第8話 鎖を断つ時
かつて礼拝の鐘が鳴り響いた、廃墟の礼拝堂。
その地下に広がる観測室は、今もなお冷えた静寂に支配されていた。
光なき室内に、微かな魔法灯だけが揺れている。
その淡い明滅が、壁に異様な影を浮かび上がらせた。
「――魔法学院の生徒の九割が、ナイトロードに膝をついたか。」
ルジェイドの声は低く、まるで呪文のように空間を沈める。
光ではなく、“信仰”こそが拡大し続けていた。
「誤解は、もはや信仰へと昇華した。」
「そして信仰は、封印の鎖を内側から食い破る……」
ヴェスティアが、楽しげに呟く。
指先で宙をなぞると、幻視図の光がわずかに乱れた。
「神話は肥大化し、自重で崩壊する……理想的ね。」
ルジェイドは無言で頷き、椅子へと身を預ける。
その姿は、勝利を目前に控えた王のようだった。
だが――
「……アルルマーニュ・デュフォンマル。」
「光の申し子が、あの男の“従者”とはな。」
冷たい名が、空気を裂いた。
「面白い皮肉だな」
「闇に飲まれるはずの器に、光が注がれた。」
ルジェイドの声音が僅かに鋭くなる。
「彼女は“照らす”。」
「もしナイトロードの本質に触れたとき――
その光が封印を補強する、逆流が起きるかもしれん。」
「誤解の津波に、理性の杭が打ち込まれる……ということ?」
ヴェスティアの紅い瞳がわずかに細められる。
楽しげな表情の裏に、冷静な計算が走った。
「放っておけば、光が真実に辿り着く可能性がある。
その前に……風向きを制御せねばな。」
幻視図に浮かぶ学院の図――
そこに、光の粒が一際強く瞬く。
「ナイトロード家への情報操作は完了している。」
「“封印が揺らぎつつある”という噂は、すでに本家の耳に届いた。」
「動くかしらね……あの家門が。」
ヴェスティアが、意味深に笑う。
「闇の筆頭貴族が、自らの“器”の異変を知れば――
制御のために手を打つのは自然の流れ。」
「こちらから命令はしない。ただ、“流れ”を用意しただけだ。」
ルジェイドは、冷たい声で断じた。
「光と闇が、表層で手を取り合い、深層ではぶつかり合う。
その均衡の隙を突く――それが我々の“仕事”だ。」
「……準備は整ったということね。」
「ふ。あとは、“封印”が自壊を始めるのを待つだけだ。」
ふたりの影が、淡い光の中で交差する。
そして再び――
学院という劇場に、見えざる脚本家たちの手が伸びていった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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