十八話 大きな異星のカード遊戯
@悟視点@
暖かい陽にかかる雲が湿り始める、春の終わりの季節。紙などもこれから湿気りそうなこの時期なのだが、なぜかそんな時期に勇者社から紙製のカードの束が送られてきた。一通り見てみたが、どうやらカードゲーム用のカードみたいな感じだな。
「しかしどうしてカードが俺のところに……。こういう娯楽品っていうか、実用性のないものはどれがレアとかよくわからないんだよなぁ。無料で送られたやつだから安そうだけど。さてはて、武器として使うか的として使うか……」
〔おお、ようやくツッコミ役のところにも届いたか!勇者社に勝手に登録した甲斐があったってもんだ〕
あ、ボケ役。登録って、これが送られてきたのはお前の仕業か!?
〔へへん、その通り。そいつは俺が特星中の偉い奴らを巻き込んで作らせた、夢のカードゲーム!その名も、裏ステドリーマー!裏ステのステはステータスのことな!裏ステージのことじゃないぜ!〕
ああそう。ボケ役が作らせたってことは……多分、開発費がドブに消えるような凄まじいゲームバランスなんだろうなぁ。お前、ワンキルとか特殊ギミック勝利とか好きそうだし。
〔ぎくっ。い、意外と鋭いじゃないか。……確かにツッコミ役の言う通り、そのゲームにはワンキルや特殊勝利用カードも多数存在する。だけどなツッコミ役!それらはあくまでも初心者とロマンチスト用に用意しただけのおまけ要素にすぎない!このゲーム、慣れれば慣れるほどそういうカードに頼る必要はなくなるのさ!〕
ホントかなー。まあ、こういうゲームにはちょっと興味があったからやってもいいけど。そもそも一般流通してるのかこれ?対戦相手が居なけりゃ遊びようがないぜ。
〔先週くらいから、カードの販売や初期デッキの無料配布を始めてたらしい。勇者社によく出入りする奴や、人が集まる場所にいる連中なら、すでに熟練プレーヤー化してるんじゃないか?〕
なるほど。じゃあカードの束についてる説明書でも読んだら勝負しにいくか。ゲームとかに付属してるようなこの説明書を読むのは気が引けるが。
〔ツッコミ役は説明書読まずにゲームするもんな〕
というわけでデッキを持ってアミュリー神社にやってきたぜ。しっかし、まさかあのカードの束が全てデッキだったとは思わなかった。コートに入れるにしても持ち歩きにくい!
〔ふふん、たかが最低デッキ枚数100枚程度に苦労されちゃ作った甲斐がないな。まあ、デッキを増やせば増やすほどリアルで移動が難しくなるという仕様上、仕方ないのさ〕
確かに……神社の裏から飛び出ているあれを見ると、とてもじゃないが持ち歩ける気がしないな。視力のいい俺にははっきり見えるぜ。神社の屋根より高くそびえたつカードのタワーがっ!
「あれ、悟じゃないか。今日も暇つぶしに来たのか?」
「おう雨双。実は勇者社からカードをもらったから遊びにきたんだが。どうやらやってるみたいだな」
「まあな。丁度先週くらいにアミュリーが帰ってきて、その時に勧められたんだ。今は唯一勝てそうな雑魚ベーが挑戦中だが……実力的に負けるのは時間の問題だろう」
「ということはお前は弱いのか。丁度いい!なら俺の初期デッキの餌食にしてやるぜ!」
「ええっ。私はもう遊びたくもないんだが。……まあ初期デッキならいいか。ストレス解消に私の200セル掛けたアレンジデッキでぶっ倒してやる!中に来い」
よしよし初戦闘だ。それにしても……もう遊びたくもないって言われてるぜ、ボケ役。肝心の子供プレーヤーの正直な意見だと思うがどうよ?
