表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変な星でツッコミ生活!?  作者: 神離人
本編:毎月訪れる電子界通いの男
68/85

〇話 電子界の雷之物語 ~ドラゴンを狙う襲撃者

@悟視点@


寒さが肌を突き抜ける2月の初日。地球から帰還してからおよそひと月か。部屋の端でコート掛けとなっている魔鏡から電子界に行く頃合いだ。……行くのやだなー。あのドラゴンって偉そうなくせにデカくて倒しにくいからあまり関わりたくないんだよな。人間なら魔法弾で吹っ飛ぶのに。


「コートを脱ぎ捨てて魔鏡に飛び込めば電子界に行けるんだよな?……毎度行く度に死に掛けなきゃならないとなると死生観が狂っちまいそうだ」


主人公に犠牲を強いらなきゃ事件が再発なんておかしな話だぜ。こりゃさっさとあのドラゴンを電子界から追い出すなり始末するなりしなきゃならなそうだ。


「さてじゃあ……、覚悟を決めていくか!」


「悟ーっ!!一大事件だぜえええっ!!!」


「っと!」


コートを脱ぎ捨てようとしたところ、烈が叫びながら室内に入ってくる。……どうやら寝起きに外で日を浴びたときに鍵を開けたままだったようだ。不用心な。


「ど、どうした烈。まだ朝だってのに騒がしいぞ」


「へっ、騒がずにいられるのも今の内だぜ悟!俺は今、特星内で最もホットなニュースを持ってきたんだ!!早朝の新聞配達のバイト中に聞いた極秘情報をな!!」


「どうせ配達相手から聞いた話だろ。早朝から噂話してるやつはあんま居ないし」


「まあそうだ!その相手さんは新聞のあまりの内容に早朝からすげー騒いでたぜ!!」


「お前が傍に居たんじゃ騒いでも誤差だもんな。で、内容は?」


「聞いて驚けよっ!!特星本部の本部長がなんと、帝国トップと手を組んで特星本部を帝国に移す計画を進めているらしい!!で、帝国の住民だけを特星本部の一員にするらしいぜ!!!」


「へー。……なんかヤバいのかそれ?」


「よくわかんねえけど、新聞読んだ学生は大騒ぎしてたな!仕事が回らないらしい!!」


ふーん。特星本部長と帝国のトップ……御衣とアルテが何かを企んでるってことか?まあでも特星本部は人手不足らしいから、帝国に集まってる女子小学生たちが手伝うのなら丁度よさそうではあるのか。


「じゃ、俺は他の奴らにもこのことを話してくるぜ!あばよーっ悟!!」


「おう頑張れー。朝なのにまだ寝てるやつは叩き起こしてやれよー」


「へっ、俺の声聞いて起きねえ奴はいねーぜ!!!」


勢いよくドアを閉めて烈は部屋を飛び出していく。多分叩き起こした見返りに部屋から叩き出されるとは思うけどな。ま、この時間帯は起きてるやつが少なくて俺も烈も毎回暇してるし、これを機に他の連中の早起きを習慣づけておけばいい暇潰しになるかもしれない。


「さーて電子界行くか!」


ドアの鍵を閉めた後、俺はコートを脱ぎ捨てて、魔鏡の前で意識が遠くなるまで待つ。……集中力がどんどんとなくなっていく。もう気を抜いたら気絶しそうだ。だが慣れたのか地球のときに比べると体調の悪さはそこまで酷くない。そろそろ……鏡へ向かわないと……。




「……どうやら着いたみたいだな」


気が付くと、以前地球から訪れたときと同じような空間で目を覚ます。ただ今回は倒れているわけじゃなくて立ったまま電子界に辿り着くことができたな。ま、このコートの汚れやダメージは現実世界のコートには反映されなさそうだからちょっとお得気分ってだけだが。


[きぃん]


「お、魔法陣」


辺りを見回していると、空間の奥の方に緑の魔法陣が出現する。ああよかった。魔法陣のワープであのドラゴンの場所までいけるようだな。もしも特星から地球までの距離を歩くことになってたらどうしようかと思ったぜ。この空間は行き先も帰り道もなさそうだから魔法陣なけりゃ詰んでたんじゃないか。


「これで一安心っと」


[どさっ]


「ん?」


魔法陣の方に向かおうとすると背後から何かが落ちたような音がする。何だって……あそこで倒れてるのは人だ!俺がさっきまでいた位置にいつの間にか和服の女が倒れていやがる!


[きぃん]


「え?ああっ、魔法陣が!」


今度は前方からの音が聞こえたので前を見ると、先ほどまで奥で光っていたはずの魔法陣がいつの間にかなくなっていた。ふ、ふざけんなよー!魔法陣がなきゃドラゴンの場所には行けないし、特星に帰る手段もなくなったってことじゃねえか!


「おいドラゴン野郎!これはどういうつもりだーっ!出せこらー!」


〔落ち着くのです人間。お前にもわかるように説明してあげますよ〕


「この声、ドラゴンか!どういうつもりだお前!この和服のやつはお前の差し金か!?」


〔知らない人ですね。ただその女、お前とは違って電子界の出入り口の許容量ギリギリの信仰を維持して入ってきました。もしも私が戦えば万が一にも負けることなどありえませんが……お前のときには油断して手痛い思いをさせられましたからね。念のために魔法陣は消したという訳ですよ〕


「ならさっさと追い返せよ。お前なら外に追い出すのなんて簡単だろ?」


〔何言ってるんです?戦意を挫かなければまた来るでしょう?雷之 悟……お前が代理で成敗するに決まっているじゃないですか〕


「はっ、俺が手伝うとでも?」


〔その女はお前と同じ出現位置に現れたのですよ。つまりそいつはお前の寝室にある魔鏡から出てきたのです。……お前はいいのですか?どこの誰とも知れない賊が、電子界に来るためだけにお前の寝床を踏み荒らしているのですよ?〕


