五話-005日目 カード術師達との決闘<黒/魔> ~別れと出会いのクレー決戦
@悟視点@
カード術師達の本拠地についに突入だ!
会館のような建物の扉を開けると、中には広々としたホールが広がっている。……この広さであれば戦闘するには不自由しないだろうな。柱や個室や受付カウンターを遮蔽物にすれば身を隠すこともできそうだ。
「主人公の俺が来てやったぞーっ!勝負しろカード術師!最初の相手はどこのどいつだ!?」
[きいいぃーん……!]
俺が大声で呼びかけると聞きなれない音で返答が返ってくる。音はどんどん大きくなっていき、建物全体が若干揺れている。
……これは外か?何かが徐々に迫っているような。
[どががあああぁーーーん!]
「「うわぁーーーっ!?」」
突如、激しい爆発音とともに建物の上部が崩壊する!燃えている屋根や壁が俺たちの頭上からなだれ込んでくる!
とっさに俺は残されている壁付近に駆け込むことで落下物の直撃を免れた。いくつかの破片を浴びてしまったが、耐火性能を備えているコートなので大したダメージにはならなかった。
「何なんだ一体!建物が爆発したのか!?」
「雷之 悟。なんかさっきとは別の音が聞こえません?」
「なんだって?」
[ばばばばばばばば!]
パンレーの言う通り、どこか遠い位置から何かが近づく音が聞こえてくる。炎が消えつつある瓦礫の上に移動すると音の発生源を見つけた。
……ヘリだっ!
ミサイルを備えたヘリがこの建物に向かって飛んできている!ヘリにはブランコのように板が括りつけられており、その板の上では見知った顔が仁王立ちしている!
「あいつはクレー!奴がまだ素性のわかってない黒のカード術師なのか!?」
「どうしてあんな場所に……?あの男バカなのでは?」
「くそっ。カッコいい登場しやがって!」
ヘリは俺たちの前方で浮いたまま移動をやめる。
視線を上に向けると、風を受けてマントをなびかせているクレーと目が合った。よく見ると顔が若干引きつっている。顔には汗が見える。
……なんか無茶してねーかあいつ。
「はーっはっはっはっ!待たせたな悟!黒きカードの加護を得たこの俺クレーが!満を持してお前の最初の相手を務めてやる!ま、お前にとって最初で最後のカード術師戦になるかもしれないがな!」
「クレー!お前が黒のカード術師か!他の幹部がやってた不気味な笑いはどうした!?」
「俺の趣味じゃなくてね!奴ら俺に"闇討ちのクレー"なんて呼び名を授けるし趣味が合わないのさ!無論、闇討ちなんてする気はないけどな!」
「役目くらいはまっとうしろよ!お前ヘリに乗ってるけど、ウィルみたいにカードは扱えるんだろうな!?」
「残念ながらカードも使わない!カードは恐怖の大王一族から配布された直後に売っちまったからな!その売却資金でこのヘリを購入したのさ!悟、お前を倒すためにな!」
マジかよ好き勝手し過ぎだろ……。俺を倒す意思はあるようだけど、ウィルや城赤と比べると洗脳されてるようには見えねえな。この野郎、もし洗脳されてなかったらボコボコにぶっ倒してやる。
「クレーお前、本当に洗脳されてるのか!?」
「もうメニアリィってお嬢ちゃんから聞いてるだろ!俺はイレギュラーだ!洗脳されていなくてもお前の敵対組織に入り込むくらいの融通は利くのさ!」
「や、やっぱり洗脳されてねーじゃん。つーか、なんで誰にも話してないメニアリィとのやり取りを知ってんだよ!」
「イレギュラー特権で物語を読めるんだぜ!?連れに頼めばいつでもな!」
「ら、雷之 悟!ヘリの操縦席を見てください!」
「なに?」
[がこん!]
「やっほー悟~!私がヘリの操縦者だよ~!」
「「み、魅異っ!?」」
ヘリの操縦席の扉が開き、そこからゴーグルを装着した魅異が顔を覗かせる。助手席にはあいつ愛用の竹槍"神離槍"がちらりと見えている。
ほ、本物だ。何より顔が本物だ。……くっ。急に撃破する難易度が跳ね上がっちまったようだな!
「友達だからってことでヘリの操縦を頼んだんだ!魅異に任せればヘリは俺の思うように動かせる!さあ始めようか!俺たちコンビに勝てるかな!?」
「私はクレーの望むようにヘリを動かすからね~!負けたらクレーに負けたも同然だよ~!」
「ちっ、上等だ!両方まとめて撃ち落としてやるぜ!空気圧縮砲!」
「ふふふ、どこを狙ってる!マジカルアップデート!……強化した魔力とヘリ向けに応用した魔法を喰らえっ!フレイムボール・ヘリ炎下球!」
俺は空気の魔法弾で先手を打つが、一気に急加速したヘリは容易く魔法弾を回避してしまう。
同時にクレーは両手を足場のブランコに振り下ろす。すると奴を中心に魔法陣のようなものが出現して、魔法陣から無数の火の玉が降り注いだ!
炎を撒き散らしながらヘリは旋回して、俺たちの頭上へと舞い戻ってくる!頭上から炎の塊が一面に降り注いでいる!
「あちちち!くそっ、周辺地域への被害とか考えろよ!」
「ここは特星内だが独立空間だ!敗北後の負け台詞だけを心配しておくんだな!喰らえ悟!アイアンランス・ヘリ鉄降雨!」
「今度は槍か!?水圧分裂砲!」
炎をコートで防いでいると、クレーは次の魔法陣を出現させる。魔法陣からは鉄の槍が高速連射で射出されている。
さっきの炎より狭い範囲で連射能力が高い!コートでの防御だけでは分が悪そうだな……!
俺は分裂する水の魔法弾で降り注ぐ槍の相殺を狙う!
