二話 雷之々目 ~青き星の不思議な力
@悟視点@
白銀の金属フィールドが触れた雪を消し去る冬の季節。昨日は、久々の地球帰りをしたはいいものの、瞑宰県内で遭難寸前になるという慌ただしさだった。……だが今日は違う!雷之家という拠点はすでに手に入れた。さらには今日、テレビ局長の腹の内を調べるために行く地下都市は、人間の生活圏。県中の人間が集まる地下都市では、遭難するほうが難しいってもんだ。
「おはよう皆。今日も雷之家の当主日和な雷之 誉です。皆は昨日はよく眠れた?」
「雷之家に限らずコートが舞う主人公、雷之 悟だ。寝たら足と体調不良が治ったぜ。やっぱり瞑宰県は住み慣れてるからか、体がすぐに適応するな」
「雑魚ベーです……。寝足りませんよぉ。寝たのは深夜なのに……、早朝に起こされました。……しばらく、うとうとしてます」
「おはようございます。ふあぁ。……隙のない雷之 灯です」
朝だけど、雑魚ベーと灯はまだ眠そうだ。まー今は冬だし。外が暗いから起ききれないのは仕方ないか。……雑魚ベーは結構明るくても寝てたりするけどな。
「集まってもらったのは他でもない。雷之家の人間同士、親睦を深めようと思ってね。丁度僕の部屋におにぎりがあったから、これを朝食に一緒に雑談でもしよう。もぐもぐ」
「お、店売りのおにぎりだな。開け順は……もぐもぐ。ってか、その袋の中身はまさか全部おにぎりか!?なんでそんなに。もぐもぐ」
「このあたりにはお店がないから。気軽に買い出しになんか行けないんだ。もぐもぐもぐ……。ゴミ捨ても大変だから、おにぎり大量買いが一番楽ってわけだよ。パンは当たり外れが大きいからダメ」
「あ、私パジャマか。ちょっと着替えてきます」
「でも灯。昨日みたいな服だと堅苦しいっていうか、距離を感じちゃうって。この人たちには、パジャマのままの方がフレンドリーでいいと思うよ」
「そんな恰好私が嫌です!じゃ、着替えてきますから!」
部屋を出て階段の方に向かっていく灯。そういえば昨日、灯のあのパジャマは1階の部屋の扉に挟まってたっけ。地下に自分たちの部屋を置いて、1階に服置き場とは。昔の地球に比べて、本当に地下暮らしみたいなのが浸透してるんだな。
「ごめんね。妹はあまり機転が利かなくって……。男が幽霊として復活しているんだから、女の子と話すときには、可愛い子ぶった衣装を着てほしいに決まってるのにね」
「そりゃ偏見……ってか、お前の趣味だろ。むぐもぐ」
「お、なんだなんだ。僕の趣味を知りもしないで決めつけるなんて。……そういうのはよくないね。僕の趣味なんかでよければ答えるから、ほら、好きに聞いちゃってよ。僕の趣味を頭に入れたうえで議論しよう」
「じゃあ気になってたから聞くけど。お前のこの部屋中に張られてるお札はなんなんだ?趣味?」
「僕の趣味はといえば……。ん、ああ、この部屋のお札?これは僕の持つ目の力に関係していてね。幽霊が部屋に入らないようにお札でガードしているんだ」
「目?幽霊を入れない?」
そういえば昨日、誉との初遭遇時に霊がどうとか言ってた気がするな。俺たちが雷之家を拠点にできたのも、幽霊って名目があったからだし。……って、ちょっと待てよ?あのお札が幽霊避けってことは、部屋に入った俺が偽幽霊だってことがバレるじゃん!……ま、まあ気づいてないみたいだからいいか。
「兄さんは霊視をできる特別な目を持っているんです」
「お、戻ったかパジャマ。霊視って?」
「兄さん、今すぐこの緑男を家から叩き出しましょう」
「落ち着いて灯。僕は寒空の下で雑談したくない」
灯が戻ったから声をかけたが、どうやらパジャマ人間として見られるのはお気に召さないらしい。でも今着てるお堅そうな服は……何て呼べばいいのかわからん。偽スーツ人間?
