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魔法学院の七誤解  作者: チョコレ
第六誤解 降り注ぐ試練
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第4話 深淵の脅威

 やべぇ。

 いや、マジでやべぇ。


 今、俺の目の前で――

 姉貴、リリス、生徒会長セリーヌの三人が、本気の殺気をまとって睨み合ってる。

 空気が鳴ってる。マナが音を立てて唸ってる。


 そして次の瞬間、

 姉貴の身体から、紫色の瘴気が立ち上がった。


 ――あれは、やる気だ。

 あの、ナイトロード家が最も使っちゃいけないとされてる魔法を。


 闇の上級魔法。

 ダークエルフが操ったとされる禁術。

 それを“闇こそ正義”のご先祖様が力技で奪い取り、

 ナイトロード家に代々継承されてきた、門外不出の術式。


 “やべえ魔法”――それが来る。


 姉貴の詠唱が始まる。

 低く、凍てつくような声だった。

 それだけで、背筋が一線ずつ凍りついていく。


「……影の深淵よ」

「果て無き虚無の支配者よ」


 詠唱に呼応するように、大地が軋む。空がざわめく。

 マナが重力のように降り始める。


「悠久の闇を纏い、この地に降臨せよ」

「全てを拒み、絶対なる壁を顕現せしめよ――」


闇牢壁ダーク・フォートレス!!」


 瞬間。


 空間が、音を立てて崩れた。


 地の底から吹き上がるような黒の奔流が、戦場を呑み込んだ。

 あらゆる光が吸い込まれる。音が止む。熱が消える。

 空間そのものが、姉貴の“意志”に書き換えられていく。


 ――出現したのは、漆黒の絶壁。


 前後左右、上下すらも囲うように展開された“魔の城壁”。

 マナも、熱も、物理的な干渉も、すべてを遮断する、世界に対する絶対のNO。


 この世のすべてに「入るな」「通すな」「近づくな」を突きつける――

 “純粋なる拒絶の魔法”だった。


「お、おいおい……!?」


 俺は震える声で呟いた。


「これ……学院の決闘ってレベルじゃねぇだろ……!?」


 俺の声は、ただの虚空に吸われていった。


 姉貴が構築したのは、ナイトロード家に伝わる“闇の封域魔法”。

 もはや物理法則を無視して概念ごと支配する、バケモノ魔法だ。


 ――だが。


「……ならば、こちらも学院の秩序を見せるまで」


 セリーヌが静かに、詠唱を重ね始めた。

 足元から無数の氷の陣が重なり、空気が一気に凍りつく。


「凍てつく鎖よ、いま紡がれよ。冷厳なる理のもと、氷結の枷となり、動を封ぜん――氷鎖縛フロスト・バインド!!!」


 蒼白の鎖が無数に生まれ、闇の壁に向かって突き刺さった。


 ――だが。


 ズゥン……ッ。


 音すら凍りつくような衝撃音を最後に、鎖は弾かれて霧散した。


「な……!?貫けない!?」


「当然よ」


 姉貴が微笑んだまま、歩みを止めない。


「この城は、“力そのもの”を拒絶する。あなたの魔法も、その程度では届かない」


 そのとき、黒い影が波紋のように広がり――


「……影穿刃シャドウ・ピアス


 リリスが放った無数の短剣が、砦の一角を鋭く撃ち抜いた――が。


 ガキィィン!!


 金属を弾く音とともに、すべての刃が砕け、闇の壁に吸い込まれていった。


 リリスが、影から距離を取る。


「……これが“闇の拒絶”」


「ようやく分かったかしら?

 これはあなたたちの次元では触れられないわ」


 姉貴のマナがさらに増幅する。

 空間そのものが重たくなり、息が詰まる。


「私はナイトロードの監査官。そして“深淵の守人”。

 “何か”が起こったとき、すべてを終わらせる存在よ」


 やめろ!!

 そのセリフ完全にラスボスのやつ!!!


 逃げよう。

 今すぐこの場を立ち去らなきゃ本当に巻き添えを食らう。

 いやむしろ、「試練よ」とか言われてこっちに攻撃飛んでくる未来しか見えん!!!


 よし、ゆっくり後退を――


「……ならば」


 セリーヌのマナが一変した。

 氷が大地から咲き誇り、凍てつく光が空を裂く。


「穿つ氷ではなく、世界そのものを凍結させる」


 魔法陣が幾重に展開された。


「氷の理、ここに極まる。冷厳なる絶対の支配よ、戦場を白き終焉へと導け――極氷界フロスト・ドメイン!」


 一瞬で世界が変わった。

 温度が落ち、霜が空気中に浮遊する。

 地も、空も、時間すら凍るような静寂。


「お、おい!?寒い! 冷たい!! 俺だけモロに被害受けてないか!?」


 俺の叫びは、誰にも届かなかった。


「……ならば、私も本気を出しましょう」


 その言葉は、ささやきのように静かで――

 けれど確実に、空気の温度を変えた。


「えっ、今まで本気じゃなかったの!?