[ずばばばばぁっ!]
「ぐああぁっ!」
しかし水の魔法弾は降り注ぐ槍に全て貫かれてしまう!襲い掛かってきた槍をコートで防ぐもののダメージの軽減にはあまり役立たない。
……くっ、あれだけの数を射出してるなら威力は落ちると思うが。魔力強化に加えて、槍自体にそこそこ重量があるから威力が高いままなのか。上からの攻撃と相性良すぎだ鉄槍め!
「パンレー!あのヘリ魔法で何とかできないか!?」
「む、無理です。裏路地でラルフに魔法を使ったばかりで。……それに魔法を使ってから体の調子がおかしくて。予期せぬ負荷が掛かっているのかもしれません」
「じゃあ寝てろ!さっきより揺れるぜ!」
「はーい」
コートの胸ポケットに身を潜めるパンレー。裏路地の戦いでは動きに酔っていたようだが、慣れたのか余裕がありそうな感じだ。
「ヘリはまた離れたようだな。あの距離は厳しいか?電圧圧縮砲!」
鉄槍をバラまきながら建物跡地から離れていくヘリ。
俺は電気の魔法弾をヘリに向けて撃ってみる。すると電圧圧縮砲は徐々に形を崩していき、ヘリに届く前に空中で散り散りに弾けてしまう。
……くっ、やっぱり遠距離すぎて射程距離外だ!俺の魔法弾じゃ遠距離射撃はまず無理だな。
「ならこっちだ!エクサスターショット!」
威力を調整したエクサスターガンで何発かの光線弾を発射する。だが魔法弾同様、光線弾は徐々に弱まっていき、ヘリに届く前に散ってしまった。
……光は一瞬ですげー距離を移動すると昔聞いた気がしたが。光線弾はそうでもなさそうだ。そもそも光線銃なのかこれ?
[きいいぃーん……!]
「げっ!?ミサイルで反撃してきやがった!?数は2発!水圧圧縮砲!」
[どがあぁーん!……どがあああぁーーーん!]
飛来するミサイルの内、俺たちに向かってきた方を水の魔法弾で迎撃する!迎撃できなかった方は背後の離れた位置に着弾し、強烈な熱波となって瓦礫と共に俺の体力を奪っていく!
コートに耐火性能がなきゃヤバいだろこれ!
だが心配は要らない。あのヘリは左右に2本ずつミサイルが積んであった。さっきと今のミサイル攻撃で全てのミサイルを使い果たしたはずだ!……魅異があまり手を貸さなきゃの話だけどな!
「おいおい悟!ここまで手ごたえがないと消化不足だぜ!このまま一方的にゲームセットってのは俺との決着に全く相応しくない!だからちょっと遊んでやるよ!」
「うるせー!水圧圧縮砲!」
ヘリで接近しながらふざけたことを抜かすクレー。しかしこれは好機だ!俺は射程距離内に入ったヘリを水の魔法弾で攻撃する。
迫るヘリに向かう水の魔法弾。その距離は瞬き一つしている間にも一気に接近していく!もはやヘリの旋回で避けることは不可能だ!
「甘いぜ悟!無駄なこった!」
[ひゅうん!]
「ほらな?」
魔法弾がヘリを撃ち抜く直前、ヘリはその姿を一瞬で消し去った!
ヘリの音が背後から聞こえる……!ああ、やっぱりか!悪い予感が当たった!ヘリが俺の背後に瞬間移動していやがる!
「ふ、ふざけんじゃねー!魅異てめー!」
「ふっ、魅異に八つ当たりか?みっともないな悟!俺のプレゼントで身も心も清めなっ!ジャイアントブロック!」
[ずがああああぁん!]
クレーが両手を下に向けると、奴の立っているブランコの下に巨大な岩のブロックが出現する!家一軒くらいの巨大なブロックだ!とんでもないサイズのブロックが俺達の居る建物付近を押し潰していく!
……あ、あれが俺たちの頭上に振ってきたら一巻の終わりだ!
「驚いたか悟!これはただ巨大なブロックを出現させるだけの魔法!だがヘリで使えば落下パズル感覚で建築もできるのさ!……そうだな、テーマは魔王城!俺を象徴する城を建てよう!お前達を潰すことなく魔王城を完成させたときが、俺の完全勝利だ!そういうルールでこの戦いに終止符を打つ!そう決めた!」
「俺をパズルゲームのギミック扱いするんじゃねー!大花火圧縮砲!」
[どおおおおぉん!]
「あちちっ!範囲攻撃技もあるのか!ま、パズルの妨害には丁度いい!そらっ!」
[ずがああああぁん!]
ヘリに向けて花火の魔法弾を撃ち込む。だがヘリは機敏な動きで魔法弾の直撃を避けていく。花火の火の粉がいくつかクレーにも降り注いだが、大したダメージにはなってなさそうだ。
クレーは先ほどとは反対側に巨大なブロックを落下させる。ヘリが細かく動き回る中、的確な位置に落とし続けている。
正直、侮っていたかもしれない。
かつて戦ったときには感じなかったことだが。クレーの魔法はバランスがいい。……俺の魔法弾は銃弾の種類特化だ。一方、クレーの魔法は種類こそ岩や炎など基本的なものが多い。だがその代わりに、玉だったり槍だったり箱だったりと形状が様々だ。奴は撃てもしない巨大ブロックを出すだけの技をわざわざ会得していやがる!俺なら絶対にしない選択だ!
手札の多さ……!それがクレーの強さだ!奴ならきっと、どんな状況でも本領発揮できるだろう。例え俺がヘリから攻撃する側だとしても。この建物跡地に居るクレーを今ほど追い詰めることはできなかったはずだ。
「コツを掴んだ!今度は2連続投下だ!」
[ずががああああぁん!]