「霊視というのはその名のとおり幽霊が見える力のことでね。雷之家には、昔から特別な目を持つ人間が多いんだけど、僕もその力を引き継いでいるんだ」
「へー」
「僕は幽霊が見える」
「俺だって見えるよ幽霊くらい。……あれ?でも幽霊って普通に観測されてたはずだよな?別に霊視ができるからって凄くはないと思うんだが」
「ふふふふふ、よくぞ聞いてくれた。実はね。この地球上には、観測されている幽霊の他にも、一般人には見えない幽霊がうじゃうじゃいるんだ。僕には、一般人が見ることのできない幽霊が見えるのさっ!」
「な、なにぃ?じゃあつまりお前、ゲームや漫画に出てくる設定みたいに、死んだ人間が全て幽霊になるってことかよ!?」
「そうだろうね。死者が全て等しく幽霊に……って説は今でも根強いけど、きっと当たっている。……幽霊は空中には案外少ないけど、地上には何重にも重なり、埋め尽くされるくらいびっしりいるんだ。霊視中はまともに外を歩けないよ」
ば、バカなっ。死後にどうなるかなんて確かめようがないから、いかにも実在しそうではあるが……。そんなはずはない!霊視や見えない幽霊なんてものが存在するなら、この俺に見えないのはおかしい!俺の視力をもってすれば、霊視で見える幽霊くらいなら見えるはずだっ!
「ふん、バカバカしい話だっ」
「おや。やはりそういう特別な目の存在は信じられないかな?君ならわかってくれると思ったんだけど」
「雷之家の特別な目、そして幽霊。どっちもあり得ない話さ。……雷之家に特別な目の力があるっていうなら、俺にも何かあるはずだろ?主人公なんだから凄い目の力があるはずだ。未来が見えるとか、弱点が見えるとかな。だが、俺はそういう特殊な力を持っているわけじゃない」
「え……ないの?」
「ないぜ。目に関する力……あえて挙げるなら、視力は結構いい方だけど。霊視と並べるほどの特技なんて持ってないぜ」
「別に霊視みたいに特殊じゃなくても。……例えば、視力ならどこか超人じみた場所まで見えるとか。視力っぽくなくても、相手の動きを見て、考えてることを的確に予知するとか」
そこまでできるなら、特星ではもはや魔法や特殊能力みたいな扱いになるんだろうな。残念ながら、俺には特殊能力以外の特殊な力はない。……いやまあ、コートを脱げば消滅するっていう、コート神特有の種族特性ならあるんだけどさ。雷之家の目の力みたいな、特技みたいな力は持ち合わせちゃいない。
「うーん……。心当たりがまったくないな。それに見えない幽霊の話も怪しいもんだぜ。誉、お前に見えない幽霊が見えるのなら、俺にだって見えるはずだ」
「……今さっき言ったじゃないか。霊視の力だよ」
「例え、霊視の力がないと見えない霊がいたとしても、俺なら霊視なしで見えるはずだ。だが俺は見えない幽霊なんてものは見たことがない。……なら存在しないってことだっ」
「まあ落ち着いて。つまり君は、自分の見たものじゃないと信じないことにしてるってことだね?」
「そういうわけでもねーけど。自分で導き出した推理とかは、確認しなくても真実だとわかるし」
「ふーん。……ちなみにその推理が確実に当たるとかは」
「いや、外れるときは外れる。でも、ハズレだとわかるまではいつまでも真実だよ」
「なるほどね。僕の感性とは合わない考え方だけど……。灯ー?」
「もぐもぐもぐ。んぐっ。……ヤバいよ兄さん。その人マジだよ。私ずっと見てたけど、私たちを欺こうとする意志はまったくありません。やっぱり雷之家の人間じゃない気が」
「なにっ?パジャマお前、見てるだけで心が読めるのか?」
だとすると思いのほか厄介だな。特星のことを思考から知られる可能性が……。いや、話すとアウトみたいな感じだったから心を読まれるだけなら大丈夫か?……ってか、もしそうなら霊視の話も本当ってことになるじゃん。じゃあどうして俺は、特殊な目の力を発動できないんだろう?
