二話 電子界と不老不死 ~人の探求心
@悟視点@
冬の寒さは去り、温もりが外を支配する春の季節。そろそろ再び電子界に出向く頃合いだろう。……ああでも、今回は電子界に行く前に調べ物をしていくみたいな話になってたはずだ。なんだっけか。不老不死に関することを調べろとか言ってたっけな。
「不老不死ねぇ。身近過ぎて逆にイメージするのは難しいんだよな」
特星だと不老不死オーラで死なないくらいのことしかわからん。あとは雑魚ベーの不老不死とか。……どっちに関しても間が持たないくらいの知識量しかないんだよな。
「仕方ないな。賢そうな奴倒して情報集めでも」
〔その必要はねえなぁーっ!ぎゃははははっ!〕
「うおおっ!?」
ドアを開けて外に一歩踏み出した途端、頭上から目を見開いたおっさんのドアップ顔が俺の目の前に下りてくる。反射的に銃を構えるが、よく見たらこいつ見覚えのある顔だ。
〔ちっ。人の顔見るなり水鉄砲向けやがって。てめーこのベリー様が以前優しくお話してやったのをもう忘れちまったのか!えぇ!?〕
「あ、思い出した!いつぞやの口悪い幽霊か!お前、校長の知り合いなんだってな」
〔ふん正安か。あいつのことは今でも憎いが……もう許したさ。一番大切なものは取り返せたからなぁ。で、今日は立役者のてめえに礼をしにきたってわけだ〕
「立役者?」
〔エイプリル事件で正者に盗られた望遠鏡……てめえが取り返したんだってな。あれは俺の恩人の形見なのさ。礼は言わねーが、代わりに俺の持つ知識を授けてやる。安心しな。憎しみのあまり不安定だった情緒も今では落ち着きを取り戻した。以前のように罵倒したりはしねーよ〕
ああ、特星で正者のことを調べてるときに擬人化した望遠鏡と遭遇したんだっけ。その望遠鏡が校長の探し物で、校長の友人であるベリーの大切なものだったはずだ。……もうあれから1年以上は経ってるけど、今更になって礼に来たのかよ。
「あの望遠鏡か。いや、あいつ自分で泳いできたけど」
〔は?意味わかんねーこと言ってねえで早く事情を話しな!てめえさっき言ってたよなぁ?不老不死がイメージできねえんだろう!?〕
「まあそうだけど。でもお前って地球の科学者だろ。地球で不老不死っていえば実現不可能なファンタジーみたいな扱いじゃん。信じてる奴やそこに労力使う奴は異端みたいな感じだし。……お前に話せることあるのか?」
〔概ねその通りだな。だが所詮、人間が否定するだけならたかが知れているのさ!どこかの権威が何か言ったところで、この世の物理法則が変わる訳でもねえからなぁ!要は、物理現象や自然現象みてーな実際起こる現象に否定されなければ問題ねーのよ。……その辺を踏まえた面白い話ならば、俺は話してやれるぜ?〕
「随分と自信ありげだな。じゃあ専門用語とか少なめで聞かせてくれ。あ、玄関先だと長話に向かないから寮前の庭に寝転ぼうぜ」
〔ああ。……ここだけなんか掘り返した跡みたいなのねーか?〕
「先月5万キロのカードが埋もれていたんだよ」
〔はあ?まあいいか……。まず俺の不老不死の話を理解するためには、先に死生観の話を頭に入れておいた方がいいだろう。てめえは死後についてどういう認識で居やがる?〕
「死後?死んだら低確率で幽霊になりそう、くらいかな?」
〔エイプリル事件後の一般的な認識か。そりゃよかったぜ、拘りとかなさそうでよ。さて、じゃあ始めるぜぇ……!地球人らしい死生観の話ってやつをよぉっ!〕
寮の庭に寝転んだ俺たちは、まだ暗い空を眺めることで長話の準備を済ませる。早朝なこともあっていかにも幽霊の時間帯っぽく感じる。幽霊相手に生き死にを話す展開も妙にマッチしてるな。
〔まずは、"視点"の話からだ。ここには俺とお前のふたりがいる訳だが、てめーは雷之 悟と天才科学者ベリー様のどっちの体から物事が見えてるかわかるか?〕
