十二話-005日目 格上狩りの宿命者 ~負世界決着
@悟視点@
俺たちの前に立ち塞がる男、呪う鏡術師オットー。恐怖の大王一族本家こそが奴の本当の所属であった。しかし本家は、流双によって既に滅ぼされている。今更、本家の命令を全うする理由がないことは、流双を捕らえる実力者であれば気づいているだろう。オットー、こいつは一体何を考えていやがるんだ!?
「戦う前に聞くぜ。オットー!俺たちの目的はシクレット復活阻止だ!邪魔するなら、お前は当分復帰できないぜ!本当にいいんだな!?」
「もし復帰できないのなら困る。だが起こらぬ事態だ。貴様たちこそ、私の機嫌を損ねたことで命運が尽きるがよいな?いや、聞くまでもないか。こちらは避けられぬ事態だっ!思い残すことがないようになっ!ははははっ!セルフバトルミラー!」
オットーの周囲の鏡が宙に浮いていき、角度を変えて俺たちを補足する。
すると、鏡に映った俺やウィルが実体化して俺たちの前に現れた!それも1人や2人じゃない。鏡一つにつき、俺たちの偽物1体が実体化しているみたいだ!俺の偽物が5体もいやがる!って、コート神に呪いは効かないはずじゃなかったのか!?
「私たちの偽物!?」
「いいえウィル。私と印納の偽物が見当たりません。私は位置的に映ってないだけですが。印納は?」
「肖像権を行使したわ。許可なく私を映すことはできない。物理現象だからという言い逃れは、私には通じないわよ!」
この技、鏡に映した相手の偽物を投影するようだ。俺の半身を映している鏡からは、俺の半身の偽物だけが出現している。位置的に映っていないパンレーは偽物が出現していない。あと知の印納さんの姿は鏡に映っておらず、偽物も出現していない。
「やはり大怪獣の娘。そう簡単にコピーはできぬか。……やれっ!」
「うおっ!?」
[どかかかかっ]
オットーが指示すると同時に、偽物の俺や俺の半身が動き出す。奴らは俺に向けて両手を突き出し水圧分裂砲を放った!拳ほどのサイズはある水の魔法弾が雨のような密度で俺たちに襲い掛かった!
「痛ててて!ば、バカな!何で銃もなしに魔法弾を発射してやがるんだ!?」
「くうっ!あっ悟さん!あれをっ!」
[ごごごごごごっ]
ウィルの指さす先を見る。すると、そこは恐ろしいほどのエネルギーが集まっており、まるで別空間であるかのように力と威圧感に満ちていた。総勢8体もの偽ウィルたちが、レッガーブレードの構えで剣にエネルギーを集めているのだ!
「8体同時にレッガーブレードだとっ!?」
「ど、どうして私の偽物がレッガーブレードを!?」
「つーか何で鏡の呪術がコート神にも効いてんだー!?」
「はっ。つまらん小物共だ。鏡の呪術をリクエストしておきながら、初手で使えばこの狼狽えか。私の極めた魔術や体術の出る幕がないではないか」
「図に乗るなよ鏡野郎!使う間も与えずお前を倒す!水圧圧縮砲!」
敵の水圧分裂砲が雨のように降り注ぐ中、俺は水鉄砲を取り出す。同時に水圧圧縮砲を発射した!降り注ぐ水の玉を弾き飛ばしながら、ひと際大きな水の魔法弾がオットーの胴体へ迫る!
[どかあぁん!]
しかし水の魔法弾はオットーへとたどり着く前に粉砕する!同じ大きさの水圧圧縮砲で相殺されたからだ!鏡の力で増殖している俺の偽物全員が、いつの間にか水鉄砲を装備している。偽物のほとんどが水圧分裂砲を使い続けているが、そのうち1体が水圧圧縮砲を繰り出していた!
