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変な星でツッコミ生活!?  作者: 神離人
本編:新しき地球への帰還
64/85

八話 妹劇 ~氷使いの信じる道

時間は戻り……。

『雑魚ベー救出作戦"決行開始"』の地球にて。



@雨双視点@


は、早い。校長のワープ技で特星本部から一瞬で地球に繋がったようだ。えっと結局私たち救出班のメンバーは、私、バカ兄、悟、希求、校長の5人。誘拐犯側の正体が判明している信仰生物とやらは、テーナ、正者、天利の3人だったな。


「ここが世界樹のある県か。……って、寒すぎだろっ!?」


「騒がしいぞ悟」


地球に着くなりうるさい男だなっ。確かに波動ワープ前にいた特星本部よりは温度が落ちているが。冬だから寒いのは当たり前だし、コートを着てるのにこの程度の寒さで騒ぐのはどうなんだ。


「ここが北界県に発生している特殊能力封じの境界線です。私の波動ワープでやって来れるのはここまでですね。特殊能力は世界樹を中心に遮断されているようなので、雑魚ベーさんが捕らわれているのも恐らくはそこでしょう」


世界樹か……。今も空を埋め尽くしている、規格外の大木。私やバカ兄が地球にいた頃も何度か話には聞いたことがあるな。確か、日本発の人工遺伝子だかの技術が使われてるんだったか。


世界樹を中心とした特殊能力封じがいきなり施されたのは、やはり世界樹に信仰生物の拠点があるからと考えるのが妥当だろう。テーナによる結婚式予告が一昨日、悟の乗ったロケットが特星内に墜落したのも一昨日、特殊能力を封じるエリアが発生したのも一昨日、……繋がりがあるとしか考えられない。


「いやー、本当校長がいてくれて助かったぜ。ロケットだと数日かかるのに一瞬だもんな」


「ふふんっ。では私は駅周辺で兄……正者を探そうと思います。瞑宰県で消息を絶った後、彼はわずか1日で黒悟さんや御衣さんの特殊能力が唯一及ばないこの地域へと移動しました。その際、瞑宰県と北界県直通のペタリニアに乗り込んだことが判明しています」


「駅で情報収集するってわけか。ま、校長こそ死なないようにな。俺は主人公補正で何とかなったけどあの正者ってやつは相当厄介だぜ」


「ええ。一切の油断もするつもりはありません。では皆さんもお気をつけて」


校長は私たちの行先とは別の方向に足を進める。……相手が子供とはいえ、誘拐犯の根城に生徒たちだけで向かわせるのはどうなんだろう?希求とかは特殊能力を使わずに戦えるんだろうか?いざというときは私が守るが……不安だ。


「校長大丈夫かな。一人別行動してる間にやられてたりしてな」


「私も敵に捕まっちゃうかもー。お兄ちゃん守ってー」


「どういう理由でお前が捕まるんだよ……」


「ふっふふ、そんなの禁断の恋路を邪魔するために決まってるじゃん!私たちの前には壁も敵も多いんだよお兄ちゃん!全部一緒に打ち砕こうね!」


「とりあえず敵は撃つけどな」


希求と悟は私たちの前でべたべたしながら、兄妹らしからぬ会話を繰り広げる。人の家庭にどうこういうつもりはないが、どういう日常を過ごせばああいう話をする気になれるんだ?兄妹で話せば気まずくなりそうな話だと思うんだが。


「なあバカ兄。一般的な兄妹ってああいう会話をするものなのか?」


「さあ?漫画やアニメではよく見ますけどね」


「そうなのか……」


二人の後ろを私たちはついていく。なんだろう、決して真似したくはないが何もせずに見てるだけなのも気まずいな。これだから団体行動は苦手なんだ。




世界樹に向って歩くこと30分。空は巨大な葉に埋め尽くされているため暗く、街灯や街のいたるところに施されている飾りつけの明かりを頼りに進む。道中一度、雪山に埋め尽くされている区画があったから迂回したが、きっと世界樹に積もった雪が落ちてきて雪崩が起きたんだろう。世界樹の下はとても人の住む環境とは思えないが、それでも店などを見ると人の営みが行われているのだから凄いことだ。


