四話 海岸の砂浜対戦
@悟視点@
やけに熱い太陽の光が嫌な夏の時期。そんな日に俺達は海水浴に来ている。本当は俺は家に居るつもりだったのだが、雨双がカキ氷を作ってくれるというのでついつい一緒に来てしまったのだ。
もっとも、そのカキ氷は泳ぎ終わった後に食べるらしいが。
「終わるまで待てるかっ!」
カキ氷のためだけに来た俺は何の準備もない。要するに泳げないということだ!
それにそのまま泳いだら他の女子小学生にバカにされたし、仕返しに攻撃したら相手のほうが強くて返り討ちにあうという悲惨な状態だったのだ!
それで共用の休憩所である小屋を見つけたので隠れているところだ。俺以外は泳いでいるようなので他には誰も居ないが。
「さすがは危険度の高い場所だ」
この海は特星エリアにあるのだが、女子小学生が多くて非常に危険な場所らしい。現に俺と雑魚ベー以外は女子小学生だけだったし、全員がそれなりに強いのだろう。
「ん。おーい、アミュリー!」
窓の外を見るとアミュリーが居たので窓を開けて呼びかける。
「あ、悟だってば。今までどこにいたんだっけ?」
そのまま小屋の中に入ってくる。
「外の様子はどうだ?別に勝負を挑まれても余裕で勝てるが、攻撃して来た女子は俺をもう狙ってないのか?」
「うん。どの子かは覚えてないけど、ほとんど全員が雑魚ベーと勝負して遊んでるんだってば」
雑魚ベーなら海に沈んでも大丈夫だし、俺の出る幕じゃないな!
「いやぁ、本気でいけば大丈夫なんだけどなぁ!…あれ?」
窓の外で黒い何かが落ちたのが見えた。小さくて何かよく判らないが。
「どうしたんだっけ?」
黒い何かは次々と落ちてくる。…雨か?
そう考えているうちにも次々と黒い雨が降り出す。アミュリーもそれに気づいたようだ。
「うわぁ、黒い雨だってば!」
家の中にも入ってきそうなので窓と扉を閉める。
そうこうしているうちに雨は強くなり、遠くが見えないほどになった。
「なんなんだこの雨?」
「原油とかコーヒーかもしれないんだってば」
原油?もし原油とかコーヒーが振ってるのなら、原価は無料だからそれなりに儲けられるんじゃないか!?
「よしアミュリー!外に降ってるものを汲みにいくぞ!」
「あ、降り終わったんだってば」
「何!?」
窓が真っ黒で外は見えないが、確かに雨の音が聞こえない。
[ばきききっ!]
「今度はなんだ!?」
小屋の屋根や壁などがどこかへと飛んでいく。危うく後ろの壁が当たるところだった。
「…黒い雨には驚かされたが、何の問題もなさそうだな」
外は俺達が泳いでた時とほとんど変わらなかった。
「でも誰も居ないんだってば」
「え?あ…」
そういえば誰も居ない。よく考えたら黒い雨が降ってきた時点で、誰かが雨宿りのためにここに来るはずなのだ。この周辺で一番近い建物はここくらいだし。
「まさか小屋の屋根や壁と一緒に飛ばされたか?」
「それと黒い雨の降った跡がないんだってば」
アミュリーの言うとおり、黒い雨の降った後がまったくない。吹き飛ばされた小屋の壁や屋根はもちろんだが、辺りを見回しても黒い雨の雫すらないのだ。
「仮説決定。まず何らかのことが原因で黒い雨が降ったんだ。そして何者かが黒い雨と雨粒がついたものをどこかへ移動させた。こんなところだろ」
我ながら誰でも予測できそうな仮説だ。だけど大体はこんなんだろ。
「私も大体そうだと思うんだってば。犯人の目的もわかったんだっけ?」
「あぁ!恐らく敵は原油かコーヒーかは判らんが、それを売って大儲けする気だ!俺が先に考えたのに卑怯な!」
まぁ、特星ではその程度は問題じゃないがな。取られたならば取り返すまでだ!
「あの、悟。それなら黒い雨は誰が降らせたんだっけ?」
「ははは、そんなこともわからないのか?自然現象に決まってるだろ!」
原油やコーヒーを降らせる雲とかがあるんだろうが、それも恐らく真っ先に吸い込まれただろうなぁ。生産するものを奪って、更に降った原油まで奪うなんて強欲なやつだ!雲も原油も全部取り返してやる!
