五話 寒い日のお寺
@悟視点@
夏が終わろうというこの季節。本来なら暑さが多少残るくらいの季節だが、現在の特星はそれを思わせないほどに寒かった。
雨双と雑魚ベーが姫卸婆さんに保護されてから結構過ぎたが、想像以上に手がかりが多くあった。
まず特星の各地で黒い液体が降るという現象が発生したことだ。どうやら液体を降らす発生源は小さいらしいのだが、この町は特星の中心部なので被害が大きいらしい。
そして黒い液体が付着した場所の温度が下がるため、各地の温度が下がっていき、特星全体の温度が上がらなくなっているのだ。
…ちなみに特星の温度管理は特殊能力で行っているらしいが、その中のメイン能力者が液体を浴び、温度を吸収されたのが温度低下の原因という説もある。説によればその能力者は温度を奪われてようやく他の人と同じ温度になったとか、それでも体温四十度はあるとか。変な都市伝説だ。
「それは都市伝説ではなく実話ですよ。…ところでどうして社長室にいるのですか?」
で、俺は現在几骨さんのところに情報収集にきている。魅異に敵の場所を聞きにきたんだけどなぁ。
「と、こういうことだ」
几骨さんは能力で相手の思考を読めるので、俺は文章を考えるだけで会話が出来る。楽だけど、几骨さんの話を俺が無視しているように見えるのが欠点だ。
「そうですか。社長はその敵のところに遊びに出かけていますよ。その敵の方をからかうのは非常に楽しいらしいです」
俺もその敵に勝ったら是非からかってやろう。そして主人公の偉大さを広める!
「からかうのはほどほどにしないと雑魚ベーさんと同列と見られますよ?」
同列で見られる?ってことはこの液体を降らせた犯人は小学生なのか?
「小学生の低学年と社長は言ってましたね。アルテという名らしいです」
小学生か。強力な特殊能力を使うんだろうな。
「…ところでどうして社長席に座ってるんだ?」
「社長代理ですから」
忙しいんだなぁ。頑張れよー。
結局入手した情報は相手が小学生ということだけだった。敵がこの町に戻るのを待つしかないか。
「あー、寒い。こういう日はどこかの宝箱にタイヤキでも入ってないか?」
ゲームとかにある宝箱の中身ってカビとか生えないのか?水中ステージにある金属系アイテムとかも普通は錆びてるよなぁ。
「タイヤキじゃなくても良いから甘いものが食べたいなー。ん?」
足に何かがあたる。足元を見ると何と宝箱があった!
「なんてわざとらしいタイミングだ。これは中にお菓子とか入ってるのじゃないか?」
辺りを見回す。ここは公園内のベンチ近くで近くに人は居ない。そして少し離れたところにタイヤキ屋がある。…中身はタイヤキの可能性が大きい!
「どうだ!?」
中身は予想通りのタイヤキ!しかもたくさん!
「これはいただくしかない!」
持ち主に見つかれば戦闘になるだろう。だが特星で宝箱に入れておくということは、主人公への贈り物ということだ。主人公は俺!つまり俺の物である!
「おぉ美味い!一つ二百セルくらいの価値はあるぞ!」
普通のタイヤキの二倍は上手い!普段から安いものを買う俺ならまず食べれない味だ。
「全部食べるのも悪いな」
俺はもう半分以上食べたし、残った分はお土産に全部貰うか。
「…そこの貴様、何をしてる?」
「へ?うわっ!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、刃物の先が目の前にあった。どうやら刀の刃のようだ。ちょっと下を見ると女子小学生くらいの子が殺意的なオーラを放出していた。
「あまり動くと斬るぞ」
「特星だから斬れはしないが、痛いから勘弁してほしいなぁ。ってか俺が何かしたか!?殺意や刀を向けられるようなことをした覚えはない!」
主人公が宝箱の中身を貰うのは悪いことじゃないよな?
