三話-004日目 戦国時代の生き残り
@悟視点@
神社を照らす太陽にも梅雨の気配が含まれている本日。……ダメだ。日課でやってる季節の感想にキレがない。きっと夢の内容が気になっているせいだな。
「まだ誰も起きていないのか」
雑魚ベーと雨双は別々の布団で、そしてパンレーはちゃぶ台に置かれたハンカチの上で寝ている。神社に泊まると特に実感するが、皆起きるの遅いよな。早朝に起きる俺はいつも暇で仕方ない。
「……パンレー」
夢の中でのボケ役の推理では、パンレーこそが黒天利脱走の主犯かもしれないって話だった。皿々を経由すればゲージや奴らの連合を動かせるかもしれないこと。皿々経由でアルテに頼んで、特星本部の本部長である御衣を帝国にくぎ付けにできるかもしれないこと。黒天利と直接の面識があること。……これらの点からパンレーを怪しんでいるって話だったな。
だが、これはあくまで事件が全てつながっているって考え方だ。偶然それらの出来事が重なることは十分にあり得るだろう。……てか黒天利との繋がりさえあれば皿々の方が怪しいんじゃないか。2人は近い時期に帝国に居たはずだしな。
「電子界に取り残されていたことも。皿々に見捨てられていたことも。信仰生物たちと全く協力できていなかったことも。すべて俺は見聞きしてきた。……お前が無実だってことは信じられるぜ」
「何ですかお前……。朝っぱらから失礼ですね」
「うおっ!起きてたのかパンレー!」
ちゃぶ台にあるハンカチの上では、パンレーが眠そうに目をこすっている。ついさっき見たときは寝てたはずなのにいつの間に起きてたんだ。
「ふああぁ……。名前を呼ばれた気がしたから頑張って起きたのに。よくもまあ、早朝から嫌なことを思い出させてくれますね」
「悪いな。黒天利が脱走したって夢の中でボケ役が言っててさ。お前を疑っているんだよ」
「黒天利?ああ、あいつですか。ふむ……。どうやらこの島から南側の方角にいるようですね。思考を読んだところ特星各地に存在する隠れ家の一つらしいです。今は、狐耳の子供から話を聞いているようですね。って、こいつはもしや……」
「ちょ、ちょっと待て!居場所分かるのかよ!?」
「そりゃ当然ですよ。彼ら信仰生物たちには実体化できるほどの信仰が常に流れ続けています。そしてその出所は雷之 悟。お前です。……あとは黒天利への信仰がどこに流れているかを見て方角を知る。加えて、信仰の終着点にいる人物の心を読めばいい。1時間も心を読めば地名の一つくらい容易く入手できますよ」
「す、すげー。夢や波動すら通じない相手にこうも易々と……」
「ふふふ。信仰生物には信仰による位置漏洩を防ぐのは難しいのです。特に黒天利たちは、お前からの信仰がなくなるだけで実体を保てなくなりますからね。ほら今も、私に思考を読まれたことやを頭痛で察知しましたけど。信仰を遮断できずに苦心してますよ。ふふふふ」
頭痛か。パンレーの心を読む魔法は頭痛が発生するんだったな。高精度だし遠くにいる相手の思考も読める魔法だが。思考を読んでいることを知られてしまうデメリットがあるのか。……いやでも、地球とかだと普通の頭痛の可能性もあるから気づかないか。頭痛の起こらない特星だから気づけるってだけで。
「一応、黒天利は信仰の遮断もできるよな」
「そうですねぇ。しかし彼女は特殊能力の舞台を失いたくないようです。お前の信仰を遮断することで体を失えば、特殊能力の効力も消え失せてしまいます。今、黒天利は特殊能力によって難を逃れている。なので信仰を遮断する選択はあり得ません。位置と思考を私に晒し続けるしかないわけです」
思考を読まれるだけで置かれてる状況まで筒抜けになるのか……。俺が読まれる分にはさほど脅威を感じたことはないが、他人の思考を聞かされると心を読む強さがよくわかるぜ。夢の中でボケ役から聞いた状況と一致してるし。
黒天利は特殊能力封じの舞台の簡易版によって、校長やボケ役からの万能能力を一部封じている状況のはずだ。その舞台が破られてしまえば特星本部に再び捕まってしまう。だから位置バレしていても俺からの信仰を遮断できないんだろう。
「ついでにテーナの位置も教えましょう。この島より北側ですね」
「帝国だよな。今は船や特殊能力でも辿り着けないんだっけか。あ、テーナの思考も読めるか?」
「ふふん。私に任せておきなさい。信仰生物である以上、私の手から逃れることなど」
[ばちちぃっ!]