〔いやまあ……慣れてる奴にボコボコにされてそうなるのは仕方ないんじゃないかなー。カードバトルってそういうもんだからなー。ちなみにカードパックは10枚で10セルだ。ツッコミ役、自分の身を心配した方がいいんじゃねーの?〕
う。200セルだから、雨双は200枚もカードを買ってるわけか。こりゃ心して掛からないと。
「私のデッキは110枚。補充デッキは150枚だ」
「やっぱり補充デッキがあるのか。俺のデッキは100枚、補充デッキはないぜ」
補充デッキってのは、デッキ切れになる度にデッキが100枚以上になるように補充できる予備のカードのことだ。補充デッキが100枚未満だとデッキ補充は行えないから、デッキが切れたら150枚全部を補充するんだろう。
「デッキ枚数が多いから私が前半をもらう。1ターン目前半、カードを……じゃあ5枚引こうか。悟も同じ枚数まで引いていいぞ」
「なら俺も5枚だ。ドロー!」
初期手札5枚に加え、今ドローした5枚で合計10枚の手札か。俺の手札にはキャラクターが5枚、ドリームが5枚。バランスはよさそうだがどうかな?
「私は手札から、【氷像人間:3】と【アイスブレスドラゴン:5】、そして【乱射王:1】を出現させる!」
「げ、乱射王か!俺はドリームカードの【凍結弾】を使って、【乱射王:1】と【アイスブレスドラゴン:5】を凍らせる!残るは戦闘能力3のキャラクター。なら、俺は最強戦闘能力を持つ【夢魔人:10】を出現させる!ついでに【機械お嬢様:3】と【夢の住民:6】も出現させておこう」
このカードゲームの初期HPは1000、そしてキャラクターの初期戦闘力は1~10までしかない。ダメージは戦闘力の数値がそのまま直結しているから攻撃なんか安全……なんて思っていたら即死する。【乱射王:1】のカードは戦闘力こそ1だが、攻撃力固定と攻撃回数無限の効果を持つ。つまり、乱射王を止めなければ1000回の連続攻撃によりワンキルされてしまうというわけだ!初期デッキにこんなカード入れるなよ!
「私は【アイスブレスドラゴン:5】の効果を使う。一度だけ相手のキャラクター1体を凍結させる!【夢魔人:10】を選ばせてもらおうか!そしてドリームカード【凍死の定め】!次に相手が出現させるキャラクターを効果を封じて凍結させる!」
「む、厄介な効果を」
凍結状態はキャラクターの戦闘能力を封じる効果。そのうえキャラ効果まで封じられたとあれば、そのキャラは場を圧迫するだけのカードとなり果ててしまう。だが、俺の手札には強力なキャラ効果のカードしかないし……キャラクターを出現させるのは後半のときだな。
「【氷像人間:3】でバトルを開始したいんだが、悟はなにかすることはあるか?」
「戦闘能力3で?そいつの効果は?」
「火傷以外の状態異常無効。あと火傷状態になると戦闘で消滅しなくなる」
「じゃあやることはないかな」
「なら【氷像人間:3】で【機械お嬢様:3】とバトル!戦闘能力は同じなので互いのキャラクターは消滅する!」
【機械お嬢様:3】の効果は、仲間の変動した攻撃力を戻す効果……効果を使うことなく敗れ去ったか!だが俺の場にはまだ夢の住民が残っている。雨双がキャラクターを使い果たしていれば後半まで持ちそうだが。
「続いて私は【製氷術師:7】と2枚目の【乱射王:1】を出現させる!」
「は!?もう2枚目とかふざけんなよっ!ドリームカード【電撃波動】だ!現在、お前の場に出現している全キャラクターの効果は次のターン……つまり次の前半戦が開始するまで封じられる!」
「く、前半に使うと強いカードか!私は【製氷術師:7】で【夢の住民:6】とバトルをする!」