「私のタイヤキは?まさか食べたのか?」
…食べたって言ったら斬られるよなぁ。こうなったらさっきの出来事を正直に話すしかないか。
「さっきお腹を空かせた人がここを通りかかり、タイヤキを沢山食べてたぞ!全部食べると悪いとか言ってたし、物凄く善人だ!うん!」
「その手に大量に持ってるタイヤキは?」
「これは俺のだぞー。いやもう間違いなく本当に」
宝箱から取り出した時点で俺のものだ。これぞ主人公の特権だな。
「く、怪しいのに証拠がないな。一つ千セルの値段のタイヤキだったのに…」
「一つ千セル!?確かに凄く美味かったが、最高でも一つ五百くらいが妥当だろ!?こんな事ならもっと味わって食べればよかった!」
そんなに高かったなんて予想外だ。少し悪いことをしたかな?
「ほー、食べたんだ?」
「あぁ!…でもお土産にまだいくつか持ってるから大丈夫だ。後で味わって食べるさ」
「その後があればな!」
「いてぇっ!」
少女は持ってる刀で顔を突いてくる!刀は斬るために使え!
それにしてもどうして俺が食べたとわかったんだ!?
「ばれたら仕方ない!特星のルール上返り討ちにも出来るが、あえて逃げる!」
第一、タイヤキ持った状態で戦ったら潰れるだろっ!
俺は少女とは逆の方向に逃げる。戦う相手に背中を見せるなとよく言うが、今日の俺のコートは防弾と防刀の効果がついてるから大丈夫だ!
「この私から逃げられるとでも?」
「前だと!?」
少女とは逆の方向へ逃げたつもりだったのに、走っても後ろに進んでしまう。一体どうなってるんだ!?
「ブレーキ!ブレーキ!」
「手遅れだっ!巻き戻し斬り!」
少女はそのまま刀で思いっきり俺を斬り飛ばす。その威力は凄まじく、コートとタイヤキを少し切られてしまった。俺はまるでホームランを打たれたかのように吹っ飛んでいる。
「だがこれで逃げられる!」
そう思った瞬間、吹っ飛ぶ向きが急に真逆になる。
「うわ、何だ!?」
「来たな。落下斬り!」
飛んでくる俺を少女は斬りあげる。だが俺はなぜか地面に叩きつけられる。
「名乗り遅れたが、私は千宮 神酒。ある寺に住む記紀弥様という幽霊に仕えている。本来の特殊能力は動きを操る非質系の能力だが、私は動きを変化させることしかできない。後ろに走ったのも私の力だ」
「そういう能力なのか。俺はてっきり呪われたのかと思ったよ」
ただでさえボケ役が取り付いてるんだから、これ以上呪われたら手に負えなくなる。
「その手もあったか。今度記紀弥様にお願いしてお前を呪ってやろう」
「タイヤキ一つやるから勘弁してくれ」
「それは元々私のだ!」
そう言いつつも渡したタイヤキを食べる神酒。これで呪われる心配はないな。
ところで記紀弥って前に会った幽霊じゃないか。こんなに強い部下が居るなんて凄いんだな。…それに勝った俺はもっと凄いってことじゃないか?俺凄いな!
