十九話 日常に流れるカード群
@悟視点@
梅雨の湿気が気怠さを感じさせるこの季節。先週に大量購入したカードは大丈夫だろうか。神酒の頼みで買ったこともあって、折角だから毬の寺に保管させたんだが。
「そういえばデッキ研究とかするつもりだったっけな。結局、あの日以来カードに触れてもいないけど。記紀弥から連絡ないってことは置いてもらえたってことだよな。ああー……暇だー」
梅雨の時期で、外では雨。とてもじゃないが出歩く気にはなれん。だが目が覚めてから、すでに30分は過ぎている。寝たまま天井を見続けるのにも飽きてきた頃だ。
「どうにかして、この退屈な状況から脱却しないとヤバい気がする。きっとストレスで気が狂ってしまう。……だが、梅雨の雨音が俺の活動を押さえつけているぜ!そもそも、こういう太陽も月も見えないような日ってのは主人公映えしないからなー!」
だ、ダメだー。声を張り上げようが梅雨のダルさには負けちまう。それに早朝から叫んでるってのに、寮の誰も文句を言いにくる様子がない。ここに乗り込んできた敵を返り討ちにさえすれば、そのまま気分が乗って暇つぶしに出かけることもできそうなのに!
く、何事もないがゆえに動けない!これほど主人公にとって恐ろしい事態はないぜ!今日は週末だが、今週の全ての日が、今日みたいな退屈デーという形で終わりを迎えている。これは主人公に敵対する悪の組織の天候操作戦術に違いないな、うん。
[こんこん]
おや、誰か来たみたいだ。もしかして苦情で戦闘を仕掛けに来たのか?普通の用事だと、こんな朝早くから部屋を訪れたりしないだろうし。
「はいはい。苦情の勝負は受け付けてるぜ」
「おはようございます。朝早くからすみませんね。起きている様子だったので、早めに用件を伝えておこうと思いまして」
「おや、苦情じゃなさそうだな。何の用だ?」
ドアの前にいたのは、全身真っ赤な雨合羽を着た、……学生あたりかな?寮に住んでる連中と同じくらいの年齢に見える男だ。でも多分、見たことないな。寮生ではなさそう。
「えーっと。一応確認ですが、あなたが勇者社でカードを100万枚買った水鉄砲の方、ですよね?」
「うん?ああ合ってるよ。100万円分のカードを買わされたコートの方だよ。店員に刀で脅されたから仕方なくな」
「そ、そうなんすか?ああいえ、会えてよかった!私も裏ステドリーマーが好きな一人でして!100万枚も購入されたあなたを愛好会にお誘いするために来たのですよ!」
裏ステドリーマー?……あー、あのカードゲームの名前か。そういやそんな名前してたな。……しっかし、カードを100万枚買ったら愛好会へのお誘いねぇ。どう考えても、エサとして見られてるような感じがするぜ。俺の住んでるところもばっちり知ってるし。
「古臭い悪徳商法の気配がするな。相手は選んだ方がいいぞ」
「まあまあ。そこそこ悪いことする組織で、それなりに悪い人たちですけど。特星本部が動くほどの悪人でもないから大丈夫ですよ」
「やっぱり悪いのか!人手不足の特星本部基準なんてあてにならん気もするが」
悪人と言われてすぐ思いつくのが、特星に大軍を引き連れてきた無双あたりだが。そのレベルとなるとまったく勝ち目はないんだよな。他には悪の科学者エビシディとか。天利も悟ンジャー内では悪の総帥王だったりする。あとは特星の人物じゃないが正者とかな。
「でもまあ、逆に悪の組織とか言われると気になってくるな。星とか割ったりするのかな」
「は、はい?……えっと、まあ気が向いたのはいいことっすね。行き先はこちらのパンフレットの場所です。参加条件に書いてありますが、ご自慢の裏ステドリーマーのデッキをお持ちください」
「おやパンフレットまであるのか。へー。……あれ、この主催者のレッドカード団って前に聞いたな。勇者社で喧嘩売ってきたやつが口にしてたような」
「喧嘩売ったってことは、チンピラ風の巻き上げ部隊ですね。実際に殴られはしなかったでしょう?彼らは最初に精神的揺さぶりをかけ、カードを賭けた戦闘を持ち掛けることを得意とします」
「俺がカードを買うのを止めて、現金を持ってこうとしてたぜ」
「あー、本当にチンピラ化しちゃったやつですね。偶にいるんですよ。そういう人はレッドカード団からも除名されますけどね。では私はこれで」
3人がかりで賭けバトルを仕掛けるのも、十分チンピラだと思うんだけどな。普通はあまり受けるやつのいない賭けバトルを、最初に脅かして持ち掛けるわけだし。
にしても、カードを賭けたバトルを仕掛け、カードを巻き上げるというチンピラ部隊。それに自慢のデッキを持ってこいという愛好会。レッドカード団ってやつの狙いが、俺のデッキである可能性が高そうだよな。……こんなカードを集めてどうするっていうんだ?