「あれは寝室じゃなくてワンルームだ!勝手に覗きやがって!」


だが、あの和服女が俺の出現位置と同じ場所に現れたのは事実。俺の部屋は烈が帰ったときに鍵をかけたから本来進入不可能なはずだが、消滅寸前の信仰状態であれば侵入は容易いだろう。どれだけ密室状態であったとしてもこの電子界に来れるやつには通じないってことか。……ならドラゴンの言うように戦意を挫くのが俺の部屋の安全性のためには一番かもしれない。それに帰り道もないし。


「ちっ、やるしかないってことらしいぜ。そこのあんたも実は聞こえてるんじゃないのか?」


「おや、気づかれてしまいましたか。私は今さっきドラゴンのことを聞いて始末しに来ただけなのですが。……ここにドラゴンがいるというのは本当でしょうか?」


〔当然ですが私の声は彼女には聞こえていません。お前が困惑しないための補足です〕


「ああそう。ちなみに心は読めるのか?」


〔私には不要な力ですね!そういう下賤な魔法など私には必要ないでーす。ですので私に用があるときは相手に不自然に思われない話し方をするように〕


ボケ役みたいに心の中で会話することはできないってことか。魔境と面会役をあの和服女に託そうかと思ったんだけどな。もしもドラゴンが拒否すれば和服女にドラゴンの存在がバレて、俺の部屋がますます通り道扱いされる可能性がある。……よりにもよって俺以外の電子界に来れる人間がドラゴンを始末したい奴だなんて、なんて運が悪いんだ!


「心ですか……何のことだか。それとも何か、私に思い当たる節でもあるのですか?」


「い、いや別に。ただ何となく心とか読まれそうだなーって思っただけさ。あんたの正体がわからねーから第一印象で決めつけちまったようだ。あんたは一体何者なんだ?」


「私はただの年齢ティーンなだけの女学生ですよ」


〔……ティーン?まさか〕


「女学生って和服よりも学生服とかを着るもんじゃないのか?それに学生というよりは普通に大人のようにも見えるんだけどな」


「あら昔の姿……、そういえば調節で……。こほん。私は和食を食べ歩くのが趣味の女学生でして。和食の中でも珍味と言われるドラゴンの活け造りを食べるためにここまできたのです。和服はドラゴンを食べるときの正装ですね」


「ど、ドラゴンの活け造りだと?」


「知らないのも無理のないことです。ド田舎でのみ食べられる郷土料理ですので。江戸時代には川で釣ったものを食べていたそうですよ」


「へー。そんなのあるのか」


地球に居たときには知らなかったが日本だとドラゴン料理が普通に出てくるのか。まあ、皿々みたいに日本で悪さしてるドラゴンも居たからありえない話ではないな。


〔なに幼稚な噓に騙されているのですか!その女は私たちに害をなす存在です!早急に始末してください!〕


「なにっ!こいつやっぱり敵なのか!?」


「おや。どうやら入れ知恵をしている輩がいるようですね。……ドラゴンよ聞いているのでしょう。あなたが出てこなければ悟さんの命はないですよ」


「ふん、俺に勝てる気でいるみたいだな。だが命が危ないのはどっちかな!水圧圧縮砲!」


「能力!?たあっ!」


[どがばしゃぁん!]


水の魔法弾で攻撃するがいつもほどの威力はない。和服女は片腕で水圧圧縮砲を受け止めて、そのまま腕を振り切ることで魔法弾を砕いてしまう。……信仰量は向こうの方が上らしいし、基本的に攻撃能力は向こうの方が上だと考えるべきだな。


「そちらだけ特殊能力を使えるなんて随分と一方に有利な空間ですね。私が特殊能力か本来の力を使えればとっくに勝っていたのに」


〔ということは、彼女は電子界が対応していない力……思考や意識に関する力を使うということ。雷之 悟、お前はそういう人物に心当たりはないのですか?〕


「直近だと記述師タナレーが思い当たるが。ただこの女は顔が全くの別人だな。……でもなーんか既視感あるんだよな」


「あらあら、おしゃべりしている暇があるんですか?こういう武器もあるんですよ!」


「うおっと!?」


[どかぁっ!]


和服女は懐から小刀を取り出し抜くと、素早く俺の首元目掛けて突きつけてくる。とっさに腕でガードしたが和服女の力は強く、刺された箇所は出血こそしていないものの痺れ始めている。……防刃効果のコートで刺さるのは避けられたが……腕に受けた痛みがずっと残り続けてやがる!ちくしょう、特星外はこういうのが不便だなっ!


「いってぇ……このバカ力野郎!」


「ふっ。どこを狙っているのですか?」


「く、水圧圧縮砲!」


[どかあぁん!]


まず蹴りを放った後に水の魔法弾で攻撃するが、蹴りも魔法弾もかなり余裕がある様子で避けられてしまう。こ、こいつ明らかに俺の攻撃を見切ってやがる!和服なんてそう動きやすい服じゃないだろうにまったく攻撃が当たる気がしない!