「使うカードはねーな。戦闘能力で負けてるから【夢の住民:6】だけ消滅する。そして1ダメージを俺が受けるわけだが……紙とペンある?」
「ふぅ……ああ、そっちの部屋のこたつの上に置いてあるぞ。にしてもやっと初ダメージか。2枚目の乱射王はターン後半で破られるだろうから、速攻勝利はかなり厳しいな」
「同種のカードは2枚までだからな。乱射王の2枚目が出たときはビビったぜ。お、メモ帳あった。残りのHP999っと。このゲームって大体どのくらいで勝負がつくんだ?」
「私のデッキは長期戦向けだから3ターン位かな。ただ、大体のデッキはワンキルかジャッジキル特化だから、1ターン目に終わるけどな」
「ジャッジキル?」
「説明書にもあったと思うが、このゲームで反則行為を行うと即失格になるんだよ。それを利用した、相手を反則負けに追い込むデッキのことさ。まあ、主流デッキだから別の相手と遊べばわかるだろう」
ほう、そんな面倒そうなデッキもあるのか。戦闘でワンキルできるんだから、わざわざそんな遠回りなデッキを使わなくてもいいだろうに。
「【吹雪の魔剣士:2(+10)】の戦闘力が戦闘相手を上回っている場合、与えるダメージは100倍になる!【吹雪の魔剣士:2(+10)】で凍結状態のそのキャラを攻撃!凍結状態のキャラは戦闘能力が封じられる……通れば1200のダメージだ!」
「ダメだーっ!手札は多いのに防御カードが全くねえ!くそっ!負けた!」
「2ターン目前半か、思ったよりも早く終わったな。うーん、初期デッキ相手でも勝てば気分がいいもんだ。どうする、もう一戦やってもいいんだぞ?」
「ぐ、勝ち誇りやがって!いいか雨双、俺がカードを買ってデッキを作れば、こんなチュートリアル戦なんか一瞬で終わるぜ!」
「ふふん、チュートリアル扱いしたければ私に勝ってからにするんだな」
「覚えてろー!」
おのれー!だがこっちにはプロフェッショナルがいるんだ!そうだろボケ役!ゲーム創始者のお前であれば一番強いデッキがわかるはずだ!
〔え?あー、いやその。カードの種類が多分200万超えてたはずだから……ちょっと把握してないっていうか。ハッキリ言ってテストプレイしてないからさっぱり知らんぞ〕
え、先週から新発売のカードゲームなのに200万種類って多い気が。つーかテストプレイしてないのか!?もしかしてゲームバランスやばいんじゃ。
〔いやいや!初期デッキはテストプレイしたし、初期デッキのレベルから外れすぎてるぶっ壊れ性能のカードは特殊能力で省かれてるはずさ!多分な〕
多分……。い、いやだが、それだけのカードを思いついたカードテクニシャンのお前であれば!ある程度のカードの強弱はわかるはずだ!
〔おいおいおい、よく考えろよツッコミ役。200万種類だぜ200万。全部のカードを俺が考えたわけないじゃん。途中からはデッキの見本を自動生成して、そのコンボ映像を見て楽しんでたんだよ。夢を操る特殊能力でな。……だから映像で見た数千種類ほどのカードしか俺にはわからん〕
ということは、200万種類近くあるカードのほとんどは内容も知らずに売ったのか。……なんていうか、勇者社もよくこいつの案に乗ったもんだな。1枚1セルでの販売らしいし。
〔カードは俺が全部タダで提供したからな。価格とかバランスとか、そんな面倒ごとなんか夢あるイベントの前では気にする必要もないのさ。夢の力でパッとどうにかなる〕
まったく……なんでもかんでも万能特殊能力で済ませやがって。
〔ちょっと便利なだけで万能ではないさ。さて、買い物してデッキも作るならしばらくは退屈そうだな。出かけてくるか〕
ちょっとはデッキ作りとか手伝え!
