十六話 百発百中の推理 ~1泊2日からの帰還
@悟視点@
夕暮れの中、俺は新入りバスジャックが倒れていた場所に戻ってきた。新入りは曲げた膝に腕をまわし、そのまま消滅でもしそうな暗い表情で地べたに座っている。……自慢の怪人がやられてショックを受けたんだろうか?そりゃそうか。気絶する前にあれほど自慢げに無敵の液体怪人とか言い放っていたからな。
「おい継承者詐欺。情報よこせ」
「ん?ああ……あんたか。もう帰ってくれよ。無敵の液体生物がやられた今、私はただの反逆者。テロリストでしかない。……このままメインショット王の手によって裁かれるまで一人にしてくれ」
「はん、その液体生物を倒したのは俺だぜ?つまり俺は勝者!お前がもしもメインショット継承者について何か知っているのなら、俺に情報を話さなければならない!いいのか?今回の事件が解決しなければ、メインショット王の顔が潰れることになるんだぜ?」
「メインショットの継承者だと?私は初耳だが……もうどうでもいい。今更メインショット王の顔が潰れることも……いやおい待て、潰れるとはどっちの意味だ?お前まさか」
「うん?そのまんまの意味だけど……。というのも、あの城結構ギリギリでやってるみたいでさー。この調査が失敗すれば、お前が尊敬してたっぽいメインショット王に直接ダメージが入ることになるぜ。間違いなくな。なんせ……今は継承者騒ぎで城の人手が少ない。お前の液体怪人も後押しして城は半壊状態だ。すでにそういう仕事が王様を包囲しているのさ」
「く、もはや顔を潰すというより貫くといったところか。まさかメインショット王がそれほどの窮地だったとは!ぐうぅ、王は私を裏切ったというのに……この気持ちは」
「あの王様からすればまさに致命傷……ヘッドショットされるに等しいだろうな。王様だけにヘッドショット。言葉だけならお前のボスのほうがイメージ的には近い気もするが……王様と違って潰れる顔なんかなさそうだし撃つだけ無駄って気もするな、あいつは」
メインショット王であれば、今までこなせてきた仕事がこなせなくなるから顔も潰れるし、記述師が言ってたみたいに書類遅れで王様が働かざるを得なくなるということもあるだろう。仕事の失敗一つで大ダメージだ。
でもバスジャックボスのツァンはなー、いつもバスジャック失敗してるって話だからなぁ。うん、あいつに潰れる面目なんてものは間違いなくないだろう。主人公としての面目を持っている俺のような人間からしてみれば、失敗してノーダメージみたいな気楽な奴は羨ましいぜ。……ま、主人公である俺は面目全賭けしたところで最後には絶対勝てるんだから、実質ノーリスクでリターンだけみたいなもんだが。
「あんた、顔を潰されるのがどれだけ惨いことだかわからないのか?顔を潰されたときのボスは、もう……私でも目を当てられない惨状だったんだ!」
「生憎だが顔を潰された経験がなくてな。ていうか、ボスってツァンのことだろ?あいつが目も当てられないだなんて……傷ついたりするのか?あいつが?」
「死ぬほど傷ついていたっ!あんたはあのボスを見てなんとも思わなかったのか?もしそうなら……相当感性がいかれてるとしか思えないが」
でも、部下と共に死ぬ宣言をしてからの即降参するようなやつだぜ。使い捨てるならまだしも降参。バスジャック活動をしながら、長い時間をかけて養ってきた悪役としての顔を自ら潰してるじゃん。
……ああでも、ツインショット野郎の継承の邪魔をしないあたり、ボスとしての面目はまだあるっぽいか?俺からすればツァンは悪役のなり損ないだが、こいつ視点では親切なボスとしての面しか映らないってことか。ま、そもそも奴は本題じゃないし。この話は続けるだけ無駄だな。
「まあまあ待てって。ちょっと言い過ぎたよ。お前のボスは傷ついたんだな、うん。俺は別にその事についてどうこういう言いたいわけじゃないんだ。ただメインショット王は確実にツァンと同じように……いや、お前のボス以上に傷つくかもしれないって話だ。お前が協力しなければな」
ていうかメインショット王ってすでに人事とかで困ってたよな。現状すでに継承者探しによって弊害が出てるんだから、このままじゃメインショット城もおしまいだろう。それに……さっき城内にいた兵士の大多数が気絶させられたばかりだし。液体怪人の仕業で。
「くっ、ボスだけではなくメインショット王にまで魔の手が!」
「もうすでに手遅れかもな」
「わ、わかった!話そう!話そうじゃないか!メインショット王は確かに私を裏切りはした。だが、今はまた話をしたい気分でもある。今、あの方を殺されるのは……認めたくはないが私とて不本意だ」
あ、そうか。こいつメインショット王を尊敬してるけど苦しめたがってたんだったな。じゃあ王が仕事過多で瀕死になるのは望むところだったわけだ。危ない危ない。こいつが気変わりしてなきゃ交渉の余地はなかったところだ。なんか、忠誠心ある素振りが多いもんで勘違いしてたぜ。てっきり王の危機を嫌がって情報を教えてくれるものかと思ってた。……ま、気変わりして教えてくれるようだけど。
「それで?私に一体何を聞きたいんだ?言っておくが、メインショットの継承者については今さっきあんたから初めて聞いたんだ。多くは語れないぞ」
「でもお前も継承者って立場なんだろ?ツインショット領……だっけ?なら今回の事件について誰が犯人かとか、誰が怪しくて共犯だとか、そういう犯人候補について何か知っているんじゃないのか?」
「えっとだな。犯人とか共犯以前に……私は事件とやらの概要を知らないんだよ。まずはそこから説明してもらえないか?でないと答えようがない」
「え?じゃあなんでお前、メインショットの継承者だなんて嘘ついたんだ?」
「いや、そんなことは一言も言ってないぞ。むしろどうして私をメインショットの後継者と……………………あっ」
「継承者だって言ってたじゃん。あのタイミングで継承者って言われたら誰だってそう思うだろ。……どうした?顔色がよくなさそうだが。腹痛か?」
なんか急に口を半開きにしながらこっちを見たり、何かを考えこんだりし始めたけど。なんだろう、もしかして犯人に心当たりがあったとか?あるいは身内が犯人だったとか。なんにしても尋常じゃなく挙動不審だぞ、このツインショット野郎。
「い、いや大丈夫だ。ただちょっと、最高にくだらない最悪の展開が頭に浮かんで。……き、気にしないでくれ。それより早く事件の概要を早く、早くしてくれ」
「なんだ協力する気満々じゃん。まあ内容はそこまで難しい事件じゃないんだ。メインショットの秘術継承者がどこかに逃げたってだけの事件だよ。そこで主人公の俺がメインショット王に頼まれて、秘術を持ち逃げしたメインショットの継承者……つまりは犯人を探してるってわけさ!」
「あんたはメインショットの継承者を……探していたのか」
「そういうこと。ていうか会ったときに言わなかったっけ?勢いで話すことが多いから自分の言った事には自信がないけど、これは言ったような気がするんだけどなあ」
「じゃあ、大勢のメインショット兵たちが誰かを探してうろついていたのは」
「そりゃ逃げたメインショットの秘術継承者を探してたんだろ?あ、でもお前も5年前にツインショットで秘術盗んで追われてたんだっけか?運がよかったな。こんな状況だし、今では誰もお前のことを追ってはいないだろうぜ」
「そ、そうかっ。やはり……そうだったのかよっ。なら私は……勘違いで王を!」
「勘違いだって?一体どの話が勘違いだったんだ?…………っておい!無視してどこ行く気だ?待てこらー!」
「うぐうぅ!は、離してくれぇ!私にはもう、こうするしかないんだ!なんとか頼み込んでサイドショット家の一員にしてもらい、小さい女の子に発情し、消滅するしかない!」
「なにぃ!?やめとけってバカ!そこまで不名誉に死ななくても他に方法はあるだろーが!せめて自白で新情報出して、俺の情報の真偽を整理してから死ねーっ!今死ぬのは無駄死にだぞバカヤロー!」
「いだだだぁ!?ちょっと無理無理!私は痛いのはダメなんだっ!ギブアップ!降参しますー!」
おっと。掴んでいた腕の皮膚を全力でつまみ上げただけで降参してしまった。気絶させる手間が省けたから都合がいいな。でもちゃんと話聞けるかなぁ。よほどショッキングな勘違いだったみたいで、涙を流しながら地面にうずくまっている。
「とりあえず勘違いしてたって話について聞かせてもらおうか。泣くほど辛い内容だったようだけど」
「いっつうぅ。ひ、皮膚を潰されるかと思った……。ああ、私は勘違いをしていたんだ。私はてっきり、メインショット王が私を探すために兵士を動かしているのかと思っていた。私との5年前の約束を破り、私を捕らえるために雷之 悟……あんたを送り込んできたのかと思ったんだ。あんたから秘術継承者を捕らえようとしていると聞かされたとき、私は王を信じることができなかった」
「なるほど?ああ、なるほど。俺がお前を気絶させて、その間に無理やり大メインショット郷国の世界に連れてきたと思ったわけか」
「気絶から目が覚めた時にはまだ信じていられたんだ。メインショット兵が私を探しているだけならまだよかった。ツインショット領との体面もあるからな。建前上、すでにいない私を捜索させているだけだと思ったんだ。そこに偶然、奇跡的にバスジャックしたバスが辿り着いただけだと。……だがっ、私をここに連れてきたあんたが秘術継承者を探していると知ったとき、間違いなく本気で私を捕らえるつもりだという確信を持った!王は私を裏切っていたのだと!」
「不運なのはこっちだぜ。ようやく秘術継承者を見つけたと思ったらハズレだもん。お前がツインショット領の継承者だと知ったとき、柄にもなく怒りに任せて一発撃とうかと思ったほどだ」
「……これが私の勘違いしていたことだ。結局、私は逆恨みでメインショットを滅ぼそうとしてしまった。なあ、私はどうすればいいと思う?」
「いや別に。俺の質問に答えることだけ怠らなければなんでも。それに王が裏切っていてもいなくても、お前がテロリストであることに変わりないぜ。……お前は間違いなく液体怪人を復活させたんだ!そして、お前の呼び出した液体怪人を俺が倒したという事実は変わりはしない!俺が怪人相手に決めたパーフェクトゲームを、後付けの王の裏切りがどうとかで汚すのはやめなっ!」
すでにこいつとの勝負の決着はついている。液体怪人を倒した時点でな。王の裏切りが勘違いだったってのはおまけ情報にすぎない。そして、勝負に負けた以上はちゃんと出すべき情報を出してもらわないと困るぜ。……本来特星なら昨日には解決してそうな事件だよな。異世界の住民は自白するまでに時間が掛かりすぎてよくない。もっとペラペラ犯人の名前を出すべきだぜ、まったく。
「そうか。……そうだな。確かに私の勘違いなど、あんたやこの領に住む人々にとっては問題じゃない。気分を害したのなら悪かった。私の完全敗北であることを認めるよ」
「そうだろそうだろー?じゃあ完全敗北のお詫びにメインショットの継承者……今回の事件の犯人について教えてもらおうか!ヒントでもいいぜ」
「あんた、さては私が答えを知っている前提でいるだろ?メインショットの継承者か……。いやまあ、心当たりがないわけではないが。信じてもらえるかどうか」
「とりあえず言えばいいじゃん。同じ情報でも使い手次第だからな。俺が知った瞬間に有益情報になるってわけさ」
「はあ。ではズバリ言わせてもらうが……怪しいのはメインショット王だな」
「おお?へへえ。ここにきてお前がメインショット王を指名するのか。公平な主人公である俺でなければ結構疑っちまうような話だな。何か理由があるのか?」
「残念ながら根拠といえるほどの理由はない。消去法だ。そもそもの話になるんだが……メインショットの秘術継承者なんていないんじゃないのか?」
「なんだって!?」
秘術継承者がいない、つまりはメインショット王の狂言だっていうのか!い、いやでも確かに、俺はここまでの調査をする中で秘術が盗まれた様子を見ていない!一応、記述師タナレーは秘術が盗まれてることを確認しているらしいが、まあ、メインショット王傘下であるなら共犯ってこともあり得るだろう。意外と理にかなっているぞ!