「あー、もう!誰だか知らないけど、せっかく降ってた醤油やソースらしき液体を雲ごと盗むなんて!一体どこの誰の仕業よ!?」
どこからか叫ぶ声が聞こえたので見てみると、年上であろう女性が一人で何か叫んでいた。…怪しい!どう見ても犯人だろ!
「おい、そこの人」
通りすがりの人を演じて普通に話しかける。
「あれ、こんなところに女の子と男性?…なるほどわかったわ!」
急に女性は何かが閃いたようだ。
「とりあえず名乗っておくわ。私はキール。世界一まじめな幽霊で、特殊能力は補助系の様々なことをサボる能力。サボりと暇つぶしが趣味よ!」
説明に矛盾点があるんだが、高確率でまじめっていうのが嘘なんだろうなぁ。というか、また幽霊か。
「俺は雷之 悟。質系の魔法弾を操る能力を持つ主人公だ!」
「私は神様が職業のアミュリー レイカレーンだってば。質系の磁力を操る能力とかが使えるんだってば。よろしくね」
たとえ相手が原油やコーヒーを盗むようなやつでも自己紹介はする。主人公らしい礼儀正しさだ。
「単刀直入に用件を言うわ。ここに降ってた醤油かソース的な物を盗んだのはあんた達ね!?」
醤油?ソース?そんなものは降ってなかったと思うが。
「俺達がそんなの知るか!」
「ふん、私の目は誤魔化されないわよ!こんな場所で幼女と二人で居る男なんて、泥棒か変態か家族か主人公くらいしかいないわ!」
家族だったら見逃すのか?それ以前に主人公だと言ったばかりだぞ!
「俺は主人公だ!」
「夏にコート着てる不審者が主人公なんて思わないわ」
半袖コートですら駄目なのか…。
「なんにしても醤油やソースなんて見てないな。それより原油かコーヒー的なものを盗んだのはお前だろ?」
「そんなの知らないわよ。とにかく喋る気がないなら実力行使よ!」
「望むところだ!アミュリーは危険だから下がってろ!」
「…思い込みって怖いんだってばー。それじゃあ遠くからみさせてもらうんだってば」
なるほど。相手は原油かコーヒー的なあの雨を、醤油やソース的なものと思い込んでるのか。でも俺が勘違いしてる可能性もあるんじゃ?…ないない。
「主人公は大体正しい!もし主人公が正しくないのであれば、正しいように修正するまで!その方法は勝つこと!よって水圧圧縮砲!」
まずは様子見で一発攻撃する。
今回も水鉄砲が装備だが、そもそも銃なしでも弾は撃てるし問題ない。
「きゃ!」
しかし予想外にも水圧圧縮砲はキールに直撃する。そしてキールはそのまま少し後方に吹っ飛んだ。
「これが主人公の力だ!」
よく考えたら俺は主人公だし、楽勝なのは当然じゃないか。
「あまいわね!背後注意よ!」
「へ?あ!」
後ろを見ようとするが体が動かない!…まさか!
[ドカアァン!]
俺の背中で何かが爆発する。
「く、自縛爆霊か!」
「そのとおり!私は自縛爆霊の扱いが上手いのよ!手裏剣レインボー!」
キールの周りに手裏剣が現れ、こちらに飛んでくる。
「そんなものは全部撃ち落すまでだ!水圧分裂砲!」
野球ボール程度の水の弾で手裏剣を撃っていく。しかし手裏剣は水の弾をすり抜けて俺に当たる。
[ドガガアァン!]
そして爆発。手裏剣の自縛爆霊!?
「いや、手裏剣は生物じゃないはずだ!」
「叫ばなくても知ってるわよ!そう、今のは手裏剣じゃないわ。ヒトデの自縛爆霊よ」
へー、ヒトデも幽霊になれるのか。
「さぁ!貴方程度が私に敵うはずがないわ!降参しなさい!」
さて、どうする?記紀弥の時とは違って攻撃は当たる。エクサバーストで消滅させるのが手っ取り早いが、黒幕と戦う時に使えないのは厳しい。でも遠距離だと圧倒的に不利だし、近距離だと俺の攻撃手段がない。
「あ、その前に変身しないと」
なに、第二形態があるのか!?