「それより残りのタイヤキを大人しく渡し、食べた分のタイヤキの代金を返せ!私が記紀弥様に怒られるんだぞ!」
「俺だってタイヤキ一つに千セルも払ったとか言ったら怒られるよ!自分自身に!」
「安心しろ。千セルというのは嘘を暴くための嘘だ」
やっぱりそうだと思ったんだよ。タイヤキ一つで千セルもするわけないさ。
「本当は一つ二百セルだ」
「納得できるけど高い!…あれだ、宝箱売れば良いだろ」
「最近買った保温機能つきの宝箱だ。売るわけにはいかないな」
く、どうしても俺のタイヤキと金を奪うつもりか。
「なら勝負するしかないな。ちょっとタイヤキを宝箱に入れてくるから待っててくれ」
タイヤキは冷めないように、保温機能つきの宝箱に入れておく。
さて、主人公の実力を見せてやるか。
「戦う前に一つ聞きたい。操ると変化させるの違いってなんだ?」
俺にはこの二つの違いがよくわからん。もしかして普通に操るのと同じことが出来るのに、弱そうに見せかけて油断させようとしている可能性もある。…どっちにしても本気じゃないと勝てないのかもしれないが。
「判りやすく言うと操れる時間の違いだ。そうだな、飛んでくる看板を停止させて跳ね返すことを例に説明するよ」
看板といえば台風の時とか飛んできそうなイメージがあるよな。
「本来は止めてから跳ね返すまでを一つの動作で出来る。だが私は止める動作と逆の向きに飛ばす動作を別々にする必要があるんだ」
「神酒の方が凄くないってことだな」
「何かバカにしたような言い方だな。とにかく!タイヤキを奪った恨みは大きいぞ!たあぁっ!」
神酒が普通に斬りかかってくる。俺は横に飛んで避けようとするが、一瞬体が動かなくなったため神酒の攻撃が掠り当たりする。
「あー、そうか。技名を言わなくても能力って使えるのか。水圧圧縮砲!」
距離をとってから魔法弾で攻撃する。今日の武器も水鉄砲だ。
ちなみに技名を言わなくても技を使えるのは俺もなのだが、俺の場合は技名を言ってからじゃないと魔法弾を作るのが遅れるんだ。条件反射みたいなものかな。
それと技名言わないと主人公っぽくないからな。
「反射!そして巻き戻し斬り!」
神酒は俺の水圧圧縮砲をはね返し、そして斬り上げようと攻撃してくる。
俺ははね返った水圧圧縮砲は避けられたが、斬り上げは直撃して軽く上に吹っ飛ぶ。
なるほど。巻き戻しは相手を飛ばすのが目的だから峰打ちなのか。しかも能力で正確な方向に吹き飛ばしてる!
「落下斬り!」
「二度も喰らうか!踏み跳び悟キック!」
神酒が追撃するが足を曲げて避ける。そしてそのまま踏みつけるかのように神酒の後頭部を蹴り、主人公らしく華麗にジャンプして着地する。
「ふん。俺はお前がどれだけ強いかは知らない」
「とう!」
「いてぇ!待て待て!まだ台詞の続きがある!さっきの台詞だけで終わったら俺がアホみたいに聞こえる!」
人が喋ってるときは相手の目を見て黙って聞きなさいと言われなかったのか!ゲームでさえボスの台詞や過去話を聞き終えてから戦闘が始まるっていうのに!
「そんなものを聞く気はない!」
「ぎゃあっ!俺を何回斬る気だ!空気圧圧縮砲!」
「反射!」
「ぐは!」
神酒の連続攻撃に加え、近距離で使ったのにはね返された自分の技を喰らう。もう気分的に落ち込みそうだ!
「あ、あんまりだ。というか記紀弥は倒せたのに何でその部下に負けるんだ?」
「普通に考えたら接近が得意か遠距離が得意かによるな。…そうか思い出したぞ。いつだったかに記紀弥様はお菓子の事件の解決に向かった」
「水圧圧縮砲!」
「な?ぐぅ!」
話が始まったので攻撃してやる。さっきの仕返しだ、このバーカ。
攻撃を受けて倒れてる神酒に追加攻撃する。
「水圧圧縮砲!」
「停止!」
俺の攻撃は一瞬止められ、そのまま下に落下する。
「直進!」
水圧圧縮砲の水が地面に落ちる前に消える。次の瞬間、遠くで何かの悲鳴が聞こえる。
「な、なんだ?…タイヤキ屋が!」
後ろを振り返ると、さっきまであったはずのタイヤキ屋がばらばらになっていた。いいタイヤキ屋だったのに。
「一体何をした!」
「貴様の攻撃を凄い速さで直進させたのさ」
目の良い俺が認識できないとは何て速さだ!