前方後方の巨大ブロックに合わせるように、左右にも巨大ブロックが連続で降り注ぐ。これで俺たちのいる建物跡は四方を巨大ブロックの壁に囲まれてしまった。
上を見上げるとそこにはヘリが滞空している。
……蓋みたいな感じで巨大ブロックを真上に落とす気か。今、真上に魔法弾を撃ったとしても次の巨大ブロックにかき消されちまうだろうな。
「あばよ悟!闇の世界で会ってからの日々は楽しかったぜ!……今、巨大ブロックで蓋をしてそこを闇の世界のようにするからよ!巨大ブロックの魔王城で俺との思い出にでも浸っているといいぜ!物語世界の俺にちなんで10年くらいな!いくぜっ悟!」
俺がクレーに勝っている部分は何だ?……突破力だ。対峙さえしてしまえば、攻撃面であいつは俺に勝てない!
さっきまではヘリで対峙を避けていたようだが今は違う!今、ヘリは射程圏内……!奴は真上だ!巨大ブロックを落とそうと、ヘリは建物跡の真上に滞空している!なら後は突破するだけだっ!
「悪いなクレー!お前の用意したヘリと特殊能力とお前自身!俺の最強攻撃で全て消し去ってやるぜ!魅異に助けを乞うんだな!エクサバーストぉっ!」
頭上に巨大ブロックが出現すると同時に、俺は充電が減っている方のエクサスターガンで必殺のエクサスターバーストを放った!
最大出力の約8割!巨大ブロックを突き抜けていくには十分な威力だっ!
「なっ、なんだとぉーーーっ!?うわあああああああ!?」
エクサバーストは巨大ブロックを突き抜けていく!それでも勢いは衰えない!巨大ブロックの先に居るクレーとヘリをも飲み込んだ!
特星の不老不死オーラすら貫通する必殺弾!これこそが俺の最強の一撃だっ!
ここまでする気はなかったさ……!だが情や友をも省みないこの最強技こそが俺の本気だ!お別れバトルの決着を締めくくるのに相応しい一発!そう俺の体が直感したのさ!
クレー、俺はお前の真剣勝負に全力で応えた!何があっても文句はなしだぜ?
当然のことだが、ヘリもクレーも跡形もなく消え去ってしまった。エクサバーストの脅威の攻撃性能は友人一人を消し去ることなど容易い。……知ってて撃ったさ。だからもしクレーが生き返らないときは俺が墓を建てよう。
「魅異……!」
上空には人影が一つ。空中で竹槍に腰かけている魅異のものであった。横に向けられた竹槍は全く曲がっていない。まるで重さを感じていないようだ。
魅異はゆっくりと高度を下げて近づいてくる。
「やるね~悟。最近は割と控えていた人間相手のエクサバースト。久々に遠慮なく撃ってくれて嬉しいよ~。私が居なきゃ撃たなかった点も含めてね~」
「ああ。それで悪いけど魅異。クレーの事を頼みたいんだが」
「オッケー。復活させておくね。私はもうここに用はないから帰ろうかな~。後は復活したクレーと話してるといいよ~。パンレーちゃんもまたね~」
「ああはい。また会う機会があれば」
俺らの近くにクレーが出現する。その直後、魅異は徐々に透明になっていき姿を消してしまった。
……うーむ。クレーが復活したのは嬉しいことなんだけど。魅異に頼ったことがなんか癪だなぁ。
「くそーっ!エクサバーストを撃たれるとはな!そりゃ使えることは知ってたけどよー。普通、クラスメートを消滅させるか!?」
「俺の勝ちだぜクレー。帰る前にイレギュラーや恐怖の大王一族について話してもらおうか」
「ううむ。どこまで話したものかな。……イレギュラーというのはお前も知っての通り、物語世界の外からやってきた人間だ。パラレル世界からの特別ゲストとでも言えばいいのかな。俺の他にもう一人いる。……帝国と呼ばれる特星の特別区域を治めるトップ、アルティメット!あの子こそがもう一人のイレギュラーだ!」
「アルテか!?」
「地球では見た覚えのない人ですね」
「物語を読んだ感じ、彼女は俺よりも物語へ介入しまくっているようだ。あの子が物語に介入していなければ、この世界の帝国トップは印納さんのままだっただろう。女子小学生が帝国に集合しているなんて状況もきっと発生していなかった」
「結構、影響出てる感じなんだな」
「ただ彼女は、イレギュラー特権を使っている感じではなさそうなんだよな。実力で物語への介入を果たしている恐ろしい子だ」
「イレギュラー特権だと?」
「ああ。……俺は今回初めて、敵としてお前と戦うためにイレギュラーの権利を使った。他の連中に邪魔されることなく物語に介入できる力だ。この力によって、恐怖の大王一族は俺を黒のカード術師として迎え入れざるを得なくなった。……この力をアルテちゃんは使っていないようだ。まあ無粋な力だと言われればその通りだと思うが」
「ふーん。しかし一体何の目的で、お前やアルテはイレギュラーなんてやってるんだ?」
「アルテちゃんのことはよく知らないなぁ。でも序盤で雑魚ベーさんのことを一方的に知ってたから、物語世界の外にいる雑魚ベーさんと知り合いとかじゃないのか?……案外、帝国に女子小学生を集めてる理由も雑魚ベーさんを呼び寄せるためだったりするかもな」
「物語世界の外にも雑魚ベーがいるのか!?俺は!?」
「ああ居るよ。引っ越しちまったけどな。……俺がこの世界に居る理由は懐かしさを感じたかったからさ。もう十分堪能したよ。色々と外との違いもあったけど、いい世界だなここは」
「物語世界の外はイマイチなのか?」
「外と言っても、俺や魅異の住むところもまた特星だ。ここ程じゃないが便利なもんさ。……だけど天利さんの住んでたところには特星がないそうだぜ。魅異から聞いた話だけどな」
「へー」
じゃあ天利は元々住んでいた世界というより、特星のある世界をモチーフにして物語世界で色々やってるってことになるのか。地球とかは両方にあるんだろうか?