「お、疑いの気配を感じますね。どうします兄さん。私には人外との接し方なんてわかりませんよ」
「僕にだってわかるもんか。……だけど彼は、ここまでの会話で何度か主人公を自称している。何の前触れもなく唐突に、常に主張しなければならないかのように。これは間違いなく、昔の雷之家の人間か、その関係者の人間性だよ」
「そんな。私、信じたくなかったよ兄さん。雷之家のご先祖様たちがこんな感じの人間だったなんて」
「お前らなぁ。雑談とか言っておきながら、俺のこと探ってやがったのか。……まあいいや。それより目の力はどうやったら使えるようになるんだ?」
「むー。子供のころから普通に使えるはずですけど。ちなみに私の目は、相手を観察することで、その人の心の状態を感じ取ることができます」
「……僕の目の力についてもちゃんと話しておくよ。僕は目を開けている間、常に近場の人外の気配を感じ取ることができる。人外というのは人以外というわけじゃなくて、得体のしれないもの全般だね。悟君のように力の大きい人外であれば、気配だけでいる方向がわかる。……で、集中したときだけ見えない幽霊を見ることができるんだ」
誉の方は、目の力なのに見なくても効果が発動するのか?ってことは、霊視も幽霊を見るというよりは目で感じ取るって感じか。……なら俺に幽霊が見えないのも仕方がない気もするな。目で見ることに関しては得意だが、目で気配を感じるなんておかしな真似はできないぜ。
「じゃあ霊視の力はおまけの効果だってことか。……もしかして目の力って結構差があるのか?効果範囲とか二段効果とか、誉の方が強すぎる気がする」
「実際、兄さんの目の力はすごいですよ。雷之家の日記によると、目の力が強いほど社交性や人間性に疎くなるらしいですから。人付き合いの悪い兄さんの目の力は、相当だということです」
「僕は人付き合いが悪いわけじゃないよ。僕のやり方で人付き合いをしたいだけで。……まあだからこそ、悟君ならすごい目の力があると期待してたんだけどね。期待外れだったよ」
「俺の人となりを見たのに、社会性や人間性がないように思えたのか?誉、お前やっぱり目の力とやらを持つだけあって、感性がどこか鈍ってるんじゃないのか」
「うむむ。どうにもそうらしいんだよね。……わかってはいるんだよ。僕から見れば非常識に見える君たちも、普通の人からすると当たり前の立ち振る舞いをしている。人外だとかは抜きにしてね。……わかってはいるけど。客観的に見れないんだ。君たちのどこが常識的なのかが僕にはまるでわからない」
「に、兄さん……!客観性まで失っているなんて。今言ったことに関しては、兄さんの感性はまともです!自信をもって!」
な、なんてことだ。目の力を持つと、ここまで客観的に物事を見れなくなるのか。灯も誉も感性がおかしいらしく、俺たちが変人のように見えてしまっているみたいだ。くっ、俺のような主人公であれば、目の力を手に入れても正常でいられただろうに!きっと、一般人には荷が重すぎる力だったんだろう。
「聞いたか雑魚ベー。過ぎた力を持つと、ここまでモノの見え方が歪むらしいぜ。……雑魚ベー?」
「すううぅーっ。すうううぅ~っ」
雑魚ベーの奴、ずっと静かだと思ってたが寝てやがるじゃないか!……はー、やれやれ。久々の地球帰りで、すでに1日経ったってのに。未だにまともな人間が俺しかいないとは。癖のある仲間が増えると常識人ポジションに収まっちまうところが、主人公の辛いところだな。