〔完了!〕
「早いな!」
しかも変身とか言ってもほとんど変わってない!ちょっと浮いてるだけじゃないか!
〔ふふふ、ちょっと浮いてるだけと思ったら大間違いよ!この状態の私には大抵の攻撃が当たらないのよ!〕
「本格的な幽霊って訳か」
そういえば記紀弥にエクサバーストを撃った時も当たらなかったな。…倒す手段無いんじゃ!?
「弱点を言え!主人公の最強の武器は情報なんだぞー!」
〔私の知ったことじゃないわ!自縛爆霊ストライク!〕
自縛爆霊がまっすぐ飛んでくるので回避する。飛んできた自縛爆霊はすぐ後ろのクラゲに触れて爆発する。
〔こらー!ちゃんと敵に飛びなさいよ!技を叫んだ私が恥ずかしいじゃない!〕
確かに叫んだ技を避けられると恥ずかしいよなぁ。
…さてどうする?自縛爆霊は生物に触れると爆発するらしい。それで現在キールの周りに自縛爆霊がスタンバイしている。
うん、手段は一つしかないな!
「ちょっと待ってろ!」
〔ついに醤油かソース的なものを渡す気になったようね!〕
キールに少し待ってもらって穴を掘る。
「お、あった!」
〔あったのね?なら早く渡しなさい!〕
「はいパス!」
砂の中から取り出したのはいくつかの貝だ。それをキールの近くに投げつける。
「おっと、落とすところだったわ!」
げ、変身前に戻ってキールが貝を取りやがった!
自縛爆霊に生きた貝をぶつけて爆発させようと思ったんだが、キールにキャッチされたんじゃ意味ないじゃないか!
く、これまでか?
「醤油かソース的なものはこの中ね!…ん?…ん~!?全然開かないじゃないの!」
チャンスだ!この隙に逃げよう!勝てないわけじゃなく、爆発に巻き込まれない為に逃げるんだぞ!
「じゃ、頑張れよー!」
「頑張ってるわよ!んん~!…全然駄目だわ」
無駄に努力してる幽霊を放っておいて、アミュリーの元へ向かう。
「はぁ、疲れたわ。交代よ」
[ドガアアアァン!]
大きな爆発音に振り向くと、海のほうに吹き飛ぶキールと自縛爆霊が見えた。
「終わったぞー」
「見事に敵は吹き飛んだんだってば。あれも作戦だっけ?」
「え?…そんなの当然だろ!俺は主人公だぞ!いやぁ、手加減したんだけどなぁ」
自縛爆霊で敵を吹き飛ばしたんだし、一応は作戦通りだな!
〔おい、ツッコミ役〕
うお、なんだ!?
…あぁ、ボケ役か。いきなりなんのようだ?
〔なんだ?不満げだな。嫌なことでもあったのか?俺に相談しろよー〕
気遣う気持ちがあるのなら用件を言って早く帰ってくれ。
〔気遣わないけど用件は言うぜ。お前のゲーム的なカセットが狙われてるらしいぞ〕
「…これか」
「あれ?どうしたんだっけ?」
「ボケ役がなんか言ってるんだ」
俺の身辺状況については俺の知り合いには大体話してある。もちろんボケ役の存在についても例外ではない。
〔ありがとう!〕
…でもこのカセットは俺のじゃないぞ。その貰い物を一体誰が狙うんだ?
〔本来の持ち主だよ。不法侵入者した奴から魅異の上級生が奪ったらしい〕
その上級生ってのは印納さんのことだな。何であの人は厄介ごとに参加したがるんだ?
〔お前も同類だろ?で、不法侵入者も強行手段で取り返そうとしてるんだ。特星のルール的には何の問題もないわけだな〕
だからカセットを持ってる俺が襲われるのか。今すぐにでも海に捨てたら大丈夫かな?…よし、ちょっと捨ててくる。
〔待て待て待て!当然ながらそれはただのカセットじゃない!〕
そうか?なら詳細の説明を頼む。それと売値とかも。
〔いいか?それを判りやすく例えるなら発電機だ。それこそ全世界に電気を供給できるくらいの威力がある。電気的なエネルギーがそれに密集してるんだ〕
確かに全世界の電気なら凄い価値だろうなぁ。でも特星には必要ないだろ?魅異や校長関係のおかげで生活できているような気がするし。
〔その通り。でも地球での需要は凄いと思うぞ?…とにかく取られないほうが良いぞー〕
ちょっと待て!もう少し詳細を聞かせろ!