「話が脱線し過ぎですよ。今は恐怖の大王一族の問題解決が先です。ヘリの攻撃で建物が全壊しましたけど、洗脳された人たちは無事なんですか?」
「ああ。他の幹部連中は地下で待ち構えている。次の相手を見たらお前らきっと度肝を抜かすぜ」
「ん?カード術師はお前とウィルと城赤だろ?全員とっくに判明済みだぜ?」
「ふっ。それはどうだろうな。……もしもこのカード術師戦でいかにも場違いな奴と戦うことになったら。悟、ライバルとして快く迎えてやってくれ。奴には俺のせいで色々迷惑かけたからな」
「んなこと俺に頼むな!自分でやれ!」
「というかクレー。イレギュラーのお前こそが今回一番場違いな立場じゃないですか?」
「うぐぐ。後は任せた!あばよー!」
「「逃げるなーっ!」」
クレーの奴が目を閉じると、そのまま奴の体はすーっと消え去ってしまう。物語世界の外とやらに行ってしまったんだろうか。……もう二度とあいつと会うことはないような気がする。
「なんだか懐かしいな。昔地球で、家を離れて寮暮らしになった日にもこんな気分だった気がするぜ。人と別れるってのはもの悲しい気持ちになるもんだ」
「思い違いじゃないですか?お前、初めての寮暮らしに飛び跳ねて喜んでたじゃないですか。入寮してすぐにテレビ局のバイトに応募してたでしょう?」
「か、感傷に浸ってそれっぽいこと言っただけだっての!」
今、ハッキリと思い出した。確かにパンレーの言う通りで当時は浮かれていた記憶しかないな。……しかし記憶ってのも曖昧なもんだ。クレーと別れるノリでどうでもいい過去の記憶を脚色しちまうところだったぜ。
「他の連中は地下だって言ってたな。見た感じ地下への入り口らしきものはなさそうだ。これは隠し通路の予感がするぜ!」
「でも全壊してますよ。道を開けるギミックとかがあっても壊れてそうです。このままでは皆は洗脳解除以前に生き埋めになってしまうかもしれませんね」
「大丈夫。地下なら床を壊せば落ちるはずだ。この辺の床一帯を水圧圧縮砲でぶち抜いてやるぜ!」
全壊した建物の隠し階段を発見した俺とパンレー。瓦礫の隙間から内部に侵入し、現在は通路のような狭い階段を突き進んでいた。
階段は石造りだ。入口付近は瓦礫と水が混ざって泥汚れだらけだったが。少し奥に進むと景色は手入れされた石階段へと移り変わっていった。
入口の荒れ具合が嘘みたいだ……。思いのほか快適に下へ向かえている。
「この辺はしっかり手入れされてるよな。荒れ果てていた入り口が嘘みたいだ」
「ヘリによる爆撃の砂埃とお前の魔法弾で酷い有様でしたからね。あのクレーという男、まともそうに見えて滅茶苦茶やりすぎですよ」
「だがそもそも恐怖の大王一族は、まともで従順な奴ばかりを洗脳して幹部にしてるって話だぜ。イレギュラーのクレーは特例だ。残りのウィルと城赤はあんな戦い方しないだろうさ」
「果たしてそうかな?トラップ起動!」
[がしゃん!]
「なにっ!?うおおおおおおぉっ!?」
背後の声に気を取られた瞬間、異変が起こった!
階段がいきなり傾いたのだ!
足元の階段はその瞬間に角度のある斜面となってしまう!唐突な急斜面に、俺の靴は踏ん張ることができなかった!
俺は勢いよく斜面を滑り降りてしまう!あまりに完璧な斜面だ!俺の靴ではまるで止まれそうもない!
「いててててっ!」
俺の体がだんだん内側……左に傾き頭を擦ってしまう。
この坂、角度が高いのは後ろ側だけじゃない!通路の外側も若干高くなっている!
右後ろに重心を寄せないとヤバいぞ……!なんせこの斜面だ!ふらつくだけであっという間に転がり落ちてしまいそうだっ!
「ふっふっふ。初見で坂道ギミックに耐えるとは流石だ。だが、この延々と下り続ける螺旋通路を抜け出す方法はただ一つ。俺の持つスイッチを奪う他ないぜ」
「や、やっぱり!その声はクレーだな!?」
背後から聞こえる声の正体。それはクレーのものだった。
俺はちらりと後ろに目を向ける。
衣服は違うが、先ほどまで戦っていた男と同じ顔が俺の目に映った。
しかし様子がおかしい。まるで獣だ!あのクレーが飢えた目つきをしていやがる!ヘリで調子に乗っていたクレーとは別人のようだ!
「物語世界の外に帰ったというのは嘘だったんですか!?」
「イレギュラーの奴なら帰ったさ。俺こそが真のクレー!闇の世界で10年間修業して出る機会を奪われた男!正真正銘のリベンジャーだっ!」
「え、じゃあお前か!?外のクレーが言っていた度肝を抜かす相手ってのは!お前も黒のカード術師なのか!?」
「ふっ。俺は今現れたところだ。恐怖の大王一族が洗脳活動をしていた時点では物語に絡んでいない。素の俺が相手をしてやるぜ」
「洗脳されてねーのに邪魔するなよ!利敵行為だろ!」
「勘違いするなよ悟。立ち塞がる敵を毎回お前が仕留めてきたのか?違うだろう?お前以外の奴がボス敵を倒したことが何度かあるはずだ!……今回は俺が行く。その為にはまず悟。主人公であるお前には1年くらい寝込んでもらう!最速で転がり落ちて1年気絶しなっ!ブリザードキューブ!」
「うおおっ!?」
氷のブロックが背後から射出され、俺の頬を掠めて飛んでいく!そのまま奴の氷は前方外側の壁にぶつかって砕け散った!