雨の中、パンフレットに書いてあった建物までやってきた。勇者社のワープ装置で移動して、すぐ近くにあるドーム状の建物だ。中も結構広そう。女子中学生くらいの受付もいて、思ったよりも適当ではなさそうだ。
「こんちわー。お呼ばれしたから主人公が来てやったぜ。なんとかドリーマーの会場はここで合ってるよな?」
「は、はい。……あのー、タオル、お持ちしましょうか」
「別にいいよ。防水コートだからな。あそこのパーティ会場っぽいところに入ればいいのか?」
「はい。あ、デッキだけ見せていただいてもよろしいでしょうか?中身は開示しなくてもいいので。補充デッキは結構です」
「ちゃんと持ってきたぜ」
「はい確かに。では奥へどうぞ、お客様」
さて。ここが愛好会に呼ばれたやつらの集まる場所か……って、うお。な、なんだこのカードだらけの会場はっ!?前に勇者社で、合計1万枚を詰めた箱を見たことあるが……それを何個も集めたようなカードの束が、あちらこちらに置いてあるぞっ!
客層は学生っぽいのから小学生くらいまで様々だが。動きにくくて高そうな服を着てる奴らがかなり居るな。地球かよここは!公式の場でお堅い服を着飾るやつが、特星にこんなにも多くいたなんて!
「君が雷之 悟だね。俺のレッドカード団に喧嘩売ったって噂の」
「うん?なんだお前。赤っ」
後ろから声をかけてきたのは、赤い服で身を包んだ目に悪そうな男だ。身長は同じくらいだし、多分こいつも学生か?俺のレッドカード団ってことはこいつが黒幕?
「お前か?悪の組織の大ボスは」
「ん?悪の組織だなんてとんでもない。ちゃんとルールに則ってカードを集めるだけの集まりさ。だけど喧嘩を売られるのは好きじゃなくてね。活動のついでにお前を懲らしめるつもりさ」
「なんだと!?ん?」
水鉄砲を構えると、何人かのサングラスをかけた学生っぽいやつらが俺の前に立つ。惜しいな、すぐに撃ってたら守られる前に倒せたんだが。……女子小学生もいるな。雇われか?
「手荒な真似はやめておいたほうが身のためだよ。出入り口も俺の雇った学生が見張っているからね。なに、大人しくしていれば痛い目に遭うことはないさ。悔しい目には遇ってもらうけど。……じゃあ俺はスピーチがあるからまた後で」
「けっ。本当に俺が悔しがるかどうか楽しみだぜ」
「ふふふふふ」
余裕ある感じの笑いを残して、赤い男は壇上へと上がっていく。ふん、俺から強力なデッキを奪うつもりだろうが、そうはいかねえぜ。あいつは知りようもないことだが、俺が持ってきたのは初期デッキのみ!奪われたところで問題ない!勇者社に申請すればタダで手に入るんだからなっ!