…聞こえなくなったか?
「悪い。待たせたな」
「十秒くらいしか待ってないんだってば。それよりもあれを見るんだってば」
アミュリーが指差す先は海だった。何もないように見えたが、よく見ると白い渦のようなものが見えた。
「あれ、なんか見覚えあるな。」
海の上に渦巻く小さな渦と似たようなものを見たことがある気がする。逆ソフトクリーム?
「でもここから見てあれだけ小さく見えるってことは、距離的にはかなり遠いんじゃないか?」
ここで自慢なのだが、俺の視力と動体視力はかなりのものだ。故郷の射撃大会はほぼ優勝だったし、テレビ番組の無理難題をクリアして賞品をもらって生活したりもしたほどだ。
そんな俺が目を凝らさないと見えないのだから、船でも使わないと日が暮れてしまうだろう。
「大丈夫だってば。口と鼻を塞いでた方が良いかもだってば」
「窒息死させる気か!?って、うおぉっ!?」
何の前触れもなしに体が吹っ飛ぶ。…というよりは白い渦に向かって凄い速さで直進している!
水が口や鼻に!死ぬ!
「到着だってば!」
…水に突っ込む景色が見えてたはずなのに海岸にいた。この二秒くらいの間に何が起こったんだ!?
「状況説明を頼む」
「私の磁力で渦に突っ込んだんだってば。磁力の乗り物と違って、いきなり高速で動くこともできるんだってば」
それって体が無事で済まない気がする。水の抵抗とかもあるだろうし。
「ほほほ、元気そうだねぇ。何か用かい?アミュリーと誰かさん?」
明るめに笑いながらやってきたのはお婆さん的な人だった。
「姫卸?どうしてこんなところに居るんだっけ?」
姫卸という名前らしい。…元王妃卸くらいが限界じゃないか?見かけの年齢的に。
「そこ。失礼なことを考えるんじゃあない」
「俺は失礼だとは思わない!だから俺的には失礼なことを考えていることにはならないぞ!」
立場的にも姫より元王妃のほうが政治に口出しできそうな雰囲気だし、むしろ褒めてると言うべきだな。
「それよりアミュリー。今度から着替える時は上だけ脱いで、腕で胸を隠すようなポーズを混ぜると良い。私的には多少照れた顔でやることをお勧めするよ」
「…ちょっと待て。なんで姫卸婆さんがアミュリーの着替え方を指摘してるんだ?」
「そりゃあ決まってるじゃあないか。私が見たいからだ!」
く、もしかして雑魚ベーと同じような趣味の奴か!?雑魚ベーでももう少し恥らって言ってるが、普通に断言してるからな。しかも着替え方まで指摘してるし。
「ちなみに覗いてはいるが、アミュリーは特星で過ごした期間を含めれば、二十歳超えてるから問題ないよ。ずっと小学生ではあるがねぇ」
年齢とかそういう問題よりも覗くことの方が問題だろ。
それ以前に特星で過ごした期間も年齢に加えていいのか?
「アミュリー、姫卸婆さんとの関係は?」
「姫卸は私と同じく神様の職業なんだってば。自称が少女の神様だっけ?」
少女の神様は少女がなるべきなんじゃないか?少女の神様と聞いて会いに来た奴はがっかりしそうだ。
「自称じゃないよ。同じ意思の人たちにはそう呼ばれてるからねぇ」
「同じ意思ってその辺の少女好き達か?例えば雑魚ベーとか」
俺の知り合いの中で少女好きといえば雑魚ベーだな。
「雑魚ベーの知り合いかい。確かに私と雑魚ベーは同志だが、その辺の奴らと一緒にするんじゃあないよ」
「違うのか?」
「その辺の奴らは体目的だろう?私達は少女同士がほのぼの過ごす物語が目的なんだよ。もちろん雑魚ベーだって少女達に手は出さないよ。仮に誰かが特星内の少女を襲おうとしても、絶対にどうやっても無理だろうがねぇ」
雑魚ベーって普段からアミュリーや雨双に抱きかかってるんだが。実は今日も二人が水着に着替えた直後に抱きついてたし。
「姫卸曰く、スキンシップは大丈夫らしいんだってば」
「その通り。そういうわけでアミュリー、説明で疲れたから膝枕してくれないかい?」
普通はお婆さんとかが子供を膝枕するものじゃないか?