どうやらやる気のようだな!
俺は水鉄砲を背後に向ける。首の横から構えた銃……!これなら真後ろを確実に狙える!バランスを崩さずにクレーを狙い撃ちだ!
「水圧分裂砲!……だ、ダメだ!」
そのまま俺は水の魔法弾をバラ撒いた!水圧分裂砲が俺の背後を埋め尽くす!
しかしクレーは自身を覆うバリアを展開してしまう!
魔法を無効化するマジックバリアだ!あれには特殊能力の魔法弾さえも通じない!バリアが俺の魔法弾を容赦なくかき消していく!
「ふっ。俺のマジックバリアには通じないぜ。これこそが補助系の魔法を操る特殊能力……!特星本部の試験を突破することで初めて使える力!外の俺が残していった置き土産の一つだ!」
くっ。この逃げ場のない坂道で防御か。厄介なことしやがって!
「背中が丸見えだぜ!アイアンランス!」
[ずばぁ!ずががが!]
「くっ!電圧圧縮砲!」
「マジックバリアだ!」
魔法で作られた鉄の槍が俺の脇腹を掠めていく。
そのまま槍は前方の壁に突き刺さった!一方、俺の雷の魔法弾はやはりバリアで防がれてしまう!
……今のところ、避けるまでもなくクレーの攻撃は外れている。
この坂道は外側が若干高い。常に重心を内側に向けなければならない。そういった体勢に無理を強いるコース設計だからなのか、クレーの直線的な攻撃は当たりにくいらしい。
その点では命中率の高い俺の方が有利だ。
だが奴にはマジックバリアがある!クレーがバリアを張っている間は有効打がない!俺の魔法弾は全て無力化されてしまう!
しかもバリアには魔法弾よりも優れている点がある。展開速度だ。バリアは魔法弾と違い発射の必要がない。発動直後にはクレーは既にバリアに守られている!
同時の勝負では間に合わない……!クレーが先にバリアを展開してしまう!
不意打ちでもできればな。バリアを発動させずに攻撃できる筈なんだが……。こ、これは……!クレーの後ろに回り込めない!?
「これは……!ずっと後ろにクレーが居やがる!」
「ようやくこのチェイスバトルの恐ろしさに気付いたようだな!そうさ、この坂道は圧倒的に先攻不利!後ろに攻撃しにくいうえに背後から攻撃を受け続ける!下手な攻撃は即転倒に繋がるぜ……!更に、この通路の狭さで位置替えを狙えばクラッシュして両者共倒れは必然さ。つまり悟。お前は先行から脱する方法がないって訳だ」
「確かにこの魔法弾を撃つモーションのまま滑り続けるのは辛い。俺の銃も本領発揮できない。クレー、お前の言うようにこのコースは先行不利のようだな!」
この坂道コースは狭い通路内に設置されている。
道幅はとても狭い。人間2人が端に寄ればギリギリ並んで歩けるかどうかの広さしかない。
しかも!俺たちはチェイス中だ!
転倒をしないためには真ん中をキープする必要がある。実質一人用コースみたいなものだ。
こんな状況で無茶な攻撃や位置替えはしていられない!……だが、クレーの説明を聞いて秘策を思い付いたぜ!
「……その自信たっぷりな態度。なーんか企んでいるな悟?」
「覚悟しなクレー!この不利な状況のまま戦い続ける俺じゃない!お前を巻き込んだ攻撃でケリをつけてやるぜ!」
「ふふふふ。俺を巻き込んでクラッシュするつもりだな。体力での根競べができるようなダメージでは済まないぜ。だが、その覚悟があるなら正々堂々受けて立つ!かかってこい悟!いてっ!?」
「ダメです……雷之 悟。クレーという男は……転倒ダメージを無効化できる……!クラッシュすればお前だけがダメージを受けることに……」
「く。この頭痛、連れのドラゴンの仕業か!マジックバリアを解いた瞬間に……くそっ!作戦がバレちまった!」
ポケットから顔色の悪いパンレーが顔を出す。クレーの作戦を俺に伝えてくれたらしい。
なるほどな。奴には物理現象を受け付けないアタックバリアがある。きっと転倒ダメージを回避するつもりだったんだろう。
恐らくクレーは、マジックバリアを解除してアタックバリアの使用を狙っていたんだ。過去のクレー戦と同じ技なら、バリアの併用はできない筈だからな。
だが、その行為は完全に裏目だっ!
「パンレー!今こそお前の力の使いどころだぜ!魔法で思考を読みながら、クレーの特殊能力を阻害し続けてくれ!」
「えっ!?ドラゴンの魔法にそんな効果があるのか!?」
「へへへ、そういうことだ!残念だったなクレー!お前の転倒防止策は破れているのさ!」
「ば、バカな!」
パンレーのあの魔法は、思考を読みながら特殊能力の使用を阻害することができる。クレーが頭痛を感じた時点で、パンレーはクレーの特殊能力を封殺可能って訳だ!俺の策は不発だが、これでもう勝ちは確定したようなもんだ!
「さあパンレー、お前の初勝利記念に何か言ってやれよ!どうせ奴は落下ダメージで1年間寝込むんだ!煽っていいぜ!」
「…………」
「パンレー?えっ、おい嘘だろ!?」
胸ポケットの中を覗くと、パンレーは気絶していた。先ほど俺の助言したときには既に意識を失う寸前だったんだろう。
ってことはつまり……!
