第6話 滲む影
学院の塔が、夕焼けに染まっていた。授業終わりの廊下には生徒たちのざわめきが残り、窓から差し込むオレンジ色の光が、石畳に長く影を落としていた。
今日という日を、俺は静かに終えるつもりだった。
魔法史の講義。ただでさえ眠くなる内容を全力で耐え抜き、パンも食べた。授業も出た。ふつうに、真面目に、生きた。だからこそ、もう今日くらいは、平穏に帰宅してもいいはずだった。
が。
「うわあああああ!!! 影がっ!!」
ドンピシャのタイミングで、悲鳴が廊下を裂いた。
「……は?」
振り返ると――
俺の足元から、何かが滲み出ていた。
影だ。けど、普通のじゃない。
黒く、重たく、揺れてる。まるで意思を持ったみたいに。
「ちょ、待て。これは……違うぞ!? 俺じゃないぞ!?」
けど、周りの生徒たちの反応はお決まりだ。
「ナイトロード様の魔力が……!」
「ついに暴走が……!?」
「影が……覚醒して……!!」
毎回テンプレで反応すんなぁぁぁぁ!!!
全力で否定しかけたその時――
影の中から、誰かが“ふっ”と現れた。
黒衣の男だった。長身、無駄に整った顔、光を吸うようなローブ。薄く笑ってるけど、完全に信用ならないタイプだ。
こっちを見て、勝手に納得顔すんな!!!
「……ここまで顕現するとは」
「いやだから誰!? お前誰なの!?」
「“濁り”の本質……もう少し眠っていると思ったがな」
「あのさ、勝手にストーリー進めないでもらっていい!?」
その時――
俺と男の間に、影がふわりと舞い降りた。
「お坊ちゃまの影に手を出すとは……随分とお行儀が悪いですね」
――リリスだった。
スカートの裾をなびかせ、日傘を背に立つ姿は、まるで“優雅”の精霊。けどその足元から伸びる影は、まるで獣の尾のようにざわめいていた。
空気が変わった。
夕日すら、彼女を中心に引いていくような錯覚。
石畳が軋む。マナがうねる。
黒衣の男が、初めて、目を細めた。
「……ナイトロードの“従者”か。なるほど、興味深い」
「“なるほど”と“興味深い”は、敵性反応の典型ですね」
リリスは笑っていた。
けれど、声の温度は冷え切っていた。
その手に、銀の装飾を施された細身の暗器が一つ。
夕日に煌めくそれが、音もなく構えられる。
そして彼女は一歩、前へ出た。
「貴方が誰であれ、坊ちゃまの“影”に干渉するということは――」
その一歩で、空気がピキリと張りつめた。
「相応の“代償”を支払っていただきます」
黒衣の男の背後で、靄が膨らむ。
リリスの影もまた、静かに形を変えていく。
「……ほう。では、試してみようか。“従者”」
「お気の毒ですが、これは試験ではなく――処置です」
二人の間に、言葉が消える。
夕日の音すら聴こえなくなった気がした。
まるで――世界が、戦いのために呼吸を止めたように。
……あのさ。
俺、いる意味ある?????
完全にバトルの導火線になってるだけじゃん!?
ただの一般生徒が、なんで影と黒幕の代理戦争の中心なんだよ!!?
「な、なあ……! もう帰っていい!? 俺、このまま逃げていい!?」
もちろん、誰も答えてくれなかった。
そして、その背中でリリスは――
俺の“影”を背負って、静かに立っていた。
廊下が、ひとつの戦場に変わろうとしていた。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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