「でねー。私が特星に移住する前だとよくテレビにこの辺が出てたんだよ。世界樹から雪が落ちる映像の後に、地上は危険が多いから地下都市に移住しようってね」


「へー。俺が特星に移住する前の世界樹はまだまだ小さかったけどな。地下都市の話なんて数日前に聞くまで全く知らなかったほどだ」


前を歩く悟と希求はずっと長話を続けている。さっき見た雪に埋め尽くされていた区画の話が変化して、今は北界県が出てくるニュースの話をしている。


希求の話には私もつい耳を傾けてしまう。……妙な話だが、私と希求は年齢が近いにも関わらず地球で過ごしている時代が違う。私はバカ兄や悟と同じ時代の生まれだが、どうやら希求は特星で不老になった悟の両親から割と最近生まれたらしい。希求の知っている地球の話というは、私たちの知っている地球より何十年もあとの話なのだ。


バカ兄は日本通だから地下都市のことなどは知っていたようだ。悟は数日前に地球に来ていることもあって、希求の話についていけている。私は最初ジョークかと思ったよ。


「っと?おい、あそこに広場みたいなのが見えてきたぞ」


悟が前方に水鉄砲を向けて言う。このコート男はどうにも視力がいいらしく、いつも私たちよりもいち早く何かを発見したりする。だが目を凝らしても見えない。悟、お前の話すものが見えるのって大抵いつもずっと後のことなんだ。あそこって言われても……わかる訳ないだろ!


「私にはまだ世界樹しか見えないぞ」


「僕もこの位置だと厳しいですね」


「ふっふっふ~。私たちを祝福するための広場ってわけだね!んー、私も特殊能力でその広場を調べたいけど……発動すらしないや」


「まあ割と遠いからな。あのでけー広場の中心に世界樹が立ってやがるんだ。……おおっ!?おい、隠し扉みたいなところからテーナが顔を覗かせてるぞ!」


「「「隠し扉?」」」


「ああ!世界樹の壁面みたいな模様の隠し扉だ!そこからテーナが顔出して辺りを見渡してるぜ!どうやらこっちには気が付いてないみたいだがな。あっ、奥の部屋に雑魚ベーが寝かされてるぞ!」


「何だと!」


目をよく凝らしてみるが、やはり私には広場があるのかどうかすらわからない。ただ私たちの通りはとても見渡しがよく、地平線らしきものがぼんやりと見えてはいる。悟が見たという世界樹の隠し扉はきっと見間違いなどではないのだろう。


「待ってください。その状況はおかしくありませんか?」


バカ兄が足を止めて、歩いている私たちを呼び止める。今の話には私も違和感を感じている。バカ兄も同じことに気づいたんだろう。


「どうした羽双?敵が主人公に警戒するのは普通のことだろ?」


「その敵であるテーナさんの目的は結婚式を挙げること。そのために地球のテレビ局の電波を乗っ取り、宣伝まで行っていましたよね」


「テーナの目的は人前で堂々と、あるいは盛大に結婚式を行うことなんだ。だから、世界樹の隠し扉から様子をうかがうなんてことは本来の目的とかみ合わない。だが悟はそんなテーナの姿を見つけた」


「まさか……罠かっ!?」


「恐らくは。もしかすると結婚式が囮で、何か他の目的があるのかもしれませんね。あるいは目的の異なる人たちが手を組んでいるとか。……ところで世界樹周辺の状況はわかります?」


「周辺の状況つってもなー。広場内にはまったく人なんていないぜ。広場よりもずーっと奥の街中辺りには警察っぽいのやら一般人っぽい奴らがうじゃうじゃいるけどな。……なんであんなに居るんだ?」


「え、それはおかしいね。テーナちゃんの結婚式のことがテレビ放映されていたなら、広場内に人が居そうなものだけどなぁ」


確かに妙な話だ。そもそも特星本部長の御衣の話だと、テーナが誘拐されたみたいな方向で地球では話が進んでいたはずだ。野次馬や警察官が広場内に立ち入らないはずがないと思うんだが……。


「おい悟。警察が一般人を広場に入れないようにしてるとかそんな感じか?」


「いや。封鎖もしてないのに誰も近づかない感じだ。凄い不自然っていうか、広場に通じる通路を何度も出入りしてるやつとかかなりいるな。ゲームのNPCみたいな感じ」


「通路を?では僕たち側の道中の様子は?」


「……うげ、よく見たら世界樹までの道中にまったく人が居ねえ!どう考えても俺たちをおびき寄せるための罠だろこれ!」


まさかテーナたちが地球人を立ち入らせないようにしているのか?そして私たちを世界樹に呼び込もうとしている?一体何のために?雑魚ベーの知り合いだからか?そもそも悟が世界樹にいるテーナに気づいたのは偶然か?……くっ、一体何の意図があって何が目的なんだ!