「そういうわけで雨双に瞬殺されたんだよ!こっちは初心者でしかも初期デッキなのにさ!これからデッキ強化してリベンジするんだが、こんなイラついてる状態じゃあまともにデッキも組めやしないってもんだ!何発か撃ってスッキリしないと!」
「だから戦闘サービスは無料だって言っているだろうが。私相手じゃ不服か?これでも並の相手には打ち勝つ実力はあるつもりだが」
「いやお前強いし……面倒事になるのは目に見えてるぜ」
そもそも勇者社のカードショップ店員だったから、毬の寺でもすぐに手が出る神酒を相手にとりあえず愚痴れてるわけで。普段ならこいつに愚痴りはしないし、ストレス解消の戦闘を仕掛けるなんてもっての他だ。戦闘後にも切ってくるからな。しかも防刃コートを貫く威力で。
「はっ!記紀弥様に気を掛けてもらっている割には情けないな!雷之 悟はその程度の男だったか!こちとら記紀弥様の人付き合いの都合でバイト三昧だというのに……カードゲームで負けたくらいで泣き言を言ってくるとは」
「え、そんな理由でバイトしてんのか?てっきり生活苦か何かかと」
「ふざけんなよ、道楽者め。戦闘系なら特星エリアのダンジョンで稼げば事足りるに決まってるだろ。実際、記紀弥様はそっちで稼いでるぞ。レアアイテムとか集めまくってな」
「自分で稼げるならもう独立してもいいんじゃねーの。寺を離れて、小学生用の学生寮でも借りたらどうだ?」
「私もそういうのを考えたことはあるがな。でも、記紀弥様の支配するあの寺は……なんていうか、幽霊にとっては凄く住み心地がいいんだよ。きっと記紀弥様以外が主だったら、あれほどの幽霊は集まらなかっただろう。ま、悟みたいな風情のなさそうな奴にはわからないだろうが」
「どちらかといえば主人公は集める側だからな。お前らの気持ちなんかわかるわけがないさ。まあ、そこは役職の違いってやつだ」
しいていうなら、アミュリー神社あたりが居心地もよくて結構入り浸ってるから、神酒の話に近いのかもしれない。だが、今のようにゲームの負けが尾を引いてるようだと心地よさは保てないからな。早くリベンジして快適な神社ライフを取り戻さなければ。
「カードは1枚1セルだったよな。とりあえず1万セル出すから1万枚すぐにくれ。勇者社の自由スペースで今からデッキ組むから」
「負けたのはなんとかドリーマーだったな。10枚セット、100枚セット、1000枚セットのがあるが……1000枚セットを10個でいいんだよな?」
「そうだな、開けるの手間だし。え、ていうか1000枚セットってそんなにデカいのか」
「そこの箱が1000枚セット10個入りだ。1万セルを早く渡せ」
「あ、あんなにあるのか。1万セルは財布だから少し待ってろ」
「おーおー、待った待った。支払うのを待つんだな、兄ちゃんよー」
「ん?俺のこと?っとぉ!?」
[どかああぁん!]
いきなりなんだこいつら!後ろから声が聞こえて、肩に手を置かれたから振り返ったら、一人の男が俺を殴ろうとしてやがった!飛び退きながら撃ったけど……開幕殴りかかってくるとは、礼儀のなさそうな奴らだな!吹っ飛んだ男も併せて、三人組か。
「軽いジョーク……って、なにぃ!?」
「て、てめぇ!ちょっと脅しかけただけでよくも……よくも仲間をやりやがったな!つか、水鉄砲とか舐めてんのか!」
「うっせー!ジョークで済ませたいなら撃たれる前に寸止めしやがれ!撃った弾が止まるとでも思ってんのか!そもそも主人公相手にに殴りかかっておいて……何の用だよ!」
先に手を出したくせにいちゃもんつけやがって!このヤンキー漫画に出てきそうな柄の悪さ、瞑宰京の住民っぽくないというか……こいつらこの星の住民なのか?宇宙人じゃねーの?
「へへへっ。なに、そのカードゲームに1万セルも使えるなんて、よほど財布に自信があるみてーだからよ。俺たちがもっと金を有意義に使ってやろうと思ったわけよ。まあちょっとあっちでお話ししようぜ」
「な、なあ。撃たれたあいつ……起き上がる気配がないぞ。その男……夏前にコート着て、店内で水鉄砲構えるとかイカれたセンスだし、他のやつを狙った方がいいんじゃ」
「おいおい揉め事か?私が解決してやろうか?」
「やだなぁ店員さん!俺たちはこいつとは友達なんすよ!小学生の店員さんとやり合う気なんかちっともないんすから、そんな刀出さなくても!」
「私のほうがその友達とやらよりは手加減してやれるが、もう遅いか」
「水圧圧縮砲!」
[どがああああぁん!]
