとつ、静かに響いた。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


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「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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