「ようこそ、裏ドリに魅入られた皆様方。俺は愛好会の主催者であるレッドカード団の代表、城赤です。この度はお集まりいただき」
つまらなさそうな挨拶が始まったな。さて、強行突破してもいいんだが、悪の組織に集められたって割には観客たちは特に焦ったりしてる感じでもないんだよな。もしかしたら、勧誘に来たやつが手柄欲しさに、俺をおびき寄せるための嘘を言ったのかもしれない。他の客……そこの男に話でも聞いてみるか。
「おいお前、ちょっといいか?」
「あ、はい。なんです?」
「お前やここの奴らはどういう理由でこの愛好会に来たんだ?上等な服を着てるのも結構いるみたいだが」
「知らないんですか?レッドカード団の城赤といえば、学生にして2億セルほどのカード資産を持つという、特星カードゲーム界におけるスタープレーヤーなんですよ」
「2億セル?あいつのカードが」
2億セルのカード資産だって?じゃあ、あいつが持ってるカードを全部売れば、2億セルを超える価格で売れるってことか。紙束でそこまで大儲けできるってのはやべーな。
「そうです。彼は一つのカードゲームで1000万セルは稼ぐ凄腕。最近は高額カードの半分近くを売り払って、この裏ドリに参入してきたんです」
「ふーん。じゃあお前らはこのカードゲームのファンっていうより、あいつのファンなわけか」
「いやぁ、ファンというかお近づきになりたいというか。あ、でもこのカードゲームは好きですよ?バランスが悪くて、ネタ的な感じで。専用デッキ全然組めないのがきついですけどね」
「雑ぅーに作ったらしいからな。ちなみに目の前にいる男が主人公で大金持ちだったとして、ここに来てる奴らはファンになんのかな?」
「あなたが?ええー……言っちゃあ悪いですけど、その緑色の地味なコートをどうにかしないと無理じゃないですかね。その身だしなみでお金持ちと言われても、ちょっと信憑性が」
「衣服全部真っ赤よりはセンスあると思うがな」
「せめて、濡れたコートと髪は拭いた方が……」
ああ、そういやタオル借りなかったんだっけ。まさかまともな雰囲気の会場だとは思わなかったからな。防水コート自慢とカッコつける気持ちもちょっとはあったけど。
「しかしここに集められた皆はただの勝負にも飽きているはず!そこで、レッドカード団による特殊な催しを開催したいと思います!」
「あ、静かにっ」
「特殊な催し?レッド野郎め、なにか企んでやがるのか?」
「催しの内容は賭けバトル!皆さんは俺たちレッドカード団との賭けバトルに参加することができます!やるやらないは自由!賭け数も皆さん方の自由!レッドカード団側は8000万枚までの賭けカードを用意しています!」
レッド野郎の提案に会場がざわめき始める。まあそりゃそうだろう。カードゲーム好きだからって愛好会に来てみたら、カードを賭けた勝負をするって言ってるんだもん。……しかし8000万枚だって?
「1枚1セルでも8000万セルだと?いやハズレカードならもっと値が下がるか?」
「いえ。今はまだ一部のレアカード以外は市場価格が安定していません。城赤さんがどんなに弱いカードを用意しても1セルの価格はつくはずです。……初期デッキのカードでなければ」
「お前も随分詳しいな」
「カードゲームをやるなら価格を調べる。これは基本ですよ。価格のいいものは基本的に強いですからね。裏ドリはまだ価格が安定していませんけど」
「ああ! 初期デッキのカードが多いのかもという不安もあるようだね。しかしご安心を!レッドカード団の賭けるカードに初期デッキのカードは入っていません!さらに、8000万枚目の賭けカードは固定でこのカードといたします!」
レッド野郎が豪華な装飾の小箱をあけ、その中のカードを提示する。すると会場の一部から驚いたような声が上がる。
「あれは!激レアカードの【殺意の魔弓】!約200万セルもの価格がつくとんでもないカードですよ!濡れコートさん!」
「8000万セル儲かるし、雑魚カード8000万枚のほうがお得じゃないか?」
「8000万枚も賭けられる人なんて、それこそ城赤さんくらいじゃないですか。賭けカードはお金持ちに削らせて、なんとか最後の1枚を狙うべきです」
「確かにそういう手もありそうだが。……お前なら最大何枚賭けれる?」
「僕ですか?デッキと補充デッキで約5000枚、家にあるのも賭けれるなら10万枚くらいですかね。新しいカードゲームなのであまり買ってないんですよ」
この会場にいる人数は50人ってところだ。ここにいる全員が家のカードを賭けたとしても、あのレッド野郎のカードを削り切れることなんてできるのか?連勝すればいつかはできるにしても、8000万枚を削り切るってのは厳しい気がする。