「俺の偽物め……!数が多すぎる!」
「もうすぐレッガーブレードの準備も終わりか。くくく。私は気が短い。一撃目でいきなり第4の効果を使い、貴様らを葬ってやろう!」
「バカな!私の必殺剣は、安全のために段階的に効果が発動します!いきなり第4の効果なんてできる訳がありません!」
「愚かなのは貴様だ、ウィル。私の鏡に映るこやつらは貴様の能力を反映しただけの虚像。技は威力と性能が同じだけのまがい物だ。本物が備えている制約や条件を満たす必要はない!鏡に映る偽物故に、いきなり第4の効果をぶつけることができるのだ!」
「そ、そんな!」
「もういいだろう!鏡のしもべたちよ!レッガーブレードで不愉快な人間どもを仕留めよ!負世界ごと塵一つ残さず消してしまうのだ!はははははーっ!」
「ごごごごぉ……ぱしゅん」
「なっ、なんだと!?」
オットーの命令で偽ウィルたちが一斉攻撃を仕掛ける!しかしその瞬間、先陣を切っていた偽ウィルが突如消えてしまった!いや、ちょっと違う。偽ウィルは一瞬だけパンレーの姿に切り替わり、その直後に消えてしまった!続いて他の偽ウィルたちも消えていく!
辺りを見渡すと、上の方に空中を飛んでいるパンレーの姿があった。パンレーは素早い速度で飛行している。そして鏡の前を通るときに速度を落とし、カラフルなブレスで鏡の表面を汚しまくって、次の鏡へと向かっていく。
偽ウィルたちが剣に集めていた強大なエネルギーは、偽ウィルが消えると同時に空中に霧散して散り散りになっていく。やがて全ての偽ウィルとレッガーブレードは消えてしまった。更に偽物の俺も次々に姿を消していっている。
「一体何が起こったというのだ!……むっ!あれはパンレー!貴様の仕業か!?」
「おや。ご名答ですよオットー!お前の鏡は、私の着色甘味料のブレスで汚しつくしてやりました!水の魔法弾の雨で視界が悪いから、チャンスだと思いましてね。石ころみたいなお前に視覚情報があるかはわかりませんが」
「おのれ、ドラゴン風情が……!幻の鏡を潰しおって!代償は高くつくぞ!」
「よくやったパンレー!電圧圧縮砲!」
水の魔法弾の雨が収まったので、俺は改めて魔法弾で攻撃する!発射したのは電気の魔法弾だ!電圧圧縮砲はあっという間にオットーの目前に到達し、その顔を撃ち抜く!
[ばちばちばちぃ!]
「ぐぅっ!こ、小癪な!開け天上竜宮鏡門よ!マイナスエネルギーを私の元へ送り届けよ!」
[がらがらがら。びゅおおおおおぉっ!]
「な、なんだぁーっ!?」
負世界の上空を、巨大な青い門のような建造物が覆ってしまう。そして門がスライドして開いていくと、その中は宇宙空間っぽいところに繋がっている。間もなくして、中から暗いエネルギーが渦巻き吹き荒れ、オットーの周囲に降り注いでいく!
「この天上竜宮鏡門は、私の鏡でも最大出力を誇る超巨大兵器!その総出力は鏡玉砲丸の比ではない!はははははっ!私諸共、鏡星の砲弾ですり潰してくれる!滅びよ仮初の肉体!超鏡玉星アンチミラージュスター!」
暗いエネルギーがオットーの遥か頭上で集まっていき、巨大な鏡の球体を形作っていく。門と球体は負世界から遠ざかっていくが、遠くなるにつれて小さくなっていく門とは対照的に、鏡はサイズに変化がないように見える。
い、いや違う!門と同じ速度で遠ざかっているのに球体だけが大きくなっている!巨大化する鏡の球体が目前に迫っているのか!?