「そう、明らかに罠です。そして相手は広場から人払いをするくらいの力は持っているということ。僕の対処できない敵である可能性も高い。それでも行きますか、雨双さん?」


「……おいバカ兄。お前、どうしてそれを私に聞く?」


「僕はあくまであなたのサポートなんで。それに……この中で今一番死にやすいのは恐らく」


「うるさいっ!」


私は懐から取り出したカードをバカ兄に投擲する。しかしカードがバカ兄にあたる直前、バカ兄はふっと姿を消してしまった。時間停止!?いや特殊能力は使えないから素の移動か!


「後ろだ雨双」


「なっ!」


「雨双さんだけ目で追えていません。ですが問題なのはそこじゃないんです。……あなたは流双さんと再会してからずっと本調子じゃない。加えて、最近は神社にひとりでいるところをよく見かけます。不老不死オーラのある特星ですらハードワーク続きで調子が落ちている状況。そんなあなたが、地球でまともに戦えるとは思えません」


「……私の最近の戦績がよくないのは事実だ。でも今回は雑魚ベーの救出さえできればいいんだろ!」


「ええ、僕たちをおびき寄せようとしている敵と戦闘にさえならなければ、きっと救出作戦も上手くいくでしょうね」


戦闘にさえならなければ……か。私もできればそういう展開になるように努めるつもりだったさ。私がバカ兄に頼んでまでこの作戦に参加したのは、何も雑魚ベーを助けることだけが目的じゃない。テーナを怪我させずに救出作戦を成し遂げ、できればテーナも特星に連れていくつもりだったんだ。


だがきっと、戦闘は避けられない……。まだテーナに戦闘の意思があるとは決まったわけではないが、これまでの経験上、戦闘を避けることは難しい状況だと思う。それに巨大な広場から人払いをするような相手に手加減なんかしてられない。体を麻痺させるカードのような、私の用意した子供相手を前提とした武器はほとんど通じないだろう。


今回の戦いは、大ケガどころか死人が出る可能性だってあるんだ。敵がただの女子でない以上、もはや私の力では戦うリスクが大きい……どころか、もはや足手まといにしかならない可能性が極めて高い。バカ兄が私に覚悟を問いかけたのは、その辺りの見極めがしっかりできているからだろう。


そんなこと、私だって地球に来る前からわかっていたさ。だが、私は……。


「………………悟、希求。もう少し後に言うつもりだったんだが、頼みがある」


「ん?おー、話は終わったのか?」


「私はお兄ちゃんがオッケーならいいよ」


「ああ。戦力にならない私が頼むことじゃないんだが。……私はテーナを怪我させることなく雑魚ベーを救出したい!そしてテーナを特星に連れて帰りたい!だから私に協力しろっ!」


「お、おおうん。な、何でだ?テーナって不老不死のはずだろ」


「私は子供を傷つけたくない。例えテーナのような地球で大暴れしてるやつでも、この地球で攻撃するようなことは避けたいんだ。テーナを連れ帰る理由は、やつが雑魚ベーの妹であり家族だからだ。せっかく慕っている家族に会えたのに離れ離れじゃ、あんまりだろ?」


私たちが雑魚ベーを救出した後、ほぼ確実にあの男は特星に帰ることになるだろう。そうなればテーナは雑魚ベーを失ってしまう。いくら悪い噂があるテーナでも、久々に会った家族が遠ざかっていくのは辛いことだろうからな……。


「んん、その辺の感覚は俺にはいまいちわかりにくいな。どうなんだ希求?お前なら年も近いだろうしよくわかるんじゃないか?怪我したり、離れ離れになるのはそんなに嫌なものかな?」


「そりゃどっちも嫌に決まってるよ!私はキレイな体をお兄ちゃんに見てもらいたいしー、お兄ちゃんと離れ離れになったら地の果てまで追いかけちゃうね!そのテーナって子も、雑魚ベーさんに対しては同じ気持ちじゃないかな?」


「ふーん。じゃあ雨双の案に乗るか。上手くいくかはわからねーけど、ケガとかさせないように雑魚ベーごとテーナを連れ帰ればいいんだろ?任せな、雑魚ベー人質にして上手くやってやるよ」