「バカにすんなよ?俺のこの体から見えてるに決まってるだろ」
〔そうだ。てめーは雷之 悟の体を持っている。雷之 悟の体が見たこと感じたことを自分のことのように感じ取れる。これが"視点"だ〕
「自分のことのようにって言うか、自分だけどな」
〔くくく、なら深掘りしてみようじゃねえの。例えば、お前が首を切られて頭部とそれ以外に体が分断されたとする。てめえの視点は、頭部側と首から下のどちら側かな?〕
頭部とそれ以外に分断……。これはすでに電子界で経験がある。俺は頭部側でものが見えていたから俺の視点は頭部側にあるはずだ。
「頭部側だよな?」
〔ああそうだ。この程度は実際首をはねなくても誰でもわかる。一応、根拠も言ってみな〕
「えっ!?えーと、……の、脳があるから?」
〔おっと!よくある回答だが、完璧な正解とは言えねーなっ!そりゃあ人の意識は脳の処理によって形作られるから、頭部側が意識を持つってのは間違っちゃいねえ。だがっ!おめーは恐らく意識と視点をごっちゃにしてるだろう?〕
「意識と視点って違うのか?」
〔意識はあくまで脳の処理でしかない。さっき言った"雷之 悟が見たこと感じたこと"が意識だ。それを自分が享受していれば、"雷之 悟の視点を持っている"ってことだよ。俺はてめえの視点なんか持っちゃいねえけどな〕
「俺は俺視点を持ってる。……でも視点なんて概念要るのか?脳が違い、意識が違うから別人……ってだけの話なんじゃないのか?」
〔現実がその通りなら問題ないさ。だが実際は……。その考えでは謎が残ったのさ。死後にどうなるのかを説明できなくなっちまうって謎がな〕
「死後にどうなるのかって、そりゃあ」
〔今でこそ低確率で幽霊になる。だが実を言うと、俺様の面白い話は"エイプリル大事件以前"の子供時代に考えたものなのさ。だから実際の"この世界の事情"とは異なる。幽霊なんかが現れない地球のままなら適用できた話……ってことだ〕
まあ、今の地球では幽霊が普通に観測されているからな。発生は低確率だけど。死後にどうなるかなんて今じゃ誰も気にしちゃいないだろう。だからベリーの話は与太話でしかない。……でも以前、悪の科学者エビシディの部下の影野郎から、非現実世界という存在を聞いたことがある。非現実世界の地球なら、幽霊のようなものが存在しないらしいから、ベリーの考え方が真実になってたかもしれないな。
「わかったよ。死後の話の食い違いはスルーでいいんだな?」
〔けっ好きにしな!どうにも視点の重要性がわからないみたいだから例を一つ出してやる。てか先に出したほうが分かり易かったか〕
「例?」
〔さっきは切断した首の上下2択で視点を予測したな。じゃあ今度は脳を2つに分けて、それぞれ別個体の脳として使ったとする。さて、てめえの視点はどっちに移るかな?〕
「……引っかけ問題じゃないんだよな?」
〔脳が死ぬからどっちでもないみてーな話ってか?首刎ね問題では頭側と答えておいて……今更降参して逃げるってか!〕
「確認だよバカ!待ってろ…………んー。視点がどっちに移るかは運任せ、だよな?」
〔ああそうだ。視点がどう移るのは確率依存だろう。しいていえば、移植後に実際どこから見えているのかを体感するしかないな。脳なし生物に移植すれば自覚も可能だろう〕
「脳なし生物って。ああ、他人の意識と混ざるからか」
この話はどことなく信仰生物の話に近い気がするな。……他人の信仰を取り入れることで、その記憶と経験を引き継いでしまう信仰生物。他人の脳に、自分の脳ごと視点を移すことで、移植先の人間としての視点を手に入れるというベリーの考え。……信仰生物たちもあのドラゴンと会わなければ、信仰元の本人として生きていたかもしれないし。この世界でも結構通用する考えじゃないか?いやでも電子界は現実世界には属さないらしいから、どうだろう。