「膝枕はなしだ!それよりこんなところに隠れてるなんて怪しいなぁ!女子小学生の誘拐ついでに原油かコーヒー的なものを盗んだのは婆さんだろ!?」
「悟!姫卸は雑魚ベー以上に性質は悪いけど、誘拐なんてしない人だってば!…多分」
「…少し違うわねぇ。確かに私は墨汁的なものを浴びた人たちを誘拐した。でも女子小学生が多いのはあくまで偶然よ。勝手に人を変人扱いするんじゃあないよ。ふぉほほほ」
なるほどな。変人ではあるが、誘拐は趣味とは関係なく誘拐を行ったというわけか。あと笑い方がバージョンアップしただと!?
「さぁて。それじゃあ本題に入らせてもらうよ?悪いことは言わない、そのカセットを渡しなさいな」
「原油かコーヒー的なものを奪ったのに、更にこのカセットを狙うなんて欲深いな。悪いが両方とも俺には必要なんだ。カセットも原油かコーヒー的なものも譲れないな」
そう。誘拐された雨双や雑魚ベーが戻ったときに、美味しい飯を食わせてやらなければならない。五十セルくらい高級な食材を使うとかな。
「うふぉほほほ!こちらも同じさ。あ、私の特殊能力は波動を操る能力と、空気を操る能力と、水を操る能力、それと制御と暴走を操る能力よ。覚えておきなさいな」
四つも能力を操るのか!?しかも制御と暴走を操る能力は非質系じゃないか!…勝てるわけがない!
「申し訳ありません、お婆さま!いや、お姉さま!誘拐した人は連れてって良いので、どうかカセットと原油かコーヒー的なものは勘弁してください!」
とりあえず変人だし、おだてれば見逃すだろう。誘拐された二人は自力で何とか逃げるはずだし。
「悟、主人公の威厳はどうしたんだっけ?」
「はっ!しまった!…違うぞアミュリー。今のは相手の力量を見るための作戦だ。俺が雨双や雑魚ベーを見捨てるわけないじゃないか」
アミュリーが疑いの視線を向けてくるが、俺は二人が逃げ出せると信じてああ言ったのだ。別に見捨てるなんてそんなつもりはないと思う。いや、ない!
「ふん、信頼は強いようだねぇ」
「まったくその通り!さすがは姫卸婆さん、俺の良いところをわかってるじゃないか!」
今日知り合ったばかりだが、俺の良さがわかる人のようだ。
「主人公だろう?それなら私がカセットを持って戦い、それを壊さないで私に勝てるかい?」
「当然だ!俺は正真正銘の主人公だからな」
「見てみたいなぁ。私は今日までそんな主人公らしい戦い方は見たことないものー。そんな主人公らしい戦い方を経験できたら嬉しいねぇ」
今まさにその戦いを見せる時じゃないか?まぁ、俺のような主人公がいないと経験できないからな。主人公らしい主人公である俺がやるべきだろ!
「姫卸、そんなおだて方でカセットを渡す人なんていないんだってば」
「おや、残念ねぇ。とりあえず変人のようだし、この程度で適当におだてれば渡すと思ったんだけど」
なんだと!俺と同じくおだてる作戦とは!だが変人ではない俺におだて作戦など通用しない!
「覚悟しろ!水圧圧縮砲!」
「なるほどね。魔法弾を操る能力かねぇ」
あ、しまった!特殊能力を言うのを忘れてた!
姫卸婆さんは水圧圧縮砲を正面から殴って打ち破る。
「紹介を忘れてたがその通りだ!あと強いな!?」
「私の能力を使うまでもないかねぇ。私は直接戦うタイプなのよ。おかげで体の動きは抜群だよ。ほほほ」
直接戦うくらいなら能力を少し分けてほしい。俺は能力を使う派なんだぞ。
あと笑い方が戻ってる!