「ひえぇ!?ば、バリアに阻まれて……体にしびれが……!」
「大丈夫か!?」
一瞬、パンレーの体に電撃のようなものが駆け巡るのが見えた。しかし思いの他、パンレーへのダメージは大きくなさそうだ。敵の強さに合わせるトラップなのか。あるいはパンレーがこの数日間で急速な成長を遂げているのかもしれない。
「ま、まあなんとか……。よく考えたら私はテーナの想いをある程度知っているんです。今更、彼女の考えを読む必要はありませんねっ」
「無事そうでよかったよ。でも俺たちにテーナのことを話す気はないんだよな?」
「ええ。信仰の研究者として、やたらと信仰生物の内情や心情を話すわけにはいきませんから。特に雷之 悟。お前は彼らの人格を壊しかねません」
「そんな物騒なことしねーよ」
「おいお前ら。朝早くから騒ぎ過ぎだぞ……」
「もおー。おちおち寝ても居られませんよぉっ!」
おっと。雨双と雑魚ベーを起こしちまったようだな。まあ早朝とはいえ電撃の音が鳴り響いたから目も覚めるか。いい目覚まし代わりになったんじゃねーかな。
「流双姫……。彼女は戦国時代に生まれた人間です。戦国武士の無双と共に、信仰の力で若き体を保ち続けている英雄。そんな英雄2人の間に生まれた子供がお前と羽双の2人なのですよ」
アミュリー神社での朝食中、パンレーが雨双と羽双の生い立ちを説明し始める。まあなんだ……。部屋でパンレーと一緒に流双の話をずっとしてたらそりゃ興味持つよって話だよな……。雨双は何だかんだで流双に操られたりして因縁あるし。それに母親が流双だもんな。
聞かれたからには事の顛末を話すのは当たり前なんだけど。目の前で実際に説明されて1つ分かったことがある。……食事中にいきなりする話じゃねーなコレ。雑魚べーも雨双も正気を窺がうような目で俺たちを見てやがる。
「……私は信仰とやらに詳しい訳じゃないが。ドラゴンが信仰生物とやらのボスだと聞いたことはある。バカ母やバカ父の……信仰の力?それもお前が絡んでいるのか?」
「いいえ。お前の両親はそれぞれ独学で信仰力と技術を身に付けました。……戦国時代の武勇に既存単語を用いて、信仰を爆増させた無双。……呪術の力によって、密かに自身への信仰を植え付けていった流双姫。……いずれの信仰獲得にも私は手を貸してはいません。流双姫の呪術はむしろ危険視していたくらいです」
「こいつは信仰研究者なんだ。少し前まで実体を持っていなかったが、俺や信仰生物達のように信仰で動くタイプの生き物じゃない。何となくわかる」
「信仰を利用した魔法は扱えますけどね。……英雄も似たようなものです。信仰の力で作られているのではなく、信仰の力を利用することで人間の体を補助しています。お前の両親は、何百年も昔から信仰を活用し続けてきた信仰のプロフェッショナルなのですよ」
「何百年……か」
「それだけ詳しいってことはさ。パンレーもそのくらい昔から生きてんのか?」
「私はもう少し昔の生まれですね。ふふふ。恐ろしくなってきましたか?」
「へっ、バカ言うなよ。この星の連中の方がよっぽどヤバい連中ばかりだっての」
俺とパンレーの軽さとは逆に、雨双は思い詰めたような顔で何かを考えている。雑魚ベーも雨双が気になるのか食事が全然進んでいないな。俺の方はもう食い終わりそうだってのに。
「信仰の専門家に1つ聞きたい。信仰の力とやらを使えば私も強くなれるか?」
「そりゃ無理だな」
「悟、お前には聞いてない」
「うーん。強くなるの程度にもよりますね。お前の家族のような強さという話であれば難しい。なんせ流双姫と無双の信仰はこの世界の常識を超えたものですからね。しかもその信仰はこの世界の外から流れてきている」
「私の故郷のような異世界が絡んでいるということですかねぇ?」
「これは私の推測ですが……。地球での信仰集めは、絶対的な信仰を得るための準備だったのではないでしょうか。……流双姫たちは瞑宰県のロケット事故以降、この世界から姿を消しました。彼らを再び観測できたのは数年前。行方知れずになってから100年近くの月日が経っています」
数年前の観測ってのは恐らく、アルテが無双を撃退したときのことだな。俺は戦いの場に居合わせなかったが、大軍勢が明かりを持って宇宙空間を埋め尽くしていた日があった。あれを究極物質を入手したアルテが全て魔学科法でどこかに消し去ったと聞いたぜ。……それから間もなくして、アルテが帝国のトップになったんだ。
「ロケット事故の事なら俺も知ってるぜ。帝国で流双と戦ったときにボケ役が問い詰めていたな。確か、……乗組員一人を西洋呪術で操ることでハイジャックしたと。事件は乗組員一人死亡とだけ報道されていたが。実際の搭乗者は流双、無双、搭乗員の3人だった!」
「その事件なら私も地球で見た覚えがあるな。瞑宰県出身の科学者かなんかが死体で発見されたんだったか。まさかバカ母に殺されたのか!?」
「ロケットの搭乗者はベリーという天才科学者でした。彼は異世界からどうにかして未知の物質を地球に持ち込みたいと考えていた。そこで開発権限のあるロケットに異世界へ渡るための新機能を備え付けていたのです」
「ベリー!あいつか……!」
ベリーと言えば、校長の親友とかいうあの幽霊科学者!特星に来ているにしては情緒不安定さが目立つおっさんだったな。正者の宝物庫から逃げ出してきた望遠鏡が返却されて以降、奴の精神が安定しているみたいだった。
ベリーに初めて会ったとき、ロケット開発のスポンサーが天利だと言ってたな。で、そのロケットはハイジャックされて事故が起こった訳だが。……その事故の裏で、異世界へ渡る技術をロケットに備え付けていたのか!?