「アタックバリア!……くくくく。どうやら俺の特殊能力は問題なく使用できそうだな!悟、俺の特殊能力の封殺を狙ったのは見事だった!だが、この過酷な戦闘方法を選んでいたことが運の尽きだな!いやホント、危うく魔法一発で詰むかと思ったぜ」
クレーは再びアタックバリアを展開している。
もはや奴は俺の魔法攻撃なんか気にも留めないだろう。俺と共に転倒して、自分はバリアでノーダメージ!これがクレーの作戦であることはパンレーの魔法で露呈している!多少のダメージを負ってでも転倒を狙ってくるはずだ!
「…………」
「…………」
クレーはさっきの頭痛でバランスを崩しているのか攻撃してこない。あるいは巻き添え作戦のためにタイミングをうかがっているのかもしれない。……攻撃のチャンスではある。だが今クレーが転倒すれば結局俺まで巻き添えだ。
やっぱりあの策しかない!
「クレー!お前やパンレーは俺がクラッシュ狙いだと予想してたな!残念だが外れだ!俺の本当の狙いはこうだ!油圧圧縮砲!」
俺は油の魔法弾を射出する!狙いは前方の床だっ!
油圧圧縮砲は床に着弾すると同時に弾けて飛び散った!俺たちの滑るコースは油で埋め尽くされている!
「なにぃ!?」
「へっ!先行不利だのクラッシュで競り勝つだのこの戦いを何だと思ってやがる!レース勝負ってのは先頭を奪い合うもんだぜ!いくぜ、ここからは加速コースだ!」
坂道に撒かれた油へ俺たちは突っ込んだ!油の水しぶきを発生させながら俺たちは急加速していく!
下り坂の油は俺たちの靴の裏に付着している。足元を埋め尽くした油の力……!互いに苦もなく追加の加速効果を得たようだな!
「ぐう!は、速すぎる!」
「まあ付いてくるよな。だが忘れちゃいないか?クレー!俺はお前を巻き込んだ攻撃をするって言ったはずだ!仲良く燃えようぜっ!大花火圧縮砲!」
[どおおぉん!ごおおおおおぁっ!]
俺は自らの足元に向けて花火の魔法弾を発射する!花火の火が俺とクレーをあっという間に飲み込んでいく!
次の瞬間、火が俺たちに付着している油に引火した!俺とクレーは油の水しぶきを受けている……!全身が炎に包まれるのは必然だ!
「うおおおおおぉっ!?ってバカめ!俺のアタックバリアに物理現象は通じない!だがお前はまる焼けの火だるまちゃんだ!この勝負、お前の戦術負けで決まりだぁ!悟ーーーっ!」
「ぐううぅっ!」
クレーは炎を全身に纏いながらも平然としている。アタックバリアで炎を無効化しているようだ。
大花火圧縮砲は魔法攻撃だ。でも引火した炎は魔法扱いじゃないらしい。
一方、俺はコートの耐火性能でダメージを軽減している!それでも全身火だるまだ!クソ熱い!気を抜くと転倒しちまいそうだ!
だけどクレー、気づいているか?お前も火だるまってことはよ、もはやアタックバリアを解ける状態じゃないってことだ!
俺の勝ちはこれで決まりだ!
「も、燃やして悪かったクレー。お詫びだ……!たーっぷり消火してやるぜ!水圧圧縮砲!」
俺は背後に水の魔法弾を発射する。
全身を焼き尽くす炎に耐えながらの決死の一撃だ!喜べクレー!俺より先にお前を消火してやるよっ!
「げっ!?マジックバリ……いや!」
[どかああぁん!]
「ぐあああぁっ!」
クレーはマジックバリアを発動せずに水圧圧縮砲の餌食となった!
魔法弾を受けて吹っ飛ばされていくクレー。勢いよく壁に激突した後、そのまま俺のはるか後方で転がり落ちていく。
距離が離れて姿が見えなくなる直前。クレーはポケットからリモコンを取り出し、炎に包まれながらリモコンのスイッチを押した!
[きいぃん!]
「な、何だ?」
突如、俺の前方から光が溢れ出す。不思議なことに俺が滑り降りているコースの先が光り輝いていた!
俺が光の中に突っ込むと景色が急変していく。眩しい光だけのコースだ。俺は光で満たされた空間に放り込まれてしまったようだ!
「あっ!」
足元から地面の感覚がなくなった。突如、永遠に続くと思われた坂道は途切れてしまったのだ!体は傾き、俺は足場なきコースを真下に突っ切っていく!
俺は光の中を突き進むように落ち続けた。しばらくすると前方に建造物の床らしきものを発見する。もの凄い勢いで床が迫ってきている!
[どがしゃあああぁん!]
「ぐあああっ!」
俺は上半身から床に突っ込んでしまう。
体を何度か床に叩きつけられた後、俺は広間に着陸した。広間の天井付近には大きな穴が開いており、そこから光が漏れ出ている。
「うぅ……っ!ぎゃあああ!あちちちちっ!」
一瞬、衝撃の大きさに意識を失いそうになる。
しかし炎が俺の気絶を許さなかった。加速用の油ごと炎が俺の全身を焼き続けていたのだ。特に直接油を被った箇所は直火で焼いてきやがる!
あまりの熱さで俺の意識は蘇った!
「す、水圧分裂砲!」
俺は壁に駆け寄って、広間の壁に分裂する水の魔法弾を連打する!壁に打ち付けられた水の塊は次々と弾けて流水となり、滝のように俺に降り注いでいる。
ふぅ~。俺を焼き起こした炎はヤバかった。だが絶えず降り注ぐ水には敵わなかったようだな!炎は完全に鎮火してやったぜ!
「はぁはぁ。……この広間。生活空間っていうよりは戦闘用の場所って感じか」
広間の奥には大きな扉が見える。扉には白いカードの紋章が施されている。
白いカード……!俺はあのカードが示すものに心当たりがある。白のカード術師がこの奥の部屋で待ち構えているに違いない!
