六話 極寒舞台のラストボス ~本物のいる信仰生物
特製本部で行われた『雑魚ベー救出作戦』のメンバー決め終了後から、
時間は飛んで……。
『雑魚ベー救出作戦決行後』の地球にて。
@悟視点@
「な、なんだここは!?」
古臭い天利が現れたと思ったら、周囲の景色が一変しやがった!辺り一面氷のフィールドだが、この氷の島の周囲はどうやら海みたいだ。見た感じだけならさっきより寒そうなのに、肌にしみる感じはしない。地平線に立つ世界樹が見えるし地球内だとは思うが、もはや日本内かどうかも怪しいな。
「ふふふふ!ようこそ我が舞台へ!貴様との闘いを楽しみにしていたぞ、悟!」
俺の頭上辺りからババア姿の天利が下りてくる。景色が変わって姿が見当たらないと思ったら、真上に隠れていやがったのか。
「天利……いや黒天利か!わざわざ雑魚ベー救出中に邪魔しやがって!正者やテーナとも手を組んでるみたいだし、お前は一体何が目的だ!」
「ふっ、私の目的はただ一つ。主人公である貴様との完全決着だっ!この舞台、オホーツク海コロシアムはそのための特別舞台。敗者を抹消する仕掛けが施されている。負ければ完全消失っ!それがこのコロシアムのルールというわけだ!」
「ただでさえ死ぬ地球で手間かけてるな。ま、オホーツクが地球にあるのかは知らないけど。なんにしても、俺は親を殺すような真似はしたくないんだが。殺人事件は悪役の役目だし」
「安心しろ。私は大人だった天利の信仰に巣くう化物に過ぎない。お前を子供だと思ったこともなければ、人間でもない。主人公と対峙するラスボスこそが私の真の姿だっ!」
「消える覚悟はできてるってわけか。いいぜ、来やがれ役者ババア!悟ンジャーとは違う本物の主人公の力ってものを思い知らせてやる!」
俺が水鉄砲を向けると、黒天利も空中で構えを取る。だけど当然、まだ攻撃を仕掛けるような真似はしないさ。次の決め台詞が勝負開始の合図だ。
「覚悟するがいい。今宵は月よりも早く主人公が没するのだから!」
「大西洋オホーツク海に挨拶しておくんだな!この海がお前の寝床だ!」
「闇の変身術!」
「な、なに?水圧圧縮砲!」
衣服や体が漆黒に染まっていく黒天利に水の魔法弾を撃ち込む。だが黒天利にはまったく攻撃が効いている様子がない!まるで空中に固定されているように微動だにせず、俺の水の魔法弾だけが砕け散ってしまった。
「効かないだと!?」
「くくく、私の特殊能力を忘れたか?私の力は舞台を操る能力!舞台効果により変身中の攻撃を受け付けないのさ!他にも最終決戦の邪魔になる要素を排除したりもできる。世界樹辺りで特殊能力が使えないことに気づいていたかな?」
「そういえばさっきまで能力は使えなかったな!お前の仕業だったのか!……まさか希求や御衣のサーチ技もお前が封じたのか!?」
「その通り!厄介者をテーナの舞台にくぎ付けにしておくためにな!そして、お前を呼び寄せたのは勿論舞台の配置変更技、つまりは私の能力によるものだ!」
日本の世界樹周辺は希求や御衣の特殊能力さえも通じなかった。あの二人の特殊能力に打ち勝つってことは、舞台の力とやらはかなり強いってことだ。
なんて言ってる間に、黒天利の全体が闇に染まってしまった。この夜空の下においても黒天利の漆黒はあまりに闇すぎる。暗すぎてむしろ良く見えるぜ。
「変身完了!これぞ天利の胸中にだけ秘められた天利ンガルの元ネタ!黒魔法少女・天利んがーるアマリの姿というわけだ!しかと見届けるがいい!」
「な、なにっ!?悪の秘密結社・天利ンガルの元ネタか!?悟ンジャーのラスボスの元ネタなのに天利が封印するってことは……相当ヤバい!」
「ふはははっ!八つ裂きにしてやるぞ悟!致死毒の針雨!」
「うおっ!予備コートガード!」
瞬時に内ポケットから予備のコートを広げ、暗闇の中降り注ぐ針を防ぐ。って、針が刺さった地面が溶けてやがる!どうやら氷の地面を溶かすほどの毒が針に塗られてるみたいだ。予備コートにも防毒性能があるからなんとか耐えているが、髪やシャツにあたれば貫通してくるだろうな。
「ちっ、頭上からの攻撃なのに防がれたか」
「素直な技名で助かったぜ。攻撃面でもな!空気圧分裂砲!」
「そんな攻撃当たりは、む!?」
広がるように飛ぶ大量の空気弾を連射し続ける。黒天利は大きく横に回避したが、空気の魔法弾で弾かれた毒針が回避直後の黒天利に飛んでいく!はん、自分は毒針の範囲外だからって油断したな!
「この!」
「げっ、爪で弾いた!?」
俺の空気圧分裂砲から逃げ回りながら、跳弾の毒針をデコピンして爪で弾いていく黒天利。弾く度にわずかに爪が溶けているがダメージにはほど遠い。
く、あの毒針は多分特殊能力で出したもののはずだろ。希求や御衣の特殊能力に打ち勝つほどの力なら爪に触れるだけで即死してもおかしくないと思うが。つーか、特殊能力バトルなら俺の特殊能力から逃げ回る必要すらないよな。……力を温存してるのか?
「いつまでも撃っていていいのか?第一の短剣殺人」
「なっ、うおおっ!」
いきなり視界内に現れたナイフを水鉄砲で受け流す。あ、危ねえ!弾いてから気づいたが首元狙いで飛んでいたな今!あとコンマ数秒遅れていたらやられてた!毒針の雨も止まないし、地球独特の小賢しい戦い方しやがって!