「ん。お客人!そこの考えこんでいる場違いなお客人!」
「誰が場違いだ!つか、なんのようだレッド野郎!」
「ちょっと失礼。……さて、ここからは物の試しというやつだよ!どうだ?よければ俺と実際に賭け勝負してもらえないかな、場違いの言葉に反応したお客人」
「撃ち倒そうとした俺に近づいたことは褒めてやる。だがいいのかよ。俺はたった100枚のカードしか持ってないんだぜ」
「ははは。構いやしないよ。もしも家にカードがあるというのならそれを賭けてもらっても構わない。……もちろん俺に勝てる見込みがないなら、100枚賭けて、家にある初期デッキを渡してくれてもいいよ。俺はこう見えてもプロだからね。負け腰で挑むのも仕方ないというところさ」
「はっ、見え見えの挑発しやがって!まあいい乗ってやるよ!100万枚だ!俺は100万枚のカードを賭けてやるよ!」
俺の言葉に会場中が少しざわつく。一番驚いてる様子なのはさっきまで話してた男だな。正気を疑うような眼でこっちを見てるや。
「おや、いいのかい?補充デッキもないようだから、俺はそういうデッキに強いデッキを使っちゃうよ?」
「ふん、その真っ赤な衣装に勝る赤さをくれてやるよ!赤っ恥をな!」
「それは俺も楽しみだね。久々に赤っ恥をかく人を見ることができそうだ。審判!あとの説明は頼んだよ!」
お、レッド野郎の呼びかけで、奥のドアから誰か出てきた。あれは女子小学生だな。……ん、あれ、あの用紙にはどこか見覚えがあるような。
「皆様ごきげんよう。私が審判を務めさせていただきます。特星本部のマメ カーテンレースと申しますわ。って、見たくない顔がいますわね」
「あ、そうだ。マメってあれか!闇の世界にいたお化粧女子小学生か!高値で売れる弓をドロップした記憶があるぜ!……こんな怪しげな連中と繋がってたのか」
「おや。君たち知り合いだったのか。彼女は俺が依頼しただけの審判さ。レッドカード団の関係者じゃない」
「知り合いだなんて!私はただただ持っていた武器を奪われた被害者ですわ!」
「闇の世界は異世界扱いだったはずだぜ。自己責任だが戦利品ドロップは問題ないはずだ」
「く。まあいいですわ。今日は公正な審判ですもの。で、ルール説明でしたわね?」
「ああ。公式ルールは俺より君のほうが詳しいからね」
「わかりましたわ。えー、まずルールですが、公式戦で採用されている専用の特殊能力によるジャッジを行いますわ!すべては特殊能力による自動判定!審判にはルールを説明する義務は生じませんの!」
マメの言葉に会場内の一部がざわつく。ってか俺も結構驚いたよ。まさかこのカードゲーム専用の特殊能力まで用意してやがったとは。公式戦もあるようだし。ボケ役のやつ、今回の件ではかなり好き勝手に権力行使してやがるみたいだな。
「だがそれだと、ルールの理解度でかなり差が生じそうだな」
「開発者曰く、それを解き明かすことも勝負の内だそうですわよ。誰か、知り合いの方からもなにか言ってほしいものですわね。ねえ、そう思いませんこと?」
「いやー……俺もボケ役とはそこまで深い仲でもないからな」
「続けますわよ。プレーヤーは特殊能力を使用可能!ただしカードや相手プレーヤーを直接妨害するものは反則負けとなります!審判とプレーヤーへの攻撃も禁止!このあたりも特殊能力で自動判定されますの!」
「特殊能力ありだと!?じゃあ例えば心を読める特殊能力者がいるなら」
「ええ。その程度なら普通に通ると思いますわよ。あくまで経験則ですけれども」
なら、使える特殊能力があるかどうかでかなーり差が生じてくるな。相手の手を読むなんて心を読めなくてもできそうだし。能力次第では、1ターン目に一撃必殺コンボを確定させられるんじゃないか?
「大方、説明は終わりましたわね。では両者デッキを」
「あ。悪いけどお客人方、少しこの辺から離れてください。俺のデッキを用意しますので。審判と対戦相手のあんたも少し下がって」
「うん?」
レッド野郎が、俺や観客たちを離れさてスペースを作っていく。なんだ?結構な広さのスペースになってるが、ちょっと場所取りすぎじゃないか?
[どおおぉん!]
「うおおぉっ!?天井が落ちてきた!?い、いや!なんだこのカードの束はー!?」
まるでカード製の釣り天井と思えるくらい、かなりの高さと奥行きを持ったカードの塊。な、何枚あるんだこれ?1万枚入りの箱の大きさで考えると……縦5、横10、奥行き4くらいになるのか。200万枚くらいはあるんじゃねえの?