俺は後ろを振り返る。背後には出入り口らしき扉がある。
ここが最初のカード術師の部屋ということだろう。恐らく背後の扉が正規の出入り口……。クレーの罠階段は正規ルートじゃなかったようだ。天井に繋がってるなんて。正真正銘の罠だったんだな。
[どがぁっ!どさぁ!]
部屋を見渡していると近くに火だるまの男が落ちてくる。
クレーだ!
クレーは一度床に叩きつけられてから着地する。
俺の落下に比べるとまるで威力がない……。レースの力量差が落下ダメージに表れている。そこまで考えて設計されているとは、いいコースじゃん。
もっともクレーはアタックバリアを使っている。どの道、炎や落下によるダメージはなさそうだ。
「えっ悟!?バカな!なんでお前気絶してないんだ!?」
「まだ燃えてたのかクレー!水圧圧縮砲!」
[どかああぁん!どかああぁん!どかああぁん!]
クレーに水の魔法弾を発射する!炎に包まれているクレーは身動き一つとらない!クレーの横顔は3発の水圧圧縮砲を喰らい続ける!
当然、鎮火だけが目的じゃない。
このまま気絶させて決着をつける!
[ざっ、ざっ]
「なにっ!?」
魔法弾を受けて尚、クレーは立ち上がった!
水圧圧縮砲のヘッドショットは全て直撃したはずなのに!
クレーに動じる様子はまるでない……!
な、何だ?クレーから今までには感じなかった大きな力を感じる!
これは一体!?
「わかるか悟?外の俺が残していったものは特殊能力だけじゃない。もう一つあるんだよ。……この魔王という役職だっ!」
[ごおおおぉっ]
クレーを包んでいた炎が吹き飛ばされていく!
クレーの体から溢れている得体のしれないエネルギー!あれが放出され、奴に付着する油や炎を弾き飛ばしたんだ!
ま、魔王だと……?
魔王と言えば、年に一度だけ特星本部によって選ばれる役職の一つ!俺も詳しくはないが。勇者や聖王といった職業と同列だったはずだ。
まあ、魔王や聖王は忘れられがちだ。勇者の魅異が勇者社やら何やらで目立ちすぎてるからな……。だけど魔王の倍率も結構なものだったはずだ。確か、数万分の一とかだった気がする。
「まさか外のクレーが魔王の役職に当選していて、お前がそれを引き継いだのか!?補助系の特殊能力の件といい、替え玉じゃねーか!どっちも適正試験があるはずだろ!」
「ふっ。とんだ誤解だな。外の俺と俺自身はセーブデータやアカウントを共有しているようなものだ。外の俺が物語世界内で得た力は、俺が自力で得た力ということでもあるのさ。……来年までは、紛れもなくこの俺こそが魔王なんだよ、悟!」
「ふん。こっちは年がら年中コート神だぜ!特星本部でやってるような職業の神とは違う、全身100%が信仰でできた生き物だ!かかって来なっ、替え玉魔王!俺を倒せば、お前が神を倒した正真正銘の魔王だってことを伝えて回ってやるよ!水圧圧縮砲!」
「闇装束、クレーカウンター!」
[ずばばばばぁっ!]
「なにっ!?」
クレーに向けて水の魔法弾を発射する。
しかし魔法弾が奴の体に届く前に、得体のしれない力が魔法弾を切り裂いた!黒い霧のようなエネルギーがクレーの周囲に漂っている。
「これこそが魔王になった特典で得た力、闇の魔力だ!俺は他のリッチな特典を全て諦めてこの力を選んだ!それもこれも悟!寮生で最も注目度の高いお前を超えるためだ!魔王城、超レアアイテム、特星本部の活動免除、裏ステージの住居……!それらの特典よりも力を選んだのさ!」
「ま、マジで?寮生の注目集めたいなら寮でも爆破すればいいのに……」
「んなバカな真似できるか!闇装甲、クレークロ―!」
クレーの右手に闇のエネルギーが集まる!
直後、奴の右手に巨大な爪の装備が形成された!形成時点ですでに装着している……!爪装備は内側だけでなく外側も刃のように鋭い!
クレーは俺に向かって飛びかかる!そして巨大な爪装備を振り下ろした!
「爪!?うおっ!」
俺は紙一重でクレーの攻撃を回避!
そのまま爪装備の形成されていない左側に回り、水鉄砲で狙いを定める!
「油圧圧縮砲!」
「無駄だ!そらっ!」
油の魔法弾をクレーに撃つ!だがクレーは爪の装備で魔法弾を受け止めた!そのまま爪装備で魔法弾を力強く握り潰してしまう!
油はたちまち闇の霧となってしまった。
闇の霧はクレーを取り囲む闇に吸収されていく。
……魔法を吸収するのかあの爪は?
物理攻撃までは吸収できないと思いたいが……。触れたら酸みたいに溶けるかもしれない。
念のために触れないようにしておくか。
「どうだ悟!これが魔王となった俺の力だ!……うっ」
「ん、なんだ?空気圧圧縮砲!」
急に様子がおかしくなるクレー。俺は構わずに風の魔法弾を撃ち込んだ!
「体が闇に飲まれる!うおおおおぉっ!?」
[ぼふん!]
「げっ!?クレーっ!?」
クレーの爪装備からあふれ出た闇が、クレーに襲い掛かった!
奴の体は闇に覆われてしまう。
次の瞬間、空気圧圧縮砲がクレーの胴体を撃ち抜いた!魔法弾は闇に覆われた胴体をあっさりと突き抜けていく!
クレーの体を魔法弾が貫いていた。奴の胴体の中心部には大きな穴が開いている。奥の壁がはっきりと見えている。
わずかに残った胴体の左右部分。そこから闇が溢れていた。
胴体の左右は植物のツタみたいな細さしかない。だけど、なぜかクレーの上半身を支えることができている。
……一見、クレーの体は手の施しようがない程壊れているように見える。
だがヒットの瞬間に俺は見た!