「……なるほど。私の中で答えがわかってきた気がする」
「ふん、俺を倒す攻略法でも見つけたつもりか!」
「ははは。本物の天利ならそう答えるだろうが。……次の私の攻撃に耐えたら教えてやろうじゃないか」
「これで終わりだっての!電圧圧縮砲!」
コートで毒針を防ぎながら、今度は電気の魔法弾を撃ち込む。俺の魔法弾の中で一番早い攻撃だ!避けられるわけがない!
「そうかな?必殺の凶弾!」
「なに!?く」
[ばちぁん!]
一瞬で電気の魔法弾を突き抜け、銃弾が俺目掛けて突っ込んでくる。とっさに腕で受け止めるが、コートの袖部分から痛みが一気に広がっていく!
「ぐううっ!いってぇ!」
ば、バカな。このくらいのダメージは特星で慣れているはずだが、手が勝手に震えて、水鉄砲が手元から落ちちまったっ!ぐ、右手の肘から先が上手く動かねえ!まさか電圧圧縮砲の力が上乗せされてマヒしたのか?いやだが、コートには電気耐性もついてるはず……。
「ふ。所詮は水鉄砲。モノも威力もごっこ遊び同然か。命を奪い合う舞台のリアル指向な銃弾には遠く及ばないようだ」
「ぐくくく。へへへ……リアル指向なら銃から弾を撃つんもんじゃねーのかよ」
「減らず口を叩く余力はあるようだな。だが、もはや貴様は戦闘続行などできはしないだろう。万全の状態ですら当てられなかった魔法弾を、利き腕を使えない状態で当てられる道理はない。さっき思いついたことを話したらトドメを刺してやる」
「ちっ……時間稼ぎになるかはわからないが聞いてやるぜ」
別に右手が使えないのはさほど問題じゃない。だが、奴にまったく攻撃が当たらないのは事実。黒天利がお喋りしてる間に攻略法を見つけ出さないと勝ち目がない!
「私はこれまで天利の記憶と性格に則り、昔の天利らしく振舞ってきた。悪の総帥王として主人公のお前との決戦のために他の信仰生物と手を組み、地球で勢力を伸ばし、特星で戦うための特殊能力を得て、お前が地球にやってきたタイミングで友人を攫った。目標達成にはそれはもう長い年月が掛かったさ。……テーナと縁のある雑魚ベー、そして正者と縁のある正安が貴様とつながっていた時には心底驚いたよ。舞台による巡り合わせの力を目の当たりにして、この力があれば貴様との命を懸けた最終決戦すらも実現可能だと確信できた」
「なにっ?俺が雑魚ベーや校長と縁があるからテーナや正者をパートナーにしたんじゃないのか?」
「違うな。私がお前たちの身辺状況を知った時期は……悟、特星でお前と戦ったあたりだ。一方テーナや正者と手を組んだのは地球に姿を現す前。私たちが生まれて間もない、特星が丁度完成した頃のことだ」
「特星完成時だと……!?バカな!何十年も前からもうすでにお前たちは組んでたってのか!?」
特星完成時っつーと俺が中学3か高1くらいの時期……だよな。校長が教師から校長になったのと同時期のはずだからほとんど間違いないはず。もしそうだとすると俺が雑魚ベーと会ってすらいない時期にこいつら組んでたってことかよ!それどころか、今の黒天利の話を信じるなら舞台の特殊能力すらも手に入れていない段階に!すでに舞台の布石は整っていたって言うのか!?
「驚くのも無理のないことだ。舞台の特殊能力は仕込みが必要な分、舞台準備を整えたシチュエーションでは絶大な力を発揮する。私はこの日のための準備を惜しまなかった。だからこそ奇跡ともいえる巡り合わせでの決戦が実現したのだ!」
「だが力を手に入れる前の過去にも影響を及ぼすなんて。そんなことが特殊能力でできるだなんて信じがたいぜ」
雑魚ベーはまだ舞台の特殊能力で俺と遭遇した可能性もあるだろう。だが校長は明らかに黒天利が特殊能力を得るよりも前に出会っている。そして偽正者と黒天利も特殊能力を得る前に手を組んでいる。その因縁が今に果たされる……く、主人公補正でなければとても信じられない話だ。
それにテーナ。サイドショット領で聞いた話だとテーナは、特星側が大メインショット郷国に交流を持ち掛ける以前に行方知れずになっていたはず。サイドショット家に呪いを掛けたのは行方知れず前、呪いは異世界のものらしくて、特星本部長によればテーナは異世界を渡り歩いていた。
テーナの異世界渡り歩き、テーナのサイドショット家への呪い、テーナ行方不明、特星と大メインショット郷国交流(特星完成時期)、テーナと黒天利の協力(多分テーナ死亡済)……みたいな流れだと思うんだが。特星開通前に消えたテーナが死んでたとして、その信仰生物が異世界でなく地球にいるのはどうしてなんだ?