「雨双さん……」


「悪いなバカ兄。退くどころか私の勝手でハードルを上げることになった。だが頼む、きっとこの作戦にはお前の力も必要になってくるはずだ。力を貸してくれ……!」


「はぁ。……わかりましたよ。出過ぎたことを言いました。サポートらしく雨双さんのやり方で目的達成を手伝うことにします」


「ああ。本当に助かる」


これで雑魚ベーを取り返した後にテーナが悲しむこともなくなるだろう。例え、テーナが目的を諦めなかったとしても特星内であれば安全に戦うことができる。不老不死オーラで両者の精神的な負担も軽減されるはずだ。


最も成功率を重視するなら、この約束を取り付けた時点で私は退散した方がいいのだろう。生身だけでの戦闘力なら私が足を引っ張る可能性が高い。……だが、雑魚ベーが捕まっているのに私だけ退くのは、正直なところ気に喰わないし、絶対にこの勝負を降りたくはない。バカ兄もそれをわかっているからか、これ以上の助言をするつもりはないようだ。


待っていろよ、雑魚ベー。それにテーナ。私がお前たちを安全圏に引き戻してやる!




どこまでも敷き詰められたレンガ道を踏み越え、空まで続く木の壁……世界樹にようやくたどり着く。広場の街灯があるにもかかわらず空は枝葉に覆われている。まるで闇が広がっているようだ……。


「世界樹の近くは思ったよりも寒くないな。これなら雑魚ベーも凍死はしてねーな。うん」


「木が暖かいねー。中でテーナちゃんが暖房器具でも使ってるのかな?」


「それもあるかもしれませんが、世界樹の上にある街の熱が世界樹を伝ってここまで届くんだそうです。樹上にある街は空気調整にかなり力を入れているらしいですよ」


「「「へー」」」


バカ兄の話す携帯端末からの情報に3人同時に相槌を打つ。ていうかいつの間にあんなものを。アニメっぽいシールがいっぱい貼ってあるし結構使い込んでるみたいだが、バカ兄が携帯使ってるところを見たのは初めてかもしれない。


「あはははは!初めてのお客さんが来たみたいだね!」


「こ、この声はテーナ!」


「上だよお嬢さん!ようこそ、私の結婚式場へ!」


上を見上げると、そこには雪のように白い髪を持った女子の姿があった。特殊能力が使えないはずのこの状況で、テーナは灰色ローブをなびかせながら宙に浮いている。あの姿、私と同年代くらいか?


「お前がテーナか!そのローブの素材には見覚えがあるぜ!大メインショット郷国で記述師が来てたのと同じものだ間違いない!」


「あなたが悟かな?噂はかねがね聞いてるよー。でも……まさか私の故郷に顔を出したことがあるなんてね!ふふふふ、これは天利に一本取られたかな?」


「天利?……もしかして黒天利のことか!?」


「さあね。私にはどっちでもいいことなんだよね、そんなことは。でもあなたと天利がいなければ私が雑魚ベーお兄ちゃんと出会うことはなかった。だから感謝はしているよ。……私の結婚式の邪魔をするつもりがないのなら、だけどね」


「雑魚ベーを返すなら邪魔しないでもないな。結婚式くらい特星で勝手にやれってんだ」


「そういうわけにもいかないね。力づくで取り返してみれば?万が一にでも、……不老不死の私に勝てるものならね!」


「ふん、俺は相手が子供だろうが手加減しないぜ!」


「おい悟!」


今にも戦い始めそうな悟に制止の声を上げる。まだ水鉄砲を構えてはいないが、一度構えたら私が制止するよりも先に撃つだろう。というか怪我させない約束をもう忘れたのか!


「っと……。そ、それより雑魚ベーはどこだ!?」


「ふっふっふっふ。あなたは運がよかったみたい」


「あん?」


「もう来ちゃったかー」


[ごごぉん!]


「な!?時止!」


な、なんだ!?大きく鈍い音がしたと思ったら、悟のいた場所が黒い炎みたいなものに包まれていて、更にその黒い炎にバカ兄が片手を突っ込んでいる!い、一体何が!?