「今までで一番頭よさそうな推理だな。なるほど面白い!俺まで頭がよくなっていることが実感できるぜ」
「あー、いやでもなぁ……。この推理はちょっと……当てつけで王を貶めているような気がして。なんか、私の中にものすごい罪悪感が……」
「気にするな、お前の推理をそのまま使うわけじゃないさ。参考にして俺が答えにたどり着くかもしれないしな。どうしても辛いなら、王を恨んでいたあの時のノリを思い出すんだ!」
「ええーっ。じゃあ、今のノリのまま話させてもらうが。まずメインショット城の秘術を継承しておいて、逃げるというのが不自然なんだ。普通ではありえない。秘術の効果で継承者が選別されるからというのもあるが、それ以上にメリットがない」
「え?でもメインショット城ってあれだろ?軟禁気質で、しかも有能だと仕事量ヤバいんだろ?」
「……あんたはいつの時代の話をしているんだ?実際にメインショット王に会ったはずだろ?今の王がちょっとでも仕事をしていたのか?」
「い、いや仕事はまったく全然。でも人事は……してたかも」
「ん?ああ、なるほど。継承者探しで人手不足という話だったな。だが、それでもメインショット王はほとんど仕事などしていないはずだ。王の仕事の9割以上は、超優秀な書記官に任されているのだからな。少なくとも5年前、私が異世界に逃げ出した頃はそうだった。王がなにかする必要などなかったはずだ」
そういえば、仕事や軟禁関連の情報は雑魚ベーから聞いたんだった!あいつは何十年も前にこの世界を離れ、特星に移住していたはず。一応、書記官の仕事ぶりやカジュアル化の話は知っているようだったが、どちらも本格的になったのは雑魚ベーが特星に移住した後だったんだ!
ああ、そうだよ。よく考えれば雑魚ベーの奴は確かに言ってた!メインショット王に会ったときに、王様の雰囲気が変わった的なことを言ってやがった!俺がメインショットの情報を聞いたのは、王に会うより前!あのバカ、何世代も前の情報を俺に話してやがったんだ!
「あ、でも待てよ。王の部屋には兵士が二人居たはずだ。軟禁気質ってのはあながち間違いじゃないってことはないか?」
「それは護衛だろう。王はああ見えても人前で平気でくつろげるお人だ。特別な用でもない限りは護衛を傍に置いていたはず。護衛というか……使い走りというほうが適切か。兵士たちは多分、嫌々付き合っているだけだと思うぞ。私も何度か、城で愚痴を耳にしたことがあるし」
「そういえば、兵士は席を外せって言われて下の階にまで下りて行ったな。廊下前待機とかじゃなくて」
「5年前と同じであれば、その日出会った兵士に適当に声をかけて護衛をやらせているはずだ。ツインショット領でもこの護衛方式は問題だろうとよく言われていたな」
「周知の事実なのか……ある意味すげーな」
「ツインショット領はメインショット領の……まあ、メインショットを参考にする方針だからな。内情には結構詳しいのさ」
しかし、まさか秘術後継者への印象が全く違っていたとは思わなかった。秘術を持ち逃げするという犯行手段からして、秘術継承者になるのを嫌っているものかとばかり。軟禁気質の話なんて、王様の命令で兵士が逆に軟禁されてるみたいになってるし。いやぁ、やっぱり倒した敵から手に入る情報は質が違うな!
「とにかく、メインショットの秘術を継承して王になることはメリットでしかない。今の王以前には逃げ出す事例もあったそうだが、それはあくまで優秀な書記官がいなかった時代の話だ。……まあ、部外者のあんたが秘術事情に疎いのは仕方ない。だが、秘術を知るもので、そんなこともわからない生きた化石のような者などまずいない」
「雑魚ベーっていう何十年ぶりかに里帰りしてる化石野郎がいるぜ。城内に」
「いるのか!?そりゃまた珍しいのを連れてるなぁ。ははん、さてはあんたに秘術のことを口外したのもそいつだな?メインショット王にしてはちょっと軽率すぎる行動だと思っていたんだ」
「その慎重な王の犯行理由はわかっているのか?」
「普通に考えれば、快適になった王の座を渡したくなかったのだろう。秘術継承は秘術に触れば勝手に行われるからな。いずれ誰かが継承することを嫌がって……だが王に限ってそれはないか?」
「ってことは、王様以外も秘術の場所を知ってるのか?」
「さあ?そこまでは。秘術部屋への立ち入りは自由というのがどこの領でも原則だ。ただし、場所の公開について各自判断だ。領によっては継承させたい順に秘術の場所を教えたりとか。一般人に秘術のことを隠したまま継承させ、継承後に事実を伝える領もそこそこあるぞ」
既成事実を先に作るみたいな?その辺はなんていうか、貴族っぽさが見え隠れしてるな。サイドショット領とかは家族内で継承させてるみたいだったからまだマシな方かな?あそこは別の問題が山積みな感じではあったけど。
「まあ他の奴が継承したとしても逃げる理由がないなら関係ないか。ならメインショット王と記述師タナレーの共犯って感じかな」
「ん?タナレーラ書記官のことか?なぜ急に彼女が共犯として出てくるんだ?」
「盗まれた秘術の第一発見者なんだよ。王様と一緒に秘術を確認しに行ったらなかったらしいぜ」
「わざわざ秘術の確認をしているのか?いやまあ、王も書記官も昔からいる人間だから、継承者が逃げることを不安に思うのはおかしなことではないか。……そういえば秘術が盗まれた日はわかっているのか?」
盗まれた日?発見日ならわかってたはずだけど盗まれた日はどうだったかな?なんか聞いた覚えがないような気がする。あんまり気にしてなかったし。
「……どうやら聞き覚えがないようだな?いやいい。あれでも王はしっかり者だから、盗まれた日という重要情報を伝え忘れはしないだろう。聞いてないということは、いつ盗まれたかわからないか、あるいは盗まれた日を隠しているかだ。……あとあんたが覚えてないという可能性も」
「そんな可能性はない!」
「そ、そうか。タナレーラ書記官といえば、ほとんどの期間は特星という世界だか星だかの調査のため、この世界を離れて別世界に行っている。そして毎年この時期に帰っては、数ヶ月で一年分の仕事を終わらせていくという話だ。だから……もしも毎年秘術の確認をしていれば、秘術の盗まれた期間くらいはとっくに判明しているはず。少なくとも、何年前に盗まれたかはわかるだろう」
「ってことは、いつもは確認してないってことか?あるいは今年ってことしかわからないから言ってないだけか」
「恐らくは。なあ、さっきとは違う推理が浮かんだんだが聞いてくれるか?」
「日が暮れるまでに話せるなら聞いてやるぜ。あと面白ければ」
「なら心配いらないな。くだらなさなら狂言説よりは上だと断言できる推理だ!私は王が犯人ではないほうに賭けるっ!」
ツインショットの推理を聞き終わったが、これは確かに狂言説よりはいいな!こんな推理を聞いたところで犯人が自白するとは思えないし、証拠を出せと間違いなく言ってくるだろう。だが、どうせ失敗しても大丈夫な場だ。そろそろ自分で推理するのも疲れてきたから、これでいこう!
「なんだかんだで重要な話が多かったな。でもこれで推理発表は何とかなりそうだ」
「私も、自分の過ちのことは何とかなりそうだ。あんたほど無神経な奴にやられてよかった気もするよ。あんな基礎知識もないまま犯人を捕まえようとしてることに気づいて、なんか……自分を責めるのが一気にバカバカしくなった」
「いや、お前は悪いことしてるんだから悔い改めろよ……。あ、そうだ。城の中で救助活動してるからお前も手伝って来い。十割はお前の仕業だろ」
「救助活動か……気まずいな。でもうん、行くかぁ。自分の心に無神経に行っちゃうかー」
「当たり前だろ行けっ!あ、中にいる長髪の男に、俺に説得されて手伝いにきたって伝えといてくれ。なんか感銘を受けたっぽい感じで」
「まあいいだろう。あんたもあれだ。私は話せることを話したんだから、王を撃ったりするなよ」
「主人公がそんな真似するか!」
「約束を守るのはいい心がけだな。ま、せいぜい頑張って秘術継承者を見つけることだ。この状況で見つからなければ笑ってやるぞ」
そう言ってツインショット野郎は城の出入り口方面に歩いて行く。くっそ、ほんの少し前までこの世の終わりみたいな顔してたのに立ち直ってやがる。ていうか性格悪くないか?まったく自分を省みる気がなさそうだったし。最初は結構、城を攻撃したことを気にしてそうな雰囲気だったのにな。
すでに日は半分以上沈んでいる。早ければもう救出は終わってる頃だろう。終わってなくても新入りツインショットが向かったから、作業効率二倍だろうしすぐ終わる。何分か休憩してから俺も城の中に向かうとしよう。
「おい貴様。ちょっと話があるんだがいいか?」
ん、影野郎だ。エビシディと何か話してたけど話し終わったのか?どうしよ、今からこいつの話を聞いてる時間はないよな。あまりに戻るのが遅すぎると、心配して探しに来たやつらに俺がサボっているところを見られてしまうし。
「ダメ。もう今から城に向かって推理するんだよ。一足遅かったな」
「では、一つだけ意見を聞かせてくれ。この世界と異世界に詳しそうな貴様から聞きたいのだ。それに……この世界の言語だと覚えるのに数日掛かりそうなのでな」
「まあ……それだけなら。手短にしてくれよ」
「我が聞きたいのはあの単独物質のことだ。もはや見えぬ距離まで飛んで行ってしまったが」
「まだ飛んでるぜ。でも、単独物質についてはお前らのほうが詳しいんじゃないか?」
「いや。そういう話ではないからわざわざ貴様に聞いているのだ。あの単独物質、単独物質に絡みついた液体、そして単独物質を宇宙へ飛ばした魔法。……それらを利用して、単独物質を空へ飛ばす展開を人為的に作り上げるには何人必要だと思う?利用される側の各技術の使い手は人数に含めぬそうだ」
「む、難しいな。そんなの利用する側の実力次第だろ」
「エビシディ様は自分でもできると言っていたから……エビシディ様級の実力だ。科学技術の金属血流くらいは作れるだろう。実力だけ同じという意味でなら、魔法なり錬金術なりを一つ極めるくらいの実力はある。あとすごく賢い」
「エビシディのことなんか知らねーけど。えー。実際の人間で考える感じ?」
「そうだ」
じゃあ単独物質の使い手はわからない感じかだが、元々封印されていた単独物質を開放するだけならツインショット野郎が動けば可能だ。実際あいつが解放したわけだし。……逆に、金属血流はセーナとタンシュク、カムの隠し効果は雑魚ベーが扱えるということはわかってる。
犯人が技術の使い手の中にいるか、それとも技術使い手ではないかで言えば、使い手であるほうが登場人物は少ないから推理は楽そうな気もするが。ツインショット野郎は俺がバスジャックを仕掛けて、返り討ちにされて連れてこられたから、雑魚ベーとセーナにこいつを利用するのは無理だ。
ツインショット野郎なら、特星とこの世界を行き来するバスを狙ってバスジャックできるな。多言語を話せるらしいから異次元空間ではそこそこ自由に行動できる。あのボスを誘導するなんて誰にでもできそうだしな。
ただ……ツインショット野郎は5年前にこの世界を出て行ってるからな。液体金属が5年前になかった場合、果たしてセーナが液体金属を作ることを予想できるか?液体金属に関しては、セーナの性癖と見た目重視でタンシュクを作ってることを知らないといけない。てか、なんで俺がこんなことを知っているんだ!?
あとずっと昔に特星に移住した雑魚ベーのこともだ。こいつの里帰りについてはツインショット野郎には知りようがない。ていうか、サイドショット二人とツインショット野郎はどちらも利用するのは無理じゃないか?ツインショット野郎がいたのは異次元、セーナがいたのは特星かサイドショット領、雑魚ベーがいたのは特星。全員利用するとなると、人手が二人は要りそうだ。セーナとタンシュクが二手に分かれれば行けそうだな。特星の雑魚ベーをタンシュク辺りが誘惑して、セーナは異世界に出向いて、大メインショット郷国行きのバスが通る時間にバスジャック共を異次元に叩きこめば……いける!