「いや、地球に現れれる前に手を組んだと言ってたな。黒天利お前、一体どこで正者やテーナと手を組んでいやがった!テーナは間違いなく異世界の住民、正者の信仰だって異世界のものかもしれないってのに!なんでそんな奴らの信仰泥棒どもが地球にいるんだ!」
「そんなことは私の思いついたこととは関係がない!前置きが長くなったが教えてやろう。私は天利らしく生きてきた中で気づいてしまったのだよ。悟、貴様たちのやってることがバカげているとなっ!」
「な、なんだと!」
「主人公だのラスボスだのとごっこ遊びを演じて、何になるというのだ。世界を制するラスボスになったところで現実世界は手に入らない。舞台を整えて主人公と最終決戦をしたからといって、どちらかが一人死ぬ以上に得られるものなどない。……わかるか悟、お前たちのやっていることは全て無駄。意味のない争いでしかないのだっ!」
「なにをバカなことを……!主人公とラスボスの決着!どちらが上かを決める勝負に価値がないってのかっ!世界がどうのとそんな演出部分が大事だと、本気でお前はそう言いたいのか黒天利!」
「目的、何を得られるかが全てだ!個人的な決着に100年の歳月、膨大な準備、星を渡るという手間を掛けたのは愚の骨頂だった!だが貴様のバカにした世界征服のためなら、その程度の労力は必要な犠牲と割り切れるというもの!今ここで、演出のためだけに進めていた世界征服を真の目的へと昇華する!」
こいつ……。今の黒天利はもはや、昔の天利でもなければ今の天利でもない。悟ンジャーの総帥王のような崇高な意思をもった世界征服すらも目指してはいないだろう。勢いで世界征服に手を出しただけの……ただの欲深いババアでしかない!
「これからの私は正者の地下都市計画を再開するために動く!世界の地下都市化を進め、地球内部のエネルギーごと特設舞台を構築。地下都市のほぼ全てを私の舞台として支配する!……悟、私についてこい!信仰を糧にする者同士、世界を支配する側として活動するのだ!」
「ふん、誰がお前みたいな小悪党と組むかってんだ。100年過ごしてその姿ってことは年を取らないんだろ?たかだか100年損しただけでラスボス辞めるような奴が、世界を支配できるわけないぜ」
「た、たかだか100年だとぉ……?特星で100年遊んでただけのガキ風情が、わかったような口を叩くなよ!生まれながらの生きる指標が天利しかない詰み具合が、いかに人生にとって最悪だったか貴様にはわかるまい!……もう一度だけチャンスをやる。まず私の目的を知った以上、貴様を生かす道理はない。私に味方しないというなら殺す!それでもこの誘いを断るというんだなっ!?」
……やべー。そういえば追い詰められてたんだった俺。黒天利のツッコミどころの多い話のせいで奴への対抗策をまったく考えてなかった!くっ、してやられたぜ。たしか飛び回る黒天利に攻撃が全く当たらなかったんだよな。
奴を倒すためにはひとまず味方のフリをするのが勝ち筋だとは思う。ただこんな小悪党相手に不利になって時間稼ぎっつーのは気に喰わないな。さっきまでのラスボスらしい黒天利相手なら、島が完全に溶けるまで長話して引き分けでもよかったんだが……。なら今すぐこいつの攻略法を思いつくしかない!
「なるほどな。……答えは決まったぜ」
黒天利の厄介なところは回避だ。攻撃が当たらないと俺に勝ち目がないからな。だが最速の電圧圧縮砲や範囲攻撃の分裂砲系が当たらないとなると、これ以上当てやすい攻撃手段は用意できない。正面突破は無理と考えた方がいいような気がする。
奴の回避を潰すにはどうすればいい?浮遊と地球人離れした身体能力。どちらも厄介だが片方だけでも封じれば直撃を狙えるはずだ!それに奴の力は特殊能力と信仰力に頼りきっている!俺の得意分野で戦闘をしているからには突破口が見つかる可能性は十分にある!
「黒天利!てめーの誘いなんざお断りだぜ!お前はずっと主人公との対決を夢見て、舞台を作り続けていればよかったのさ。未来に熱中できていたなら、天利がどうのと過去に囚われることもなかったはずだ!更に言えば……俺を呼んだのは悪手中の悪手だったな!お前はここでぶっ倒す!」
「最後のチャンスを与えたというのに……。ならばもういい。貴様に用はない!極寒のオホーツク海に骨を埋めるがいい!破滅の串刺し!」
「水圧っぎゃああああっ!?」
いってえええ!ぐううっ、せ、背中を鋭い氷柱で刺してきただとぉ……!串刺しって言うから後ろに飛び退いて避けたつもりでいたが、真下からの突き上げ攻撃じゃなくて背後からとは!コートに穴は開いていないが軽く吹っ飛ぶくらい背中をぶち刺された!
「即死を免れたことは褒めてやろう。悪あがきで左手射撃を狙っていることもな。だがっ!あがけばあがくほど楽に死ねなくなるぞ!」
「ぐううぅ!その回避さえ、回避さえなんとかなれば大した敵じゃないんだ!攻撃も動きも全部見えてる!その人間離れした動きさえどうにかなれば……っ!」
「無駄だっ!並の人間が魔法少女に勝てる道理などないっ!殺処刑のギロチン!」
「くっ、水圧圧縮砲!」
俺の頭上に現れたギロチンを水の魔法弾で吹き飛ばす。そうだ、奴の攻撃は決して強いわけじゃない。いかにも地球人の好みそうな急所狙いの小細工ばかり。そこら中に散らばってる毒針やナイフで直接攻撃してくりゃ楽だが、確実に俺の攻撃を避けれる距離を保っていやがる!魔法少女とやらの利点をフル活用して、一方的な攻撃ばかりを仕掛ける戦術!とても天利と同じ魔法少女とは思えない!
「くそ、安全圏からばかり攻撃しやがって!卑怯者め!それでも天利かお前!」
「ははははは!殺し合いで卑怯呼ばわりとは笑わせてくれるな!これが遊びと実戦の違いだ!貴様は強者に歯向かった!愚か者の末路は当然……無様な死だ!」
「魔法少女のセリフとは思えねーな」
昔の天利っぽいと言えばその通りだが、本当に魔法少女かこいつ。大体なんで魔法少女なのに全身漆黒に染まってるんだ!見栄え悪いったらないぜ!…………いやまてよ、マジでなんで魔法少女に変身するだけで黒くなる必要がある?天利の魔法少女姿は見たことあるがこんな闇カラーじゃなかったはずだ。天利が心に秘めてた魔法少女だとかいう話だが、こんなシルエット状態のままだとむしろイメージできねーだろ。
「次こそはとどめを……っとと。くっ、急に制御が」
「お、隙あり!電圧圧縮砲!」
「ちいっ!そんな攻撃!ぐっ」
空中でふらついた黒天利に電気の魔法弾を撃つが、大きく体制を反して避けられてしまう。だが、見逃さなかったぜ。電圧圧縮砲の電気の一部が奴の顔を掠めていったところを!
