一話 地中を求める地上人の一族
@悟視点@
「……君。そろそろ……。起きてくれ悟君……!」
「ん。うぉっ!」
こ、ここは……車の中か!そうだ、県長の車で雷之家に向かってる途中だったな。シートベルトが久々なもんで、起きていきなり体が拘束されてるのかと思ったよ。
「もうすぐ雷之家に到着するよ。私が話すべきことは概ね話したつもりだが。なにかわからないことはあるかね?」
「え!?わ、わからないこと……?もう、話は終わっただと?」
「ああ。いや私も驚いたよ。まさか本当に睡眠しながら応答できるなんてね。正安から睡眠学習の話を聞いたときには、何をバカなことをと思ったものだが。……さすがは悟君。正安の授業を睡眠学習だけで理解しただけのことはある」
な、何をバカなことを!そんなの居眠りしてた時の言い訳に決まってるじゃねーか!しかも授業って……地球にいた頃の話だぞ!なんで今になってそんな話が出てくるんだ!
「はっ!そうだ雑魚ベー!おら起きろ雑魚ベー!今から大事な話のおさらいするからよーっ!」
「んぅー……、もー、騒がしいですよぉ。私は悟さんと違って、いっぱい寝なきゃダメな体質なんですぅ……、すうぅ」
「よし県長。今起きた雑魚ベーのためにもう一回話してくれ」
「え、彼はそれで起きているのかい?それにもうすぐ雷之家に着くから手短になるが」
「構わないって!細かい部分とかは、睡眠学習で理解している俺が後で教える!さあ、バカなこいつでもわかるように簡単な感じで頼む」
「ふむ。ではまず何度も念を押していることだが。特星や特殊能力の存在がバレるような発言には気を付けることだ。君たちは私と会ったときにも普通に特星関連のことを話していたからね。知らない相手に話してしまわないよう気を付けたまえ」
「特星の存在を知ってる相手になら話して大丈夫なのか?……って、雑魚ベーが聞こえない小声で言ってるぜ」
「悟君にも言ったけど、私はそのあたりの仕組みに詳しいわけじゃないんだよ。私に話しても大丈夫なのだから、多分大丈夫だとは思うのだがね。保証はできない。話題を出さないに越したことはないだろう。無論、人前で特殊能力を使うなんてのは以ての外だ」
む、特殊能力を使うのもダメなのか。そうなると、もしも雷之家の奴らに襲われたときには肉弾戦で敵を倒すしかないな。日本の法律的に戦闘沙汰は起きないと思いたいが……、あの天利の家系だからな。主人公である俺を狙ってくる可能性は十分ある。
あと特星の話題を出せないとなると、俺の過去についての説明が厄介だな。雷之家の人間として訪れるわけだし、過去について聞かれるかもしれない。どうしよ。
「次に雷之家への同行ついてだが……、恐らく私は同行できないだろう。先代の私のときから県長として瞑宰県中の土地を買収してきたせいか、どうにも警戒されてしまっているようでね」
そういえば、この県長は3回も戸籍を変えながら瞑宰県長の座に居続けているんだったな。買収を嫌う人間からすれば、県長というだけで門前払いされる可能性だってあるわけか。
「つまり俺らはあんたの代理ってことか。だが県長のあんたが警戒されてるのに俺らが入れてもらえるのか?……と、雑魚ベーは疑問視しているようだ」
「正安は言っていたよ。門を突破できる人を呼んでくると。だから君たちならきっとできるはずだ。それに雷之家は身内には親切らしいから、頑張って」
身内といっても、今の雷之家って天利ですら面識がないらしいからなぁ。多分校長は、天利を頼るつもりで門を突破できるとか言ってたんじゃないか?……って、それじゃあ俺は本命じゃねーってことかよ!?