「………………決まったぜ。二人だ!最低二人いれば液体怪人の召喚から撃破まで……さ、三人!犯人役二人に、撃破役一人!最低三人いれば、液体怪人撃破までの一連の流れを作ることができる!」
「なるほどそうか。貴様が三人というなら、人間関係からみれば最低三人必要なのだろう。手間を取らせたな。我は行く」
「ああ……って待て!お前、答え合わせくらいしていけよ!これでも必死に考えたんだぞ!」
「うぬ?貴様、エビシディ様の答えを知りたいのか?ふふふふふ、エビシディ様の答えはずばり、一人だ!」
「なんだって!?ど、どうしてだ一人なんだ?」
「エビシディ様がそこまで教えてくれると思うか?わからぬから情報を集めているのだ。……まあ、エビシディ様はこの世界のことなど微塵も知らないからな。単独物質や魔法の構成など……そういった情報から割り出しているのだとは思うが。やり方が回りくどいとか呟いていたからな」
「遠回しに自分自慢をしたかっただけじゃないか?自分並の天才ならーって。だとすると物凄いやり方が回りくどいことになるぜ」
「かもな。では他の人間共を当たるとしよう」
「ああ、ちょっと待ちな!」
「む?」
「城の中に雑魚ベーっていう長髪の男がいるだけどさ。ほら、液体怪人戦でいたやつ。あいつならこの世界の魔法論文のある場所とか知ってるぜ」
「なに、本当か!?」
「ああ。救助の手伝いとかすれば場所を教えてくれるんじゃないか?俺に頼まれたとか言って手伝ってやればいいと思う」
「単独物質に使われていた魔法か、奴を空に飛ばした魔法。どちらかわかれば答えに近づけそうだな。いいだろう、話だけでも聞いてたろうではないか」
本当の影のようになり、地面を滑るように進んでいく影野郎。そういえば……、最初会ったときもエビシディの足元から現れたんだっけ。液体怪人との戦闘中には普通に走り寄っていたから、多分、戦闘してないときに使う移動方法なのかな。影野郎のダッシュよりは速度遅そうだが、攻撃は当たりにくそう。
「ていうか、あいつ捨てペットになったはずじゃ……」
和解したのか?悪のマシーンを持ってない悪の科学者なんて大したことないんだから、寝返って俺の味方になればいいのに。話長いから多分捨てるけどな。
影野郎と別れた後、城壁のもたれかかり具合などを調査すること数分。日が沈んだ頃合いなので城の出入り口から中に入っていく。城のホールは相変わらず瓦礫が散らばってはいるが、すでに負傷者……というか気絶者は運ばれたようで、ホールの中心で何名かの奴らが雑談をしている。瓦礫が落ちているのは少し中心からずれてる位置だな。
えーっと、あそこにいるのは……。サイドショット後継者の雑魚ベー、捨てペットの影野郎、バスジャック新入りのツインショット野郎、バスジャックボスのツァン、バスジャック右腕のツリー、バスジャック右腕のツリプル、メインショットからの刺客使者センバン……サイドショット領から戻ってきてたのかこいつ。この7名に加え……百発百中の主人公であるこの俺、雷之 悟がやってきて、合計8人がこのホールに集まっている。
モブっぽくないやつでこの場にいないのは……。悪の科学者エビシディ、サイドショットの動物狂じじいレーガ、サイドショットのロボット狂セーナ、金属血流のタンシュク、メインショット王、メインショット書記官の記述師タナレー、という感じで6名か。セーナ、タンシュクの2人はサイドショット領内にいて、タンシュクは道中の山にいる可能性もある。レーガのじじい、メインショット王、記述師タナレーは城内だろうな。エビシディもまだメインショット領内にはいるだろう。
そして所在地が不明なのが……。サイドショットの天才児テーナ、完全なる単独物質の液体怪人。この2人だが、こいつらに関する話は聞いただけでもヤバそうな気配が感じられた……、だが、メインショットの秘術継承とは程遠い存在でもある。こいつらが関わっているのは相当なレアケースだろう。
「あ、ちょっと悟さーん!こっち来て翻訳手伝ってくださいよぉっ!私ひとりじゃ大変なんですからーっ!」
「ふっふっふ。その必要はないぜ雑魚ベー!おしゃべりの時間はここまでだからな!俺はさっき謎がわかったのさ!いや、俺のことだから謎はとっくにわかっていた。でもツインショット野郎に謎を確証づけることを言われたから、こうして推理をすることにしたのさ!」
「え、今からですか!?関係ない人が多いのに無理では」
「とりあえず!事件後に解放された影野郎と、秘術検査をしてもらったバスジャックの3人組はまず犯人じゃないな。お前ら邪魔だ。別室に行ってな」
「なんだと?貴様っ、この世界の言語とはまた別の言語を話す3人組を、我と同席させるというのか!服も着ていない輩と言葉も通じぬまま時間を潰せと!」
「お前も全裸みたいなもんじゃん影ペット。じゃあわかったよ。俺の予備コートをバカ3人に渡す……ついでに翻訳係の雑魚ベーも貸してやる」
「え?私も推理聞きたいんですけど」
「どうせいつも通りの当てつけみたいな推理だよ!お前は聞いても聞かなくても変わらないって!さあ行った行った」
「ちぇー、わかりましたよぉ。では皆さんこちらへ来てください。影の人も、魔法論文のあった部屋に案内しますから。……図書室、今のメインショット城にも残っていますかねぇ?」
「魔法論文があるなら翻訳係は必要ないがな。我は静かに読書がしたい」
「おめーら聞いたか図書室らしいぜ!言葉わかんねーし絵本探すぞ!」
「「わかりやしたぜ、ボス!」新入りも後でなー」
よし、とりあえずこれでうるさそうな奴らはどっか行ったな。雑魚ベーは残してもよかったんだが、あいつは古い情報しか持ってないから話がかみ合わないかもしれないし。なにより翻訳できるのはあいつだけだ。これでこのホールには、俺とセンバンとツインショット野郎の3人が残った。
「酷いこと言うんだな。私の推理が当てつけだなんて」
「それよりも!貴様ら私に何の用だ!?私はセンバン!このメインショット城から遣わされし使者だぞっ!秘術などといったオカルト話に私を巻き込まないでもらおうか!」
「そんなお前に領を継承する仕組みを話してやろうと思ってな。俺とツインショット野郎だけじゃ答えがわかってるから……まあ聞き手役に」
「え、本来秘術については口外禁止だぞ?……まあ使者に選ばれるほどの地位なら大丈夫か。書記官ほどではないだろうが、メインショット王からの信頼も厚いことだろう。あ、私はツインショットの者だ。諸事情で名乗るのは控えさせてもらうがな」
一応、5年前に秘術持ち逃げをしてるからな、こいつ。メインショット兵がわざわざ探してないだけで普通に今でもお尋ね者の可能性がある。あとテロリストでもあるけど……、ここの連中は多分誰もそのことは知らないのか。自首しねーのかな?
「ツインショットだと?はっ、どこの田舎領から来たのかと思えば!メインショットの完全下位互換領からのお出ましか!ん?ツインショットは確か」
「ほら、センバンなんかに酷いこと言われてるぜ。正体もバレそう」
「いやまあ事実だからな。メインショットの後追いをして、全てが上のメインショットに領民が移ってしまっているし」
「あ……。おい貴様!少し……私も言いすぎてしまったかもしれないな。まあなんだ。お詫びに貴様らのオカルト話に付き合ってやろうじゃないか。時には現実離れした話も大事だろう!」
どの道勝手に話すけどな。さてじゃあ始めるぜ!ツインショット野郎が推理し、俺が戦果として受け取った……俺の推理の発表を!
「まずセンバン。秘術を継承したら領を継承できることは知ってるな?」
「はっ!ただのオカルトだろう?ま、博識な私だからな。話の内容くらいは知っているとも。信じてはいないがな」
「お前、俺たちのことを調べにサイドショット領に来ただろ?あれは実は、メインショットから逃げ出した秘術後継者を捕まえるためなんだぜ」
「それはサイドショットの老人と長髪から聞いた!だが……、なるほど読めたぞっ!つまり秘術の噂が本当だという前提で、今回逃げ出したメインショットの要人について推理しようというわけか!」
レーガのじじいや雑魚ベーの奴、もはや普通に口外禁止の秘術について話してるじゃん!いやまあ、俺もそうだけど!俺はこいつの性格なら大丈夫と踏んでるからな。主人公の勘で。
「まあ、そういうわけだ。私たちはすでにメインショットの秘術継承者……犯人におよその見当がついているけどな」
「センバン!お前は誰が犯人だと思う?ヒントは……メインショット領を継承できるのにしなかったという点にあるぜ!」
「はっ!そんなものちょっとずつ考えればすぐわかることだ!だがまずその前に、私の聞いた秘術の話では、各領主の身内の者だけしか秘術の存在を知らないという設定だった!この設定、適応されると考えていいのか?」
「ああ。私たちも概ねその認識だな」
皆の口が軽すぎるせいでどこまであてになるか怪しい気もするけど。まあ、そこまで公に信じられてなさそうだしな。……どうやらセンバンの奴、秘術を信じてはいないが、秘術の内容には詳しそうだ。そこそこ俺の推理に近い答えを出すんじゃないか?
「ならば話は早い!まず犯人はメインショット内部の者に限られるだろう!秘術は各領主の身内……つまりメインショットの秘術はメインショット王の身内しか知らないことになる!」
「おお、いきなりなかなかいい線をついてくるじゃないか。その位はわからなければ使者は務まらない、というところか?」
「いーや!城内の他の奴らが偶然秘術を継承するかもしれないぜ。秘術部屋を見つけてな。メインショットのじじいが兵士を秘術検査してたのだって、一般兵に継承者がいると踏んだからじゃないのか?」
「秘術検査?ああ、あの王や謎の医者が使う、謎の魔法のことか!確かにそんな噂も聞いたな!で、秘術検査というからには、あれは秘術がわかる魔法ということでいいのだろう?」
「ああ。だが一度鑑定するのに結構な時間が必要だ」
「知っているとも!私もあの謎の魔法を使われたからな!あれを秘術検査とするなら、時間がかかるのも当然のことだろう!」
どうやら実際にあったことに当てはめているからか、かなり理解が早いな。いやまあ、本当にその謎の魔法が秘術検査なんだろうが。よく、謎の医者の謎の魔法で割り切れるなこいつ。よくわからない魔法を使われてなんとも思わないのか?
「それで……一般兵に秘術継承者がいるかもと言っていたな?だがそれは……秘術のことを知らない一般兵が偶然秘術を継承してしまうということに他ならないぞ貴様っ!」
「そ、そうだよ。その可能性は考慮しないってのか?」
「貴様は本当にメインショットのことを何もわかっていないんだなぁ。いいか?メインショット城は今でこそカジュアル志向だが、これでも昔は有能な人間を逃がさないように工夫していた時期があるのだ!その名残もあり、要人が逃げ出したときの対応力はトップクラスなのさ!……秘術の喪失が発覚した時点で、まだ領内に残っているようなやつは逃げ切れない!なんの準備もない、偶然秘術を継承しただけの兵士が逃げたのなら、そんなのとっくに発見されていなければおかしいんだよーっ!」
「な、なんだと!」
「実際は身元の確認が取れた兵を駆り出しているだけだから、とっくに発見は言い過ぎだろう。だが……それでも彼の言う通り、大メインショット郷国の対応が異様に早いのは事実だ。偶然秘術を継承した兵士が逃げ切るのは困難といえるな。……そもそもメインショットの秘術継承なら逃げないだろうが」
「はん、それ以前に常識で考えてみることだ!身内の間でしか秘術の存在が知られていない時点で、秘術部屋とやらは一般人に入れない場所にあると考えるべきだろう!この程度、このセンバン様でなくとも思いつくことだぞっ!」
ふ、ふーん。思ったよりもやるじゃないか。でも俺だって、ちゃーんと一般兵を犯人候補から取り除いて考えていたぜ。こんな回りくどい理由なんかなくとも、最初から犯人候補から省いていたのさ!
しかし驚いたな。ここまで俺の推理とまったく同じ道をたどってきている。俺の推理を考えたツインショット野郎も助言してるし、もしかしてこのままセンバンに全部説明させる気じゃ。……く、ツインショット野郎に、センバンは当て馬だと事前説明しておくべきだったか!
「そこからは難所だろう。メインショットの身内など山のようにいるのだから。私も今のままでは絞り込むにはいたらないな」
「ふ、確かに今の情報量では厳しいかもしれないな!だが、事件が発覚したということは第一発見者がいる筈だろう?それもメインショット王自身かその身内の発見者が!設定上、存在しなければおかしいよなー!」
「ああ、いるぜ。メインショット王と記述師タナレーだ」
「へー、貴様にしてはなかなかいいチョイスじゃないか。だが無難ともいえるな。ただでさえ犯人候補は二人しかいなかったのに……そのチョイスで犯人が確定してしまった!」
「「なにっ!?」」
今こいつ、犯人が確定したっていたのか!?い、いや、それ以前に犯人候補が二人だって!?もうこの事件の解き方を見つけたというのか!
