第9話 影を湛えた一杯
まったく、呆れるほどの茶番でしたね。
ナイトロードの忠実なる従者を決める紅茶対決。
茶葉の種類、抽出の温度、香りの調整――
学園生たちは、それを「試練」と呼び、「選定」と呼び、
果ては「宿命」だなどと語り出した。
その狂信ぶりが、可笑しくて、そして少しだけ、愛おしくも思えました。
けれど、結果は皮肉なものでしたね。
お坊ちゃまが選んだのは、アルマ様の光魔法で浄化された一杯。
……なるほど。
紅茶の味すら、魔法が介在すれば変わるということでしょうか。
であれば、次は私も闇魔法を用いるべきでしょうか。
たとえば――
お坊ちゃまが最も心安らぐ"闇"の濃度を調整し、
マナを編み込んだ特製の茶葉を用意し、
深淵の静けさを一滴だけ垂らして、
彼の心の奥底にまで染み渡るような――
そんな紅茶を。
ふふ……お坊ちゃまがどのような顔をされるのか。
考えるだけで、少しばかり愉快な気分になりますね。
ですが。
この勝敗が、ただの"味覚"の問題だったならば、
私が感じているこの違和感は、何なのでしょうか。
お坊ちゃまは、私の手からではなく、アルマ様の手から差し出された紅茶を「最も美味しい」と言った。
それは、決して特別な意味などない、単なる"好み"の問題。
……それなのに、なぜ。
私は、これほどまでに些細なことに囚われているのでしょうか。
紅茶を淹れることは、私の"役目"ではない。
私はナイトロード家の監視者であり、
お坊ちゃまの動向を見守り、いざとなれば迷いなく刃を振るう立場にある。
そのはずなのに。
今の私は、次に淹れる紅茶のことばかりを考えている。
次こそは、お坊ちゃまが私の紅茶を選ぶように。
……私は"お坊ちゃまの一番"でありたかったのでしょうか。
――困りましたね。
そのようなことは、取るに足らない問題のはずでしたのに。
私がここにいるのは、あくまで"監視者"として。
お坊ちゃまが封印を破ることがあれば、
私はその瞬間、ためらいなく剣を振るわなければならない。
それが、私に課せられた"存在意義"だから。
それなのに――
私が今、考えているのは、お坊ちゃまが"戦わずに済む未来"のこと。
私の役目は"監視者"であるはずなのに、
気づけば私は、お坊ちゃまがこの日常を守れるように、どう立ち回るべきかを考えている。
もし、この茶番じみた紅茶対決の延長線上に、
お坊ちゃまが"戦わなくて済む未来"があるのなら。
もし、この茶番に意味があるのだとしたら。
それを守ることが、"私の役目"であるのかもしれませんね。
ナイトロードの従者の座を争うなど、まったくもって無意味なこと。
けれど、もしその無意味さの中に、お坊ちゃまの"日常"があるのなら。
私が彼のために戦う理由は、もう決まっているのかもしれません。
さて。
次こそは、お坊ちゃまに最もふさわしい紅茶をお淹れしましょう。
次は、絶対に――
私の紅茶を、一番美味しいと言わせるために。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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