「いや待て。神酒が動きを操れるのは一瞬のはずだ。何でタイヤキ屋まであの速さで飛ばせるんだ?」
「一瞬で十分だ。銃の弾だって同じだろう?撃つ瞬間に速度が高まり、撃った後も速度はあまり変わらずに敵に直進する」
へー。小学生の割にはなかなか賢いじゃないか。
「それにしてもタフだな。そっちがよければ寺の手伝いに欲しいくらいだ」
「人手不足か?」
「あぁ。一人問題ある幽霊が居てね。そいつが寺の雑用係を何人か連れてサボりにいくんだ。まぁ能力が様々なことをサボれる能力だから仕方ないことかもしれないが」
様々なことをサボれる能力か。…いいなぁ。
「ふーん。寺のほう手伝おうか?」
「え、いいのか?」
そりゃあこのまま斬られ続けるよりは何倍もマシだ。
「どうせタイヤキ代は返せないからな。それに記紀弥に誘われてたから、いつかは行くつもりだったし」
「そうか、それは助かる」
「その代わりというのもなんだけど、この勝負は俺の勝ちにしてくれないか?」
このまま勝負が続いてれば俺が勝っていたかもしれないからな。それに手伝いが物凄く大変な可能性もあるからこのくらいは認められるべきだ。
「…まぁいいだろう。じゃあ送るぞ」
「え?」
「直進」
能力で送るのだと気づいた時には既に空高くにいた。
「く、高山病になりそうだな」
そう発言したつもりだったが音速より速いのか、自分の声が聞こえなかった。
横を見ると神酒も同じ速さで飛んでいる。
そして次の瞬間には俺達の飛んでいく動きの向きが斜め下になっていた。
~毬の島~
地面にぶつかる直前に動きが一瞬停止し、普通に地面に着地できた。
「着いたぞ」
「怖すぎるぞ!本気で地面に突っ込むかと思った!」
しかしあれだけ直前で止められるということは、普段からあの方法で移動しているのか?でも記紀弥は船とか言ってたけどなぁ。
「本来なら地面をすり抜けるんだが、悟は幽霊じゃないんだろう?」
「人としても主人公としてもまだ先は長いぞ!」
別に幽霊の能力を習得してもいいが、有効活用できる自身はまったくない。それどころかやってもいない覗き疑惑をかけられそうな気がする。
「記紀弥様から言っていたんだが、夏にコートを着ているのか?」
「あぁ。それは当然だ」
「何でだ?暑いだろ?」
俺は年がら年中コートを着ている。だがそれは俺の家の風習がコートを着ることだったのが原因であり、俺自身のせいではない。
噂では赤ん坊の頃から着せられていたとかいう話もある。それが原因なのか、今では長い間コートを着ないと体調不良に陥ることもたまにあるほどだ。
…まぁコートを着る理由の半分は俺の趣味でもあるわけだが。
「暑いけど慣れてるなぁ。理由は俺に似合うからだ。俺の武器は銃系統だしな」
「あぁ、確かに似合ってると思うよ。主に水鉄砲しか似合ってないけど」
むむ、なんだかバカにされているぞ。
「このやろー、水かけて服透けさせるぞ。そして神様に見られろ」
「反射して悟の服が透けるな。見る奴が居るかは知らないが」
「この季節に水浴びしてたまるか!」
風邪とかひいたら薬代とかで所持金が減るじゃないか!
「到着。ここが記紀弥様の住んでいる毬の寺だ」
「ここが?」
神酒に連れて来られた場所はどう見ても寺ではなく、忍者屋敷のような二階建ての大きな家だ。途中にあった門には表札があったし。
「俺は小さな一階建ての寺を予想してたんだけどなぁ。最近の家は寺を内装してるのか?」
「そんなわけないだろう。この家は寺を守る為に建てられたものだ。寺を囲むように作られてるだけで、家の中に寺を内装してるわけじゃないぞ」
「あ、そうなのか?残念」
寺以外にも塔や洞窟が内装してあったら面白いと思うな。俺は絶対に住みたくないが。
「………ようこそ毬の寺へ。本当に来るとは思っていませんでした。神酒も気が利くようになってきましたね」
「ありがとうございます」
神酒に連れてこられた部屋には記紀弥が待っていた。
「遊びじゃなくて雑用かなにかの手伝いにきたんだけどな」
「………あら、そうでしたか。せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、神酒が遅いから私が終わらせてしまいました」
おぉ、偉そうな立場だから雑用は部下任せだと思ってたのに、ちゃんと自分もしてるのか!