「やはり大した実力はなさそうですね。あの子の記憶では羽双が目を付けているという話のはずなのですが期待外れ……はっ!?」


「ぱ、羽双だと!?あっ、お前さては流双だろ!」


「流双とは……なんのことでしょうか。この西洋風からかけ離れた衣服のセンス、ティーンとは言い難い年齢の風貌、思考を操作しない肉体派の戦闘……私のどこに悟さんの言うルソーさんという方との接点があるというのですか」


「勝手にそこまで話す敵はお前くらいだよ。いやでも、どうして流双みたいな戦闘力インフレしてるやつがドラゴンなんかを狙うんだ?何かあっても虫けらみたいに蹴散らせるだろ多分」


〔流双姫……彼女の狙いは大怪獣ロックハンドラの子孫なのですよ。彼女が信奉するやべー怪物集団の大ボスを封じるための力。それを奪うのが彼女の目的でしょう!〕


「姫?怪物?」


「……その反応、悟さんがドラゴン達と繋がっているのは間違いないようですね。そう、私こそが恐怖の大王一族の最終末裔。今や壊滅状態の恐怖の大王にて参謀を務めています。恐怖の大王において、このルソー ローアングル モーレの通り名を知らない者など居なくなることでしょう」


「話が繋がってねーし……情報量も多い!」


〔彼女に私の声は聞こえませんからね。お前がしっかり会話をリードしなければ流双姫の妄言タイムに入りかねませんよ。ほら、早くメッセンジャーとして働きなさい!〕


ドラゴンのやつは関係者っぽいのに俺たちの居るエリアに顔を出す気がないらしい。んー……。恐怖の大王ってのは地球だったかで聞いた覚えのある単語だ。なんだっけな。地球に巨大隕石が降ってきたときにその大王の再来だとか騒がれていたんだったか。流双の話し方的には何らかの一族っていうか集団的な意味合いに近そうなような気もするが。


つーかどうしよう。流双にこっちの事情を悟られないように話を進めるか。それとも事情をしっかり把握するためにも事情を共有するのか。そもそもドラゴンと流双のどっちが味方だ?……とりあえず大事そうなことから聞いていくか。


「おい流双!特殊能力が使えなかったり身体能力が人並みだったりしてるようだが。もしかしてお前、電子界では全力が出せないんじゃないか?」


「承知の上です。ここには信仰のごく一部しか持ち込めませんからね。むしろ意識を操る術を持たない悟さんこそ、一体どのように信仰に意識を乗せているんです?」


「意識を乗せる……?」


〔彼女はお前と違って英雄ですからね。生身の体が本体なので信仰のみで行動するには特別な手法が必要になります。逆にお前は信仰が本体の神……生身の体を信仰で再現しているに過ぎない存在なのですよ〕


ってことは俺は信仰生物に近くて、流双の方が人間に近い存在なのか。実力的にはあっちの方がどう考えても化物みたいな性能してるのにな。


「信仰の持ち込みに制限があるってことはだ。流双っ!今のお前に特星に居たときほどの力はないってことだ!なら話は早い!勝った方が話を聞けるってルールで勝負しやがれ!もっとも拒否権も逃げ場もないけどな!」


「私は構いませんよ。先ほどまで押していたのがどちらだったか思い出させてあげましょう!アングル・ハラキリ!」


「うおっ!水圧圧縮砲!」


「アングル・ミナモギリ!」


「ちっ!」


流双の胴狙いの一撃を後ろに飛んで避け、カウンター気味に水の魔法弾を撃ってみる。だが奴の素早い返しの刃によって魔法弾は両断されてしまう。くっ、やっぱり実力が落ちているとはいえ俺よりも力も早さも上のようだ。


〔あーあ。相手も本気になってしまったようです。雷之 悟……お前はろくに信仰量を調節せずに入っているのでしょうが、流双姫は違います。彼女の信仰量は電子界出入り口の上限ギリギリ!この勝負、お前はきっと死にますね。久々の話し相手だと思っていたのに残念です〕


「うるせー見物客は黙ってろ!空気圧圧縮砲っ!大体お前のけしかけた勝負だろ!」


「アングル・カザギリ!ふふふ、ハプニングですか。よそ見とは余裕ですね!」


〔ふーんだ。私が命じたときは敵は本気じゃなかったです。本気を出す前に速攻で始末していればお前にも勝ち目はありました。お前が私の作ったチャンスを潰したんですよ〕


「く、主人公キック!」


「アングル・ジクダキ!」


[どがあぁっ!]


「ぐおあああっ!」


流双に放った蹴りは空を切り、空中に突き出された足のふくらはぎ近くに流双の拳が振り下ろされた!拳の勢いは俺の体勢を崩しかけるほど凄まじかったが、ヒットの直前に突き出した足を少し横にずらしたことで地面と拳にプレスされる事態は何とか免れた。だが、奴の重い拳の一撃を受けた片足には立っているだけで震えがくるほどのダメージが残っている。


「ぐうぅっ、足が!」


「どうですか?切れない素材の衣服であってもそれだけ薄ければ打撃はよく通るでしょう?」


「コートの材質が見抜かれただと……!?」


「もう諦めた方がいいですよ。こんなレベルの勝負でさえ、ここまで実力差が縮まった条件でさえ、あなたには今の私を覆すほどの力すらないのです。もし勝負に勝って私から話を聞いたとしても……悟さんはただ傍観していることしかできないでしょう」


〔うー、勝負ありです。……このまま勝負を続けても流双姫の戦意は折れないでしょうし、話し相手を失ってしまい私だけ損してしまいます!再襲撃のリスクは残りますが、このまま流双姫だけ外に追い出して情報提供の約束も反故にしてしまいましょう!〕


「く……待ちやがれ!これで勝負がついたと思うなよ……!」


「〔ほう?〕」


こいつら勝手なことばかり抜かしやがって!片や英雄、片や信仰生物を使役するドラゴン……信仰を扱い慣れてる二人からすれば勝負は決まったように見えているんだろう!?だが、この神の体に関する見通しは俺には遠く及ばないってことを思い知らせてやる!


「気力は認めますがどうするつもりですか?例え死ぬまで戦い続けても私との実力差とエネルギー差を埋めることは不可能ですよ?」


〔そーですよ!万全の状態でさえ一撃も流双姫に充てることができていません!そんな足になった今、どうやって攻撃を当てるつもりですか!〕


「はっ!そんなの決まってるぜ!こうするのさっ!」


俺は上着のコートに手を掛け、勢いよく予備コートごと脱ぎ捨てる!そのまま勢い余ってシャツも脱ぎ捨てることで俺は上半身裸の無防備な状態となった!こっちの攻撃が避けられるっていうなら話は単純だ。向こうから俺の方へと寄ってくればいいだけのこと!


