第2話 魔王の湯
学院の伝説だの、封印だの、血の覚醒だの――
マジで無理。脳の処理限界はとっくに超えた。もうちょいで頭から煙出る。
図書館じゃアルマに“知識の滝”で溺れかけ、信奉派は俺を“祀り倒し”、秩序派は“監視対象”として睨んでくる。誰か俺に“普通”ってやつ返してくれ。緊急で。いますぐ。
せめて、風呂くらいは静かに入りたい。
「ふぅ……この時間なら、さすがに誰もいねぇだろ」
深夜の学院大浴場。狙いは完璧。リリスには「お坊ちゃま、私が背中を流しましょうか?」って聞かれたけど、そんなフラグは即折った。“風呂で事件”なんてラノベだけで十分。現実にはノーサンキューだ。
はずだったのに。
扉、開けた瞬間。
「…………え?」
湯気の向こうに、もっさり詰まった男たちの群れ。洗い場、湯船、脱衣所、ぜんぶギュウギュウ。俺が入った瞬間、全員が振り向いた。
「ナイトロード様ァァァァ!!!」
「風呂場にも降臨されたぞ!!!」
「やめろォォォォォォ!!!!!」
なにこの宗教フェス!? 湯を信仰の媒体にすんな!!!
「な、なんでこんな時間に人いんだよ!?」
俺が動揺してると、洗い場の男が目を輝かせて語り始めた。
「ナイトロードと同じ湯に入れば、マナが活性化すると聞きまして!」
「肌からナイト波動が吸収されるらしいっす!」
「通称、“ナイト湯”です!!!」
「誰がそんな不吉なネーミングしたァァ!?」
やべぇ、進化してる。俺の知らないとこで信仰が次ステージ行ってる!!
「これを瓶に詰めて家に持ち帰れば、一族のマナが安定するって!」
「うちのばあちゃんの膝にも効くかも……!」
「治らねぇよ!?俺、温泉の神霊じゃねぇからな!!?」
湯の底には小石を沈めて“封印の結晶”とか言ってる奴までいる。
「ナイトロードが入浴中に発現させた、世界との接続点らしいです!!」
なんだその設定!?入浴中に次元開くな!!
「中央の湯船が“神域”でございまーす!!」
「本日は“背中流し希望席”もご用意しております!!」
「遠慮しとけェェェェェ!!!!!」
俺の“静かなバスタイム”は、完全に粉砕されていた。脱衣所ではナイトロードグッズの即売会、湯船では“ありがたい一滴”争奪戦。
「……ただ風呂に入りたかっただけなんだが……」
マジでどうなってやがる。
ぐったりしながら寮へ戻ると、玄関のドアを開けた先、いつも通りの微笑と完璧な立ち姿。黒服メイドが待っていた。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま。お湯加減はいかがでしたか?」
その笑顔が、妙に神々しく見えたのは――
きっと湯気じゃなく、俺の精神が限界だったからだと思う。
「加減どころか信仰濃度マックスだったわ!!!」
バスタオルを頭にぶん投げながら崩れ落ちる俺。
「“ナイト湯”とか誰が名付けた!?もう学院の風呂じゃねぇよ!?」
「湯治の文化は、古来より神格と結びついております」
「お前、軽すぎんだよォォォ!!」
「お坊ちゃまが学院を動かすのは、いまに始まったことではありませんので」
「ナチュラルに俺を現象扱いすんな!!」
「……ところで、ご機嫌はいかがですか?」
「最ッッ悪だよォォォ!!」
ベッドに突っ伏しながら、ふと思い出す。
「てか……お前、女子寮の風呂、行ってねぇよな?」
「ええ、当然」
「……じゃあ、どうやって体洗ってんだよ……?」
「体、ですか?」
「いや、風呂だよ風呂!!清めとかさぁ!!」
「……ふふっ」
その笑い、マジでやめろ。
「お坊ちゃま、ご存じなかったのですか?」
リリスはスカートの裾をつまみ、優雅に一礼。
「メイドにとって、汚れとは“存在しない”ものです」
「はあああああ!?!?!?」
「私たちは清掃を行う存在にして、穢れを帯びぬ者」
「その理屈で体洗えんのかぁぁぁぁ!!!」
「ご安心を。所作としての入浴は、既に“完了”しております」
「いや、入ってんのか入ってねぇのかはっきりしろォォォ!!!」
「“入浴とは入ることにあらず、整えることなり”。従者訓の第一条でございます」
「宗教かよ!!!お前、ナイト湯の源泉じゃねぇだろうな!?!?」
そして、リリスは静かにティーカップを持ち上げる――
中身は、無い。
「……ふふ、良い香りがいたします」
「してねぇよォォォォォ!!!!」
俺の絶叫は、学院寮の夜に吸収され、誰にも届かなかった。誰か頼む、俺に風呂と自由と常識をくれ。できればタオルつきで。あと耳栓も。マジで。
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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