「けっ、なにを驚いているんだかっ!コートの貴様が言ってたじゃないか、動機のヒントをな!あのヒントの言いたいことは、メインショットの秘術を継承……つまりはメインショット城を継承して逃げるものは普通いないということ!なら、秘術継承で得をしなさそうな人間を探せばいい!」
「これは参った。ヒントはもう少し考えて出すべきだったな」
「お前が助言しすぎなんだよ!ふん、そうさ。メインショットの身内がどれだけいようと、秘術を継承したあと逃げるやつなんてまずいないだろうぜ。王にはデメリットがないからな」
「書記官のタナレーラさんが全部仕事をやっているからだろう?ふっふっふ、この情報通のセンバン様はその程度のことはとっくに知っている!」
「だが!その犯人候補二人がメインショット城を継承しない理由が、お前にわかるか!?どうだセンバン!」
ちなみに俺は自力ではさっぱりわからなかった!だってメインショット王にしろ、記述師タナレーにしろ、王になって好き勝手やればいいだけのことだろう?秘術継承のメリットはまさに盤石、こんなのわかるかっ!
「そんなものなくても推理に支障はないが、私が推理するからにはそんな不格好はよくないな!いいだろう、何か一つ理由付けでもしてやるよ!というか、タナレーラさんの理由はもう思いついた!」
「「は、早い!」」
「知っているか貴様たち?タナレーラさんはわずか数ヶ月間しかメインショット城にいないことを!それ以外の時期はどこに行っていると思う?情報通の私が聞いた話によると、特星と呼ばれる異世界に行っているとのことだ!」
それは俺も本人から聞いたな。記述師タナレーが、ナレ君って名乗ってた時にも言っていた。戦闘で勝ったわけじゃないから偽情報の可能性もあるが、やたらと詳しかったし、これは真実だと考えていいだろう。奴が知ってた特星ランキングなんて行かなきゃわかんないだろうし。心が読めるにしても俺はそんなこと考えてなかった……気がする。
「王になれば確かにだらだらと好き勝手に過ごすことはできるだろう。この世界でなっ!だが、いくら王が仕事をしなくてもいいとはいえ、国を放って異世界で過ごすことが許されると思うか!?恐らく許されない!今回の人事などもそうだが、緊急時には王にもちょっとくらい仕事が回ることだってあるのだぞ!」
「いいんじゃないのか?王は偉いんだからそんなの無視して特星生活をすれば。それが許されないなんて聞いたことないぜ」
「アホめ!常識で考えろよ!タナレーラさんがお前みたいなのと同じ思考だと思うか?自らの数か月を捨てて、メインショットの仕事を全部引き受けるようなお方だぞ!お前にその覚悟があるというのか、雷之 悟!」
「その程度の覚悟はいつでもあるぜ。やらないけどな」
「そこで私は考えたわけだ!タナレーラさんは特星でも誰かのために……厄介な仕事雑務をこなしているのではないかとな!彼女ならば特星で高いキャリアにつくことも容易い!そうでないにしても、わざわざ自由に過ごせるはずの時間を異世界に費やしているのだ!彼女ほどの功績があれば断れるのに異世界へ留まっている!彼女には、特星という異世界に何か強い思い入れがあるのだよ!私はキャリア通のセンバン……有能書記官のこともしっかり網羅しているぞっ!」
「あんた……私たちが踏み入ることのなかった動機の推理までっ!」
「まだあるぞ!タナレーラさんでしか回せない仕事は、タナレーラさんが王になっても彼女以外では回せない!つまり今までの仕事はそのまま残り、そこに数少ない王の仕事まで上乗せされてしまうことになる!これでは精神的にもとても辛いだろう!逃げたくなるのも当然のこと!」
「なるほど、それなりにそれっぽい気がする!センバンお前……ただの推測にすぎないのに、もはや真実であるかのように自信をもって決めつけているだろ!俺にはわかるぜ。まるで自分のことであるかのように、似たようなこと言ってるのをいつも何度も聞いているからな!」
「当然だ、ほとんど真実みたいなものだからなっ!」
くっ、ただの屋根をぶち破るだけの非常識野郎かと思っていたが、ここまで自分の推理を信じられる奴だとは思わなかった!雑魚ベーはここにいなくてよかったな。あいつじゃセンバンの根拠のない自身に疑問を抱いてしまうだろう。
「王様に関しても同じさ!異世界である特星が目的だろう!そもそも歴史上、特星との交通を認めたのは王様だ!お城のカジュアル化を進めているのも王様!つまり王様は、この世界を特星などのより気軽に過ごせる異世界に近づけようとしているのさ!」
「な、なんと。そんなこと……私は全く考えたこともなかったな。だが確かにその節はある。私の王に対する認識はまだまだ甘いということか」
「いや待て。それならメインショット城を継承して、大メインショット郷国でダラダラ暮らせばいいはずだ!金も地位もあるんだから気楽に過ごせるはずだぜ!メインショットのじじいは俺のような客人の前でもくつろげるほど精神がタフだった!そんなメインショット王が、どうして秘術継承を隠して、メインショット城の継承を避ける必要がある!」
「同じだと言ったろう?王という立場では、異世界である特星に移住できないからさ!……これはサイドショット領での取り調べ中に長髪男から聞いた話だが、特星の不老不死はこの世界のものより優れているそうじゃないか!毎日を気楽に過ごすためには不老不死ベールの存在は欠かせない!トイレにすら行く必要のない生活なんて最高じゃないか!……王様は王様故にこの世界で気楽に過ごそうと改善を続けてきたのだ!だが、王をやめることができれば、より優れた不老不死の世界で悠々と過ごすことができるってわけさ!」
「思い出したぜ。そういえばサイドショット領で聞いたな。昔、サイドショット領に不老不死の呪いが広まったときに、メインショット兵が大規模調査をしにやってきたって!そしてこうも言っていた。特星との交通だとかプロトタイプの不老不死をこの世界にもたらした結果、メインショットのサイドショットの関係が改善されたと!」
「ほう、外部者のくせに歴史に詳しいじゃないか!そうだとも!王様は不老不死にも異世界にも興味を持っていた!気楽に過ごすためなら王様はどこまでも本気だ!もしも秘術による後継話が本当であれば、間違いなく今回のように大騒ぎして探していたはずだ!歴史を嗜む私にとって、その程度のことは安易に想像がつく!」
な、なんてことだ!まさか犯人側二人にここまでちゃんとした動機を与えるだなんて!動機なんかなくても犯人は倒せるのに、センバンはここまで拘っている!ちょ、ちょっと自信なくしそうだ。ずっと昔の歴史を持ち出して、動機扱いするとか本気すぎて……内心ドン引きなんだけど。いやまあ、サイドショットで聞いた話をついつい振った俺も悪かったけどさ。
「よしっ、もう動機はその辺でいいぜ!メインショット王と記述師タナレー、どっちも犯人になり得るほどの動機があるってことはわかったからさ」
「私はもっと聞きたかったが……。まあ、動機は今回の本筋じゃないからな。それで?この二人が第一発見者だと、どうしてどちらが犯人かわかるんだ?」
「この事件、発覚したのは要人探しが始まった昨日ということになるわけだが。さて貴様ら、実際に秘術を盗まれた日というのは決めているかなっ!最後に秘術が確認された日は!どうだ答えられるか!?」
「……それはまだわかってないな。俺の予想では犯人にしかわからないと思うぜ」
「やはりなっ!犯行時刻が絞り込まれていないのがずっと気になっていたが!これは……アリバイも犯行時間もない事件だな!しいていうなら……秘術の存在が確認された日から、秘術の盗難が確認された日までが犯行時刻!これ以上は割り込めない!」
「まあ、実際に秘術の確認された日がわかっても……状況は変わらないだろうな。私自慢の推理だったんだが、ネタがバレてしまったか」
「秘術というオカルト要素があるからこそ成り立つ事件というわけか。だが……この私に推理させたのは間違いだったな!話を戻すと、王様とタナレーラさんが第一発見者になった場合……得するのはタナレーラさんだ!」
「記述師を指名するのか、センバン!」
「そうさ!まず王様が犯人だった場合、他の第一発見者がいても何も得しない!王様自身は、王様権限で秘術検査を受けなければいいんだからな!そして王様は秘術後継者である自身以外から後継者を選び、異世界の特星に行けばいい!仮に身内の誰かが怪しんだとしても、自分に後継者のチャンスがやってくるのであれば……わざわざ咎めなどしないだろう!逆に、唯一後継者に興味のないタナレーラさんに怪しまれてはまずい!だからもし王様が犯人の場合、タナレーラさんがいない時期に犯行を行うはずなんだっ!それが一番安全なのだから!」
「「おおー」」
「しかしタナレーラさんが犯人の場合は違う!王様の信頼が厚く、秘術の場所もまず教えられているであろう彼女は……今回のような事件では有力容疑者となってしまう!あらかじめ秘術を継承していた彼女はそのことを危惧し、念密に計画を立て、身の潔白を証明するためにあえて事件の第一発見者になったのさ!」
「つまり……犯人はタナレーラ書記官で、犯行は昨日より前に行われていたと?」
「記述師タナレーは昨日の朝にバスで到着した。朝盗んで、何気なく第一発見者になることだってできるはずだぜ」
「いーや、それはありえないことだな!サイドショット領からこの城に戻る途中、顔見知りの兵士数人から聞いたのさ!今日のタナレーラさんのアリバイをな!結果、タナレーラさんはバスを降りてから王様と密談するまで……一分の隙もなく人目に付くところにいたっ!雷之 悟!貴様がタナレーラさんと路地裏でなにか話していたのも筒抜けだったぞっ!」
「な、なにぃ!?」
お、おかしいだろっ!記述師タナレーが人目を気にしてたから俺も確認したが、誰もいなかったはずだぞ!え、ストーカーか何かなのこいつら?数人の兵士から聞いたってことは……記述師、完全にマークされてんじゃん!
「そういえば。メインショットには熱狂的な書記官の追っかけ派閥があると聞いたことがあるな。一部の輩は特星にまで乗り込もうとしたとか。ツインショットでも軽く噂になっていたぞ」
「私はこれでも節操のある方だ!タナレーラさんが異世界に行くというなら何年でも待ち続けるほど我慢強い!犯罪者まがいの同志と一緒にしないでもらおうかっ!」
「ってか、路地裏のときはどんな距離で見てたんだよ。俺の視力は宇宙にいる人間でもはっきり見えるはずだぜ」
「路地裏にいたのだろう?なら多分……屋根の上だな!」
「やっぱりストーカーじゃねえか!」
なるほど。記述師タナレーが正体を隠していたり、偽名を使って出歩いていたのはストーカー防止のためだったか。いやまあ、バス降りた時点でバレてたみたいだけどな。そりゃそうか。あんな広場に停まるのは特星からきたバスぐらいだろう。
あと屋根の上の敵に気づかなかったってことは……記述師タナレーの心の読める範囲はそこまで広くないのか?でもあの路地裏は結構暗かったからなー。結構高い位置から監視していたのかも。……てか俺、タナレーラのやつを泣かせたんだけどよく襲われなかったな!ま、雑兵に負けることはないけど。
「なにはともあれ、タナレーラさんが秘術を盗むのであれば、昨日の朝より前でなければ不可能だ!バスでこの世界についてからは盗む暇などなかったのだから!勿論、王様の共犯もあり得ない!王様は誰かが後継者となり、自身は異世界に行くことを望んでいるからだ!犯行はタナレーラさん単独!」
「少し気になるところがあるな。あんたの考える王の動機が本当だとすると、王は継承者を見つけるための行動を積極的にする可能性がある。日常的にな。つまりは後継者がいないか秘術部屋を確認したり、後継者を秘術部屋に連れ込んだりするだろうと、私は思うわけだ」
「あ、なるほど俺もわかったぜ。記述師タナレーがメインショットに帰るのは、一年の内の数か月間だけ。秘術を盗んだのが昨日の朝以前の場合、少なくとも一年前か、それ以前に秘術を盗んでいることになるな!」
「ふん、貴様らはこう言いたいわけだな?一年も間が空くと、王様が秘術を盗まれたことに気づくんじゃないかって!そんなもの、一週間前とかに盗んでおけば」
「おいおい!記述師タナレーは特星からここまで、バスで来ているんだぜ!異次元を渡るためにバスでこなきゃならない!そんな目立つものがメインショットの広場についたとき、真っ先に中を確認しそうな奴らがいるって、さっき発覚したじゃないか!もしかして先週にタナレーラは帰ってきてたのか?」
「くっ!そんな話、私は少なくとも聞いてない!」
「そもそもの話だが……、犯人は秘術を継承して逃げているということだったはずだ。つまり秘術の継承は故意に行ったのではなく、不慮の事故であった可能性が高い。タナレーラ書記官が秘術を盗むことを計画に入れている可能性はないだろう」
「同志たちの話によれば、仕事以外でタナレーラさんが帰省しているところを見たものはいないらしい。くっ、ここまで来て躓くとは!私の理解が足りていないというのか!?タナレーラさんへの理解がっ!」
とはいえ、時間のことを除けばそこそこ実現できそうな推理だったな。一年くらいなら秘術部屋を確認しないということもあり得るかもしれないし。俺が推理する側なら、メインショットのじじいが運よくその一年は確認しなかったで押し通してるところだ。せっかくだから……続きでも聞いておくか?