「あら、自信ありげに勝負続行を宣言するから何かと思えば……。裸で私の気を逸らそうというのなら無駄なことですよ。私はティーンの裸に対する耐性が高いのです。例え悟さんが全裸で襲ってきたとしても躊躇なく息の根を止めることができるでしょう」


「ふん、そいつは命拾いしたな。よく聞け流双。もしも次の一撃で俺を仕留めることができなければ、お前は確実に次の一撃で死ぬことになるぜ。現実の肉体諸共な」


「……どういうことです?」


「そのままの意味さ。電子界のドラゴンも間違いなくいけるって言ってるぜ。この半裸フォームなら流双なんか一撃だってな!」


〔ん?は!?え、ちょっとなに勝手に私の代弁しているんですか!?言ってませんよ!〕


「ドラゴンの未知の技術という訳ですか。ですが迂闊でしたね。私に一撃必殺ができないと考えての作戦だったのでしょうが、私はこう見えても宇宙征服で殺人慣れしているのです!死になさい!アングル・クビカリっ!」


「早っ!?水圧」


[ずばあぁっ!]


先ほどまでよりも一段と素早く接近した流双に、早撃ちで水の魔法弾を撃ちこもうとする。だが、それよりも早く首元辺りに熱い痛みが通り抜けた!流双による首を狙った一撃必殺技が、俺の早撃ちよりも先に俺の首を刈り取ったのだろう……。


視界は元あった頭上を越えて、俺の体の上で回転している。時折視界に映るのは短い短刀を振り切った流双の姿と首から上を失った俺の体だ。間違いなく俺は流双の一撃で首を刎ねられていた!


〔ああっそんな!?〕


「これで勝ちです……!」


「だなっ!水圧圧縮砲!」


「なっ!?」


[どかああぁん!]


「ああああぁーっ!」


首のないままの体で俺は水の魔法弾を撃つ。流双は一瞬の反応で体を逸らそうとするが、俺は空いている側の手で奴の首の後ろ側を掴んである!たった一瞬の反応で避けようとしたのは流石だが、離す気のない俺を押し退ける程のパワーはなかったようだな!


流双は額に押し当てられた水鉄砲からの魔法弾を受け、吐血しながら空間の壁に叩きつけられた。奴が吹き飛ぶ直前、流双を掴んでいた片手に激痛が走ったが……どうせとっくに首が飛んでるんだ!今更魔法弾のダメージ程度は首元のダメージに比べたら大したことない!


「落下地点はここだ!」


[どさっ]


俺は自分視点でなんとなく見える位置から頭の落下地点に手を突き出す。すると見事に手の上に先ほど飛ばされた俺の頭が落ちてきた。うっ、水鉄砲持ったままでキャッチしたからちょっと痛い。


〔ど、ど、どういうことですかっ!?人間は首が飛んだら死ぬはずです!〕


「お前知らなかったのか?……前に電子界から帰った後、受けたダメージがさっぱりなくなっていたんだよ。だからここは夢の中みたいに現実じゃないのかと思ってな。捨て身の一撃で流双の動きを封じて、一発くれてやったってわけだ」


〔現実じゃない……?ああ、そうでした。今の電子界は現実にも非現実にも属さない中継地。長く居過ぎたので認識がズレていたようです〕


「にしても血も出ないんだなー。本当に夢の中みたいだ」


〔信仰者であるお前自身が夢の中と認識しているから、夢の中らしく血が出ていないのです。お前は怠惰な人間ですね。何らかの手法を使っている姫はちゃんと吐血しているというのに〕


「げほっ!た、確かに首を刎ねたはずなのに……。なら」


「水圧圧縮砲!」


[どかああぁん!]


「ぐあああああぁっ!」


起き上がりながらナイフを取り出そうとした流双を追撃の魔法弾で吹っ飛ばす!今度は胴狙いだ!流双は壁を背に魔法弾の推進力をもろに受けて地面に倒れ伏した!


〔うわー。私のときもそうでしたが容赦ないですね。お前は加減を知らないのですか加減を〕


「雨双の話ではろくでもない奴らしいからな。ってか手加減はしてるぜ。敵っぽい奴はヘッドショット狙いで撃つからな。ま、知り合いとの戦いならこんなもんさ」


〔それよりも!流双姫から情報を聞き出す必要があります!早く叩き起こして情報を聞くなり心を折るなりしてしまいましょう!〕


「お前の方が容赦ないと思うけどなぁ」




というわけで、予備コートで拘束した流双と共にドラゴンの元へワープさせられた。装備は裸になる体験が物珍しいから脱いだままでもよかったが、コートがないと主人公っぽくないから着ておくことにした。首は……不便だからいつも通りに顔を乗せてたら、いつの間にか傷が治ってたな。よく考えたらホラーみたいな現象かも。