「悟!?」


「お兄ちゃん!?」


「心配はいらないよ。彼は天利との決着に呼ばれていっただけだからね。本当に強ければ死なないんじゃないかな?」


「そ、そっか。ならお兄ちゃんが負けるわけないから安心だね。羽双さんは大丈夫?」


天利といえば……悟の母親の!?いや信仰生物とやらの偽物か!……くっ、悟の戦闘能力的にど、どうだ?特星であれば、並の相手に負けることはないだろう。だがそれでも地球は不用意なミス一つで死ぬリスクがある!不老不死の雑魚ベーやバカ強いバカ兄とは違い、あいつは頭や心臓などの急所を攻撃されるだけで死んでしまうんだ!


「おいバカ兄!いたか!?」


「ダメです。既にどこかに連れ去られた後ですね」


「そんな、悟……!」


く、まさか私たちの分断を狙ってくるとは!御衣から聞いた信仰生物の事前情報が確かなら、天利と呼ばれているからには悟の母親そっくりの姿という可能性が高い。例え相手がその天利一人だけだとしても、悟にとっては母親を相手にするということだ。士気はがた落ちになるはず……天利を本気で攻撃できずにやられてしまう!


だが、先ほどまで黒い炎が出ていた場所にはもはや何の痕跡も残っていない。場所もわからないのだからもはや悟を追うことは不可能だろう。


「あいつの親の姿を使って……、卑怯な真似を!」


「そう怒らないでよ。今からそんなに動揺してるようじゃあ、……これから絶望する気力がなくなっちゃうよっ!」


[きぃん!]


テーナの手元が光ったかと思った次の瞬間、凄まじい勢いで景色が一転する。視界が落ち着いたときには広場のレンガタイルが遠くに見えており、顔を上げるとバカ兄が私と希求を両脇に抱えていることに気が付いた。どうやら私たちを抱えたままかなりの高さまで跳んだようだ。世界樹の枝のいくつかがすぐ近くに見えている。


「お、おいバカ兄!?」


「ただの様子見です。今のあの人の言動が少し好戦的だったので。降りますよ」


「ちょ、ちょっと!うおおおおっ!?」


「きゃー!」


再び景色が一転し、落ちる景色に怯える暇もなく視界は地上に移り変わる。恐らく超高速で地面まで移動したのだろうが、あまり引っ張られるような感覚はなかった。空気抵抗も重力も存在しないかのような移動だ。……これが一般人最強レベルの動きか。


「あ、見て!」


「テーナ!?」


私たちが着地した正面では、テーナが背中側を世界樹の根に絡めとられていた。だが枝を振り払う様子がない……まさかテーナが世界樹を襲っているのか!?


「お前、その世界樹をどうするつもりだ!」


〔見ての通り。地球のエネルギーをこの木に集めているんだ。あなた達を倒すためにね〕


「地球のエネルギーだと!?」


〔どーせお兄ちゃんの救出に来たんでしょ!そうはいかないよ!こっちはお兄ちゃんが目覚める前にやらなきゃいけないことがあるんだ!〕


「よせテーナ!私たちはお前と争うつもりはない!」


「やめた方がいいよテーナちゃん。偽物のお母さんと手を組んでるんでしょ?でもあの人はテレビであなたに犯行予告だけさせて、お兄ちゃんをおびき寄せたかっただけだと思うよ!」


確かに今のテーナの様子からして、私たちをおびき寄せるのが目的ではなさそうだな。それどころか今ようやく地球のエネルギーを集めて戦闘準備をしている。私たちがやってくること自体が想定に入ってなかったということか?元となるテーナは天才だったと雑魚ベーから聞いたことあるが、まるで噂とは別物だな。


〔……あなた天利の?天利は話の分かる地球人だったよ。もう一人の正者とかいう命知らずと違って、私を敵に回すこともなかった。異世界を渡り歩いてきた私の魔法相手じゃ、どうやっても勝ち目がないと知っていたんだ!〕


「うっ!?」


[きききぃぃん!]


突如、希求に向けて3本の世界樹の根が襲い掛かる。しかしバカ兄が全て手刀で弾き飛ばしたため、希求には傷一つ付いていない。……余程強固な根っこのようだな。バカ兄の手刀とぶつかり合った世界樹の根は、切れたりへし折れたりすることなくバカ兄と向かい合っている。


「おー。羽双さんもやるもんだね」


「希求さんはできるだけ雨双さんの傍に居てください。雨双さん!長期戦になると相当危険な相手です!もう倒しますよ!」


「バカ兄?……わかった頼む!」


[どかああぁん!]