「ここまでいい感じだったし最後まで推理していいんじゃないか?一年間、秘術部屋を見てないってこともあり得るわけだし。なんか事件とかでさ」
「なにっ?ああ……なるほど。貴様、そこまで私の推理を聞きたかったのか!ならば最後の最後まで聞かせてやろう!」
「なぜ返事をするときに私の方を向いたんだ。ちょっとビビったぞ」
「同時に二か所もミスを見つけたから、敵認定されたんじゃないか?初ダメージだし」
「とはいえ、私はもうすでにほとんど推理を話し終わっているがな!あとはタナレーラさんが第一発見者になることで事件が発覚する!城内の兵士が減り、タナレーラさん自身は一時的に容疑者から外れることだろう!その間に、進入禁止エリアの書記管理室で念密な計画の準備をしてチャンスをを待つ!そしてついに……兵や追っかけの少ない城内で、身の潔白を証明する計画を実行するっ!当然タナレーラさんの計画は実を結び、自由の身となった彼女は無事異世界へ……という筋書きだったのだ!」
「もうなんか最後のは推理じゃないだろ!ていうか、念密な計画ってのは具体的には何だよ」
「おいおい、あの超優秀なタナレーラさんが、何ヶ月もある時間の中で考えた計画だぞ!今、即興で推理している私なんかに見当がつくと思っているのかっ!でもまあ……簡単に思いつくものでは、偽の秘術継承者の日記を用意するとかな。計画の準備は異世界でもできるから、タナレーラさんが下書きをして異世界の誰かに代筆させれば……お手軽偽日記の完成さ!それを適当な兵士の部屋に紛れ込ませればいい。さあどうだ、私の推理はっ!」
「……正直、犯人候補を王と記述師タナレーの二択に絞り込めたら、勝ちを譲る予定だったんだよ。だが、お前の推理は……ツインショット野郎の考えた俺の推理を超える濃密さだった!センバン!お前の名にちなんで1000点の赤点をくれてやる!……推理を評価しての高得点だが、この俺をストーカー被害に巻き込んだから赤点な!」
「私は即興で推理したところに感銘を受けたな。よくまあ、秘術を信じない立場であそこまで推理できたものだ。評価はオススメとしておこうか。……ところで王が一年秘術部屋に入らなかったという部分、結局理由は思いつかなかったのか?」
「……私はタナレーラさんを犯人に選んだ時から、ミスのない推理にしようと心に決めていたのだ!例え、ミスをしても完ぺきな後付けをしてやろうとな!だが、これはあくまで遊びだから……何も思い浮かばなかったということにしておいてやるっ!では私は部屋に戻らせてもらうぞ」
センバンは怒鳴るように言い放ち、通路へと歩いていく。ツインショット野郎に怒鳴ってたみたいだが……ちょっとムキになりすぎのような気もするな。ま、ストーカー集団とつるんでるみたいだし、あれが奴の中ではデフォルトなのかもしれないな。屋根ぶち壊すくらいには非常識だし。
ん?……おっと。俺たちの推理劇に釣られてきたのか、いつの間にか入り口側に面した二階部分から犯人がこっちを見てるじゃないか。液体怪人戦でエビシディが立ってたあたりだが……なんであんなところに?柱の裏から様子をうかがっているようだが……俺の目にははっきりとその姿が映っているぜ!
「しかし驚いたな。私の考えた推理をあんな形で超えてくるとは。後半からはずっとひやひやしていたよ。容易く破綻しそうで」
「ああ、そうだな。……あそこで見ている犯人も実にひやひやしていただろうぜっ!」
「なにっ?タナレーラ書記官か!」
「出てきな!すでにお前が犯人だってことは見当がついているんだ!お前もだって怪しまれていることに薄々勘付いていたから、ずっと推理を聞いていたんだろう!?……記述師タナレーっ!」
柱の陰に隠れている記述師を指さしながら叫ぶと、奴は柱の陰から姿を現した。一瞬、困ったような顔をしていたが、もうすでに余裕のある顔に戻っているな。……あくまで冷静を装うみたいだ。
「すみません。立ち聞きする気はなかったのですが……部屋に戻るときに図書室への道案内を頼まれましてね。案内後に大きな声が聞こえてきたので、つい足が向いてしまったのですよ」
「つまり私たちの推理劇をほとんど聞いていたということだろう?なら、私たちが何を考えているのか……すでに見当がついているはずだ」
「さあ……わかりませんね。私とあなた方ではこれほど距離がありますから。……あなた方はただただお遊びで推理をしていた。勝手に私の名前を使い、犯人扱いしたことには少し憤りを感じていますが……そこで止めておくのであれば目を瞑りますよ。私も大人ですからね」
「へっ、この世界についてから情報集めと推理を重ねてきたんだ。今日なんか昼食も食わずにここまでやってきたっ!今更、誰が後戻りなんかするか!」
あーもう本当に腹減ってきた。眠気も増してきている。好みの女子に撃ち勝ちたい。だが、そんな不満とももうお別れだ!あとは記述師の言い逃れを完膚なきまでに叩き潰し、お土産もらって特星に帰れば、すべて解決だ!
「つまり……さっきの推理通り私が犯人だと言いたいわけですね。……取り消せますよ、まだ。本当にいいんですね?外れたら相当恥ずかしいですよ」
「私も同じ結論に至っている。確実にあなたを追い詰められる推理だ」
「センバンの考えた俺の推理も、ツインショット野郎の考えた俺の推理も、俺が戦利品として手に入れたものだ!俺の推理は百発百中!この俺が犯人を外すはずがないっ!」
「……はあぁ、まさかここまで妄信的だとは思いませんでしたよ。では、当たり前のことを言わせていただきますけど。……推測ですよね、その推理」
「な、なにっ!?」
「あなた方の推理……というより言いがかりは推測に推測を重ねています。心を読めるわけでもないのに他人の心情を決めつけ、それを前提に推理をしている。推理劇に準じて言わせていただくなら……証拠はあるのですか?」
「なるほど……そうきたか」
「俺らの推理は証拠にならないってのかっ!」
「なりませんよ!私を犯人だというなら物的証拠……あなた方ならまともな状況証拠ですらいいような気がしますが、まあ念のために物的証拠を用意してくださいよ。お話はその後にでも伺いますので」
「「…………」」
「どうですか?証拠は出せますか?出せないのであれば私は仕事に戻りますが」
「だとさ。どうする?」
「そりゃお前、決まってるじゃないか。こうなりゃやることは一つだぜ」
まさかこんなにも早く、物的証拠を要求されるとは思わなかった!こうなったら仕方ない!まだ証拠を用意できないことがバレる前に、……やるしかないようだなっ!
「覚悟しろっ!証拠ならあるんだ!……って、なんで身構えてんの」
「はっ!い、いえ。てっきり実力行使で撃たれるものかと。悟さんですし」
「まだ推理中だぜ?撃つわけないだろっ!」
「それよりタナレーラ書記官。センバンの推理を聞いていたなら、私の元々の推理が、動機までは推理していなかったことを知っているな?」
「ええ。そんな話も出ていましたね。思いつかなかったとかなんとか」
「そいつは違うぜ、記述師タナレー!俺たちは別に動機が思いつかなかったわけじゃない!動機なんか考える必要もなかったのさ!なんせ、物的証拠があるんだからなっ!」
「えっ?そんなまさか……」
ツインショット野郎の第二の推理中、すでに俺たちは物的証拠に気づいていたんだ。…だから、センバンが俺らの推理を超えて、動機にまで言及したときには本当に驚いたぜ。なんせ、俺たちはそこまで推理をやり込む気はなかったんだから!
「物的証拠なんてありえません!私は書記管理室で仕事をしていただけなのですよ」
「そうかな?私たちとセンバンの推理を聞いていたあんたならわかるだろう?犯人候補をよーく思い出してみるんだ」
「私とメインショット王ですよね。特殊な立場である私たち以外だと、メインショット城の継承を拒否する理由がないから。……私たち二人?ま、まさか物的証拠って」
「そうさ!秘術検査で犯人が見つからないのはそもそも容疑者が多いからだ!だが、犯人候補が二人なら両方秘術検査をすればいい!たしか王様は秘術検査を受けていなかったはずだぜ。記述師タナレー、お前は果たして秘術検査を受けたのかな?」
「受けてはいないだろうな。メインショット王からすれば、時間が経つほど探すのが難しくなる外の捜索を優先するはずさ。実際センバンなどは秘術検査を受けていたようだから、挙動や身元に不安要素がある兵には秘術検査を施していることだろう。ましてや……昨日は私やボスなどの異世界客が多い。未知の方法で秘術部屋に入られたことも考えれば、外を探す人手は幾らいてもいいくらいだ。……一方、あなたは王様と一緒に秘術の盗難を確認していること、大体の居場所が書記官室であること、さっさと溜まっている書類仕事を片付けてほしいこと、といった諸々の理由により秘術検査は後回しにされていると考えられる」
「そういえば俺……王に会ったけど秘術検査受けてないな」
「そうなのか?誰か、王に信頼されている人間と一緒にいたとかじゃないのか?さほど浮くような格好でもないし」
そういえば、王と会うときに雑魚ベーの友人みたいな紹介をされていた気が。……え、まさか俺、サイドショット家の関係者だと思われてる!?そ、そういえば、王には特星からきたって言ってないじゃん!
「本当に……それでいいのですか?もっとこう、せめて王様か私のどちらが犯人かをはっきりさせるべきでは」
「私はメインショット王が犯人ではないと信じている。だから犯人はあんただろう」
「じゃあ俺はメインショット王を選んでおくぜ。これでどっちが犯人でも勝利確定だ!まさか卑怯だなんて言わねーよな?推理ゲームだって登場人物から犯人を選べばいいんだ。極論ストーリーを読まなくても犯人を当てることはできるぜ!」
「推理劇は……茶番だったというわけですか。悟さんも色々と聞いてまわったのでしょう。それを無に帰してまでこんな手を使うのですか」
「これはちゃんとした推理だぜ?俺とこいつの二人掛かりで撃ち込む、回避不能の推理!例えどちらかの推理が外れていようが、それはあえて外しただけのブラフ弾!推理を外したことにはならない!一方、当たったほうが本命になるから百発百中!犯人が分かった後に本命の推理が確定する、百発百中の推理だっ!」
本当はツインショット野郎が考えただけで俺の推理なんだが、それだと半分の確率で外す可能性があるからな。だが、俺たち二人の推理であれば外れることはない。俺とツインショット野郎、どっちの選んだ方が犯人だったとしても、俺たちの推理は命中していることになる。ツインショット野郎……、今回ばかりは手柄を少しだけ分けてやるぜ!
「それ……ただの後出しじゃないですか!」
「そうだっ!そういうわけだから、お前を倒して無理やりにでも秘術検査してやるぜ!水圧圧縮砲!って、な、なにぃ!?」
[どがしゃああぁん!]
水の魔法弾を二階にいる記述師に撃つが、あいつ、こっちが水の魔法弾を撃つ前に回避しやがった!それも水鉄砲を構える前に!こ、これは心を読む能力!あそこでも射程内なのか!?く、このために奴は、入口に面した二階にわざわざいたのかっ!
「その位置からでも読めるのか!なら、さっきまでの驚いたりしていた反応は!」
「演技ですよ。当たり前でしょう?ただでさえ、心を読んでも話が通じなさそうな相手なのに、心を読まずに話しかけるなんて危険行為はしません!ですがお見事です。あなたたちのおかげで、記述師タナレーことタナレーラ ボンボンドは……無事故郷にいられなくなりました。少し予定外でしたよ。まさか……こんな滅茶苦茶な推理で、メインショットの秘術継承者だと気づかれるだなんて」
「なに言っているんだ?お前は王になるんだから故郷を離れる必要なんてないな。それとも……俺の攻撃を振り切って特星まで逃げるか?いーや、無理だ!バスのある広場までは見渡しのいい一本道!逃げるお前は格好の的でしかないのさ!」
「……悟さんには顔を知られていますからね。バスの道中にある適当な異次元空間に入って、悠々自適の生活でも送ろうかと思います。タナレーラは家出するから探さないでと、王にお伝えください」
「いや、さすがに特星からここに連れ戻す気はないけど。え、ていうかお前、特星に帰りたかったんじゃないの?センバンが推理してただろ!」
「推測に推測を重ねた推理をすべて真に受けないでください。あ、それと人を撃つときには周りを気にかけた方がいいですね。下手な鉄砲は撃つだけ被害が広がりますから」
「なんだと!空気圧縮砲!」
[どがしゃあぁん!]