「よう、一か月ぶりだな」


「雷之 悟。なんとか流双姫を捉えたようですが……浮かれていないでしょうね?お前や流双姫のエネルギーなど、私からすれば軽く消し飛ばせる程度しかありませんよ!」


「あら。こんな物質として存在できないエネルギー量だけでよく威張れますね。こんな狭い世界ではなく外で戦えばいいでしょうに」


そういえば、皿々もこのドラゴンが最弱とか言ってたような気がするな。こんなにでかければ体格差で外でもそれなりに強い気がするけど。まあ、流双には敵わなそうだよな。


「むっ。お前はどうやら立場をわかっていませんね!流双姫!お前を永久に外に出すことなくここに閉じ込めておくこともできるのですよ!」


「……確かにそれは困りますね。悟さんの部屋に体があるので、このままではあらぬ誤解を招いたり、よからぬことに利用されてしまうかもしれません」


「って、もしも誰かに出入りを見られてたら俺が犯人みたいだろ!無双に襲われたら死ぬ!ちゃんと流双は外に帰せよ!」


「ふーんだ。お前に指図される筋合いはありません!それに外に帰すかどうかは彼女次第です!敗者なのに有益な話もなしに帰れると思わないことですね!」


「それはまあ少し同感。ここだと戦利品貰っても現実に反映されないしな。とりあえず動機と犯人と真相を話してもらおうか!」


「動機は恐怖の大王一族の大ボス、シクレットアングル モーレの復活。犯人は私。真相はあなたの目の前です。これで帰していただけますか?」


「悪い、説明なしじゃさっぱりわからん」


「宇宙規模の陣営争いといえば分かり易いでしょうか。ドラゴン達の親玉と私たちの大ボスが敵対関係だったのです」


確か、流双が恐怖の大王一族の末裔みたいなことを言ってたよな。ドラゴンからは大怪獣の子孫が狙いみたいな話が出ていた気もする。世代を超えて陣営争いなんかしてるのか?


「なんか、もっと他所でやればいいんじゃないか?」


「雷之 悟!……今の地球の平穏は大怪獣ロックハンドラの犠牲によってもたらされているんですよ。お前はよく他人事で居られますね?」


「怪物たちの事情など私たちには関係ありませんからね。あまり私をくだらない争いに巻き込まないでください」


「いや流双、お前は当事者側だろ」


「というかお前、恐怖の大王一族の末裔を名乗ってますけど違いますよね?一体どこで奴らに影響を受けたんですか」


「え、嘘なのか!?」


「彼女は日本生まれの日本人ですよ。信仰の力で老化しませんけどね。純粋な信仰生物であれば血筋ごと他人になり替わることもできるでしょうが、流双姫は人間の体がベースの英雄。化け物どもの血筋とは無縁なはずです」


「血筋だなんて安っぽい価値観ですね。大切なのは心です。私は呪術の習得を通じて彼らと出会い、恐るべきパワーを持つ彼らの主に興味を持っただけのこと。そのパワー全てを私のものにしたいという健全な向上心で私は動いています。なのでお願いです……どうか手土産として協力してください」


「その主の封印を解くなと言っているんです!お前がどれだけの信仰を集めようと法則ひとつ変わればその力は奴のもの!世界の中で動くお前に何ができるというんです!」


「瞬殺できますよ。単純な攻撃性能であれば宇宙を吹き飛ばせる私の方が上です。そこに世界を作り替える力を取り込めば……ふふふっ、もはや向かうところ敵なしですね」


「呆れた奴ですね……。お前の攻撃など通じるような相手ではないに決まっているでしょう!」


「ってか、瞬殺できる相手のためにドラゴン狩ってるのか?」


「ええ。挨拶の際に手土産の一つでも持っていこうと思いまして。私は形から入るタイプなのですが、今回は一族の中の裏切り者みたいな立ち回りを予定しています。これを成立させるには私が恐怖の大王一族の一員になる必要があるため、その信用稼ぎとして彼らの憎むドラゴンを手土産にすることを思い付いたという訳です」


「「回りくどい……」」


ま、まあ流双らしいといえばそうかもしれない。特星で戦ったときのこいつは面倒そうな立ち回りで何度か失敗してた気がするし……。まっすぐに目的達成を狙えない性分なのかもな。


「……俺の部屋に電子界とつながる鏡があるってのはどこで聞いたんだ?」


「先週あたりに雨双の記憶を覗いたときに知りました。すぐに乗り込もうと準備をしたり寝て備えたりしていたら何だかんだで今日になっていましたね」


「では、恐怖の大王一族との直接関わった過去は?」


「ありますよ。何年か前のことですが、宇宙空間で一族の方々と対面しました。私が一族の末裔だと認めなかったので全員始末してしまいましたが……。おかげで今回の計画は苦労しそうです」


「そ、そうですか。……狂った感性してますね」


「なあ、もう流双は追い返していいんじゃないか?どうせメイン空間っぽいここに入るには魔法陣が必要だから流双にお前を攻撃する手段はないだろ?」


「お前に言われるまでもありません。……流双姫。色々腑に落ちないことはありますが、私たちはこれからお前の襲撃など誤差にしかならないような重大な話し合いがあるのですよ」


「えっ!?いや俺はそんな話」


「もう二度と電子界に足を踏み入れないことです!はああぁーっ!」


ドラゴンが大きく口を開けると、それに呼応するように流双の足元に魔法陣が現れる。魔法陣の光に包まれていきやがて流双の姿は完全にこの場から消失してしまった。


「今回は随分と勢いよく退出させたな」


「ちょっとは威圧しとかないとまた来そうですから。さて、それはそうと雷之 悟!お前は私と皿々ちゃんを繋ぐ伝令役としての役目をちゃんと果たせましたか?」


「皿々はお前と会わないってよ」


「ま、そうでしょうね。この電子界は今や隔離されているようなもの。お前が言葉の橋渡しをしたところで容易く手は届かないという訳です」


「ああいや、弱者と会う必要はないみたいなこと言ってたぜ」


「う……。そ、そうですか。地球にいた頃はまだ研究に精を出す知的なドラゴンらしさが残ってたんですが。特星に行ってからは随分と荒っぽくなってしまったんですねーっ」


「いや元々荒っぽいんじゃないのか?弟子のネコと組んで盗賊団やってるような奴だぞ」


「ふん、弟子のネコが何ですか!私のペットは人間……いえ、神なんですよ!」


「……俺のことじゃないだろうな?」


「でもよく考えたらお前は全く可愛げがないですね。雷之 悟……今のままではお前の存在価値はネコに脅かされるでしょう。ほら、もっと愛嬌良くしてもいいのですよ?」


「もう帰りたいにゃー」


「ダメですにゃー」


「えーっ。じゃあ前の事件のことでも話すか」


「そ、そうですねぇぇ。ふえへへ……」


返事とは裏腹に、ドラゴンは体を横方向に丸めて顔を本体の下にしまい込んでしまう。……ネコの真似が気に入ったのか?この巨体じゃあ可愛げも何もあったもんじゃないけどな。