 あの姉貴相手に……様子見だったの!?

 どんだけ凄いの、俺のメイド……」


 俺の動揺なんて気にも留めず、リリスはすっと足元に影を落とした。

 掌をかざす。指先がわずかに震えるたび、黒が揺らぎを増す。


「――双影踊シャドウツインズ


 低く響いた詠唱の瞬間、地を這っていた影が波打った。


 音もなく、しかし確かに世界の輪郭が変わる。

 伸びていたはずの影が、するりと境界を破り、立ち上がる。


 黒は輪郭を持ち、輪郭は骨格となり、骨格は質量を得た。

 そしてそこに現れたのは――もう一人のリリスだった。


 同じ姿。

 全く同じ黒いメイド服。

 顔立ちも髪の流れも、笑みすらも同じなのに、どこか“異なる”。


 まるで、鏡の奥から滲み出た存在。

 冷気のような沈黙をまとい、

 “影のリリス”は静かに立ち上がった。


 無音の一歩が決闘場を支配する。

 それだけで、場の空気が変わるのがわかった。

 重い。怖い。美しい。異質。全部乗せだ。


 ……なんなんだよこの存在感。

 ただ立ってるだけで、こっちの鼓動がズレそうだ。


 いや待て。リリスって、もともと紅茶を差し出すような優雅なメイドだよな?

 でも、この影の方は……出してくるの、紅茶じゃなくて“黒い液体”だろ。

 “飲んだ瞬間、魂に爪跡を残すやつ”みたいなやつだろ!!


 とにかく、雰囲気が完全に“世界を断罪する方の従者”じゃねぇか!!!


 ……美しすぎて怖いって、何の罰ゲームだよ。


 決闘場の空気が、一段と凍りついていく。

 まるでこの影のリリスそのものが、空間の温度を操作しているかのように。


 セリーヌの氷が静かに鳴き、

 エレインの闇がわずかに唸る。


 決闘場の中心――

 その一点にて、影のリリスは静かに、一礼した。


 言葉など一切ない。

 それでも、その所作に込められた意味は、あまりに明確だった。


 まるでこう告げているかのように。

 ――お坊ちゃま。ご命令とあらば、あらゆる存在を、影ごと断ち切ります。


 ぞくりと、背筋を這い上がる冷たい感覚。

 だが、そんな俺の動揺など気にかける素振りも見せず――

 いつもの黒服のリリスが、静かに、だが確かな声で言葉を紡ぐ。


「……私の影には、常時、私自身のマナを蓄積させています」


 落ち着いた声色。いつも通りの、穏やかで丁寧な調子。

 だが、戦場の空気が、その一言で確かに変わった。

 張り詰め、緊張し、押し黙る。


「本来、マナとは肉体の枠に縛られ、器の限界を超えることはできません。

 けれど――影は、そうではない」


 リリスの指先がわずかに動き、顕現した影のリリスが、まるで応じるように無言で歩を進める。


「私の影は、すでに私の身体が保持可能な容量を超えて、なお蓄積を続けています。

 つまり、そこから生まれた“もう一人の私”は――」


 わずかな間。

 まるで刃を静かに鞘から抜くように、慎重に言葉が置かれた。


「……本体である私を上回る出力、速度、そして――

 一切の躊躇を持たぬ殺意を有しています」


 それは、あまりに静かで、整った事実の提示だった。

 声を荒げることもなく、威圧するでもなく、ただ、空に太陽が昇るように当然に。

 その重さだけが、心臓をじわじわと締めつけてくる。


 そして――

 その口調に、ほんのわずかだけ変化が混じった。


「姉様……いえ。エレイン・ナイトロード」


 静寂が、深く沈む。


「これ以上の干渉は、お坊ちゃまの平穏を脅かすものと見なします。

 従者として、ここに制止を宣言します――御覚悟を」


 影が踊る。

 氷が裂ける。

 闇が呑み込む。


 三者三様の力が、学院の決闘場という枠組みを嘲笑うかのように、

 異常な密度で交錯していく。


 黒と白と影――

 その奔流は、もはや“決闘”の域を超えていた。


 ――これは、戦争だ。


 世界規模の破壊と均衡が、今この場所に集約されている。

 学院の片隅で行われているのは、偶然にしては出来すぎた縮図。


「ちょっと待て!! これはもう学院イベントじゃねええええ!!!」


 俺の悲鳴も、影に呑まれた。

この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。


https://ncode.syosetu.com/n8980jo/


「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

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