まったくこっちに意識が向いていないみたいだから、水の魔法弾でもう一人ぶっ飛ばす。んー、一人目に反撃したときも反応が遅かったし、戦闘慣れしてない連中みたいだな。相手の特殊能力を確認せずに脅すくらいだから、戦闘に使える特殊能力持ちではあるだろうけど。
「げ!やる気かてめぇ!?それ以上やるならもう本当に許さねーからな!」
「それはこっちのセリフだ!俺はとりあえず撃った上でお前を許さねえぞっ!ハエ叩きアタック!」
[ばしいぃん!]
「ぐああぁーっ!いってえ!てめえ!後悔しやがれ水鉄砲野郎っ!炎刃収縮!」
「なにっ!?包囲攻撃だと!」
俺の周りを無数の炎の線が回り、そして徐々に線の内側が狭まっていく!威力がなさそうではあるが範囲攻撃のない俺には突破が難しい技だ!
[ずばばばばばばぁ!]
「その炎の刃は触れた部分から着火する!しかも持続的にテメーの周りに出現させ続けることで、水をぶっ掛けて鎮火してもダメージは入り続けるようにしてんのさ!財布が防火性であることを祈るぜ。体は持たねえだろうがなっ!」
「なら一緒に我慢比べしてもらおうか!火気のおすそ分けだ!空気圧圧縮砲!」
「んぁにぃ!?」
[どがぁん!ごおおぉ!]
「ぐああぁっ!」
俺を包み込む炎の線の隙間からでも見えるぜ。炎を纏った魔法弾を受けて、全身が燃えゆく敵の姿が!どうやら奴の装備には防火耐性が備わっていないらしい。って、あちちち!やべぇ俺の中のシャツにも火がついてる!
「あちーっ!水圧圧縮砲!」
水の魔法弾を手の上に繰り出して、頭からぶっ掛けて炎を鎮火する。ひー、危なかった。いくらコートに防火耐性や防刃耐性があっても、中の服はそうじゃないもんな!炎使い相手にハンデもなしに我慢対決させられるところだった!っと、いつの間にか周りの炎の線も消えているな。どうやら敵は気絶したみたいだ。
「でもまだ燃えてるな。火の線から離れた炎は気絶しても残り続けるのか。鎮火してやるぜ!水圧圧縮砲!」
[どかああぁん!]
俺の水の魔法弾により、敵の体を包んでいる炎が消え去る。よくわからない奴らだったが、炎で自滅したあたりはやっぱ戦闘慣れしてない感じだな。
「でも、なんで火だるまになったくらいで気絶したんだ?炎を操る特殊能力者なら熱に強そうなイメージがあるのに。ましてや自分の特殊能力だぜ。……もしかして魔法関連の特殊能力者だったか?俺も別に熱には強くないし」
「いや、燃えて気絶したんじゃなくて悟の魔法弾で気絶したんだろう。燃えながら後ろのカード棚に突っ込んだあたりで炎の刃は消えてたぞ」
「あ、神酒。って、カード棚だと!?おいおいカードは大丈夫なのかよ。見た感じ結構燃えてるみたいだけど」
「大体の商品は火や水には強いから大丈夫だろう。どちらかといえば棚に押し潰されてるカードのほうが破損の危険性があると思うが。中身が変形してそうだし」
床や壁だけならまだしも商品にまで被害を出すとかやべーじゃん。まあ今回の俺は被害者側だからな。店を滅茶苦茶にして叱られるのはそこの連中だろうぜ。へっ、ちゃんと反省しやがれってんだ!