「私も援護するんだってば。それっ」
アミュリーの掛け声と共に海岸の砂や水が姫卸にくっついていく。最終的には家くらいの泥の山が出来ていた。これだけでも重さでかなりのダメージだろう。
「もう一撃だってば」
更に海の大量の水が、巨大レーザーの如く泥山を飲み込んでいく。その勢いと速さは津波以上だ。泥山のあった場所には何も残っていなかった。
「磁力凄いな!どうやったんだ?」
「姫卸と海水と泥山とに強力な磁石の性質を与えて全部くっつけたんだってば。その後更に大量の海水に磁石の性質を与えれば津波風の巨大ビームの完成だってば」
そういえば俺が白い渦に突っ込むときも、何かに引き寄せられる感じだったな。
「それにしてもやりすぎじゃないか?これで無事なら凄いと思うぞ」
「ほほほ。なら私は凄いんだろうね」
海の中から姫卸婆さんが出てくる。
あの攻撃を受けたのにあまり疲れてなさそうだぞ!
「…カセットがそんなに欲しいならくれてやるよ。ただ面倒に巻き込まれるだろうがねぇ」
よし!今度これを地球まで売りに行くぞ!
「それより皆を解放してほしいんだってば」
「あ、そうだそうだ!早く皆を返せ!」
これで俺が皆を助けたわけだし、今まで以上に主人公としての株が上がりそうだな。
「そりゃできないよ。墨汁のようなものが付着してるからねぇ」
え、原油か醤油のようなものだろ?
「あの液体は変な材質みたいでねぇ。付着すると体温を奪う効果があるのよ。だからその効果を私の能力で制御してるんだよ。ほほほ」
ということは、原油か醤油的なものが取れるまでみんなを解放できないのか!?
「いつ頃みんなから液体は取れるんだっけ?」
「魔法や能力で出来てるみたいだし、あの墨汁のようなものを作った奴を倒せば良いと思うわ。保証はしないがねぇ」
く、これじゃあ主人公としての評価を取り戻せないじゃないか!
「敵の本拠地はわからんのか?」
「私は女の子達の泳ぎを見ていたからわからないねぇ。ほら、こんな風に」
姫卸婆さんが手を振ると、空中に俺達の泳いでいた海岸の様子が映し出される。波動を操る能力の応用だろうか?
「覗いてたのかよ!」
「少女の神様なんだから、少女を見守るのは当然だろう?私なりの仕事なんだから仕方ないよねぇ。ほほほほ」
主人公の神様ってのはないのかな?…あったら俺がなってるよなぁ。
「まぁ焦らないことだね。そのカセットを取られなければ多分大丈夫さ」
「このカセット?充電器みたいなものだって聞いたが」
ボケ役が地球で売れるかもといってたこのカセットだが、今回の事件と何か関係があるのか?
「ほほほ。まぁ電気の代用にもなるね。それは何とかなエネルギーを溜め込めるものさ。上手く使えばその辺の星に少女天国とか魔法の国とか作れる代物だよ」
特星以外に少女天国的な場所を作れる装置ねぇ。なんだか凄いような凄くないような微妙な例えだな。
「とにかくそれを持ってれば敵から姿を現すってことさ。いつになるかはわからないがねぇ」
「その前にカセットを壊せば良いんじゃないか?」
カセットさえ壊してしまえば敵は陰謀を断念するしかないだろうし、危険な暴走に巻き込まれる心配もなくなるだろ。
「良い方法かもしれないけどやるなら家でやってね。私はもうすぐ寝ないといけないからねぇ。ほほほ」
まだ夕方なのに寝るのか?物凄く早寝だな!
「姫卸は寝てる間でも能力を使えるんだっけ?」
「制御状態を一定にしておけば体温は下がらないし、波動の空間に皆入ってるから大丈夫さ」
波動の空間ってどんなのだ?波動の衣で体温を維持するとか?
「二人も敵が来るまでゆっくり過ごすことだね」
敵が居ないんじゃどうしようもないからな。姫卸婆さんのいうようにしばらくはのんびりと過ごすか。
こうして雑魚ベーと雨双の居ない生活を、少しの間だろうが始めることになってしまったのだった。