第7話 紅茶決戦
俺は、限界だった。
「……もう飲めねぇ……」
何杯目だかわからない。
胃の中は完全に“液体”。
口の中は常に茶葉の残像が渋みと共に張り付いてる。
それでも、
「ナイトロード様の最も忠実な従者を決める試練」なる
謎ルールのもと、紅茶の波は止まらない。
「ナイトロード様、こちらが“星詠みの雫”ですわ!」
「いえ! 私の“至高の一滴”をお先に!!」
「この香りこそ、真の従者にふさわしい……!」
誰か、俺を助けてくれ……!!!!!
目の前にズラリと並ぶ、圧巻のティーカップ軍団。
紅茶の祭壇かよここは。
ミルクティー、レモンティー、ハーブティー。
そして──
「……待て、これ何色だ?」
目の前の液体、もはや光ってるんだが?
「ふふ……西の大陸にそびえる世界樹。その神秘の葉を、特別に発酵させたものですわ!」
「世界樹!?!?」
それ、紅茶にしていい代物じゃねえだろ!?!?
国際問題にならない!?!?
恐る恐る口をつけた瞬間――
「……ッ!?」
脳の奥をガツンと殴られたような衝撃。
苦くも渋くも甘くもない。なのに複雑すぎて言語化不能。
これ、本当に飲み物か!?
命の根源じゃない!?!
「ナイトロード様、いかがでした?」
「……何がどうなったのかわかんねぇ……」
言語も感覚も一瞬置いていかれる。
なのに周囲の貴族たちは「ふふっ」と微笑んでやがる。
胃も、脳も、魂も、そろそろ限界だった──
「……代わりに、私が出すわ」
そう言って前に出たのは──
アルマ。
金髪碧眼。天才特待生。俺の恋の終着点。
「雑味を除去できれば、紅茶そのものの評価ができるでしょ」
そう言って、カップに金色の光をそっと流し込む。
「……何してんだ?」
「光で不純物を浄化してるだけよ。理論上はできるから」
「理論上って言うな!今、俺の胃、現実なんだよ!!」
だが俺はもう、逃げられなかった。
ここで「飲めません」とか言えば、
ゼノとかが「これはナイトロード様の意思を拒絶する反乱だ!」とか言い出しかねない。
……もういい。飲むしかない。
覚悟を決めて、アルマの紅茶を一口。
「……うまい」
喉にすっと入る。軽いのに芯がある。
派手さはない。ただ、うまい。
それだけのはずなのに、胃も心も、すっと落ち着いていく。
俺は静かに告げた。
「……アルマの勝ちだ」
次の瞬間、会場が静まり返った。
「ナイトロード様が従者を選ばれた──!!」
「アルマ様こそ、闇を導く至光の巫女!!!」
「これはもう……叡智と忠誠の、究極の融合……!!」
「いやなんでそうなんだよおおおおおおお!!!!」
お前ら、紅茶の感想を宗教改革みたいに語るな!!!
そのタイミングで、アルマが淡々と口を開いた。
「……これで、あなたを観察できる位置に立てたわね」
「……は?」
「図書館で“誤解の伝播”を観察してたの。でも、外側からじゃ限界があったのよ。
従者としてそばにいれば、あなたの言動・行動パターンを定点で記録できる」
「……俺、ずっと研究対象だったのかよ……」
あの淡々とした指導も、
さりげないフォローも、
時折見せた笑顔すら──
全部、実験記録用のリアクションだったんかい!!!
うわあああああああああ!!
俺、完全にひとりで浮かれてたやつじゃん!!
マジで今すぐ自分を熱湯で抽出して捨てたい!!!
頭を抱えたその隣で──
リリスが、ゆるやかに微笑んだ。
「……もう、お坊ちゃまの紅茶は、私の役目ではないのですね」
「……え、なんか今の、声色が1度低くなかった!? 怖くない!?」
「気のせいですわ」
いや、絶対気のせいじゃねぇぇぇぇぇ!!!
こうして──
俺の誤解は、制度になり、
紅茶は、伝説になり、
恋は、観察レポートになった。
「……頼むから、俺を“普通の学院生”に戻してくれ……!」
俺の叫びは、冷めたティーカップの底で、静かに蒸発していった――。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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