一旦少しの休憩を挟み、改めてドラゴンから情報を聞き出すいい頃合いになったかな。さっきまで体を丸めて聞く耳を持たなかったドラゴンも今は顔を上げてるし。


「油断しました……。私にあんな恥ずかしいノリで返事をさせるなんて。お前はお前で辱めておいてよくもまあ平然としてますね」


「あー、恥じらってたのか。何だよ、事件のことで隠し事でもあるのかと思ったぜ」


「私はむしろ事件が起こらないか地球を見守る側ですけど。先日の事件のこともお見通しですよ。あれは信仰生物たちを刺激したお前達に非がありますがね」


「お、あいつらの肩を持つのか?俺の聞いた話では、あいつらの計画は何十年も前から始動してたって話だった筈だぞ」


「計画……その言葉が指すものは様々です。正者だと地球での権力を狙った計画。黒天利だと雷之決戦計画&正者の権力横取り計画。テーナだと兄を永遠に手中に収める計画。……いずれの計画もお前達が騒ぎを起こした時点では準備段階かそれ以前という印象でした」


「じゅ、準備段階だと?だけど何十年も前から計画しててまだそんなペースなんだろ?そんなにダラダラしてたら途中に何かあったときに実行不可能になったりしないか?」


「なってましたよ。テーナの計画なんかはいい例ですね。彼女は兄の行方をまったく見つけることができずに完全に手詰まり状態でしたから」


「ええー?」


「お前は少し認識を誤っていますね。信仰生物たちにとっての計画とは、実はそれほど優先すべきことではないのですよ。最初に決める目標……きっかけみたいなものですね。それをあの3人は実体化前に語り合っていたんです。地球での生活が長くなるに連れてそれらの目標は希薄化していき、近年になると惰性で計画準備を進めている感じが行動から伝わってきてましたね」


「黒天利とかは戦った感じだと結構ノリノリだった気がしたけどな」


「それは信仰の影響ですね。信仰生物は信仰という着ぐるみを被ったパフォーマーだと思いなさい。言動や性格が信仰通りに見えても、地球で生活した記憶や経験が見え隠れするものですよ。例えば、即死技連発で効率よく試合を消化するのは天利っぽくありませんよね」


「あっ!?」


そ、そういえば黒天利との戦闘では即死の状態狙い技が多かったな。確か信仰の一部をシャットアウトしてる間がそんな感じだった気がする。なるほど、信仰の影響が薄くなってるってのも即死技が増えた原因だったのか。……てか、即死狙いでの戦法が地球的な戦い方なら、正真正銘の地球人である天利はむしろ地球適正なさそうだな。電子界生まれの黒天利の方が適正ありそう。


「な、なるほどなー。何か思ったよりも面白そうな話するんだな」


「ふっふっふ。お前とは人を見てきた場数が違いますからね!信仰生物や要注意人物については常に動向をチェックしているので個別の具体的な動きまで把握していますよ」


「事件当日の信仰生物のことも知ってるのか」


「ええ。何ならお前との戦闘中でさえ地球の動向は探っていました。口内を荒らされたときはさすがに痛みで集中できてませんが。……完治したけどまだ根に持ってますからね」


「頼むから機嫌悪くしないでくれって。今さっきまでの信仰生物ごとに説明する流れが口喧嘩と戦いで終わることになっちまうぞ」


「それは確かに嫌……ああいやお前にとって酷な話というもの。仕方ないですなー。伝令役の役目は果たしたわけですし、あの3人の信仰生物のことを教えてあげましょう」


「覚えきるためにも手短に頼むぜ。まずは黒天利あたりからで」


「ん、まあ彼女についてはお前も結構話を聞いてると思いますが。他2人よりも信仰の扱いが優れているのが天利の特徴ですね。信仰を戦いに組み込んでいるのは彼女だけですから」


「信仰の扱いが得意?信仰とかに疎い本物とは大違いだな」


「そちらの天利も黒天利同様に信仰へのポテンシャルはあるのでしょうけどね。雷之家は信仰関連の適性が高いですから。恐らく、信仰生物として生まれたからこそ発揮できた才能でしょう」


「へー」


「ただ不運にも実体化してからその力を振るうまでには時間が掛かりました。彼女もテーナ同様にターゲットを見失ってしまったのです。彼女のターゲットは知っての通りお前ですね」


「ま、主人公が敵に狙われるのは道理だよな。ラスボスである天利の信仰だし。……あれでも俺を見失ったってのはどういうことだ?」


「天利の信仰が電子界にやってきたのは人間の天利が子供化してからです。お前はその時期に寮へ移り住んだでしょう?天利がお前の入寮を知らなかったのだから黒天利だって知りません」


「あれ?天利は俺が寮に入ったこと知らなかったのか?俺はてっきり天利の意向で入寮することになったとばかり思ってたんだが」


「それは皇神とコート神による作り話ですね。ふたりはお前の入寮を天利に隠し、コート神をお前だと偽って悟ンジャー活動していましたから」


「マジか。あいつら命知らずだな」


「発覚エピソードも中々ハチャメチャだったので今度話しましょうか。まあ、そういう流れがあって黒天利はお前が悟ンジャー活動してると思っていたわけです」


「俺を追わなかったのか?」


「スケジュールの分かる最初は追ってましたが、資金も移動手段もないのですぐに見失いました。悟ンジャー活動でターゲットは全国を転々としていましたからね。しばらくは瞑宰県の雷之家付近で待ち伏せしていましたが、生活に無理を感じたのか、ある日生活費を稼ぐためにテレビ局へと向かいました」


