第10話 終わらない演目
演劇場に人の気配はなかった。拍手も歓声もすでに遠く、今はただ、静かなマナの波が残響のように揺れている。
舞台袖の影に、一組の気配が潜んでいた。
フードを深くかぶった女が、読み終えた台本を指先で閉じる。
その背後で、仮面の男が静かに足音を殺して立っていた。
「……観客は信じた。役者も、疑わなかった」
女の指が、舞台の中央へと向かう。
その視線の先には、誰も気づかなかった極小の魔術刻印が、淡く明滅している。
「“覚醒の物語”を彼に演じさせることで――
その存在が、封印に干渉できるほど“語られた真実”になった」
男は、台本を手に取り、ひとつ息を吐く。
「言葉が真実を作る……か。面倒な理屈だ」
「けれど、それがこの封印の構造よ。
“誰かに信じられる”ことで、封印は揺らぐ。
“あの子こそが鍵だ”と、皆が思い込むほどに」
女はわずかに口元を緩め、楽しげに続けた。
「だから“演劇”は最適だった。
学院行事として認可され、全校生徒が参加し、
信仰にも似た“期待”が、彼の役に集まる」
「……そして実際、揺れた。封印の輪郭が一瞬、あらわになった」
「でも、それだけじゃ終わらない」
女はくるりと背を向け、ゆっくりと歩き出す。
男も静かに後を追う。
「演目はまだまだあるわ。
彼を“物語の中心”に立たせる方法なら、いくつも」
「今度は劇ではないのか?」
女は答えなかった。ただ、歩きながら小さく笑う。
「それは見てのお楽しみ。
……物語はもう始まってる。
彼が気づこうと、気づくまいとね」
「随分と周到だな」
「当たり前よ。これは封印を破るための舞台なの。
どの“場面”で崩れるかは、神様でも予測できない」
舞台の奥に、誰も知らない通路が口を開けていた。
その闇の中へ、二人の影がすっと溶けてゆく。
「……さあ、次の幕を上げましょう。
まだ“物語”は、始まったばかりなのだから」
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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