〔よく覚えておきな!どの個体に移ろうが視点は成立する……!元とは別個体の意識を享受しても視点は成立する……!さらに言えば、意識なんぞなくても視点は成立しちまうのさっ!〕
「え、意識がなくても!?さっき、見たこと感じたことを享受すればどうとか聞いたが?」
〔意識では、死後に説明がつかないとも言ったろう?そりゃそうだ。脳みたいな集合体を本体としちまえば、脳が死んだらどうするとか、分割したらどうなるという疑問点を残しちまう。……だが視点を突き詰めていけば、"自分の本体"というものが見えてくる。本体がわかれば死後の流れも大方想像はつく〕
「見えたり感じたりしようがしなかろうが、視点だけは揺るがないってことか。死んでも絶対に揺るがない自分が存在するなら、確かに"自分の本体"と言っても差し支えないかもな」
〔自分とは何なのか……?一見すると、答えのない哲学的な問いだがよ。他人の視点からものを見れない時点で、何らかのシステム、正しい答えがあるのは明白なのさ。まっ、地球じゃ科学的に証明できなきゃ答えにはならねえようだが、俺には関係のねえ詭弁だぜ……!証明しようがしなかろうが、現実世界で適用されている正しい答えは動かない。外から観測不可能な"視点"が現実で用いられているからこそ、死後も自分もわからなくなってるにすぎねえ!〕
「……前置きが長いぜ。視点を突き詰めるのなら早くしてくれ。複雑な長話を何回もしてると頭に入らねーからさ」
〔方法はさっきと同じさ。脳を分けて別個体に振り分ける。ただし、今回は細かく分けて100万分割で考えてみろ〕
「100万分割……?別に、何分割にしても視点はどこかの移植先に移るんじゃないか。急にいじわる問題になったなら話は別だけど」
〔じゃあ、100兆分割ならどうだ〕
「もう脳かどうかも怪しいが、答えは変わらないって」
〔なら、物質の最小単位にまで分けたならどうだ〕
「いくつに分けても、同じ答えだよ」
〔ああ同じさ。だがよ、おめえも言ったようにもはや脳とは関係のねえ話だ。にも拘わらず、てめーは何となくこの問題の答えを当然のように知っていた〕
「言われてみれば確かに……?ゆ、誘導尋問でもしやがったか!?」
〔そいつぁ違えなっ!脳の2分割問題の答え……!それを聞いただけで視点というものを理解したのさ!視点は物質に関わりがあるということを!〕
「物質に関わり!?」
〔物質の最小単位を移植すれば、視点が移動する……。これは"視点が物質ごとに存在している"という理解がなけりゃ出てこねえ発想だ。死んでも絶対に揺るがない自分……自分の本体……自分とは何か……視点の正体……答えは、""物質""!それも最小単位の物質ひとつひとつに視点があるのさ!〕
「こ、根拠は」
〔ねーよ!視点は外から判別不能だからな。だが強いて挙げるならばぁ~……このベリー様が無難に考え抜いて、一番現実っぽいと思ったからかなあーっ!〕
「お前、マジで本当に科学者なの?」
〔現実が観測不能な真実を用いてきたらこうするしかねえのよ。他に答えが見つかればそれも良しさ。これより納得できる答えがあればな〕
視点の正体は物質……。自分の正体も物質……。無難といえば無難かもしれないが、ベリーの考え方が正しいなら、ちょっとした疑問が思いつくな。
「……1つ聞きたいことがあるんだが。物質ごとに視点があるってことは、俺の脳にいくつもの視点があるってことだよな。俺が雷之 悟の視点を持ってるなら他の物質はどういう感じなんだ?」
〔視点の物質……長いから"視点主"とでも言わせてもらうがよ。脳の多くの視点主達はお前と全く同じようなことを体感してるよ〕
「ならやっぱり俺が複数いるってことか」