雷之家で交通費を受け取り、何時間か歩き続け、地下都市への入り口にたどり着いた。どうやらこのエレベーターで地下都市へ降りるようだ。
「おおっ!これが地下に降りるエレベーターですか!いやー、雷之家から結構な時間歩きましたけど、ようやく地下都市に到着できそうですねぇ!歩いたおかげでお腹ぺこぺこですよぉ」
「そりゃこっちのセリフだ!俺が朝食食ったのは、お前が雷之家で起きる3時間も前なんだぞ。……ここが地球でなければ10回は撃ってたところだ。叩いて起こすにしても返り血ついたらやだし。結局、寝ているお前を起こすことができなかった」
「おおーっ。あの悟さんといえども、地球ではこんなにも優しくなれるんですねぇ。いっそ5年くらい地球で共に過ごし、性根が優しくなるかどうか試してみます?」
「バカ言うなよ。お前なんかと5年も暮らせば、俺は生まれて初めて殺人に手を染めちまうだろうぜ。じゃ、下ボタン押すぞー」
[ごおおおおおぉ、ピンポン]
「……もう着いたみたいです」
「早っ!1階分くらいしか降りてないんじゃないか?これなら階段でもいいだろうに。……受付みたいなのがあるな」
エレベーターで降りた先はあまり広くなさそうな部屋だ。受付カウンターと小屋みたいな建物が一つずつ、それと奥には広めの通路が見える。長い通路の一番奥には、大きめのエレベーターの扉があるな。受付には、瞑宰県って文字がプリントされた服を着てるおっさんがいる。
「いらっしゃいませ。こちらは地下都市20番ゲートになります。どうかなされましたか?」
「俺たち地下都市のテレビ局に行きたいんだけど。この辺にあるのか?」
「えーっと。地下都市にある施設へ行く場合は、あちら側の通路を進み、地下都市へ繋がるエレベーターにお乗りください。こちらは地下都市のマップが載っているパンフレットになります。どうぞ」
「じゃあここは中間地点みたいなものですかねぇ?でもどうして直通にしないんですか?」
「地下都市には、瞑宰県地上ほどのエレベーターが設置できませんからね。地下都市のエレベーターは3方向から出入りできるようになっていて、それぞれの通路の先にゲートがあるという構造なんです。これはどこかのゲート1つが使用不能になっても、残り2つのゲートから出入りできるというリスク分散の効果を期待してのものです」
「地下側にエレベーターが1つあれば……地上側に3つで……。いやでも、それって地上に出やすくなるだけだろ?地上に出ることが容易くても、地上で遭難する可能性が高いんだから、ほとんど意味ないんじゃないか?」
「そうなんですよね。私もここに務めて長いですけど、ゲートを通って地上に向かった人は、大体すぐに地下に引き返してきますよ。10年ほど前まではゲートの係員へのクレームも多くて……辛かったなぁ」
「恐らく、地下都市に人を呼び込むための宣伝狙いでしょうねぇ。不測の事態に備えているとわかれば、住民が地下都市へ入ることの抵抗感も和らぐでしょうし。地下都市の暮らしが快適であれば、地平線が見えそうな瞑宰県地上を渡り歩く気は失せるでしょうから。メインショット領でも似たようなことやってますよぉっ」
精神的に外に出ることを諦めさせるわけか。エレベーターは県職員の管理下みたいだし、県長が地下都市に肩入れしてることは確実だな。……この場合、県長と局長のどっちを倒せばいいんだろ。雷之家を陥れさせなければいいんだから、地下生活への影響力を持つ局長を狙うべき……ってことでいいのか?