「どうだ黒天利!初めて喰らった魔法弾の一撃は!」
「ぐ……この程度で粋がるなよ!」
「くくく、手が震えてるぜ。痺れだか怒りだかわからねーけど、……最終的には動かなくなるからそのつもりでいやがれっ!電圧圧縮砲!」
「ふん!さっきのような幸運は二度ない!第二の手斧殺人!」
「な!早撃ち!」
素早く電気の魔法弾を避け、カウンターで俺の背後に出現させた手斧を飛ばす黒天利。だが残念だったな!左手の向きだけを変えて水の魔法弾を撃つことで、撃墜は間に合った!
「防いだだと!?」
「水圧圧縮砲で不意打ちは撃墜済みだ!だがまた動きがよくなったか!」
さっきの黒天利のふらつき……一見すると何もないタイミングで起きたようだったが。ただ俺はそのとき黒天利の不自然さに気づいていた。俺はこれを偶然とは思わなない!例えばそう……俺が謎を解かなければ奴を倒すことができないという特殊ギミック!ただの戦闘では考慮するのもバカらしいが、奴の舞台を操る特殊能力ならあり得ない話でもないはずだ。
そもそも世界樹中心の特殊能力妨害と併用しながら、俺をこの舞台に移動させた舞台移動、魔法少女化、即死技のオンパレードとか強すぎる。天利のMPのような制限かデメリットありそうなもんだ。謎を解けば弱体化なんて実に舞台の特殊能力らしいじゃんか!
「く、長引かせてくれるな!決め手に欠けるか。こうなったら土台ごと沈めて」
「次の攻撃は必要ないな!残念ながら決着の時間だ、黒天利!」
「なんだと?」
黒天利の漆黒化!天利の魔法少女状態と比べてもあまりに不自然すぎる部分!現にそこについて考えているときに黒天利の浮遊は揺らいだ!暴くべきはその一点だ!
…………だが漆黒化にどんな謎があるっていうんだ?浮遊は変身前から、変身中は無敵、変身後は即死技が目立つってことくらいしか思いつかない。いや超人的な動きは変身後からだが漆黒化の何を暴けばいいんだ!
「黒天利、お前の強さのねたはすでに割れているのさ。天利の魔法少女化と比べて天利に違和感がある部分。つまり全身と衣服が漆黒化しているところに強さの秘密があるってわけだ!違うか!?」
「……どのみち結果は揺るぎはしないか。いいだろう悟。お前には謎を暴く遺言タイムを認めよう!だが遅延したり、謎が解けなかったり、謎を解いた後にはお前を殺す!一矢報いてから死ねるように精々あがくがいいっ!」
謎を解く遺言タイム……ってことはやっぱり謎はあるのか!正直、ちょっと半信半疑になりそうだったがやはり俺に間違いはなかった!
ハッキリ言って謎は解けていない。しかし奴は演じていた部分もあるが昔の天利と近しい存在!慢心の塊!確定勝ちを捨てる女!わかっていることを推理っぽく話せば、答えを知っているあいつは間違いのない正論や反論を返してくるだろう。情報は敵から出る!そこから答えに近づくしかない!
「遺言タイムも何も、俺の推理はさっき言ったとおりだぜ。漆黒化によってお前は大幅パワーアップしている!推理に文句があるなら漆黒化を解除して戦ってみな!化けの皮が剥がれるはずだ!」
「……ふっ。悟、貴様はまず根本的に状況を考えてものを言うべきだな」
「なんだって?」
「私たちは殺し合いの最中だぞ!遺言タイムを設けたとはいえ、推理の成否の答え合わせのためにお前の推理条件に私が合わせる理由はない!漆黒化が強化条件だと推理するなら、貴様自身の手で漆黒化を解除して証明してみせよっ!」
「う……ぐぐ」
「それに推理自体もお粗末だと言わざるを得ないな!漆黒化で大幅パワーアップだと?推理というならばせめて、『信仰・特殊能力・その他』のどの力で漆黒化して、なぜ漆黒化で強くなるのかくらいは説明してくれなければな!」
く、好き勝手ぼろくそ言いやがって!……だが、こりゃ多分漆黒化は信仰か特殊能力によるものだな。天利の性格に近いならその他に答えを含ませそうにないし、その他だったら俺に心当たりがない!つまり二択まで絞れた!
信仰か特殊能力ならどっちだ?本物の天利のように特殊能力で魔法少女化ならできそうだし、特殊能力だと考えるのが妥当か?ただ黒天利の特殊能力については万能そうくらいしかわかってないんだよな。信仰なら……なんかビジュアルの都合で信仰力のために必要になるとかありそうな感じが。
……いやまてよ。たしかあの魔法少女って天利の中にだけ秘められた秘蔵の元ネタのはず。信仰者がいるとすれば天利か黒天利なわけだが、だとすれば誰があの魔法少女姿を実体化させるほど信仰しているんだ?コート神としての勘だが、天利や黒天利が信仰心を持っているとはとても思えない。天利んがーるへの信仰を持つ者がいないとなると超強化どころか魔法少女化すらできないんじゃ?