「……とりあえず神酒、頼んだタイヤキを悟さんにも分けてあげなさい」
お、ラッキー!公園で結構食べたけど更に食べて良いのか!
「それは駄目です記紀弥様!このアホはすでに私達のタイヤキの多くを盗んで食べたんですよ!」
「……………それは貴方の管理にも問題はあります。それに神酒のことだからやり返したんでしょう?」
お、この戦闘の話題がきた!さっきの勝負は俺の勝ちにする約束だからな!俺の強さを知って記紀弥も俺の実力を思い知るだろ!
「はい。余裕でした」
「そういうことだ!…って、ちょっと待て!俺に勝ちを譲る約束はどうなった!」
「雑用は記紀弥様が終わらせたからあんな約束は無効だ!」
た、確かに雑用をやるかわりに勝ちを譲ってもらうって言ったけどさ!
「………まぁまぁ。それよりタイヤキを食べましょう。神酒、タイヤキは?」
「タイヤキはこの宝箱にあります。…あれ?」
神酒が急に立ち上がって辺りを見回す。どうやらタイヤキを入れた宝箱を探しているようだ。
「おかしいな。悟、タイヤキを入れた宝箱は?」
「俺は最後に公園で見たぞ」
「しまった、忘れた!」
おいおい、宝箱が置いてあったら間違いなく開けられて中身を取られるぞ。…いや大丈夫か。普通の人なら賞味期限を気にしてまず食べないな。
「ちょっと取ってきます!」
そういって急いで部屋を出ていく神酒。俺の分のタイヤキがなくなる前に取り返せると良いんだが。
「………それではお菓子でも食べましょうか。それと悟さんにお話があります」
記紀弥が押入れから、神酒が公園でなくしたはずの宝箱を取り出す。
「あれ、その宝箱はなくしたやつ?」
「……これはこの寺にいくつかある保存に優れた宝箱です。このお菓子のことは神酒にはどうかご内密にお願いします。つまみ食いするでしょうから」
普通に考えたら上司のお菓子を食べることはないと思うんだが。
「まぁお土産次第だな」
押入れの中にいくつかの宝箱が見えた。ということはお菓子はいくつかあるということ。それなりのお菓子は貰わないとな。
「………主人公様もお人が悪い。ちゃんと例の物はここに」
記紀弥が宝箱から黄金に輝くコインを取り出す。
「ほうほう。これは良いものだ。記紀弥、お主も悪よのう!ふははははは!」
「……いえいえ主人公様ほどではありません。うふふふふっ」
まるで主人公ではないような台詞だが、別に悪いことをしているわけではないので問題ない。誰かに斬られるようなこともないだろう。
「ほぅ。嫌な予感がしてすぐ戻ったんだが、予感は正解のようだな」
「………何奴っ!」
後ろを振り返るとそこにいたのは神酒だった。宝箱は持ってないが。
「もう私の顔を忘れたのか?…あぁ時代劇か」
「…………その顔は、神酒!」
このタイミングで俺と記紀弥は土下座をする。斬られるのが嫌なので一応は誠意を込めてあるぞ。
「記紀弥様、頭を下げる必要はありませんよ。二人とも平等に罰を与えますから」
お、記紀弥が相手でも戦うのか。ってか俺まで斬られる!お菓子隠してたのは記紀弥なのに!
「くぅ、実のヒーローがこんなタイミングよく現れるはずがない!正義の味方を騙るお菓子好きの悪党だ!出合え、出合え!」
「お菓子と聞いて来てやったわ!さぁ、お菓子はどこ!?」
俺の言葉で集まったのは海岸で出会った幽霊のキールだけだった。
「あ、神酒。頼まれた宝箱は倉庫に入れといたわよ。…あれ、そこのコート男は悟じゃないの。お菓子くれるってのはあんたなの?」
「それどころじゃない!お菓子の恨みで斬られる!」
俺は既に公園で斬られたのにまた斬られる!
「お菓子の恨み?あぁ、神酒ね。でもあれだけタイヤキ食べといて、まだ恨むほど食べたりないの?」
「あ!バカ!」
おや、キールが逆転のチャンスをくれたぞ!
