十五話-006日目 ぱっ狐&ゲージ連合の壊滅 ~邪神の魔の手
@悟視点@
裏ステージにある魔王城の大広間にて、パンレーと皿々の戦いから30分ほど経った頃。目を覚ました皿々に俺たちは印納さんから聞いた話の要点を伝えた。帝国や裏ステージでは「赤き洗脳」のカードによる攻撃が行われていなかったらしく、そのような攻撃があったことも皿々は知らなかったらしい。今、帝国で発生しているバリアのようなものは、城赤の星全体に及ぶカード効果すらも通さない強固な防壁のようだ。
「アルテは正者のバックアップに乗っ取られていたんだねぇ。しかも、ロックハンドラのDNA保管庫にバックアップを忍ばせておくなんて。ふん、迂闊だったわ。完全にしてやられたわね。こんなことなら卵のお守りを任されたときに放置せずに、精密検査でもしておくんだった」
「ううん、皿々ちゃんは全く悪くないよ。DNA保管庫は一応、ロックハンドラの私物だし、管理責任はあいつにありました。それに電子界崩壊がなければ、私は雷之 悟に助けられることもなかったですし。偶然とはいえ、皿々ちゃんに勝つ機会もなかったと思うよ。勝てない私を皿々ちゃんが気にかけてくれるかっていうと、ねぇ」
「情に訴えようとしたって無駄よ、パンレー。確かにあたいは弱いあんたと縁を切ろうとしたわ。でもそれを悔んだり気に病むつもりはないからね」
パンレーと皿々は戦いを通して仲直りしたようだ。皿々はアルテに裏切られたばっかりのはずだが、むしろ戦闘前よりも機嫌がよくなっている気がする。ただ戦闘のダメージがまだあるのか、擬人化状態に戻ってからは何度か自分の喉元を揉んだり押したりしている。長時間パンレーが喉に詰まっていた上に、内部から引っ搔きや嚙みつきで攻撃されてたみたいだからな。回復しきってないのかな。
「皿々ちゃん。俺たちは宇宙人のカード攻撃を解除するために帝国に向かいたい。だがまず、あんたの立場を教えてくれないか。俺たちのテレポート装置での移動を妨害した件についてだ。あんたは帝国か悪の連合、どっちの命令で動いているんだ?」
「……こいつ誰?」
「クレーだよ。昨日、別のクレーと入れ替わったんだ。魔王だぜ」
「途中の言葉の意味が分からないけど素性はわかったわ。特星本部の公務員ね。……あたいは連合とやらの当番で見張りをしてたのよ。連中、帝国に通いやすい宿を運営してるけど高くてねぇ。アルテの手前、帝国で暴れて奪うのも気が引けるでしょ。だから手を貸して、宿代を浮かしてたってわけ」
「あれ。意外と仲間意識とかないんだな」
「にしても恐怖の大王一族が絡んでいるとはねぇ。黒天利の奴、邪神がどうとか言っていたけど。神繫がりであの姉妹も関わってるのかな」
「あり得ないよ皿々ちゃん。神と邪神は全くの別物。神である例の姉妹が関わっていれば、信仰のプロフェッショナルである私が気づいてるよ。でも黒天利が邪神を気にしてるというのは初耳ですね」
「黒天利に邪神、それに姉妹?俺たちにも説明してくれよ」
俺の質問に、ドラゴン2体は顔を見合わせて困った表情をしている。しばらく考え込んだ後、パンレーが答えるように話し始める。
「今回の件に関係があるか微妙なところですが。恐怖の大王と呼ばれる姉妹がいて、その姉妹が一族を作り出したと、ロックハンドラから聞いたことがあります。そして一昔前までは、その姉妹の通称を口にした者が、信仰によって命を刈り取られる時代があったのです」
「信仰で命を?」
「恐怖の大王一族が動いた。そして組織に居候している黒天利が邪神のことを口にしていた。だからあたいは、あの伝説姉妹が裏で悪さしているんじゃないかって思ったんだけどねぇ」
「私は黒天利が邪神を気にしていることが気になります。彼女は信仰生物。邪神の力の源である呪術の影響を受けません」
「邪神って呪術が力の源なのか?」
神や信仰生物は、信仰によって姿かたちが変わるし、信仰が途切れれば実体化も難しい。そして呪いの類が全く通じない。信仰ではなく呪術を源にする邪神は、呪術バージョンの神や信仰生物のような立ち位置なのかもしれない
「皿々ちゃん。休憩中に話したけど、東武という男が封印解除のカードを持っているはずなの。心当たりありないかな」
「きっと扉のない巨大金庫の中だね。あの金庫は、認証機能付きのテレポーター専用金庫だから、ゲージやぱっ狐を同伴しないとテレポートできないんだ。壊すか脅すかしなきゃ入れない。どちらにせよ、あたいに任せれば手っ取り早く済ませられるよ」
「あんたが協力してくれるってのか?さっきの戦いぶりは凄かったから、本当なら心強い話だが。皿々ちゃんは組織の一員だったんだろ。いいのか?」
「あの組織の宿にもう価値がないってのもあるけど。それ以上に恐怖の大王一族とは因縁があってね。封印解除のカードとやらを使うつもりなんでしょ。万が一にでもシクレットの永久封印が解けてしまえば、捨て身で永久封印を施したロックハンドラの死が無駄になるからね。あっ、別に奴を思ってのことじゃないよ。あたいは無駄な手間を増やしたくないだけだよ」
「クレーの疑いも分からなくはないが、別にいいんじゃね。敵は悪の組織だぜ!利害が合わずに裏切りなんて、きっと日常茶飯事に違いない!で、どうやって向かえばいいんだ?」
「地下室の牢獄から、組織の地下通路につながるワープゲートに入れるよ。だけど最近は黒天利のアドバイスで見張りを増やしてるから、戦闘は避けれないかもねぇ。地下室に案内するわ。あ、パンレーはあたいの背中に乗ってもいいよ」
「やった!皿々ちゃんと一緒に生身で行動するの初めてだよね!へへへ、私と皿々ちゃんの力が合わされば天下無敵です!悪の組織の悪党共全員、ドラゴンの力と恐怖で絶望させてやりましょう!」
「おっ。やっぱりドラゴンらしく話が分かるわね!なら見せてあげるわパンレー!ドラゴンの道案内ってのはこうするのよっ!」
[どががががぁーーん!]