いやとりあえず、黒天利に言われっぱなしなのをなんとかするか。
「……信仰に特殊能力にその他か。残念だったな黒天利!悪いがお前に言われるまでもなく、俺はその程度のことはすでに答えを出しているのさ!」
「なにっ?」
特殊能力で強化は……ない!黒天利は舞台を操る特殊能力を使えば変身も超強化もできそうなもんだし、初めて会ったとき黒天利自身が補助系の特殊能力だとも言ってはいた!だがビジュアルがないのに舞台の効果で超強化なんてのはやっぱりらしくない。それに天利秘蔵のキャラなら、こんな見た目シルエットの可能性はありえねーしな。シンプルな衣服を好かない奴だから。
それよりさっき、黒天利はどの力で漆黒化したかやなぜ漆黒化で強くなるのかと聞いてたよな。
漆黒化で強くなる理由……それを聞くってことは。特殊能力で強化して、結果漆黒化の演出が出てることはないってことだ。だがわざわざ別々に聞くあたり、ふたつの疑問の答えは別のような気がするな。強化の要因は信仰関連だと思うから、漆黒化自体が特殊能力なのかな。
「お前の漆黒化……それは舞台を操る特殊能力で発生させたものさ。だが強化は違う。お前は漆黒化状態になることで信仰を上手く使いパワーアップを果たしたんだ」
「ほう。だが信仰で強化するのになぜ漆黒化する必要がある?漆黒化の方法については舞台効果で説明がつくだろう!だが、漆黒化状態でパワーアップというのは意味が分からないな!見た目もわからない相手を強者だと信じられる人物などそうはいない。ましてや天利んがーるは天利の心に秘めていたキャラクター!お前の考えだと天利本人しか信仰者がいないことになるが……それが貴様の推理なのか悟!」
「いや天利は信仰者じゃないぜ。そしてそれは……黒天利!お前の今の言葉で確信できたっ!」
「な、なんだとっ」
「お前はさっき、天利本人しか信仰者がいないって言っただろ。だがもし天利が十分な信仰力を持っているなら、もう一人確実に信仰を持っている人物がいるはずだ。昔の天利とほとんど同一の存在である黒天利!天利んがーるの信仰者候補にお前自身がまったく考慮されていないのはどういうことだ!」
「ちっ。だが自身を候補から除外してしまうことは一般的にはよくある」
「え?入れ忘れたのお前?」
「はっ!まさか!一般的にはよくあるミスだが……この私に限って、そんな付け込む隙などありはしないぞ!私自身を候補者に入れない理由など一つに決まっているだろう?私自身に信仰心がないことがわかりきっているからだ!候補に入れる必要がなかったから入れなかっただけのこと!」
わかりきっていたことだが、これで黒天利に信仰心がないことが確定したな。天利もまあ当たり前のように信仰心など持ってはいないだろう。
こうなってくると、天利んがーるの信仰自体がどこからきたんだよって話だ。まさか現代の地球で流行ってるってわけじゃねーよな?あんなシルエット姿の魔法少女が……。いやまあ未登場の敵キャラが黒塗りされた姿で暗躍するなんてのはよくある手法だが。
「悟、貴様の推理は自らの首を絞めるようなものだ。私が信仰心を持っていないということは、天利も信仰心を持っていない可能性が高いということ!それが貴様の推理!……だが信仰心がなければ存在の維持すら危うくなるのが我々信仰生物だ。信仰による強化で推理するのは無理があるんじゃないか?ほらどうした悟!推理の軌道修正をしなくてもいいのか!」
「軌道修正は……ない!よく考えれば簡単な話だ。天利んがーるが本当に今まで秘蔵だったなら、信仰の出所は俺たちか天利のいずれかしかいないじゃねーか。単なる三択問題だ!」
「ふん。当然貴様は今まで天利んがーるを知らなかったから対象外。私も自身に信仰心がないとわかっているから対象外。天利は貴様が推理で否定したから対象外だ。だが貴様の推理が別のものになれば天利が信仰心を持っているという可能背が出てくる。……ふっ、頑なに信仰心がないなどと決めつけず、天利が信心深いことも視野に入れたらどうなんだ」
「……あり得ないな!コート神としても雷之 悟としてもはっきり言えるぜ!天利は人間的にも信心なんてものは持ち合わせてはいない!理想は追うが信仰心なんてものはまるでない!世界中の人気と信仰を集めはするが、あいつからなにかを信仰することはない!」
「ならば!私かお前が天利んがーるを信仰しているということだな!?言っておくが、私が嘘をついていると思ったら見当違いもいいところだ。私はお前に見破られるような嘘などつきはしない。それとも悟、お前が実は天利んがーるを知っていたとかそういうオチでもあるというのか!」
当然俺はこの戦いが始まるまで天利んがーるの存在なんてものは知らなかった。俺がこれまで天利んがーるアマリに信仰心を抱ていたなんて可能性はない。一方、黒天利は第三者イメージする昔の天利だから本物とは異なる部分もある。黒天利がわずかにでも信仰心を持っているという可能性は……どうしても完全に捨てきれるものじゃない。
だけどな黒天利。俺はずっとお前の余裕っぷりが気に喰わなかったんだ!本物の天利に比べて、慢心しすぎることもなく勝ち確定も捨てきれない態度がお前からは滲み出ていた!思えば戦闘中、安全圏からの一方的な攻撃の時点でその傾向があった気もするぜ!そう、こいつの言うあり得なさそうな方、俺自身が天利んがーるの信仰者だ!