くそ、また避けられた!フェイント仕掛けても反復横跳びみたいに切り返しやがる!心を読む敵にこの距離はやり辛いな!
「ほら、私の後ろにある割れた窓ガラス……気に掛けてもいませんよね?特星なら修理費用が出るからいいものの、外れた弾は消えるわけではないのです。注意を向けなければ、大失敗の引き金になるかもしれませんよ」
「窓割れてるのは見りゃわかるっ!おいツインショット野郎!お前あいつ取り押さえろ!」
「え、私が?無茶いうな!私は戦闘能力がボス未満の非戦闘員だ!あんたの弾を避けれる超人なんか相手できるわけない!」
「役立たずかよ!もういい俺が」
「ちょっと悟さぁーん!?また大きな音が聞こえましたけど器物破損してませんよねぇ!?」
「あ、雑魚ベー!丁度いいところに!」
雑魚ベーのジャンピングキックであれば、記述師タナレーよりも高い位置から奴を蹴り倒すことができるっ!例えタナレーラがジャンピングキックを回避しようが、回避中に魔法弾をぶち当ててやるぜ!
[がしゃぁん!]
「「「え?」」」
さっきまで記述師がいたあたりからまたガラスの割れる音が響き渡る。音のした位置を見るが、もうすでに記述師の姿はそこにない。……や、やられたっ!雑魚ベーに気を取られたほんの一瞬の隙をついて逃げやがった!
「くっ、逃がすか!」
[どかぁっ!]
急いで出入り口のドアに駆け寄って、扉を開け放つ。だが広めの庭と開いたままの城門が見えるだけで、肝心の記述師タナレーの姿がない!ば、バカな!どこへ行った!?ていうか滅茶苦茶ガラスの破片が落ちてるんだけど!
「この短時間で広場まで走り抜けるのは不可能だ。ってことは城壁の裏だな!」
「ちょっとちょっと!何やってるんですか悟さん!」
「いないだと!?雑魚ベー、記述師タナレーの居場所に心当たりはないか!奴が秘術継承者……犯人だったんだ!」
「え、えええぇ!?た、大変じゃないですか!え、正体がバレて逃げた感じなんですか?」
「正体暴いたら逃げやがったんだ!」
「じゃあ、さすがにこの世界で逃げ切るのはもう無理だと思いますよぉっ!多分、バスに向かったんじゃないですかねぇ!」
「俺もそう思ったんだけどいないんだよ!窓が割られてから俺が扉を開けるまでわずか十数秒くらいだ!広場に向かたとしても俺の視力で見える位置にいる筈なんだ!」
「いえ。そっちではなく、この城の庭庭に停めてある方ですよぉっ!雑木林とは反対側の!」
「え、な、なんだそれは!初耳だぞ!」
「ええっ?あ、そうか。悟さんこの世界初めてですもんねぇ。わかりました!案内するので私についてきてくださいよぉっ!」
「あ、ああ!」
日が沈み暗くなった空の下、雑魚ベーの後を追って、ツインショット野郎がいた側とは反対側の庭へとやってきた。確かに俺が載ってきたものと同じ種類の木製バスが一台停まっている。だが……近くにある地面のへこみ具合からして、もう一台バスが停まっていたことがわかる。
「これは……逃げられたか!」
「ですねぇ。タナレーラさんが特星からこの世界に移動した以上、異次元空間を移動するためにバスに乗ってきているはずですから。私のバスはサイドショット領のバス置き場には移していないはずなので、ここに停まっているのが私の乗ってきたバスということになりますよぉ」
「あとちょっと!あとちょっとだったんだよ!くそっ、あいつが窓から飛び降りた直後に魔法弾を扉に撃ち込んでいれば!そうすれば扉ごと記述師をぶっ飛ばせたのによー!駆け寄ってドアを開けるなんて完全に甘かった!」
「でも、これは仕方ありませんよ。悟さんと違って向こうには地の利がありますし、心を読んで先手を打てるんですから。私が到着した途端に逃げたということは……隙を突いたのもあるでしょうが、このバス置き場のことを悟さんが知らないと踏んでのことでしょう」
「ちっ、情報戦に長けた記述師の戦術に見事やられちまったってわけか。心を読まれたところでさほど不利になるとは思えないが、この俺に不意打ち一発を喰らわせることくらいはできたようだな」
「その不意打ちの逃走一つで逃げらましたからねぇ。って、おや?悟さん、誰か来ますよ」
「ん?」
雑魚ベーに言われて後ろを向くと、ツインショット野郎が妙に難しい顔をしながらこっちに歩いてくる。腕を組んで下を向いて、何か考え事でもしてるみたいだな。ふん、記述師タナレーとの闘いの直後だってのに暢気なやつだ。
「おいツインショット野郎。お前の寝床はこっちじゃないぜ」
「……ん?ああ、あんたたちか。いや……ちょっと気分を変えたくてな」
「隠れてた木の上が寝床だってことは否定しないのか……。たった一晩過ごしただけなのに」
「何かあったんですか?さっきホールにいたときは普通そうでしたが」
「ちょっとな。私の故郷のツインショット領だが……滅びていたらしい」
「「ええええぇっ!?」」
ほ、滅びていただって!?こいつが家出していた5年の間にか!?滅びたってことはどこかの領の奴らに乗っ取られたとか、街を壊滅させられたとかそういう感じか?この世界はプロトタイプの不老不死ベールに包まれているからな。人々が死ぬということはまずないだろうが。
「あんたたちがホールの出入口付近で騒いでるときに王様がやってきてさ。一言二言のあいさつの後、私は怪人の件を話そうかと思ったんだ。だが、その前にメインショット王から……ツインショットの件を聞かされた」
「つ、ツインショット領といえばメインショットの後おいっ、あ、いやその、……メインショットの方針によく追従している領じゃないですか。あそこが……滅びるなんて」
「あ、別に気を使うことはないぞ。私にとって、ツインショット領は故郷ではあるが、メインショットの方が馴染み深いからな。あの領の規模でメインショットと同じような運営をしていたんだから、5年前の時点でいつ滅びてもおかしくない状況だった。……ただ、滅びた理由は領主が辞めてしまった影響による人口減少だったが」
「なーんだ、どこかの領に攻め入られたわけじゃないのか」
「不謹慎ですよ悟さん。えっと、あなたはあのバスジャックの方たちと異次元にいたんでしたっけ。その間に領が滅んでいたんですよねぇ。心中お察ししますよぉっ」
ということは5年間で人口減少して滅んだのか。ツインショット野郎が異世界に出たのが5年前のはずだもんな確か。……あ、じゃあもしかして秘術継承者のこいつが逃げたのがトドメになったんじゃないか?メインショットでさえここまで大騒ぎになってるし、後追いしてる領なら領主とか秘術継承者の関係も似たような感じなんだろ、多分。
まっ、ここはあえて言わないでおいてやるか。ツインショット野郎だって内心少しは気にしてるのかもしれないし。心が読めなくても、こういう気遣いができるのが人間ってもんさ!心を読んで気遣いしてるような姑息な奴とは心の出来が違うぜっ!
「心配させたようで申し訳ないな。ただ、私は少し一人で考え事をしたいんだ。だからもう行かせてもらうよ」
「いやいや。私たちはもう城内に戻りますから、ここでゆっくり考えていてくださいよぉっ!ね、悟さん?」
「メインショットのじじいが目を覚ましたらしいからな。記述師は逃がしたけどなんかお礼くれるかもしれないし、報告だけでもするか」
上を向けば空が見えるメインショット城のホールエリア。天井が破壊されたことによりいくつかのライトは壊れているようだが、それでもさほど暗さを感じることはない。……夜は暗めのサイドショットの館よりも電気設備はかなり整っているようだな。もっと各部屋に家電製品置けばいいのに。
メインショットのじじいはホール中央にパイプ椅子を設置して座っている。……気絶した後に運び込まれた部屋から持ってきたのかな?このじじいなら部屋から動かなくてもおかしくはないだろうに。
「おお、来たかねベータ君。じゃが秘術継承者を追ったという君たちだけで戻ったということは……もしや」
「申し訳ありません、メインショット王。タナレーラさんが犯人だというところまでは悟さんが突き止めたのですが、……彼女に逃げられてしまいましたよぉ」
「異次元空間から適当な異世界に逃げ込んで、ひっそりと暮らすらしいぜ。」
「なにっ?彼女が!そ、そうか……いや、逃げられたことを気に病むことはない。彼女が本気で逃走を図ったのであれば、捕らえられないのも無理はないじゃろう。特星ではなく別の異世界に逃げたのもきっと、確実に探し出せないし探しには来ないと踏んでのこと。彼女にはなにか……人の心を見透かすかのようなずば抜けた聡明さがあったからのぉ。むしろ秘術鑑定士の力もなしによく調べ上げてくれたわい」
おや、この王様はどうやら記述師の心を読む能力を知らないらしい。ま、今更いなくなった人間のことを話したところでどうなるわけでもないが。でも、心を読んで有能ぶってただけと教えてやるくらいの親切は……いや、さすがに本人もいないのにそこまでする必要もないか。奴の正体を暴いた時点で俺の勝ちみたいなもんだし、あまり追い打ちしすぎるのもよくないからな!