「「うおおおっ!?」」
パンレーを背に乗せたドラゴン姿の皿々は、広間の天井付近まで上昇する。そして空中から広間の床に向かって高速で頭を突き出して突っ込んだ!皿々の重量を乗っけた空中からの頭突きは、魔王城の床を崩落させ、俺たちの足場を巻き込んで下へ突き抜けていく!
[どささぁっ!]
「皿々ちゃん!ちょっとスリリングすぎるよー!」
「心配無用よパンレー!ほら見て、あたいの目論見通りに地下牢のゲートに直通したわ!今から組織の連中を蹴散らすから、しっかり見届けてよね!」
地下牢のゲート前に落下した俺たちを気にすることもなく、皿々とパンレーはゲートに飛び込んで姿を消してしまう。俺とクレーは砂埃と上から落ちてくる瓦礫を浴びながら、ゲートの前で立ち上がる。
「いてて。ほ、本当によかったのか、悟。あの子、仲間にしちゃじゃじゃ馬すぎる気がするが」
「く。俺より目立ちやがってあいつめ。先を越されてたまるか!追おうぜクレー!」
「お前、体力も精神力もタフだよな。俺、このパーティでやっていけるかなぁ」
呆れるクレーを横目に、俺はドラゴン2匹を追ってワープゲートに飛び込む。いよいよ、ぱっ狐&ゲージ連合の敷地内に入れるってわけだな!奴らに捕えられた封印解除のカードとついでに東武を奪還して、『赤き洗脳』の効果を解除すれば、特星の住人は元に戻るはずだ!後はカードを守りながら、城赤の洗脳も解除してしまえば事件は解決だな!盤面は見えた!ゴールはもうすぐだ!
ワープゲートの先は、魔王城よりも酷く崩壊していた。通路の壁の至る所が崩落しており、通路の奥の天井には大穴が開いている。通路の奥にある壁には、擬人化した動物やらモンスターが積み重なって倒れている。あいつらがゲートに入って30秒程度しか経ってないと思うが、既に通路の制圧は完了していた。
「見ろよクレー。もう制圧されてるぜ。参ったな、俺たち一歩遅れただけだってのに」
「奥に積み重なった見張りらしき連中、きっと体当たりか何かでまとめて吹っ飛ばされたんだ。ワープゲート付近の壁には焼けたばかりの焦げ跡がある。反撃もされたみたいだが。ものともせずに吹っ飛ばして、天井に穴をあけて飛び去ったんだろう」
「どうする?天井からの脱出は手間だし、地下通路の敵を蹴散らしながら行くか?」
「今の物音はなんだにゃー?にゃあ!?な、なぜ仲間がこんな無残に山積みなのにゃ!って、あの緑の服はまさか……例の襲撃者かにゃ!?」
クレーと作戦会議をしようとすると、通路の奥から擬人化した、……いや擬人化しきっていないネコが、擬人化共の山の前に姿を現す。ほとんどネコの姿で二足歩行するそいつは後ろ脚と首の向きだけが人と同じで、他はやはりネコそのものだ。あんなネコ初めて見たぞ!
「緑の服の襲撃者?まさか悟が?」
「違う!真に受けてる場合か!見ろ、あんなネコ見たことないぜ!きっとレア種族に違いない!非売品で希少品に違いない!こんな悪の組織に野放しにするよりも真っ当なレア物コレクターに売り渡そうぜ!」
「ひええ!ゲージ様に報告して保護してもらうにゃ!ごめんね仲間たちよ!恨むならボクじゃなくてあの襲撃者の男を恨むのにゃー!」
「狙いはお前だ!待てーっ!」
「おい悟!?目的を忘れるな!待てよ!」
二足歩行のネコを追いかけた俺たちは、階段を駆け上がり建物の廊下を走り回っていた。建物内の擬人化生物たちが何事かとこちらに怪訝な目を向けているが、状況を把握できていないのか、俺たちを足止めする者は1人もいない。
「にゃああああぁーっ!」
「待ちやがれ!二本足で逃げ切れると思うなよ!」
俺とネコの距離は徐々に差が開いていた。歩幅はあのネコの倍以上はあるはずだが、奴の歩行回数は俺の3倍以上はあり、さらに4足歩行で障害物を潜ったりするので差が開いていた。階段を上ることも多く、クレーは既にペースダウンしている。
「こっちにゃ!」
「げっ!やられた!」
二足歩行のネコは、休憩室の下側に設置されているネコ専用の通路を通って先へ行ってしまう。この階は分岐や分かれ道が多かった。外に出て回り込んでいたら、もう奴の姿を目にするのは難しいだろう。
「ぜぇぜぇ……。こ、こりゃもう無理だ。それに目立ちすぎだし。あいつは諦めて、ここで一旦休もうぜ……」
「けどよクレー。奴はゲージに報告するって言ってたんだぜ。つまり事件解決の面から見ても奴を追うのが最短ルートだ!俺はいくぜ!」
[ずざっ、ずざ、ずず、ず……]
「……やべ」
「悟?」
「こ、このネコ用通路、左右に出っ張りがある!そこにコートのポケットが引っかかった!抜けねえ!」
「腕を曲げて、逆サイドのポケットを外せないのか?」
「無理だ!通路が長い!肘が胴体の前方で並んでて、どう曲げても脇の下まで曲がんねえ!通路の高さは低いし横幅は胴体ギリギリなんだ!し、しかも隠しポケット内の予備コートが突っかかって身動きができない!」
「奥行1メートル以上の通路と壁ってことか?そっか。じゃあ一旦休むか」
「おい!」
こ、こんな状況で休めるかぁ!顔は伏せたままで碌に上げられず、腕は垂直に立たないから肘から先を前側に倒してる状態なんだぞ!
「今、敵に襲われたら終わりだ!クレーの方から何とか引っこ抜けないか?」
「待て悟。静かに。誰か近づいてくるぞ」
「げっ」
[がちゃ、きいぃ]
「まったく。ラーメンの湯が作れぬとはどういうことだ。ん?おおっ!お主は前に寮の部屋を借りた男ではないか!確か名はクレーだったかな?」
「あ、ああ。ご無沙汰してます」
ゲージの声だ!あっちからやってくるとは探す手間が省けたぜ!……だがやけに呑気だな。皿々が既にアジトに攻撃をしているはずだが。ラーメンの湯を気にしている暇があるのか?