私の返事を聞き、姿を消すバカ兄。そして周囲の地面を世界樹の根で突き刺しまくるテーナ。よく目を凝らすと、たまにバカ兄の姿をうっすらと捉えるときがある。超高速で世界樹の周囲を動き回っているようだ。


さっきのバカ兄は何かを焦っていた。星のエネルギーとやらは、星を割るバカ兄を脅かす程のものだというのか。バカな、刀なしでも星を壊せるバカ兄だぞ!それを上回るパワーをテーナが持っているというのか!?


「ねえ。羽双さんはどうしてすぐにテーナちゃんを倒さないんだろ。素手でも十分事足りる力があるのに。不老不死相手なら比較的気を使わなくてもいいはず……だよね?」


「世界樹の上には街があるからな。下手に攻撃してしまえば多くの死人を出すことになる。それに不老不死とはいえ子供を殴ることには誰しもが抵抗感を持つものさ」


「あ、そっか!私ってば目の前しか見てなかったよ」


「私も質問なんだが。この戦いで私にできることって何があると思う?」


高速移動と連続攻撃の応酬を前に、私とテーナは何もできずに立ち止まったままだ。もしかするとテーナも何か手伝っていて私だけ何もしてないのかもしれないが……。とにかく私にできることがなにも思いつかない。このままでは本当にただのお荷物になってしまう!


「雨双ちゃん、何か焦ってない?」


「……私は冷静だ。だが冷静に考えても何も思いつかないんだよ」


「見てるだけじゃダメなの?」


「バカ言うな。雑魚ベーが捕まって、私のわがままでバカ兄に手伝わせているんだ。それでわざわざ地球まで無理に付いてきた。何もせずに見てるだけなんて……そんな訳には」


「雨双ちゃん雨双ちゃん、ほら鏡」


希求から渡された手鏡を覗き込んでみると、見覚えのあるしかめっ面がそこに映っていた。私だ。顔立ちは悪くないのにどうしてこんなに不機嫌なツラしてるんだか。……いや見ればわかる。これは焦ってるやつの表情だ。間違いない。なんかもう不安で潰れてしまわないか他人事のように心配になってくる。こんな暗い顔せずにもっと凛々しくしていれば可愛いだろうに。


「って、いや本当に陰鬱なりそうなんだが!」


「役に立ちたくて仕方ないって顔してるね。いーや、役立たずにはなりたくないって顔かなー?」


「何のことだか」


「おっとダメダメ。見えない戦いを見ようとしたって暗くなるよ。ほらこっち向いてー」


世界樹の方に顔を逸らそうとするも、希求に体ごと引き止められる。それどころか完全に世界樹に背を向ける形となってしまった。な、なんだ?敵に背を晒してどういうつもりだ?


「お、おい!これだと敵の攻撃に対応できないぞ!」


「その通り!でも羽双さんならきっと背後からの攻撃でも防げるはずだよね」


「私にそれをやれっていうのか!?」


「うん。それが今すぐ役立つためのルート。成長して強くなる仲間ルートってところだね。今回でさえこれが無理ならもう一つのルートを極めることをお勧めするよ」


「も、もう一つのルート?」


「あえてこのまま危険を冒し、役立たずを越えて足を引っ張ることも厭わない!そう、大好きなお兄ちゃんに運命を委ねるヒロインルートだっ!」


…………ひょっとして私はバカにされているのか?もしも私が役に立たないとしても、敵に背を向ける必要はどこにもないはずだ。あと私はバカ兄が嫌いなわけじゃないけど、自分が悟のこと大好きだからって私を同じみたいに決めつけるなよ!


「おい誰がそんな話に」


「まあ聞いてよ。羽双さん不安そうな顔してたでしょ?あれって雨双ちゃんの不安が伝染してると思うんだよね」


「私の不安?」


「例えば、雨双ちゃんはさっき私に"子供を殴ることは誰でも抵抗感ある"って言ってたけど。そんな誰でもで当たり前のことを、広場に着く前くらいに真剣に頼んじゃったり。これだと自分も相手も信用していないように見えちゃうね」


「う……」


言われてみればその通りかもしれない。私だって正直、皆がテーナにケガをさせるような奴らじゃないことは知っている。だけど皆の倫理観を信じ切れず、だからといって自分の勘も信じ切れず、テーナを傷つけないでほしいなどと頼んでしまった。……地球に来たからより表面化しただけで、精神が安定する特星内でもこういう傾向があったのかもしれない。


「心当たりは、ある」


「雨双ちゃんは一度、自分か相手を思いっきり信じてみるべきだよ!私の提示したヒロインルートと成長ルートはそのための道標なんだ」


あ、今ようやくわかった。だから希求は敵に背を向けさせたのか!成長ルートでは自分を守るための力があると自分を信じる!ヒロインルートでは無防備な私を助けてくれると他人を信じる!希求は自他のどちらを信じるかのルートを、実戦の中で私に選ばせようとしていたんだ!実戦でやるとか危ないな!


