第5話 闇と光の激突
気づけば、決勝戦まで勝ち進んでいた。
……いや、正確には「何もしてないのに勝手に勝ち進んでしまった」が正しい。
俺の意志も努力も、一切、関係なし。
相手が棄権したり、魔法が暴走して自滅したり。
ついには審判が「これは勝利とみなす!」とか言い出す始末で――
もう、なんか“自動進行型伝説”みたいになっていた。
頼むから、そろそろ空気みたいに消えさせてくれ――
……そんな願いが、通じるわけもなかった。
「お坊ちゃま、決勝前なのに観戦なさらないのですか?」
その声を聞いた瞬間、背筋に氷柱が走る。
振り向けば――紅茶片手のリリス。
どこまでも優雅で、どこまでも地雷な女。
「……なんでお前、いつの間に隣にいんの?」
「ふふ、お坊ちゃまがまた逃げ出そうとしていないか、心配でして」
笑顔の奥に、鋼の手錠でも仕込んでんじゃねぇのかコイツ。
「で? その準決勝のカードは?」
「“ナイトロード様に仕えるに相応しい”と信じて疑わぬ、信奉派筆頭のゼノさんと――
お坊ちゃまが恋焦がれる、あの“アルマ様”です」
「……マジかよ」
その瞬間、心の中で“決勝戦”の鐘が一つ、勝手に鳴った気がした。
こうして俺は、準決勝『ゼノ vs アルマ』を、観戦する羽目になった。
観客席は、異様な静けさに包まれていた。
笑い声も、歓声も、今はない。
かわりに満ちていたのは――緊張と、畏れだった。
最初に現れたのは――ゼノ。
闇色のローブを翻し、ゆっくりと歩み出る。
その足取りは不気味なほど静かで、けれど確実に、アリーナの温度を下げていく。
ゼノの目は、まるで信仰者のように熱を灯していた。
「ナイトロード様の力……この身に刻む!!!」
――ちがう。
ちがうんだけど、今それ言える空気じゃねぇ。
ゼノが地を叩いた瞬間、漆黒の魔法陣が展開される。
魔力が蠢き、そこから姿を現したのは――
双頭の魔犬。
影を纏った黒い身体。
二つの咆哮が重なり、石床が震える。
観客から、押し殺したような悲鳴が上がる。
「な、何だあの魔獣……」
「影が……動いてる……」
「ナイトロードの……召喚獣……?」
――ちがっ……いや、もういい。
ツッコミを入れる気力が、ほんの少し、引っ込んだ。
それくらい、場の空気が、変わっていた。
そしてその時――光が差した。
闇に裂け目が走ったように、場の空気が一転する。
白いブーツの音が、石の床を静かに打つ。
揺れる金髪。真っ直ぐな背筋。
小柄な少女が、影の魔獣と正対していた。
アルマ・デュフォンマル。
その名を冠するだけで、空気が整う。
陽光のような金髪が輝き、澄んだ碧眼は、影すら射抜く。
彼女が一歩踏み出すごとに、場が静まり返る。
まるで光と秩序が、その足元に形を成していくようだった。
ゼノが闇を喚び、アルマが光を立てる。
漆黒と白光が、今ここに、並び立った。
言葉など要らなかった。
観客の誰もが理解していた。
――これはただの準決勝じゃない。
“象徴”と“覚醒”の、戦いの前触れだった。
試合開始の鐘が鳴る。
そして、闇が吠えた。
「影喰らいッ!!」
黒煙が牙を形成し、アルマに襲いかかる。
その刹那――
「聖なる天の導きよ、真なる光の奔流よ、輝きを極め、今ここに爆ぜよ!聖光爆!」
輝きが走った。
爆ぜる白光が黒牙を飲み込み、魔犬の動きが一瞬止まる。電撃のような光弾が魔獣の身体を貫き、霧が裂け、断末魔のような低い咆哮が響く。
「なっ……!?」
ゼノが目を見開く。
「召喚精度は悪くない。でも――
力を使いこなせていないわね」
冷静に、淡々と、アルマが言い放つ。
ああもう、何なんだ。
可愛くて頭良くて、しかもチート級に強いとか!
属性詰め込みすぎだろ……!
「負けるものか……!」
ゼノがさらに詠唱を開始する。
そのマナは、まるで沼のように黒く、冷たく、這い上がる。
「深淵の帳よ、降り立ちて光を奪え。彷徨う影よ、欺き惑わせ──闇霧域《ダーク・フォグ!」
次の瞬間、アリーナ全体が黒い霧に包まれる。
視界ゼロ。観客の誰もが状況を見失う――が、
「輝ける光の環よ、空を巡りて理を為せ。裁きの刃となり、闇を裂け!聖光輪」
その霧の中から、静かに――
しかし確実に、一筋の光が立ち上がった。
霧を裂くように、円環が回転し、放たれた光刃が魔犬の動きを正確に捉える。
爆裂。
影は砕け、黒霧が一瞬にして晴れる。
ゼノの足元に召喚陣が崩れ落ち、彼は、崩れるように膝をついた。
――勝敗、決す。
観客席がざわめき、そして割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「光が……影を飲み込んだ……!」
「闇と並び立つのは、やはり特待生……!」
「これが、“聖女”アルマ……!」
魔法劇の役割、いつまで引きずってんだ。
俺はそっと、肩を落とす。
――なのに、横から茶の香りが差し込んできた。
「お坊ちゃま。アルマ様がご勝利なさいましたわね」
声の主は、もちろん――リリス。
優雅に紅茶を啜り、まるで劇の終幕でも見届けたかのように目を細めている。
「決勝戦、いよいよ開幕です。お坊ちゃまの出番も、すぐそこですねぇ」
「出番じゃねぇよ!俺は観客席で平穏を望んでただけだ!!」
「ふふ……この世で一番、実現しない願いですわね。“平穏を望む主人公”なんて」
「俺、主人公じゃねぇからな!?!?モブでいいのに!!」
「ですが、周囲の熱狂は既に舞台を整えております。
“ナイトロードの御心に、誰が届くか”――
皆、その答えを待っている」
「俺、そんな心、ばら撒いた覚えねぇよ!?!?」
リリスは軽く肩を揺らし、紅茶のカップを掲げた。
「では、そろそろ覚悟をお決めください。
恋と戦いの決勝戦――
どちらも、“逃げた方が敗者”でございます」
「ちょっ、やめろ、名言っぽく締めんな!!
しかも恋って何!?俺そんなの参加表明してねぇ!!!」
「いいえ。していないのは“お坊ちゃまの口”だけ。
心は――とっくに戦場にございます」
「だっっっっっまれぇぇぇぇぇ!!!!」
リリスは、まるでそれすら想定済みかのように、
くす、と笑った。
「存分に暴れてくださいませ。
“聖女”と“ナイトロード”の決勝戦――
その幕開けに、学院全体が息を呑んでおりますから」
俺は、頭を抱えた。
誰も、俺の許可なんて求めちゃいない。
――こうして俺は、“決勝戦”という名のさらなる地獄へ。
伝説と恋と誤解の、取り返しのつかない本番へ。
また一歩、近づいてしまったのだった。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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