「お主、さっきの地震で避難してきたのか?特星住みのお主は知らぬかもしれぬが、地震のときは外に避難するのが基本なのだぞ。室内は危険なのだ」
「地震?」
「轟音と大きな揺れがあっただろう?みんな大騒ぎでな。我はいつでも能力で避難できるから、気にせず昼食のカップラーメンを作ろうとしておったのだ。ま、ガスが使えず断念したのだが」
「「なるほど」」
「んん?」
どうやらゲージは事態の深刻さに気付いていないらしい。地震は、皿々が施設に何らかの攻撃を仕掛けた際に生じたものだろう。
「ゲージ様ぁーっ!どこにいるんですかにゃー!あ、いたにゃ!」
「む?ネコ雄か。一体どうしたのだ?」
「至急のご報告がありますにゃ!って、うわああ!その人間、犯人の一味ですにゃ!」
「戻ってくるとは。参ったな」
「犯人だと?この者は我の知人なのだぞ。そもそも一体、何の犯人だというのだ」
「じ、実は1時間ほど前、ボクの担当する宿泊施設が襲撃者に攻撃されたのにゃ。ボクが独自調査した結果、狙われたのは特星本部長とその連れで、女子小学生2名の可能性が高そうなのにゃ。犯人の特徴は全身緑色の衣装!その男と一緒にいたコート男が実行犯だと思うのですにゃ!」
「特星本部長が襲われたというのか!?1時間も前に!ば、バカ者!なぜ独自調査をする前に我に報告しなかったのだ!」
「だってぇ!先に報告したらゲージ様、自費で本格捜査しろとか言って勝手に給料から天引きするに決まってるにゃ!前の不祥事の調査費用、10か月の無金労働でようやく返済したばかりにゃ!しかも前の調査費用の8割以上がゲージ様の口座に振り込まれていたのに、事前報告するわけないにゃ!ボクの担当区域はボクが自力で解決するから、本部の襲撃は本部のメンバーで対処してほしいにゃ。報告終わりにゃあ!」
「あっ。おい待つのだ!ネコ雄!」
足音が1つ遠ざかっていく音がする。ゲージならその気になれば、特殊能力で追いかけることもできそうな気がするけど。無理に追うわけではなさそうだ。……おかげで未だに、この狭いネコ用通路から抜けだすチャンスがない。
「あのネコ雄ってネコ、泣いていたな。彼はあんたを慕っていたんじゃないのか?でなければ借金返済後に辞めない理由がない。調査費用の名目で10か月分の借金を負わせて、自分は8か月分も貰っていたんだろう?」
「う、うるさい!我も不祥事の現場を見に行ったのだ!あれはれっきとした調査なのだから問題はあるまい!にしても襲撃者に本部長が狙われただと?緑色の衣装とは、悟の仕業か?」
「悟を怪しむ気持ちはわかる。でもこいつが犯人じゃないことは俺が保証するぜ。よっと」
「いってぇ!」
「うわっ!お主もいたのか暴力男!」
急に両足を掴まれて、ネコ用通路に引っかかったコートから引き離すように、俺の体は引っ張り出された。クレーが俺の体を救出したようだ。コートを失った俺は、慌ててネコ用通路に両腕を伸ばし、引っかかっているコートを丁寧に取り外す。そして無事に体が消滅する前にコートを着ることができた。
いやぁよかった。通路から出られないまま一生を過ごすところだった。丈夫すぎるコートやコート神の特性が裏目に出たな。
[きいぃん、どかあああぁん!]
「「「うわっ!?」」」
俺がネコ用通路から抜け出すや否や、激しい揺れと爆音のような音の振動が俺たち3人のいる部屋を揺るがした!足場を根元から揺らされるような感覚に、俺は思わず膝をついて耐える。床が若干傾いたところで、足元の揺れは治まった。
「いてて。って、奇襲だクレー!」
「なっ!アタックバリア!」
[どかかぁっ!ばりぃん!]
「ぐっ!」
「クレーっ!」
膝をついているクレーを、ローブを着た謎の人物が背後から襲った。クレーはアタックバリアで攻撃を防いだかに思えたが、杖の先から発生した衝撃波のようなもので吹っ飛ばさてしまう。そのままクレーは窓枠ごとガラスを突き破って、窓の外へと身を落としていった。
「な、何者だお主は!」
「おっと。動くとこの子の安全は保障しないよ」
「ネコ雄!?よせ、我らは何もせぬ!」
ローブの人物はぐったりと気を失ったネコ雄の口元を掴み、杖の先を喉に押し当てている。この休憩室の廊下側からやってきたみたいだし、偶然すれ違ったところを捕らえたんだろう。……ローブも中の衣服も、緑色ではなさそうだな。例の襲撃者ってやつとは別件か?
「コート神のキミもだ。ボクの指示に従ってもらおうか。この組織に保管されているというカードを1枚用意するだけでいい。封印解除のカードって言うんだけど、知っているかなネコ君?」
「お前、恐怖の大王一族の手先か!?」
「黙りなよ、悟。君らの役目はもう終わったんだ。このエリアを覆っているバリアの突破口を案内してくれたことは感謝するよ。褒美に星中に蔓延する『赤き洗脳』は解いてあげる。シクレットを解放して始末した後にね」
「シクレットを始末!?お前の立場は謎だが、シクレットを1度でも解放させるわけにはいかないな!連中の関係者だっていうなら、今ここでぶっ倒してやるぜ!」
「おや。いいのかな。無関係なネコ君が無事ではなくなっても」
「水圧圧縮砲!」
[どかあぁっ!]
「うあっ!?くっ、よくもやったね!」
俺が水の魔法弾をローブの顔に向けて発射する。ローブの人物はとっさに両手で顔を庇うが、水圧圧縮砲の威力に押し負けたのか片手に掴んでいたネコ雄を手放してしまう。宙に舞ったネコ雄をゲージが空間を通ってキャッチし、空間を通ってどこかへ連れ去っていく。
「やはり撃ちおったか!この外道男!お主はネコに恨みでもあるのか!?」
「バカ言うなよ!お前以外のネコは滅多とぶっ飛ばさないぜ!それよりゲージ。この女やばそうだ。早くそのレア猫連れて逃げな」
「ふん。ネコ雄は無事だったからな。結果でチャラにしてやろうではないか」
ゲージはネコ雄を連れてこの場を後にする。今、この場に残されたのは俺と目の前にいるローブの女だけになった。声の質だけは年下っぽさがあるが、どうにも他の生物にはない独特の威圧感というか、呪術を纏ったような人外の気配を感じる。こいつは一体?