「ふん、まあそこは安心しておきな。敵の本拠地に乗り込むのは得意なんだ」
「そうかい?最後は肝心の交渉のことだ。見返りについてはもう私のほうから伝えてあるからね。追加の要求次第で土地を譲るという話になったら、私に連絡を頼むよ。連絡先はそこの名刺に書いてあるから」
「ああ」
「さあ、間もなく到着だ。二人共準備を頼むよ」
ここが雷之家か。やっぱりどうみても家っていうより基地だな。深夜なのに外を照らすサーチライトが明るい。敷地はそれなりに広そうな感じだ。
「おい雑魚ベー、起きっ……降りろ!ドアは開けてやるから」
「んー?さ、寒ーっ!?ちょ、ちょっと悟さん!いきなり冷風を流し込まないでくださいよぉっ!一瞬で眠気が吹っ飛んだじゃないですかー!」
「起きてから結構経ってるのに眠気も何もあるかよ。それより雷之家に着いたぜ」
「え?いや私は今起きて……って、なんですかこの要塞!特星の個人住宅と比べて、ちょっと厳重じゃありませんかねぇ」
「雷之家本家は昔から、個々人が変わった才能を活かして稼いでたらしいね。平成エイプリル事件後も早急に体勢を立て直し、生活するのに不便すぎる地上に住み続けるほど小リッチな一族なんだ。……じゃ、私は地下で追加要望用の書類作成の準備をしておくから。話が決まったら連絡よろしくね」
「話がまとまったら俺たちにもお礼くれよ」
「ははは。期待していいよ」
県長は車に乗って走り去っていく。ふむ、地球在住の県長だけあって、お礼のほうはしっかり準備できているようだな。
「じゃあ行くぜ雑魚ベー。インターホンを頼む」
「あれ?でも悟さん。今って深夜で真夜中ですよねぇ。地球だとこんな時間にお邪魔しちゃうものなんですか?門前払いされて、この寒空の下に放り出されるんじゃ」
「え……?ああっ!?……け、県長っ!?」
後ろを振り返るが、すでに車で帰った県長の姿はない。車はすでに遠くの、魔法弾すらも届かない位置を走っている。
「ボケてんのかぁーっ、あのじじいはっ!?こんな深夜じゃ大半の奴が眠ってるに決まってるじゃねーか!何考えてんだ!?」
「県長さん、地下に戻ると言ってましたからねぇ。もしかすると、地下での生活に慣れすぎて、地上人としての生活スタイルを忘れてしまったのかもしれません」
「そんな理由で真冬の野宿を強いられてたまるか!くそっ、こうなったらやるしかない!何としても雷之家を説得して俺たちの宿を確保する!押せ雑魚ベー!」
「はいっ。インターホン、ぽちっ」
[ぴんぽーん……………………はい、……こちらは雷之家ですが、くぁ~……なんの御用でしょう]
お、出たか。どうやら応対してくれるようだ。インターホンに出たのは女子っぽい声だが、眠そうな感じだから起こしちまったようだな。
「悪いな。夜中に起こしちまったみたいで。俺たちは県長の使いでやってきたんだ」
[ああ、あの人の……。こんな夜中に……。いえ別に起きていましたから気にしてませんよ。雷之家は昼夜問わずモノの流れを見定めていますから。それはそれとして、深夜に相手宅に訪れるのは、一般常識としてどうかとは思いますけど]
「だから、起こして悪かったって言ってるだろ。入っていいか?」
[いやいや!だ、ダメです。しばらくは取り込み中なので。明日のお昼ごろ……というか、その話はお断りするのでやっぱ来ないでください]
「ここを突破しなきゃ凍死しちまうぜ。俺たちはこう見えても遭難中なんだ」
[はい!?そ、遭難?あの、失礼ですけど、どうやって本家までお越しに?]
