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魔法学院の七誤解  作者: チョコレ
第六誤解 降り注ぐ試練
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第7話 四環の封印

「――実験開始!」


 ヴィクトル教授の威勢のいい声が、学院中央広場に響き渡る。


 魔導装置に刻まれた陣がゆっくりと光を帯び、学院全体に流れるマナが可視化されていく。淡く、淡く――けれど確かに脈打つ光の帯が、空間に浮かび上がる。


 ……何も、起こらなければいい。

 そう思っていた。心の底から、そう願っていた。


 だが。


 ドゴォォォンッ!!!


 空を裂く爆音と共に、魔導装置の中央から黒い煙が噴き上がった。


「なっ……!?マナの流れが、ねじれている!?」


 教授の声が震え、陣が明滅する。

 マナの循環は暴れ、空気が重く濁っていく。

 俺の胸にも、妙な圧迫感がかかってくる。


「……これ、マズくないか?」


 そう呟いたその瞬間。

 装置から、黒い霧が漏れ出した。


 ドロリと滲むような、意思すら感じさせる濃密な影。

 ただのマナじゃない。

 “何か”が、こちらを見ている。


「まさか……本当に魔王の封印が……!」


 うそだろ。またその流れかよ。

 でも――今度ばかりは、笑えなかった。


 教授が操作を試みるが、マナの奔流は制御不能。

 結界が軋み、空間そのものが捻じれかけている。


 ズズ……ズズズ……


 影が膨張し、何かが“這い出そう”としている。

 視界が揺らぎ、立っているのがやっとだった。


(やべぇ……もう俺、ダメかもしんねぇ)


 そんなとき、背後から落ち着いた声が届いた。


「お坊ちゃま、動かないでください」


 リリスだ。

 彼女の指先が静かに払われ、五本の闇のナイフが宙を舞う。


「五芒星拘束、展開します」


 ナイフが地面に突き刺さり、黒と銀の輝きが五角形を描く。

 封印陣が展開され――


 ――次の瞬間。


 音もなく、結界が“弾けた”。


「……これは」


 リリスの瞳がわずかに開かれた。

 その唇から、穏やかに落ちる言葉。


「困りましたねぇ」


 拒絶している。

 制御を。拘束を。

 存在すらも――否定するように。


「私も手伝います!」

「全力で封じる!」


 響く声。

 走る二人の影。


 まず、アルマ。

 その手に純白のマナが宿る。

 理知的な瞳の奥に宿るのは、絶対の意志。


「天より降り注ぐ裁きの光よ、罪を纏う者の動きを止めよ。浄化の輝きで鎖を紡ぎ、力を封じ込めよ──聖光鎖ホーリーチェーン!」


 白銀の鎖が空を斬り、闇を縛る。

 光の鎖が滑らかに絡み、影を締め上げていく様は、まさに“制裁”だった。


 ……綺麗だ。


 いや、違う。鎖が綺麗なんじゃない。

 アルマが、鎖を操る姿が美しすぎる。


(な、なんだこの感情……この鎖、俺も絡まれてぇ……)


 俺の中の何かがバチンと弾けた。


(あんな風に俺にも鎖をかけてくれねぇかな!?いや、俺が自分から絡まりに行くのもアリだな!?)


 ――そんなことを考えている場合じゃねぇ!


(……でも、アルマの鎖なら……俺、ペットでもいい……)


 全然ダメだった。


 次に、風紀委員長・ユージンが前に出る。

 整った制服に、揺るがぬ声。


「乱れしものよ、逃れ得ぬ秩序の檻に沈め。鉄より強き律をもって、今ここに裁く――封鋼網バルネッツ!」


 大地がうねる。

 足元から鉄のように硬質なマナが編み上がり、鋼鉄の網が影を包囲する。


「うお……これ、土魔法の応用か!?」


 驚きが口から漏れる。

 四方から伸びる網が、影の動きを読み取るようにしなり、包み、締め上げていく。


 まさか、ユージンがここまでの術を使えるとは――

 風紀委員、マジですげぇ……!


 そして最後に、あの声が届いた。


「白銀の帳は降りる。声も熱も、すべてを拒む沈黙の結界。抗う意志すら、霜の底に沈めましょう――氷結封グレイシャル・シール


 セリーヌ。白銀の生徒会長。

 その手から放たれた氷の波が、影を凍てつかせる。


 ――光、闇、土、氷。


 四つの属性が一点に集中し、影を封じようとする。


 だが、その瞬間だった。


 ドォォォン!!!


 影が炸裂。

 凄まじいマナの衝撃が、四人を一斉に吹き飛ばした。

 俺も、思いっきり空中へダイブし、背中から地面にダイナミック着地。


 ……だが。


 影の気配は、消えていた。


 静寂――


 重い息を吐きながら立ち上がるリリス、アルマ、ユージン、セリーヌ。

 その姿を、学院中の視線が見守っていた。

 全員が、今の“事態”を理解していた。


「ナイトロードを単独で押さえ込める者は、もう学院にはいない……」

「四属性の魔法を重ねても、あれが限界……」

「これはもう、“伝説”じゃない。“災厄”だ……」


 ざわめきが広がっていく。

 歓喜と畏怖が交差する熱気のなか、俺は――


「だから!! 俺は!! 何もしてねぇってばよ!!!!」


 叫びが学院の空にむなしく吸い込まれていく。


 ――と、その直後だった。


「……ねえ、アレクシス?」


 ふとした声に振り向くと、そこにはアルマ。

 いつも通りの冷静な表情で、俺をじっと見ていた。


「さっき、私が聖光鎖ホーリーチェーンを展開してたとき……あなた、ずっと顔が赤かったわよね。マナの過敏反応?それとも、どこか体調が悪かった?」


「ち、ちがっ……!いや、あれは違うっていうか……いやほんとマナじゃなくて!!」


 慌てて手を振る俺を、アルマはきょとんと見つめる。


「……そう。ならいいけど。次の授業、遅れないでね」


 それだけ言い残して、くるりと踵を返し、軽やかに歩き去っていく。


 いや、もう少し食い下がってくれ!! 

 誤解を解くチャンス、今ここしかなかっただろ俺!!!


 ……はぁ。


 俺はその場にうずくまり、頭を抱え――

 そして、またしても背後から静かな声が届いた。


「お坊ちゃまが、“鎖で縛られたい”ご趣味をお持ちだったとは……」


「ま、待て待て待て!!リリス!?それは盛大な誤解だ!!」


 慌てふためく俺を見て、リリスはいつもの微笑みを浮かべる。


「でしたら、次回は“闇属性の鎖”で全身を優しく包みつつ、紅茶を差し上げましょうか?」


「やめろぉぉぉ!!それもう紅茶会じゃなくて拷問ショーだろうが!!」


「私は“ホーリーチェーン”は使えませんから……“シャドウチェーン”で応用するしかありませんね。適度な拘束と、適温の紅茶。緊張と緩和のバランスが肝心です」


「バランス以前の問題だろぉぉぉ!!誰がそんな鎖付きティータイム頼んだよ!!」


 リリスの笑みが深まる。

 俺は再び、学院の空を見上げて、絶叫した。


「くそぉ……俺は、ただ!普通に!生きていたいだけなのにぃぃぃぃ!!!!」


 ――こうして、封印の暴走は鎮まり。


 けれど俺の尊厳はまたひとつ、紅茶と鎖にやさしく絡めとられていったのだった。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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