「……いい判断だね。君1人であれば、ボクの呪術で死者が出る可能性はほとんどなくなる。信仰の体が呪術の類を受け付けないことを理解できている証だよ」
「信仰にも詳しそうだな。何者だお前!」
「キミになら明かしてもいいか。ボクは恐怖の大王の片割れ。カタリアエッチ ベストアングル モーレ。神から邪神になった伝説姉妹の妹さ」
「か、カタリアエッチ?えぇ。なんとなく呼びにくい名前してるな。あだ名付けるか」
「ダメ。ちゃんと名前を憶えてよ。さもなくばキミの関係者を呪い殺すよ」
「いや憶えちゃいるんだが」
いや待てよ。名前のインパクトで誤魔化されそうになったが、神から邪神になっただと?バカな。ほんの少し前に、パンレーが神と邪神は全くの別物って話してたじゃないか。神は信仰エネルギー、邪神は呪術エネルギー、根本のエネルギーが異なる生命体に転生できたってのか?
パンレーと皿々の話していた伝説姉妹の話。元は神だから信仰で人を殺していたという逸話は筋が通る。神から邪神になったのなら通称での死亡例がなくなったのも当然だ。これまで利用していた信仰のエネルギーのネットワークを捨てて、全く別のエネルギーを扱う邪神になったんだからな!
「邪神がこの星に来たってことはだ。お前、やっぱり恐怖の大王一族の味方だろ!片割れとはいえ、恐怖の大王本人がお出ましなんだからな!」
「それはどうかな。一族のシクレット派と本家の争い。ボクたち姉妹のこの争いにおける立場は、第三陣営に近いと思うけどね。なんせボクたちの目的は、一族を殲滅して呪術エネルギーを回収することなんだから」
「一族を殲滅だと!嘘つけ!」
「本当だよ。キミは疑問に思わないのかな?流双がどうして恐怖の大王一族を襲ったのかってね。今回の件と過去の件で2度、流双は恐怖の大王一族を壊滅に追いやっている。今回の件はシクレット派の擁護にもなるけど、過去の件はシクレットの仲間も巻き込まれている。……ねえ、流双が一番仲良くしてるのはどの陣営だと思う?」
「流双?まさか流双もお前の仲間で、第三陣営?お前らが組んで、恐怖の大王の一族を殲滅したってのか!?」
「大正解!流双はボクたちと専属契約をしていてね。ボクたちが力を取り戻すほど、彼女の呪術スキルにも数パーセントの利息を与える約束事になっているわけ。残念なことにオットーが彼女を鏡に封じ込めたせいで、僕たち自らが動く羽目になっちゃったけどね」
だから、このタイミングで邪神が特星にやってきたのか!オットーが流双を捕らえたのは昨日、俺が負世界で行動している間の出来事だ。本来、流双がシクレット派と組んでシクレットを解放する作戦だった。だがシクレット派に潜入していたスパイのオットーが、本家で暴れていた流双を鏡に封印。作戦に支障が出たから、この邪神は直接動いてるってわけか。
シクレットを始末するって言い草からして、こいつの実力は相当のものだろう。だが、神の体に呪術は無効だ!こいつを倒して、シクレットを復活させることなく洗脳を解除して見せる!
「シクレットは印納さんの父親が命を賭して封印したって話だ!それにパンレーたちドラゴンの敵でもある!洗脳を解くにしても、復活させるわけにはいかないぜっ!水圧圧縮砲!」
「できるものならやってみなよ!ボクに勝てるならねっ!」
[どがしゃあぁっ!]
「うぷっ!?水圧圧縮砲を杖で打ち砕いた!?」
「遅いね!」
「うおおっ!?」
[どがしゃああぁん!]
水圧圧縮砲の砕けた水しぶきをコートの裾で拭っている間に、目の前に杖の先端にある玉が迫る。間一髪で身を低くして回避した際、俺の目にはとんでもない光景が映った。ビルの壁の側面に埋め込まれた鉄筋コンクリートごと、壁一面がまるごと杖の一撃で薙ぎ払われていた!
「く、油圧圧縮砲!」
「おっと。残念だね!クリーンテーピング!」
「消えた!?」
攻撃の勢いで重心を崩したカタリアエッチの足元の床に、油の魔法弾を発射する。油は確かに奴の足と床を捕らえたはずだが、奴の技名と共に消失してしまった。今の技から感じた感覚、あれが奴の呪術に違いない!
「神であるキミにはボクの呪術は通用しない。だけどキミの特殊能力であれば、ボクの呪術で無効化するのは難しくないのさ。そして単純な身体能力はボクの方が上だ!」
「今の技は呪術だな!テーピングの呪術師、あるいは掃除の呪術師ってところか」
「あらら。キミはあれか、呪術についての知識が不足しているようだね。あのね、ボクの立場はキミたちの特殊能力で例えるとロックハンドラなんだよ?呪術を提供する側のボクが、特定の呪術しか使えないなんてこと、あるわけないでしょ」
「げっ。全部の呪術を使えるってのか!」
「省エネなものだけね。ボクも苦労してるんだよ。未だにエネルギーの大部分が失われたままでさ。だからぶん殴るけど許してね」
「へっ。そりゃお互い様だぜ!」
[きいいぃん!]
水鉄砲を構えて次の攻撃に移ろうとしたところ、外から聞き覚えの音が響いてくる。外に目をやると、皿々が俺たちのいる階の下辺りに向かって真っすぐ飛んできている!あの速度、声を掛ける間もなくこのビルめがけて着弾するぞ!
[どがあああぁん!]
「うおっ!」
「またこの揺れ!?なんなのさ、もう!」
「電圧圧縮砲!」
「なっ!?」
[ばちばちぃっ!]
「くうっ!って、わああぁーっ!?」
カタリアエッチの気が逸れた瞬間を狙い、速度の速い電気の魔法弾を奴目掛けて叩き込む!揺れでバランスを崩していたカタリアエッチの額に魔法弾は直撃し、電気で硬直した奴の体は、ビルの揺れによって外に弾き飛ばされてしまった。
「くっ。お、落ちる!」
勝負は俺の勝利に思えたが、ビルの床がほぼ垂直にまで傾いたことで俺の体も外へ向かって転がり落ちていった。勢いよく宙に放り出された俺は、先に落ちたカタリアエッチの後を追うように落下してしまう。やむを得ず、落下時の衝撃を抑えるために体勢を整える。
「ん?」
落下する中、俺は異変に気が付いた。落下先を覆う雲がいつの間にか出現しており、その雲に遮られたのかカタリアエッチの姿が見えなくなっていた。ファンタジー感のある白く輝く雲は、気体というよりはむしろ固形物のような質感を持っているように見える。く、雲に衝突するぞ!?