「県長から車で送ってもらったんだよ。あの野郎はさっさと帰りやがったけどな!」
「あの、今日のところは出直しますから。県長に迎えの連絡を入れてもらえませんかねぇ」
あれ、雑魚ベーは出直すつもりなのか?なにを弱気な。こっちは雷之家の主人公だぞ。俺は今日中に雷之家に入れてもらって、土地も渡させて、明日にはここを拠点に地下都市見物と洒落込みたいんだ。
「いや待て。出直すつもりはない。なんたって俺は雷之家の一人、雷之 悟なんだからな!今日は雷之家の一員としてここに泊まらせてもらう!」
「悟さん!?いくら親族だからってそんな無茶な」
[雷之家の一員……ですか?んー、でも雷之 悟なんて名に聞き覚えは]
「俺は雷之 天利ってやつの子供なんだ。家系図みたいなやつはねーのか?天利の名前なら載ってるはずだ」
[ええーっ。……わかりましたよ、少しお待ちを]
「急ぎで頼むぞ!凍え死ぬときは入口の高級インターホンを道連れに死んでやるからなー!」
「悟さん……。親戚相手とは言え、ちょっと馴れ馴れしい気がしますよぉ」
下手すりゃ死ぬからな。俺だって多少は本気にもなるさ。地球で死んで幽霊になれるやつもいるが、幽霊との遭遇率的に死者全員が幽霊ってわけじゃないだろうし。復活させてくれる魅異とかも……あいつはあまり頼るべきじゃない気がするんだよな。俺の本能が、奴とは距離感が大事だと叫んでいる。
とにかく、今の俺に死亡という状態異常をどうにかする術はない。死後の第二の人生もあてにはできねえ。どうにか雷之家の一人であることを証明して、地球での活動拠点を手に入れるしかない!
「はっ、……くしゅん!」
インターホンの主を待つこと……どのくらい経った?少し前から小粒の雪が降り始め、寒さに拍車をかけている。く、あと数時間もすれば、雷之家のインターホンと共にこの地に倒れ伏すことになる。くうう、早くしてくれー!
[お待たせしました。まだ、居ます?]
「何とか持ちこたえいますよぉっ!」
「どうだ!?俺のことを信用する気になったか!」
[まだ居たんだ……。それがですね。天利さんという雷之家を出ていった方が、一応いたみたいなことは確認できたのですが]
「歯切れが悪いな。まさか奴が雷之家を出ていったから、子供である俺も入れられないってのか?」
[いえ。ただ天利さんが家を出たのが、平成40年代頃なんです]
「うん?まあ、そうだろうな。俺が寮に入る前に住んでた家は、俺が生まれる何年か前に建てたものだと、小さい頃に何度も聞かされた覚えがある。俺の生まれは平成45年だし、天利が雷之家を出たのは家の建設が終わったからだろうな」
[や、やっぱり!ついに正体をつかみましたよ!あなたは死して尚、雷之家に未練のある幽霊なんだっ!]
「なにっ?」
「悟さんが幽霊!?」
な、なにを意味の分からないことを!確かに俺は、地球で一度死んでコート神の体をもらったり、特星消滅に巻き込まれて復活したりの経験はあるけど。たかがその程度の心当たりしかないはずだ!幽霊みたいに半透明でもなければ、壁にもぶつかる!
「ふん、勝手なことを抜かしやがって。俺が幽霊ならなんで門の前で立ち往生してるってんだ!すり抜ければ早いだろ!」
[全ての幽霊が壁をすり抜けるとは限りませんよ。幽霊は世界的に研究が進められているものの、未だによくわからないことが多いそうですから]
「あのぅ。そもそも、どうして悟さんが幽霊だと思ったんですかねぇ?」
[若すぎるからですよ。雷之 天利の子供にしてはあまりにも若い。……しかし嘘をつくにしても、平成40年台という昔の生まれをあまりに自然に受け入れている様子でした。私のような現代っ子の感性じゃありません。……となれば、その悟という方は本当に平成45年の生まれで、今は雷之家の前にその若さで存在している。もうこれは幽霊としか思えませんねー]
若すぎるだって?……はっ!そうか、地球には不老効果がないから!俺が特星で年を取らずに過ごしている間も、地球の連中は年を重ねていくんだ!地球人からすれば、天利の年齢は3桁突入しててもおかしくないほどの超高齢!なのに天利の子供である俺が高校生なもんで、違和感が生じちまったってわけか!