「オチなんてものはないぜ。普通に俺が天利んがーるを信仰していただけの話さ!」
「…………そうか。ふっ、お前が以前から天利んがーるを知っていたとは驚きだ」
「無駄な言い訳は止しておくんだな!最初に言ったじゃないか。ねたは割れてんだよ!俺はここで天利んがーるの話を聞いてから信仰したんだ!見事にお前の口車に乗ってな!」
「一応、最後まで聞いてやる。知ったばかりで即座に信仰するのは不自然だというポイントを、上手く説明できるのならばの話だがな!」
「そんなの答えは単純明快さ。悟ンジャーの悪の秘密結社・天利ンガルの元ネタと言われたら、強い印象を持つってだけの話だ!ましてや俺は魔法少女姿の天利と戦っている!その強さを基準に、天利ンガルの元ネタならもっと強い魔法少女だと思い込んでいたのさ!」
「ふん、バカバカしい。お前が実体化を可能にするほどの信仰力を持っていることは知っているさ。だが話を聞いただけで実体化するほど存在を信じられるものか!そんな都合のいい話があれば、貴様が思いを馳せたものが何でもかんでも存在する地獄絵図になるだろうが!」
「まったくそうだな。だけど今回は最初から姿形はあったはずだぜ。実在しないものを信じるのと実在するものを信じるのは違う!俺はお前の魔法少女姿のシルエットを見て、天利んがーるが目の前にいると思っちまったのさ!お前の説明を引き金にしてな!」
「ぐ……!だが貴様は私に対して黒天利だということを確信していたはずだ!天利んがーるの印象以上に黒天利の印象が優先していたなら!結局は私の信仰が勝り、私の能力が微増することはあっても大幅増強などは起きない!」
む……結構粘るな。だが確かに戦闘中、俺は奴を魔法少女に変身中の黒天利として見ていた。例え漆黒化でシルエットになった状態でもその認識は揺るぎはしなかっただろう。本来なら両方の信仰が合わさり、結局ほとんど黒天利になっちまう。
「普通なら確かにそうだ。だけどお前の漆黒化に隠された効果があるとすれば……話は変わってくるんじゃないのか?」
「な……!?まさか、悟貴様っ!」
「へ、とぼけてんじゃねーぜ!漆黒化の効果を使えるのはお前だけだと思うなよ!俺は過去の特星生活において、漆黒化の効果を使ったことがあるのさ!」
そうさ!墨を被ったり闇に包まれたりしたとき、俺は悟ンジャーブラックになれる!今思えばあの変身は黒天利の漆黒化と同じことをしていたのか!コート神となった今の俺には、悟ンジャーブラックになるときにどういう力の流れが起きていたのか理解できるはず!思い出すんだ、俺が変身したときに信仰がどういう働きをしていたのかを!
「そうだ!俺が悟ンジャーブラックになるときはいつも、黒に包まれる必要があった!俺はあれが悟ンジャーブラック特有のものかと思っていたが実は違う!信仰を糧にする信仰生物や神ならだれもが使える能力だったんだ!」
「そこまでいうなら、……見せてもらおうか!お前の変身が私のものと同じであるということを決定する、答えの一撃を!」
「俺が黒に染まるときはいつも、戦況を大きく変えるため一番大きな信仰をシャットアウトしていた。自身の中から一番俺らしい要素を取り除けば、自分らしくない新たな戦い方で道を切り開けるかもしれないだろ?そして俺への一番大きな信仰を持っていたのは、他ならぬ俺自身。俺はいつも変身するとき、自分を捨てた戦い方をしていたのさ!」
俺が自分に抱いてる3つの正体『雷之 悟』『コート神』『悟ンジャーブラック』の内、悟とコート神への信仰をブロックすることで、より悟ンジャーブラックとして戦えるという戦術!俺の中から俺自身の信仰がなくなった状態!それこそが悟ンジャーブラックの正体だ!
「だけど漆黒化は自身の信仰だけを防ぐ効果ってわけじゃない。それだと黒天利が信仰を持ってるってことになっちまう。漆黒化の効果は……自分への信仰を好きに取捨選択できる力だったんだ!黒天利、お前は俺からお前への信仰だけをブロックしている!だから天利んがーるアマリの信仰が残り、超人的な動きをしているんだ!」
[ばりいぃん!]
黒天利の漆黒化が粉砕され、黒天利が姿を現す。恐らくは俺が天利んがーるアマリの仕組みに気づき、本来は存在しないことを確信してしまったからだろう。
「って、漆黒化は特殊能力によるものだろ。なんで解除されてんだ」
「見事だ悟。私が何十年と掛けて発見した信仰生物の奥義、よくぞ理解し見破ったものだ。ちなみに漆黒化は貴様から天利んがーるへの信仰が消えたら解除される仕組みだった。いつの間にか信仰が途切れてぶっ飛ばされるなんて事態を避けるためにな」
「用意周到な奴だ」
「最後にいいものを見せてもらったよ。さてじゃあ……死ぬ準備はできているな?」
「電圧圧縮砲!」
[ばしゅん!]
「な、なに!」
電気の魔法弾を撃ち込むが、今度は黒天利に届くことすらなくかき消されてしまった!バカな!魔法少女への変身中じゃないのに何でこんなことが!?
「ふふふふ、悟。貴様はゲームをやったことないのか?すでにこの舞台はいわゆるムービー演出に突入している!この私の演出シーン中に攻撃など……無効だっ!」
「なにぃ!?」
「見せてやろう!舞台を操る能力の恐るべき力を!最終舞台効果!海里の水巨人……ギガントステージ・アーマリーを出現させるぞっ!」
[ごごごごごごご!]
な、なんだなんだ!?周囲の海水が一か所に流れ込んでいるぞ!海の水かさが見る見る低くなるほどの勢いで海水が移動している!
「く、電圧圧縮砲!油圧圧縮砲!」
[ごごごごごごご!]