「校長の知り合いだぜそいつ。前に話したことがある」
俺はそのときにロケット事故の全容を知ったんだ。流双と無双が事故に関与していること。被害者がベリーであること。全て知っている。……だが俺は多分雨双に真相の全てを伝えちゃいない。暗い話だからあんまり話さなかったんだ。つーか俺に関係なさ過ぎて忘れてた。
「ベリーは元々、異世界産の未知の素材を売買していました。友である正安を通じて素材を仕入れ、地球で新発見という体で高額売買していた。……しかし、その輸入品から異世界という存在に気が付いた者たちがいたのです。それが流双姫と羽双でした」
「校長が異世界の品を輸入だと?」
「あり得る話だぜ。校長は昔、よく俺に異世界の話をしていた時期があった。特殊能力を扱い始めるよりも昔のことだが。校長が異世界に行ったという話も聞いたことがある。……内容は覚えてないけどな。当時は鼻で笑って聞き流してたし」
「輸入品の中に刀があったのです。戦土家の秘伝、纏める力に適した刀が……。刀がこの世のものではないと確信した2人は、やがて異世界の存在に思い至ります。そしてベリーに目を付けたのです。目的は異世界の信仰でした」
「ま、待てよパンレー。流双も無双も日本以外の国外に出たことないって聞いたぜ。信仰を得るならばまず身近な地球の国外からじゃないのか?それにこの世界の宇宙には恐怖の大王一族とか居たはずなのに異世界だなんて。手順が飛び過ぎてないか」
「広い宇宙で居るか居ないかの宇宙人を探せるほど、当時の彼らは強くありません。しかし異世界産の刀の出所には必ず製造元の文明があります。宇宙探索するよりも手堅く信仰を得られるのです。……地球を後回しにしたのは、ロケット打ち上げ当時が争いの少ない時代だったからですね。戦いで力を示す無双。弱った人の心を掌握する流双。どちらも争いの中で信仰を集めることに長けていますから」
「私が呪術で操られたのも、闇の世界で不安と焦燥感が際立っているときだったな。殺人が行われるとか言われていたが結局どうなったんだ?」
「さ、さあなー。一体誰がそんな噂を流したんだか……」
闇の世界での殺人事件騒動といえば、結局俺の勘違いだったんだよな……。まさか俺が流双に暴れる隙を与えちまったってのか?い、いやでもパンツが盗まれる事件は実際に起きたんだ。紙一重のところまで推理はできていた。あれは事件解決に必要な勧告だったのさ……!