「く、迂闊だった!天利の子供だと明かすべきじゃなかったのか!」
[大方、学生時代に事故って死亡したとかでしょう。こんな時代になってもさ迷うなんてご苦労なことです。地下が生きた人間の領地になりつつある今、幽霊は居場所探しが大変そうですね。……だからって雷之家に来られても困りますけど」
「疑問に思うのは仕方ないけど幽霊じゃねーよ!生の真人間だ!」
[そうですか?でも、幽霊じゃないなら入れてあげられませんよ]
「「ええ!?」」
[あなた達のことを兄に話したら、興味を持ちましてね。人ではない気配を感じるって。中に入れてもいいと言われたんですけど。そっかー、ただの不審者じゃ入れるわけにはいきませんねー]
「いやいや、悟さんなんて幽霊みたいなもんですよぉっ!私が保証しますから開けてくださいよぉっ!」
「つーかお前!元から入れるつもりなら天利の生まれが云々言ってないで、さっさと門を開けやがれってんだ!」
[私は、あなた達のような得体のしれない人間を家に入れたくないんです。でも凍死しそうで助けてほしいというから、兄に相談して承諾は得ておいた。……あなたは助けを乞う側、あなたは決定権を持つ私に助けを求めているわけです。そういう力関係を踏まえて、もっととるべき態度があると思いません?]
「ん、なるほど。つまりはお前を倒せば決定権が手に入るってことか」
[うーん……。昔の幽霊に今風の道徳を説くなんて、私がバカだった。でもこれで人間の思考をしていないことはわかりました。疑いようもなく幽霊ですね。門のカギは開けておきますのでお入りください。……ザザザー]
「はぁ!?……ど、どうやら、俺の心にもない返答を信じ込んだ……ってことだよな?つまり全ては俺の作戦通りに事が進んだのさ!はん、幽霊だと思い込まされているとも知らずに、バカな奴め!」
「人間の思考をしていないって言われてましたけど」
「幽霊と思わせるためのカモフラージュだよっ!ほら、さっさと入るぞ!」
秘密基地的な外見とは裏腹に、雷之家の中は意外と家らしい作りになっている。入口こそ金属の自動ドアだったが、入ってすぐに広めの玄関と廊下があるから違和感が凄い。
「お邪魔しまーす。はぁ、ようやくこのボロ靴とお別れだ。帰るときには土産に靴貰おうぜ、靴」
「お邪魔しますよぉっ!って、中は結構和式なんですねぇ。家の外見はあんなでしたが」
「旅館でも改築したんじゃないのか。……にしても、出迎えが来る気配がないな。好き勝手に使ってくれってことか」
「そういう解釈をされても困るんですけど」
「おっと。お前は……インターホンで対応した奴か」
廊下の横にある部屋から出てきたのは、見た目が中学生くらいの女の子だ。ぱっと見お堅そうな服装だが、ドアの隙間にパジャマが挟まってるから急いで着替えたんだろう。俺たちは別に服装なんて気にしないのにな。
「そうです。雷之 灯と言います。雷之家当主の妹ですが、兄がちょっと変わりものなので、私が雷之家を取り仕切っています」
「へえー。悟さんみたいに漢字一文字の名前なんですねぇ」
「え?……まあ、そうですけど。名前を聞いただけでよくわかりましたね。日本人の方……ですかね?」
「ああ、私の紹介がまだでしたねぇ。私は雑魚ベーと言いますよぉっ!私の家も由緒正しい家系でしてねぇ。一族代々少女を愛し、真のロリコンとしての道を歩んでいますよぉっ!」
「…………そう、ですか。……変わったお友達をお持ちみたいで」
「ん?ああ。やっぱり貴族ってのは頭おかしい奴が多いんだな」
「き、貴族ぅー?はっ……ごほん、すみませんつい。じゃあえっと……とりあえず当主の兄に挨拶でも。こちらです」
足早に廊下の奥へと歩いていく当主の妹。よく考えたら、あの灯ってやつは女学生っぽいからな。代々ロリコンの家系だなんて紹介されたら警戒して当たり前か。
「シャイな子ですねぇ。結構、余所余所しくありませんでした?」
「バカ、怯えてるんだよ。どう見てもあいつは女子中学生か女子高生だろ。ロリコンが泊まると言われたら警戒するに決まってる。好みは小学生だから手出ししないってフォローしとけ」
「女子小学生の方相手でも手出ししませんよ。というか、少女に発情すれば消滅する呪いのことを明かせば、彼女も安心するかもしれませんねぇ」
「そんな変な呪いを信じる地球人はいない」
「酷い言われようですよぉっ!」
灯の後をついていくと、階段を下りた先にある地下部屋の前にたどり着く。ぱっと見、地下廊下の方が一階よりも掃除が行き届いてる感じがするな。床や壁に埃がほとんどない。