「お、それは賢いな!中身はともかく、姿形は悟ンジャーで大人気の総帥王そのもの!仕事入らないほうが無茶ってもんだぜ」


「まあ秒で追い返されましたけどね」


「ええっ、どうして!?」


「天利が子供化した上、元々の姿での総帥王続投を求められたときに契約を打ち切ったからです。大恐慌エイプリル事件の立て直しがまだ行き届いていない時期で、テレビ局側も権利関係でお金を出すことを渋っていたんです。皇神がその辺の権利を有利に請け負っていたので拒否できました」


「じゃあそこで乗ってれば悟ンジャーはさらなる進化を遂げていたのかもしれないのか!く、なんて惜しいことを……」


「そりゃあ悟ンジャー活動のきっかけはコート神の信仰獲得ですからね。変なイメージが付くとコート神にも影響が出てしまいますから」


その辺りの話はボケ役から聞いた気がする。よく考えたら天利が信仰に無関心なんだから、雷之家での信仰関係のイベントは皇神かボケ役が関わってる可能性が高いんだよな。希求は……信仰に理解はあるけど、ヒロイン候補として関わってくることが多いから天利寄りだし。


逆に、主人公目線で見たときには皇神とボケ役は影が薄いかもしれないな。あいつらはラスボスやヒロインみたいに目立つ感じじゃないし。表舞台で決着をつけるっていうよりも、裏でサポートや援護攻撃ばかりやってる感じだ。組んで天利を出し抜くくらいには相性もいいんだろう。


そして俺は両方のいいところ取りってわけか。主人公としての活躍にコート神としての実力、どちらも兼ね備えているなら解決できない事件はないのさ。


「……なに一人で頷いているんですか」


「おっと。えーっとどこまで話したっけ。黒天利がテレビ局に向かって、それから?」


「正者と遭遇したんですよ。当時の正者はまだ秘密の地下通路という気の利いたものは用意しておらず、テレビ局に直接出入りしていました。天利はそこで正者の計画が上手く行っていることを知り、手を組むことにも成功しました」


「へー。むしろ正者はよく手を組む気になったな」


「黒天利がリアルファイトで完封した上、命と引き換えという脅し文句で協力させましたからね。まあ力量を見誤って勝負に乗った正者にも問題はありますが……」


「地球で暴力沙汰かよ!?」


「あの頃の黒天利は少し荒れてましたからねー。ちなみに正者は秘密基地周りの土地をこの頃くらいに買い集めていたようです」


「黒天利にやられて慎重になったのか」


「黒天利は正者からの資金供給により決戦舞台の準備に取り掛かります。その候補地に選ばれたのが北界県の海上!日本の世界樹を背景とした氷のフィールドリングであれば、どれだけ対決までに時間が掛かっても満足した決着になるだろうと黒天利は考えました」


「あ、この時点ではまだ対決への熱は残っているんだな」


「ええ。ですが黒天利の理想の決戦舞台作りは難航します。海底地中から海上まで突き抜ける氷柱リングを用意せねばならず、更にはそれを少なくとも戦闘中は維持し続けることを彼女は求めました。舞台が勝負に水を差す事態は避けたかったのでしょう」


「海中でそこまでの規模だと特星でも実現できる奴は少なそうだな」


「一応、正者からの資金で色々試して最終的な構造は決まっていきました。ですが、実際に氷柱の舞台を用意するには至らずに黒天利は行き詰ってしまいます。そんなこんなで年月は過ぎていき、黒天利は見聞を広めるために舞台建設は中断して世界樹に足を運ぶようになっていきます」


「世界樹に?」


「お前が地球にいた頃の日本は、事業といえばロケット技術か娯楽が中心でした。ですがそれらのブームに代わって土地……しかも上下の概念が話題となっていきました。そして特に話題の中心となっているのが地下都市と世界樹のふたつです」


「どっちも前の地球旅行で行ったところじゃん!」


「その通りですよ。人は流行に集まるらしいですが、信仰生物も例にもれず流行の中心地で活動していたわけです。まあ、地下都市関係者の正者はむしろブームの火付け役ですけどね」


「あいつは地下都市計画の中心人物であるテレビ局長と組んでたからな」


「世界樹への寄り道は黒天利に思わぬ進展をもたらすことになります。世界樹の下の暗がりの中で見知った顔……テーナの姿を見つけたのです」


「テーナか!俺たちも世界樹で会ったな」


世界樹の下が真っ暗ってことは、俺が特星に移住した時期よりもかなり後の方ってことだろうな。俺が地球を出るときに見た世界樹はまだそこまで大きくはなかったし。まあ黒天利が決戦舞台を北界県に決めた時期も奴が興味を示す程度には大きくなってたんだろうけど。


「テーナは世界樹を通してエネルギーを吸収しようとしてたんだっけ?」


「んー。当時はまだ兄を探すことだけを優先していましたね。テーナは他2人よりも実体化が相当遅かったので黒天利よりも楽観的だったと思いますよ。世界樹を拠点にする理由もオシャレで神秘的だからという子供らしい理由で選んでいますし」


「へえー。だけどそんなテーナから黒天利が得られることって何があるんだろ」


「視野の広さですよ。まずテーナは黒天利を世界樹の中に案内しました。そして世間話で異世界や魔法の身の上話ばかり話していたのです。……電子界でも同じ話を聞いていたはずの黒天利ですが、この時まですっかり忘れていたのでしょうね。驚きつつも食い入るように話を聞いていましたよ」