[ぼふぅん!]
両腕と両脚に予想とは異なる衝突の感触。雲が落下のダメージを無力化したらしい。顔を上げると、雲の上に立つマントを羽織った女と、その女の両腕に抱えられたカタリアエッチの姿があった。カタリアエッチのローブのフードは外れており、抱き抱えている女と似た雰囲気の顔が露出している。あいつ、落下の間に意識を失ったみたいだ。
「妹自ら、私の胸に飛び込んでくるとはな。やはり私たちは結ばれ合い、惹かれ合っているのだろう。意識が戻る前に、早く私の体で直してやらねばな」
「おいお前。なんか禄でもないこと口にしてるところ、言うことじゃねーけどさ。こんな雲があるのにキャッチしたら逆効果じゃないのか」
「おや。君が妹の意識を奪った張本人か。まずは礼を言おうか。君ごときの力でよく妹を気絶させてくれた。きっと慣れない落下で意識を失ったのだろう。私たちは宇宙空間での活動が長いのでね」
「お前は?そいつの姉か?」
「私はネトリアエッチ ベストアングル モーレ。察しているようだが、カタリアエッチの姉だよ。宇宙では親切な……いや嘆かわしい連中が、我らをリアエッチ姉妹と呼ぶこともある。おかげで神だった頃は、信仰エネルギーの影響でやむ得ず、妹とは肉体関係を何度も結んできたのだが。邪神になってからはご無沙汰でね」
「…………」
こいつやべーな。話の内容は理解できるんだが、きっと趣味が合わなさそうなタイプだ。信仰や妹という共通の話題で、ここまで話に乗る気になれないタイプは初めてかもしれない。
「1つ助言をしよう。我ら姉妹以外にもう1体、このエリアのバリア内に邪神が入り込んでいる」
「えっ。まだ邪神がいるのか?」
「我ら姉妹は、呪術エネルギーを追跡して君たちのルートを辿った。一方でその邪神は、君のキャッシュカードを媒体に君たちのルートを辿ったようだ。奴はカードゲームを司る邪神だ。この宇宙全体に分布・蔓延している。シクレットを倒すためには奴を利用するしかないだろう」
「カードゲームの邪神なのに、キャッシュカードも取り扱ってるのか。ってか、お前たちがシクレットを排除するんじゃないのかよ!」
「私たちにそんな力はない。私たちの力の大部分はシクレットに奪われている。妹には誤解を与える物言いをしているのさ。誇張表現一つで、憧れと尊敬と笑顔を私に向けてくれるからね。ま、幻滅されたときによく使う手だ。シクレットは我らの適う相手ではないが、愛する妹の涙を癒すための共同課題として利用しているのだよ」
つまり、こいつは妹との関係を取り持つために希望的な嘘情報を流していて、カタリアエッチがシクレットを解放しようと立ち回ってたのは無謀な行いだったわけか。はた迷惑だな!カタリアエッチが幻滅したり涙を流してるのって、この姉のマッチポンプなんじゃないか?
「お前らは第三陣営って言ってたが、シクレットとは昔から敵対してるのか?」
「ふむ。妹の件の礼もある。昔の話をしよう。シクレット攻略には役立たないだろうがいいか?」
俺はそもそもシクレットを復活させるつもりすらないが、こいつらも含めて復活させたい奴が多いからな。今回は敵が宇宙人な都合で、敵陣営側の情報を得る機会が少ないし、念のために情報収集はしておく方がいいかもな。
「一応、聞かせてくれ」
「私は神だった頃から、邪神になるために呪術エネルギーを貯蓄してきた。愛する妹の頼みでな。呪術エネルギーの回収を効率化するため、呪術普及を目的として作り上げたのが、恐怖の大王一族だ」
「作ったのか。じゃあ連中も邪神なのか?」
「いや、呪術由来のマジックアイテムで動く人造の生命体だ。奴らは貯蓄した呪術エネルギーの一部を消費することで生み出され、目論見通りに呪術は宇宙の各所にそれなりに普及した。エネルギーも日ごとに貯蓄されていった。だがある日、貯蓄エネルギーの配分に異変が起きたんだ。1人の一族の者に、貯蓄したエネルギーのほとんどが費やされてしまった」
「それがシクレットってわけか」
「ああそうだ。ちなみに異変の原因は、大怪獣ロックハンドラの卵だ。ドラゴンたちの間では孵化時の電子界の崩壊が騒がれていたようだが、受精時も宇宙には色々な影響が出ていたのさ。シクレットのおかげで長年の確執があったロックハンドラを討ち取ったから、悪いことばかりではないのだけどね」
「つまり今のお前らは、余り物の呪術エネルギーでそれだけの力があるってことか?羨ましい話だぜ。俺も呪術に鞍替えしようかな」
「よせよせ。君の才能は神に向いている。その才能を極めれば、信仰エネルギーを用いるものすべてを自在に弄ぶこともできるだろう。神の体が嫌でなければ、今のままでいた方がいいぞ」
「む。神だった奴にそこまで言われると、もったいない気がしてくるな」
つっても、ビルでの戦いだとカタリアエッチ相手に劣勢だったからな。アクシデントがなけりゃかなり危うかった。俺に信仰の才能があるとしても、あの強烈なパワーをひっくり返すほどのポテンシャルを出せるとは思えないんだけどな。
「さて。愛しい妹が目覚めてしまう前にノイズを取り除かねばな」
「げっ!」
突如、俺の周囲にある雲が消え、俺の体は再び宙を落下していく。遠ざかっていく雲を見上げていると、距離的に聞こえるはずのないネトリアエッチの声が耳元から聞こえてくる。
〔君には私と同種の素質を感じている。自分の妹に手を出したくなったら頼るがいい〕
「ざっけんなー!お前と一緒にするなーっ!」
なんて叫んでいる間に、地上が一気に俺に近づいてくる。視界の隅にはパンレーや他の連中が見えるが、俺をキャッチできる者は落下地点にはにいなさそうだ。くっ!このまま落下したら間違いなく気絶だ!こうなったら落下ダメージを最小限に留めるしかない!
ビルから放り出され、邪神に雲から落とされた俺は、地面が迫る中で決断も迫られていた。落ちたら気絶は必須!なら落下ダメージを最小限にしてやる!