「ま、まさか!オットーお前!鏡の星で私たちを押し潰す気ですか!」
「ふん。愚かなドラゴンだ。印納の戯言に惑わされて、自らの死因すら読み違えるとは。貴様たちの死因は摩擦熱による焼死だ!重力と空気抵抗によって死ぬ定めなのだ!」
「なんだと!?鏡野郎が重力技を!?」
「させません!勇者突撃剣!」
パンレーが奴と会話しながら俺の懐に入り込んでいる間に、ウィルがオットーの背後に移動する。そしてウィルが大剣を構えると、オットーに飛び掛かった!
「ううっ!?と、届かない!?」
しかし、ウィルの突撃の勢いはオットーに近づくにつれて減速していく。ウィルが事態を口に出した時点で、動きは止まり、その体は元居た向に押し返されていく。
「残念だ元勇者よ。貴様のレッガーブレードは厄介極まりないから対策したというのに。その顔色では、もはや後一発撃てるかどうかも怪しいではないか。まあどの道、貴様の剣はどこにも届かぬ。鏡玉星や私に剣が達するよりも前に、貴様は燃え尽きるのだっ!ははははっ!」
「くっ。棒立ちでお喋りとは余裕じゃねーかオットー!重力のバリアを扱えるからって無敵のつもりか!?見てろ、今にそのバリアをぶち破ってやる!」
「頭上を見ろ。決着までの猶予はわずかだ。一分と経たずに、私以外の全員が鏡の星に落ちていくのだ。つまり!余裕のお喋りをしているのは貴様の方だ、コート神!布切れの力を集めた貴様のような神如きに!星の大質量を有する鏡の巨塊を破る術はあるまいっ!」
「俺の魔法弾は星をも砕くのさ!水圧圧縮砲!」
俺はまずオットーに水の魔法弾を発射!間を開けることなく迫る鏡の星にもう一発の水圧圧縮砲を発射する!
しかしオットーに向けて放たれた水圧圧縮砲は奴に到達する前に勢いをなくし、やがて何かに押されるように減速していく!やがて水圧圧縮砲は、ウィルの時よりも手前で進行方向が反転してしまい、地面ではじけた。
鏡の星に向けて撃った方に至っては、全く届かずに俺の前方に落下する。どうやら星の大きさの割にまだまだ射程範囲外のようだ。くっ、距離を見誤ったようだ!
「無駄なあがきだ!貴様の特殊能力は大怪獣の力の一部!大怪獣本体を想定した私の兵器を破る道理はない!通じる手などない!」
「もう撃つ手はないってのか!?いや撃つか!電圧圧縮砲!」
的をオットーだけに切り替えて、電気の魔法弾を連射する。しかしやはり電圧圧縮砲もオットーに近づくと動きが鈍くなり、跳ね返され、地面でかき消されてしまう。
人も弾も奴に届くことがない。ある種の無敵状態だ。俺の魔法弾のバリエーションを思い浮かべてみるが、あのバリアを突破できそうな技がない。じゃあこのまま何もできずに負けて、どこかに流れ着いて、どうにかやり直せっていうのか!?
いや駄目だ。この負世界を乗っ取られたら印納さんを取られるようなもんだ。まともな敵がそれだけの力を持てば、きっと宇宙は滅茶苦茶になる!オットーはここで行動不能にするしかない!