「地下にもこれだけの部屋があるのか」
「地下は4部屋あります。地下都市計画が発表されたころに、県が無料増築サービスを実施していたとか。私が生まれる前の話ですけど」
「無料とはすごいですねぇ。私、神社やお寺の建築を少しやったことありますけど、土台作りで穴を掘るのに一苦労しましたよぉっ!地下室作れなんて言われたら、私ならお金取りたくなっちゃいますね」
「えええっ。本当に貴族ですかあなた。……まあいいや。兄を呼ぶので少々お待ちください」
[こんこん]
「兄さんー?例の雷之家を名乗る人を連れてきたけど、部屋に入れるよ?」
「ああ。人ならざる者の怪しい気配が伝わってくるよ。是非入れてくれ」
「はいはい。ではどうぞ」
「「うわっ」」
部屋に入ると、部屋中のいたるところに張られたお札が目に入る!床、壁、天井という風に、この部屋を包囲するようにお札が張られてやがる。家具とかは普通みたいだが。……兄ってのは、ベッドで寝転びながらマンガ読んでるあいつか?ぱっと見、俺らよりも年齢高そうだが。
「やあ、どうも。雷之 誉です。字はそこのノートに書いてあるとおり。幽霊に君たちのことを聞いていたんだけど、宇宙人じゃないかって噂になってたよ」
誉の指さす方を見ると、『雷之 誉』と名前の書かれたノートが。別にわざわざ気を使わなくてもわかるのにな。
「幽霊から聞いた?」
「兄さんー?久々の来客くらいはしっかり対応してください。雷之家の威信に関わりますよー?」
「ははは。漫画読みながら話したほうが消費人生が少ないじゃないか。それに大事な客人は灯が担当するだろう。僕に確認取ったってことは、雷之家の威信に関係のない厄介な客なんじゃないのかい?」
「あはは、まさか。雷之家の身内のお客さんにそんなこと思うわけないよ、うん。こちらが雷之 悟さん。そしてこちらが雑魚ベーさんです」
「厄介な客とは失礼だな。俺は主人公だから上客だ」
「初めまして!好みの対象が女子小学生の雑魚ベーですよぉっ!」
「うわぁ……」
「灯からある程度のことは聞いているよ。瞑宰県長の使いで来たそうですね。なら用件はこの土地を売ってほしいという話でしょう。あと宿の確保も」
む。もう少し打ち解けてから交渉しようと思ってのに、話が早い。まあ、あまり詮索されても本当の素性は話せないから、助かるといえば助かるけど。
「話が早いな。県長が追加条件とかあれば言ってくれだとさ。どうせ県長や県の金だ。俺も交渉に協力するから、ぼったくり価格で売り払って山分けしようぜ」
「僕たちの家を売って得たお金を、どうして君たちに払わなければならないんだい?」
「いやほら。……例えば本来2億で売れる家を、俺の力技でなんとか5億で売ればだ。プラス3億円。俺に1億セ……こほん、俺に1億円払ってもお前は2億円得をする。しかし俺が協力しなければ得はないわけだ」
「ふーん。しかしだ。そんなうまい話があるとは考えるべきではないね」
「そんな話はありえないって?じゃあ希望価格を言いな!それに上乗せして払わせて見せるぜ!」
「そうじゃなくて。君の交渉後に、僕がその事実を県長に伝えて再交渉すればいいんだ。……さっきの例えで言えば、君が5億円まで値を釣り上げた後、僕が再交渉して4億5000万円で売る。県長は5000万円分得をするし、僕たちが追加で貰える額は2億5000万円になる」
「へぇー……って、俺の貰える分が消えてるっ!?」
「中間にいる人間を値上げに利用して切り捨てる方法さ。価格決定後なら、間に余分なものを挟まないほうが儲かるんだよ。……そしてこんな話をするからには当然、僕は追加条件で儲けようなんて気は全くないというわけさ」
く、予定が狂った!この交渉があるからこそ、俺は地下都市旅行を満喫できるはずだったのに!ここで稼げないとなると、俺の日本円残高は無一文同然だ!地下都市のロマン商品を目の前に、虚ろな目でウィンドウショッピングをしなければならなくなる!……こうなったら県長の報酬に期待をかけるしかない。
「この家は、雷之家が長年守り続けてきた聖地のようなものです。兄も私も、雷之家の由緒正しき血の定めに従い、この地を守り続けていくつもりです」
「いや僕はこの家を売るつもりだよ」
「「えぇ!?」」
「に、兄さん!?」
あ、あれ、どういうことだ?売るつもりはなかったんじゃないのか?売るつもりなら、どうして追加条件で値段を上げるつもりはないと言ったんだ!?あっ、兄の方がついに漫画を手放したぞ!