く、海水を攻撃したがダメだ!流れる水の規模がデカすぎる!俺の攻撃がまるで意味をなさない!あるいはこれも舞台で無効化されてるのか。
「水が、水が積み上がっていく!海水はどこまで減るんだ!?」
「1海里だっ!貴様のいるオホーツク海コロシアムを中心とした1海里以内全てが私の舞台なのさ!舞台内の海水全てを使うことでギガントステージ・アーマリーは起動する!長年掛けて作りあげた決戦場の最終ギミック!思わぬ見せ場ができて嬉しいぞ!」
「く……!地球でなんて真似を……!」
「間もなく舞台内の海水も尽きる。最終舞台の美しく広大な景色を存分に目に納めておくのだな!ちなみに私のオススメスポットはこの氷の島の真下だ!」
そう言い残し、黒天利はゆっくりと上空に浮いていく。……やっぱり天利んがーるのときのように機敏には動けないみたいだ。通常時は舞台の特殊能力で浮いてるんだな。
「って、なんだこりゃ!海がなくなって……山だらけになってるだと!?」
島の周りからはすっかり海水がなくなり、遥か下には砂と岩の山々がずっと奥まで続いている。海底の終着点は海の壁になっていて、海底から海面までの壁が続いてる。1海里より外にある海水が遥か下にある山々に流れ込むことはないみたいだ。
「待てよ?じゃあこの氷の島は一体どうなっているんだ?……うわなんだこれ!」
氷の足場の端から下を見ると、奥底にある海底の山にまで氷がつながっている。……こ、ここは海に浮かぶ氷の島なんかじゃない!海底の山から生えるように立っている、でかい氷柱の上だったんだ!
「すげー……。本物よりも後先考えないこのやり口は、悪役の鏡と褒めてやりたくなるぜ」
でも一番ヤバいのはやっぱり水巨人だ。すでに高さは雲を超え、俺の目で視認できる領域を超えている。天気が良ければもっと頂点まで見えるんだが。
[ずおおおおおっ!]
「うおおっ!」
物凄い風に体が吹き飛ばされそうになったかと思えば、水の巨人のどでかい手が前方上方で止まる。手の上には黒天利が仁王立ちしてやがるな。見た感じ立ってそうだがあの巨人水なのに乗れるのか。
「ふっ、舞台の構造を理解できたようだな。その舞台を漁師や水上自衛隊や潜水艦相手に隠し通すのは中々に骨が折れたさ。ときには正者を騙して隠蔽させたこともあった。……だが、その甲斐あって素晴らしい舞台になっているだろう!なあ悟!」
「ああ、本当舞台は素晴らしいな。本人より舞台演出の方が優れてるところが悪役のお手本みたいで特にいいと思うぜ。で、このまま逆転負けするんだからもう完璧だな」
「……悟、最後のチャンスやる。私の軍門に下れ!お前はただ、私を天利んがーるアマリとして信仰するだけでいいのだ!それで私の地球侵略はずっと楽になる!お前はどこか安全な場所で侵略完了まで過ごし、侵略完了後に我々のものとなった地球で好き勝手できる!地球人には我々の信仰はわからないから罪にも問われない!これほど破格の話はないはずだ!」
「勧誘にはそういう目的があったのか。はんっ、お前とはどこまでも趣味が合いそうにないな、黒天利!安全圏が好きならわざわざ地球にまで出向くかってんだ!それに……もう負けが確定してるお前にそんな未来はない!」
「そうか、バカな選択をしたな。ならばこのままギガントステージ・アーマリーの鉄拳で、氷柱ごと地球内部にまで沈めてやろう!地球全てが貴様の墓となるのだっ!巨人の体は私が立てるくらいには海水が圧縮されている!水だから耐えられるなどと、甘い考えは持たないことだなあああぁっ!」
[ずばあぁっ!]
「ふははははははぁっ!あーっはっはっは……?えっ、水巨人の動きが止まっただと?い、一体これは……」
「へーい黒天利!いつまでも斬られた巨人に乗ってていいのかよ?そのまま奈落に落ちちまうぜ!」
「な、なにぃ?」
水巨人が黒天利の乗ってないほうの腕を振り上げた瞬間、広がるように飛んできた斬撃が水巨人の胴をぶった切るのが見えた。腕を振り上げた反動も相まって、実はすでに水巨人の体は倒壊し始めているのさ。もっとも、手の上にいる黒天利はまだ気づいてはいないようだが。
「わからないか?俺と決着をつけたかったから孤島を舞台に選んだんだろう?邪魔されずにこっそり決着つけるためによ!」
「一体それが何だと!いや、まさか……!うおっ!?」
[ごごごごごごごごご!]
水巨人の胴体のずれが大きくなっていき、水巨人の上半分が俺たちと反対側へと動いていく。水巨人の手の上にいた黒天利は身を投げ出されて、氷の床の上に何度か叩きつけられて着地した。
「ぐああっ!があっ!」
「うわ、痛そう……。声が聞こえる高さにいたおかげで助かったな。危うくいつぞやの雑魚ベーみたいになっちまうところだったんじゃないか?って、ん?」
[ずががががががぁっ!]
おっと、どうやら黒天利が落下したショックで特殊能力を解除したようだな。下半分の水巨人が溶けるように流れ始め、どんどんと膨れ上がって……。
「は!?なんで海水が流れてるはずなのに膨れているんだ!?水は流れたら減るはずだろっ!や、やっべえ!このままじゃこの舞台も飲み込まれちまう!」
「わあ!お兄ちゃんが危機的状況なのにもう抵抗できないみたいなフリしてる!これはもしかして私のために活躍の場を残してくれてたり?お兄ちゃんなりの思いやりだったり?きゃー!」
「き、希求!」
いつの間にか氷の島の上で希求が一人盛り上がっている。黒天利の舞台の力がなくなったから、世界樹周辺の特殊能力封じも効力を失ったんだな。で、ワープしてきたのか。
「希求、あとはなんとか任せた!」
「オーケーお兄ちゃん!特殊能力さえ使えれば私でもなんてことないね!ほいさ」
希求が手を振ると、こちらに迫るように膨らんでいた海水から水が流れなくなる。そしてそのまま沈んでいき、地中から水が湧き出るように舞台内の海の水かさが増していった。……やっぱり舞台よりこいつの特殊能力の方が絶対やべーって。
「うぐぐぐ……!そ、そうか。そういえば貴様仲間連れだったな……。だが、さっきの斬撃は一体どこから?」
「世界樹の葉っぱの上からだよ。ほらあの辺」
俺が指さす先には、かなり遠くの世界樹の上で羽双が刀を肩に乗せていた。どうやらいなくなった俺を探すために世界樹の上まで移動したみたいだな。で、黒天利の作り上げた水巨人を発見して、ここまで斬撃を飛ばしたんだ!