「なあ。一つ聞きたいんだけど、地下都市では県長とテレビ局長のどっちが偉いんだ?」
「県長とテレビ局長ですか?そうですね。仕事が違いますので、どちらが上というものでもないのですが。地下都市への影響力という点では、テレビ局長の方が上かと」
「でも地下都市は瞑宰県にあるわけじゃん?県長が市民の生活になんか言ったりとかもできるんじゃないか?」
「えーーーっと。現状、地下都市はいずれの県にも属さないということで、瞑宰県長もテレビ局長も合意していますので。国からの要請がない限りは、瞑宰県長が地下都市の住民に対して、口出しすることは難しいかと思われます」
「え、県長は地下都市で働いてるんだろ?県外にいる扱いなのか?」
「そうです。役場等の公共施設が地下都市に置かれているのも、あくまで県民の利便性を考慮してのことです。瞑宰県としては、地下都市が県の一部であるという認識はありません」
「……県というのはもしかして、地下の管理は管轄外なんですかねぇ?」
「あ、はい。随分前に土地の概念が見直された際に、県の高さの範囲は地表から大気圏までと定義されています。地中は、日本には属していますが県には属していません。戸籍上、住所はいずれかの県に属していなければならないので、地下都市民が県に支払う税金などは戸籍に準拠します」
戸籍って何だろ……。なーんか大昔に地球で聞いたことある気がするが、特星にはない概念だからよくわからんな。住所があるってことは、特星本部にある個人データみたいなもんか?……あまりややこしい固有名詞が出てくると、話がかみ合わなくなる可能性があるから危険だな。怪しまれて、局長にまで話が伝わるってこともあるかもしれない。警戒されたら厄介だ。
「雑魚ベーっ、どうやら県長は地下では大した力を持っていないらしい。やはり狙うは局長だっ!難しい話になってきたし、ボロが出る前に早く局長のところに向かうぞ!」
「え?は、はい。あのでも悟さん、言葉は選んだ方がいいですよぉ」
「ああ、テレビ局長に近づいて出世狙いですか。別に県職員は、テレビ局との繋がりはないのでご心配には及びませんよ。ではご武運を」
エレベーターに乗ること数分。エレベーターが到着したのはまたもや人のいない部屋の中だった。だがさっきと違うのは、正面の扉の先には外があるということだ。扉の向こうにある道路の先には、人がちらほら歩いている。そう、ついに噂の地下都市に到着したようだ!
「見えるか雑魚ベー!あの自動ドアの先に見える明かりがよっ!死人が眠る墓よりも下に、光の差す野外が存在してるぜ!」
「お、今日は久々にポエマー調ですねぇ。じゃあ今は朝ってことですか?」
「いや、毎朝の日課のは季節を入れて……って、それより早く地下都市の空を見ようぜ。……あの光の色合いなら、人工の空を再現してるんじゃないか?交通費を賭けてもいい」
「勝てない勝負はやりませんよ。それに空に似せた照明の可能性だって、お、おおおおぉっ!」
「ほらな。やっぱり天井は青空だ。あれは……柔軟性がありそうな感じのパネルみたいなもので作られているな。しかも特大サイズの奴をいくつか繋ぎ合わせてるのか、うっすらと繋ぎ目が見えるぜ。それと雑魚ベー、あっちには太陽とかが見えるだろ」
「え、ええっ。はあぁ~っ、地下にこれほどの青空を再現するなんて、……すっごい」
「あの太陽は照明を吊るしてあるものだぜ。強力な光を放ってるからわかりにくいかもしれないが、パネルの隙間から、ヒモみたいなものが太陽に向かって伸びてる。……あっちに見える山は本物っぽいが、その奥のちょっと色が違う山はパネルの背景だな。あそこが壁ってことは、この地下帝国は瞑宰県の広さを余裕で超えてるはずさ」
「ちょっと悟さんー!人が感動してるのにいちいち水を差すようなこと言わないでくださいよぉっ!」