「兄さん、一体どうして急にそんなことを?」
「急にというか、僕は前々から売るべきだという考えだよ。だってよく考えてみなよ、灯。この瞑宰県の地上には何もないんだ。店も学校も、県外か地下都市にしかない。瞑宰県中が県の私有地だから、配達サービスでさえこの家にたどり着くことはできない。……ここはすでに現代人が生活できる環境じゃないのさ。灯だって気づいてることだろう?」
「確かに、通学がきつすぎる感じはしますけど。関係車両しか進入できないから、兄さんに送ってもらえないし。……じゃあ、なんで今まで売らないようにしてたの?」
「ここからは悟君や雑魚ベーさんにも聞いてほしいことなんだけど。実は地下都市計画に関わるある人物が、雷之家をやたらと敵視しているんだ。そいつが地下都市ではかなりの権力を持っていてね。僕たち雷之家が地下に家を持てば、昔のように目の敵にされるかもしれないんだ」
「そういえば、お父さんやお母さんからそんな話を聞いた気が。……地下都市の権力者と呼ばれているのは、一人しかいませんね。私の中学校は地下都市にあるから、噂はよく聞くよ」
「そう。その人物は、地下都市においては県長並みの権力を持つという、瞑宰県テレビ局の……局長その人だっ!」
「なにっ!?テレビ局の局長だと!?」
瞑宰県テレビ局といえば、俺が地球にいた頃のバイト先じゃないか!……食事からロケット製作まで、いたるところにセンスと発想力が求められていた、いわゆるクリエイター時代。あれから何十年も経っているこの新時代に、まだテレビ局局長なんていう肩書が残っているのか。つーか、俺が働いてた時と同じ人物なのかな。
「地下都市において、テレビ局局長の影響は大きくてね。学校や交通インフラ、病院などといった特殊施設以外に対しては、結構な影響力を持っているんだ。他県の地下都市計画にもよく名前が出てくるから、地下都市の第一人者みたいなもんさ」
「相手が悪いよ……兄さん。いっそのこと転校して、県外の地上に住んだ方がいいんじゃないかな」
「でも灯。他の県でも地下都市化が進んでいて、一部の県ではすでに住民の半数くらいが地下に移り住んでいるんだ。地上は廃れる一方で先がない。まあ世界樹に住むとかいう、とんでも県もあるにはあるけど……あれだし、落ちたらきっと死ぬだろうからね。ははは」
「兄さんは高いところ苦手だからなぁ……」
「県長であれば、局長をどうにかできるかもしれないけど。でも、彼は完全には信用できない。瞑宰県中の土地を買い集める理由が……どうにもわからないんだ。僕たちへの妨害工作にしては大掛かりすぎる。それに、今や時代遅れのロケット事業を続けてるのも気にかかるし。……地下都市への移住を推奨しているから、局長と繋がってる可能性は十分にあるんだけどね。2人は何か知らない?」
「そんなの、主人公の俺には大方予想がつくぜ。……県長は異星人と繋がっているのさ。で、異星人の来訪を感づかれにくくするために地下に住民を移住させてるんだろう。ロケットは異星人を迎えるために常に万全じゃないといけないから整備しているんだ。多分な」
「……やっぱりこの人たち頭が」
「まあまあ。昔のオカルトブームは今以上に熱狂的だったと言うし。昔から居る人外であれば、そういう考えに至っても不思議じゃないよ」
まるで信じてもらえる気配がないが、自分では割といい線行ってる予想だと思う。瞑宰県の地上にあるロケットの発射場の多くには、ロケットがあまり置かれていないからな。どちらかといえば着陸専用って感じだ。これは多分、どこに降りてくるかわからない特星ロケットの着陸難易度を下げるための物なんじゃないか?