よく見ると、羽双のいる近くに旅行客用の有料双眼鏡みたいなのが置いてある。俺を見つけるために相当な金額を消費したに違いない。……あるいは水巨人を見つけて、面白そうだから眺めてたら偶然俺がいたかだな。
「は、はぁ?バカなっ。県までどれだけ……離れていると思っているんだっ」
「俺が視認できる距離だからいけるって」
「私がワープしたんだから。余裕余裕」
「ぐ……こんなのやってられるか。くそ……っ!」
「あらら。なんかこの人懐かしい気がして調べたら、昔のお母さんが元の信仰生物なんだね。私はほとんど覚えてないけど。……ねえお兄ちゃん、この人治しちゃっていい?」
「ん?まあいいけど。ただ特殊能力封じを使ったりと厄介な奴だから注意してくれ。特殊能力を封じられたらちょっと勝てる気がしないしな」
「私は特殊能力を封じてもまったく勝てる気がしないんだが……」
「治すよ治したよー」
「「…………」」
俺も黒天利も傷が完治したが場が沈黙に包まれる。とりあえず右腕のダメージが消えたおかげでいつも通りに水鉄砲を扱うことができるな。片腕だと攻撃も防御も手段が減っちまうから助かったぜ。
「お前……希求か。驚いたな。まさか成長した貴様に会えるとは。特星内でも噂ひとつ聞かないから居ないものかと思っていたぞ」
「ふふふ、偽物とはいえ心配かけちゃったみたいだね。安心していいよ!私は立派なヒロインとしてお兄ちゃんとの許されざる恋を成し遂げてみせるから!」
「おいちょっと悟。子供化した私に一体どんな心境の変化があってこんな事態になった?いや別にお前らの家庭に口出す気はないんだが……記憶からは考えられない娘に育ったというか」
「俺にわかるかよ……。それより黒天利!俺が勝ったら、地球以前にお前らが住んでた場所を教える約束だぜ!これ以上、居ないはずの人物が増えると困るんだ!白状してもらおうか!」
「……まあいいだろう。私たち信仰生物というのは一部例外はいるものの、その多くが現実と非現実の中間に位置する世界で生まれるのだ。その世界の名は……電子界!」
「「電子界?」」
「物事ひとつあたりのエネルギーが非常に小さな世界だ。現実世界の人間では入ることもできず、何なら干渉することすら難しいな」
非現実の世界……ここに来てまたその名前を聞くことになるとは!だが今回は役立ちそうな事情通がいるおかげでその全容を知ることができるかもしれないな。
「って、待てよ。もしかしてお前たちは勝手にわらわら自然発生してくるのか?もしそうなら信仰生物の出現は止めようがない気がするぜ」
「いや……電子界に住んでいるドラゴンがいるんだ。そいつが信仰生物の誕生を早めて、現実世界の地球に送り出している。まあそう簡単に神に近い存在が生まれるわけでもないがな。私たちのように自我を持てるに至るのはレアケースさ」
ドラゴンだって?特星でなら散々倒したことあるけどな。擬人化したやつだけど。だけどまあ、モンスターは弱いってのがお決まりみたいなところあるし、多分大丈夫だろ。
「電子界の入り口がわかったよ!瞑宰県のタイル道路の下にある穴の中だね。でも私の能力でもそのまま侵入するのは難しいみたい。神なり信仰生物なりで行く必要があるよ」
「じゃあコート神の俺の出番ってわけだな!乗り込んで説得してやるよ。もしも拒むようならドラゴンの丸焼きにでもして食っちまおう」
「お、いいねー。私もお兄ちゃんと一緒に調理するよ!」
「……お前たち物事進めるの早すぎないか?それに奴は思慮不足なだけで……できれば生かしてやってほしいんだが」
「じゃあ損害賠償だけでいいや。ドラゴンなら貯め込んでるお宝とかあるだろうし、信仰生物を増やし続けるようなら適当に財産没収ってことで」
「ええー。私はお宝よりお料理がいいんだけどなぁ。……あっ。そういえばこの偽お母さんはどうすればいいの?また動けなくしちゃう?」
「え、まさかもう一回高所から落ちるのか?いやいやいやいや!それならいっそ楽に殺してくれた方がマシだ!」
「普通に特星本部に引き渡せばいいんじゃないか?まあ地球でこれだけ目立つことしたんだから、記憶や存在を消されるかもしれないが。……てか、舞台の力がなくなってからも普通に特殊能力が使えてるよな。特殊能力使用で記憶が消える仕組みはどうしちまったんだ?」
「監視役たちに帰還命令が出たから機能してないよ。もっとも機能してても私が無効化するつもりだったけどね。……さて、一旦雨双ちゃんたちと合流しようかな」
希求の特殊能力が発動する。そういえば雑魚ベー救出作戦の結果を聞いてなかったが、結局どうなったんだろう?まあ羽双も希求も無事だから成功したことは間違いないだろうぜ。……残る元凶はただ一匹!信仰生物を地球に送り出しているという、電子界の迷惑ドラゴンのみだっ!