「電圧圧縮砲!ぐううぅーっ!」
俺は迫る落下ダメージに備えて、自身のシャツに手を当てながら雷の魔法弾を生成する!全身に電気のダメージと痺れが伝わるのを感じながら、2発、3発と電圧圧縮砲を追加していく。もう一発を追加しようとしたとき、全身を突き抜けるような衝撃が俺の体全体に一瞬で浸透した!
[どかあぁっ!]
地面に落下した俺の体は止まらない。バウンドして回転しながら数メートルは跳ね上がった。しかし事前に電圧圧縮砲で体の感覚を麻痺させていたため、意識を失うほどの痛みやダメージはない。宙で回転しながら再び迫る地面までの距離を見極め、足で回転を止めることで地面に降り立った。
「っと!いてて。ちくしょう。やってくれるぜ、邪神姉妹め」
俺は片膝をついて上を見上げる。リアエッチ姉妹のいた雲が崩れかけのビルの4階辺りに見える。俺が投げ出された階層は、未開封のカップラーメンが引っかかっている6階のようだ。ビルはところどころに大穴が空いており、5階辺りから上部分が直角になるかってくらい傾いている。
「師匠……どうして我らの連合を……」
「ん?」
今にも消え入りそうな声が聞こえたのでそちらに視線を移す。すると崩れゆくビルの陰でじっとしている人物がいた。ゲージだ。奴は気絶したネコ雄を地面に寝かせて、呆然とした様子で崩壊するビルを見上げている。危ないな。コンクリートの破片やガラスがまだ降り注いでいるのに、何やってるんだろう。
「ふぁっはっは!やはり貴様もきおったか。正者に捧げられる贄よ!」
「あっ!お前は地球のテレビ局長!それに黒天利!?」
「……悟か。お前が帝国にいるとなると。カードの防衛はもはや手詰まりか」
ビルの壊れた窓から外に避難してきたのは、瞑宰県テレビ局の局長と黒天利だった。2人は外に出るなり俺のところへ歩み寄ってくる。局長がやけに上機嫌なのに対し、黒天利は不機嫌そうな顔をしている。正者にカードの話だと?まさか、こいつら俺の知らない情報を持っているのか!?
「わしにはわかる!わかるのだ!正者がやってくるっ!このわしに会いにな!わしと正者の復縁!それ即ち、宇宙を統べたに等しいのじゃよ!」
「ど、どうした局長?ロケット墜落のショックで脳がやられたのか?」
「特星で保護されてからこの調子だ。厄介なことに、局長は正常なんだ。私の能力で作った検査ステージで診断した。間違いない。仲間に誘ったのは失敗だった」
「何を言うか黒天利!間違いなく昨日、正者はこの星に現れたんじゃ!わしには気配でわかる!そして正者の後を追うように、ストーカー女が後をつけておるのだ!ああ正者!わしだけはお主の身を案じておるぞ!早くわしの元に舞い戻るのだ!わしの正者よ!」
「わかった、わかったから。ほら見ろ。ビルの陰のあたりだ。我らが上級幹部のゲージがいるだろう?同じ組織の一員として、あんたの正者への思いを報告してやったらどうだ」
「ふむ。ゲージ君か。わしの見立てでは、彼はビルの崩壊で動じるタイプではない。全てを失っても立ち直る、いわば正者のようなタイプじゃな。あの仕草と表情、きっと胸中に誰かを思い浮かべて嘆いておるのじゃろう。どれ、わしと正者のアイドルユニットの前情報で元気づけてみるかのう!」
黒天利の言葉を真に受け、局長はスキップしながらゲージの方へ向かっていく。ゲージの奴かわいそうに。ハイテンションな爺の正者自慢を聞き続けるなんて、俺なら耐えられないぜ。
「で、黒天利。お前は封印解除のカードについて何か知ってるのか?」
「名称や用途は知らん。だが1つ言っておく。ぱっ狐&ゲージ連合に東武とカードの捕獲を勧めたのは私だ。帝国を守るバリアを築いたのもな」
「なにっ!?」
「封印解除のカードと呼ばれるあのカードには邪神の力が及んでいる。信仰生物の私にはそれがわかるんだ。コート神のお前も、カードを直に見れば異質さに気づくだろう」
「待てよ。じゃあ黒天利、お前はあのカードを捕獲する前に見たことあるってのか?」
「ああ。かつて地球でな。東武がカードを拾い、ドラゴンを呼び出すところを目撃した。……その際に見えたんだ。カードのエネルギーをごく少量ずつ奪い、呪術エネルギーに変換して蝕む邪神が。今はそこら中で力を感じている。世界中に奴が蔓延しているかのようだ。ここ数日は何ともなかったが、ビルが襲撃された前後から、また帝国内で力を感じるようになった。バリアを突破されたんだろう」
じゃあ黒天利の目的は、邪神の力を食い止めることにあったということか?そのために秘密組織のぱっ狐&ゲージ連合に入れ知恵して、封印解除のカードと東武を奪い、帝国をバリアで封印したのか。
黒天利や局長がこの星にやってきたのは半年ほど前。半年の期間で帝国にやってきて今に至るってのは要領よくやってるぜ。確かこいつら、特星本部の監視下か何かにあって、ゲージたちに連れ去られたって話だったはずだ。最初に話を持ち掛けたのか、連れ去られたことを利用したのか、いずれにせよ特星での生活に馴染んでいるようだ。
「おーい!雷之 悟ー!」
「お。パンレーか」
黒天利の話を聞いている最中、遠くからパンレーの呼び声が聞こえる。振り返ると、皿々の背に乗ったパンレーがこちらに向かって手を振っている。手を挙げて手招きすると、ドラゴン姿の皿々がパンレーを乗せたまま飛翔して俺たちの前まで飛んでくる。
「あんたも来たのね、悟。怖気づいて来なかったのかと思ったわ」
「あれ。そこにいるのは信仰生物の天利じゃないですか」
「げっ。お前まさか、電子界にいたドラゴンか!?バカな。お前は理論上どうあがいても電子界を出られなかったはず。一体どんな裏技で出てきたんだ?」
「そりゃお前、絶望の淵から美少女を救う展開なんだから答えは1つしかないですよ。そう、愛の力が私を救ったのですよ」
「あんまり適当言ってやるなって。パンレーを救出したのは俺さ。粉々に砕いて、少しずつ電子界の外に持ち出したんだよ」
「そ、そうか。サイコパスみたいな発想だな。天利の息子というだけのことはある」
「ううーん。ぶん殴りたいけど、あたいはパンレーを救えなかった。もどかしいけど、よくやったとこの男を褒めざるを得ないわね。ふん、あたいのパンレーを傷つけやがって」
「褒めないのかよ」
「師匠っ!皿々師匠!」
パンレーたちが合流してから少しして、ゲージが俺たちの前に姿を現した。身長に見合った短めの剣を持ち、その刃先は師匠であるはずの皿々に向いている。なによりも、ゲージにしては珍しく決意を宿した目をしており、下手に刺激すればすぐに攻撃を仕掛けそうな雰囲気だ。
「師匠!なぜ我らの組織を攻撃したのだ!あなたはほとんど組織会議に出席しなかった!一方我らの組織は、そんなあなたに幹部の地位と福利厚生を与えてきたではないか!一体、何が不満なのだ!」
「止すのじゃゲージ君!その体格差では一方的に潰されるぞ!」
後を追ってきた局長が、ゲージに制止の声を投げかける。
しかしゲージは聞く耳を持つことなく、一歩ずつ皿々との距離を詰めていく。剣の刃があと数センチで届くという距離で、ゲージは足を止めた。
「ふーん。その距離であたいを刺せると思っているのね。……あんたらの組織に不満はないわ。興味もない。帝国内の宿屋を無料で使えるから、その権利が欲しかっただけよ。その用も済んだから、次は悪党としての用途で使おうと思ってね」
「悪党としての用途、とは。一体どういうことなのだ!」
「サンドバッグってことよ!悪党の根城を壊滅させても、文句を言うやつはほとんどいない!悪党ならそのデメリットも享受することね!ぱっ狐&ゲージ連合は、あたいのストレス解消でぶっ潰す!恨むんなら、酷い別れ方をしたアルテを恨むことね!」
「や、八つ当たりではないか!おのれぇ!」
[どがあぁっ!]