魔法弾が直撃した瞬間……。あの闇は自ら弾け飛んでいったんだ!
なんてことはない……!闇に姿を変えて攻撃を回避しただけのこと!
なら話は早い!残りの体に追撃だ!
「トドメだクレー!空気圧分裂砲!」
「今のは……!闇を集める魔法だったのか!ならば今度は闇を放出する!闇奥義、クレートルネードだぁーーーっ!これで悟を消し飛ばせぇーっ!]
[ずごごごおおおおぉっ!]
「闇の竜巻だとぉ!?くっ!うおおおおおぉっ!?」
「きゃあ!?何なに!?何が起こっているんですかーっ!?」
クレーの周囲に闇が渦巻いていき、風を引き起こす!部屋全体を覆い巻き込む暗黒のトルネード!闇の気象現象がクレーを中心に形成されていく!
トルネードは徐々に俺たちの方へと近づいている。
くっ、俺の体を宙へ持ち去ろうと無理やり引き寄せてくるっ!パンレー入りのコートも吹き飛ばされそうだっ!
……こ、このままじゃトルネードに巻き込まれて一巻の終わりだ!
俺の体は、度重なる連戦で疲弊している……!奴の大技を受けきるほどの余力はない!
やはり撃つしかない!
今度こそクレーを撃ち抜き、トルネードの発生を止めなければならない!他に俺の勝ち目はないってことだ!
幸い、トルネードの隙間からクレーの姿がちらつくことがある。
俺の位置を知る為なのか、空気を取り入れるためなのか、新技だから粗いのか、その理由はよくわからねーが。
……弾を送り込むには丁度いい通り道だぜ!
「まだだ!弾速と軌道と通り道が回ってくるタイミングを合わせるんだ!……来るっ!水圧圧縮砲!」
トルネードに引き寄せられながら水の魔法弾を発射する!
水圧圧縮砲はトルネードに弾道を逸らされながらも、トルネードの隙間を的確に突き抜けていく!
そのまま魔法弾はクレーの顔へ襲い掛かる!
だが、結果を見ることは叶わなかった。
隙間は再び、闇に閉ざされてしまった……!
「ど、どうだ!?」
トルネードの吹き荒れる音が大きくなっていき、ヒット音は聞こえそうにない。
吹き荒れる闇はもう俺の目前に迫っている!
く、また闇になって避けられたか……?まさかこのトルネードを掻い潜って攻撃することを、読んでいたなんてことはねーだろうな?
[ごごごおおおおぉ!ごおぉ……!ひゅうううぅ……!]
「おおっ!?闇の嵐が晴れていく!」
いよいよトルネードに巻き込まれそうになった瞬間、闇は光輝きながら消滅していく。
闇を伴う巨大なトルネードは、闇が消えると同時に勢いを失ってしまう。クレーの必殺技はもはやただの風となり果ててしまった。
そして……。
ついには闇の発生源からも、闇は消え去ってしまう。
闇が消え去った後、地面にはクレーが倒れ伏している。戦闘中に闇になって消えた胴体部分も無事だ。しっかり元通りになっている。
「クレー。俺の勝ちだぜ。文句があるならもう2,3発ヘッドショットして気絶してもらうことになるが。どうする?やるか?」
「ふっ。……次はチェイス以外で勝負しよう。今回の負けはそこで取り返す」
「暇なら受けて立ってやるよ。……つ、疲れたぁ」
「ところで悟。お前はここに自ら乗り込んできたようだが……。一体こんなところに何をしに来たんだ?」
「お前らが洗脳されてるから連れ帰りに来たんだろうが!なのに洗脳されてもねーのに邪魔しやがって!お前らクレーは碌な奴じゃねーな!」
「は、ははは。そりゃ悪かった。じゃあ俺は帰るよ」
「おっと待て!他のカード術師のことで知ってることを教えろ。その間に俺は休むから」
「つっても大したことは知らないぜ?えーっと。……次の部屋で待ち受けているのが白のカード術師であるウィルだ。大剣を片手で扱いながらカードで魔法も使いこなす。俺たちの中ではあいつが一番戦闘慣れしてる感があるな。小細工なしの真っ向勝負になるだろう。……ラルフが彼女に与えた異名は祈り。白のカード術師……祈りのウィル!」
「ウィルかぁ。万全の状態でも負けるときは負けるんだよな」
「そして最後に待ち受けるカード術師。それが赤きカード術師である城赤だ。奴はカードのプロフェッショナル。カード術師の中で唯一、ラルフから呪術を授けられている。カード術師の中に限れば実質あいつがリーダーみたいなものだ。戦術は多彩だがカードに頼ることが多い。……ラルフが奴に与えた異名は夕靄。赤きカード術師……夕靄の城赤!」
「城赤は戦闘能力自体は脅威じゃない。装備次第だな」
「そういえば、悟が来る前に城赤とその関係者っぽい3人組を見かけたな。何か決定的な情報だとかで盛り上がっていたみたいだが……。すぐに扉を閉めてしまって聞きそびれたんだ」
「決定的な情報?で、城赤はどこに向かったんだ?」
「白の部屋だな。その奥に奴の担当する赤き部屋があるんだ」
ってことは、ウィルがその話の続きを知っている可能性もあるのか。いや、直接城赤から聞きゃいいか?
……とりあえず倒して洗脳を解くことが先決だな。倒した勝利報酬として情報を頂けばいいだけのことだ!
「いい話を聞けたな。ありがとよクレー。もう帰っていいぜ」
「休憩はいいのか?」
「ああ。これなら2連戦くらい何とでもなる。よし行くぜ!」
「タフだなお前……」
戦うだけの体力を回復した俺は、白いカードの紋章が書かれている部屋の扉へと駆け寄っていく。
次は本格的な相手との戦闘だ!フルパワーで押し切ってやる!