〔ああそうさ。違うのは脳における位置だけ。てめーらは雷之 悟の体感会をしている視点主の集合体なのさ。……体はシステムに従って活動しているだけで、視点主1つが体に及ぼせる影響なんぞ本来は極々わずかだ。だが、脳の体験を自分のこととして享受しているため、脳や体が本体のような気がしてくるのさ〕
「へー。視点主って体の活動に介入できないのか」
〔いやそれは違う。体に与える影響力を誤認してるって方が正確だな。……いいか?小さい物質ひとつが何をやったところで体は反応すらしない。微粒子ひとつが何か命じたとしても命令として通る可能性は低い。脳内で伝達中に命令が失われちまうかもしれねえ。……だが視点主ってのは脳に大勢いて、同じようにものが見えている。脳の一部として、同時に体に命令を出すこともあるだろう。チームとして同じ命令を大量に出すことで、ようやく体を動かせるほどの命令となるのさ〕
「長いって。まとめると……。俺たち人間は、自分の意思によって体を動かしてるように感じるから脳や体が自分自身だと感じる。だが実際に脳や体を動かしているのは、割合でいえば自分以外が大多数!質問時に言ったように、最小の物質それぞれに自分が存在するって考えこそ正しいと」
〔……話をよく理解してやがるぜ。お前ならば地球の科学者は絶対なれねーだろうが、ベリー流の天才科学者としてならいい線行くと思うぜぇ。どうだい、俺様を師として仰いでみる気は〕
「絶対ヤダ。さっさと話を進めな」
〔けっ、お世辞を本気にしてんじゃねーよクソガキ。……だが、これで生きているときの話はおしまいだ。視点主が脳で上手いこと体験を享受する……これが生きているってことだ。それ以外の場合は死んでいると言っていい〕
「ん?いやちょっと待て。例えば、視点主が心臓の一部になったときはどうなるんだ?心臓の一部としては生きてるが、視点は得てないってパターンがあるだろ」
〔くくく、いいところに目を付けやがるぜ。だがここまでの話を理解してるなら答えはわかってるんじゃねえのか?〕
「確信はないけど。やっぱり死んでるのか?」
〔ああ、生まれてすらいねえな。物質として機能するだけで体験を享受できない。つまり意識とは一切無縁の状態。そんなのは、ただの自然現象の一部でしかねえのさ。まあ脳に入ったって、意識を持てなければ結局は同じことだけどな〕
「じゃあ、死んでる間は意識を持てないってことか」
〔大切なのは意識、体験を享受できるかどうかだ。生命維持してるだけの生物なんてのはいくらでもいるぜ。例えば……、微生物や植物だと意識を持つなんてできねえだろ。脳にあたる器官がなけりゃ感覚もねえし知覚もできねーからな。意識もなく増えたり成長してやがるのさ。爪や髪みたいにな〕
「動いてるのに死んでる生物ねえ」
〔だが、それらの体が活動していることも確かだ。脳と神経を後から取り付ければ、それらの生物がどのようにものを感じるのかを知ることができるかもな。例えば……、植物に人間の脳を移植、植物としての体験を脳に記憶、人間に移植してから人間の感覚で明文化、という風に大まかな植物の体験がわかるかもしれねえ〕
「それができるなら、まずは自分自身の爪の伸びる新感覚とかの知覚が先なような……。いや、話が不要な方に逸れてる気がする!」
〔へへ、こういうこと考えてると、脳はともかく体が視点主じゃねえ実感は湧いてくるな〕
「ちなみに死後はどういう感じかわかってるのか?」
〔死後?視点も意識もねーから体感だと一瞬すら感じねえよ。……だが死亡中の途方もない時間経過は覚悟しておくべきだろう。視点主が何らかの脳に入り込める確率はわずかだからな〕
「というと?」