「とりあえず1万セル置いておくから、神酒は事情説明を済ませといてくれ。俺は今から自由スペースでデッキ作ってくるからよ。じゃ、そういうことで」
[ぐいーっ]
「……なんでコート引っ張ってるんだ!?俺は切られるようなことしてねーぞ!」
「待て、待て、まって。まさかこの惨状を放置して行くつもりじゃないだろうな?私がそんなことは許さんぞ!」
「文句なら襲撃してきた敵に言え!今回はあいつらが全面的に悪い!」
「そこはほら、違うだろう?貴様はこの散らかった惨状を目の当たりにして心に何も感じないのか?担当の女の子が目の前にいるんだ。手助けして好感度を稼ごう、とか下心を出すチャンスなんだぞ」
「そういうのは雑魚ベー担当だろ。俺はどっちかといえば女子小学生が手に余ってる側なんでね。好感度も稼がれる側なんだよ、主人公なのになぜか」
「そんな話はしてない!私の手伝いをしろって話だ!上から目線で頼まないように奥ゆかしく言ったんだから察しろ!」
「ええっ?いや結局上から目線だからわかり辛いだけだったような。回りくどい奴だな、最初からハッキリ手伝えって言えばいいのに」
いやまあ、これから1万枚のカードを確認して、コンボ考えて、デッキ組まなきゃいけないから手伝う気はないけどな。カード数が1万枚ともなると手伝いをする時間は少なくなるし、そもそも片づけは店員であるこいつの仕事なのに手伝うのは単に手間が増えるだけだ。襲撃者起こして手伝わせるくらいの手助けはしてもいいけどな。
「あー、でも」
「まあ待て悟。貴様もタダ働きでお手伝いなんてことは望んでいないはずだ。だからお前は断るか、断りたいのに手伝うかのどちらかを考えている、……違うか?」
「ん?ああ、そりゃそうだ」
「今度はわかりやすいようにハッキリ言ってやるが、お前はこのカードショップの商品を余裕で買い占められる大金を持っているな?事件解決パーティで自慢してたやつのことだ。それでここのカードと陳列棚を買い占めればいい」
「そういう手で来たか。ってか棚まで買わせる気かよ!?」
「今の仕入れ商品のほとんどがなんとかドリーマーだった筈だ。つまりこのエリアのほぼ全てのカードを1枚1セルで買い取れる。多分全部で100万セルくらい……棚を合わせても誤差ってところだな。悟なら余裕で出せる額じゃないか?」
「そりゃ出せるさ。だが神酒、余計なおまけまで買わせて仕事量を減らそうって魂胆は気に喰わないな。裏ステドリーマーのカードだけなら乗ってもいいぜ。カードが200万種類もあるから、100万枚買ったところでさほど損でもねーし1
「む、確かにカードを並べる手間は減るだろうが。それだと私まで棚を並べるのを手伝わされるかもしれないだろ。棚はどうする」
「棚くらい起こせっての。お前の特殊能力で動きを変化させれば力要らずだろ」
「ふん、面倒だな。こうなったら私の話術で褒め称えてその気にさせるか」
……まあ、建前でもストレートに褒められるのは確かに悪い気はしないな。最近はハプニング担当みたいに言われることの方が多いし。俺の心は雨双に負けてさぞ落ち込んでいることだろうし。ここで気分よく気持ちを切り替えるのも悪くはない気がする。
「褒め称えるか、なるほど。ふふふん、なかなかいいアイディアなんじゃないか?さあ、やるなら遠慮はいらないぜ!堂々と褒めちぎりな!」
「任せろ。あれだな、100万セルもカードゲームにつぎ込めるなんて羨ましいことだ。金はやたら多いんだな」
「おおっ?」
「夏にコート着てるのか。長袖でもやってられないのによくやるよ。私には真似できない」
「うーん」
「水鉄砲を人に向けて戦っているんだろ?凄いメンタルしてるな。尋常ではないと思う」
「ひょっとして、褒め称えるって名目でバカにされてんのかな」
「ワガママだぞ、コート野郎め!自然と出てくる誉め言葉じゃないんだから多少変でも仕方ないだろ!」