「くっ。空気圧圧縮砲!」
「私もいきます!解呪剣!」
「はははは!よかろう!好きなだけ足搔いて足搔いて足搔きまくるがいい!化け物と思える敵に歯向かう絶望を私に見せてみろ!宿命など不要だと!無くなってよかったと!役目を失ったことの素晴らしさを、貴様らの無残な死によって証明してくれるわっ!」
俺とウィルの同時攻撃でもオットーに触れることすらできない。バリア自体は呪術じゃないのか、ウィルの剣技もまるで通じない。
オットーは笑い、空はもはや鏡の星で埋め尽くされている。負世界自体が薄暗く光っているから周囲はまだ真っ暗にはなってない。だが、もう時間はほとんどなさそうだ。
「あと30秒といったところか。超鏡玉星の重力圏に入れば、もう逃れる術はない。大気と物理現象が貴様たちを焼き尽くすのみだ」
「熱か。コートで防げりゃいいが」
「冗談言ってる場合じゃありません!てか印納!もう脱出してください!それか鏡の星が当たらない位置に負世界を動かすべきです!」
「脱出ね。それもいい案だと思うわ。でもただ脱出するよりも、あの鏡男に一泡吹かせてみたいと思わない?今、魔法弾を使った妙案を思いついたのよね」
「俺の特殊能力を?」
「星が落ちるまで20秒と数秒なんです!印納お前その妙案、実行時間残して説明できるんですか!あと20秒で!」
〔じゃあ説明するわね。あなたたちも知っての通り、私は過去に感情の一部を奪われた。正者にね。それが原因で私の体は普通の敵対行動を行えない状態にあるわ。けれど感情が体を直接動かすわけではない。体を動かすのは電気信号よ。私の感情が何かしらに注目している隙を狙って、知の私が敵対行為の電気信号を作り出せば、攻撃のチャンスが生まれるわ。おそらく一撃。その一撃でオットーの兵器を打ち破って見せる。そのために私は、私の悟への恋愛感情を利用しようと思うの〕
唐突に印納さんの説明が頭にはっきりと浮かぶ。
〔…………1秒。私は一旦、悟だけを私本体の元に転送するわ。悟は私に電圧圧縮砲をぶち込めばいい。本来の私であれば、不意打ちなんて効かないけど。悟とタイマン中ならデートみたいなもの。私の感情ならば、攻撃を受けることを選択するわ。間違いない。より悟を身近に感じるために、脳細胞やDNAで直接受けるかもね。その隙をついて、私が電圧圧縮砲を電気信号に変換して、鏡の星と門を砕いてみせるわ!いくわよ!〕
2秒経過する前に印納さんの説明は終わる。俺は内容を理解するだけで精いっぱいだ。返事と質問をする暇もなく、周囲の景色は一変していき、俺のいる場所が変化する。
一瞬の間に、俺は印納さんの目の前に立っていた。場所は屋上。遠くに見慣れた男子寮が見えることから、ここは瞑宰通常高校の女子寮屋上で間違いない。……今、望遠鏡でこっちを覗く男子寮の生徒と目が合った気がする。これって本当に印納さんとタイマン判定なのか?
「悟?残り15秒よ」
「あっ!悪い印納さん!電圧圧縮砲!」
[ばちばちばちぃ!]
恋愛っぽい雰囲気を出すために、印納さんの首に左腕を回し、抱き寄せながら右手で直接電圧圧縮砲を叩きつけた!
すると狙った訳でもないのに、俺の手は自然と印納さんの胸元に吸い寄せられていく。ブラジャー越しに直感する。マイナスエネルギーが空気ごと俺の腕を食らおうとしている!?
「うぅ。手が離れない!?」
「悟の電撃を脳細胞で受け止めちゃった。ふふっ。作戦は成功よ。知の私の電気信号制御により、負世界に出現した鏡の門と星は排除されたわ。残るは鏡術師のみ」
印納さんは俺の右手に手を重ねると、ゆっくりと胸元から引き離していく。一瞬、場の雰囲気と印納さんの行為で雰囲気に流されそうになる。しかし右手を取り込もうとするマイナス無限のバストサイズが頭をよぎり、冷静さを取り戻す。
「それでいいのよ悟。私と密接な関係になるといずれ何かを失うことになる。今、体を吸い込まれそうになったようにね。私との関係は、少し離れているくらいで丁度いいのよ」
「マイナス無限エネルギーの影響ってわけか。でもそれはそれで強みじゃないか?」
「当然。でも状況次第ね。私を恋愛対象として選ぶのなら、ボロボロに傷ついて立ち直れない時がおすすめよ。私のマイナス無限の前では、あらゆるマイナス要素は餌のようなもの。私が上手く調整すれば、マイナスだけを全てを投げ出して、身も心も委ねる生き方もできるわ」
「聞いた感じ、人の領域ではないな」
「生き詰ったら怪物に身を委ねるのも手ということよ。その展開が私のポテンシャルを最も生かせるからね。だから普段は、無理に私を意識することはないわ。もしもバッドエンドだったときだけ、一緒に幸せになりましょう」
「印納さん。……ま、まともだ」
普段なら狂人とか、関わると疲れる人って印象しかないのに。まさかこんな真っ当な告白を聞けるとは思わなかった。これが本当に印納さんなのか疑ってしまいそうだ。これは主人公として、何としても決めセリフっぽい返答をしたいところだ。うーん……?