「え、いや別にそんなつもりはねーけど。ただまあちょっと、朝からずっと視力自慢をしたい気分だったから都合がよくてな」
「そんなピンポイントな気分が発症する訳ないでしょうに、もう」
うむむむ。ほんの少しだけ雷之家の目の話を引きずってるのかもしれない。色々地下都市内を見回してみたが、化け物の姿が見えたり、気配を感じるというようなことはないみたいだ。雑魚ベーの顔を見て、なにかを察せる力とかも…………やっぱりなさそうだよなぁ。
「あの別に怒ってませんから、そんなしょんぼりとした顔で私を見つめないでくださいよぉっ!不気味というか、精神の圧迫感を感じますから!せめて、睨むくらいにしてください!」
「睨むも何も、お前の顔には用はないぜ。……にしても、雑魚ベーってやたらと綺麗な肌してるな」
「……あのねーっ。地中にこんな凄い世界が広がっているってのに、私のお肌を気にするのはどうかと思いますよぉっ!ほら悟さん、回れ右してください。一回転の半分をぐるっと」
「小言の多い奴だな……。ほらよ、これでいいかー?」
「ここは地下、ですが周りには山も空も太陽もあるんですよぉっ!どう考えたって凄いことです。……悟さんだって、ついさっき実物を見るまでは、楽しそうに語っていたじゃありませんか。もしかして、思ってたよりも期待外れだったんですか?」
「いや、よく見なくてもいい出来だよ。地球にしてはな。……でもやっぱり、特星に地下都市を作るほうが、俺が興奮するような出来栄えになるんだろうなーって感じだぜ。この地下都市だと、どうしても舞台裏を見てるような感覚になっちまう」
「舞台裏ですか?」
そう。天井にあるパネルに空を映すやり方とか、照明を吊るして太陽に見立てるとか、こういうやり方だけでも地球っぽさを感じてしまう。作り物っぽさを意識しちまうって感じか?
「いい感じに例えるとだ。舞台が本物だと信じて見ていた子供が、主人公役と共演のチャンスが到来。でもいざ舞台に上がってみると、舞台裏が見えてしまい、舞台が作りものだという先入観を植え付けられてしまう……みたいな」
「わかるような、わからないような」
「作り物でも、地図が作れないくらい広くて高けりゃ、気にはならないんだけどな。建物内と感じるくらい狭いからダメなのかも」
「しっかりしてくださいよ。せっかく今回は地図もありますし、地下都市の全体像もわかっているから道に迷う心配もないんですよぉっ。目的地のテレビ局までの道もバッチリです」
「そういうのがなーっ。そういうのが、俺の勢いをそいでる気がするんだよなーっ。主人公の冒険心をさーっ。……とはいえ、テレビ局に向かうしかないのも確かだ。じゃ、行くかぁ」
「テレビ局はそっちの方向ですよぉっ。ていうか、悟さんは地図を持たないんですか?地球出身なんだから私より読めるでしょ」
「そもそも、野外の地図はごちゃごちゃしてるから苦手なんだよ。直接見た方が覚えやすいし。そういうわけで案内は任せた」
「仕方ありませんねぇ。こっちですこっち」
雑魚ベーに先導されて、テレビ局のあるという方角に歩いていく。行き先の方角は、地下だっていうのにかなりの数のマンションが建っている。こっち側なら、地下だってことがあまり気にならないな。一番奥の壁が見えないから。
テレビ局に着くまでの間に、この地下都市がどの程度地上っぽいのかがわかるだろう。夕方や夜があるのかとか、天候は変わるのかとか、地球の技術でどの程度再現できているのか見物だな。ま、もっともテレビ局までの距離なんて俺は知らないけど。時間は掛かるだろ多分。
なんか、テレビ局までの移動で何か大事なことを忘れてる気がする。えーっと、移動中にどこか寄るとかか?……飯かな。昼食を食べなきゃ餓死するかもしれないし。よーし、テレビ局に向かう途中に適当な店でランチタイムと洒落込むとしよう。