「あっ、今のコート野郎ってのはよかったな。真剣みがあって。言葉遣いの悪さが逆に、小物が勝てない相手に言い放つみたいで……かなり褒められてる感があったぞ。今の小物っぽさはよかった!」
「飛ばし斬りっ!」
「っとあ!?危ねーっ!まあ待てって神酒!今の褒め方で俺は十分満足したよ!棚とかもついでに買うから刀をしまえって!お前が切ったらどれも使えなくなるだろ!」
「くっ、確かに商品を傷つけるのはまずいか。小物扱いされるのはイラっとしたが仕方ないな。今回のことは水に流すとするか」
「お前の言う、自然と出てきた誉め言葉だったのによ。イラつかれるなんて心外だな」
「お前の感性は私にはわからないな。小物っぽいのが好きなのか?……ああ、でも確かに弱い奴と一緒のときほど活き活きしてるような」
そうか?俺の感覚では、相手の強さで態度を変えたりとかはあんまりしてないつもりだが。まあ、強い奴相手だとどうしても緊張感をもって接してしまうからな。そういう奴らを相手に活き活きするのはちょっと無理がある。
「まあいい。備品込みの価格がわかるやつを呼ぶから待っててくれ。額が大きいし銀行からの支払いだろう?そのあたりの手続きもやってくれるはずだ。……あ、その前にカード1万枚は今すぐ買うんだったか?」
「ああー、……いやもう今日のリベンジは止めとくよ。全部銀行支払いにしといてくれ」
本当は今日にでも雨双にリベンジするつもりだったが。なんか、思わぬ無駄遣いで完全に勢いが断たれちまったな。リベンジ気分が完全に吹き飛んだ感じだ。……リベンジはまた別の機会にして、それまでに主流デッキとかの強さを調べておくか。主流なのは強いからだろうし。
「ん。じゃあちょっとこの場を空けるぞ。商品はまだ購入前だから開けるなよ」
「へいへい」
カウンターの電話で呼べばいいのにと思ったが、よく見たら電話線が切れてる。さっきの小物扱い騒動のときに刀を取り出すタイミングで切っちまったんだな。戦闘での破損と見分け付かないから、壁や床を直す際に勇者社が修理代を払うことになるだろう。……勇者社内でも問題児なんじゃないかな、神酒のやつ。
さて、これだけのカードを買ったのはいいが保管場所はどうするかな。1万枚ならともかく、このエリアのカード全てを寮にある俺の部屋に置くことはできない。すぐに勇者社から運ぶこともないだろうが、なるべく早く保管場所を確保しないとな。
「ついに異次元保管庫を使うときが来たか?この間の大メインショット郷国では結局使うことはなかったからな」
「ぐ、ううぅ」
「ん?」
おやおや、襲撃者の一人が目を覚ましたぞ。こいつは最後に倒したやつか。まあ、この敵は空気の魔法弾で倒したからな。水鉄砲補正が乗ってない分ダメージが少なかったようだ。
「よう、目が覚めたみたいだな。その様子じゃ、すぐにでもまた気絶しそうではあるが。……ま、これに懲りたら今度からはカツアゲの相手は選ぶことだ」
「うぅ……後悔するぜ……。俺たち……レッドカード団に、逆らえば……っ」
「なに?レッドカード団?悪の組織か何かか?」
「くぅ……」
あ、気絶した。レッドカード団ってのは聞いたことがないな。運が良ければ悪の組織とかと対決できるかもしれないが……部活動やサークルの名前ってオチかもしれない。こいつらは多分、高校生か大学生くらいの年齢っぽいし。
ま、悪の組織なら敵側から仕掛けてくるだろう。名前しか情報のないものだし、わざわざ探す気にはなれないな。俺が帰るまでにこいつらが目を覚ませば、その時にでも聞けばいい。戦闘慣れしてなさそうだから目を覚まさない可能性もあるけど。
とりあえず購入手続きが終わったら帰るとするか。今日はカードゲームで頭も使ったし、戦闘で体も動かしたからな。部屋で十分にリラックスしよう。