「……そうだ印納さん。俺は例えハッピーエンドでもあんたを選ぶかもしれないぜ」
「運と私の調整次第でハッピーエンドを失うわよ。その覚悟があるなら好きにすればいいわ。じゃ、負世界に送るからねー」
結構いい感じのことを言ったと思うが、印納さんは動揺した様子もなく俺を転送する。
周囲の景色が一変すると場面は負世界に移り変わった。頭上に鏡の門と星はなくなり、オットーの姿はなかった。代わりになぜか、2人のウィルが剣を取り合っている!
「えっ!?ウィルが二人!?」
「悟さん!あっ!?」
「悟さんこれには事情があるんです!」
片方のウィルが油断した隙に、もう片方のウィルが目に涙を浮かべながら、剣を抱きかかえて走り寄ってくる。刃を強く抱きしめていて一見痛々しいが。……駆け寄るウィルは輪郭がやや不自然だ。こ、こいつはウィルの偽物か!?
「く」
「遅いわ!たあぁっ!」
俺が水鉄砲を取り出すと同時に、偽ウィルが抱きかかえたまま剣を振った!偽ウィルの背中からは人間の手が先端にある触手が出ている。その触手の手が剣を引き抜き、俺に向かって剣を振っていた!
「ぐあぁっ!」
偽ウィルの剣はコートの一部を引き裂き、俺の胴体を重い一撃で吹っ飛ばす!特星の不老不死オーラで胴体に傷はないし出血はしていない。だが連戦に次ぐ連戦で疲労し切った俺の体では、今の重い一撃に耐えきるのは厳しかった。すぐに立ち上がることができそうにない。
「触手!?大丈夫ですか悟さん!」
「ぐううっ。そ、そういや結構疲れてたっけ……」
「ご、ごめんなさい悟さん!す、すぐに!休ませてやろうではないかっ!」
「うおっ!?」
偽ウィル、いやウィルに化けたオットーか。奴の触手の手が、俺の顔を剣で突き刺そうとする。俺はそれを転がって回避し、触手の手を蹴り上げた。
「ぐああああぁっ!?」
触手は通常の肉体よりも敏感だったらしい。ウィルの姿をしたオットーは悶絶しながら、今さっき蹴られた触手を衣服で包んで距離を取る。あ、もしかして大ダメージじゃないか?
「ぐううぅっ。きっ貴様ぁ!私の臓器を無遠慮に蹴り上げおってぇ!貴様は殺す!殺して宇宙に廃棄してやるぞぉっ!」
「いてて。へっ。臓器を腕代わりにするなっての」
「悟さん!背中から触手を出してる方がオットーさんです!私はあんなの出しません!」
「見りゃわかるよ」
[がりっがりりっ]
「ぐががあぁっ!がぁっ!」
突如、ウィル姿のオットーが苦しそうなうめき声を出し、地面に倒れ伏す。よく見ると背中の触手にパンレーがしがみついており、触手の根元に噛みつきながら、両前足で触手をがりがりと引っ掻いている。パンレーの攻撃に合わせてオットーは全身を痙攣させている。
「パンレー!オットーの背後を取ったのか!」
「ひゃい。ん。お前が転がってる隙に空から背後に回り込んだんです。こいつはアングル魔術でウィルに姿を変えていたんですが、お前が戻ったから触手の腕で不意打ちを狙ったんでしょう。ただ鏡はあの状態です。マイナスエネルギーを変換する鏡が使えず、自身の臓器である結晶コアが触手に変身したんだと思います。ほらあそこを見てください」
パンレーが触手を引っかきながら、顔を上に向ける。
すると空中には、俺の見覚えのない普通サイズの鏡が浮いていた。その表面は汚されており、パンレーの汚れブレスで機能を失ったことがわかる。俺が女子寮屋上で印納さんと話している間に、戦闘が進んでいたようだ。
[ぱりん]
「あっ」
そうこうしている内に、ウィル姿のオットーの体が光の粒となって消えていく。十秒と経たずにウィルの体が消えると、その内部から結晶が転がり落ちてくる。
[ぱりぃん!]