「………キール、その話を詳しく」
「さっき寺の前で神酒に会って、宝箱を寺の倉庫に運んでおくようにいわれたのよ。タイヤキ一個の報酬で。そのときに宝箱のタイヤキを一つ私にくれて、残りを全部食べてたわ」
そしてキールはそのときに貰ったであろうタイヤキを取り出して食べる。全員の視線が神酒のほうを向いている。
「私は宝箱を運んで疲れたから寝てくるわ。じゃあね」
堂々とサボり宣言をしてキールが退場する。
「すみません、記紀弥様!お菓子の甘そうな誘惑に我慢が出来ず、ついつい食べてしまいました!」
謝罪の言葉を述べつつ神酒は土下座する。完全に立場逆転だ!やっぱり主人公は勝つ!
「………神酒、頭を下げる必要はありませんよ」
「記紀弥様…」
神酒は安心しているようだが、少し前の神酒の発言を考えれば罰は普通にありだな。
「……徹夜でくすぐりの刑はどうでしょう?」
「良いんじゃないか?眠いけど笑って眠れないってのは結構辛いからな」
「そ、そんな姿を他の幽霊に見られるわけにはいきません!」
確かに他の幽霊の上司的な立場だから他の幽霊に任せるわけにはいかないのか。
「…………この部屋でやるから大丈夫。鍵も掛けれるし防音だから」
忍者屋敷みたいな割には高性能だな。でもこの部屋は入り口が一つみたいだから大丈夫か」
「それだと記紀弥様の睡眠に影響が出ます!」
「……たまには良いじゃない。そうだ、魅異さんにくすぐり機を作ってもらいましょう!」
「そういえばこの島には勇者社があるのか。多分今から取りにいけばあると思うぞ」
魅異のことだから先読みして、すでに完成させてあるだろう。
「わかりましたよ。諦めて罰を受けます」
「ははは、残念だったな。…ところで記紀弥、この金貨みたいなのは本当はなにだ?」
「…………金箔で包んであるチョコです。美味しいですよ」
金箔だけ剥がして売ったらいくらくらいになるんだろうか?
「そういえば話とか言ってなかったっけ?」
「……そうでした。神酒、少し下がっていて」
「はい」
部屋を出て行く神酒。俺にだけ話したいことなのか?
「………最近特星内で降っている黒い液体については知っていますね?」
「あぁ。熱を吸収するとか言うやつだろ。おかげで秋の季節が感じられないよな」
本来ならば外を散歩したくなるような時期なのだが、原油かコーヒー的な液体が温度を奪うせいで寒冷化現象といえるほど寒いのだ。
その寒冷化現象はなんと俺の財布にまで及んでいる。普段は節約してお金を使っているのだが、生活する人数が二人に減ったので、わざわざ高級寿司を食べたりと無駄遣いしてしまったのだ。
このお財布現象は、雑魚ベーと雨双が事件に巻き込まなければ発生しなかった。よって俺の財布の中が寒冷化状態なのは、この黒い液体が原因といえるかもしれない。いや、間違いない!
「…………その液体の発生源が瞑宰京へ向かっているらしいのです。恐らく悟さんの持っているカセットが目的でしょう」
「そうか。って、何で記紀弥がそのことを知ってるんだ?」
俺でさえこのカセットのことを知ったのは数ヶ月前だ。その時点でカセットのことを知っているのはごく僅かの人数だった。
〔姫卸婆さんのことだ。海岸を調査に来た少女には教えてるんだろ。確かあの海岸は黒い液体が最初に降った場所だからな〕
うわ、ボケ役!急に話しかけると驚くだろうが!
「………あら?さっき聞こえた声は黒悟さん?何故あなたが悟さんと?」
「黒悟?ボケ役か?って、ボケ役の言葉が聞こえるのか!」
どうやら記紀弥はボケ役の言葉が聞こえるらしい。さらに記紀弥とボケ役は知り合いの可能性があるようだ。黒悟はボケ役の名前か?