〔樹齢の長い木になれば100年。人の臓器になれば100年。土器になれば数千年から万年。断層になれば未知数。深海の水になれば未知数。空気になれば未知数。紫外線になれば未知数。宇宙遠方の観測機になれば故郷へ帰還不可。…………運が悪けりゃいつまでも意識を持てないってこった」
「で、でも意識がない間は経過時間なんて気にならない筈だろ?」
〔くくくっ、だが理想の転生を迎えるのは難しかろうさ。有機物に、望みの生物に、そして脳にまで視点主が辿り着かなければ望んだ生物にはなれないんだ。俺ならば、死亡後に人間の意識を持つことには期待しねえな〕
……こいつの話聞いてると、死に全く期待が持てなくなってくるな。俺たちの常識でさえ、低確率の幽霊を外したときのことは曖昧な感じだし。ベリーの考えが的を射ていたら、死ぬことはかなりの確率でリスクってことになる。……もうずっと生きてようっと。
「もう一つ聞くが、元々この話は不老不死の話だった筈だよな。だが自分という視点主は最小物質ごとに存在しているって話になった。しかも視点主……視点の物質は外から判別不能だとお前は言っていた。こんな状況で、不老不死の実現方法なんてあるのか?とても子供が思い付くこととは」
〔そりゃあ考えが逆だっての。視点って縛りが加わったからこそ、不老不死の手段を考えるのに専門知識なんぞ要らねえのさ。不正解を取り除いたわけだからな〕
「"視点"の話を先にしたのは、答えの絞り込みってわけか」
〔ああ、そして次も絞り込みさ。自分は"視点の物質"に存在する、だから不老不死には"視点の物質"が必要……とか色々揃えていくんだよ。パズルみてえなもんだな〕
「そう言われると難しい話でもなさそうだな」
〔まずは目標と方法からだ。これまでの話で、脳や体は自分なしでも動くってことはもうわかってるな。……自分であるはずの視点の物質が、脳や体に比べて小さすぎて、単体では脳や体の活動にほとんど影響しないからだ〕
「うん。何となくわかるぜ」
〔そんな自分を不老不死と呼ぶための条件とは何か。ざっと思いつくのは、記憶・肉体の維持あたりか。維持つっても、死にもしないやり方と、死んでから治すやり方の2種類に大別されてることが多いけどな〕
特星で使われてるような体が壊れない感じの不老不死と、雑魚ベーみたいに消滅しても復活するタイプの不老不死だな。
「そもそも不老だけの効果を不老不死とか言うことも多いよな。ベリー、お前の考えたやり方ってのは不老と不死の両方を達成できるのか?」
〔あたりめえよ。だが、まずは2つに大別した不老不死の内どっちのやり方なのか、だ。……これに関しちゃ、これまでの話の流れで何となくわかるだろ〕
「多分、復活するやり方だよな。体が死んだ後の流れの話とか、脳移植みたいな話も出てたはずだし。逆に、体が死なないみたいな話は出てなかったと思う」
〔そういうこった。俺のやり方は死んでから治すやり方に近い。……厳密には、体が死んでいようがいなかろうが、材料と設備さえ揃えれば問題ねーけどよ。いや、こう言っておくか。それらを準備できなきゃ俺様のやり方では不老不死にはなれねえ!〕
「達成条件みたいなのがあるのか」
特星の不老不死でさえ、不老不死オーラの範囲内でのみ有効っていう効果範囲があるからな。地球で考えた不老不死なら、そのくらいの条件はどうしても必要になってくるか。
〔やり方は至ってシンプルだ。……まず体内を最小の物質単位でスキャンしておく。スキャンで判明した脳を、死亡時に回収。スキャンしたデータ通りに脳を組み立てる。スキャンしたデータっぽく体を組み立てる。脳と体を合体。……まあこんな感じか〕
「ふーん。それで人が生き返るのか?」
〔生き返るがちょいと待ちな。いかにも簡単そうに説明したけどよ。大雑把に流れだけ話してるから、各工程について補足させてくれ〕
「ん。難しい話はやめろよ」