結晶は鏡の割れるような音を発して、粉々に砕け散ってしまった。粉微塵になった結晶はマイナス無限エネルギーの渦の中に飲まれて消えてしまう。
「粉々になって消えたぞ。どういうことだ?」
「多分、私が引っ掻いてたコアが割れたからですかね。コアを守る役目を果たし、素材の結合が解除されたんだと思います」
「あっ。じゃあオットーさんは死んだんですか?」
「そういうことです。ふふん。お前たちには悪いですが私の手柄ですね。オットーはシクレットの次に危険な人物!現存の敵では一番厄介な相手!私がMVPです!」
死んだのか。アングル武術とやらはまだ見た覚えがないけど。あれだけ豪語していた技を披露せずに死んだんじゃ無念だろうな。オットー、浮かばれない奴だぜ。
「別にパンレーがMVPでもいいぜ。でも一応、死者が出てるから喜びにくいな」
「んー。言われてみれば確かに。本体は無機物っぽいけど会話もしてましたね。わかりました。じゃあ早く印納の話を聞いて寮に帰りましょう」
「ああ」
「あ。私はまだ負世界で修行していくのでこれで。お二人ともご武運を。あと私の休暇のことも忘れずに伝えてくださいね。お願いします」
ああそうか。ウィルの休暇を特星本部に伝える約束をしたんだった。さっきまで忘れてたし、明日になったら忘れてないか心配だぜ。
オットーを撃退し、俺とパンレー知のは印納さんと合流していた。
知の印納さんはさっき俺を特星に送った後、電圧圧縮砲の電撃を体を動かす電気信号に変換していたようだ。鏡の門や星がなくなっていたのは、知の印納さんが見えないところでオットーへの反撃を行ってくれたからだろう。
「印納さん。オットーとの戦いは終わったぜ」
「お疲れ様。素晴らしいコンビネーションだったわ。オットーは本来、あなたたち3人でも勝つのは相当難しい敵だったんだけど。彼、切り札を2つも無力化されて勝負を焦ったわね」
「前置きはいいから。早く話を進めてほしい」
「印納の情報提供とさっきの戦闘で、シクレット派以外の恐怖の大王一族はほぼ壊滅状態になったことが判明したんでしたね。残る要注意人物は3名。まずシクレット。次点で城赤。最後にラルフ。中でも城赤は、カードの力でシクレットに接触した可能性が高いです」
「ラルフは裏路地でしか呪術を使えないぜ。ただ仲間がまだいるのが厄介だな。実体のないやつがカードの素材にされてるからまだマシだけど」
「あともう一人。オットーが鏡の中に閉じ込めた流双姫のことです。彼女が解放されていたら脅威になるかもしれません」
「その点は大丈夫。流双は鏡の世界に隔離されているわ。現状、彼女に脱出手段はない。余生全てを鏡の住人として過ごすかもね」
流双は実質的に排除できたと考えていいわけか。まあ、本家の恐怖の大王一族は元々敵対してなかったから減っても関係ない気もするが。オットーみたいな邪魔者が居たかもしれないし、今までよりも安全になったといえるかもな。
「そして、オットーが排除されたからようやく最後の情報を話せるわ。封印解除のカードの行方よ。所有者である東武の行方と言い換えてもいいけど。彼は今、ゲージたちの隠れ家に捕らえられているわ」
「げ、ゲージ?あの猫ガキが!?でも何であいつが封印解除のカードを?」