「本物のテーナは大メインショット郷国の住人だからな。……てか、ここって地球以外の信仰とかも集まってるのか?」


「ああはい。電子界は現実と非現実の中継地なだけで地球にある訳じゃないですからね。エネルギー量の最も多い地球へのアクセス手段が豊富ではありますが」


「なるほど。……あ、続けてくれ」


「テーナの話を聞いた黒天利は、すぐに協力の約束を持ちかけました。そして北界県を後にして瞑宰県のロケット発射場へと向かいました」


「ロケット発射場?まさか」


「はい。特星へ向かうためです。黒天利は悟ンジャー全盛期という生まれた時期の都合で、特星関連のことがほとんど意識外で中々思い出せませんでした。その記憶の奥底の出来事を、テーナとの地球離れした会話を通じて思い出したんです」


「そもそも天利って特星製作で何やったんだっけ。特星の物語を操作して色々やったみたいなイメージではあるんだが」


「正安とそういう感じの約束をしていますね。ですが先延ばしにして、結局実行したのは悟ンジャー活動の諸々が終わった後だったりします」


「特星に向かった後はどうなったんだ?」


「さあ……。特星はステルス能力か何かで隠されているらしく、私の魔法でも内部事情までは把握できないんですよね」


ああそうか。地球に特星の存在を秘密にしてるんだから特星自体は隠してるよな。なんせ特星は地球の10倍のサイズの星だ。ステルス機能でもなけりゃ地球から見えちまう。地球は確か……大気圏だかで電波妨害の影響が出て通信系統や打ち上げ機器や他色々がバグるから、直接見えなくしちまえば特星を感知する手段はないって話はよく言われてるな。まあ、瞑宰県の特星行きロケットみたいな例外もあるけど。


「ただ何年か経って黒天利が地球に帰ってきたのですが、そのときには既に彼女は舞台での決戦に対する熱意が異なっていました。特殊能力と言う新たな力を得て、舞台準備自体は順調に進んではいましたが。舞台での戦いが終わった後の目標に悩んでいたようで、正者の地下都市の乗っ取りに興味を示し始めたのもそのくらいの頃からです」


「黒天利って特星には何回くらい行ってるんだ?」


「先日の事件で雷之 希求が連れて行ったのを含めても2回ですね。自主的に特星に向かった回数であれば1度だけのはずですよ」


ってことは、帝国で俺と黒天利が戦ったのはちょうど特星に滞在してたときってことか。その滞在期間中に地球対決の興味が失せる何かがあったってことになる。……帝国ってのは特星の中でも特殊な島国で、交通手段が限られていて勇者社やワープ装置が適応外のそれなりに不便な土地のはず。今でこそ女子小学生に人気のたまり場みたいになってるが……、基本的に人と会いたくない奴が行く場所だ。見つかりたくない知り合いにでもバッタリ会っちまったのかな?


「俺も特星で黒天利とは戦ったけど具体的なことまではわからないな。戦闘は結構白熱してたしあのときは満足そうな感じだったけど」


「えっ?ああ……なるほど?あとは特星に行ってからは強力な特殊能力への対応策にも頭を悩ましていましたね」


「あ、そこは結構気になる!黒天利の用意した舞台にはボケ役や特星本部長の特殊能力が通じなかったらしいんだよ。あいつは特殊能力を手にして日が浅いのに一体どうやったんだ?」


「テーナとの会話で魔法の威力や範囲を底上げすると言ってましたよ。黒天利の力は補助系とからしくて特に舞台の力は単体よりも適切なコンボで力を発揮するらしいです。舞台位置に予めエネルギーを捧げれば奉げる程、設置した舞台の効果が強まるとか」


「エネルギーが蓄積するのか。エネルギー消費するのは天利っぽいところだが、そこにエクサスターガン的な充電っぽさと瞬発力が加わってるな。あ、ちなみにエクサスターガンは元々敵側の武器だぜ」


「知ってます。海上の舞台にも同じ仕掛けを施していたようですね。氷自体は魔法で凍らせた海水でしたが舞台は魔法力強化だとか」


「テーナの魔法自体は希求の特殊能力で破られたそうだから、そもそものパワー勝負だと万能特殊能力の方が強いのかな。ってか、途中で舞台効果切れてたよな。俺も特殊能力使えたし」


「黒天利が魔法少女の姿になるために信仰を捨てたときでしょうね。信仰で実体がほとんど残っていないので後付けの特殊能力なんかも当然所持品扱いで消えてしまいます。……今ここに居るお前も、特殊能力が使えないから電子界が似たような代用品を用意しているのですよ」


「あ、じゃあこの水の魔法弾は偽物なのか。へえ、よくできてるなぁ」


「後はお前達の知る通りです。お前達の来訪によって正者は逃亡、その際のテーナの目撃証言によって黒天利はお前との戦いに備えて舞台の力を使用しました。……ふう、思ったよりも長話になってしまいましたね。どうです感想は?」


「あー、なんか長話中はあんまり偉そうじゃなかったな。俺が言うのもなんだが普段からそのくらいの態度で居た方がいいんじゃないか?」


「お前に態度の説教される筋合いはないです。さあ今日はここまで。他の2人は来月ですね」


「おや、前回よりも大人しいな。大丈夫かーお前?次来たときに流双あたりに殺されてたりしないだろうな?」


「私はドラゴンですよドラゴン。信仰生物に後れを取る訳がないでしょう?ほら、こっちへ来なさい雷之 悟。お前の部屋行きの魔法陣で送りますから」


「ああ、暇になったらまた来るよ」


「私の機嫌を損ねたくなければ、来月来ることです!」


特星から電子界来たのは初めてだったが、思いのほか事件の長話は楽しかったな。ドラゴンも長話中はいつもほど偉そうでもなかったし。まあ毎月来るくらいならさほど面倒ではなさそうだ。……帰ったら鏡用の洗剤でも買っておくか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