「階段を頼むよ。赤き世界に続く、20万枚のカードの階段を」
「はいっ」
どこからともなく赤い服の連中がやってきて、見覚えのある箱を積んでいく。あれは勇者社でみた1万枚入りの箱だな。えーっと……うわ、本当に20万枚ある。レッド野郎め、紙束の頂点で偉そうに胡坐かいてやがる。
「改めてようこそ、チャレンジャー。俺はレッドカード団の団長、城赤!学生ながらに特星カード界の頂点に君臨している!果てはカードによる世界統一を果たすつもりさ」
「う。紙束の上から見下ろされるのは癪だが、……さすがは悪の組織の団長様をやってるだけのことはある。前置きはなかなか悪くないみてーだ」
「見下しているわけではないさ。ましてやレッドカード団は悪の組織でもない。力を高め、チームで結束し、更なる上を目指す者が……なぜ悪者扱いされなければならない?上へ上へと突き進んでいく俺は悪役か?……ちがうね!俺は紛れもなく主人公だよ!君もそう思うだろう、チャレンジャー?」
「あぁー?前口上はともかく、勘違いの甚だしい奴だなお前。主人公に敵対するお前が悪役で!悪役の目標を妨害しようとしてる俺が主人公だよ!」
「悪役の目標を妨害?ふっ、魔王を討伐する勇者気取りかな?そんな主人公が現実にいるわけないだろう?勇者や魔王は特星には存在するけどね」
「てめーこそ、スポーツとか競技系漫画でよくある主人公気取ってるじゃねーか!本物の主人公を前によくもぬけぬけと言えたもんだぜ!」
「あらかじめ目標を持っている者こそが主人公さ。そこに妨害を仕掛ける者が悪役だよ。つまり君が悪役ってわけ」
「お前みたいな悪役が先に悪事を企てるんだよっ!それを止めることが主人公の役目だ!悪役が現れるから、目標ができちまうんだぜ!」
「ふん、生きる目標もない堕落者か。お前などに主人公は似つかわしくないね!」
「はっ、目標の高すぎる暴走者め!お前には精々悪役がお似合いだよ!」
「二人とも。試合を始めるために、早くデッキに触らせていただきたいのですけれど。試合中なら持ち時間を過ぎてしまいますわよ?」
「「おっと」」
うっかりしてたぜ。ついレッド野郎の口車に乗せられちまった。頂点を自称するだけのことはあって、口先の小細工はそれなりに使いこなせるみてーだな。試合中にやられてたら、本当に待ち時間を使い果たしてたかもしれない。
「これが俺のデッキだ」
「はい。……表示も問題ありませんわね」
「表示?うお」
マメの視線のほうを確認すると、俺の背後の空中に映像が浮かんでいて、ライフとデッキ枚数と持ち時間が表示されている。……あ、マメがレッド野郎のデッキに触れると向こうにも表示されたな。そして向こうにはもう一つ映像が追加される。あれは補充デッキの枚数……そんなことも触れるだけでわかるのか。敵の補充デッキ枚数、端数なしの250万枚だって。
「デッキのシャッフルは自動で行われますので必要ありませんわ。それではバトル開始、ですわ」
マメの開始宣言とともに、レッド野郎の映像には前半の文字が現れる。向かうからの先手のようだ。ふん、お手並み拝見させてもらおうか!
「俺はドリームカードの【山分け装填ドロー】を使用するよ。俺のデッキの全カードをドローして、ランダムな手札半分を相手プレーヤーへと受け渡す」
「は!?ちょ、ちょっと待てうおお!?」
俺の手中にカードがあふれ出てきやがった!や、やべえ!手札から2枚カードを落としたしたら反則負けになっちまう!こうなったらしかたない!
「俺は場に一列積んでいく!ちょっと待ってろ!」
「待つわけないでしょ。俺の持ち時間が消費されるのに」
手札は手に持っていることが基本で、2枚地面に落とすことで即反則負けになる。だが、公開状態にして場に一列だけ積むことは許されている。重要な手札だけ非公開状態で手に持てばいいのさ!ただし積む時には表側にして積む必要があるから時間がかかる!
「消費すればいいんじゃない。俺のドリームカードを使ってくれてもいいんだよ?」
「いくつか見たけど全部ドローする効果のカードだろうが!俺が使えば更に手札増えるだろ!それに俺のデッキは……」
俺の残りデッキ枚数は10枚もない。敵のドロー効果の中に、俺にまでカードを引かせる効果のものが結構な数入っていたからだ。つーか、俺のほうがドロー枚数多いことがほとんどだった!1ターン目の前半で、俺の手番まだ来てねえんだぞ!何十枚も追加ドローさせやがって!