〔げ、気づかれただと!?さすがは毬の寺のトップ!個人的な会話を聞かれて俺は恥ずかしいぞ!…でも魅異に聞かれるのだったら恥ずかしくないなぁ〕
そもそも個人的な会話なんて一切してないだろう。
「…………この場には居ないのですか。異次元的などこかでですか?」
〔ふはははは!よくぞ見破った!姫卸婆さんやアミュリーの住んでた場所さ。住所は当然違うがな〕
そういえばアミュリーは異次元の場所に住んでたし、姫卸の婆さんも波動でワープした海岸に居たな。
〔で、姫卸婆さんから聞いたという俺の予想はどうだ?〕
「………正解です。海岸を監視している姫卸さんなら何か知ってると思いまして」
〔姫卸の婆さんがしてるのは監視という名の覗きだけどな〕
姫卸の婆さんの場所を知ってるってことは、記紀弥も覗かれたことあるのか?
〔記紀弥、ツッコミ役が覗かれたことあるかだって〕
わざわざ言う必要はないだろう!俺が雑魚ベーと同じ扱いされたらどうする!
「…………悟さん。そのようなシーンを思い浮かべるのはどうかと思います」
「思い浮かべてないって!水着姿すら今頑張ったけど思い浮かばなかった!」
思い浮かばないというより、思い浮かばせる気分じゃないというほうが正しい。メリットが感じられない。
〔悟、記紀弥のコート姿はどうだ?〕
おー、思い浮かんだ!うん、コートは着る人を選ばない。誰が着ても似合うものだな。
〔コート姿なら思い浮かぶようだぞ〕
「………私は基本的に和服ですが今度試してみます」
和風マニア二号か。ちなみに一号は羽双だ。
〔さぁさぁ本題に戻りなさいって。魅異にはどんな服装が似合うかだっけ?どんなのも似合うよ!〕
戻る気一切ないだろ!
「えー、原因が近づいてるとか言ってたっけ?」
「…………えぇ。到着予想時刻が大晦日。敵は新年ぎりぎりにカセットを取り返すつもりかもしれません」
〔カセットの力で俺と魅異の結婚式を盗撮するつもりだな!〕
一体誰が何のためにそんな無駄なことをするんだ。そもそも結婚式の予定なんてないだろ。
…でも本当に何が目的だろうか?まさか全世界のコートを買収した後に全部重ね着するつもりか!?良い奴じゃないか。
「………ここからが大切なのでよく聞いてください。敵はカセットを狙って悟さんの元へ現れるでしょう。その前に対策会議をおこなうので、悟さんにはぜひ参加してほしいのです」
うーん、確かにカセットを持ってるから会議には出るべきだろう。でも主人公としての立場と出番が薄くなるのは困るなぁ。
〔俺は出たほうが良いと思うぞ?魅異から聞いた話なんだが、今回の事件で悟の隠された力が発揮されるとか言ってた〕
え、そんな主人公らしい展開が俺に!?でも俺って確かに秘めた力とか持ってそうなオーラが全開だもんなぁ!
〔はいはい。その秘めた力と主人公オーラは皆に見せるといいねー〕
「………なるほど!正義の心に目覚めた悟さんが世界を救う為に自らを犠牲に戦うのですね!」
そう、記紀弥の言うように敵は世界のコートと人類を脅かす大悪党!しかし正義感の強さゆえに俺は自らを犠牲に自爆特攻をしかける!そして敵の捨て台詞と共に爆発に巻き込まれて散るのだった!
〔見事にツッコミ役が死ぬじゃないか〕
そこは数ヵ月後に戻ってきて涙の再開とかそんな展開で大丈夫!
「ふふん!この主人公の有志を見たいなら仕方ない!対策会議に参加決定だぁ!」
「……涙無しでは見られない感動的な展開がありそうですね!あ、涙が出てきました」
〔…なんだか頭痛がしてきた。悪いが先に帰らせてもらうぜ〕
その後、俺と記紀弥で二日くらい徹夜で感動的なストーリーについて語り合った。そして寮に帰ってアミュリーに説教され、お土産を全部食べられたのだった。
更に数日後、何日か連続でくすぐりの刑を受けた神酒が立ち直れないため、手伝いに来てほしいと記紀弥から要請があるのだった。