「とにかく信仰で彼らほどの強さを手に入れようなどとは考えないことです。星や銀河をいくつも犠牲にしなければあのパフォーマンスは実現できないはず。当然、そこに至るまでに強大な力をより強く誇示する必要もある。……やるなら人としての感性を捨てる覚悟が必要です」
「ありがとう。私はそういう奴ら嫌いだからやめておくよ。信仰っていうのもよくわからないしな。悪かったな気を使わせて」
「安心しな雨双。お前が弱かろうがここに主人公が居るんだ!流双が何かしそうなときは俺と羽双の最強コンビで何とかしてやるよ!」
「バカ言え。悟よりは私の方が強いさ」
アミュリー神社を後にして、勇者社にやってきた俺たちに受付から声が掛かった。2日前、受付から出された高性能翻訳飴は大きすぎてパンレーが摂取できなかった。しかし今日、ようやくパンレーが摂取するための準備が完了したというのだ。
「お待たせしました。こちらが液状にした高性能翻訳飴です」
受付から出されたのは、小さな器に入れられた高性能翻訳飴のジュースだった。いや見た感じ原液ってくらいドロドロしてそうだな。まあ固体じゃないから摂取できないということはないだろう。パンレーが浸かれそうな程度の水位だが、2日前の飴ほど摂取は難しくはなさそうだ。パンレーの体の……4倍以上ってところか。
「ねえ雷之 悟。なんか昨日よりも量が多く見えませんか」
「そういえばそうだな。気持ち2割くらい多いかもしれん」
「必要最低限だとぎりぎり足りずに無駄足になることがあるんです。液体だと尚更その可能性が高いので割り増ししています」
「…………」
「こっちの機械は?」
「ポンプですね。喉の奥にセットすることで飴を溢れさせずに体内に蓄積できる優れものです。全て摂取した後は喉の奥に収納することで嘔吐を防げます。飴が全て吸収される頃にポンプは溶けて栄養になるので、事後処理は必要ありません」
「そっちのテープは?」
「肉体と同化するテープです。ポンプでの摂取前に尿漏れ対策などにご利用ください。こちらも1日ほどで栄養として吸収されます」
「いちにち……」
「何とかなりそうだな。飴を飲み尽くす覚悟がパンレーにあればの話だが……。どうするパンレー。苦痛と引き換えに英語を、いや……あらゆる言語を理解するチャンスだぜ」
「…………こ、この程度で私が怖気づくとでも思っているんですか。私はパンレー。電子界でお前に体を粉みじんにされた身です!体の4倍の飴なんて余裕ですね!あむっ」
「あ。その位置だと鼻の穴から飴が出てしまいます。ちゃんと線の位置まで飲み込んでください。えいっ!」
「むぐううああぁっ!?うええっ!」
「うわ……。胃まで届くんじゃねーか?」
「スイッチを入れたのでもう外れません。それと……はい。テープも張り終わりました」
「本当に皮膚ってか肉と同化するんだな……」
パンレーは苦しそうにポンプを外そうとしているが、その度に喉の下辺りが引きつるようにへこんでいる。こりゃ多分ポンプも肉体と同化してそうだな。テープの方はすでにテープとしての痕跡は失われていて完全に肉体の一部になってるし。
「飴の注入はこちらのスイッチになります。後はボタンを押すだけですのでお連れさんがどうぞ」
「トドメは俺がやるのかよ!?あー悪いなパンレー」
受付から差し出されたスイッチを押すと、器のジュースが管を通ってパンレーの飲み込んだポンプへと迫っていく。すぐさまパンレーの体に変化が表れ始め、腹を中心とした胴全体が徐々に肥大化していくのがわかる。
そうか。パンレーの中には元々の空気や体液が詰まっているんだ。そこに体の4倍以上の液体を追加していくわけだから、元の分と合わせて5倍以上もの内容量を体に詰め込まなくちゃならないってわけだな。まだまだ序盤だってのにパンレーは既に破裂しそうな勢いとばかりに転がり回っている。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「ジュースの容器は完全密封した強化容器です。ハンマーで叩いても砕けません」
「いやそうじゃねーって。お前他人事だな!」
「い、いえ。破裂しそうで怖くて。早く持って帰ってください……」
「ああそうなのか。そりゃ悪かった。動かすぞパンレー」
「むぐぅぅ……!」
パンレーとポンプ一式を摘まんで勇者社を後にする。ジュースの注入自体はこのペースだと1時間も掛からなさそうだな。容器に取り外しって書いてあるから、ジュース注入後にポンプを容器から外して、口の奥に収納すればよさそうだ。
街の探索は……今日はやめておくか。パンレーを神社に置いて1人で探索する手もあるが。パンレーはこれでも恐怖の大王一族とは敵対関係だ。敵の1人である鏡野郎オットーには名前も姿も知られてる。流双も未だにパンレーを諦めてるか怪しい。今のこいつは狙われてる可能性が高いはずだ。
雑魚ベーや雨双も今は手一杯だろう。雑魚ベーはテーナの件で悩んでいるのか朝も口数が少なかった。雨双も朝は、流双のことを話したからか強気な態度が感じられなかった。恐怖の大王一族は流双とも因縁があるようだし。……あいつらに任せるのは若干不安だ。
やはりここは、安定感抜群の俺がパンレーを守るしかないようだ。つーか敵の方から襲ってくれば街で情報集めする手間も省ける。主人公の方から敵を襲うってのもちょっと印象悪いしな。俺の方から襲うのは、パンレーが無事に復活した明日以降にしよう。
「パンレー!街探索は明日に延期だ!だが明日になれば、高性能翻訳飴を得たお前は奴らの思考を読めるはず!それまでの辛抱だぜ!」
「ぐうぅぅ……」
言語の壁さえ乗り超えれば、パンレーの力は恐怖の大王一族にも通じるだろう。奴らの情報も全て解き明かされるってわけだ!……あれ、でも初日にやってきた鏡野郎は日本語話してたような?まあでも思考まで日本語とは限らないか。待ってろよ恐怖の大王一族め!