第11話 封印に咲く影
お坊ちゃまは、自ら伝説を望まれる方ではありません。
それでも、伝説の方が彼を望むのです。
抗おうとも、逃れようとも――
その背には、運命という名の影が常に付き従う。
まるで夜空に瞬く恒星のように、望んでもいない光が彼を照らしてしまう。
どれほど“平凡”を願おうとも、その願いごと神話に書き換えられていくのです。
学院の魔法劇。
劇場はマナに満ち、幻想と技巧の結晶で彩られておりました。
演者たちは誇り高く、観客たちは熱狂し、
誰もがそれを“ただの物語”として、心から楽しむはずだった。
……ただ一人、お坊ちゃまを除いて。
舞台の幕が上がる直前の控室。
静かな沈黙を纏うその背は、まるで檻に入れられた獣のようでした。
演じるべきは“魔王”。
けれど彼は――その言葉の一つひとつを、まるで毒のように拒んでいた。
お坊ちゃまは、望んではおられないのです。
誰かの畏敬も、称賛も、恐れすらも。
ただ、学園生活を送りたかっただけ。
平凡に、静かに、笑って――誰かと青春を語る。
それだけで、よかったはずなのです。
けれど、彼の名──
“ナイトロード”というただそれだけの存在が、
人々の信仰を呼び起こしてしまう。
望まずとも、神話の座に引きずり上げられてしまう。
舞台が始まると、彼の叫びが劇場に響きました。
演技ではなく、本気の拒絶でした。
ですが、観客はそれを“迫真”と解釈し、熱狂する。
教師たちは騒然とし、生徒たちは勝手に伝説を語り始める。
虚構と現実の境界線が、少しずつ崩れていくのを感じました。
魔法陣の起動。
マナの揺れ。
台本に仕込まれていたものは、ただの演出ではありませんでした。
劇を進めれば進めるほど、“物語”は現実へと侵食していく。
けれど、それすらも、観客には“最高の舞台”として受け止められてしまう。
誰も疑わない。
彼こそが魔王であり、封印の中心であると――
……あまりにも、皮肉な話ですね。
私は、監視者。
もしもの時は、彼を“処断”するように命じられた存在です。
何も考えず、冷徹に、マナを封じ、役目を全うすべき立場のはず。
けれど、舞台の上で必死に抵抗し、
それでも運命に呑み込まれていくその背中を見つめながら――
私は、知らぬ間に胸の奥に生まれた痛みに、目を伏せました。
これは共鳴なのか、それとも……
ただの一時的な感情の揺らぎか。
その判別すら、今の私にはつかないのです。
彼の運命を決めるのは、学園なのか、それともこの世界そのものか。
そして私は、彼の何を見届けたいと願っているのか。
わからないまま、私は――
それでも彼の傍に、影のように立ち続けているのです。
今のところはまだ。
ただの、監視役として。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
https://ncode.syosetu.com/n8980jo/
「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、ぜひ【★★★★★】の評価やコメントをいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
@chocola_carlyle