「へっ!当然だ!この俺の隙のない推理力と説得力を前にすれば、どんな犯人でも反論する術もなく自白しちまうだろうぜ!メインショットの継承については説得する前に逃げられたけどな。あと一発……、あと一発の説得を、やつの耳から脳にまで伝えることができれば連れ戻せたんだが!」
「あ、悟さん、説得しようとしてたんですねぇ。私はてっきり撃とうとしているのかと思ってましたよ。なんか剣幕がいつも通りでしたし」
「説得だよ。説得。思いを圧縮してるのさ」
「じゃが……書記官がいなくなった損失はとてつもなく大きい。わしが現役の頃に不老不死になっていれば、一年かけて仕事をこなすこともできたじゃろうが。年老いたわしではもはやメインショットの全ての仕事を回すことは敵わぬことじゃ」
「そ、そんな!王はまだまだ現役で王をやっているじゃありませんか!気絶からの回復だって若い兵士の方々より早いのですから、……きっとなんとかなりますよぉっ!」
「よすのじゃベータ君。元々限界に近かったのじゃよ。すでに仕事はわしの手に負えない状況だった。タナレーラ君がやってくるまではな。わしが王を続けていたのも……秘術後継者がいつまでも現れなかったからに過ぎないんじゃ。王の座を秘術後継者以外に継いでもらうという手もあったが……並の者では膨大な仕事量を前に潰れてしまう心配があった」
「記述師に王の座を渡せばよかったんじゃないか?昔から有能だったんだろ?」
「わしも同じことを考え、何度も相談を持ち掛けたさ。彼女が不老不死になった……20歳くらいのときからのう。じゃが彼女はなんだかんだで断り続けた。当時、仕事のほとんどを受け持つようになっていた彼女には、この城の王がいかに過酷で熾烈を極めるのか、……当然わかっていたのじゃろうな」
そりゃ不老不死になってからそんな立場になれば辞めようがないからな。でも、サイドショット家とかはレーガの動物じじいでも運営がなんとかなるくらいなんだろ?根本的にメインショット領の運営というか、仕事周りになんか問題があるんじゃねーかな。
「なんかこう、王の力で仕事減らせないのか?二番手のサイドショット領みたいな運営できねーの?」
「メインショット領ではまず無理でしょうねぇ。この領はメインショット城が仕事をすることと引き換えに、市民が王の命令に従っている感じなんですよぉっ!お城の運営機材、労働力、物から人に至るまでほぼ全てが領内から提供されているんです!その対価として、メインショット城が定めた仕事……主に書類関係の仕事をすべて任されているというわけです。書類による決定権すらも城にあります」
「どんな書類も城……というよりメインショットの身内に任せれば公正に処理できる、という信用が運営基盤にあるのじゃ。城の兵士は民間ボランティアみたいなもんじゃから、あまり信用されておらん。もしも民間人に仕事をさせていることが発覚すれば、書類の公平性を疑われて大騒ぎになるじゃろう。最悪、領全体が崩壊しかねぬのじゃ。タナレーラ君に関しても、彼女があまりにも優秀じゃったから、彼女の親戚とメインショットの者がくっついて、ようやく引き抜くことに成功したほどじゃからな」
「もはやメインショット側が使われてるようなものだな、それは」
「引き換えに、ある程度無茶な命令でも市民は従ってくれるからのぅ。仕事以外は。まあこういう理由でメインショットの運営基盤である書類仕事だけはどうにもならん。逆に、書類仕事さえ全てこなせば例え資産が尽きようとも運営はできるがの。実際、メインショット城はほとんど財源なしで運営しておる。必要になれば出してはくれるけどな。こうした運営が成り立つのも……書類仕事が市民たちの心臓に等しいからじゃな」
「サイドショット領はもっと単純で、メインショットの書類仕事を環境整備に置き換えただけですよぉっ!法を整備してより全体の住民幸福度を高めていく感じですかねぇ。運営はほとんど民間任せなんですが、どこかで必ず悪いことする人たちが出てくるんです。そこを協力関係にあるメインショットの調査団に調べてもらって、その後、タナレーラさんが審査した書類を元に法整備を重ねていくのが基本業務と聞いています」
「た、単純かそれ?仕事量とかはともかく、なにがどう影響するかわからない法なんかを整備して、幸福度を上げるなんて……複雑さは書類仕事以上なんじゃないか?」
「んー?でも父からは単純だと聞きましたけどねぇ?」
「レーガから聞いた話では、タナレーラ君が法整備の具体案とかも作っていたらしいぞい。だから多分、ほとんどその具体案を採用しているんじゃないかのぅ?」
「あー、あり得ますねぇ。あとはまあ……仕事内容はより市民の生活に近いのものを扱っているので、領内を散歩したりだとか新しいものを取り入れたりだとかには積極的ですかねぇ。サイドショット発の流行りとかは多いかと思いますよぉっ!」
「メインショットとは逆でトップ……つまり領主のプライベートがオープン気味なのも大きな違いじゃ。サイドショット領の住民はみなレーガのことをよく知っておる。というかレーガが自ら発信しておるのじゃな。昔のレーガの影響で、メインショット城の身内にロリコンが増えたことは記憶に新しい。……ベータ君、どうか君の方からも、動物のお見合い写真をメインショットの身内に勧めるのをやめるように言ってやってくれんか?」
「私の立場じゃどうしようもないですねぇ。勧められたらぶん殴って止めればいいんじゃないですか?」
「昔、絶交宣言してぶん殴ったことがあったのじゃが、わしを通さずに縁談を持ち掛けおったからのぉ。ありゃ無理じゃわい」
「おい!もう完全に内輪話になってるぞ!」
これ以上、話を深掘りしてたら日が昇っちまう!ま、とりあえずこのままだとメインショットの仕事が回らなくて領が危ないってことだ!下手すればメインショットに仕事の基本部分をやってもらっていたサイドショットすら危ないかもしれない!……だが、それはこの世界の住人たちで解決するべき問題だから、主人公である俺の出る幕ではないんだよな。
「おお、それはすまなかったな。とにかくじゃ、このままでは間違いなくメインショット領はすぐに立ち行かなくなる。なんとかして書類仕事をこなさなければならぬ!どうにか……何か手を打たなくてはならぬのじゃ!」
「そうか、じいさんも大変だな。とはいえ、俺たちが頼まれたのはあくまで秘術後継者を探すことだ。さすがに記述師タナレーの代わりとなると……力になるのは無理ってもんだぜ」
「タナレーラさんほどの実力とまではいかなくても、せめて一年かけて仕事を回せる人がいれば何とかなるんですけどねぇ。最低限の仕事をこなせる人がいれば……」
[がちゃ、どぉん!]
「その話、私に任せてはもらえないだろうかっ!」
「「「え!?」」」
突如背後から大きな音が響き渡り、聞き覚えのある声が聞こえる。音の方を見てみると、出入り口の扉を全開に開け放ったツインショット野郎の姿がそこにあった!ちなみに扉は内側に開いてる……両開きじゃん。
「お前はツインショット野郎!」
「いや。私は今、この場をもってバスジャックをやめるっ!フリーの身となった今、私の名を名乗らせてもらうぞ!私の名はツライ。ツライ ツインショット!今は無きツインショット領の秘術後継者だ!」
ああ、もしかして上司が名乗ってないと部下が名乗れないってやつ、律義に守ってたのかこいつ?俺ならツァン、ツリー、ツリプルと三人の名前知ってるから、別に名乗ってくれてもよかったのにな。
「ツインショットの秘術継承者!?あ、あなたは秘術継承者だったんですか!」
「ツライ君!おおっ、ほ、本当にメインショット城を……メインショットの仕事全てを引き受けてくれるのかね!?君も知っての通り、メインショットの仕事は常人にこなせる量ではないのじゃぞ!それでも、本当に……!」
「ああ。私はツインショットの秘術を継承した時から、後を継いだときのためにあらゆる書類仕事をこなしてきたからな。それに領の性質上、メインショット領内の市場動向なども完璧に叩き込まれている。5年前の情報だがな。一年ある時間をフル活用して……なんとか王の手も貸していただけるのであれば、今年分の書類仕事はなんとか間に合わせてみせよう」
「た、確かに、ツライ君の実力はわしもよく知っておる!タナレーラ君の書類仕事には遠く及ばないとはいえ、全般期のわしに引けを取らぬほどの書類裁きだったはずじゃ!よ、よし、では早速仕事に」
「待ってくれ王よ。私自身、あなたの後を継ぐことに何のためらいもない。ただ、私に後を継がせるかどうかは、私の話を聞いてからあなたに判断していただきたいのだ」
「聞いてやりな、メインショットのじいさん。聞かなきゃ仕事しないだろうぜ、そいつ」
「なんだかよくわかりませんが、蟠りがあっては仕事も捗らないでしょうからねぇ」
「何か事情がありそうじゃの。よし、話してみよ」
「実は……」
ツインショット野郎、もといツライの自白を聞き終わった王様は何を言うでもなく何度もうんうんと頷いている。……大丈夫か?そこそこ話長いから寝ちまったんじゃないのか?最近仕事してなかったみたいだし、長話一方的に聞かされるのに慣れてないんじゃないのかも。
「……じいさん。結局どうするんだ?早く決めないと俺眠いんだけど」
「ふむ。つまりツライ君は、秘術後継者を探しているメインショット兵と手伝いをしてくれていた悟君を見て、わしがツインショット領と手を組んだと思い……あの謎の怪物を蘇らせたと。そういうわけじゃな?」
「そうだ。私は本気でこの領を潰すつもりで……あの怪人とでも言うべき存在を復活させた。だから私は本来、メインショットに仕えるどころか裁かれるべき罪人なんだ。法には触れないが、異次元で自称バスジャックを名乗る者たちとも手を組んでいた。まあ、そっちは私が入ってからは一度たりとも成功したことないが。それでも……私はすでに日の下にはいられないような、そんな闇の世界の住人なんだ」
「そうじゃったのか。わしの知らないところでそんなことになっておったのか。じゃが……わしとしてはな、ツライ君。君がわしに復讐しようとしたことはまったく気にしておらんよ」
「え!?な、なぜです?」
「理由は全く違ったが、わしは君がいつか復讐に来るだろうと踏んでいたんじゃよ。わしは5年前、王が直接出向くような面倒な仕事が増えることを恐れ、ツインショットの追手から君を保護することができなかったからな。異次元に逃がすという過酷な選択肢を君に与えてしまった。……そして去年、ツインショットの領主が逃げたあと……減っていくツインショット領の人口に対してなにもできなかった。彼らの行先はほとんどメインショットだとわかってはいたが、領主無きツインショットを……君の故郷を救う手立てが思いつかなかったんじゃ。城に書類仕事を任せきっているメインショット民の誰もが、ツインショットの領主をやることを拒んでの。君の故郷を残すことができなかった」
「メインショット王……」
「じゃからな、わしに対して負い目を感じることはない。裁かれるべきだと思っているのはわしも同じじゃ。お互い様じゃよ」
「だが私はメインショット領を破壊しようとしたんだぞ。これは……許されることではないはずだ」
「ここをどこだと思っておる。言わずと知れた大メインショット郷国じゃぞ。君のような優秀なものが領に罪を感じたのなら……やるべきことは一つじゃ!働くんじゃよ、ツライ君!一年の内、ほとんどの時間を働くことに費やすじゃろうが、それを罪滅ぼしとするのじゃ!そして一年の内、休日は一日にも満たないかもしれないが、そのわずかな休日の時間こそ……君が罪から解放される期間なのじゃよ」
「……わかりましたメインショット王。このツライ ツインショット、王の座がどれほど険しい道であろうと引き継ぎ、すべての仕事をやり通してみせよう!」
「うむ!ではさっそくわしは引き継ぎの準備をしてこようかの!ツライ君、わしは君を何としてもメインショットの身内にして、明日にでも王の座につかせて見せるぞい!君が一年分の仕事を一人でこなせるようになるまでは、わしも臨時書記官として手伝うから頑張るのじゃぞ!わしの手伝いもなく全て一人でこなせるようになったとき……君は名実ともメインショット王となるのじゃ!」
「感謝する……!誇り高きメインショット王よ!」
メインショット王はツインショット野郎に背を向け、城の奥へと歩いていく。……メインショット王は記述師タナレーに仕事を任せても王でいられたんだろ?なら、別に一人で仕事をできるようになる必要はないんじゃ。……ま、本人たちが満足そうだから別にいいかけど。負い目がある人間はここまで騙されやすいんだな、俺も気を付けないと。
「やはりメインショット王はいい人ですねぇ。本来なら許すことが難しいツライさんを許し、ちゃんとした理由をつけて王に任命するなんて」
「ああ。私も王の広い御心に感謝している。しかも、私のためにわざわざ自ら動いてまで、王になる手筈を整えてくれているだなんて。なぜ私はあのような方を信じられなかったのか……。今では過去の自分をとても恥じている」
「それはそうと、ツライお前、新しいメインショット王になるんだろ?先代王との約束で、メインショットの秘術後継者を見つけたお礼に、城の備品をもらうことになってるんだけど」
「そうなのか。だが……悪いが今回は勘弁してもらえないか。私が目覚めさせた液体怪人により、城も兵も大きなダメージを受けたからな。ただでさえ兵には壊れた城にいてもらうのに、その上備品までなくなっては不満が高まってしまう。城が直り、新しい備品が届くまで……待ってはもらえないか?」
なるほど?確かに今すぐカジュアルなだけの中古備品をもらうより、新しく用意された備品をもらうほうが気分がいいってものだな。新しい備品を持っていても、ここに住む兵たちは使い慣れた備品を使い続けることができるわけだし。これが両得ってやつか。
「ぬぅ?貴様たちまだここに居たのか」
「ん?あ、影野郎!もう読書の集中力が切れたのか?」
後ろから声が聞こえたから振り向くと、そこには影野郎のでかい図体があった。やっぱり身長は人並みにあるし横幅もあるし、近くで見るとデカいなこいつ。
「図書室のバカどもが騒ぎ始めて読書に集中できぬのだ。だが、魔法論文の本はいくつか見つかった。これは借りていくがよいな?」
「あ、ええ!ちゃんと返すのであれば大丈夫なはずですよぉっ!」
「安心するがいい、長髪の人間。エビシディ様は然るべきときにこの地に舞い戻るとおっしゃられた!この本はその際に返そうではないか!では我はエビシディ様の元に帰らせてもらおう」
影野郎が本物の影みたいになって、出入り口の扉の下から出ていく。あいつ結局また飼い主に拾われたのか。舞い戻るってことは、これからまたどこか別の世界とかに行くのかな?むしろエビシディがここに戻る理由の方がよくわからないけど。
「また来るらしいぜ。モンスターと間違えて襲わないように気を付ける……必要もないか」
「あんな生物もいるんだな。私もボスたちと異次元を旅してきたけど、あれは初めて見たな」
「おーう!謎の言語で呼んだか、新入りよぉ!俺様はここにいるぜぇ!図書室が怖くて戻ってきたからなぁっ!」
「俺たちゃ幽霊がいるだけでも恐ろしいぜ!ぶるぶる」
「俺たちゃ泥棒を見ただけでも逃げ出しちまうぜ!ぶるぶる」
「ぼ、ボスっ!先輩方も!」
影野郎に続いて、奥の部屋からバスジャック三人組がやってくる。こいつら、俺が貸したコートをタオルみたいに首に巻いてやがる!上半身裸じゃねえか!着ろよ!