〔まずスキャンについてだが。これは物質の位置だけじゃダメだ。動きも必要で、各物質がおよそどのくらいの強さでどの方向に動くかも知る必要がある。……てめえのような高校生には、ベクトルだとか、位置エネルギーと運動エネルギーって言えばわかるか〕
「わっかんねーよ!わざわざ専門用語を持ち出すなっ!」
〔ええっ?じゃあ悪かったな、多分俺の認識違いだわ。……言い訳させてもらうが、エイプリル大事件後の惨状でほぼ全て独学だったから、知識らしい知識がほとんど備わってねえんだよ〕
「あー、そういえば校長と同世代なのか」
〔あー、そういや正安の教え子だったな……〕
「とりあえず体内の動きも必要ってのはわかったよ。血流の早さとか、そういう感じか」
〔あとは脳の電気信号とかだな。そして動きの情報ってのは組み立てにおいても再現した方が、正確に元通りに生き返る上では大切だ。組み立てるためのスキャンだしな〕
「正確に元通り……。じゃあ体が完成したら、すぐに体調万全な状態で動けるようにしたいんだな。でも、何となく難しそうな気がするぜ」
〔まあ、組み立てに関しては組み立ててから動かすのもありといえばありさ。難易度は下がる。……だが脳を傷つける可能性は避ける方がいい。脳全体がまともに機能しても、自分視点の物質が置かれている部分が機能しなけりゃ死んだも同然だ。脳や体だけ生き返っても、自分がその体験を享受できなきゃ不老不死になる意味がねえ。次に得た視点では、身内や人類が天敵かもしれねえしな〕
「第三者視点では生き返っても、実は生き返ってない可能性とかもありそうだな。体はなるべく万全の状態を再現した方がいいってわけか」
〔次に、死亡時の脳回収。これは当然、自分の視点となる物質を回収するためだ。少し前にも言ったが、外からだとどれが自分の物質かを判別できねーからな。何せ、他の視点の物質も同じようにものが見ていやがる。同じ脳を共有してるからな。記憶や性格なども脳が持っていて、視点の物質だけでは何の判断材料にもならねえ〕
「あれ?でも視点の物質の区別がつかないんなら、スキャンや組み立てもできなくないか?」
〔そりゃ違うな。どの視点の物質がどの位置にあるかは外からでもわかる。どの視点の物質が自分の視点なのかが外からじゃわからねーんだ。物質全員が同じように生き返るつもりでいるから、その中から一部を省いちまうと、自分が省かれる可能性があるんだ〕
「ははぁん。だから脳は全部丸ごと素材も含めて、元通りに復活させる必要があるってわけか。……口に出してみるとすげー物言いだな」
〔ただ脳全部とは言っても、視点を持ってる部分を絞り込むことはできそうだがな。例えば、脳の血液あたりは常駐する訳じゃねえから視点がない可能性が高い。例え血液が視点を持っていても、スキャンの一瞬の間だけ視点を持っていたに過ぎない。ほとんどの期間は死んでいるも同然だから、血液まで完全復活させる必要はないわけだ〕
脳細胞は死んだり生まれたりを繰り返すって、地球にいた頃に聞いた気がするな……。でも細胞が生まれ変わったとしても、同じ視点の物質のままなら、視点は生き続けていることになるわけか。
「じゃあ脳と外を行き来するような部分は、別にスキャン通りじゃなくてもいいのか」
〔そういうことだ。逆に脳に常駐しているような部位は絶対に回収しなきゃならねえ。脳に外傷を追うようなことは何がなんでも避けるべきだ。……まあ、脳の物質を素粒子レベルで観測して、追い続けたり区分できる技術レベルならば、脳の安全確保と完全回収くらいは訳ないんじゃねーの〕
「って、お前はそういうの作らなかったのかよ?」
〔見ての通り。作る前にこんな状態だよ。30歳手前での最終発明が確か……、太陽光から波動を不等価生成して、自在に調整する装置だ。視点の物質をどうするだのは技術的にさっぱりでね〕