「ふ。俺は補充デッキからカードを補充するよ。とりあえず300枚で。もっと補充したいけど、デッキが崩れて反則負けになるかもしれないからね」
「こっちも積んでる方の手札が崩れそう!でも手持ちのカードも落ちる!」
「ドリームカード【ワンバウンド】を発動。俺は好きな枚数デッキにカードを戻し、お互いにその枚数の2倍の数だけカードを引く。そっちの残り枚数は7枚だね。じゃあ俺は10枚くらい捨てようかな」
「デッキ切れだよ!くそ!」
両腕に持ってたカードを投げ捨てるが、カードは地面に落ちる前に消えてしまう。そうか、そういえば送り付けられたカードだったな。
「ふん!大層な口を利くからどんなデッキを使うのかと内心期待してたんだけど!まさかの初期デッキだとは!俺、あり得ないくらい幻滅しちゃったなぁ!」
「ん?ああ、そこから観客を味方につけてこき下ろそうってやり口か」
「なに?」
そういえば、さっき悔しい思いをさせるって言ってたもんな。そんな手使わなくても悔しいのに。……だが観客誘導にしちゃあ露骨すぎるな。天利あたりならもっとうまくやってるだろう。
「そんな温い演技必要ないぜ、レッド野郎。お前が何かするまでもなく十分悔しいからな。悔しくなったらどうなるか、もうわかるだろ?」
「無様に泣き逃げて、奮起して、俺を倒すための特訓でもするつもりかい?」
「え?んなわけねーだろ!悔しい時といえば当然、復讐心に駆られて暴れたくなるに決まってるぜ!水圧圧縮砲!」
水の魔法弾で、レッド野郎の補充デッキ近くにいた護衛を一人ぶっ飛ばす。むぐぐ……本当はレッドカード野郎をぶっ飛ばしたいところだが、あいつの倒し方はもう決めてあるからな!カードでぼっこぼこにして、俺が悔しんだ分だけあいつも悔しませる!
「お前!?まさか負けたからって力づくで切り抜ける気で!?」
「そいつは違うぜレッド野郎!さっきの勝負は俺の負けだ!カードも100万枚くれてやる!毬の島にある寺に保管してあるから持っていけばいい!だが、それはそれとして負けて気分が落ち込んでるからな!一暴れしてから帰ることにしたのさっ!」
「ふざけるな!俺にカードで負けたからって!暴力で復讐することが許されるとでもいう気か!」
「復讐はカードで決着をつけるさ!だが……このままだと本当にお前を暴力で倒しちまうかもしれないからな。それは俺としても不本意だぜ!だからお前を守るのが役目の護衛を倒して、事なきを得ようというわけだ!て、うおっ?」
「城赤さん逃げてください!こんなこと言っていますが危害を加える可能性があります!」
「そうだね。俺はひとまず逃げるとするよ。それと審判!特製本部勤めの君は、この事態を見逃すのかい?」
「ええー。私、審判で来ましたのに。では一般人にも被害が出そうになれば、特星本部としてお仕事いたしますわ。あとは不当な追撃とか。個人間のただの戦闘である間はノータッチですわ」
「そうかい。残念だ」
「おっと。おいレッド野郎!主人公に喧嘩を売った悪役は、ただでは済まないぜ!覚えときな!」
「主人公は悪役など相手にしないさ!軽くあしらって、真に戦うべき対戦相手に備えるものだよ!」
補充デッキから飛び降りて、早足で会場から去っていくレッド野郎。他の観客は離れてバトルを見てるんだ、わざわざ居なくなることもないだろうに。まあ、怒り任せの誤射の可能性がなくなったのは俺としてはうれしいが。
「いい加減にしろーっ!天命ネックキックぅ!」
「うおっ!?ハエ叩きアタック!」
[ばしいいぃん!]
「ぐああぁ!?」
蹴りかかってきた護衛学生の攻撃を避け、そのままハエ叩きで一撃。だがまだ横から護衛女子小学生が来てやがる!