「うぐあぁぁ……!」
剣を最短距離で突きつけるゲージ。しかしその剣が届くよりも前に、皿々は全身を横回転させ、自身の尻尾をゲージの脇腹に叩き込んだ!人を吹っ飛ばしているとは思えない速度でゲージはぶっ飛び、その角度は徐々にだが、目で追っている間にも上がっていく。
やがて遠くの方でゲージは弧を描くように落ちていき、その姿は見えなくなった。あの吹っ飛び方だとまず間違いなく落下地点は海だろうな。
「おい皿々。やりすぎじゃないか?あいつ弱いんだから加減してやれよ」
「ゲージは危なっかしいのよ。敵を選ばない。退くことを体に叩き込まないといずれ身を亡ぼすよ。その点、あんたは勝ち戦ばかりで負けない秘訣をよく心得ているよねぇ」
「負けない秘訣?主人公が強い装備を身に着けることかな」
「皿々ちゃんが伝えたいのは、勝てる敵ばかり相手にしてきたんだろう、という皮肉だと思いますよ。アルテと勝負すれば勝てないことの皮肉も込みで」
「パンレーあんた、説明しすぎ」
「ゲージ君は無事かのぉ。擬人化していないドラゴンまでおるとは、未知の体験じゃ。どうじゃね皿々君。わしと正者のアイドルユニットのマスコット枠になる気はないかね」
「おい。あたいは今、アルテと正者が泣いて媚びる姿を見たい気分なの。次に下らない冗談を言ったら、お前も海までぶっ飛ばすわよ」
「なんじゃと!下らない冗談とは何じゃ!わしの正者を何だと思っとる!泣いて媚びる正者に需要があるという意見は、まあわからんでもないのじゃが」
[どがあああぁん!]
皿々と局長が火花を散らせる中、唐突な爆音がビルの方から響いた。そしてビルの中から飛び出したのは、見覚えのある姿のドラゴンと人間だった。ゲニウス、そして東武だ!東武を鷲掴みにしたゲニウスが、ビルの壁をぶち破って飛び出してきた!
ゲニウスはこちらに顔を向けて俺たちの方を見る。
「おう」
俺は片手をあげて、多分聞こえないだろうが声を掛ける。ゲニウスは一礼すると、俺たちがいる場所からより離れた位置に移動して、東武を下ろした。
離れるのかよ!ああいや待てよ。よく考えたら当然の対応かもしれない。あいつらを捕らえたのは、ぱっ狐&ゲージ連合の連中だ。その一員である黒天利、局長、皿々の3人が、俺の付近に揃っている。ゲニウスと東武が組織の事情をどの程度把握しているかはわからない。だが奴らが、俺たちを警戒するのは自然なことかもしれない。
「あのドラゴン。電子界で見た覚えがあるわね。名前も研究概要も知らないけど」
「ゲニウスちゃんだよ。皿々ちゃんの次くらいに愛想のいいドラゴンだね。研究内容は魔学科法だったと思う」
「ああ。あたいらの中で一番愛想のいい奴か。……ん?今、ビルの中にクレーがいなかった?戦ってるよ!」
「「えっ!?」」
皿々の視線の先を追うと、ビル3階の室内に、こちらに背を向けるクレーの姿が映っていた。クレーのアタックバリアの先には、禍々しい雰囲気の刀が映っている。
次の瞬間、クレーがアタックバリアを解除したことで、刀で切り付けていた人物はバランスを崩す。その人物、ぼろい布切れを身にまとった女の背後に、クレーは回り込む。そしてクレーは魔法で氷のブロックを発射した!
[ばりいぃん!]
背後から氷のブロックを受ける女。そいつは吹っ飛ばされた勢いで窓ガラスをぶち破り、ビルから落下する。しかし奴が刀を掲げて何かを呟くと、奴の周囲から強力な風が発生し、女の落下速度を徐々に減速させていった。
ビル前に横たわるネコ雄の隣に、刀を持った女が舞い降りる。女の周囲から生じる風は強く、ネコ雄はやや離れた位置まで吹き飛ばされていく。……ちょっと惜しいが、最初に取り逃がしたときのような焦燥感はない。あのレア猫、初見だと物珍しかったが、2度も遭遇するとあんまり興味をそそられないな。逃げないから追えないし。
それはそうと落ちてきた女の方だ。あの姿、思い出したぜ!以前雑魚ベーの故郷に旅行した際に、バスを襲撃してきた通り魔の殺人鬼じゃねえか!なんでこの星にいるんだよ!異次元ホールって、生身で狙った次元にはまずたどり着けないんじゃなかったのか!?同じ次元に2度たどり着くだけでも、奇跡みたいな確率のはずだが。
「無事だったか悟ー!気をつけろ!その女、東武さんたちを狙う危険人物だぞーっ!」
女の後を追い、クレーもビルから飛び降りる。クレーはアタックバリアで着地して、落下ダメージは全くなさそうだ。あのバリアいいな。俺も欲しいな。
「さあ決着つけようぜ!って、おい?」
クレーが戦闘継続のために構えるが、女は気にする様子もなく俺に刀を向けて歩み寄ってくる。おいおい、さっき似たような展開をゲージと皿々でやったぜ。今度は俺がこいつを海までぶっ飛ばす展開をやらせるつもりか?