「内容はよくわからんが、自慢してるようにも聞こえるぜ」
〔次に、スキャンした脳や体の組み立て。これはさっきも言ったな。脳は素材や位置も再現する必要がある。一方、体は素材は別に再現する必要はない。……言い忘れてたが素材ってのは、物質の最小単位での、スキャンしたときに使われていた物質のことだ。素材をスキャン通りに復元すれば、細胞やDNAも元通りになるはずだ〕
「あとは位置だけじゃなく、動きも復元した方がいいんだったな」
〔最後、脳と体の合体。これは脳と体をまとめて組み立てるなら必要ない工程だが、恐らくは別工程となるだろうから一応な〕
「何で?」
〔脳は組み立て素材までもを再現する必要があるからだ。体でも素材を再現すればいいと思うかもしれねーが、脳自体はずっと頭の中にいるからな。だが、体の大部分は結構入れ替わりが頻繁なんだ。大半が水分。さらに脳とは違い、素材までもを正確に再現する旨味もない。なら、装置も別のものを使うと考えるのが無難さ〕
「装置は作ってないけど、作れたときのことも考えてるんだな」
〔俺はさっき、組み立ててから動かすのもありと言っただろう。不老不死を実現するならば、まず先に試そうとする方法だ。難易度も低い。……合体もその方法を考えてさえいれば、自然と行き着く答えってわけさ。俺様が考慮してないほうが不思議なくらいだっての〕
「ってか、組み立てながら動きを再現って方がよくわからん。組み立て中に血液が流れたりしたら、大出血でむしろ死ぬんじゃないか?」
〔少しずつ組み立てるんじゃなくて、ぱっと一気に組み立てて血液も動いてる感じだよ。……死んでから生き返る不老不死は、生き返る工程でも多少のリスクがある。そのリスクを極力減らすなら、一瞬で組み上がって動いてるのがいいと思うんだがな。安易でごり押しな考えだが〕
「まあいいんじゃないか。最小の物質を組み立てようって時点で相当だし」
〔補足する点はこの位だな。……ま、俺様の不老不死の話はこんなもんだ。けっ、望遠鏡の借りを返すつもりが、ちょっと熱が入っちまったぜ〕
「電子界行く前だってのにもう1万字……いや、もう太陽が昇ってるぜ。ほら、さっきから歩いていく寮生が怪訝そうな顔でこっちをチラ見してる。かなり長話したからな」
〔寮の庭で寝転んでるからじゃねーのか〕
「ま、でもお前の話はわかりやすかったよ。俺でも何となく話の流れというか概要はわかったし。お前を師として仰ぐ気はないって言ったけど、たまになら話を聞きに行くよ」
〔ふん。俺は今回わかりやすく話してやったんだ。次以降も話を聞きてえっていうなら、正安の教え子にはちょ~っと辛いお勉強になるかもなあ!〕
「現役高校生が幽霊に後れを取るわけないじゃんか」
〔けっ。……ひとつ正直なところを言うと、昔はここまで完璧じゃなかったんだ〕
「うん?」
〔今話した話の内容さ。内容の大筋は昔考えたことに違いねえが、ここまで完璧になったのは言葉に出すために頭の中でまとめたからだ。今日話してなけりゃ、ここで話した以上に曖昧で抽象的なまま、俺様の考えは上手くまとまらなかっただろうさ。だから……、話せてよかったのかもしれねーな〕
「……随分と考えが変わったみたいじゃん。前は狂ったように怨みを吐く、暴言キャラだったのに」
〔うっせー!望遠鏡で精神が安定したんだよ、バーカ!あばよっ!ったく、俺様は考えも一貫して……〕
ぶつぶつと言いながら、ベリーは地中へと消えていく。……あの幽霊にも色々と心境みたいなのがあるんだろうな。今日の奴は、面構えがさっぱりしてたように思う。
「さて、俺も電子界に行くか」
立ち上がった俺は土を払う。地球の天才科学者の面白話を持っていくんだ。ドラゴンのあいつもきっと満足するだろうぜ。さあ、最高火力の宿題で奴を一泡ぶっ倒してやろう!