「一撃千殺ナイフ!」
「っと!護衛学生シールドで防いでいたぜっ!主人公キック!」
「飛びぬけダガー!」
「な!?ぐあ!」
重い突きを学生護衛を盾にして防ぎ、カウンターで蹴りかかったんだが。いてて、敵のナイフの刃が高速で飛び出して俺の横腹が刺された。
「超分裂ナイフ!」
「水圧圧縮砲!いてて!」
「一撃千殺」
[ばしいぃん!]
「きゃあ!?」
「もう一発!水圧圧縮砲!」
[どかああぁん!]
護衛女子小学生は分裂するナイフを投げた後、俺の水の魔法弾を重い突きで迎撃しようとするも失敗。追加の水圧圧縮砲で吹っ飛ばされて気絶した。
「ふぅ、雇われ護衛はこれで全員かな?ああいや、そういえば入り口を塞いでるやつが居るって話だったな。……あ、受付の女学生っぽい奴」
ふと玄関ホールへの出入り口を見てみると、出入り口を塞ぐ位置に立っている受付と目が合う。もしかして、あの受付も護衛として雇われてんのか?……あ、逃げた。
「八つ当たりは終わりましたの?」
「ん?ああ、マメ。まだいたのかお前?俺は見てのとおりかなり発散できたぜ」
「そのようですわね。でも、小学生の私が言うのもなんですけど、……もう少し他になかったんですの?八つ当たりなんて到底理性的な行動とは思えませんわよ」
「そりゃあ感情的だからな。レッド野郎の言ってたように、泣き崩れて奮起するって方法もなくはないんだが。自然と悪手を打てるほど冷静でもないしな」
「悪手、といいますと?」
「なんつーの。悔しい時ってのは暴れたくなるんだ。だけど多分、大抵のやつは運悪く暴れることができなくて、その結果、悔しさが増して泣いちまってるんじゃないかなーって気がするのさ」
「暴れる方がいいというのは理性的ではありませんわね」
「暴れるのも泣くのも感情的な時さ。理性が感情に負けた時だ。どうせ負けるなら本来の望みに近い、暴れてスッキリするほうを選んだ方がいいと思わないか?泣いても気分悪いし。まあ、付き合ってくれる相手がいればだけど」
「って、あなたの場合、襲ってるじゃありませんの!」
「最初の一人目はな。だから俺を追い詰めるなら、残った二人は俺の相手をせずに逃げてりゃよかったのさ。そうすれば俺は相手がいなくなる。一般客を撃つわけにもいかないし、レッド野郎もカードで倒すから攻撃できない。感情のやり場がなくなり、泣いて気分が悪くなっていただろうぜ」
最悪なパターンは護衛が俺の相手をせず、俺が感情のやり場をなくしてレッド野郎を攻撃するパターンだな。これはかなり見苦しい。観客たちからすれば、俺が負けた腹いせに仕返しをしてるように見えるだけかもしれないが……。俺はあくまでカードで仕返しをしたいんだ!攻撃で仕返しして、さらにカードで仕返しまでしたら過剰攻撃になっちまうぜ!追い打ちかけまくるようなもんだ!まあでも、きっちりピッタリやり返すのは無理だから、オーバーキルは仕方ないけどな。
「そう自慢げに言われましても……。相手の立場で、そんなことわかるわけないと思いますわ」
「当たり前だ!悟らせないあたりが主人公としての実力なんだから!」
「あら。ではどうして私にそんなことを?」
「いやそれがさ。戦闘したら思ったよりも気分が晴れちまってよ。思考もよく働くもんだから自分が一番負けた時のパターンも思いついちゃったんだよ。んで、お前は攻略とか好きそうな特殊能力してたじゃん?せっかく思いついたから教えてやろうと思ってな。俺の攻略法」
「頭痛がするので帰りますわ……」
「え?あ、おい」
足早に会場から去っていくマメ。特星で頭痛?流れ弾に当たった可能性もなくはないが、今のは多分、話を切り上げるための言い訳だよな。そこまで長話してねーと思うが。
「それよりも問題はレッド野郎だ。どーにかして一泡吹かせたいぜ」
とりあえず敵……レッド野郎はこのカードゲームで物凄い実力を誇るプレーヤーだ!実際に対戦した俺にはよくわかる!カードで勝つにしても正攻法は通じないし、……なによりもただ倒すだけで悔しがる性格かも怪しい。あいつが俺を追い詰めきれなかったように、俺にもレッド野郎を追い詰めるだけの情報が足りてない!
「調べるしかないようだな。あいつと、レッドカード団について!」