第1話 絶望と希望
学院の図書館は、荘厳な静けさに包まれていた。天井までそびえる巨大な本棚。歴史書に魔法理論、錬金術の研究書。知識の壁。学問の要塞。まさに「ガチ勢専用エリア」である。
血の騒動も、噂の暴走も、ここには無縁――
……と、思っていた。
「ナイトロードの血には天使の因子が含まれている説がある……」
「いや、ここには“闇の深淵より生まれし魔の血族”って……」
「むしろ“光と闇の狭間に生まれし混沌の申し子”では!?」
「やめろぉぉぉぉぉ!!??」
叫んだ。耐えられなかった。
なんだよ“混沌の申し子”って!!?
俺の知らんとこで俺の伝説を創造すんのやめてくれ!!
「ナイトロード様……!」
図書館中の視線が俺に集中する。
やめろ、そういう“神を目撃した”みたいな目ッ!!
「ちょうどよかったです! ご自身のルーツについて、どの説が最も真実に近いのか、お答えいただけますか?」
「天使説、魔族説、それとも混血型新概念ですか!?」
「全部ハズレだぁぁぁ!!!」
頭を抱えた。
無理。絶対無理。
俺が何を言おうと、こいつらは“神話”を優先する。
こんなところで勉強なんてできるか!!
……と、思ったが。
ここにはいるのだ。あの天才が。
特待生、アルマ・デュフォンマル。
学院の知識の守護者。図書館の女帝。
そして今、俺が唯一「勉強を教えてもらう」という名目で接触できる存在。
「なあ、アルマ……俺もちょっと、勉強してみようかなって……」
言ってみた。勇気を振り絞って。
彼女は一瞬だけこちらを見ると、小さくうなずいた。
「ちょっと待ってて。」
そして机の上に置かれたのは――
俺の腕くらい分厚い魔術理論書。
『魔術理論大全【初級編】』
表紙からもう心折れそうなんだけど!!??
「はい。これが基礎。とりあえず、この章からね。」
アルマは淡々と言って、ページを開く。
そこには魔法陣の理論、古代文字、数式、計算式。
「……文字、多すぎない?」
つい口から出た。
「この程度が読めないと、学院ではやっていけないわよ。」
「まじかよ、学院って魔法バトルじゃなくて知力バトルだったの!?」
「実践にも理論は必要よ。」
アルマは当然のように返してくる。
いや、たしかに正論だけどさ!
「俺は、経験で生きていくタイプなんだよ!」
「でも、あなたは経験もないわよね?」
ズバァッ!!
真顔で突き刺さる正論。反論できねぇ!!!
「ぐぬぬ……」
思わず変な声が漏れた。
「分からないところがあれば、教えてあげるから。」
そう言って、彼女は本を俺の前にぐいっと押し戻してくる。ページのどこからどう読めばいいのかすら分からない俺に、アルマは知的で冷静な声で説明を始めた。
だが、内容は全く入ってこない。
いや、違う。理由はわかってる。
だって、彼女を見てると──
心臓のリズムがバグる。
真剣な表情で本を読み進める横顔。
光の入る窓辺に佇む姿。
指先の仕草。丁寧な説明の声。
あかん。
この空間、尊い。
「……どうしたの?」
ふと、アルマが俺を見上げた。
俺はびくっとして、慌てて目をそらす。
「い、いや、なんでもない!」
「じゃあ、続き。」
うなずきながらも、俺の中では別の大問題が進行中だった。
恋も、魔法も、基礎からやり直しですか……!?
俺は分厚すぎる魔法理論書を前に、遠い目でため息をついた。これ、本当に理解できる日が来るのか?いや、俺のこの片思いの方が、先に爆発しそうなんだが――
「ふふっ、お坊ちゃま、ずいぶんと“気が散って”おられますね?」
声のする方を振り返ると、そこには優雅にティーカップを傾ける黒衣のメイド、リリスの姿があった。図書館の机に、ティーセットを広げてくつろいでやがる。
「いや待て待て!! 何で図書館で紅茶飲んでんだよ!? ここ飲食禁止だぞ!?」
「ご安心ください、中には液体なぞ入っておりません。」
「見た目が完全に“飲む気満々”なんだよ!!!」
「これは“メイドとしての所作”でして。落ち着いた振る舞いの演出というか、格式というか……つまり“趣”ですね。」
「そんな気取った趣いらねぇよ!! 圧がすごいんだよそのカップ!!」
「お気になさらず、お坊ちゃまもお好きなポーズでどうぞ。」
「ポーズの問題じゃねぇ!!」
俺が机に突っ伏すと、リリスは満足げに目を細めた。まったく、なんで俺の周りってこう、落ち着かない奴しかいないんだよ……!!
この物語の本編は、異世界ファンタジー『愚痴聞きのカーライル 〜女神に捧ぐ誓い〜』です。ぜひご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。
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