電子界のドラゴンのいる場所で、俺はベリーから聞いた話を覚えているだけ投げかけてやった。ドラゴンはうんうんと頷きながら最後まで話を聞き、俺が聞いた内容すべてを話し終えた。
「俺が聞いた話はこんなところだ。どうだ?」
「……お見事。ベリーは私が地球で目を付けていた人間の一人です。彼は、お前でもわかるように懇切丁寧に説明したのでしょうね。しかしそれを踏まえた上で、お前はお前なりによく彼の話をまとめることができました。ちゃんとお前の頑張りを認めてあげますよ」
「いや、俺のことじゃなくて内容について聞きたいんだけど」
「内容ですか?まあ、全てを物質で説明したいという執念が伝わってきましたね。ベリーの考え方の根幹なのでしょう。ベリーはエイプリル大事件前に大筋を考えたと言っていたそうですが、幽霊蔓延る今でも、この考え方はある程度は通用しますよ」
「ってことは正解なのか?」
「いいえ。宇宙がおかしくなる前ならまだしも、現在の世の理というのは不合理なんです。自然法則が一部機能していないというべきでしょうか。自然法則を無視したり、変更できる存在がうじゃうじゃいるのですよ」
「俺の身近にも結構いるな」
「お前の扱う特殊能力も、言ってしまえば物質のルールを無視しています。物質は不等価が当たり前になっている中、まじめに物質の流れを死後まで考えるのは時流に合っていません。私たちが生きるこの時代では、いつの間にか物質が増えたり消えたりするのですから」
「考え方が古い部分もあるってことか」
「あくまで今だからこその話です。例えばそう、電子界から繋がっている非現実の世界……。かつての宇宙を再現している人工的な世界ですが、そこであれば、ベリーの物質を主軸とした考え方が絶対的な真実となっていたかもしれません」
「非現実の世界か……」
やたらと話だけは耳にするんだよな。だが、正直なところよくわかってないし興味もない。……これは主人公の勘だが、がっつり話に関わるというよりは、フレーバーテキストやバックボーンみたいな扱いで用意されているだけな気がする。
「さて、不老不死の話は大体聞き終わりましたね。そしてテーナについては、私は本当に知っていることが少ない。これからどうしましょうか」
「あれ。お前も不老不死の話をするはずじゃ?」
「私もそのつもりでしたが……、やめておこうかと。ここまで理詰めで話が進んでいたのに、魔法の習熟具合とかの話を持ち出されても興ざめでしょう?」
「そりゃ言えてるな。でもどうする?不老不死の話で疲れてるけど、今帰ると電子界に来たのが無駄足になっちまうぜ」
「お前の都合じゃないですか。……よし寝ましょう!」
「えっ!?ここで?」
「この空間内の好きなところで寝ていいですよ。私が許可します」
許可するって言っても。電子界で寝れるかどうかも気にはなるが、寝心地が一番不安だ。この電子界の空間……床が固い。こんなの人が寝れるように設計されてないだろ。
「……寝るかー」
「すー……」
「ぐー……」
あっという間に意識が眠気で満たされていく。ベリーの長い話を聞き、ドラゴンに長い話を話したから疲れているんだろう。たまには二度寝もいいかな……。