「私が気にしていた役立つか役立たないかってのは……重要じゃないのか。もはやどうでもいいような気がしてきた」


「そんなの手段だよ!大切なのは気持ちでしょ!恋までできれば完璧だね!」


「ふっ、それはよかった。成長ルートで行くつもりだったが、完璧は性に合わないと思っていたところだ!アイススイート!」


[ずがあああああぁん!]


〔冷たっ!〕


私は後ろに振り返り、世界樹に向けて氷の光線を……ん?


「「ええっ!?」」


「時止!」


[ずばぁん!]


と、特殊能力が使えるようになってる!?し、しまった。長話をしてる間に特殊能力の確認をちゃんとしておけばよかった!


そしてバカ兄は時間を止めて、テーナの背中に絡みついてる枝を手刀で切り取った!よし、やっぱり素手でもバカ兄は強い!テーナのエネルギー供給路である枝を断つことができた!


「ふうう。雨双さん、ちょっといいですか」


「バカ兄。どうした珍しく息が上がってるな。私の自信を分けてやろうか?」


「そりゃありがたい話ですけどね。けほっ。ちょっと僕の手に余る敵でして」


「……え?」


「さっきから本体に攻撃が通じないんですよ。何度も気絶させようとしたんですが、寸止めでもしたかのように全て止まるんです。向こうの力に必ず押し負けてしまう」


本当に苦戦していたのか!?……落ち着け私。バカ兄が倒せないからって倒す手段がないわけじゃない。それに最近、似たような話を聞いた覚えがある。確か新年の忙しい時期が過ぎた頃に……。


〔ふふっ、無敵の怪衣装に手も足も出ないみたいだね。でもエネルギーは十分に溜まりつつある。これなら本気で潰したほうが早そうだ〕


「て、テーナ!」


「気を付けてください。テーナさんはエネルギー回収を平然とこなしながら戦っていました。背中側の枝を守りながら動くことなく」


〔背中の接続面にある穴はすでに閉じた!もう私に触れるための隙間は一切存在しないよ!〕


背中側に穴だって?……そうか、エネルギーを吸収するための通り道!それを確保するために背中側の防御が手薄になってたのか!そういえばアイススイートを撃ったときに冷たそうにしていたな。


それと思い出したぞ。見た目は聞いた話とは違うものの、テーナの無敵衣装と同じような話を雑魚ベーから聞いたはずだ!正月の里帰りで遭遇したという、無敵の単独物質!雑魚ベーと同じく大メインショット郷国世界生まれのテーナであれば、その存在に触れていてもおかしくはない!


「……あのー、皆がその無敵魔法の突破を考えてるときに水差す形になっちゃうけど。ホントごめん!もう消しちゃうね!」


〔え?うわっ!?〕


[ばちぃ!]


希求が手を振り下ろすと同時に、テーナの方から電気がはじけるような音が発生する。い、今のでバカ兄ですら通じなかったテーナの無敵技を攻略したのか!?


「ち、違うのー。特殊能力封じが解除されたから御衣ちゃんに急かされちゃって……。さっき連絡きたから、雑魚ベーさんも救出しちゃったよ」


〔はあ?そ、そんな訳ないでしょ!お兄ちゃんはまだ世界樹に居るよ!〕


テーナは焦った様子で姿を消す。あまりの状況の早さに、私とバカ兄は思わず顔を見合わせる。あ、バカ兄もきょとんって顔するのか。


「一応、雑魚ベーさんの気配を漂わせた人形を置いてきたよ。時間稼ぎにね。……実はねー、特殊能力が封じが解除されたときから御衣ちゃん達が介入してるみたいなんだ。お兄ちゃんと偽お母さんの戦いも、お兄ちゃんが無難に勝つようにするって。無粋だよねー」