「どうやら、秘密組織のぱっ狐&ゲージ連合に目を付けられたみたい。あいつら特星本部でも捕獲不可能な厄介集団になり果てているわ。きっと封印解除のカードの力を感じて、高く売れると判断したのね。連中は、組織増強のためなら手段を選ばないわ。シクレット派が相手でも喜んで取引するでしょうね」
「で、肝心の場所はどこですか?」
「特星の帝国よ。今の帝国は出入りができない状態なんだけど。裏ステージ側からは一部の特殊能力で出入りできる仕様になっているの」
「裏ステージ?」
「パンレーは知らないかもだが。特星には、特星本部の特殊な役職だけが出入りできる空間があるんだよ。特星の表側と同じ構造物がある空間。そこが裏ステージだ」
「余談だけど、以前は主に隠しステージと呼ばれていたの。でも普通の特星側を呼称しやすくするために裏ステージが正式名称になったわ。あなたたちが住んでいるのは表ステージよ」
とはいえ、俺も裏ステージについてはそこまで詳しいわけじゃない。宝くじを当てたときに一度、印納さんに連れていかれたことがあるくらいか?
裏ステージの存在は一般に知られてるとは思えない。だが校長の飼い猫であるゲージなら、その存在を知っていても不思議じゃないか。奴らにしては賢すぎる気もするが。
「とりあえず裏ステージから特殊能力で帝国に入ればいいんだな。ようやく封印解除のカードの護衛ができそうだ」
「酒場が秘密の出入り口になっていて、そこから侵入できるわ。ただ当然、今の帝国は女子小学生のたまり場みたいになっているからね。酒場としての利用者はいない。店に入れば、秘密組織が目的だと一発でばれるわよ」
「そのときに何か考えるさ。さぁて。これでようやく封印解除のカードの手がかりをつかめたんだ。助かったぜ印納さん。眠いしもう帰るよ」
「雷之 悟。裏ステージに入る方法は聞かなくていいんですか?」
「心配ないぜ。特星本部の知り合いは多いんだ。移動系の特殊能力者もな」
「確かに、特星本部の誰かを同行させるのが一番楽でしょうね。私も無断侵入ならできる。でも私が帝国に戻ると、アルテを刺激して、彼女が敵に回るかもしれない。彼女の中に移った正者は、私や私の中の正者を警戒しているからね。アルテが油断する人選で行くべきよ」
印納さんの口ぶりだと、今回の件でアルテは敵側ではなさそうなのか。とはいえ、帝国の住人を女子小学生で固めてるから巻き込むのは怖いな。ゲージたちは擬人化メンバーだから、本質は子供じゃないが外見で味方される可能性が高い。てか、奴らのメンバー皿々は仲良さそうだったし。
印納さんの言うように、アルテが侵入に気づいても興味を持たなそうな人選の方がいいかもしれない。……眠い。考えるのは明日だ!
「じゃあ悟の部屋に送るわね。ゆっくり体を休めてねー」
印納さんが手を天に向けると、あたりの景色が一瞬で俺の部屋に変化する。
な、長い一日だった。一日分の疲れがどっと押し寄せるようだ。俺たちはふらふらと洗面台に向かうと歯ブラシを手に取り、雑に歯磨き粉を盛り付ける。
「もうあれだ。さっさと歯磨きとシャワーを済ませて寝よ」
「私もー」
俺たちは風呂場に入ると、温めのシャワーの湯を出しつつ歯を磨く。衣服を脱いだ覚えはないが、いつも風呂はコートだからいいや。靴も履いてていいや。
「ぐぅ」
風呂の浴槽に体を預けながら、次第に意識が遠のいていくのを感じる。体がリラックスしているのがわかる。もはや歯磨きする余力もないようだ。
程よい温度のシャワーの湯を浴びながら、俺は意識を手放したのだった。