第11話 影に寄り添う者
お坊ちゃまは、自ら戦おうとはなさらない。
それが彼という存在の本質であり、
誰よりも静かに祈りを抱き続ける者の在り方。
それは決して、逃避ではない。
恐れているのでも、拒んでいるのでもない。
ただ――壊したくないのだ。
誰もがマナを震わせ、声を荒げて正義を語る中で、
彼だけが、そっと日常を守ろうとする。
ひとつのパンを噛みしめること。
図書館の静寂に身を置くこと。
それが、彼にとっての“安寧”だった。
だが、学院はそれを許さない。
学年ごとに催される覇魔戦は、もはや祭典の名を騙る狂騒だ。
魔法の技術を競い合う舞台は、
今や“伝説”を創り出す儀式へと変貌した。
真実など、もはや重要ではない。
求められているのは――物語。
劇的で、壮麗で、誰かの記憶に残る“語られる何か”。
そして、その中心に据えられるのが、ナイトロードという器。
彼の意志など、お構いなしに。
……滑稽だと思う。
だが、その滑稽さが、あまりに冷たく、現実だった。
彼が“そこにいる”というだけで、
意味が生まれ、意図が穿たれ、語が編まれていく。
まるで――存在そのものが、呪文のように。
英雄でも、魔王でも、神話の片鱗でもかまわない。
彼らにとっては、名の付く何かでさえあれば、それでいいのだ。
誰も、彼が何を望み、何を拒み、何を守ろうとしているのかを、
見ようとはしない。
彼が学院に来た夜、
「普通の生徒として、ここに在りたい」と願った瞬間から。
私は、彼の“影”であることを選んだ。
監視者として。
管理者として。
――そして、静かな盾として。
本来、私はただ見守っていればよかった。
もし封印が揺らげば、その時にだけ、“役目”を果たせばよかった。
けれど。
私は、知ってしまったのだ。
彼が、戦いを拒む理由を。
彼が、どれほど必死に“日常”という名の夢に手を伸ばしているかを。
そして、それが、どれほど容易く踏みにじられていくかを。
伝説を望む声が、彼を押し上げる。
彼の心に触れようとせず、ただ語られる“物語”だけが歩を進める。
まるで、彼が語り出す前に、結末だけが先に書かれてしまうように。
……許せるわけがない。
誰かが、その筆を止めねばならない。
そうでなければ、彼が“自分自身の物語”を選ぶことすら許されないまま終わってしまう。
私は、彼の影。
光が強ければ強いほど、
その足元に生まれる陰りは濃く、深く、静かに輪郭を帯びる。
誰にも気づかれずともかまわない。
私は、ただ――彼の願いを守る。
彼が戦わなくてすむように。
誰かに選ばされずにすむように。
彼自身の足で、彼自身の意志で立てるように。
それが、いつか私を裏切る選択となろうとも。
それでも――私は、それを望んだ。
彼の目が、見たいものだけを見られるように。
彼の手が、剣ではなく、今日もパンを掴めるように。
私は、ただ静かに。
影として――在り続ける。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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