「そんな事態になってたのか……。だけど皆が無事に帰れるならそれでいいじゃないか。勝負に介入するってことは特星本部が機能してるってことだ」


正直なところ、信仰生物は地球で色々無茶をやりすぎているからな。この世界樹の広場も整備は行き届いているのに人が全く見受けられない。道中、悟も同じようなことを言っていたな。奴らは無茶な人払いや介入を行いすぎている。


「……え?」


「どうした希求?」


「あ、その。校長先生が北界県に居ないらしいよ。あとこの辺に逃げ込んだ正者さんも行方知れずなんだって。……え、校長先生が瞑宰県に!?」


「べ、瞑宰県!?」


「遠いですね。校長さんなら波動ですぐ飛べるでしょうけど」


「いやそれがねー。目標の正者さんを追ってリニアに乗車した後、なぜか女装して正者さんと瞑宰県に着くまで雑談。下車した後に逃げられちゃったみたい。あ、今から心理描写付きの映像で見てみる?」


「結構です」


「そ、それよりテーナが戻ってこないんだが。まさか逃げられたんじゃ」


「世界樹内部でずっと泣いてるよ。ていうか吐いてる……。うええ、嫌なもの見ちゃった」


テーナのやつ。……正直、私はバカ兄に恋心を抱いたことはない。だからテーナの気持ちを理解することも共感することもできない。だが、隣に居る希求のように悟との結婚を口にしながら上手いことやる奴もいるわけで。とりあえずテーナを特星にやってきたら、せめて神社内では雑魚ベーと多くの時間を取れるようにしてやるか。


「これで終わりか?」


「どうだろうねー。結局、信仰生物の出所までは特殊能力が及ばないみたいだし。人間が入れるような場所でもないらしいよ。私たちの中で唯一入れそうなのは……」


希求は広場の奥へと視線を向ける。……どこを見ているんだ?


「希求さん、ちょっといいですか」


「あ、羽双さん」


「ちょっと時間を止めて世界樹の上から辺りを見渡していたんですが。悟さん居ましたよ」


「あっちでしょ?」


希求は前方を見つめたまま広場の前方を指さす。ああ、特殊能力で悟の戦いを見てたのか。バカ兄は視力も含めて身体能力がバカ高いから、普通に裸眼で見つけたんだな。


「ええ。海が大変なことになってたからすぐにわかりました。それでちょっと刀を出してほしくて」


「海?それに刀って、バカ兄!?」


「雨双さん。サポートはここまでです。僕は気晴らしに海を切ります」


「バカ兄!?いや切れるだろうけど!なんで海を切るんだ!?」


「まあいっか。はい」


「ここ、日本だぞ。……いやバカ兄なら大丈夫か」


そういうことです。じゃあ僕はこれで」


バカ兄は刀を受け取ると消えてしまう。……バカ兄は善戦していたと思うんだけどな。希求にラストを持ってかれたのが相当悔しかったんだろうか。


「違うよ雨双ちゃん。羽双さん最初から言ってたじゃない。自分はサポート役だって。自分が善戦してばかりでサポートできなかったから不甲斐なく思ってるんだよ」


「勝手に心を読むんじゃない……。それに最後は希求が決めたじゃないか。特殊能力使えるまでバカ兄が粘っていたから勝てたようなものだろう?」


「彼はあなたのサポートだよー」


融通が利かないってことか。最初に私のサポートだなんて公言しなければ、気分よく景色でも眺めることができたわけだ。わざわざ一人に限定する辺り不器用だな。


「やっぱり雨双ちゃんはヒロインっぽいよね」


「それを言ったら希求だって自分に自信たっぷりだろ。……なあ、成長ルートとかヒロインルートとか実はあまり関係ないんじゃ」


「ああーっと!私、お兄ちゃんを迎えに行こうーっと!雨双ちゃんは介入中の御衣ちゃんと一緒に留守番お願い!うわ、御衣ちゃん大声で怒らないでー」


ひとりで何か叫びながらどこかへ消え去る希求。なんか今の言い訳の仕方は悟っぽいな。……今日は命懸けの地球遠征のはずだが、自分や仲間のことばかり見ていたような気がする。特に希求みたいに見た目年下のやつにアドバイスされるのは初めてだな。いつもの反発心が出なくて素直に聞いてしまった。


「悪くない一日だったな」


今回の私は全く役に立ってはいないだろう。戦闘するどころかテーナとろくに話をすることもできなかった。……でもなんだかいつもよりも気分のいい夜だ。

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