「あの、いいんですかねぇ。県長さんの使いである私たちにそんな大事な話をして。誉さんって、県長さんを疑っているんでしょう?」
「そうだね。でも、単なる雇われの君たちならまだ信用できる」
「おいおいおい。県長の褒美で、明日には県の大社長かもしれない男だぞ」
「先代県長もそうだったけど、今の県長にはなんとしても県長を続けようという意思がある。君たちのような……言っちゃ悪いけど、悪評を確実にもたらすような部下を絶対に持たないはずだ。正直、君たちが県長の使いだという話も信じ難い」
「そこは私も疑問でした。前に訪問してきた、校長を名乗る人は礼儀正しそうでしたよね。校長もあなた達も県長からの使いという話ですが、とても同一人物が差し向けたとは思えません」
うぐぐっ。特星の事情さえ話せれば、誤解は解けるのに。秘密にしなきゃいけないことが多すぎて、常識の欠片もないみたいな言い方をされてる。校長よりも非常識みたいに言いやがって。
「だけど。だからこそ僕は、君たちと組むことに決めたよ。……追加条件として、局長について調べてくれ。彼が、雷之家に対する敵意をまだ持っているかを知りたいんだ。もちろん、君たちの雇い主である県長には秘密でね」
「ちょっと待て。県長の協力なしになんかやれっていうからには、俺たちへのお礼とかあるんだろうな?」
「この家に寝泊まりして、凍死せずにすんだってだけじゃダメかい?それに、君たちを雇った県長も報酬は出すだろうし」
「つーか、瞑宰県テレビ局って今では多分地下にあるんだろ?俺たちの所持金はなんと0円だ!報酬を先払いしてくれなきゃ、テレビ局にたどり着くことはできないぜ!」
「そっか。じゃあテレビ局までの交通費はこちらが出すよ」
「あのぉ兄さん。今日はもう夜も遅いから明日にしませんか。今から交通費とか調べさせられたら、私死んじゃう」
「そういえば、今は深夜だっけ。無理させたみたいで悪かったね、灯。本当はこの後みんなで雑談でもしようと思ってたんだけど、明日にしようか」
「うん。それじゃあお先に。私は部屋に戻るよ」
灯は眠そうにしながら部屋を出ていく。あいつ確か最初、雷之家は昼夜問わず起きてるみたいなこと言ってたけど。やっぱり普通に寝るんだな。
「じゃあ君たちも悪いけどまた明日。寝泊まりは向かいの2部屋が空いてるから自由に使ってね。トイレは1階の入口の近く。お腹がすいたら……僕の部屋に何かしらあるから、夜食が欲しいときは僕に言ってくれればいいよ」
「ありがとうございます!これでようやく眠れますよぉっ!じゃ、悟さんも誉さんもおやすみなさーい!」
「んー。俺も寝るか。じゃ、空き部屋借りるぜ」
「ああ。明日は頼んだよ」
どうやら、校長に頼まれた県長の依頼は、明日局長を調査しなければ達成できないらしい。……あえて話をまとめてみたが、なんて紛らわしいんだ。
ま、買い物はともかく地下都市を見て回ることはできるだろう。地上を捨てた地球人に果たしてどの程度の生活が送っているのか。はー、明日が楽しみ。