「緑の男の名刀を追ってきたが。他の名刀だけでなく、血討獣の仇までいるとは。血みどろ日和だ。まずは貴様の衣服を血肉と臓物で着飾ってやる」
「緑の男?お前まさか、噂の襲撃者を追ってきたのか!?」
血討獣ってのは確か、大人数の血を集めてエクサバースト級の一撃を放てる激ヤバな妖刀のことだったよな。なるほど。自慢の武器の敵討ちってわけか。俺に冤罪を被せた襲撃者のことも知ってそうだし、ここは相手するしかないか。
「なら話は早い。今ここで決着を」
「おーい!天利ーっ!この子を助けてーっ!」
「今度はなんだよ!?って、あいつは!」
帝国の方向から子供の声が響いてきたのでそちらに視線を向ける。すると、見覚えのある姿が目に映った。雑魚ベーの妹テーナに、そのテーナが抱き抱えているのは特星本部長の御衣だ!さらにその後方には、緑色の衣服で全身を包んだ男、偽の正者が2人を追っている!?
「テーナに御衣、それに正者っ!」
「名刀がきたか」
「ついに来おったぁぁっ!地下都市最強コンビの復活じゃぁーーーーっ!まぁああさじゃあああぁぁぁーーーっ!」
俺らのすぐ近くで、局長が叫びながら両手を広げて騒いでいる。その狂気じみた喜び方というか発狂具合に、その場にいる全員が言葉を失う。武器を持っている殺人鬼女ですら、局長の勢いに気おされたのか一歩後ずさっている。
そうこうしている間に、正者は2人に追いつき、異電波刀で背後からテーナに切りかかった!
「くっ」
テーナは振り返ると、御衣を抱えた状態で手から衝撃波を出して、正者の腕をはじき返した!しかし続けて放たれた正者の蹴りが御衣に向けられていたため、それを庇って蹴りを受けてしまう。
[どかっ]
「いたっ!もう!」
バランスを崩しつつもテーナは倒れることなく、再びこちらに向かって走り寄ってくる。どうやら御衣を庇いながらで上手く戦えないらしい。
地球旅行の後に聞いたテーナの戦闘力なら、自身を無敵化して一方的に正者をボコボコにすることは容易いはずだ。それができないのは、正者が既に倒れている御衣を平気で攻撃するからだろう。ちっ、倒れた敵に追い打ちとはろくな奴じゃないな。
そんなことを考えていると、1つの巨体が正者とテーナたちの間に割って入った。パンレーを乗せた皿々だ。皿々は思ったよりも喧嘩腰ではなく、まじまじと正者を観察するように見ている。
「あんたが正者ね?パンレーが言ってた方の」
「あん?おっとこいつは……。けっ、見知った顔が随分と居やがるじゃねえか。電子界のドラゴン共まで俺様をお出迎えとはなぁ!お二方とも、随分と様変わりしたじゃねえか!」
「特星で最強のモードよ。勝てると思わないことね」
「電子界で見た私の姿は幻のようなものです。今は本物ですよ!」
「どけよ。俺様はあのテーナってガキに地球でちょいと傷を負わされちまってよぉ。奴らの命をもって不可逆の躾でもしねえと気が収まらねえのさ。てめえらの命はその後だ」
「あたいもあんたの命で不可逆の躾とやらをしようと思ってね。かつて電子界であたいを切った件と、アルテに酷い振られ方をされた件、局長のじじいがうるさい件の3つよ!」
「…………どれも俺様じゃねえだろ!?うおっ!」
[がきぃん!]
皿々とパンレーの横を小型の斧が通り過ぎ、正者の顔目掛けて飛んでいく。それを正者は異電波刀で防ぐと空いている方の手で手に取る。
斧を投げたのは、いつの間にか俺の近くからいなくなっていた殺人鬼の女だ。奴は俺の視界外で斧が届く距離まで近づいていたらしい。
俺がパンレーたちの様子を見ている間に、周囲の人物の配置が結構変わっていた。
テーナと御衣は、既にビル前に到着していて、御衣とネコ雄が隣り合って横たわっていた。
黒天利とクレーがその様子を見に行っている。
局長は、ドラゴンたちと正者の対峙を拳を握りしめながら、息を飲んで見ている。
ゲニウスと東武は特に配置が換わっていない。変化があったのは、東武が起き上がっていることくらいだ。
「ん?」
雲の上にリアエッチ姉妹もいたことを思い出し、上を見る。すると雲が移動しているのか、ビル付近の雲が見当たらなくなっていた。代わりに別の人物が目に映った。
真横に傾いたビルの6階の窓ガラスの上で、窓に引っかかっていたカップラーメンの麺を、乾燥したまま取り出しかじる存在がいる。見覚えのある狐耳としっぽに和服の姿。ぱっ狐だ。だが奴の目つきは以前見たときよりも鋭く、澄んでいて、違和感がある。さらにその瞳には、奴の膝の上に置かれたカードが映っている。
そのカードの雰囲気は異質だ。ぱっ狐の目つきに違和感を感じたのは、奴の瞳を通してもカードの異様さが伝わるからだろう。あのカードは普通じゃない!
「……」
こちらを見たぱっ狐と目が合う。どういうことだ?奴はカードから目を離したはずなのに、奴の瞳にはカードが映って見える。『赤き洗脳』とは別のカードだ。目に張り付いているとかではない。カードの残像でも目に残ってるのか?それとも、あの膝の上のが封印解除のカードか?
ぱっ狐は怪しい笑みを浮かべると、膝の上にあるのカードを手に取って、そのまま姿を消す。テレポートに気づいて周りを見渡すと、俺たちの中心を陣取るように姿を現していた!テレポートだ!
「ワタクシの祭典を始めよう。カードで全てを統べる為に」
俺たちの前に姿を現したぱっ狐は、様子がおかしかった。姿かたちは以前に近いが、言葉遣いも雰囲気も圧もまるで別物だ!カードで全てを統べるだと?こいつの正体は一体……!?




