第1話 影に佇む刃
影が暴走して以来、夜がひどく長く感じるようになった。
いや、正確に言うなら――眠るのが、怖くなった。
理由は単純だ。
リリスが、いつ俺の胸にナイフを突き立てるか分からないからだ。
彼女は、護衛だと言った。
けれどその任務の実態は、“監視”と“処断”。
俺の封印が少しでも揺らげば――
冷徹に。容赦なく。
ひと太刀で、終わる。
それが、ナイトロード家の掟。
俺の生まれた家。そして、彼女が従う使命。
理解はしてる。納得なんてしてないけどな。
でもなぁ……思ってたのと、違ったんだよ。
確かに、彼女は常に俺のそばにいる。
どこに行こうが、ふと振り返ればその姿がある。
あまりにも自然な付き従いっぷりで、執拗さすら芸術の域に達していた。
最初は「ただの監視だ」と思っていた。
だが――違った。
俺に敵意を向けた魔法生徒がいたとき。
彼女は、その場の空気ごと凍らせた。
階段で足を滑らせかけたときなどは、まるで風より早く背を支えてきた。
反応速度、どうなってんだよ。怖ぇよ。
いや待て、これ全部、“処理しやすいように生かしてるだけ”だったりして……?
「今は無害だから保護。暴れたら即処分」的な……。
そう考えると、日々の紅茶の優しさや、稀に感じるあの穏やかな眼差しも――
前兆にしか思えなくなってくる。
……くそ、わからん。
俺は“護られてる”のか、“飼われてる”のか、どっちだ。
もし俺が“覚醒”でもしたら――
あの手は、迷いなく俺の心臓を貫くのか?
やめろ、俺!
そういう想像すな!
まだ俺は“無害枠”だ!……たぶん。
きっと。神に祈っとけ俺。
で、もう一つ不思議なことがある。
なぜかリリスだけは、俺にまつわる“誤解”の渦に巻き込まれない。
他の生徒たちは、俺がパンをかじっただけで
「ナイトロードの神秘の供犠か!?」とか言い出すくせに、
リリスはただ無表情で紅茶を啜ってる。
「またですか」とでも言いたげに、淡々と。
むしろ最近、あの顔に微妙な愉悦の色すらある気がしてならない。
“誤解耐性の女”。もはや尊敬すらする。
ちなみに、アルマも同類だ。
誤解に染まらず、話を聞き、事実を見ようとする。
俺のことを「問題の多い生徒」として扱ってくれるのが、逆に安心する。
そして――なんだかんだで、そっちの方が好きだ。俺は。
……ちょっと待て。話が逸れた。
今はリリスの話だ!
もういい。寝られねぇ。
せめて気分転換に、茶でも淹れてくるか……と、寮の廊下に出た。
そして――見てしまった。
“それ”がいた。
夜の学院。静謐すぎて、逆に空気が重い。
魔力の残滓すら凍てつくような冷え込みの中で、月光も届かぬ廊下の先に――
いた。リリスが。
漆黒のメイド服。
光をも吸い込む深い闇を身にまとい、影と完全に同化して立っていた。
ただ、立っているだけ。それだけなのに――
その空間が、まるで「この世ならざるもの」に占められていた。
彼女は前を見つめていた。
気配に気づいていないのか、それともあえて、か。
表情は一切、読めなかった。
……え、俺……今、
処分される前の“静寂”に立たされてない??
どう見ても、今から始末されるヤツの目撃者ポジじゃねぇか!!!
無理無理無理!!
今日の茶じゃ足りねぇ!
カモミールじゃなくて、“命の祝福”級の癒しポーション持ってきてくれ誰か!!
俺は今――最も“安寧”から遠い場所にいる。
……それだけは、はっきりしていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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