「てめーらなんで耐水コートをタオル代わりにしてるんだ!?バカだろ!」
「あああん!?こんな小せえ子供向けコートを着てられるかよぉ!大人向けのを用意しやがれテメー!」
「へっ、ボスが着る気のないコートを俺たちが着ると思ったか!」
「俺たちとボスは一心同体!ボスが半裸でいるなら俺たちも半裸でいるぜ!「「というわけで新入りも脱ぐんだなーっ!」」」
「ま、待ってくれボス!私は……バスジャックを辞めたいんだ!」
「「「なにぃ!?」」」
「ボス、あんたが異次元空間を流れ歩いていた私を拾ってくれたことには、本当に感謝している。もしも私のタダ乗りしていた乗り物を、あんたらが襲ってくれてなきゃ……私は今頃死んでいただろう。突如襲撃してきた、あの斧と剣を持った少女に殺されてな!あの時、殺されていく乗客に目もくれず、躊躇なく逃げを選んだあんたたちを本当に尊敬している。感謝しかない。だが……私にはやることができちまったんだ!わかってくれぇ、ボス!」
「おめえ!そのやることってのはまさか!領主になるとかいうあの話か、てめえ!」
「……ああ。私はメインショットを継ぐことになったんだ。これからは一年のほとんどを書類仕事に捧げなけりゃならねえ!あんたらについていくことも難しくなっちまうんだ!ボス、どうか私のバスジャック離脱を認めてくれっ!」
「へん、中々勝手なことを抜かす新入りだ!ね、ボス!」
「ボスの答えはもう決まってんだよー!でしょう、ボス!」
「あたりめえだ!新入りっ!テメーには地獄のような親愛なる返答を返してやるぜぇ!……せーの「「勝手にしやがれ!」」」
「……ぼ、ボス!」
「どーだ!これでおめえはメンバーを抜けなきゃカッコつかねえぜ!つまり地獄ってわけさ!……でも、お前と会ってからも楽しかったけどなぁ!」
「ボスに会えずに毎日泣きなー!そのうちボスなら来てくれるぜ!」
「ボスがいない日常を嘆くんだなー!そんなお前をボスは見逃さないぜ!」
「ボス……二人とも!ああ、ありがとう!私は、ツライ メインショット!いつか私が世話になった皆さんを、必ず招待して見せますぜ、ボス!名前を忘れたなら、素直にいつでも聞きにきてくだせぇ!私はいつでも……仕事を終わらせて待っている!また会いましょう」
ツライはポケットからペンを取り出し、城の奥へと駆けていく。多分、いつバスジャック三人組が来ても仕事が終わってる日なんてないだろうが。仕事をこなせるようになったら、いつかはそんな日が実現するのかもしれないな。無理だろうけど。
「「「ツライー!また来るぜー!」」」
「……さて。やること済んだし俺は帰るけど。雑魚ベーはどうする?」
「私も帰りますかねぇ。元々、セーナさんからタンシュクさん自慢を聞かされるためだけに、故郷帰りさせられたようなものなので」
「ふーん。そういえばタンシュクのやつ、金属血流で結構な出血してたけど大丈夫か?」
「ああっ!そ、そういえばそうじゃないですか!たしか、一人で帰してっ!えっと……な、なんとか大丈夫そうですね。サイドショットの館内にいるようです。セーナさんの改造中は女子小学生オーラが消えてるはずなので、普通に無事そうですね」
「相変わらず妙な特技だな」
「へっへっへー、カムの秘術の隠し効果の一つでしてねぇ。父も同じことができるんですよぉっ!」
「なんだその関連性のない効果は……」
機械を浮遊させる効果に、女子小学生のオーラを感じ取る効果だろ?関連性がなさそうな隠し効果二つが一つの秘術に使われてるのか?……隠し効果ってくらいだし、案外本人の能力だったりするのかもしれないな。俺の視力みたいに。
「じゃあ私は城の横にあるバスで帰りますから、悟さんは広場の方のバスで帰る感じですかねぇ」
「ああ。……あ!いや、待て。おーい、ちょっとそこのバカ三人!いい話があるんだけどー!」
「悟さん!起きてくださいよぉっ!もう駅に着きましたよぉーっ!」
「ううううぅん。人が寝てるときにうるせーな……って、うおおっ!?水圧圧縮砲っ!」
[どがああぁん!]
「ぐふぁああぁっ!?ぐ、ううぅ。ちょ……ちょっと、悟さ……だ、だから嫌だったのに……」
「雑魚ベーお前っ!何で寝てる俺を膝枕してやがる!?」
ど、どうなってる!?昨日は確か……そう!確かバカ三人にバスの帰還ボタンの位置を教えて、奴らに壊れてる方のバスを使わせたんだ!壊れたバスだと事故があるといけないから!で、そろそろ眠気がやばかった俺は、横に座らせた雑魚ベーに護衛を任せて寝てたはず!この野郎、仲間のフリをして俺に精神的不意打ちを喰らわせるとは、いい度胸だ!
「起きやがれ雑魚ベー!今日こそはお前との悪い縁に決着をつけてやる!」
「む、無理ですって。私……眠いのに何時間も起きてて、眠いんですよぉっ」
「お二人とも、そんな窓もないバスで寝ては風邪をひきますよ」
「ん?あれ、几骨さん!?」
ああ、よく見たらもう駅に着いてたのか。ここは多分、特星にあるどこかの駅だろう。よく見ると、俺たちの乗ってるバス以外にも木製のバスが二台停まっているな。片方は側面から屋根にかけてが綺麗さっぱりなくなっている。どうやらバスジャック三人組は無事にスイッチを押せたみたいだな。乗車した三人が無事かどうかはわからないが。……もう片方のバスは俺たちの乗ってるのと同じく無傷だ。多分、記述師タナレーが乗り捨てたバスだろう。
ていうか、社長秘書の几骨さんがお出迎えしてくれるとは思わなかったぜ。バスを運ぶのは多分別の奴だろうに、なにかあったのかな?
「見ての通り、なにかあったのです。悟さん、もうお気づきのようですが……あちらのバスが破損していますね」
「ん?ああ。…………ああっ!いや待てって几骨さん!あのバスから降りてきた三人組を見ただろ?奴らはバスジャックをしている連中だぜ!俺は大メインショット郷国に向かうときに奴らに襲われたんだ!」
「でもエクサバーストでバスの側面と天井を消し去ったのは悟さんですよね。ふふふ、私の補助系特殊能力である、心を読む能力をお忘れでは?」
「待て待て!心を読めるのならわかるだろ!エクサバースト級の技を使うやべー奴に襲われたんだって!あれは正当防衛なんだ!」
「エクサバーストを仕掛けたのは悟さんからでは?……いえ、少しムキになってしまいました。確かに異次元空間ですからね。普通の技もエクサバーストも関係ありませんでしたね、失礼しました。では勇者社と特星本部で全額負担しておきますので」
「ああ、悪いないつも。ふー、危なかったー。あ、ところで几骨さん。今日はスーツにしわがついてるぜ。仕事が怠慢気味なんじゃないか?」
「え!?ああ、いえ。今日は元々休暇だったので……つい気が緩んでしまったみたいですね。私がここにいるのも……、ほら、あそこの自販機。あの自販機で飲み物を買っていたからなんですよ。そしたらバスが来たのでつい対応を」
「あー、休暇中だったのか。几骨さんは休暇とかあんまり取らないと思ってたぜ」
てか、休暇中でもスーツ姿なんだな。スーツってのはどうにも気苦しそうだから、普段から来てる人間の気が知れないぜ。でもまあ、金属鎧着て出歩いてる無双辺りに比べれば、まともなファッションという気がしなくもない。
「夏場に、半袖とはいえコートを着ている悟さんには言われたくありませんね。あと今日スーツだったのは偶々です。休暇中であれば日によっては他のちゃんとした衣服も着ていますからご心配なく」
「ああそう。ちなみにバスに乗ってた奴らはどこに行ったんだ?」
「そうですね。最初に着いた壊れたバスには、屋根に二人と車内に三人の合計五人が乗っていて、全員に特星本部への道を教えておきました」
「ん?屋根に二人だって!?」
「ええ。もっと正確に表現するなら、一人と一匹という言い方が正しいでしょうか。影とモンスターを合わせたような風貌の生き物がいましたね」
なるほど、エビシディと影野郎か!あいつらちゃっかり瞑宰京に侵入しやがって!主人公である俺は、悪の科学者である奴らとはいずれ対峙する身。なのに敵が特殊能力でパワーアップするとかなんてこの星は俺に手厳しいんだ!……あ、でも影野郎は擬人化してないから特殊能力使えないか。何なら不老不死オーラの恩恵も受けられないな。
「悪の科学者だったのですか。確かに女性の方は白衣を身にまとていましたが。……ちなみに車内にいた三匹、いえ失礼、三人の方たちは上半身裸でした。言葉が通じることに驚いていらっしゃいましたね。ナンパもされましたよ」
「お、受けたの?」
「ちょっと合わなかったですね。心を読んでも話が通じなさそうな方はお断りです。ただの顧客の学生さんでさえ、そのタイプの方にはかなりの苦労を掛けられたりするので」
「心を読んでも話が通じないなんてイメージ湧かないな。几骨さんくらいの人を困らせるんだから、よほど常日頃から滅茶苦茶やってる奴なんだろうな。そういう奴ほど自覚がなかったりするんだ」
「そうですね」
「最初に話の通じないバカたちがきて、その後に俺たちがバスで……、あれ、最初に来たのは無人バスのはずじゃ?」
「あ。……そういえばそうですね。最初の無人バスを入れて三台来ましたね。すみません……少し寝不足気味で、頭が回らなくて」
あー、几骨さん忙しそうだからな。特星の不老不死オーラをもってしても眠いときは眠いし。でもせっかくの休みで、それも空を見た感じ早朝っぽい時間なんだから、昼くらいまで寝てりゃいいのに。……ていうか、なんでこんな時間に出歩いてるんだ?密会?闇取引?
「あれですよ。早朝ですからね、……ジョギングに決まっているじゃないですか。そのついでにジュース買ってたんですよ」
「あんたはスーツ姿でジョギングするのか?」
「……悟さんはジョギングするのにジャージを着るのですか?」
「いや、確かにコートでジョギングするだろうな。悪かったよ几骨さん。よく考えたら今、特星本部まで半裸でジョギングしてる三人組がいたんだ。スーツくらいなら全然普通だぜ」
「んー、今日はもう限界ですね。係の人には連絡はしておきましたので、私はそろそろ失礼します」
「おう、魅異にもよろしく言っておいてくれ」
「魅異社長に会うとすれば、休みの終わる数か月後以降になるかと思いますけど。会ったら……伝えておきます」
目をこすりながら駅のホームを歩いていく几骨さん。珍しいな。いつもはもう少ししっかりしてるイメージなんだが、今日は途中からなんかぼけーっとしてたぜ。……そして今さっきの去り際、几骨さんの口元によだれの跡が少し見えてしまった。どうやら寝不足というのは本当らしいな。
「生真面目そうだから、朝寝坊もできないのかもな。さてと雑魚ベーは」
「すぅ……すぅ」
「おい雑魚ベー!いつまでもバスで寝てるんじゃねえ!起きろ!降りなきゃ異次元に飛ばすぞ!」
「んんんん……あと一睡」
「これから神社行くんだよ!寝たいなら雨双の説教中に寝てろ!ほら、早く起きろこいつ!」
忘れそうになるが、今回は雨双に頼まれて調査しに行ったわけだからな。俺がいちいちあの異世界について説明するってのも面倒だし、説明係のこいつは何とかして連れて行かないと。
「眠いですぅ、眠い……」
「寝てていいから、せめて歩けー!」
雑魚ベーの腕を俺の肩に乗せ、なんとか移動させることはできるんだが……こいつ俺より身長高いからな!く、思ったよりこの歩かせ方キツイな!あーもう、日が昇ったらさっさと起きろってんだ!このままじゃこいつ神社に連れてっても、雨双に説明できないんじゃないか?
「悟さん……悟さん」
「なんだよもう」
「私の…………故郷、……どうですかぁ……すぅっ」
「……難ある大人たちの楽園、って感じだな」
「すぅ、すぅ」
はぁ、特星のほうがよっぽど、子供の世界っぽさがあると思うぜ。なんせ大人寄りの年齢のこいつが、居眠りしながら家まで運ばれてるんだもんなー。まあ……俺は嫌いじゃないけどな、こういうバカなやつが居られる世界は。